俺はこの感覚を何度も何度も味わってきた。
肌を刺激する威圧感に身体中が震え、心の奥底に封印した恐怖が湧き上がってくる感覚。
それと同時に燃え盛る闘志。
冷静と興奮が同居し、際どいバランスを保つ感情。
突如出現した怪物の咆哮に全身の毛が逆立つ。
天井に到達する勢いで立ち上った水柱の余波を受け、全身を冷たい水で濡らしながら、俺の視線はこちらに近寄ってくる巨体の頭上に釘付けだった。
「……Lake the guardian」
明るいエメラルド色の鱗に覆われた巨体は推定八メートル。
殺気に塗れ、視線だけで死を連想させる金色の眼光。
獰猛にして凛々しさも見せる縦長の顔に、恐竜のように所々が隆起した背。
そして茨のように強固な棘が生え茂る尾。
以前テレビで見たコモドオオトカゲという世界最大の蜥蜴に酷似したイベントボス《湖の守護者》は、ゆっくりとした動作で陸地を目指す。
鰐のように泳ぎながら水の軌跡を刻む巨体に付随する小さな影は、おそらく手下。
つまり二体の強敵が俺達に迫っている事になる。
「どうする……どうしよう……」
ポチとタマが野生本来の姿を見せ付ける最中に様々な可能性が駆け巡る。
生まれては霧散し、浮上しては弾け飛ぶ。
接近される間、限られた時の中で行う取捨選択。
引くか戦うかの選択を強いられる。
過剰なアドレナリン分泌で時間が引き延ばされたと錯覚するほど集中し、無限に広がる可能性の大河から掬い取った未来への選択は――。
「まずは確認」
敵が陸地に到達するまで後数秒。
一刻の猶予も無い確認期間を有効に使うべく、手持ちの愛剣を二の腕に振り下ろす。
ザシュッという聴きなれた斬音が響き、自傷行為とはいえ生まれた不快感に顔を顰める。
それでも俺は赤い線が入った左腕をポーチの中に突っ込んだ。
「ヒール」
左手に掴まれた桃色の結晶は役目を終えて砕け散る。
回復結晶を使用するというまたしても予想外の出費を悲しむ暇も無く、俺の心に安堵の火が灯った。
結晶無効化エリアでないのなら、最悪の場合は転移結晶で離脱出来る。
俺の心は決まった。
「ハァ、皆が知ったら馬鹿にされるかも」
ここまでの苦労。探索経費。愛剣の最後を飾るには相応しい強敵。経験値とドロップアイテムへの期待。そして何より、あの憔悴したまま気絶した鍛冶屋のマーカス。
こんな事を思うのは馬鹿らしい事なのかもしれない。
自分の命を天秤に掛けるのは正気の沙汰ではないのかもしれない。
それでも俺は、機械にプログラムされたNPCだと分かっていても、あのまま放置したいとは思わなかった。
これは同じくプログラミングされたAIであるポチ達と長く接しているからこその感情移入だ。
ゲームであっても遊びではない。
あの茅場晶彦の言う通り、彼等の命はゲーム内でのみ保障された命だが、仮初でも命は命。
この世界で全うに生きている。
ここまで苦労させられた恨みは茅場晶彦に対してであり、マーカスではない事に今更ながら気付かされた。
以上の理由から、俺には撤退の二文字などありはしない。
「来るぞ」
油断無く短剣を構えながら知人の顔を思い浮かべる。
アスナさんの困ったようで怒ってもいる顔。師匠の呆れた顔。先生の激怒顔。
色々な顔をする人達の中で、確実に称賛してくれるだろう人物の顔が浮上し、笑みが零れる。
憧れでもある黒の剣士の「よくやった」という幻想の笑みに勇気付けられ、俺は笑顔で、迫り来る脅威目指して駆け出した。
◇◆◇
この地底湖の主である巨大蜥蜴《レイク・ザ・ガーディアン》。
その取り巻きであり、主を小型化させた形状の《チャイルド・リザード》。
水を浸らせ、劈くような雄叫びを上げる怪物達との戦闘が開始される。
「ポチとタマはちっこいのを攻撃! クロマルは俺と一緒に来い!」
《意思伝達》で指令を下す。
二メートル近い体長の蜥蜴と二体の相棒が衝突する横を駆け抜けた。
咆哮と咆哮。爪撃と爪撃。
生存を賭けた決死の一撃が飛び交う。
「まずは一発目!」
鋭利な刃物のような爪が生え並ぶ巨腕。
それが横薙ぎに振るわれる前に四足歩行の巨大蜥蜴に接近し、数瞬遅れた巨大な手が宙を薙ぐ。
爪撃の届かない内側へ潜り込み、頭上で風斬音を聞きながら肉薄。
肉食恐竜のような顎が開く前に、その下顎に短剣を突き出した。
短剣強攻撃技《スパイラルエッジ》。
螺旋を描く蒼穹の奔流が轟音を響かせる。
大きく顔を仰け反らせ、その下に潜り込んだクロマルの《グレイヴアタック》が炸裂して漸く、守護者は大きく上体を仰け反らせた。
二段あるHPバーの内、数パーセントが削られる。
仮にも高威力の剣技と突進技を食らい、たったの数パーセント。
見た目通りの頑丈な鱗に舌打ちが零れる。
それでも俺は、黒炎を振るい続けるしかない。
「クロマル!」
体長三〇センチの相棒を呼び寄せ、小脇に抱えながら右横に跳ぶ。
仰け反った体勢を正し、太い前足が地面を打ち付ける前に大蜥蜴の側面へと移動した。
巨体のモンスターは死角が多く存在する。
特に四足歩行の生物は小回りが利かないので側面の方が戦いやすい。
大蜥蜴がこちらを見失っている内に短剣三連続技《トリプルバイト》が外鱗を削る。
(あっちは?)
明るい青色の閃光が視界を染める中、なんとか左側を盗み見る。
少し離れた所で蜥蜴に噛み付き、爪撃を叩き付ける相棒達の残存HPを確認した。
(ポチ達はまだ大丈夫。こっちを片付けるまで子分を引き付けてくれれば上等)
それでも二匹は消耗しているため魔物王単発技《回復》で一匹ずつHPを回復させる。
回復量は一〇秒で一割。
しかし全員同時に回復は出来ず、その間に他の魔物王技は使用出来ないため状況判断能力が試されるスキルだ。
すると、四度目のソードスキルを放った途端、大蜥蜴は今までに無い機敏な動きを見せた。
「防げクロマル!」
俺がいる方とは反対側へと身体をずらし、連動して巨大な尾が振るわれる。
引き摺っていた棘だらけの巨尾が地面を削りながら強襲。
長さは体長と同じぐらい。直径の太さで言えば俺と同じぐらいの大きさがある尻尾との接触は、自動車の衝突事故を連想させた。
「く、そっ!?」
重い衝撃に身体が痺れを訴える。
気付けば風呂敷のように体表面積を広げたクロマルごと宙を舞っていた。
通常Mobの攻撃なら耐えてみせるクロマルを用意に吹っ飛ばす怪力は、イベントボスだからこそ。
低空を弾丸のように飛ぶ俺達は直線上で戦っていた者達を巻き込み、敵味方関係無く周囲へ散らす。
地面を転がり、それでもクロマルと黒炎は手放さない。
目線を上げ、俺のHPが三割ほど欠損している事を確認。
クロマルに防御してもらってこの威力だ。クロマルがいなかったら半分は持っていかれたかもしれない。
「……って、見境なしか!?」
うつ伏せになりながら上体を起こし、直ぐに《意思伝達》を使用。
七割ほどまでHPが削られているポチとタマの肉食コンビを壁際まで下がらせた途端、二匹の居た場所を紅のライトエフェクトに包まれた大蜥蜴が猛然と通過した。
自らの子分を突進に巻き込みながら。
「ホント、危ないっての!」
《回復》をクロマルに使いながら抱え上げ、地響きを立てながらリザード族専用突進技《プレスダッシュ》を放ってくる大蜥蜴の射程から離脱する。
死に物狂いで横に跳んで再度地面を転がるのと、寝ていた場所を大蜥蜴の顎が噛み砕いたのは同時だった。
そしてこの展開を待ち望んでいたかのように。器用に直立した姿のシルエットが背後から迫る。
「たくっ、次から次へと!」
先ほどの突進に巻き込まれたのが痛かったのか。
HPをレッドゾーンに突入させたチャイルド・リザードが肉薄し、背後から獰猛な爪を振り下ろした。
振り向いてから迎撃しても間に合わない。しかし、そんな時に身体を張って守護してくれるのがクロマルだ。
《回復》分を相殺されたが金属製の身体は爬虫類の爪を弾き返し、決定的な隙を生み出してくれる。
仰け反った身体目掛けて一歩を踏み込む。
直後、敵の懐から眩い紅の閃光が迸った。
「総攻撃!」
全体重を乗せた高速の刺突。
短剣突進技《スティルレイザー》を食らってひっくり返る敵に相棒達が殺到する。
俺自らがチャイルド・リザードにカーソルを合わせてターゲットとして固定。
《パレード》による連続攻撃をその身に受け、目障りな子分は欠片となって四散した。
――そして、湖から二体目のチャイルド・リザードが出現する。
(げっ、まさかアイツを倒さないと無限に出てくるんじゃ――くそッ!?)
敵は考える余裕を与えてくれない。
突如鳴り響く地響き。背後に生まれる威圧感。それは、死の淵へと誘う絶大な脅威が接近している事を意味していた。
「全員退避っ!」
新たに出現した蜥蜴目掛けて駆け出した二匹を《意思伝達》で止め、即座に大蜥蜴の直線通路から逃がす。
抱えていたクロマルをポチ達の逃げた壁の方へ投擲し、左手をポーチに突っ込む。
中から回復ポーションを取り出しながら《軽業》スキルの跳躍力をフル発動。
背面飛びの要領で数メートルも跳躍した俺の下を大蜥蜴が通過した。
(アイツの攻撃パターンは、遠くに離れたら突進。正面から近付いたら腕を横薙ぎに振るうか、大きな口で噛み付き。側面側には回転での尻尾アタックってところ?)
元々モンスターにプログラムされた攻撃パターンというのはそれほど多くない。
宙で一回転しながら体勢を整え、口で栓を抜いてからポーションを一息に煽る。
生命力とも言えるHPがゆっくりと元に戻るのを実感しながら地面に着地。
全身をバネに変え、膝を曲げ、着地の勢いを脚力に上乗せ。
こちら目掛けて突進しようと急ブレーキを掛けている大蜥蜴目掛けてダッシュする。
「皆はチャイルド・リザードに集中!」
《回復》を掛けている間は他の魔物王スキルを使えない。
つまり《意思伝達》で伝えた命令も解除され、使い魔達は思い思いの行動を取ってしまう。
《回復》の連続使用でHPを八割ほどまで回復させた面々の内の二体は、俺が《意思伝達》を使用する前からチャイルド・リザード目指して飛び出していた。
クロマルも俺の方へ全速力で転がっていたのだが、今回は《パレード》の使用と一人の方が立ち回りし易いという事情もあり、ポチ達の方へと向わせる。
完全なタイマン。捨て身に近い特攻は覚悟の上だ。
「勝負だトカゲ!」
その気合に怪物が応える。
悠然と待ち構え、音圧を浴びせる咆哮に晒されても、俺の足は止まらない。
右手を斜め下へ伸ばし、斬り上げ体勢に入る。
大蜥蜴まであと八メートル。
そのままダッシュ技に入ろうとした俺は――。
「にょわ!?」
――横に跳んで全力回避を余儀無くされた。
「トカゲの分際で水なんて吐くなよ……って、またか!?」
艦隊から射出される特大の砲弾染みた水弾をギリギリ回避した俺を待ち構えていたのは、既に轟音を響かせている尻尾の攻撃。
空気が震え、豪風を生み出す大質量の薙ぎ払い。
左右に逃げ場無し。下も同じ。
なら、
「上!」
ならば上に回避するしかない。
限界を突破する勢いで力強く大地を蹴る。
ブーツの靴底が棘尾に引っ掛かり、ガリガリ削れる音がした。
刹那のタイミングに肝が冷え、寿命が数年縮まる思いで大蜥蜴を真下に捉えた俺の右手が黄色の閃光を放つ。
《グランエッジ》と同じモーション。
それでも威力は段違いの上位互換技《レイジングバイト》が大蜥蜴の背に降り立つと同時に解き放たれる。
エメラルドグリーンの背に黒炎の切っ先が埋没する。
怪物の絶叫が鼓膜を震わせ、黒炎を引き抜くのと入れ違いに、同じ場所へ赤い輝きを帯びた左拳が振り下ろされた。
体術スキルの基本技である《閃打》より強力な攻撃技《レインデッド・インパクト》。
覚えたての剣技達を惜しげも無く披露し、幸運にもクリティカルを引き当て、やっと上段のHPが全壊する。
ポチ達の方も順調に敵のHPを削っているが、彼等のHPもイエローに到達していた。
「あと半分! ……あれ、あの鱗――ッ!?」
《回復》を使用し、大きな背中の一点に集中していた時だ。
背中に乗る俺を振り落とそうと躍起になっていた大蜥蜴が直立する。
山脈のように隆起している部分に手が届かない。
重力に逆らえる筈も無く。そのまま地面へと叩き落され、不運にも、眼前一杯にモーニングスターに酷似した棘が落とされた。
胸元に一撃を食らい、棘尾の直撃を受けて身体が跳ねる。
直立した反動で振り上がった尻尾の先端が強打したのだ。
ただの攻撃で終わった一撃は二割のHPを奪っていく。
そして、振り向き様、怪物の双眸が俺を捉える。
その目が笑っているように見えたのは気の所為なのか。
巨大な顎が開かれ、特大の水弾が放たれた。
未だ宙を漂う俺に避ける術は無い。
「――ッ!?」
直撃。
多大な水圧を前面で、岩壁への衝突を背面で受け、声にならない悲鳴を上げる。
全身に伝わる衝撃は強制的に《行動不能》に陥らせ、数々の激戦を潜り抜けた相棒が右手からすっぽ抜けた。
スタン状態の俺のHPは半分以上が欠損している。
「げほっ……くそっ」
スタンの時間は僅か数秒。それが永久のように長い。
《プレスダッシュ》で突撃してくる大蜥蜴の攻撃を避けられるかは際どかった。
だから俺には、願う事以外なにも出来ない。
「動け動け動け動け――動けぇえええっ!」
その強い祈りが通じたのか。幸運にも敵が踏み潰す前に死地からの脱出に成功する。
無我夢中で飛び退き、頭を壁に激突させた間抜けな大蜥蜴の側面ギリギリを疾走した。
(ミスは許されない!)
右手を下に一閃。
メニィーウィンドウを呼び出し、下部にあるショートカット・アイコンを力強くタップ。
瞬間、今までに無い鉄の重みが俺に勇気を与えてくれる。
曲刀のように反りが強い大振りの刃。
柄も黒で統一され、牙を模した黒銀の刃が深々と脇腹に突き刺さる。
「はぁああああっ!」
逆手の状態で《黒狼牙》を斜めに振り下ろし、そのまま走り抜ける短剣ダッシュ技《フリーガル・グレイス》は、敵の巨体に紅いラインを刻んでいく。
スキルMod――片手用武器スキルの熟練度を上げる度に選択出来るボーナス効果の内、大幅に作業を省略して瞬時に武器を入れ替えられる《クイックチェンジ》で刃渡り三〇センチの大型ダガーを取り出し、尾の付け根部分まで斬り付けてから距離を取る。
大蜥蜴が壁から身体を引き抜き、乱暴に離れる際に巻き込まれるのを防止する目的もあるが、一番の理由は手から離れてしまった愛剣を回収するためだ。
「……今のは緊急事態だからノーカン!」
本当なら《黒狼牙》で攻撃を続けたい所だが、これは俺の意地だ。
ポーションを飲み干して回復しながら《クイックチェンジ》で武器を変更。
改めて黒炎を握り直す。
相手の攻撃パターンは大体把握出来た。
《プレスダッシュ》と水弾のコンボ、そして尻尾の薙ぎ払いに気を付ければ、とりあえず一撃で死ぬ恐れは無いだろう。
インファイトに持ち込めば小回りの利くこちらが有利なのも証明済み。
それに、攻略の糸口らしき物は既に見つけている。
あとは黒炎との思い出を作るため、目の前の強敵を粉砕するのみ。
「クロマル!」
暴れている大蜥蜴に近付きたくないのでポチ達の方へ視線を向け、HPがレッドゾーンに到達していたクロマルを呼び戻す。
イエローゾーンのポチ達は《回復》で間に合う。
基本的に使い魔は一番近いモンスターに攻撃を仕掛けるので、大蜥蜴を近付けない限り、ポチ達はずっとチャイルド・リザードと戦い続けるだろう。
チャイルド・リザードのHPは残り三割。
出来ることなら、三体目が出てくる前に決着を付けたい。
「そら、俺もお前ももう一踏ん張り!」
ポーションを飲ませてから再度チャイルド・リザードの方へとクロマルを放り投げる。
そして、第六感が警鐘を掻き鳴らす。
タマとポチを交互に《回復》させながら、背後から放たれる水弾を地面スレスレまで前屈する事で回避。
振り向き様にそのまま疾走した。
(あ……危なかった、マジでっ!)
高水圧の砲弾が髪を数本巻き込みながら背後へ流れ、遥か後方の水面に着弾。
局地的な雨が降る中、俺はもう横薙ぎに振るわれた巨腕を飛び越え、宙を舞っていた。
「まずは一撃!」
この層で購入出来る武器の威力を遥かに上回る《黒狼牙》の剣技を受け、残りのHPを八割ほど残した大蜥蜴の背に降り立つ。
先程と同じ流れで《レイジングバイト》を放つが、体術スキルは使わない。
その代わり、黒炎を引き抜きながら不安定な背を走る。
障害物と化している盛り上がった背に足を取られないよう最小限の動きで避け、目指すのは首の付け根。
そこにある、一部分だけ色の違う深緑の鱗目掛けて黒炎を振り上げる。
「これでどうだ!」
先ほど降り立った時に見つけた箇所へ短剣三連撃技《トリプルバイト》を叩き付けた瞬間、怪物の口から発せられるのは苦痛に満ちた痛々しい咆哮だった。
戦闘開始直後の倍以上の勢いで、HPがゼロに向けて減少した。
やはりこの鱗が弱点だったのだ。
「っと、これも予想通りだよ!」
そしてこの大蜥蜴には一定時間背に乗られると直立するようプログラムされているらしい。
先程は不意を突かれたが今度は違う。
直立し始めて直ぐに地面へと着地。
ついでに目の前の空間を押し潰すように叩きつけられた尾の先端にソードスキルを叩き込む。
短剣突進技《ラピッドウェーブ》。
威力はそう高くないが効果持続時間が長い突進技は、黄色の波線を空中に引きながら尻尾を切りつけ、システム補助を受けた動きで疾走し、流れるような動作で脇腹へ向う。
本来なら大群の間をすり抜けながら何回かの辻斬りを行う剣技は、威力が無い分スピードが速い。
最後の締めに全エネルギーを脇腹へと叩き付け、漸くHPは残り半分となった。
その直後だ。
大蜥蜴の前足に紅のライトエフェクトが纏わり付き、そのまま前足を振り上げたのは。
全身に悪寒が奔る。
「皆、離れろ!」
《軽業》スキルを用いた特大のバックステップで場を離れ、瀕死のチャイルド・リザードにトドメを刺そうとしていた皆は《意思伝達》に従って壁際向けてダッシュする。
それでも大蜥蜴の着地は轟音を響かせ、大地を伝った衝撃波が襲い掛かった。
「くそっ、まだこんな技がっ!?」
元々接近し過ぎていたため安全圏に逃げ損ねた俺に《行動不能》の脅威が襲い掛かる。
身動きの取れない現状にもどかしさを覚え、攻撃に巻き込まれたチャイルド・リザードが粉々に砕け散った時。
再び水弾の追い討ちが始まった。
「皆、頼む!」
ポチが、タマが、クロマルが横を駆け抜ける。
連続突進技の《パレード》と高圧水弾の正面衝突、結果は相殺。
水弾が爆散すると共に、ポチ達もHPを削りながら四方へ吹き飛ばされた。
これでポチ達のHPは全員がレッドゾーンへと突入。
そろそろ《回復》では追い付かなくなってきたので、もう皆に頼る訳にはいかない。
三匹目のチャイルド・リザードが湖から出現した時、スタンの解けた俺は正面にいる大蜥蜴を目指してダッシュしていた。
「いくぞ怪物!」
もう何度目になるか分からない急接近を狙う俺に迫るのは、やはり横薙ぎに振るわれる巨腕だ。
その攻撃を見るのはこれで三度目。
なら、タイミングを合わせられる。
短剣単発重突進技《ゲイルストライク》。
それを、一度急停止して眼前を通り過ぎた巨腕の二の腕に叩きつける。
眩む程の紅い光に目を焼かれ、それでも俺は攻撃の手を休めない。
浮かび上がった巨腕の下を潜り抜け、恐竜のような顔に接近。
その眉間にドロップキックを――体術スキル強突進技である《蒼電脚》をぶちかました。
俺の使える剣技でも五指に入る高威力の技達をまともに受け、残りのHPは約三割。
なら、
「ラスト!」
定位置へと引き戻されている最中の巨碗を足場に、更に高く跳ぶ。
逆手に握られた黒炎の柄尻に左手を沿え、黄色のライトエフェクトを纏う刃は、差し込む太陽の光で更に輝いていた。
「これで終わりだぁああぁあああっ!」
システム外スキル《動作支援(アシスト)》を受けた単発重攻撃技《レイジングバイト》が弱点箇所を穿つ。
一際大きい咆哮が鼓膜を震わせると同時に勝利を確信した。
命を燃やし尽くして盛大に四散した大蜥蜴の名残は、勝利を祝福するダイヤモンドダストの様で。
とても綺麗で、とても幻想的だった。
◇◆◇
《レイク・ザ・ガーディアン》を倒して数分後。
主を失った蜥蜴が爆散すると同時に足から力が抜け、光の粒に包まれながらソードスキルを放った体勢で崩れ落ちた。
かつて無い程の疲労に身体が悲鳴を上げ、途切れ途切れながらも荒々しい息を吐きながら四つん這いになる。
しかしそれでも身体は止まらない。
顔面を強打しないよう体重を横に移動させ、激戦を繰り広げた地底湖の岸辺に大の字で寝転がった。
「ハァ……ハァ……勝った、疲れたぁ……」
死闘を制した嬉しさよりも、生き残った安心感と疲れがドッと込み上げてくる。
天井から垂れ下がる鍾乳石を意味も無く見詰める。
それから溶接されたようにぎっちりと握られたままの黒炎を眼前に翳した。
「ありがとな、相棒」
何回も紅刃の角度を変え、陽射しに照らされる輝きを楽しむ。
その度に今までの思い出がフラッシュバックし、いつの間にか寂しさの混じった笑みを浮かべていた。
ついに、この愛剣を手放す時が来たのだ。
積もりに積もった思い出を走馬灯のように思い返し、最後にさっきまでの死闘を思い返しから、最後の勇姿を記憶に刻み付けた。
今までありがとう。そう、感謝の念を込めて。
「皆もお疲れ」
最後の別れを告げてから黒炎をアイテムストレージに収納。
新しい相棒を装備フィギアにセットしてから上体を起こす。
両脇を小狼と豹に挟まれ、胡坐を掻いた膝の上に黒玉が乗った。
俺の愛すべき使い魔達は例外無く満身創痍。
半分近く減っているHPをポーションで癒し、三匹を力いっぱい抱きしめた。
「早く水を持って行きたいけど……ちょっとタンマ」
マーカスには悪いけれど、もう少し休憩時間が欲しいと思っても罰は当たらない筈だ。
少なくとも今さっき上がったレベル分のステータスポイントを振り分け、ドロップアイテムの確認はしておきたい。
「えーっと、ボスがドロップしたアイテムは……《クロスレイク・アミュレット》?」
倒した直後は文字を読む余裕が無かったので、まじまじと見るのは初めてだ。
説明書きを読み、頭を振ってから二度見する。
どうやら読み間違いではないらしい。
その驚くべき効果に興奮し、ウィンドウに手を走らせた。
「敏捷力が+20って……こんなアイテム初めて見た」
首から垂れる細いシルバーチェーン。その先に付いた空色の十字架を眼前に掲げる。
アクセサリーを着けるのが初めてなので恥ずかしさを感じながら、マーカスから受け取った小瓶をオブジェクト化した。
子供の手に収まるくらいの小さな小瓶を湖に漬け、そのまま蓋の部分をタップ。
水を入れるためにオーケーボタンを押し、濁りが一切無い透明な水を小瓶に満たした。
そして、
「おっちゃん、持って来たよ、水」
「お……おぉ!」
差し出した小瓶に目を輝かせ、マーカスは引っ手繰るように奪った後、がぶ飲みという表現が正しい姿で一気に喉を潤す。
見る見る内に顔色が良くなり、青褪めた頬に赤みを帯び始めた。
結果として、マーカスが完全復活するのに一分と掛からない。
初老と呼ばれるかどうかの瀬戸際という男性は、先程の憔悴姿が嘘のように元気良く立ち上がった。
「ぷはぁっ、助かったぞボウズ。ありがとうな」
笑顔で礼を言われ、こちらもそれ相応の表情で応える。
これでクエスト達成という意味もあるが、マーカスが元気になった事も嬉しかったからだ。
「ボウズ。そういえば湖の化け物はどうしたんだ?」
「倒した」
そう即答し、驚愕した表情で見詰められること数十秒。
よくよく考えれば、別にアイツを倒さなくても水さえ取ってこれればクエストは達成出来たのかも知れない。
無事に倒せ、更には貴重なアイテムまでゲット出来たので万々歳なのだが。
新たな選択肢が浮かび上がった途端、どこか腑に落ちない思いになってしまうのは何故だろうか。
「……そうか。なら今度からは湖で水を確保出来るし、発掘作業も出来るってことか。倒してくれてありがとうな」
隣にあった籠とツルハシを持ち、早速マーカスは地底湖の方へと歩いて行く。
曲がり角に消える手前で立ち止まり、振り返ったマーカスの顔は、やはり若々しい笑顔だった。
「ボウズ、礼がしたいから、後で俺の家に来てくれ! 本当にありがとうよ」
そして、今度こそマーカスは視界から消える。それを俺達は見届け、
「……いや、一旦帰りなよ、あんた」
職人魂を持った男だと褒め称えず、仕事中毒者な姿に呆れ声を洩らすのだった。
◇◆◇
あの後マーカスの家に寄り、お礼として《マジックダイト・インゴット》を十個も受け取り、崖下に出てくるモンスターのドロップアイテムである《魔鉱石》を渡せばマジックダイトと交換してくれる、という情報をアルゴに送ってから数時間が経っている。
ついでに《モンスターボックス》を受け取るために二十八層に行ってから、昼飯を食った後に宿屋で爆睡。
夕焼け空で《ユートフィール》が朱色に染められる頃に目覚め、俺は宿屋の一室をノックしていた。
「師匠、いるー?」
俺と師匠は同じ宿に泊まっているため訪れるのは容易い。
俺の部屋よりも数段ランクが上の部屋を取った主は慌てた声色を見せるも、直ぐにオーケーを寄越した。
クエスト達成の報告をするのが嬉しく、少しハイテンションになっている俺は勢い良く扉を開く。
「やったぜ師匠! ついにマジックダイトをゲットだ……ぜ……」
俺が借りている六畳一間風呂付部屋とは違い、師匠の部屋は日当たりも良く、それでいて倍以上に広い。
タンスにクローゼットが一つずつ壁に並び、木製の丸テーブルと椅子が二つ。そして清潔感の溢れる白いシングルベッド。
夕日が宿屋を照らす中。そこに師匠の姿はあった。
但し、茶色の髪は明るいピンク色。着ている服は赤色のパフスリーブにふわふわの赤いフレアスカート。腰に巻くのは純白のウエストエプロン。
地味な作業着や茶色のエプロンを愛用していた人とは思えない、今までの地味イメージを払拭する女の子らしいウエイトレスっぽい服装をしている人物は、間違いなく師匠だ。
そして、その隣にいる同色の髪色をしたロングヘアの女性にも度肝を抜かれる。
師匠は少し恥ずかしそうに。そして隣にいる人の顔は、悪戯の成功した子供みたいに顔を綻ばせていた。
「アスナさん!? ……って、アスナさんも師匠も不良ギャルになった!?」
「髪染めたから不良って、いつの時代の価値観よ、それ」
両肩を落としてぐったりしている師匠の隣にいるのは間違いなくアスナさんだ。
血盟騎士団の副団長にして、俺の紹介で知り合った師匠の親友。
その容姿と心優しい性格から攻略組のアイドル的存在になるも、戦闘やボス戦時には攻略の鬼と化す困った人。
KoBのシンボルカラーである赤色を所々に散らし、銀製のプレートアーマーに動き易い赤色のスカート。剣帯から吊るされる細剣。
普段通りの姿がそこにはあった。あくまで服装に関しては。
「……二人揃ってイメチェン? アスナさんは当然として、師匠にもそんなオシャレを気にする女の子っぽいとこあったんだ……」
「よし、そこの馬鹿弟子は歯を食いしばれ」
神速の域で距離を殺してきた師匠の拳で眼前に星が散らされる。
人に折檻をする時に攻略組以上の敏捷力を見せるのはいい加減やめてもらいたい。
そのまま両頬を伸ばすというコンボ技に繋げようとした師匠を後ろから羽交い絞めにして阻止するアスナさんは、やっぱり俺の女神様だった。
「名付けて、リズ改造計画。どうかな、シュウくん?」
アスナさん曰く、師匠も女の子なんだからオシャレしろ、そっちの方が客寄せにもなるし、何より童顔の師匠に今の服装は似合わない、という事らしい。
戦闘時には見る事の出来ない柔らかな笑顔に、えっへんと得意気に胸を張るお茶目な姿。
《狂戦士》と呼ばれていた頃が懐かしく思えるのは、彼女の心境に変化があったからだろう。
攻略熱心なのは変わらず。戦闘時や部下の前では別として。
アスナさん本来の優しさや年頃の女の子らしい振る舞いを徐々に見られるようになり、「君のお陰だ」という言葉をKoBの団長様から頂いた時を、昨日の事のように覚えていた。
「違和感あるけど似合ってると思う。流石アスナさん、プロデュースも完璧」
未だに俺を殴ろうとしていた師匠は動きを止め、そのまま顔を頬を紅く染めながら背中がむず痒いのを我慢するような仕草をする。
師匠から手を放したアスナさんは前方へ回り込み、勇気付けるように肩をぽんっと叩いた。
「ほらね。言ったでしょ、リズ。似合ってるんだから大丈夫だって」
「うぅ……でもアスナ、やっぱり恥ずかしいから元に戻して――」
「第三者の意見に従うって言い出したのは誰だったかなぁ?」
問答無用と笑顔で語ってから、アスナさんは俺の方を振り向いた。
「シュウくん、私はどうかな?」
目線を合わせるために膝を曲げ、枝毛が全く見当たらない艶やかな髪の一房をつまみ上げ、期待するように訊ねてくる。
正直に言えば、非常に言い難い。
それでも一人の友人として、ファンとして。
言うべき事はきちんと伝え、現実を見せなければならないだろう。
「……アスナさんは前の方が似合ってる、絶対、確実に、断言出来る」
ピンク色のアニメめいた長髪よりも今まで通りの栗色の方を支持する人は多い筈だ。
特に夕日や月明かりに照らされたアスナさんの髪は神秘的なほど美しいため、個人的にも前に戻してもらいたかった。
その素直な発言で盛大に落ち込んだ後、アスナさんはカスタマイズ用のアイテムを使って元の髪色に戻す。
残念そうに天井を仰いだ後にこちらを見て、俺は思わずフリーズした。
アスナさんの笑みに、師匠と同じ、人を玩具のように見る空気を感じたからだ。
そして俺の直感は正しかった。
「そうだ。この際だし、シュウくんもどこか弄ってみる?」
楽しそうにこちらへにじり寄り、それにより一歩後退。
更には師匠まで面白そうに同意するので困ったものだ。
「いらないって。服なんて普段着用とパンツが数枚あれば充分。アイテム容量を無駄に圧迫するのは勘弁して」
持ち運び出来る量にも制限があるため無駄な事は出来ない。
宿屋のタンスやクローゼットなどに預ければ問題ないが、いつも清潔を保っていられる服を何十着と持つ意味がよく理解出来なかった。
ここら辺はやはり性別の違いだろう。
女性の考えている事がよく分からなくなるのは姉ちゃんで経験済みだった。
ファッション関連の話題に巻き込まれると碌な目に合わないというのも含めて。
「それじゃあ勿体無いよ。大丈夫、シュウくんもきっと気に入るから」
頑なな拒否。徹底抗戦の構えにも怯まずに、巷で大人気のカリスマ裁縫師にメッセージを送ろうとしたアスナさんだが、俺から発せられる本気の悲鳴を師匠は感じ取ったらしい。
貸し一つと言いたげな視線を送ってから、話題を逸らしてくれた。
「そういえば、折角《マジックダイト・インゴット》が手に入ったのに、何で《モンスターボックス》はまだなのよ? あんたの事だから直ぐに貰いに行くと思ってたのに」
「……行ったけどダメだった。まだアイテムが足りない」
俺の背後で寛いでいる相棒達を見て師匠は疑問の声を上げた。
そう、俺はアルゴから貰った情報で一つ大事な事を忘れていたのだ。
モンスターボックスを受け取るためには、マジックダイトだけではダメだという事を。
「マジックダイトが一つと、あとテイムしたモンスターの素材アイテムが必要なんだって」
つまり俺は《シルバー・ヴォルグの毛皮》、《メタルハードスライムの核》、《レッドパンサーの爪》を入手しなくてはならない。
レッドパンサーはまだしも他の二種は出現自体が珍しいレアモンスターなため手に入れるのは一筋縄ではいかないだろう。
エギルの店に入荷するのを待つのは少しもどかしさを感じる。
(あとでシリカにもメッセージ入れとこう)
俺と同じテイマー少女と、その相棒である小龍の姿を思い浮かべる。
彼女は《フェザーリドラ》のピナを溺愛しているのでわざわざ収納する事は無いと思うが、テイマーという事もあって念のため伝えておこうと思う。
受け取ったマジックダイトの内、今師匠に渡したのは六個。
一つ余分なのはシリカのためだ。
魔鉱石を採りに行くのは彼女のレベルだと危険なため、これを高額で売ってやるのも吝かではない。
そう腹黒い事を考えている間にアスナさんと師匠は話を進め、いつの間にか一緒に夕飯を取る約束を交わしていた。
愛剣の研磨ついでに遊びに来たアスナさんは元々そのつもりだったらしいのだが、即座に夕飯の話を持っていた師匠には、是非グッジョブという言葉と最大の感謝を視線に込めて送っておこうと思う。
そして、夕飯を食べるのは一八時と決まった。
現在の時刻は一五時三〇分。
なら、
「じゃあさ、師匠。その前にちょっと風呂貸して。夕飯を食べに行く前に入るから」
俺の部屋にも風呂はあるものの、それはとても小さいバスルーム。
シャワーを浴びるための設備でしかない。
その点この部屋は湯船を想定した造りになっているので、今回はこちらに入りたかった。
「そりゃあ別に良いけど。……まったく、だからもうちょいランクが上の部屋を借りなさいって言ったのに」
「今日は特別。今までの疲れを湯船で取りたいんだよ」
日本人なら一日の疲れを湯船で癒したいと思うのは当然。
金を節約するため普段はシャワーで我慢するが、今回のクエストやボス戦が色々と大変だったため、今日ばっかりは風呂でゆっくりしたかった。
ちなみに夕飯時に首に掛けているアミュレットの話題になり、そこからイベントボスに一人で挑んだ事がバレて《閃光》様からお説教を食らう事を、俺はまだ知らない。
許可をくれた師匠に感謝し、バスルームへ向けて踵を返そうとした時。
またまた嫌な電波を受信する。
師匠の顔は、不気味なほど面白そうにニヤけていた。
「なら、そうね。折角だし、あたしも一緒に入っちゃおうかなー。二日も工房に篭もりっぱなしだったしー?」
にししという擬音まで聞こえてきそうな意地の悪い笑み。
それを見て俺は――かなり拍子抜けしてしまう。
「え、別に良いけどさ。二人だと狭くない?」
「…………あんた、変なとこは歳相応におこちゃまなのね」
からかい甲斐の無い奴、と呟いて、師匠はつまらなそうに頭を振る。
裸の付き合いという言葉がある通り、日本人なら特に不思議ではないスキンシップにいったい何を期待していたのだろうか。
勝手に失望したような視線を送る師匠を訝しげに見て、今度こそ俺は二人に背を向ける。
すると、
「じゃあ、私と一緒に入ろっか?」
そんな、女神様の言葉が背中に掛けられた。
俺も、師匠も、おそらくこの部屋全体の時が停止する。
彼女の慈愛に満ちた声が耳を伝わり、脳が理解した時。自分でも変だと思うぐらい狼狽している自分がいた。
何というか、楽しそうだけど滅茶苦茶恥ずかしい。
今まで気にした事も無ければ、感じた事の無い感覚だった。
この気持ちは良く分からない。それでも一つだけ分かるのは。
師匠とアスナさんでは、一緒に入ると仮定した時に、何か大きな違いがあるという事のみ。
「お、俺は一人で入るからっ!? アスナさんは師匠の話し相手になってあげて! うん、それが良い! 絶対にそうするべき!」
気付けば早口に拒絶し、さっさとバスルームへと消える俺。
即行で装備フィギアにセットされている衣服を取っ払い、ポチ達と一緒に湯船へと飛び込む。
風呂に身を沈める快感と全身に伝わる温かさを楽しむ余裕も無く。
俺は紅く染まった頬を温水と湯気で誤魔化す事しか出来なかった。
あの部屋から逃げるようにバスルームへ駆け込み、僅か五秒での早業。
だから俺は――、
「……ハァ、ちょっとだけリズが羨ましい。シュウくんと打ち解けられて。あの子、私に対して他人行儀なところがあるから」
「……あー、確かにそうとも解釈出来るし、強(あなが)ち間違いじゃないか。でもまあ、とりあえず仲良くなりたいなら裸の付き合いじゃないスキンシップにしときなさいよ。……マセガキの精神を崩壊させないためにも、ね」
――残念そうに呟く《閃光》と面倒臭げに眉間の皺を揉む鍛冶師の会話を、終始知る事は無かった。
軽業スキルってこんな扱いで良いのでしょうか?
アニメでアスナやシリカが軽々しく跳躍するのは軽業スキルのお陰だと思っているのですが。
そして戦闘描写が相変わらず難しい……なんだか文章がぶつ切りのイメージです。もっと滑らかに躍動感の溢れる描写にしていきたい……精進します。
次回から。また月日が経ちます。
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