GOD EATER -The Frontier Spirits- 作:フェンリル北米支部
少し、時を遡る―――。
「リンドウ君はもう気づいてるかもしれないが、今回の派遣の裏でやってもらいたい仕事があるんだ」
先週、ペイラー榊博士からそう告げられた時、リンドウは「やはり」という気持ちの方が強かった。
「まぁ、何となくそんな気はしていたんだけどな。それで、何をすればいいんだ?」
「理解が早くて助かるよ。では、任務についてなんだが、北米支部と本部の対立については知っているかな」
「多少はな」
あまり政治のことには興味が無いリンドウだが、北米支部が普通ではない支部だという事ぐらいは知っている。
――その理由は、北米支部成立時にまで遡る。
アラガミによって旧来の国家が崩壊した時、最後まで残っていたのがアメリカ合衆国だった。
その他の国家が政府機能の停止によってなし崩し的にフェンリルへ組み込まれたのに対し、政府機能の維持に成功したアメリカはフェンリルとの主導権争いで負けるまで、実に10年以上にわたって単独でアラガミに対抗し続けた。
そのため未だに北米支部では「自分たちはアメリカ合衆国国民だ」という意識が強く、建国以来の独立独歩の気風もあってフェンリルの介入を嫌う風潮が根強く残っている。
北米支部もまた、旧アメリカ合衆国の要人がそのまま支部入りしてることもあってか、何かにつけてフェンリル本部の進める協力体制を「中央集権的な統合」と批判する懐疑主義が主流だ。
「昔から北米支部は“本部と対等だ”という考えが強くてね、交流が少ないから謎が多い支部なんだ」
フェンリル本部のタカ派から「時代錯誤のモンロー主義」と揶揄される事もあるほど、北米支部は単独行動・孤立主義的傾向が強い。
「ただ、北米支部も孤立主義一辺倒という訳でもない。特に君ぐらいの若い世代は生まれたときからフェンリルがあるのが当たり前だから、最近では徐々に親フェンリルの人間も増えているんだ」
今回の派遣も、そうした流れを受けた交流事業の一環としてのものだ。
だが、ペイラーはこれを単なる異文化交流で終わらせるつもりは毛頭なかった。
「実はフェンリル本部からの依頼でね……北米支部には、危険な人体実験が行われている疑いが持たれているんだ。君にはそれを調べてほしい」
***
どんなスパイでも、外国で潜入活動をする際には現地をよく知る協力者が必要になる。
今回の北米支部側が用意した現地協力者というのが、目の前にいるブライアン・ケイン中尉だった。
(よりにもよって、エース部隊の副隊長とは大きく出たな)
ブライアン・ケイン中尉……その名前はリンドウも何度か聞いた事がある。北米支部のエース。自信家だがそれに見合う成果と実力を持ち、銃形態の神機の中でも『アサルト』を用いた接近戦を得意とする。
「ようこそ、同胞の血で塗られた約束の地へ」
煙草を吹かせながら、ブライアンが自虐的に笑う。
アメリカは建国以来、常に生存を求めて血塗られた歴史を歩んできた。イギリスからの独立戦争、先住民の浄化を伴う西部開拓、超大国として世界中の戦争に介入した黄金時代、そして国民の8割が犠牲になったアラガミとの戦い……。
特筆すべきは、その死亡者の大半がアラガミではなく、自国政府の放った核ミサイルで一瞬のうちに犠牲になったという点だ。
より多くの国民を生かすため、“救われるべき国民”と“犠牲になるべき人間”を選別するという政策は多かれ少なかれ、どこの国民国家もやっていた。だが、その対応の素早さと苛烈さにおいてアメリカは群を抜いていた。
「幸い、ここアメリカはユーラシアからは遠く離れていてね。北欧で生まれたアラガミと避難民が押し寄せてくるまで、多少の余裕があった。その僅かだが貴重な時間を使って、当時の政府は大規模避難プロジェクトを発動させた……この辺まではちょっと歴史を詳しく調べりゃ出てくる情報だ」
連邦政府の出した結論は、「限られた時間と資源で全ての国民を救う事は不可能」というシビアなものだった。そして国家という組織を存続させるべくホワイトハウスのとった手段は、「選択と集中」という徹底的な資源集約および弱者切り捨て。
迫害を逃れて新天地へ逃れた歴史にちなみ、『メイフラワー計画』と呼ばれたプランは恐ろしく合理的だった。
「50ある州の各地に“安全地帯”が設けられ、疎開命令が出された。だが、“本当の安全地帯”はロッキー山脈を越えた西海岸にある3つの州だけで、残りの州を政府は初めから見捨てるつもりだった………まぁ俺の親は運よく使える人間と思われたのか、ここへ向かうよう上から言われたんだがな」
“運よく”という言葉をブライアンが強調したのも、決してまぐれでは無いだろう。
それはつまり戦力として期待できる軍や警察、そして行政機構を担える官僚、生活に必要な技能をもった技術者や医者といったた専門職……こうした有用な人材“だけ”が安全地帯へ避難できたという事であった。
それ以外の人間は見捨てられ、その後の運命を考えれば文字通り政府の手で殺されたようなものだった。その中にはブライアンの友人や親戚も含まれていたのかもしれない。
勘のいい市民の中には政府の説明を不審に思い、独自に山や地下室などに避難する者もいた。しかしアメリカ政府の準備は周到で、予定していた市民の避難が完了するや否や、即座にロッキー山脈の東に大量の核弾頭を撃ちこむ。
結果、かつて「グレートプレーンズ」と呼ばれたアメリカ中央部の平原地帯にはアメリカを東西に分断する、長い「放射汚染区のカーテン」が誕生した。
豊かな大草原が広がっていた世界有数の農業地帯は一瞬にして人の住めない無人地帯と化したが、その犠牲が報われる形となって結果的にアラガミの抑制という効果をも上げていた。
アラガミを構成するオラクル細胞は「捕食した生物や機械の形質を取り入れて学習する」という厄介な特性を持っている。だが、核兵器によって砂と塵しか残らなくなったアメリカ中央部からは、取り入れるべき形質も学習すべき生物・機械の行動も存在しなかった。
だからこそ、北米支部は他の支部と比べてアラガミの数が少ない上に、強力なアラガミも出現しづらい。しかも東海岸に次いで豊かであった西海岸地域の半分以上を無傷のまま温存できたこと、旧来の統治機構や経済システムも生き残っていたことで、他と比べればスムーズに速やかな復興を成し遂げた。
「以来、俺たちアメリカ人は同胞の犠牲の上にあの繁栄を謳歌してるって訳さ。これまでも、今でも、そしてもしからするとこれからも、な」
「………やはり噂は本当だったのか」
ブライアンの語った内容は、リンドウも噂では聞いていた。
当時の追いつめられた国家では珍しくもない話で、政治制度を問わず似たような“選別”はありふれていたからだ。現に、今のフェンリルだってゴッドイーターの関係者以外はアラガミ防壁に囲まれた都市「ハイヴ」へ入ることは出来ない。
「だが、証拠はあるのか?ブライアン」
「すぐに分かるさ」
ブライアンはそう答えると、話の終わりを告げるようにタバコの火を消した。これ以上の長話は逆に怪しまれる。リンドウも大人しく頷き、二人は再びヘリへと向かった。
メイフラワーの元ネタはまんまメイフラワー号からです。