魔物王の道   作:すー

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第十五話 魔物王Ⅰ

 息をする様に剣閃を生み、モンスターと死闘を果たし、死神の足音を間近に聴く。

 朝から晩まで闘い続ける生活に慣れるのは早く、それを当然の如く受け入れるようになって、もうどのぐらい月日が経つのだろうか。

 

 ただの小学生だった楠羽秋人に侵食した魔物王のシュウという、もう一人の自分。その存在を平然と受け入れて違和感を抱かなくなり、自分を形成する心の在り様を占める割合が後者に傾いた時期は、今となってはもう思い出せない。

 怒涛の勢いで過ぎていった日々と容赦無く襲い掛かったモンスター達の猛攻が忘却の彼方へと押し遣ってしまった。

 つまり何が言いたいのかと言うと。そう、今までの日々を思い返し、改めて見詰め直すほど、俺達は長くこのデスゲームに囚われているという事を指摘したい。

 

 二〇二三年十一月七日。

 現実では紅葉する木々も落ち着きを見せて、段々と落ち葉を散らして行く季節に差し掛かり、寒空の下、デスゲーム開始一年を経過しても、俺達は闘争と攻略の日々を繰り広げていた。異界に近い仮想現実から、本来の世界である現実世界への帰還を目指して。

 

「…………」

 

 順調に気温が低下して着々と冬の足音を聴く最中。俺は最前線である四十六層からかなり下、十四層の森林型ダンジョンにいた。最早見慣れた光景である森林内を探索するのは師匠のお使いで稀少金属鉱石の採取に来たからだ。森林の奥にある岩場から1/100の確率で手に入る鉱石を難なく手に入れた俺のラックも相当なものである。この俺の運の良さを頼った師匠の判断は正しかったと言えるだろう。

 

 冬場でも数少ない熱源である日光は届かない。冬なんてこれっぽっちも感じさせない針葉樹林が繁る森林内は寒く、御馴染みであるフード付きローブ《ブラック・オブ・ウィザード》だけでは暖が足りず、最近は首にも同色のマフラーを巻いて寒さを凌いでいる。

 

 毛糸のマフラーはミナが俺のために《編物》スキルで編んでくれたものだ。手編みというのがまた身体だけでなく心もポカポカにし、ついでにギンに嫉妬されたのは良い思い出。

 そして髪色も弄らず黒色のままで、また相変わらずブラックシリーズの短剣を装備している所為か。最近の俺は専ら《チビキリト》やら《二代目黒の剣士》などの渾名を頂戴し、おそらく全プレイヤーの中でも最多と思われるほど多くの称号を獲得していた。

 偶然装備の色が重なったとはいえ、彼のトレードマークを奪うのも忍びないのでそろそろこの中二病ルックを卒業しようかと思わなくも無い。

 そしてホクホク顔で帰還していた俺の顔は、現在とても引き攣っている。友好的な笑みを作ろうとして失敗した、そんな崩れた笑み。

 それはというのも、帰還中に偶然出会った目の前の男が原因だったりする。

 

 歳は二十代前半。背はすらっと高く、女性ならうっとりする様な笑み――今は苦笑しているが――を浮かべる、甘いマスクが特徴的な男。

 黒縁の眼鏡と思慮深い双眸が知的な一面を見せ、中指でくいっと眼鏡を上げる仕草なんかしたら、とてもとても様になっているだろう。

 そんな彼の服装を一言で例えるのなら外国の聖職者だ。墨を塗りたくった様な色をした法衣。首から下がる金のロザリオ。聖書の代わりに腰から吊っているのは出縁型メイス。

 どこのコスプレ野郎だ。無神論者の癖して。

 

「やあ、シュウくん。奇遇だね、こんな所で」

「……全くもって」

 

 優男の見た目に反して張りのあるバリトンボイスの持ち主の名は、クロノス。

 中層では名の知れたメイス使いであり、夏から顔を合わせる頻度が増大した先生の彼氏。

 

 

 そう、彼氏である。

 

 

 先生を嫁に欲しけりゃ俺を倒してからにしろとデュエルを申し込み、即座に先生の拳が頭部に炸裂して三時間耐久説教コースに突入したのは、今でも理不尽だと思っている。

 

「はは、そんなに嫌そうな顔で睨まないでほしいなぁ」

「睨んでない。元々俺は目付きが悪い事に定評があんの」

 

 

 そう言ったらクロノスはまた『ははは』と笑う。その大人の対応が酷く癇に障る。

 俺の気持ちを察してか、足元のポチも不機嫌そうな顔をしている様に思わなくも無い。

 

「一人で来たの?」

「いや、元々はあるパーティに入れて貰っていたんだけどね、彼等は用事があるからって先に帰ったんだよ」

「一緒に戻らなかったんだ」

「まだ目当ての物は手に入れてなかったからね」

 

 目当ての物?と首を傾げると、クロノスは柔和な笑みを更に深める。

 その表情に宿るのは、優しさ。

 

「《ソフトバードの肉》だよ。サーシャさんがそれでシチューを作りたいって言っていたから。新レシピ、らしいよ」

「ソフトバードの肉? そんなDランク食材、わざわざ現地調達しなくても売ってるでしょ」

「店で買うよりも、好きな人には自力で獲った物を食べてもらいたいって気持ち。シュウくんなら分かると思うけど?」

「うぐっ」

 

 意中の人が自分の獲って来たものを笑顔で食べ、喜んでくれる。

 捕獲する手間が掛かれば掛かるほど、苦労を体験するからこそ、その笑顔を見た時の喜びは倍増して心が幸福感で満たされる。

 アスナさんで想像したら思わず頬が弛んでしまう。

 悔しいがクロノスに共感を覚えてしまった。本当、悔しい事に。

 

「うん? どうしたのかな」

「別に。なんでもない」

 

 どうやら悔しさを感じた時にクロノスを睨みつけるのはデフォルトと化しているらしい。

 指摘されてから初めて気付き、視線を勢い良く逸らす。

 しかし、先生がソフトバードの肉を欲しているとはとても良い事を聞いた。

 偶然にも幾つか所持しているのでクロノスが渡す前に先生にあげようと思う。

 

 内心でほくそ笑みながらクロノスの隣を通行。

 ポチを侍らせながら、後ろを見ずに手を振った。

 

「じゃあ、俺はもう行くから。頑張って」

「おや、てっきりシュウくんも手伝ってくれると思ったのに。ちょっと期待が外れたかな」

「俺は俺で忙しいの。早く帰んないと頬を引っ張られる」

 

 流石の師匠もそこまで横暴とは思えないが、今後決して無いとは言い切れないのが俺と師匠の関係を表している。

 これは、きっと姉が弟にちょっかいを出す行為に近いのだろう。

 それは挨拶代わりに、そして対話が途切れた時。師匠はスキンシップやその場繋ぎに頬を引っ張るかヘッドロックをかけるのがマイブームになっていた。

 クラインに相談したら『姉弟なんてそんなもん』という言葉が返ってきたので、姉ちゃんからヘッドロックなんてされた記憶の無い俺は、世間一般では希少種に分類されるかもしれない。

 

 閑話休題

 

 ここから森林を抜けるまで一時間弱。

 順調に行けば夕方までに教会に寄れる。

 その行程を開始する前に顔だけで少し振り返る。

 

「それにさ、俺が手伝って食材獲っても嬉しくないでしょ? あとクロノスなら十四層如き一人でも楽勝なんだから、俺が一緒にいる必要は無い」

 

 クロノスは名の知れた中層プレイヤーだ。そのレベルは35。

 当然攻略組には及ばないものの中堅所では指折りの実力者である彼なら、二十層も下の階でソロ活動をしても危険は少ない。

 

 そして彼の実力は教会の警護という面でも発揮される。

 

 デスゲームが開始されて一年。その長い期間はオレンジギルドという犯罪者集団を生み出すのに充分な期間だった。

 既に何人もの人達が盗難被害に遭い、その被害はゆっくりだが増加傾向にある。

 まだ故意に殺人を犯すギルドは存在しないが、それも時間の問題ではないかという心配がプレイヤー達の間で広がりつつある昨今。

 そのような情勢の中、人格者で周囲の人望もある実力者が週四で教会に通うのは凄く安心出来る。

 例え安全が確保されている主街区内だとしても、警戒し過ぎて悪い事は無いのだから。

 お陰で俺は安心して攻略に励んでいられる。

 

「シュウくん」

 

 振り返った状態で停止している俺を呼ぶクロノスは、常に笑顔を絶やさない男だ。それ以外の表情を見た事がないくらいに。

 その顔が、少し真剣実を帯びていた。

 知的な双眸が僅かに細められ、口許も引き締まっている。

 

「ちょっとお願いがあるんだ。今夜、メッセージを送っても良いかな?」

「…………良いよ」

 

 真剣な表情は緊張を生む。

 いったい何をお願いするのだろう。

 先生至上主義者の彼なら先生絡みの可能性が高い。が、誕生日会なら三ヶ月前に終わっている。

 いや、プレゼントぐらい年がら年中贈っていても不思議じゃない。

 性格的に貢がれるのを好まない先生が、そのプレゼントを受け取るかは別だが。

 

 という風に、おそらく先生にプレゼントを送りたいので適当な物のリサーチか、もしくはプレゼントを取りに行くのを手伝ってほしい、みたいな内容だと勝手に想像する俺だった。

 

「そう。ああ、良かった」

 

 俺が断わると思っていたのか。

 クロノスは少し不安だった表情をいつもの柔らかい笑みに変えた。

 

「引き止めて悪かったね。気をつけて帰るんだよ。君に何かあるとサーシャさんは勿論、教会の子供たちも悲しむ」

「そっちも気をつけて。……死んで先生を悲しませたら許さないから」

 

 

 ――そして、そのなんと無しに俺が言ってしまった言葉が、心の中に燻っていた感情を爆発させるトリガーとなった。

 

 

「っ……そんじゃ」

 

 俺は何から逃げ出したいのだろうか。

 置き去りにするクロノスから。心の奥底で燃え盛る感情から。

 全てから逃避する様に森林内を駆ける。

 この、心を締め付けて醜い感情を糧に燃え盛るモノの正体は――嫉妬。

 

 認めたくなかった。考えたくなかった。

 しかし一度自覚すればとめどなく溢れる黒い感情を抑えきれない。

 

 クロノスは善人だ。強く、人格者であり、人望もある。

 先生もクロノスに恋をしている。教会の皆だってクロノスの事を『兄ちゃん』『クロ兄』と呼んで慕っている。

 

 

 

 

 自分とは違い、先生はおろか家族全員と仲の良いクロノスが、唐突に湧いて出てきた癖に先生の心に居座る男が、俺は気に食わなかったのだ。

 

 

 

 

 クロノスが死んだら皆が悲しむ。

 皆が泣く。

 ――もしかしたら、俺が死んだ時以上に。

 

「くそっ」

 

 そう考える自分をナイフでめった刺しにしたい衝動に駆られる。

 死んだ時、どちらをより悲しんでくれるかなど。そんな卑屈な事を考える自分が心の底から憎かった。

 それにクロノスは、最近では教会にも多額の寄付をしているらしい。

 教会には金銭集めのために結成した中層ギルド《三界覇王》がおり、暇を見てはフィールドに出て狩りに勤しむ先生もいるので、家族の暮らしはかなり豊かになっていた。

 

「……ハァ……ガキだなぁ、俺って」

 

 そして、これもまた俺がクロノスに嫉妬する要因である。

 

 豊かになったのは喜ばしい事だ。

 貧乏より金持ち。質素な食事より豪勢な食事。そっちの方が良いに決まっている。

 しかし、こっちはもう大丈夫だから攻略の役に立ててくれ、自分の安全を買ってくれと、今まで手付かずだった仕送りを先生に突き返された時、言葉にならない疎外感を感じたのもまた事実。

 

 先生に悪気は無い。リク達だって悪くない。当然、クロノスだって悪い訳ではない。

 けれども俺がクロノスに嫉妬してしまうのは、好き勝手にやっている俺が唯一家族に貢献出来ていた金銭援助を奪われた所為というのも少なからずあるのだろう。

 

 クロノスの登場で俺の存在がより薄くなる。心の中から外へと追いやられてしまう。

 今まで築いてきた絆がボロボロと崩れていく音がした。

 

「あーあ……俺ってこんな嫌な奴だったのか」

 

 倒木を飛び越えながら嘆息する。

 黒い内面を否応無しに自覚させられた俺は、このモヤモヤを置き去りにするように、走るスピードを更に速めるのだった。

 嫉妬と恐怖。それらを全て忘れたいがために。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 結局、教会には寄らなかった。

 それどころか嫉妬を破壊衝動に転換した様に。ホームタウンには真っ直ぐ帰らず適当に森林を散策し、目に付く雑魚Mob達に散々当り散らしてしまった。

 一撃死させられるモンスターにソードスキルまで使用するのはオーバーキルも甚だしいが、約三時間の暴走は余計虚しさを助長するだけだったので、被害に遭ったモンスター達も堪ったもんじゃなかったに違いない。

 

 そしてホームタウンの二十九層主街区《ユートフィール》に逃げ帰った俺は、現在八層主街区《フリーベン》を訪れている。

 それはというのも夕飯を摂らず不貞寝に走りそうだった俺を晩飯に誘った友人が居たからだ。

 ちなみに師匠は今頃、俺が持ち帰った金属鉱石のお陰でテンションをMAXにしながらハンマーを振るっているに違いない。

 

「ふーん。だからシュウくん、そんなに不貞腐れてるんだ」

「くそっ、そのニヤニヤ顔が果てしなくムカツク!」

 

 喧騒に包まれる宿屋の一角。一階の食堂隅でテーブルが叩かれ、乗っている食器諸々と共に大きく揺れる。

 

 ハンバーグを食べる手を止めてクスクス笑うシリカを目にし、俺はつい愚痴ってしまった事を後悔していた。

 テーブルの隅でナッツを頬張っている彼女の使い魔もクスクス笑っている様に見えるのは、きっと俺の被害妄想なのだろう。たぶん、きっと。

 気持ち的には射殺すつもりでシリカを睨みつけても、それは彼女を楽しませるだけだった。

 

「あはは。だって、いじめっ子のシュウくんをからかう絶好のチャンスなんだもん」

「……えーえー、そーですよー。俺は先生達の心を鷲摑みにしているクロノスに嫉妬してるガキですよー」

 

 案外、一度開き直ってしまえば色々と楽になるらしい。

 森林内に居た頃よりも黒い感情が鳴りを潜め、張り合うのは可笑しいが自分の事もしっかり見てもらい、むしろコレを気に俺も皆とより親しくなろうとポジティブに考える。

 割と俺は単純な性格だった様だ。

 やはり一人で溜め込まず、それがからかい目的だったり頼りにならない人物でも、一度誰かに思いの丈をぶつけると、多少なりとも心的余裕が生まれてくるみたい。

 ……それでも目の前で笑うツインテールにはデコピンをかましたくなるほどむかっ腹が立つのだが。

 

 既に食事を終えた俺は、今は食後のデザートならぬ食後のジュースを楽しんでいた最中。

 もうすっかりグラスは空になって氷だけの状態になっているところで、それでもストローでズーズー吸って盛大な音を立て後、両手を枕に顔を伏せる。

 そんな俺に、シリカは優しげな視線を向ける。

 その上から目線のお姉さん的雰囲気に俺の怒気が高まったのは言うまでも無い。

 

「もう、拗ねない拗ねない。ほら、これ。すっごく美味しいよ」

「そんなもんで心のモヤモヤが晴れたら苦労しない」

「……とか言いつつ食べる気満々だね」

 

 眼前に突き出されたフォークに刺さっているのは、肉汁を垂らすデミグラスハンバーグの一切れ。

 両腕に顎を乗せながら口を開くと、シリカは呆れながらもそれを口に放りこんでくれる。

 確かにこのハンバーグは美味かった。決してデミグラスの味はしない。薄い塩胡椒で味付けをしたような、かなり質素な味になっている。

 けれどもしっかり『肉』と判断出来る料理は貴重だ。

 薄い味付けだがこの料理は充分俺のニーズに応えている。

 

 だから俺はもっとハンバーグが食べたく、ついでに雛鳥に餌を与える母鳥の様な目をしているシリカの表情が気に入らなかったから、未だ目の前にあるフォークを素早く奪い取った。

 俺の早業に目を丸くする暇も与えない。

 シリカがまだ母性本能むき出しの微笑を浮かべている間にフォークを順手に握り、勢い良く残りのハンバーグの真ん中に突き刺す。

 その残り少なかった塊が口の中に消えるのに一秒と掛からない。

 モグモグと咀嚼して肉の旨みを堪能しみながら、漸くハッとした表情で自身の手と皿を交互に見るシリカの反応を楽しんだ。

 

「あー!? それあたしのなのに! 全部食べるなんて!?」

「ふんっ、俺をからかった罰だ」

「やっぱりシュウくんはいじめっ子だよ!?」

 

 周囲から注目されるのも構わず立ち上がり、シリカがバンバンとテーブルを叩いて抗議する。

 その衝撃でテーブル上下にいるピナとポチも落ち着かない様であった。というより、普通に迷惑行為である。

 それでも相手にせず残りの一欠けらも飲み込んだ俺に疲れたのか。シリカは力無く椅子にへたれこんだ。

 どうやら腹自体はそれなりに満たされていたらしく、追加注文をする様な事はしない。

 そして、沈黙が下りた。

 

「シリカは明日どうすんの?」

 

 その沈黙を破るべくベタな質問をした俺に涙&ジト目を向けるシリカは、少しばかり悩む素振りを見せた。

 憤りを覚えても律儀に答えるのがシリカらしい。相変わらず良い子である。

 

「うーん……明日はお休みにしようかなぁ。最近はずっとダンジョン通いだったから、明日はピナと一緒に一日中ゴロゴロするつもり」

「太るよ」

「残念でした。ゲームの中だから太りません。まったく、そういう事を直ぐに言うんだから。シュウくんはデリカシーが無さすぎるよ」

「シリカに気を使っても疲れるだけじゃん。そりゃあ、アスナさんが相手なら石橋を《レイジング・クラッシュ》で叩いてから渡るぐらい慎重になるけど」

 

 戦槌単発重攻撃技《レイジング・クラッシュ》。

 タメがある分、威力も大きい。

 攻略組クラスが撃てば俺のHPもイエロー域に達すること請け合いの技を引き合いに出した所、シリカは不機嫌さを隠しもせずに頬を膨らませる。

 そんなに下手な例えなのかと思っていると、どうやらそれとは違う部分に憤りを感じている様だった。

 

「……シュウくんって、いつも引き合いに『アスナさん』を出すよね」

「む、何か問題でも……あっ」

 

 その時、俺の脳内でスパークが弾けた。

 

「もしもし、シリカさん」

 

 思わず彼女を呼ぶ声も下手に出たものとなる。

 嫌な予想に、背中が汗を掻いていた。

「もしかしてさ、女の人と二人っきりの時に別の女の人の名前を出すのって……失礼だったりする?」

「ふーんだっ。今更気付いても遅いんだから」

 

 どうやら俺の予想は当たっていたらしい。

 以前、そんな話を姉ちゃんから聞いた事があった。

 つまりそれは、シリカだけでなくあの人にも多大な不快感を与えてしまっていたのではないだろうか。そう思うと、視界がぼやけてくる。

 頭を抱えて苦悩する俺に、何やら慌てた声が降りかかった。

 

「え、あのっ、シュウくん、どうしたの? その、あたしは別に毎回『アスナさん』と比較されるのを怒ってる訳……じゃないけど、でも……その、そんなに気にしなくても大丈――」

「まずいって俺。何度も何度もアスナさんと二人っきりの時に師匠や先生、シリカの名前出してんじゃん。うわ、どうしよう。アスナさんに凄い失礼なことしてた……って、そういや師匠もそういった事を以前言ってた!? あー、もう、俺の馬鹿っ!」

 

 実際は俺の先生達の話をアスナさんは楽しんでおり、そもそも嫉妬を抱く様な感情を俺に向けていなかったらしいのだが、当然、この時の俺はそんなことまで考えが行き届かない。

 そして、この時に見せたシリカの冷たい眼差しも、周囲で聞き耳を立てていた客達の溜め息声も、俺は終始気付く事は無かった。

 

「………………うん、シュウくんはやっぱりシュウくんだよね。ハァ、心配して損したよー、ピナぁ」

 

 そう脱力しきった表情のシリカがピナを抱えてしばらくした後、本日の夕食会はお開きとなった。

 ポチをモンスターボックスに収納し、シリカに別れを告げてから、肌寒い風が吹く外に身体を投じる。

 フードを被って襟元をより締めてから、寄り道もせずに数ヶ月もお世話になっている《風鳥の夜鳴き亭》に辿り着き、ベッドに転がる。

 そして襲い掛かる睡魔に身を任せる寸前で、メッセージを告げる着信音が鳴り響く。

 

 

 ――幸い、ライバルからの連絡でも、心がざわめく事は無かった。

 

 

 どうやらシリカのお陰で上手くガス抜きが出来たらしい。

 今度さりげなくお礼をしようと思う。

 そしてクロノスからのお願いは、俺の予想通りの内容だった。

 

「――四十層に洞穴型ダンジョン? へえ、そんなのあったんだ」

 

 それは四十層で新しく発見されたダンジョンの宝石を採るのを手伝ってほしいという内容だった。

 どうやら一般にはまだあまり出回っていないらしい。

 彼もそのダンジョンの噂を聞いただけのようだ。それでもそのダンジョンで採れる現物は見たらしく、是非とも手に入れて先生にプレゼントしたいとのこと。

 その愛情溢れるメッセージにテメェは爆発しろと舌打ちをかましつつ、そのお願いを叶えられるか考えてみた。

 

 クロノスのレベルは35で、俺は60。

 レベルより二十も下の階層で、更にポチやタマの助力もあり、クロマルをクロノスの護衛に回せば、たった二人でも問題は無いと思う。

 いざとなれば転移結晶もあるし、クロノスの実力は高い。レベルが五しか離れていないのなら実力差を埋めるのも可能であり、俺の使わない装備品を貸しても良い。

 

「それにクロノスと行動すんのも気持ちの整理には良いかも」

 

 それに目的の宝石には俺も興味がある。

 出来るなら先生だけでなく、マフラーのお礼にミナの分や、当然アスナさんの分。そしてシリカ用に採って来るのも良いだろう。

 あと余裕があれば師匠の分も採ってきたい。

 クロノスのお願いを拒否する理由は何処にも無かった。

 

「おっけー。それじゃあ明日は十四時ぐらいに四十層の転移門広場に集合っと」

 

 そうメッセージを送ってベッドに横になる。

 ダンジョンの地図や情報も、実際に会ってからクロノスに訊ねれば良いだろう。

 今はそう怠慢になってしまうほど眠たかった。

 

「ふわぁ……明日は忙しくなりそうだなぁ」

 

 予定を午後にしたのは午前中に《黒羽》の強化素材集めをしたかったからである。

 迷宮区の方はとっくにボス部屋までのマッピングを終えており、今は有力ギルド達がボスの情報を集めている最中。

 俺みたいなソロはボス戦の招集が掛かるまで行動に余裕があった。

 欠伸をしながら電灯を消し、カーテン越しの月明かりを楽しみつつ、ゆっくりと目を閉じる。

 

「クロノス、か。…………あ、まさかアイツ、その宝石で婚約指輪を作るつもりじゃないだろうな!?」

 

 明日、会ったら即問い詰める。

 そして推測通りなら一発ぶん殴った後にしょうがないから祝福してやる。

 そんなしょうもない考えに耽りながら、秋の夜は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 




第五話のタイトルを魔物王からユニークスキルに変更しました。

はい、お久しぶりです。
まだこの作品を覚えていらっしゃる方がいるのかどうか分かりませんが、漸く更新できました。
今後のこと(更新停止とかではありません)で思うことがあるのですが、それは活動報告に載せておきましたので、気が向いた時にでも覗いてくれたら幸いです。



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