GOD EATER -The Frontier Spirits- 作:フェンリル北米支部
ブライアン・ケインはポール=バニヤンから半身を乗り出したまま、血塗れで倒れていた。
信じられないほどの悪運でどうにかまだ息はあるが、既に下半身の感覚は無い。どうなっているのか見たくもないが、さっきから周囲が炎に包まれてるのに寒気を感じている時点で大体予想はつく。
「――ちょっと、隣いいかしら」
地獄のような場に似つかわしくない、柔らかな女の声が聞こえた。
「どこかで会ったか?」
声を絞り出すのがやっとだったが、それでもブライアンは精一杯強がってみせた。理由は自分でもよく分からないが、男の意地みたいなものだろうか。
「それ、ナンパのテクにしてはもう古いわよ」
「マジか」
隣に座り込んだセレナからは、香水と汗の混ざった匂いがした。こんな時であっても、すぐ傍に感じる異性の存在に生存本能が刺激される。
「もっと近くに寄ってくれないか? ちょっと寒いんだ」
「嫌よ。服が汚れちゃうじゃない」
既に火の勢いは増し、話しているだけで火の粉が舞い込むようになってきた。
だが、そんな地獄のような状況で、場違いな会話を交わしているのだと思うと少しだけ笑えてくる。
「俺を殺さないのか?」
「どうせ死ぬでしょ」
「まぁな」
セレナの突き放したような態度に、ブライアンは苦笑した。
そういえばセレナは人の目が無いと、けっこう愛想が悪くなる。気を許して甘えられていると好意的に解釈できなくもないが、なまじ頭がいいからか彼女の機嫌が悪い時には辛辣かつ的確な正論のナイフが、雨のように降ってきたものだ。
そもそも優等生タイプのセレナがグレアムみたいな完璧超人仲間ではなく、自分の誘いに応じたのは少々以外ではあった。
もしかすると彼女の方もまた、周囲の期待に応え続ける‟パーフェクト・セレナ”であることに疲れていたのかもしれない。
どうせ本命にはなり得ないとお互いに割り切った関係ではあったが、思い返せばそれなりに楽しい日々だった。
「ねぇブライアン、いつから裏切ってたの?」
「……最初からだ」
そう。セレナに近づいたのも、彼女というよりスペンサー博士の動向を探るのが目的だった。
「じゃあ、ずっと好きでもない女にプレゼント買ったりデートの計画立てたり、“愛してる”とか“ちょっと縛ってみてもいい?”とか言っちゃってたわけ?」
「いや、顔と体は好きだった。性格は……たまに起こすヒステリーが無きゃ文句なし」
「……やっぱ聞かなきゃよかった」
はぁ、とセレナは大きな溜息をつく。
だが、不思議とブライアンを恨む気持ちはそこまで湧いてこない。決して父の事や裏切りを許したわけではないが、単純に満身創痍で「疲れた」というのが正直な気持ちだった。
あと数分もすれば死ぬ人間に復讐のも悪くはないけど、自分に残された時間だって多くは無い。死ぬ前に知りたいことだって山ほどある。
二人は見つめ合った。
「ねぇブライアン、私のこと愛していた?」
もう聞き分けがよくて都合のいい女を演じる必要もない。最後ぐらい誰かの期待に応えないで、面倒くさい女になってもいいだろう。
だから、ちょっとドロドロとした気持ちをぶつけてみた。予想どおりブライアンは一瞬だけ目を丸くしたあと、浮気相手に本命昇格を頼まれた時のような嫌そうな顔になる。
だが、しばらく押し黙った後に出てきた答えは、少しだけ意外なものだった。
「俺が愛してる人は自分だけだ。ただ……」
そもそも本気で人を愛するということがブライアンにはよく分からない。
自分よりも大切な他人がいる、ということを知識としては知っているが経験したことは無かった。
「セレナとは、もうちょい一緒に色んなことしてみたかったな」
「40点ね」
相変わらず、手厳しい。
「そういうとこ、けっこう好きだったぜ」
返ってきたのは、満面の笑みだった。意識が途切れる前に見た最後の景色は、今まで生きてきた中で一番、綺麗なものだった。
「………綺麗…だ」
無意識にそんな言葉が口を突いて出る。
――ただ、そう感じた気持ちを正直に伝えることは、とても大切なような気がして。
最後に伝えられてよかったと、そこでブライアンの意識は途切れた。
「………」
目の前でブライアンが死んだ。
自分の親の仇、北米支部崩壊を引き起こした大罪人、自分から全てを奪っていった男。
そんな男が最後に放った不意打ちに、少し動揺してしまった自分が恨めしい。自分はもっと、冷静でスマートな大人の女性になったつもりでいたのに。
「そっか……私、まだまだ子供だったんだ」
年上の男性の前ではいつも背伸びして、年下の男の子の前では年上ぶって。
「早く大人になりなさい」なんて偉そうなことを言っておいて、でも素直に自分の気持ちを伝えられる彼のことがちょっとだけ羨ましくもあった。
(もうちょっと、みんなに甘えても良かったのかな……?)
だんだんと酸素が薄くなり、息をするのも困難になってくる。火の粉が肌に当たり、焼けるように熱い。
このままあと数分もすれば、自分も死ぬだろう。
でも、不思議と死は怖くなかった。
守るべきものを全て失ったからだろうか。むしろ肩の荷が下りて、ホッとしたような気持ちですらある。
自分で思ってたより、自分は淡泊な人間だったのかもしれない。
自分が守ろうとした、北米支部という理想郷は消えてなくなってしまった。それはそれで寂しくもあるが、それが人生の最後だったというのは不幸中の幸いと言えるだろうか。
――自分は後世に何を残せたのか、あの極東支部の少年たちに少しでも思い出や心に残る傷を残せたのか。
それも気にはなるが、残念ながら知ることはできない。心に浮かぶのは未来への希望というより、過去の楽しかった思い出だ。
それでも――。
(なんだかんだで楽しい人生だったのかな……思ったほど後悔してないし)
まったく、本当に。
――
ようやく完結です。最後まで完走できた・・・。
本作を最後まで読んでくれた方が、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです!