魔物王の道   作:すー

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第九話 攻略戦

 部屋には闇が満ちていた。

 三〇人以上が入っても充分なスペースを確保出来る程の大広間。

 その端々では青白い炎が燭台にゆっくりと灯っていく。

 部屋の中央に一際大きい火柱が出現した時、俺達は動き出した。

 

「戦闘開始、散開するんやっ!」

 

 事前に決められていたグループで纏まり、全員が火柱向かって走り出す。

 盾持ちや両手剣、斧といった防御力や筋力寄りのビルド持ちが前に立ち、それ以外が少し後ろで控える。

 アスナさんは後ろに控え、エギルやヒースクリフは前に出ていた。

 

「来るぞ……っ!」

 

 キリトが叫ぶと同時に火柱が掻き消える。

 中から出現したのはキリトの証言した通りのモンスターだった。

 ただ、

 

『グォ、グォアアアァアアァアアッ!』

 

 その姿が想像以上に巨大。

 そして音撃とも言える耳を劈くような咆哮。

 最初に足が震え、その被害は全身に伝播する。

 

「……《The Frenzyskull》……狂乱する骸骨……これが……」

 

 名前に定冠詞が付くのはボスの証。

 縦にも横にも巨大で、目の前で六本の腕を巧みに操作する骸骨の頭上にあるカーソルからは確かにそう読み取れた。

 話で聞くのと現実では大分誤差がある。

 例えば身長が五メートルくらいというのも事前情報から知っていたが、実際に目にすると小山くらい大きいと錯覚してしまう程、その身体は途方も無い大きさに見えてしまう。

 俺以上の大きさを誇る剣、戦斧、メイス等の凶器達。

 全身を覆う、酸化した血のように赤黒く、禍々しい甲冑。

 極めつけは兜の下から覗く紅い双眸の不気味さと全身を包む醜悪な気配。

 全てが想像の遥か上をいっていた。

 

「シュウ!」

 

 フレンジースカルの猛攻を防ぐ面々に混じり、がら空きの脇腹に横薙ぎの剣尖を放ったキリトの怒声が耳を打つ。

 もう既に戦闘は始まっている。HPを減少させている者もいた。

 それなのに俺は最初の位置から一歩も動いていない。

 

(くそっ、呑まれた!)

 

 醜態を晒している事に気付き羞恥と怒りで目の前が赤くなる。

 ボスに圧倒された俺と勇敢に立ち向かった皆。覚悟を決めたつもりだった。

 それでも、

 

「今行くっ!」

 

 実力の差を実感して落胆している暇など無い。

 ポチやクロマルと一緒に戦場へと駆ける。

 その間も金属を打ち付け合う戦闘音が響き渡り、色鮮やかなライトエフェクトが戦場を彩った。

 そして一瞬でボスとの距離を詰めた俺に繰り出されたのは大剣と鉄斧。

 空間が裂け、死が濃厚になる、一太刀浴びれば致命になりえる絶大な一撃。

 しかし、その脅威に晒されても俺は足を止めたりはしない。

 ただ真っ直ぐ。速度を殺さず死地へ飛び込んでいく。

 

「シュウ君!」

「さっさと行け、チビガキ!」

 

 

 

 ―――俺には、頼れる仲間がいるのだから。

 

 

 

「ナイス!」

 

 右から横薙ぎに振るわれた大剣はアスナさんとヒースクリフが、左から振り下ろされた鉄斧はアスナさん達と即席パーティーを組んでいるラグナード達が完璧に防ぐ。

 殺意と死が充満する戦場を潜り、更に脚へと力を込めた。

 

(俺達だけじゃ無理だけど……皆が一緒なら!)

 

 六本の腕を二人ずつで各々防ぎ、そこに俺とキリトが加わって攻撃する。

 巨体と言っても数メートルに過ぎないフレンジースカルの周囲は密集地帯と化していた。

 連携を少しでもミスれば周囲の仲間の邪魔をしてしまう。それほどの密集。

 だからこそ、普段はコンプレックスになっている身長の低さが今回ばかりは好きになれそうだ。

 

「食らえ骸骨っ!」

 

 瞬く間に急接近。

 二匹の相棒をとりあえず待機させてから石畳を踏んで跳び上がる。

 更にボスの膝を足場にして胸部の高さにまで跳んだ俺の右手が青いライトエフェクトに包まれた。

 まるでアイスピックで氷を穿つように、逆手に握られた黒炎を力の限り叩き付ける。

 短剣単発重攻撃技《グランエッジ》の輝きがフレンジースカルに解き放たれた。

 続いて、同じく飛び上がったポチの爪撃。

 しかし、

 

(堅い!?)

 

 俺達の渾身の一撃は四段あるHPバー。

 その一番上を数パーセント減少させただけに過ぎなかった。

 いくら今回のボスが今までと比べて高い防御力を持っていたとしてもショックを隠せない。

 そう、俺はボスを甘く見ていた。俺と同等以上のレベルと装備を持つ人達が数十人集まって、漸く相手を出来る化け物なのだ、コイツは。

 

「心配するな! 攻撃役は君だけではない!」

 

 胸元を蹴り上げ、不安になりながらアスナさん達の頭上を飛び越えて距離を取った俺に、両刃剣を盾で弾き返したヒースクリフが声を張り上げた。

 地面に着地し、再びボスのHPを見れば、その緑色のバーが俺の時の三倍近い勢いで減少している。

 反対側で攻撃をしているキリトの攻撃だ。

 それに、

 

「食らえ、骸骨野郎っ!」

「せぁああああああああッ!」

 

 片手槍単発重攻撃技《ガルディアス》。細剣二連撃技《ダブルスプラッシュ》。

 重さを伴う紅の刺突と閃光のような連撃が巨大な腕を襲う。

 腕担当の人達もただディフェンスに努めているだけではない。

 武器を防ぐ際に余裕があれば腕を斬り付け、ちゃんとダメージを与えている。

 次第にダメージは積み重なり、上段のHPバーは消滅した。

 

(……弱いな、俺……)

 

 強くなったつもりでいた。

 パワー不足なのはスピード系+短剣使いプレイヤーとしての宿命。それは分かっていても力量不足感が否めない。

 しかし今は弱音を吐いている場合ではないと、弱気は脳内から振り払う。

 強者としての自信は打ち砕かれたが、たったそれだけで落胆している暇など無いのだから。

 

「シュウ、蹴りだっ!」

 

 一度ボスから距離を取っていたキリトが見ていなかったら、もしかしたらヤバかったかもしれない。

 何度目かの突撃最中に巨体の片足が下がったと思った瞬間。接近する俺にカウンターの要領で超重量の蹴りが放たれた。

 

「クロマル!」

 

 瞬時に応じたのは戦闘中に関わらず側を離れなかった二体目の相棒。

 丸い身体が粘土細工のように溶け、その流動感の溢れる姿は水銀を連想させる。

 広がったメタルボディが眼前を覆った。

 ポチを片手で抱きながら、即席盾に黒炎を持ったまま手を添える。

 瞬間、今まで感じた事の無い重圧が襲い掛かる。

 

「こ、の、クソッタレっ!」

 

 メタルハードスライムは非常に堅い。

 それでもクロマルに多大なダメージを与える攻撃に晒され俺のHPも減少する。

 少しは持ちこたえたものの、勢いに負けてエギル達のいる方へ蹴り飛ばされた。

 しかし宙を舞う中、俺は確かに見た。

 地面を踏みしめているフレンジースカルの片足へキリトが単発重攻撃技を放つのを。

 

「今や! この気を逃すんやないでぇ!」

 

 片手で俺とポチを見事にキャッチしたエギルに感謝の言葉を送ると同時に、キバオウの合図で手の空いている沢山の人達が体勢の崩れたボスに殺到する。

 この気を逃さず各々がソードスキルを放ったため、部屋中が様々なライトエフェクトで満たされた。

 凄まじい光量に目を細める。

 地獄の番人のような出で立ちの怪物の絶叫が迸り、HPバーもついに最後の段に突入する。

 その時、耳障りな金属音が部屋中に響き渡った。

 皆の攻撃に耐え切れず、ボスの身体を覆っていた甲冑がバラバラに崩れ落ちたのだ。

 

「エギル、肩借りる!」

「おお、ぶちかましてやれ!」

 

 やることはさっきと同じだ。

 両手斧スキルのダッシュ技に入るため前屈姿勢だったエギルの肩を足がかりに、俺とポチは高くに跳躍。

 突撃をかますエギルを眼下に九回目となる《グランエッジ》と、銀狼による爪撃を胸元に叩き込むべく力を溜める。

 スイッチを駆使して背後の人と後退する面々に混じって宙を舞った俺は、最大威力の技を放つためにスキルを放つモーションに入った。

 そして、

 

「皆、ボスから離れろっ!」

 

 反射的に回避行動を促していた。

 まるで電流の走ったような第六感と言っても良い嫌な予感が全身を蹂躙する。

 寒気を覚えた瞬間、俺は悲鳴にも似た叫び声を上げていた。

 外気に晒された腐食色の骨達が不自然にピクピク動くのが、どうしても不吉な気がしてならなかったのだ。

 

『ガゥアアァアアアァアアッ!』

 

 そして俺の観察眼と第六感は正しいことが証明される。

 それは、もはや跳ねたとした表現出来ない。

 肋骨を初めとする沢山の鋭い骨が一斉に外側―――つまり俺達のいる方へ飛び散った。

 

「うわぁあぁああぁあッ!?」

「ぎゃああああぁああッ!?」

 

 リンチにも似た俺達の独壇場が阿鼻叫喚な地獄絵図と化す。

 クレイモア地雷の如き散弾骨の攻撃に晒され、近くにいた殆どの者が盛大に吹っ飛ばされる。

 ポチも、そしてクロマルも例外ではない。

 スイッチ後でボスから距離を置いていた人達以外は全員大ダメージを受ける事となった。

 それは《グランエッジ》を中断して防御体勢を取った俺にも言えること。

 ただ唯一違うのは皆よりも防御体勢に入るのが速かったためか、部屋隅まで飛ばされる事態には陥らなかった事のみ。

 

「皆、無事!?」

 

 HPが黄色の注意域に達したまま辺りを見渡す。

 上体を起こして周囲を見れば攻撃を仕掛けていた者全員のHPがイエロー又はレットゾーンに踏み込んでいた。

 ポチもそうだし、クロマルなんて赤の危険域だ。

 死者がいないのが幸いだとしても被害は甚大。

 その事態に、知らずの内に下唇を噛み締める。

 

(お前達はそこで待機!)

 

 使い魔の分まで回復させる時間が無い。

 魔物王スキル《意思伝達》で二匹を壁際に張り付かせる。

 後は俺の回復を―――。

 

「シュウ、前だ!」

「え……」

 

 これなら下手に堪えず素直に吹っ飛ばされた方が得策だったかもしれない。

 壁際で倒れた状態のキリトの注意で前方を見れば、骨を失ったためスリムになったフレンジースカルが、メイスを、両刃剣を、そして鉄斧さえも、俺一人を殺すためだけに振り下ろす所だったのだから。

 

「―――ッ!?」

 

 形振り構っていられない。

 立つ時間も惜しんで床を転がり、メイスが俺を叩き潰す前に危険地帯から脱出する。

 局地的な地震を起こす勢いでメイスが床を砕き、破片を撒き散らしながら地面を陥没させた。

 まだ脅威は去っていない。

 時間差で襲い掛かる二つの凶器を避ける術を、俺は持ちえていなかった。

 

(やばっ、死―――)

 

 

 

 ―――全てを切り裂き、押し潰す大斧が、視界一杯に広がった。

 

 

 

 けれど神様は俺を見捨てていなかったらしい。

 細剣単発重突進技《ソリッド・ティアー》が腕の側面に炸裂し、斧の軌道が顔横スレスレにズレる。

 暴風で外套と髪が吹き上がり混乱の極みにあった頭でも、黄色の閃光と化して捨て身の技を繰り出した人が誰かは理解出来た。

 また助けてもらった。そして、この男にも。

 

「無事かね?」

 

 冷静沈着な声が俺の頭をクリアにする。

 落ち着きの払った声がここまで人を安堵させる事を初めて知った。

 盾を掲げて最後の両刃剣をたった一人で防いだヒースクリフは、落ち着いた表情で俺を振り返る。

 二人とも運良く散弾攻撃から逃れた数少ない人達だ。

 

「平気! ありが……アスナさんッ!?」

 

 死が遠ざかったとしてもそれは一時凌ぎに過ぎない。

 生存の喜びを感じる暇も無く駆け出して、技後硬直中のアスナさんに体当たりをかます。

 もつれながら地面を転がる俺達は、確かに地面を砕く戦槌の破壊音を耳にした。

 もう少しでアスナさんも一撃を受ける所だったのだ。

 生憎と僅かに掠ったため無傷という訳にはいかなかったけれど、アスナさんを守れた事が少し誇らしい。

 

「シュウ、一旦下がれ!」

「さっさと回復しやがれチビガキ!」

 

 俺達の横を二つの影が疾走する。

 漆黒の男が、青銅の重戦士が、

 

「子供だけに任すのは気が引けるんでなっ!」

「あんのボウズ一人にええカッコさせる訳にはいかへんのやっ!」

 

 巨躯の戦斧使いと山賊みたいな暫定リーダーも突撃する。

 そして、

 

「敵も消耗している! 畳み掛けろ!」

『おぉおおおおおおおおッ!』

 

 真紅の盾剣士に鼓舞されて残りの面子も雪崩れ込む。

 おそらく回復結晶を用いたのだろう。ポーションでは決してありえない速度でHPを全回復させた者達がボスを引き付け、俺とアスナさんから遠ざけてくれる。

 切り裂き、叩きつけ、押し潰す。

 怯む事無く叩き込まれる彼等の攻撃は壮絶の一言に尽きた。

 

「ありがとう、アスナさん」

「どういたしまして。それに、こっちもありがとう」

 

 壁際まで下がり危ない時は助け合うという誓いを果たした俺達は、少し笑い合うと手持ちの回復アイテムでHPの全回復を図る。

 まず回復結晶でHPが全回復してから二匹の相棒を手元に呼び寄せ、二匹にも回復ポーションを使用。

 そのまま戦況を見ながら壁際で数十秒を過ごし、お互いの回復が終了すると戦場目指して走り出す。

 防御力が異様に高いヒースクリフが守りを、攻撃的なキバオウとラグナードが攻撃の要を担当した結果、ボスのHPはもう僅かしか残っていない。

 どうやらあの散弾染みた攻撃は一度きりのものらしい。

 甲冑を無くしたためか防御力も格段に落ちている。

 だからアレは、あの怪物の最後の悪あがき。

 

『グ、グォアアアァアアァアアアァアッ!』

 

 片刃剣、両刃剣、鉄斧、野太刀、戦槌、メイスの複合剣技。

 そうとしか表せない凶器の乱舞は、乱雑な軌道を刻んで攻撃者達に放たれる。

 その巨体を独楽のように回転。縦横無尽に駆け巡る攻撃の嵐に、殆どの者が再度壁際まで吹き飛ばされた。

 残ったのは、

 

「スイッチ!」

 

 まずは先行していたアスナさんがたった一人で片刃剣と両刃剣を盾で弾き飛ばしたヒースクリフとスイッチを交わす。

 凶悪な巨体に黄色のライトエフェクトを纏った細剣を連続で叩き込んだ。

 轟くような雄叫びを上げるフレンジースカルのHPが目に見えて減少する。

 今度は俺の番。

 

「エギル、ラグナード!」

「行け、シュウ!」

「呼び捨てにすんなチビガキ!」

 

 その筋力値を活かしてギリギリ踏み止まったエギルの両手斧単発攻撃技《ダウンレイグス》とラグナードの《グラファルス》が鉄斧と戦槌を真っ向から迎え撃つ。

 

「く、うぉおおおおおぁああああああッ!」

「ま、けるか、よぉおおおおぉおッ!」

 

 力と意地の鬩ぎ合いは二人に軍配が上がった。

 両脇に並んで立つ二人の間を走り抜け、俺も突進技である《ウィースバルグ》を右足に放つ。次いで間を置かないポチの爪撃が決定打になり、ボスの体勢が僅かに崩れる。

 そして、

 

「せぁあああッ!」

 

 あの嵐を単身で捌き、避けきった黒の剣士の片手剣単発技《ホリゾンタルレイヴ》が胴部を強襲。

 横一文字に放たれた斬撃は骨を砕き、剣に込められたエネルギーをライトエフェクトと共に放出する。

 その衝撃で六本腕の半分が見当違いの場所を叩き、地面を奮わせた。

 しかし、

 

『ゴ、オォアアアァアアアアアァアッ!』

 

 滅茶苦茶に振るわれた残りの半分は周囲を巻き込み、相棒二匹にアスナさんとヒースクリフをまとめて弾き飛ばす。

 

(くそっ……よくもやってくれたな骸骨野郎っ!)

 

 ポチは掠った程度で、そしてクロマルはその耐久力の高さから消滅を免れる。

 幸いにも二人のHPは全壊しておらず、俺とスイッチを行った時点でエギルとラグナードは回復のため一旦退避している。

 死者がいない事に安堵しながら右足に力を入れて急ブレーキ。

 突進技で前方に移動しかけた重心を無理矢理引き戻し、現実ならアキレス腱断裂も辞さない負荷を掛けてボスへ再度肉薄した。

 

「シュウ、スイッチだ!」

「了解!」

 

 練習では何回もミスった高等テクニックの要求に少し躊躇いを覚えるも、直ぐに弱気は消し飛ばす。

 先程みたいに突っ込むならまだ良い。

 しかし敵に強攻撃を当てて硬直させるタイミングと、後続の攻撃するタイミングを合わせるのがかなり苦手。

 共闘経験が少ないだけにタイミングがイマイチ分からない俺は、見極めが甘くて敵の反撃を許し、練習時は何度もキリトには迷惑をかけた。

 けれども、

 

(今なら出来る!)

 

 

 

 ―――何故か、そう確信が持てた。

 

 

 

「はぁああああああっ!」

 

 後方で構えるキリトの気迫を肌で感じる。見守られる視線を一身に集める。

 自分のためだけではない。全員の未来を切り開く渾身の《ウィースバルグ》が炸裂した。

 狙いは左足。

 先程の攻撃も相まって機動力を殺がれたフレンジースカルが前のめりに傾くのと、剣を振り被ったキリトのタイミングが重なる。

 キリトが技を放つ寸前に身動きを封じさせた事を自画自賛しながら、黒炎が赤い光の残滓を撒き散らした。

 

「こ、なくそっ!」

 

 巨体の横をすり抜け、数瞬の硬直が解けると同時に反転。

 力を溜め、一気に床を踏み切った。

 その剣に青い光を溜め込むキリトを援護するために。

 

『グォア、ガァアアアアアアッ!』

「はぁああぁあああぁあああッ!」

 

 一際大きな雄叫びが二つ、戦場を揺るがした。

 六本の手に握られた無骨な凶器が左右と真上から迫り来り、弾丸のように直進したキリトの腕が振り下ろされる。

 武器に押し潰される寸前、刹那のタイミングでギリギリ身体下に潜り込み、青い光と化した刃が破壊の限りを尽くす。

 腹の中心から股下にかけて縦一文字に切り裂き、巨大な両足の隙間を縫って衝突を免れたキリトが次第に失速。

 左手を前に、右手は上段に構えて鋭く振り下ろす単発重突進技《ディールストライク》を放ち終わったキリトが立ち止まった時、俺の剣技も完成した。

 

「これで、終わりだぁあああぁああッ!」

 

 キリトと擦れ違うように床を駆け、その極限まで赤く染まった黒炎をフレンジースカルの背後に突き刺す。

 生まれるのは迸る紅の閃光と断末魔。

 三度放たれた《ウィースバルグ》は俺達が見守る中、かつてない強敵を一欠片も残さず爆散させた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 歓声。勝利の雄叫び。

 それに混じる幾つかのレベルアップ音に耳を傾け、眼前に出現したウィンドウを見ながら、尻餅を着いたまま勝利の余韻に浸る。

 成功もあった。失敗もあった。想う事も沢山あった。

 たった数十分の戦闘が今までに勝る勢いで様々な経験を与えてくれる。

 充分、益に繋がった意味ある死闘。しかし、その益とは視界中央に表示される加算経験値と入手アイテムの類では無い。

 仲間と思える人達との強固な絆。

 人間不信の俺が良かったと思えるコレこそ、この戦闘で得た一番の宝だ。

 

「お疲れ」

 

 右手に感じるフサフサな毛並み。左手に感じるひんやりとしたメタルボディ。

 相棒達を労いながら二匹同時に抱きしめる。

 ポチの追撃が無ければ巨大骸骨の体勢を崩す事も叶わず、パワー不足に極みが掛かって更に皆の足を引っ張った。

 クロマルがいなければもっと大ダメージを受けていた。

 俺にとって影の功労者は間違い無くコイツ等だ。

 

「どうだったかな。初めてのボス戦は」

「……ヒースクリフ」

 

 俺を見下ろすユニークスキルを持つ男は、真鍮色の双眸で俺を見据える。

 眼差しを受け、少し肩を竦めてみせた。

 

「怖かったし疲れた。……でも、勝ったら嬉しい、凄く」

 

 込み上げてくる高揚感と達成感は衰えを知らない。

 疲れと、張り詰めていた緊張が解けて腰を抜かしていなかったら、小躍りするくらい喜んでいる。

 

「あと、ありがとうございました。助けてくれて。お陰でこうして生きていられる」

「なに、借りを返しただけに過ぎない。それに貴重な幹部候補を失うのは、私としても避けたかったのでね」

「まだ諦めていないのか……」

 

 なんだか命の恩人を敬う気持ちも消失してしまう。

 この執着心さえ無かったら文句無しに良い人認定されるものを。

 

「そういえば、神聖剣は使わなかったんだ」

 

 話題性を生むためにはピンチの状況で晒すのが一番効果的。

 散弾攻撃で晒さなかったのは、単に実戦で使えるレベルではないという事だろうか。

 しかし彼は質問に答えず、その何もかもを見透かしたような眼差しと微笑を浮かべてから無言で立ち去っていく。

 その男と入れ違いにこちらへ来るのは、俺が信頼する二人。

 

「シュウ」

「シュウ君」

 

 兄ちゃんみたいな黒の剣士と、俺の女神様。

 その戦友二人が歩み寄ってくる。

 

「キリト、アスナさん」

 

 漸く立てるようになり、両手を上げる。

 キリトは左手を、アスナさんは右手を上げ、気持ちの良い爽快なハイタッチ音がボス部屋に反響した。

 そして背後を振り返る。

 

「エギルとラグナードもサンキュー。ナイスアシスト」

「ああ、お前さんが無事でなによりだ」

 

 エギルの温かくて大きな手が頭に乗せられ。指の隙間からラグナードが舌打ちしながら視線を背けているのが見える。

 その奥では、キバオウを主体に攻略組全員が勝どきを上げていた。

 

「あ、そうだった。アイテム分配忘れてた。公平にダイスロールで良い?」

 

 コルや結晶アイテムは均等に分け合い、装備品の類はドロップアイテムを獲得した幸運な人のもの。そういう厳格な取り決めが俺達の間にはある。

 アイテムは結晶系以外いらないと公言した手前、正直未練は残るが分配しなくてはならない。

 しかしアイテム欄をスクロールして獲得アイテムをオブジェクト化しようとした手を止めたのは、アスナさんだった。

 その優しい双眸は俺を見つめ、ゆっくりと首を左右に振る。

 

「……ガキ、装備品は拾った奴のもんだ。貰っとけ」

 

 思わず俺はキョトンとした目で発言者を見てしまった。

 見れば俺だけでなくキバオウを含めたプレイヤー全員がラグナードを見ていた。

 中には悪いものを食べたり偽者だったりバグだったりを疑う者まで出てくる始末。

 いつの日かキリトとレアアイテムを巡ってデュエルをした我が侭とは思えない。

 

「え……でも俺、そんなに役に立ってないし……」

「そんな事無いよ」

 

 聖母みたいな微笑を見せるアスナさんの言っている事が良く分からなかった。

 盛大に首を傾げている俺に補足説明してくれるキリトの顔は呆れ顔。

 

「散弾攻撃を察して注意を促してくれなかったら、多分もっと事態は深刻になっていた」

「彼が最後の一撃を放てたのも、シュウ君のお陰だよ。トドメを刺したのもシュウ君」

 

 

 

 ―――役立たずではなく、立派な攻略組の一員。

 

 

 

 最後にエギルがそう締め、他の人もそうだと呼応する。

 皆が例外無くそう認めてくれたから、俺にも正当なアイテム分配権利がある。

 今まで一人前の剣士と見られなかった事が多いためか。

 その評価がどうしようも無く嬉しくて、認められたのが心地よくて、熱くなった目頭を必死に裾で拭う。

 それでも生暖かい視線が消えそうに無かったため、一つ爆弾を投下させて有耶無耶にしようとする俺は結構策士だと思う。

 

「でも盾の類はいらないから、やっぱり誰かにあげる! 幸運な奴は俺に感謝しろ!」

 

 そう言いながらオブジェクト化して出現させるのは青の光沢を放つ逆三角形の手楯。

 おそらくレアアイテムの類である《フォルティスシールド》に多くの視線が集中し、先程の賑やかさが嘘のように沈黙した。

 互いを牽制し合う視線と目配り。血走った瞳に荒くなる息遣い。

 空気の変わった現状と意地汚い男達に、隣にいるアスナさんも呆れたようだった。

 

「決め方はダイス。一番大きい数字を出した人に贈呈」

 

 この瞬間、ボス部屋は先程とは違う熱気に包まれた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「……シュウ君、私達は先に進みましょう」

 

 総勢二十九人による壮絶なダイスロール大会を冷やかに見詰めた後、アスナさんは俺の手を取ると大扉を開いて前へと進んだ。

 俺とアスナさん、そして部下に大会参加を命じたヒースクリフの前にあるのは、上へと伸びる長い階段。

 この先にある上層の主街区にある転移門をアクティベートすれば、その層への転移ルートが開かれる。

 そのアクティベートまでが攻略組の仕事。本来なら名誉な行為そっちのけで別の事に集中している面々は放っておいて、俺達三人は長い階段を進んだ。

 

(上層に出たら先生へ生還の報告。その後は師匠の所に行って研磨代を払わないと)

 

 今後の行動を考えるだけで楽しい。

 笑顔になるのを抑える事が出来なかった。

 

「シュウ君」

 

 手を繋いだアスナさんが僅かに振り向き、視線を合わせる。

 その顔は、女神すら霞む程の煌びやかな笑顔。

 

「お疲れ様、頑張ったね」

「―――ハイ! アスナさんもお疲れ様!」

 

 その労いに、俺も最大級の笑顔を持って応える。

 

 

 

 

 

 

 ―――俺の攻略は、こうして始まったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 




これで一章的なものは終了です。

ここまでお付き合いくださり誠にありがとうございます。
読者の皆様方には多大な感謝を。
もし誤字や脱字、そしてご意見やご質問などがありましたら、ご連絡くださると助かります。

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