魔物王の道   作:すー

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第十七話 魔物王Ⅲ

 三十七層主街区《リーウェン》。

 大小様々な水路が至る所に張り巡らされ、多くの橋が架かる水の街。イタリアのヴェネチアがモチーフらしい水路の街に俺とアスナさんの姿があった。

 

 周囲に水が溢れている所為か《リーウェン》は他の場所より肌寒く感じる。風は冷たく、また《ラングイス》と比べ周囲が閑散としているので気持ち的にも寒かった。

 多分この視覚的な寒さが《リーウェン》に人が少ない一番の理由だろう。海辺が寒いのと同じ理屈で、やはり水の近くはより肌寒い。

 そして人影の大半がNPCという大通りは、少し寂しかった。

 アレだけ人目を避けておきながら、いざ静かな所を歩くと人恋しさを覚えてしまう。つくづく人というのは群れないと生きていけないのだと、改めて認識する。

 

 俺もあの忌々しい《地底街区》での事件が無かったのなら。せめて年齢がシリカぐらいまであったのなら。今頃どこかのギルドに所属して、信頼出来る仲間達と共に笑い、喧嘩し、和気藹々と攻略に勤しんでいられたのだろうか。

 

(一人ももう限界……なのかもなぁ。そろそろ)

 

 あのアリ塚での経験がソロ活動の限界を予感させる。

 無視出来ない新たな問題が俺を苦しめた。

 使い魔の実力は主人のレベルに比例して強くなるが、その力がプレイヤーを超える事は無い。

 この先、あのアリ以上に攻撃力が高く、早く、防御も堅い。完全な上位互換のモンスターが出てきた時、俺はあの時の様にクロマル以外を安全な場所に閉じ込め、殆ど自分一人で対処するのか。

 自問して、無理だと即答する。しかし、

 

 

 ――ポチ達を死なせたくない。

 

 

 本末転倒だとは分かっている。

 しかし死ぬ可能性が高いモンスターを相手にさせるのが心情的に辛くなっていた。

 ボス戦はまだいい。他にもプレイヤーがいるのでポチ達を下がらせて回復させるだけの時間を作れる。

 しかし、それ以外の戦闘は――、

 

 使い魔蘇生の手段が分からない以上、無理はさせられない。

 そもそも蘇生出来たとしても死なせたくなんてない。

 

 

 ――このままじゃいけない。

 

 

 そうは思っても、未だに誰かとパーティを組む事に忌避感を抱く。

 ボス戦以外でパーティを組まない攻略組ソロプレイヤーなど俺や黒の剣士くらいのものだ。

 エギルだってフィールドに出る時は知り合いのパーティに加入している。

 俺もそろそろ不安を押し殺し、積極的に大人達と向き合うべきなのだろうか。

 いや、そうしなければ、この先ポチ達を死なさず攻略組などやっていけない。

 

 攻略組ソロプレイヤー《魔物王》のシュウ。

 その終焉の足が近付いている様な気がした。

 

「シュウ君?」

「え、あ、なんでもない」

 

 隣を歩くアスナさんに首を傾げられてしまった。

 フードで顔が見えずとも俺の不安を敏感に察したらしい。

 そのまま心配そうに口を開かれる前に、慌てて話題を逸らした。

 

「そういえばアスナさん! 今から行く場所ってどこ? 俺、十四時に四十層に行かないといけないんだけど」

 

 時刻は十二時三十分。転移門にさえ行ければ四十層に行くのは直ぐなため余裕があるが、それも店の混み具合による。

 俺の用事を失念していたアスナさんは、ハッとした表情をして小さく謝罪した。

 

「あ、そっか。じゃあ今から行く所が混んでいたら近くの別の所でご飯にしようね。あそこなら、多分空いていると思うから」

「『混んで』いたら? ……やっぱりあそこか」

 

 実は、わざわざ《ラングイス》から飛び出して《リーウェン》に来た時点で薄々は感じていた。

 街を移動してまで『女』のアスナさんが行きたい場所。

『男』である俺を誘った理由。

 これだけの情報が集まれば推測も可能だ。

 

「アスナさん、今から行く所ってもしかしなくても《ストロベリーハウス》?」

 

 内心は冷や汗もの。正直あまり行きたくない店だった。

 しかし世界も神様も意地悪で捻くれモノ。

 情け容赦無く人間に試練を課すいじめっ子。

 俺の期待を裏切り、アスナさんは吃驚しながら頷いた。

 そして直ぐに俺がこの推測に行き付いた訳を察する。

 

「シュウ君、あの店のこと……って、そうよね。わたしもリズに教えてもらったんだから。知っていてもおかしくないわ」

 

 驚かすつもりだったのだろう。

 うわ、わたしってば馬鹿だ、と呟きが聞こえた所で件の店が見えてくる。

 

 ストロベリーハウス。

 それは一部で拡がり始めたNPC経営の喫茶店。別名《リア充の巣》。

 外装や店内の装飾がファンシーでショッキングピンクというのも男にとって痛いが、大半の男にとって一番の苦痛は、この店がカップル御用達の店だからだ。

 

 このゲームでの男女比は悲惨な事になっている。当然、その貴重な女性と縁の無い敗北者達は涙を溜めて嫉妬の想いに駆られながら、この店を訪れるカップル達を祝福し、妬みもする。

 場所は知らずとも名前を知っている者は多い。

 噂になって一週間ほど。クラインみたいな独り身には縁の無い異世界。

 そんなストロベリーハウスの扉を二人で潜る。

 十個ほどのテーブル席にカウンター席が五つという小規模な店はほぼ満員で、その男女比は半々。全員が仲睦まじそうにハートを乱舞させている。

 幸いな事に二人だけの世界を作っているバカップルが多く、俺達は目立たないまま一番奥の空いていたテーブル席に辿り着く。

 店内にはテディベアやアンティーク人形が溢れ、テーブルクロスはハート模様。

 居るだけで精神がガリガリ削られる装飾は健在。

 軽く見渡せば俺以外の男達の目は死んでいた。俺も一緒にいるのがアスナさんで無かったのなら即死しているだろう。

 そして、その乙女チックな装飾にはアスナさんも少し引き気味で、親近感が湧いて嬉しく思う。

 そこは師匠と同じだ。師匠も終始背中が痒そうな表情で料理とデザートを食べていた。

 

 自分はもう決めているのだろう。

 両肘を着き、身体を乗り出すようにして、アスナさんは俺の顔を覗き込む。

 

「シュウ君は何を食べたい? 何でも頼んで良いよ、ここはわたしの奢りだから」

「ちょっと待って。悪いよそんなの!」

「誘ったのはわたしだよ。それに、本当はここ、来たく無かったでしょ?」

 

 全てお見通し。謝罪の念が含まれる笑みに頬が引き攣った。

 身長差があるので向かい合って席に座るまでは顔色から判断出来なかった筈だ。

 それなのにアスナさんは店に入る前から俺の気持ちを察していたらしい。

 

「シュウ君の事なら何でも分かるよ」

 

 フードを外したアスナさんに習い、俺はフード取ると素早くローブの前を肌蹴、その中にスーちゃんを放り込む。

 もうアルゴにサンリーフ・フェアリーのテイム情報を送ったとはいえ、無駄に騒がれてアスナさんとの楽しい一時を台無しにしたくないからだ。

 

 アスナさんはいつもの様に女神然とした微笑みを浮かべながらパーティの参加申請を送ってくる。意図を正確に察した俺は当然の様にオーケーボタンをタップ。

 それからNPCのマスターに料理を注文してから、アスナさんはゴメンねというニュアンスを含ませた顔で語り出す。

 

「声とか、あと雰囲気かな。そうじゃないかなって思ったんだ。無理に誘ってゴメンね。リズから装飾が凄いって聞いていたけど、まさかここまで凄いとは思わなかったの。男の子にはちょっとキツイよね」

「いや、アスナさんと一緒ならどこでも良い! 大丈夫!」

 

 この少女趣味満載のファンシーさはアスナさんにとっても予想外だったらしい。ついでに店を一人で切盛りしているマスターがボディビルダーも真っ青な男性だった事も。

 茅場晶彦の遊び心かもしれないが、これはこれで立派な精神攻撃である。

 

 謝罪するアスナさんに、咄嗟に首をぶんぶん左右に振ってから、コップのお冷を一気飲み。飲み干したコップに、アスナさんは静かに水を注いでくれる。

 嬉しそうに、はにかみながら。

 どうやら俺の必死な思いが伝わったらしい。

 もう再び謝罪をするような、蒸し返す真似はしなかった。

 

「あ、もう料理が来たね」

「現実でもこんくらい来るのが早かったら良いのに」

「そうね。この前なんて十分近くも待たされたもの」

 

 NPCの店は基本的に料理が運ばれてくるのが早い。作る行程を省いて料理をオブジェクト化しているからだろう。

 中にはアスナさんの証言通りそこら辺のリアルさを出すためにあえて遅くする店もあるらしいが、幸運にも体験した例は無かった。

 マスターは慣れた手付きで料理を置く。

 秋の味覚ドリア。そしてクリームたっぷりカルボナーラ。

 店の名前に反して随分とまともな料理がテーブルに並んだ。

 

「シュウ君はいつリズと来たの?」

「六日くらい前。その前日にはアルゴと行って。今から三日前はシリカと一緒に来た。だから今回で四回目」

 

 アスナさんに訊かれたので女性の名前を出すのもノーカンにしておく。

 

 目に痛くて気恥ずかしい装飾もアレだが、俺がもう行きたくない理由がコレだった。

 なにせ、もう四回目。デザートが美味くともいい加減飽きてくる。

 まあ、アスナさんと一緒なら例え地獄だろうと天国に等しいので問題無いが。

 フォークでパスタをくるくる巻いていたアスナさんは、特に最初に来た人が意外だったらしく目を丸くした。

 

「アルゴさんとも一緒に来たの?」

「そう、情報料の代わりにデザート奢る羽目になった。それでこの店の事を知って、師匠に話をしたら案内しろって」

 

 まさかこの一週間で四回もこの店を訪れる羽目になるとは思わなかった。

 そしてクロノスが先生を誘っていなかったのなら、ギン達がお小遣いでミナ達を誘っていなかったのなら。もしかしたら今日で五回目か六回目という恐ろしい結果になっていかもしれない。

 

 アスナさんは良い。先生だって問題無い。

 しかし、師匠とシリカは一緒に行ってくれる男が俺以外にもいなかったのだろうか。そう思ってしまう。

 ちなみにアルゴはストロベリーハウスの情報を聞いて直ぐ俺と出会ったから除外する。彼女の場合、ある程度信頼出来る男なら誰でも良かったのだろう。

 もしかしたら好きな人がいて、その下見のために俺を誘ったという背景があるかもしれないが、自分の想像ながら少し可笑しい。

 そんな乙女チックなアルゴは似合わない様な気もするし、一度見てみたい気持ちになる。

 

「まったく。師匠もシリカも男友達が居なさ過ぎ。俺以外に誘える奴はいないのかっての」

「ア、 アハハ……シュウ君、それ、わたしにもグサグサ刺さってるよ」

 

 アスナさんの渇いた笑みというのも珍しい。

 蕩けたチーズとキノコの味に舌鼓を打ちながら、その珍しい表情を脳内メモリーに保存。眼福と同時に料理も堪能する。デザートが売りの店なのに普通の料理も中々の味だ。

 この期間限定のドリアは師匠と来た時に食べたものだが、やはり美味い。

 もう既に半分近くを食べ終えて水を飲むが、

 

「でも、シュウ君って実はかなりのプレイボーイなんだね」

「ぶーっ!?」

 

 このアスナさんの一言で盛大に噴出す事になった。

 

 水が気管に入ったらしくゲホゲホと咽る。こんな動作不良まで再現するSAOのリアルさ、ひいては茅場晶彦に文句を垂れていると、アスナさんは慌ててナプキンを持ち、口許を丁寧に拭ってくれた。

 しかしその『予想通りのリアクションをありがとう』と言っているみたいな悪戯っ子の笑みには、少しだけカチンとくる。

 こんな風にジョークを言い、からかい合う程にはフランクな関係に落ち着いているのは嬉しいが。コレはコレ、それはそれ。

 きちんと報復しなければならない。

 

「げほっ、ごほっ、……俺でプレイボーイならモテモテのアスナさんはどーなんだ、って話だよ。この前だってプロポーズされたんでしょ?」

「ぶっ……!? な、何でシュウくんが知ってるの!?」

 

 今度はアスナさんが噴出す番だった。

 乙女にあるまじき噴出しも、顔を赤らめて慌てるアスナさんも可愛らしい。

 ただ大声とこのやり取りで人目を集めてしまい、二人揃って身体を縮ませることになる。

 顔を見合わせ、クスっと笑い合った。

 

「もう、シュウ君の所為で恥を掻いちゃった。……それで、どこでシュウ君は結婚を申し込まれた事を知って……まさか」

「たぶん、アスナさんの想像通り」

 

 情報提供者である師匠はボスよりも恐ろしい存在と戦わなくてはいけない様だ。

 仄かに狂戦士の雰囲気を醸し出すアスナさんはそれなりに怖かった。

 人殺しに近い目でフォークを持つ姿がこれだけ恐ろしいとは。

 とりあえず、そのフォークの向けられる先がパスタで一安心。

 残りのドリアを飲み込んでから、剣呑な目付きで食事を再開したアスナさんを宥めにかかる。

 

「でも大変だったねアスナさん。その男、しつこかったんでしょ」

「そう、そうなのよ! もう何回も何回もお断りしたのにテープレコーダーかってぐらい同じことを繰り返してっ」

 

 どうやら薮蛇だったらしい。言葉のチョイスに失敗する。

 アスナさんは愚痴を叫んだ後、勢い良く纏めたパスタを口に放り込んだ。

 その荒れた姿でも上品さが損なわれていないのだからまた凄い。

 

(あーあー、ドジったなぁ。アスナさん、怖い)

 

 なんとなく、胸元に隠れていたスーちゃんに触れる。

 この怒れる女神様に、怯えない様に。

 アスナさんはパクパクとパスタを食べながら愚痴を続けた。

 

「それでね。あまりにもしつこかったから、つい剣を抜いて実力行使に出ちゃったんだ。そうしたら顔面蒼白で『俺のアスナさんはこんな乱暴じゃない!』なんて虫唾が走るような事を口走るし――今思い出しただけでも腹が立ってくるわ」

 

 自分の理想を押し付けるなと憤り、二つ名通りの素早さで抜刀。気付いたら男の首に愛剣を突きつけていたらしい。

 《圏内》だからどんな攻撃を受けてもHPが減る事は無い。流石のアスナさんもデュエルを挑んで体育会系も真っ青な実力行使に出る事は無かった。

 それでも男の恐怖は相当なものだった事だろう。

 アスナさんの逆鱗に触れて嫌われたことは同情の余地も無いのだが、その時に味わった恐怖を思えば如何に不届き者といえど同情を禁じえない。

 それほど、怒ったアスナさんは怖いのだ。

 

「とにかく。少なくともわたしは、外見じゃなくて中身を好きになってくれる人じゃないとお付き合い出来ないわ。ちゃんとわたしの事を理解してくれて、わたしも理解してあげたいって想える人。そんな人が居たら良いなぁ」

 

 ハァ、と。溜め息を溢すアスナさんは、最後の一口を咀嚼してから、また溜め息。

 アスナさんも本来なら高校生。いや、高校生云々を言う前に、女の子なのだから恋愛事には興味があり、また素敵な出会いに憧れを抱く。

 

 こんな生きるか死ぬかの世界だからこそ恋愛は大切だ。

 生きる目的、糧は、多いに越した事は無い。

 その時、俺の中のナニカが叫んだ。今がチャンスだと。

 ……何がチャンスなのか、いまいちよく分からないのだが。

 

「お、俺、アスナさんのこと好きだよっ!」

 

 席を立ち、気付けばそんな事を叫んでいた。

 店内中に広がる程の声量。当然、店の中はおろか順番待ちをしているカップルも何事かとこちらに集中する。

 店内は静まり返っていた。

 

「――え、あ、そのっ、これは違うっ! いや、違わないんだけど、ああ、もう!」

 

 漸く脳が機能し始め、瞬時にパニックに陥る俺。

 顔から火が出るとは正にこのこと。

 感情が色濃く表情に出るSAOだからこそ、比喩表現無しに顔が真っ赤に染まった。

 ニヤニヤ、ジロジロといった笑顔と視線に晒されながら着席し、頭を抱える。

 目をぱちくりさせていたアスナさんの顔を直視出来ない。

 いっそ殺して欲しい程の羞恥に悶え苦しむ。

 

 すると、天使みたいな愛らしい声で、名前を呼ばれた。

 ゆっくりと伏せた顔を上げると、当然そこにはアスナさんの顔が――女神みたいに美しく、どこまでも柔らかい微笑みがあった。

 

「ありがとう。元気付けようとしてくれて。わたしもシュウ君の事は大好きだよ」

 

 男女関係無く見惚れてしまう微笑を携え、アスナさんは俺の頭を撫でてくる。

 そして、見惚れたのは俺も例外ではない。

 更に面と向って大好きと言われてフリーズしている俺は、アスナさんの慈愛に満ちた手の感触を楽しむ事も出来ず、ただ破裂しそうなほど高鳴っている心臓の音だけを聴いていた。

 だからこそ俺は、彼女の大好きに込められた愛情の形を――その友愛や姉弟愛とも呼べる形の愛に、無意識で落胆していた事にも気付かなかった。

 

 周囲が微笑ましいモノを見るような目をして再び自分達の世界に引き篭もった後も、アスナさんは変わらず俺の頭を撫でている。

 されるがまま、ただなんとなく、徐々に復活してきた脳で、黒歴史確定の記憶の封印処理をしていると、マスターが新たな料理を携えてこちらのテーブルに歩いてくる。

 

 それは、この店でのある意味メインディッシュ――チョコパフェだ。

 大きさは普通。しかし充分な程にチョコとフルーツ、アイスが盛られたデザートは、男女のペアでしか注文出来ない裏メニュー。

 アスナさんを始めとした女性達はこのパフェを求めてこの店を訪れるのだ。

 撫でる手を引っ込めたアスナさんは、代わりにスプーンを握る。

 その瞳を期待に輝かさせながら。

 

 そして一口食べれば、零れるのは感嘆の声。

 

「うわ……このチョコ、凄い」

「…………甘さを上手く控えてるよね、それ。他のフルーツとも相性抜群」

 

 このデザートは男女のカップルにのみマスターが口頭でオススメしてくる。

 では、AIであるマスターが何で『ペア』だと判断するのか。

 そこで関わってくるのが先程のパーティ申請だ。

 マスターは男女ペアのパーティにのみパフェを勧めてくる。

 これが結婚だったのなら客足は遠のくに違いない。マスターの経営戦略に脱帽。

 

 閑話休題

 

 とにかく、パーティとは互いに一定以上の信頼関係がないと成立しない。

 経験値、獲得金の分配。HPバーや状態異常の簡易視覚化。

 多数の恩恵が得られるが、それは一歩間違えれば諸刃の剣。もし人柄を見誤れば致命的なしっぺ返しを食らうことだってありえる。

 マスターは、パーティを組んでいる男女=信頼関係がある=恋人同士の可能性高し。という暴論に近い考えでカップル判定をしているのだろうか。

 

 そんな事を考えながら美味そうにパフェを食べるアスナさんを眺め、ついでに再び《ミル花の蜜》をオブジェクト化し、コートで隠しながらオヤツをスーちゃんに与える。

 痛覚以外の触覚が再現されている所為か、舐められる感触が少し擽ったかった。

 

 それからまた目の保養であるアスナさんの食事風景を眺めていると、不意に、彼女と視線が交錯する。

 スプーンを銜えながらきょとんとして、その後は何を察したのか、クスっと笑った。

 

「はい、シュウ君。あーん」

 

 そして目の前には、チョコに塗れたバニラアイスと、バナナの欠片が。

 

「い、いいよ、俺はっ」

「でも『一口食べたい』って顔してるよ」

 

 しかしアスナさんは声を裏返す俺もお構いなしにスプーンを近付ける。

 それは違う。激しく違う。そもそも俺はもう三回も食べた事があるので見るだけでお腹いっぱい。

 いくら美味くともこんな頻繁に食べたいと思うほどパフェに入れ込んでいない。

 それにこのパフェは値段も馬鹿にならないのだ。

 

 しかし、アスナさんから差し出された料理を拒否など出来ない。再び頬を紅潮させながら、素早くパクつく。

 そのパフェは今まで食べた事がないほど、また昨夜シリカから貰ったハンバーグよりも美味しく、気恥ずかしかった。

 

 その後は二回目のお裾分けをやんわりと断り、再び雑談に興じていく。

 ここがカップル御用達の店で、しかも先程のやり取りもあった所為か。話題は自然と恋愛沙汰という恥かしい内容になっていた。

 男には少々ハードルの高い内容だ。いったい何処で選択を間違ったのだろうか。

 まあ、内容は殆どアスナさんの愚痴を聞くだけなのだが。

 

「ふーん、モテるのも大変なんだ」

「本当、男なんて大体の人が下心ばっかり。心の底から信頼出来る男の子なんてシュウ君しかいないもの」

 

 もう残り少ないパフェをガツガツ食いながら、そんな嬉しい事を言ってくれる。

 そしてこの発言で、クリームソーダを飲む俺の脳裏にアスナさんと交流のある男性プレイヤーの名前が列挙された。

 

「ヒースクリフは?」

「もちろん団長は信頼しているけど、それでも心の底からって言える程親しい訳ではないの」

 

 一度食べる手を休め、丁寧にナプキンで口許を拭うアスナさんは、ヒースクリフについて話し出す。

 

「こうやってシュウ君みたいにプライベートでもお話して、遊んで、お食事とかもして、その人となりを知れば話は別なんでしょうけど……団長と仲睦まじくお食事をしている未来なんて想像出来ないわ」

「た、確かに」

 

 それは最早ゲームのバグを疑う異常事態だ。

 明日の新聞の一面を飾ること間違いなし。それで笑顔なんぞ撮れた時には一財産ぐらい稼げるかもしれない。

 とりあえず、無意識の内に安堵していた。

 

「ラグナードやエギルは?」

「彼はただの同じギルド仲間。エギルさんとはたまに会えば立ち話をするぐらいかしら」

 

 哀れな槍使いには今度会った時に飲み物の一つぐらい奢ってやるのも良いかもしれない。

 多分、盛大に胡散臭そうな顔をして拒否すると思うが。

 そして、

 

「じゃあキリ――」

 

 そして、信頼する黒の剣士の名前を呼ぼうとして、言葉が詰まる。

 今、この名前を口にするのが辛かった。

 

 

 ――二ヶ月前の出来事を思い出してしまうから。

 

 

「……どうかしたの?」

「何もないよ、うん。何でもない」

 

 動揺を隠そうとして、見事に失敗。

 動機が早くなる。冷や汗が垂れる。笑顔がわざとらしく、強張ったものになる。

 アスナさんの鋭い視線が、俺を射抜いた。

 

「――やっぱり、彼が何かしたの?」

 

 どうやら現在の俺とキリトの関係に感づくものがあったらしい。

 俺の事なら何でも分かるの言葉通り、アスナさんは鋭かった。

 慌ててフォローに入るが伝わるかは怪しい。悪いのは俺だというのに。

 

「何も無い! キリトは何も悪いことしてない!」

 

 今から五ヶ月前。

 キリトの所属していたギルド《月夜の黒猫団》は壊滅した。

 その詳しい経緯は知らない。けれどもキリトが自分を責めている事ぐらい分かる。

 しかしクラインから、彼等はレベルも充分に足りていないのに前線近くの迷宮に入り、罠に掛かってキリト以外が全滅したらしい、という事は聞き及んでいた。

 

 その中には一度だけ会ったサチさんも含まれている。

 

 たった一度。時間にしたら五分も経っていない。

 そんな俺でも彼女が死んだと知り、胸が締め付けられて、言い様の無い喪失感を味わった。

 

 

 ――キリトの痛みなんて想像も出来ない。

 

 

 それでも俺は、このデスゲームでも余裕と不敵な笑みを忘れない、一緒に居て勇気と安心感を与えてくれるキリトの暗い表情を見たくなかった。

 だから、今から二ヶ月前に言ったのだ。

 キリトは悪くない。実力の足りなかった彼等の所為。

 聞けばアラームトラップ――ダミーの宝箱を仲間が開いたために結晶無効化エリアに閉じ込められ、モンスターが雪崩れ込んできたのだから、彼等を助けられなくても仕方が無い。

 そう捲くし立てる。

 元のキリトに戻って欲しい一心で慰めの言葉を掛け続けた。

 

 キリトの心中もギルドでの振舞いも知らず、上辺だけを知った風な身勝手で軽い言葉が、どれだけ彼の心を抉っているかも知らずに。

 

 《――お前に何が分かるッ!?》

 

 それでキリトが怒るのも当たり前だ。

 詳しい事情を知らない第三者が憶測で軽々しく語って良い内容ではなかった。

 あの時の怒声も、初めて見た怒りの表情も、その全てが記憶に住み着いて離れない。そして怒鳴ってから八つ当たりだと気付き、自己嫌悪に陥っているキリトの表情も。

 

 それ以来、俺達は疎遠になった。

 

 ボス戦で共闘しても基本的に会話が無い。

 何かと理由を付けて、お互いに顔を合わせる事すら避けるようになった。

 そんな俺達にアスナさんやクライン達が気付かないはずがない。

 それでも言及してくる事は無かったが、流石にアスナさんは我慢の限界に来ていた様だ。

 このチャンスを逃さないと目が訴えている。

 俺は話しにくい事を訊ねられる前に、露骨に話を打ち切った。

 

「あ、もうこんな時間だ。それじゃあアスナさん、俺はそろそろ」

「…………うん。その用事、どんなものか訊いても良い?」

 

 潔く諦めてくれたアスナさんには感謝の言葉も無い。

 その心配顔が心苦しいが、これは俺達の問題だ。

 俺もこのままで良いとは思っていない。きっと、キリトも同じ気持ち。気まずくて話が出来ないだけだ。

 何かきっかけさえあれば直ぐにでも解決出来る。

 だから俺はアスナさんを安心させるために笑顔を見せ、明るく話すのだ。

 

「四十層の岩石地帯で洞穴型ダンジョンが発見されたんだって。そこに紫水晶を捜しに行くんだ。クロノスと一緒に」

「確かシュウくんの先生の恋人さん、だったよね?」

「あー、うん」

 

 昨夜改めてクロノスを認めたとはいえ、思わず言い淀んでしまう。

 なんだか二人揃って話題の選択をミスっている気がする。

 どうやら今回は、話せば話すほどドツボに嵌るみたいで。

 アスナさんは、渋面を作る俺の顔を見て苦笑い。

 

「まだ嫌いなんだ?」

「嫌いじゃない。でも好きでもない。……ちゃんとクロノスは認めてるけど、これが嫉妬だって分かってるけど、まだ納得出来ない」

「シュウくん、先生のこと大好きだものね。やっぱり寂しい?」

「………………うん」

 

 これでクロノスの性格が悪かったりしたら話は単純だった。

 きっと俺やギンを筆頭に全力で悪い虫を排除しに掛かっただろう。

 

 知的なイケメン。性格も文句無し。リアルでは現役東大生。

 最低限、皆を守れる実力も持っている。

 なにより、心の底からサーシャ先生を愛している。先生のためなら何を犠牲にしても構わないくらい、盲目的なまでに。

 

「クロノスは良い奴だよ。明らかに煙たがってる俺にも優しいし、よく気にかけてくれてる。……まあ、俺に『攻略組は危険だから止めた方が良い、子供なんだから大人に任すんだ』って何度も言ってくるのはウザったいけど!」

 

 そして言葉にはしなかったが、遠回しに心配性の先生を引き合いに出すのは卑怯だ。

 

 曰く、先生はいつも俺を心配している。

 曰く、いつ俺が死んでしまうかと思うと夜も眠れない状態。

 曰く、本当は俺が中層以下で大人しくしている事を望んでいる。

 

 そんな事は分かっている。分かっているに決まっている。

 それを耳にタコが出来るほど聞かされてみろ、今まで一度も当り散らさなかった俺の我慢強さを褒め称えたいぐらいだ。

 その我慢も、今回で爆発してしまったが。

 

 アスナさんは愚痴を聞いてもらった立場からか、今度は俺の愚痴を黙って聞いてくれている。

 

「ねえ、アスナさんも俺の立場だったらウザったいって思うでしょ!? 先生の気持ちだって分かってるし、俺だって罪悪感があるっつーの!」

「うーん……私はクロノスさんの気持ちも凄いよく分かるから、ノーコメントです」

「……あ、そういえば最初はアスナさんも過保護な母親かってぐらいしつこかったもんね」

 

 クロノスとアスナさんは同じ穴の狢。

 いや、今ではもうあの時の自分を黒歴史認定し、こうして悶え苦しむほど自分の身勝手な押し売りを嘆いているので、クロノスと同類扱いするのは失礼だろう。

 今度はアスナさんが露骨に話を逸らした。

 

「で、でも、そんなダンジョンがあったなんて知らなかったな、わたしっ!」

「俺も初めて知った。アルゴも知らなかったんだって」

 

 最低限の情報ぐらいは知っておいた方が良いと思ったためアルゴと連絡を取り合った結果、逆にしっかりと情報収集を頼まれてしまった。

 ダンジョンマップや出現するモンスターの分布は高値で売れる事だろう。

 なにせ攻略されてから数ヶ月経つまで誰にも気付かれなかった隠しダンジョンなのだから。

 

「宝石採れたらアスナさんにもプレゼントするから期待して待ってて」

 

 そして俺はアスナさんとの会話に後ろ髪を引かれつつ――ドタキャンの誘惑に靡かれながら、まだ食事途中のアスナさんと別れて四十層に向う。

 代金は、アスナさんの奢り。

 アスナさんもかなり頑固な所があるので折半は早々に諦めている。

 そして、

 

「さて、と。とりあえず彼からはゆっくり詳しく話を聞かせて貰わなくちゃ、ね。――流石に、もう限界だから」

 

 俺を見送ってくれた慈愛に満ちた双眸は、鋭利な刃物の如く鋭さを増す。

 ドス黒いオーラを発しながら剣呑な眼でメッセージを打ち、黒の剣士とコンタクトを図るアスナさんがいた事を、俺はまだ知らない。

 

 ついでに『直接会って話がある』という文を読んで無駄に緊張し、そんな心的余裕が無いはずなのに妙にドキマキしてしまった思春期男子が、狂戦士と対面数秒後に青褪める事になったのを、俺は一切知らないのだった。

 

 




ちょっと現実逃避がてら執筆してます。
そして、おかしい。今回で四十層に行くはずだったのに……アスナとの会話は5000文字ぐらいで終わらせるつもりだったのに。

少しじっくり書き過ぎ、いらない部分があったかもしれません。
テンポも遅いですし、かといって早すぎると読者の皆様を置き去りにしてしまう……。何度も思うことですけど、小説って難しいです。


次からやっとシリアス?になると思います。正直、日常パート的なのは苦手です。


誤字、感想、意見などがあったら、連絡してくださると助かります。テンションとモチベーションも上がります。


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