GOD EATER -The Frontier Spirits- 作:フェンリル北米支部
着陸するや否や、カラッとした西部海岸の快適な空気と、強烈な日差しが一行を出迎える。
「うわぁ、ここがサンフランシスコかぁ」
第一部隊の面々は、フェンリル北米支部ハンターズ・ポイント基地(旧サンフランシスコ海軍造船所)に降り立っていた。サンフランシスコはフェンリル北米支部の重要拠点のひとつであり、アラガミによる災厄を免れた数少ない都市だ。それだけに、基地も市街地も予想以上に人ごみが多い。
「おまたせしておりました。こちらへどうぞ」
「フェンリル極東支部ご一行様」と書かれたプラカードを持った職員に案内され、乗り込んだ車は驚くことに民間業者のものだった。
タクシーという、アラガミ出現以後は見かける事もなくなった車で移動した一同は、そこで改めてフェンリル北米支部の豊かさをまざまざと見せつけられる。
――瓦礫の無い歩道に、舗装の行き届いた車道、整然と区画整備のなされた街並み。
行き交う人々の表情は明るく、彩り豊かな服を着飾ってお洒落を楽しんですらいる。住宅もアナグラのような掘立小屋ではなく、庭とガレージ付きの立派な戸建て住宅だ。
「すげぇ!」
まるでアラガミ出現以前のような北米支部の繁栄に、コウタは驚嘆するしかない。ここへ来る前にペイラー博士から北米支部が豊かであると聞いても、自分の目で見るとなれば驚きは別格だからだ。
「コウタさん、はしゃぎすぎです」
子供じゃないんだから、と溜息をつくアリサ。かくいう彼女もまた、年齢的にはせいぜい16の少女でしかないのだが。
「でもさ、すげぇのは事実じゃん! だってアナグラには、こんな綺麗な街なんて無いだろ?」
「まぁ、表面だけ見ればそうかも知れませんけど。一番いいとこだけ見て、全部がそうだと思うのは早とちりですよ」
「そうなの?」
初耳だ、という顔で目を見開くコウタ。たしかブリーフィングでサンフランシスコについても説明があったはずなのだが、この調子では居眠りでもしてたのだろう。
はぁ~と何度目になるか分からない溜息をついた後、アリサが説明する。
「サンフランシスコ・ハイヴは北米支部の3大拠点のひとつです。その中で最もアラガミの出現が多い拠点ですが、それだけにゴッドイーターも精鋭揃いで街も堅固な防御システムが構築されています」
サンフランシスコ・ハイヴは同半島にあるサンフランシスコ市のみならず、湾全域(サンフランシスコ・ベイエリア)に及ぶ大規模なコロニーだ。かつてに比べれば人口は激減したものの、それでも約100万人が居住している。
「さすがに全てをアラガミ防壁で囲むことは不可能ですが、サンノゼ・ハイヴやサンタクルス・ハイヴなど複数のハイヴを作って住民を分散させることで、多層防御に適した構造になっています」
ハイヴの配置にも工夫がある。かつてのサンフランシスコ市に位置する大規模ハイヴは「ザ・シティ」と呼ばれ、それを取り囲むようにして放射状に小規模ハイヴが設置されている。
それだけではない。
これらハイヴ群は『ノートン・ライン』と呼ばれる長大なアラガミ防壁で取り囲まれており、さらにその外側には鉄条網と地雷原という鉄壁の守りだ。敵の情報が筒抜けとなる砂漠に囲まれ、防御に適した傾斜地からなる市街地と合わさって難攻不落の大要塞となっていた。
「今いるのは、その一番内側になります。つまり此処は高級住宅街とか、重要なフェンリル関係機関がある場所です。もっと外まで行けば、アナグラとそう変わりませんよ」
とはいえ、とアリサは思う。
(そんな区画すら無いアナグラと比べれば、高級住宅街があるだけ北米支部が豊ということなんでしょうね……)
原始時代、生きることで精一杯だった人類に貧富の差は無かったという。それが拡大したのは、文明が発達して豊かになってからだ。しかし富める者はそれを貧しい者に分け与えようとせず、貯めこんで贅にふけった。
――ちょうどこの、北米支部のように。
安全な2重のアラガミ防壁に囲まれた、金持ちが住む庭付きの戸建て住宅………それだけのスペースがあれば、もっと危険な外部区画に住む住民がその倍以上は住めるだろうに。つい、そんな風に考えてしまうのは貧乏性というものだろうか。
“文明最後の地”という謳い文句に違わぬ繁栄に驚愕しつつも、それを目の当たりにしたアリサは小さな違和感を感じていた。
***
であれば、これもまた予想通り、と言うべきなのだろう。
迎えに来たフェンリル職員に案内されてフェンリル・サンフランシスコ基地の建物に足を踏み入れると、良い意味でゆったりとした、開放的ともいえる雰囲気が伝わってきた。
建物だけではない。
なにしろ彼らが受付で要件を告げるや否や、係員が万事心得ているとスムーズに手続きが完了する。これは驚くべき要素だった。通常のフェンリル支部では職員の数が足りず、何時間も延々と待たされる事が日常茶飯事だからだ。
「驚いた。本部よりしっかりしているぐらいだ」
ベテランのリンドウをして、思わず驚嘆させるほどの気の利いた対応。しかも規律や規則で押さえつけているという訳でも無いらしく、職務に対して真面目でプロ意識の高い職員ばかりだった。それでいて、職員同士でユーモアやウィットを飛ばし合う古き良きアメリカ文化も残っており、風通しの良い職場であることが伝わってくる。
この雰囲気の中を生み出した北米支部長、そして北米支部所属のゴッドイーターとはどんな人達なのだろうか? そんな想いを募らせたまま、第一部隊は案内された応接室まで辿り着いた。
「失礼します。フェンリル極東支部の雨宮リンドウ少尉であります」
「――入ってくれ」
リンドウたちが自動ドアをくぐって入室すると、モダンですっきりとした内装が目に入る。ガラス張りの壁に、シルバーメタルや北欧の木材を使ったインテリア。そのひとつひとつに、持ち主の有能さや合理性、センスの良さがにじみ出ている。
「フェンリル極東支部より雨宮リンドウ、アリサ・イリーニチナ・アミエーラ、藤木コウタ、以上3名着任いたしました」
「支部長のフランク・アーヴィングだ。よく来てくれた」
現れたのは、筋骨隆々といった印象のガタイの良い大男だ。歳は50代半ばといったところだろうか。元軍人らしく短く刈上げた髪型に、スーツの上からでも分かる鍛え上げられた肉体。
それでいて、表情は柔和でどこか愛嬌がある。ゴツイ身体に、ネクタイと眼鏡が恐ろしく似合っていないからだろうか。
(いきなり濃いキャラが出てきたな……)
その隣には、背の高い赤毛のきりっとした感じの女性が控えていた。たぶん支部長の秘書か副官なのだろう、とリンドウは予測する。
「楽にしてくれたまえ。そろそろウチの隊員たちもやってくるはずだ」
アーヴィング支部長に勧められるがままに、来客用ソファに座る極東支部の面々。その間にも、秘書らしき女性がコウタ達にコーヒーとお菓子を配っていく。
「……俺、北米支部に転職しよっかな」
「ええ、是非そうして下さい。さよならコウタさん」
「ひでぇ!?」
がっくりと肩を落とすコウタに「はぁ~~」と大きく溜息を吐いてから、アリサは配られたコーヒーに口をつける。
「あ、美味しい……」
素直な感想が口を突いて出る。同じく口をつけていたリンドウも、驚いたように目を見開いていた。
「これ、まさか本物なのか……?」
「はい。ハワイ産の豆を使った、本物のコナ・コーヒーです」
リンドウの質問いに、女性秘書が誇らしげに答えた。
この時代、コーヒーと言えば通常は代用コーヒーを指す。熱帯地方がアラガミに奪われて以来、そこを産地とするコーヒー豆は入手不可能な代物になっていた。
だが、唯一の例外がハワイで生産されているコナ・コーヒーだ。太平洋に浮かぶ孤島であるハワイもまた初期にアラガミ対策を打つことに成功した地域の一つであり、ハワイ島西岸のコナ海岸は人類に残された唯一のコーヒー産地だった。
ちなみにコウタたちが無事に太平洋を超えられたのも、旧アメリカ合衆国軍太平洋艦隊を中心としたフェンリル北米支部・ハワイ基地の存在が大きかったりする。
北米支部の豊かさは、物質的に必需品が揃っているだけではない。嗜好品という奢侈財によってもたらされる、精神的な豊かさもまた、北米支部の力の一部なのだ。
「極東支部じゃ日々の食糧を生産するだけで精一杯だっていうのに、まさかこんな所で本物のコーヒーを飲めるなんてな……」
リンドウは一度だけコーヒーを飲んだことがある。まだ駆け出しだったころ、ヨハネス・フォン・シックザール支部長の部屋で出されたものだ。当時は美味しいとは思えなかったが、今では極東支部にある代用品との格の違いを嫌と言うほど実感できる。
平和と贅沢―――極東支部からは失われて久しい人類の栄華が、ここではまだ残っているようだった。
世界3大コーヒーとも呼ばれるコナコーヒー。別に美味しいとか稀少価値とかじゃなくて、単に先進国アメリカ(ハワイ)で作ってるから人件費がかかってるだけ……らしいけど、きっとポストアポカリプスなGE世界線ではそれなりに採算合うはず。