GOD EATER -The Frontier Spirits- 作:フェンリル北米支部
フランク・アーヴィングは退却すべき時を心得ている男だった。
何かを守るために、何かを捨てる。海軍の船に乗せられるだけの人間の物資を乗せ、サンフランシスコを捨てて、別の拠点で再建を目指す。それがアーヴィングの決断だった。
失ったものも大きかったが、同時に多くの事も学んだ。これで次は同じ過ちを犯さずに済む。
無人神機兵については、人間の脳という不確定要素の大きいバイオ・コンピュータが大きなリスクを孕むことが分かった。多少は性能を落としてでも、完全に制御化に置く必要がある。
サンフランシスコで失った人材の代わりを見つけるのも、少し時間がかかりそうだ。兵士や一般職員は問題ではないが、セレナやスペンサー博士のようなエリートの代わりを見つけるのは難しい。
だが、生き延びることさえ出来れば、いつの日か再建は可能だ。
「スピードを上げろ!」
アーヴィングは大声を張り上げた。核攻撃までもう時間が無い。急いでこの危険地帯から避難民を連れて脱出しなければ。
あらゆる犠牲を払っても、自分だけは常に生き延びる。それが政治家としての、フランク・アーヴィング最大の特技だった。しかも生き延びるだけでなく、危機を乗り越えた先では常に出世した。
「艦長。分かっているとは思うが、気を付けろよ」
「了解です」
ゆっくりと動き出した空母は、傷だらけのゴールデンゲートブリッジに差し掛かったところだった。橋の中央部なら水深は問題ないはずだが、急いでいても用心は重ねるべきだ。さっきの戦闘で沈んだフェリーや駆逐艦にぶつかって、船底から浸水でもしたら堪らない。
――艦全体が揺れたのは、その時だった。
「くっ……何事だ!?」
アーヴィングが呻いた直後、再び衝撃が空母ユナイテッド・ステーツを襲った。
(っ……こんな時に地震でも起こったのか?)
部下に確認を命じようとしたが、大勢が口をあんぐり開けたまま窓の外を見つめている。アーヴィングも混乱しつつ、死線をそちらへ向けた。
「あれは……!」
窓の外から見えた光景に、フランク・アーヴィングは思わず目を疑う。
**
空母ユナイテッド・ステーツの甲板には、異形の怪物が佇んでいた。
巨人、と形容するのが正しいだろうか。高さは5メートルを優に超え、人の範疇を遥かに超えた大きさだ。それが奇妙な強化外骨格のようなものをつけている。
「総員、退避しろ! “あれ”には勝てん!」
とっさに叫んだのはアーヴィング支部長だった。
彼は目の前にいる怪物が、どれほど恐ろしいバケモノであるかを知っていた。次の瞬間、光が一閃する。シャワーのごとき拡散レーザーがぶちまけられ、アーヴィング支部長ごとユナイテッド・ステーツの艦橋が吹き飛んだ。
圧倒的な力だった。強固なはずの防御複合装甲を貫かれて、黒煙を上げながらアメリカの力の象徴が大破炎上していく。
「―――なぁ、今どんな気分だ? アーヴィング支部長」
「ッ……その声は!?」
突如あらわれた怪物の声は、アーヴィングが良く知る人間のものだった。
「ブライアンか!?」
燃え落ちるユナイテッド・ステーツの艦橋の残骸で、フランク・アーヴィングは呻いていた。
「なぜ貴様が『ポール=バニヤン』を操縦している。あれは確か……」
「お蔵入りになったはずの有人型神機兵のはず―――だろ?」
巨人の肋骨部分が左右に開く。そこにいたのは全身にチューブやプラグを付けた姿の、ブライアン・ケイン少佐だった。
「気にするな。ちょっとアルカトラズにお邪魔して、スペンサーを脅して在処を吐かせて乗っ取っただけだ」
「貴様、まさか………」
最悪の想像に思い当たり、アーヴィングが絶句する。だが、自分の想像が正しければ、サンフランシスコを地獄絵図へと作り替えた全ての謎が解ける。
「お前が無人神機兵を暴走させたのか!?」
大声を上げることに意味は無いと分かっていても、アーヴィングは叫ばずにはいられなかった。目の前にいるこの男が、長年にわたって築き上げてきたアメリカの繁栄を一夜にして灰塵に帰した真犯人だったのだ。
「何のためにこんなことを!? 何が狙いだ!」
「お友達のスペンサーも似たようなこと言ってたな」
憤怒も形相で叫ぶアーヴィングを、ブライアンは鼻で笑った。心底おかしい、といった様子でブライアンの唇が酷薄に歪む。
「何のため? アンタらにはそれが分からないから、こんな事になったんだよ」
今さら親切に解説してやる義理もない。スペンサーにとっても、アーヴィングにとっても良い勉強になっただろう。もっともその授業料は決して安くは無いが。
「じゃあな、支部長。長い間、色々と世話になった。アンタもクソ上司だったが、まぁスペンサーよりかは多少マシだったよ」
それだけ言うと、ブライアンの乗る巨人が火を噴いた。アーヴィングは断末魔の叫び声すらあげる暇もなく、ユナイテッド・ステーツもろとも轟沈していった。
**
街は壊滅状態だった。そこかしこに無残な死体が転がっている。
「こんなことなら、極東支部総出で来るんだったよ」
轟沈するユナイテッド・ステーツを見ながら、埠頭でリンドウがぼやいた。すぐ後ろにはアリサとコウタ、ヒルダたちアウトローとセレナら北米支部のゴッドイーターがいる。
「ブライアン……どうして」
現実感の抜けた声で、セレナが呟く。目の前でユナイテッド・ステーツが沈んでいく。長年に渡って北米支部をまとめあげ、崩壊したアメリカを力強く再建したアーヴィング支部長と共に。
美しかったサンフランシスコの街並みは、見る影もなく破壊されていた。自由のフロンティアを崩壊させたのは、アメリカの技術の粋を詰め込んだ救国兵器と、誰もが羨む理想のアメリカ人にしてフェンリルのエースだった男の裏切りだ。
育ち切った大樹が内側から腐っていくように、熟した果実が落ちていくように。アメリカはその繁栄を支えた原動力によって自己矛盾を起こし、築き上げたものを自ら自死させていった。
「――セレナ」
憔悴したセレナに、リンドウは語りかける。アルカトラズ島で何があったのかを。ブライアン・ケインが何者であったのかを。そして自分が、何も知らずに何をしてしまったのかを。
「では……最後に父を見たとき、ブライアンと一緒にいたんですね?」
「ああ。奴がスペンサー博士コントロール・センターに連れて行った」
アルカトラズから脱出するために、警備プログラムを停止させに行くと言ったブライアンを、リンドウは信じてスペンサー博士と共に送り出した。
リンドウはその間、グレアムと一緒に収監されていたアウトローたちを解放していた。異変に気付いたのは、最後の一人であるヒルダを解放した後だ。いつまで待っても、警備プログラムが解除される気配が一向に無い。
ブライアンが失敗してアルカトラズ側に捕縛された可能性も考えたが、それならすぐにでもリンドウたちにいるアウトロー収容区画に討伐部隊が差し向けられるはず。だが、そのような動きも見られなかった。
窓から何機ものヘリコプターが逃げるようにして飛び去って行くのを見て、ようやくリンドウは状況がただならぬ事態に陥っていることに気が付いた。
慌ててコントロール室に向かったリンドウが見たものは、頭を撃ち抜かれて血の海に沈むオズワルド・スペンサー博士の姿だった。
「すまなかった」
そのとき見たセレナの横顔を、コウタは生涯忘れないだろう。アメリカの自由と正義を信じ続けてきたセレナが、守ろうとしたもの全てを失った表情を。
厳しくも常に合理的で正しかった父、類まれなリーダーシップでアメリカをここまで導いてきた敬愛する上司、苦しい時にもジョークを忘れかった頼れる恋人、そしてそんな彼らと共に築き上げてきた「アメリカ」という理想郷が今、目の前で音を立てて崩れ落ちていく。
「……っ」
だが、それでも感傷に浸るわけにはいかない。
ここには、まだ残されたものがある。アメリカはまだ、本当に全てを失ったのではない。残り滓であろうと、存在している限り再起の芽は残っているのだ。
――だから。
「いえ、北米支部のゴッドイーターとして、そしていちアメリカ市民として、ここにいる皆に感謝します。私の父が生み出してしまった、負の遺産から市民を守ってくれたことを」
極東支部の面々と、そしてアウトローたちに向かってセレナは深々と頭を下げる。
捕虜になっていたグレアムもまた、セレナに続いた。
「アーヴィング支部長は死んだ。残った北米支部のお偉いさんは、核兵器でこの街を吹き飛ばすことに決めた。これが選挙で選んだ結果だというなら、責任を負うべきは俺たちだけでいい。それに巻き込んでしまって、本当に済まない」
グレアムの言葉は、重かった。
「今さら何を言っても信じてもらえないだろうが、脱出できる方法が一つだけ残っている」
グレアムの言葉に、コウタたちは驚いて顔を上げた。ヒルデたちアウトローもだ。
「あれだ」
グレアムが指さしたのは、座礁したユナイテッド・ステーツ。正確には、その上にいる巨人の怪物だった。
グレアムの言っている意味は、とっさには分からなかった。だが、すぐにリンドウたちの表情が驚愕に変わる。
「まさか……」
「ああ、ブライアンの乗っている人工アラガミ『ポール・バニヤン』だ」
人工アラガミ『ポール・バニヤン』・・・ざっくりしたイメージとしては、有人型のアルダノーヴァみたいなもんだと思っていただければ。