魔物王の道   作:すー

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序章
プロローグ


 ユーザーの五感と脳を仮想現実に接続し、完全なるフルダイブを現実とする夢の機械――ナーヴギア。

 その基礎設計者でもありVRMMORPG対応初となる専用ゲーム、SAO《ソードアート・オンライン》を開発したゲームデザイナーにして量子物理学者――稀代の鬼才、茅場晶彦を俺が尊敬したのは、当然の成り行きだと今でも思っている。

 普段は体験出来ないファンタジー世界を冒険出来るだけでなく、このフルダイブシステムは医療機材への応用でも効果が期待されており、軍事分野での訓練などの利用も検討されている。

 

 仮想現実に関する技術開発が発展途上だった昨今、その技術を著しく発展させた茅場晶彦を崇拝する人間は多い。

 特に俺達子供にとっては神と言っても過言ではない。

 子供だけでなく、その恩恵を受けた全ての人物が茅場晶彦に感謝と尊敬の念を抱いたのだ。

 

 

 

 

 

 ――そう、このデスゲームが始まるまでは。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 浮遊城アインクラッド。

 全百層から成るこの世界の虜囚となり、この世界からの解放条件である全層攻略を目標に第一層から戦い続け、長いようでもう一年にも及ぶ。

 今までの人生と比較してもお釣りが来る程の密度と危険さを含んでおり、閃光の様に瞬く間に過ぎていった一年だった事は否定出来ない。

 

 十二月二十三日の二十三時過ぎ。

 クリスマス当日まで一時間を切ったこの時間帯、俺は別にサンタさんを楽しみに待つ子供ではなく、ただ純粋な疲れから、ホームタウンとして利用している第四十八層主街区《リンダース》に存在する宿屋の一室で心安らかな睡眠を満喫していた。

 アインクラッド内で最近話題になっているクリスマス当日に起こる特別クエスト。

 そのフラグMob――つまりクエスト攻略のキーパーソンになるモンスターの討伐を狙っている攻略組にとっては今からが本番というこの夜にさっさと就寝しているのは、同じ攻略組の単独プレイヤーとして如何なものかと思ってしまう。

 

 しかし、俺の年齢はまだ十一歳。

 十三歳以下のプレイを建前的に禁止しているSAOではぶっちゃけルール違反も甚だしい存在の俺だが、とりあえずは十一歳。

 大好きだけど何処か抜けたり頼りなかったりする父ちゃんと姉ちゃんを反面教師に育ったためか精神年齢が早熟してるっぽいが、何度も言うが十一歳だ。

 

 結論から言えば、時間の進みが現実世界とリンクしているこの世界において、今の二十三時という時間は十一歳児にとって何も不思議な事は無い当たり前の就寝時間と言えるだろう。

現実世界では一年以上も眠っている俺が仮想現実でも寝るというのは少し可笑しい気もするけれど、しっかりと眠気もあるんだから仕方がない。

 最近までは最前線である四十九層から数層下の階で発見された隠しダンジョンに三日間もソロで篭っていた俺にとって、久々のふかふかベッドに心身共々ダイブして身を委ねたのを、いったい誰が責められるだろうか。

 いや、別に責める人はいないんだけど。

 

閑話休題

 

 とにかく、この至福の一時(ひととき)を不粋なメッセージ音で叩き起こされた俺が、ついメッセージの送り主であるフレンド登録者の野武士軍団に殺意を抱いてしまうのは、極々自然で当然の事だと思う。

 今度アイツらを嗾(けしか)けてやろうか。

 

「いや、まあ……今から会うんだけどさ、うん」

 

 緊急事態。今すぐ指定地に来てくれというヘルプを無視する事は流石に出来なかった。

 でも状況説明くらいはしても罰は当たらないと思う。

 欠伸を噛み殺しながら右手を真下に一閃、開いたメニューウインドウのアイテムリストから幾つかの装備をオブジェクト化し、装備フィギアに余すこと無く武器と防具を装着した俺は、あったかぬくぬく空間から肌寒い外へと飛び出す。

 

「目的地は……迷いの森? 地図あったかな」

 

 第三十五層に存在するフィールド・ダンジョン。

 各層への移動を可能とする《転移門》は今いた宿屋から近いため、特筆すべき事も何も無く、あっさりと三十五層主街区《ミーシェ》へと導いてくれた。

 白い壁にレンガの赤い屋根が立ち並ぶ農村の広場に着くと同時に吹いた北風が身も心も凍り付かす。

 五分前はベッドで寝ていた事を考えれば考えるほど空しくなってくる。

 

「まったく……今すぐ来てくれだなんて一方的なメッセージを送りやがって! いったい何だってんだよっ!?」

 

 腰に装備した愛剣と、幾つかの小さな四角い箱の感触を確かめている俺の怒声は、天蓋に映し出された都会では決して見られない満天の星空の下、誰もいない広場に空しく響き渡った。

 

 

◇◆◇

 

 

 各層の数字がそのまま層攻略の適正値となるアインクラッドにおいて、この三十五という数字は、現レベルが64である俺にとって死地になりえなかった。

 最前線が四十九層。

 安全マージンの上積みが十という事を考えても、かなりの余裕が俺にはある。

 メッセージ主であり、同じ攻略組であるギルド《風林火山》のリーダー、クラインのレベルは俺より低い数値の筈。

 それなのに何故こんな雑魚しかいない階層で俺の助けが必要なのか。

 その答えに至るまで、大して時間はかからなかった。

 

「ここが特別クエストのステージってこと? ボスは背教者ニコラスだっけ?」

 

 一ヶ月前に流れた情報を思い出しつつ、俺は地図を片手に迷いの森を疾走する。

 召集地点である不思議な木のある場所は以前偶然訪れた際にマーキングしてあるので、そこまで移動するのは苦にならない。

 鍛え上げられた敏捷値の恩恵を得て、周囲の景色が高速で後ろに流れる。

 エンカウントする筈のモンスターは隣を並走する相棒の常識外れた策敵スキルにより出会う前に回避しているから、例え遠回りになろうとも通常よりも断然速かった。

 

「ああー、成る程。そういうことか」

 

 システムに管理されている聴覚が異音を察知する。

 目的地に近付くにつれ聴こえてきたのは、金属と金属がぶつかり合う衝突音。

 この世界で何度も聞いた鋼の音。

 この森に金属武器を使用するモンスターは存在しないし、何よりも目の前に広がっている一対一のデュエル光景が現状を物語っている。

 戦っているのは風林火山のリーダーにして刀使いのクライン。相手は攻略組最大ギルド《聖龍連合》の剣士。

 ここから推測されるのは、

 

「誰だ!?」

 

 隠蔽スキルを完全習得している俺の接近にやっと気が付いた連合の一人が振り返り、その叫びに驚いた面々が一瞬だけ疾走している俺に集中する。

 こちらを見ず、この好機を最大限利用するのはただ一人、クラインだ。

 

「オラぁあああっ!」

 

 繰り出されたカタナ下位ソードスキル《連閃》の初撃目が隙を作った相手の両手剣を下からの振り上げで弾き、続く速攻の二撃目で相手を袈裟懸けに斬り付けるのと、連合の頭上を飛び越えた俺達がクラインの隣に着地したのは、ほぼ同時だった。

 

「クライン! なんとなく察しが付くけど状況説明プリーズ!」

「キリトがニコラスとタイマン張ってる! その間コイツ等をモミの木に近付けるな!」

「くっそ、あいつら! 次から次へとデュエルを挑みやがって!」

「一回こっきりのデュエルで決着を付けるんじゃなかったのかよ!?」

 

 風林火山のメンバーの怒声を聞きながら思考に耽る。

 やはり予測通り、この騒動は希少アイテムを沢山持っているニコラスの討伐を巡るいざこざだった。

 キリトが単身ニコラスに挑んでいるのは予想外。

 けれどキリトの欲しているアイテムがあの中にあるという噂を考えれば、確定ドロップアイテムを確実に得るために一人で戦う気持ちはよく分かる。

 それでも、

 

「一人で大丈夫なん?」

 

 不安が込み上げてくる。

 ボスモンスターに単独で挑むというのは自殺行為に等しい愚行。

 同じ攻略組のソロプレイヤーの実力は承知していても、この世界に絶対の保障は無いのだから。

 眉を顰め、暗い表情を作る俺とは対照的に、それでもクラインは笑ってみせた。

 

「分かんねえっつーの。でもよ、アイツが死ぬって思えっか?」

 

 俺の乱入に戸惑っている連合――ざっと三十人……いや、既に十人程倒しているみたいなので残りの二十人を牽制しつつ発したクラインの言葉に、俺は確信を持って答える。

 

「全然思わない」

 

 攻略組最強の一角。

 黒の剣士の鬼神ぶりを思い返せば、キリトの心配をする必要など何処にも無い。

 キリトの戦闘センスは折り紙付き。全プレイヤーで五指に入るだろう強さを、あの剣士は秘めているのだから。

 ここまで考え、クラインの発言とニヤケ面が与える気持ちの悪い安心感を感じていると、戸惑っていた連合の面々も次第に落ち着きを取り戻したみたいだった。

 

「……その身長に銀狼《シルバー・ヴォルク》。まさか貴様は……っ!?」

 

 俺の姿と、隣で連合達を威嚇している俺の相棒――体長が60cm程の愛玩銀狼のポチを見て、先程のデュエルでクラインに敗北した剣士が忌々しげな視線を向ける。

 舌打ちにも似た呟きは連合達の下に戸惑いと共に伝達し、直ぐに波紋となって広がった。

 

「手助けの報酬、弾んでもらうから」

「それはキリトに言え。ま、沢山アイテムゲットするだろうし、キリトもケチケチしないだろうよ、シュウの字よ」

「了解」

 

 臨戦態勢に入る俺とクラインを見て風林火山側の士気も高まる。

 右手で漆黒のダガー――固有名《黒羽》を逆手に引き抜き、空いた手で反対側の小さな四角い箱――モンスターボックスを全て解放する。

 瞬間、響き渡るのはポンッという間抜けな音と微かな白い煙。

 主である俺の操作により、残りの相棒達総勢四匹がこの場に顕現した。

 

「やはりユニークスキル《魔物王(ロードテイマー)》か!? 何故、魔物王がこんな所にいる!?」

 

 いったい誰の叫びだろうか。

 憎しみを込めた連合の一人の問いに応えず、フードを取って黒髪黒目の素顔を晒した俺は、自分に出来る最大限の不敵な笑みを相手に見せ付ける。

 

「一人ひとりデュエルをするなんてまどろっこしいのはお終いにしよう」

 

 相手を威嚇しながらメイン・ウィンドウを呼び出す。

 慣れた手付きで指を這わせ、目的の物をクリックした途端。

 半径十五メートル以内にいる全てのプレイヤーの目の前に、新たなウィンドウが出現した。

 

「多人数乱闘デュエル。内容は初撃決着モード。この場にいる全員揃って大乱闘だ」

 

 

 

 

 ――ニ〇二三年二十四日午前〇時五分。これが、HP全損が現実の死を意味するデスゲームに住む俺達の現状だ。

 

 

 

 

 

 


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