魔物王の道   作:すー

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第一章
第一話 相棒


 平和な日常が終わりを告げ、全てが始まったあの日から、プレイヤーはだいたい五つのグループに分けられた。

 

 第一層主街区《はじまりの街》で政府からの救助と、誰かがゲームをクリアしてくれるのを待つ死を恐れた人達。

 別にこの人達を否定する気はない。

 誰だって死は恐ろしいし、それ以前に元このグループに所属して宿屋で現実世界の家族を想って泣く日々を送っていた俺には彼らを臆病者と非難する資格はないのだから。

 

 二つ目はこのデスゲームが終わるまで生活する小金を稼ぎつつ、元々のゲーム目的である冒険を楽しもうとするグループ。

 通常以上の安全マージンを取り、攻略されて情報が豊富に集められた階層のみを踏破する彼らは、もしかしたら一番堅実で頭の良い生き方を選んだのかもしれない。

 ちなみに彼らは後に中層・下層プレイヤーと呼ばれるようになるのだが、それはまた別の話だ。

 彼らの存在は、実はかなり重要。

 次層に向うための唯一のダンジョン・迷宮区の攻略にしか頭が無い攻略組は最低限の散策でレベルアップと装備を充実させて次に進むため、層の隅々まで調べる時間が無いのだ。

 だから下層フロアから順に未踏破のダンジョンやクエストを攻略し、沢山の新たな情報をもたらしてくれる彼らの行動は、充分攻略組の益に繋がっているだろう。

 最近では獲得したアイテム類を《はじまりの街》に住む人々に均等分配して統括を行うグループも現れたらしいので、この調子で統治していってほしい。

 

 話は少しそれたかもしれないが、三つ目は鍛冶や裁縫といったスキルを上げたり、アイテムの売買を始める生産系・商人系クラスを希望した者達。

 言ってしまえば彼らは縁の下の力持ち。

 彼らが物資支援し、情報を集め、職人達で独自のギルドを立ち上げてくれたからこそ、俺達の今の活動がある。

 それに彼らは店に売る商品を集める目的でダンジョンに潜ったり素材アイテムを自力で収集する事も多いので、その実力はプレイヤーの中でもトップクラスに位置する場合も少なくない。

 本当に頼もしい人達だ。

 

 四つ目は犯罪者プレイヤーの奴ら。

 食うに困って犯罪禁止コードが存在して安全が約束されている町や主街区以外で略奪を繰り返すアイツらは、ある意味モンスター以上に危険な全プレイヤーの敵だ。

 彼らの手にかかって死亡した者はまだいない。少なくとも表立った情報としては出ていない。

 しかし、それも時間の問題だというのが全プレイヤーの見解である。

 

 そして最後のグループは言わずと知れた攻略組。

 アインクラッドからの脱出を目標に最前線で戦い続けるトッププレイヤー集団。

 その中でもまた少数。ギルドに所属せず単独で活動するソロプレイヤーに、俺は分類された。

 

 

◇◆◇

 

「はぁあああッ!」

 

 これでもかというくらい気合を入れた咆哮を一発。

 斜めに振り下ろされたシルバー・ダガーから淡い水色のライトエフェクトが迸り、目の前で棍棒を振りかぶっていたゴブリンエイプに短剣ソードスキル《フリーガル》が叩き込まれる。

 運良くクリティカル判定を得られた逆手からの斬撃は布切れしか纏っていない猿の化け物を肩から斜めに切り裂き、無数のポリゴン片と化すモンスターを爆散させた。

 

 この忌々しいデスゲームが開始されて二ヶ月と十数日。

 最前線である第八層から二つ下の第六層フィールド・ダンジョン――通称《獣人の樹海》で活動を始めて三日になる俺にとって、棍棒の振り下ろしと横薙ぎの二つしか攻撃パターンが無いコイツの相手で後れを取る事はありえない。

 

「ゴァアアアっ!」

「……っと、隙やり!」

 

 背後に迫ったもう一体のゴブリンエイプが放ってきた横からの打撃をしゃがむ事で回避する。

 その際にレザーローブと棍棒が僅かに接触したがHPの消失は確認されない。

 その事に安堵し、ふっと沸いた恐怖を胸中に押し込みながら、腕を振り切った化け物の懐に入り込む。

 そして相手の胸の中心目掛けて繰り出すのは、最近覚えた短剣スキルの突進技《ウィースバルグ》だ。

 全体重を乗せた一撃がゴブリンエイプに炸裂し、紅いエフェクトを発する刃が柄の部分まで潜り込む。

 相手の頭上にあるHPバーは元々黄色の部分まで減少していたが、今俺の持てる最高技を食らった途端、一瞬の内にHPが削り取られた。

 残存HP――ゼロ。

 

「ふう。これで一先ず戦闘は終了。お疲れさん俺」

 

 戦闘終了を祝福するかのように周囲に散らばるモンスターの幻想的な光を放つポリゴン片に包まれ、獲得アイテムと経験値に目をやる。

 その後、念のため策敵スキルで周囲を窺いながら呟いた俺の耳に軽快なファンファーレ音が響き渡った。

 これは紛れも無いレベルアップした証。

 

「やっとレベル10か……先は長いなぁ」

 

 最初の一ヶ月半を《始まりの街》で過ごした俺は戦闘経験もレベルも何もかもが力不足。

 今も最前線で戦う攻略組との差を埋めるために遮二無二戦いに明け暮れ、やっと到達出来たのがレベル10という境地だ。

 しかし、

 

「流石に突っ走り過ぎ?」

 

 ホームシックを誤魔化すため。

 恐怖に打ち勝つための荒療治として安全マージンも充分に取れていない第六層に踏み込んだけれど、些か命知らずな行為かもしれない。今更ながら恐怖心が込み上げてきた。

 不眠不休でしばらく頑張っていた事だし、少しペースを落とそうと心に誓う。

 

「……目的を果たしてから今後を考えよう。今は少し休憩。お腹空いたし」

 

 ここまでの戦闘で四割減少したHPを全快させるためにポーションを一飲み。

 なんとも表現し辛い味のポーションを飲み干して全快を確認。

 そして恐怖心を空腹による気分の低下と決め付けながら巨木の根元に腰を下ろし、開いたアイテム・ウインドウから買っておいた骨付き照り焼きチキンを取り出す。

 睡眠欲があるこのSAO内では当たり前ながら食欲というものも存在し、俺達プレイヤーは定期的な食物の摂取を心掛けなければ活動に支障を来たすのだが。

 

「ああ、まったく。何でこんなに美味そうなのにマズイんだか。やっぱりNPCが売ってる安物だから?」

 

 そう、このSAO内にある食べ物には『ハズレ』が多く存在する。

 見た目に騙され、こういった地味な洗礼を受けるのも一度や二度じゃない。

 食べる事が唯一の娯楽と言って良いSAOで、この食料問題は全体的に舌が肥えている日本人にとってかなり深刻な問題だった。

 この現状を憂いで料理スキルを上げている人が増加傾向にあるという噂を最近耳にするので、そんな人とは機会があれば是非お近付になりたい。

 

「そっか、もしかしたら先生が料理スキルを上げてるかも。後で訊いてみよう」

 

 ふと、俺がゲームクリアを目指す切っ掛けになった恩人の顔が脳裏を過ぎる。

 彼女とはフレンドリストに登録――つまりメッセージのやり取りができ、ある程度の位置もその気になれば分かりますよという仲良しグループの登録をしているので、後で現状報告も兼ねてメッセージを送ってみよう。

 まあ、今は目先の事に集中しなくてはいけないのだが。

 

(……もう二度と買わない)

 

 はっきり言って肉がマズイ。

 しかし食べない訳にもいかないのでリアルで涙を流しそうになりながら肉を頬張る。

 まるで焼肉にケチャップを掛けたかのような味が口内を満たしながら、周囲の警戒を怠らずに開いたままのメニュー画面を操作する。

 まず初めにやる事はただ一つ。

 それはレベルアップ時に獲得したステータスアップのポイントを振り分けること。

 俺達プレイヤーの基本ステータスはHPを除くと筋力と敏捷値の二つしかない。

 これらはレベルが上がる度にステータスが上昇していくが、それだと各個人でのステータスの差別化が難しいため、SAOではレベルが上がると同時にポイントを幾つか授かり、それをステータスに振り分ける事で自分だけのアバターを創造していく。

 俺は身軽さと素早いヒット&アウェイが売りの短剣使い。

 いつも通り筋力値と敏捷値に3:7の割合でアップポイントを振り分ける。

 そして次の作業の確認に入ると、思わず嬉しさのあまり喜びの声を上げてしまった。

 

「お、スキルスロットが増えてる!」

 

 スキルスロットが増えるという事は、習得出来るスキルの増加を意味する。

 これで俺のスキルスロットは合計三つ。

 今までの二つは短剣と策敵に使っているので、この残りの部分には以前から考えていた隠蔽スキルを選択した。

 攻撃に周囲の捜索、そして自身の隠蔽。中々バランスが良い采配だと自負している。

 これでまた生き残る可能性がほんの少し上昇。

 そしてそのままアイテム・ウィンドウに目を移し、軽く溜め息。

 

「あ~あ、何度見たって増えてる訳無いんだよな……もしかして俺の幸運値って低い?」

 

 視界に入るのは目的のアイテム×9の文字だった。

 俺の今欲しいアイテムの名は《ゴブリンエイプの琴線》。

 それを十個集めて町の薬剤師のお兄さんに渡すとリーヴァス・ダガーという現時点で最強の短剣を獲得出来る、というクエストを現在受理しているのだが。

 しかし、今の所集まったのは九個。あと一つ足りない。

 その一つを求めて現在俺はせっせとゴブリンエイプ狩りに勤しんでいるが、流石に二日以上も残りの一個を巡る運任せのドロップアイテム狙いをしていては嫌気が差してくる。

 しかし諦める訳にはいかない。

 要求筋力値が足りずに装備出来ない可能性があるけれど、ゲットしておいて損は無いと思うから。

 これは攻略組の短剣使いには必須なクエスト。

 絶対に今日中にゲットしてやるという意味を込めて、食事休憩にストップを掛けた。

 ちなみにゴブリンエイプの琴線はクエストのキーアイテムなためどこも品薄であり、商人プレイヤーを片っ端から訪ねても入手出来なかった経緯がある。

 

「暗くなるまでには町に戻りたい。今は十三時だから、ここら辺で活動出来るのは三時間くら――」

 

 メイン・ウィンドウの時計で時刻を確認していたら視界の隅にナニカの接近を告げるカーソルが表示された。

 索敵スキルがナニカの存在を感知したのだ。

 そのカーソル・カラーも確かめずに直ぐ戦闘体勢に入れる辺り、大分俺もこのデスゲームに染まってきているらしい。

 常に警戒を怠らず、いざという時は脊髄反射的に思考と体勢を切り替える。

 まるで一人前の剣士だ。

 もし現実世界に帰還後もこの気構えが抜けなかったらと思うと少し怖い。

 この世界に魂まで染まり、現実世界の楠羽秋人(くすばねしゅうと)が消えてしまったらと思うと、どうしようもなく怖かった。

 

「……って、そんな事考えてる場合じゃないって」

 

 頭をフルフル振って込み上げてきた不安を無理矢理脳から追い遣る。

 そうする事で漸く、俺のいる巨木へゆっくりと近付いてくるナニカに意識を集中させる事が出来た。

 

「……あれ?」

 

 短剣を眼前に掲げながら首を傾げたのには訳がある。

 それは表示されたカーソルの色だ。

 策敵スキルを用いた場合、プレイヤーは緑やオレンジ。

 モンスターの場合はプレイヤーレベルに応じてカラーが違うけれど、自分と同程度のレベルだった場合は薄濃の違いはあるが赤が一般的。

 今回の奴も例に漏れず赤で、だからこそ俺は警戒した。

 なのに、

 

「……黄色になった?」

 

 そう、いつの間にかカーソル・カラーが黄色になっていた。

 どちらかと言えば世間知らずな部類に入る俺だから、ただの無知という事は充分ありえる。

 しかし、やっぱりこんな事態は聞いたことが無かった。

 イレギュラーな展開に知らず知らず心臓の鼓動が速くなる。

 汗まで流れるんだから、このゲームは本当にリアルだ。憎憎しいまでに。

 

「どうする……逃げた方が良い?」

 

 このデスゲームは多分逃げ腰くらいなのが丁度良い。

 保守的な日本人に優しいゲームだとは思う。

 デスゲームに優しいもクソも無いけど。

 しかし、好奇心が揺さぶられる。

 見て見たい気もするし、どんな情報でも出来るだけ欲しいという蛮勇ぶりも魅せてしまう。

 だが危険な事なら回避しなければいけない。

 どちらの案を取ろうか優柔不断な考えが脳内を駆け巡る間に、ついに未知の生物Xが俺の視界に入り込んだ。

 

「……犬?」

 

 乱雑に生えている樹木の陰から出てきたのは、この二日間でも見た事の無いモンスターだった。

 体長は60cmくらいの小型犬。

 銀毛金目のコイツは、実に堂々とした足取りで尊厳を見せ付けるかのように近寄ってくる。

 現実世界にすらこんな生き物はいない。

 そう思える程の神々しさをコイツは備えていた。

 

「なんだよ、お前……本当に敵か? それとも――」

 

 

 ――それとも、何かクエストの一環だろうか。

 

 

 そうだ、そう考えると辻褄が合うかもしれない。

 対峙して一分経つが未だに敵意を見せないコイツが攻撃的モンスターとは思えない。

 たった数歩分の距離しか無い位置まで近付いてきても、コイツのカーソルは黄色。

 もしかしたらクエスト関連のモンスター・カーソルは黄色なのだろうか。

 

「うーん、攻略本にも書いてないし……どうなんだろ?」

 

 元ベータテスターの人――というより、知り合いの情報屋が書いて全プレイヤーに流布した第八層までの情報が満載のガイドブックにも、この事は一切載っていない。

 という事はつまり、現在の展開は誰も経験していない未知との遭遇を意味している。

 

「……なんだよ犬」

 

 こちらに孤高っぷりを見せ付けながら睨み付けてくる、凛々しい愛玩動物。

 コイツは所詮AIシステムの一部に過ぎない。

 しかし、その視線に物欲しそうな意思を感じるのは何故だろうか。

 まさかここまで再現するとは。

 無駄に良い仕事しやがる茅場晶彦に理不尽な怒りをぶつけてしまう。

 

「……はい、あげる」

 

 食べかけのチキンを目の前の犬に与えてみる。

 物乞い犬クエスト(俺命名)と判断した結果だ。

 もしかしたら樹海入り口にある小さな町《ニーヴァ》の片隅で売られていたチキンを買い、この森で食べるのがクエスト発生条件だったのかもしれない。

 そうなら良いなと期待を込めたのが幸いしたのか。

 予想通り、コイツは俺の与えた肉に食らい付いた。

 

「よ~し。これで何かが起こる筈」

 

 夢中になって食べている姿を見て、ついフサフサな銀毛に手を伸ばしてしまう。

 掌越しに伝わってくる毛並みの感触は滑らかで、例えこの触感が偽者と理解出来ても、本物以上にリアルだとしか思えなかった。

 

「こっからどうすんだろ? 飼い主探しクエストにチェンジとか? まあ、俺だったら付ける名前はポチに決定なんだけど……でも金色のカーソルも出ないよなぁ。なあ、ポチ、お前はいったい何――」

 

 クエスト受理を確認しようとして思わずフリーズしてしまう。

 メイン・ウインドウを開いたら、目に飛び込んで来るのは自分のキャラクターデータに現れた『new』という文字。

 不審に思って自分のデータを、ステータスやスキル項目に混じって現れた新しい項目を見て、文字通り俺の目は点になった。

 その項目の名は――使い魔。

 

 

【種族名】シルバー・ヴォルク 

【固有名】ポチ 

【レベル】13

【ステータス】HP900 筋値力68 敏捷値132

【スキル熟練度】索敵200

 

 

「使い魔ぁああっ!? ……って、トータルで見ると現時点で俺より強いんですけど!? 一番高い敏捷値ですら100に満たない俺って何さ!? というより索敵の熟練度高っ! 俺の四倍以上!?」

 

 俺の戸惑いもお構いなしに肉を食らっている、この犬にしか見えない狼型稀少モンスター、シルバー・ヴォルク。

 

 

 

 ――結局のところ勘違いにより感動もへったくれも無かったけれど、これが俺の初飼い馴らし(テイミング)であり、今後二年間一番の相棒となるポチとの出会いだった。

 

 

◇◆◇

 

 頭上にクエスチョンマークが乱舞してから三時間が経過し、その時から俺の状況は激変した。

 もちろん良い方向に向って。

 

「オーケー。そっちの方向に敵がいる訳ね」

 

 原因は言わずと知れた名犬……いや、名狼であるポチのお陰。

 俺の相棒と化したポチの参戦の影響は大きい。

 戦闘では自らの爪と牙で勇ましく戦い、戦闘外でも索敵スキルを駆使して攻撃的モンスターの位置を把握してくれる。

 特に索敵によってバックアタックが無くなったのと、今のようにモンスターとの戦闘を行うかどうかの選択権があるのは凄く助かる。

 ポチが低く唸った方向にモンスターがいるからだ。

 

「ちょっと遠回りになるけど、今モンスターと戦うよりはいっか。その調子でよろしくポチ」

 

 ポチと出会ってからモンスター撃破の効率が上がり、今から十分前に倒したゴブリンエイプから運良く琴線を獲得出来た。

 しかし戦闘が増えるという事は精神力をガリガリ削り、そして回復アイテムの消耗を意味する。

 元々沢山買ってあった回復ポーションだけど、あくまでそれは一人だけの時に充分な量でしかない。

 新たにポチに消費する分も増えたため、最後の戦闘を終えた時点で回復ポーションの在庫がゼロになったのだ。

 HPは全快なので一・二戦ならこなせる自信がある。

 しかし念には念を入れ、現在俺達は敵との戦闘を全回避しつつニーヴァ目掛けて樹海内を駆けているという訳だ。

 

「でも本当、良い相棒が出来た」

 

 そう呟いて自然と笑みが零れた。

 強さやスキル云々は元より、実は仲間が出来たというのが一番嬉しかったりする。

 分類上は今もソロに違いない。

 しかしポチの存在は俺の孤独感を綺麗サッパリ消してくれた。

 諸事情があってソロを選んだ俺だけど、本当は仲間が欲しかったから、ポチの参戦は嬉しくて心強い。

 

「もう直ぐ樹海を抜ける……んだけど、また騒がれるだろうな」

 

 樹海を走り抜け、遠くに見えるニーヴァのバックにある夕日に目を細める俺は、町に入った時の周囲の反応を思い浮かべて少々うんざりする。

 そして、その気持ちを払拭する勢いで心を占める相棒と出会えた喜びを噛み締めながら、その十数分後。俺達は町への帰還を果たした。

 第六層主街区《レグラス》から東に位置する農村ニーヴァは、この第六層の東側一帯を覆っている広大な《獣人の樹海》の入り口近くに存在し、主にプレイヤー間では樹海攻略のための拠点として利用されている。

 第六層が最前線だったのは今から二週間ほど前。

 まだ八割ほどしか攻略が終わっていない樹海は、リーヴァス・ダガー獲得クエストの存在、そして樹海に生息する種類豊富なモンスター達の情報収集とダンジョンの踏破、まだ見ぬアイテムの獲得とレベル上げを目的に、実力に自信のある攻略組以外の中級プレイヤー達が多く集まっていた。

 よって、

 

「おい、ボウズ! そのモンスターどうしたんだ!?」

「どうやって手懐けたの!? それってシルバー・ヴォルクだよね!?」

「何かのクエストか!?」

「ねえ、私達とパーティー組まない?」

 

 

 ――よってまあ、町の入り口で他プレイヤー達に囲まれてしまった訳だ。

 

 

 予想通りの煩わしい展開に辟易し、ポチを抱きながら溜め息を吐いている俺の心中を察して欲しい。

 元々年少プレイヤーとして注目の的だったのに、更に目立つ存在へ昇華してしまった。

 さて、どうやって抜け出せば良いものか。

 まあ、特に隠す程の事でも無いし全部喋るつもりだけど。

 真偽は各々に任せるとして。

 

「別にただ――」

「おい、お前ビーターか?」

 

 肉を与えたら懐かれた、そう言おうとした途端に口を挟んできた不届き者の存在に眉を顰める。

 声のした方を見てみれば、近くに居た背の高い男が俺を見下ろしていた。

 逆立つ黒髪。凛々しいながらも肉食動物のような獰猛さが滲み出る容姿。そして、一番目を引くのは侮蔑の込められた切れ長な双眸。

 周囲を見れば、俺を囲っていた人達の雰囲気も剣呑なモノに変わっていた。

 

「どうせ、コイツを手懐けるか何かのクエストでもあって秘密にしてたんだろ。たくっ、これだからビーター共はいけ好かねぇんだ。自分らだけで情報を独占しやがってよ」

 

 ビーター、この言葉の意味が分からない。

 しかし悪評の類なのは明らかなので、一方的にそう見られるのは誰だって不快だ。

 だからこそ、反論する俺の口調も自然と辛辣なものになってしまう。

 

「ただ肉を食わせたら懐かれただけだっつーの。ビーターとかじゃないし。変な言いがかりは止めてよね、オッサン」

「オッ……っ!?」

 

 オッサンと言われてショックを受けている推定二十代前半。

 いい気味だ。

 

「カーソル・カラーが黄色で、コイツは使い魔って存在らしいよ。それじゃあね」

 

 これだけ教えれば充分だろう。

 宿屋に帰る前にリーヴァス・ダガーを受け取りたいので人壁を越えるため足を動かす。

 それでも肩を掴んでくる奴がいるんだから、本当に空気の読めない奴は嫌になる。

 

「まあ待てってガキンチョ。お前、この三日間ずっと樹海に潜ってたソロだろ? 他に何か情報を……いや、俺達とパーティー組ませてやる。特別に組んでやるよ」

「い・や・だ。魂胆見え見え。だから手を離してよ、オッサン」

 

 俺がソロでプレイする理由は二つある。

 一つは経験値獲得の効率がパーティーを組むより優れているため。

 安全面は保障出来ないものの、こうでもしないと攻略組に入るのに途方の無い時間が掛かってしまうのだから仕方が無い。

 そして、もう一つがコレ。

 子供の俺を利用し、食い物にしようとする汚い大人から身を守るためだ。

 子供だから上手く騙せる、利用できる。そう考える奴らは、残念ながら多分多い。

 生きるか死ぬかのデスゲームになり、形振り構っていられる状態じゃなくなった悪循環が、他者を蹴落としてでも生き抜こうとする人種を増加させる。

 中には善意から近寄ってくる人もいると思う。

 しかし、そうでないと否定出来る判断材料が圧倒的に足りないのも事実。

 今の俺は強く無いし、どんな困難も一人で対処出来る実力が備わるまで、俺はプレイヤーとの接触を出来るだけ抑える事に決めていた。

 これが俺の処世術だ。

 しかし、その対応が。俺のコンセプトが。

 どうもこのオッサンは気に入らないらしい。

 

「この……クソガキっ! てめえみたいなガキはどうせ情報を活用しきれねぇんだ! それを俺達大人が有効活用してやるっつってんだよ! いいから他にも情報を寄越せ!」

 

 現に俺は今のコイツみたいに高圧的な態度を取り、利用しようとする大人達をそれなりに見てきた。

 今回のコイツは、多分ここに来たばっかで情報をあまり得ていない。

 情報を買う金を惜しみ、パーティーを組んでアイテムを得たら何かと理由を付けてアイテム配分を減らすか、何処かに捨てる算段なのだろう。

 もしかしたらSAO初の使い魔持ちである俺を自分の陣営に取り込む事で箔を付けようと考えたのかもしれない。

 どのみち碌なもんじゃない。

 

「少なくとも、アンタみたいな性格破綻者よりは頭が良いって自信があるよ。知識は負けるけど、応用力と発想力って意味で。これでも近所じゃ聡明な好少年で通ってたんだ」

 

 気分的には上から見下し、現実としては下からオッサンを見上げる。

 俺の目付きの悪さと敵意が功を成したのか。

 思わず怯んでしまったという風で、オッサンが一歩後退する。

 敵が引いた分、攻めない馬鹿はいない。

 

「というよりさ、そんな上から目線で情報を渡すとも、仲間になりたいと思うって本気で思ってんの? 俺に噛み付いてもダメ大人ってレッテルを張られるだけだって気づけよいい加減」

 

 こんな挑発染みた反論が出来るのも今この場所が町の中だからだ。

 犯罪禁止コードのある町は通常《圏内》で、モンスターが入ってくる事もなければHPが削られる事も無い。

 だからこそ、俺は現実世界だと勝ち目が無い相手でも強気でいられる。

 この世界では強さが全て。仲間が居らず、たった一人でモンスター達と戦っていた密度の濃い三週間が、俺に絶対の自信を植え付けた。

 《圏外》に出た途端に襲われる心配もある。

 しかしこちらにはポチがいる。

 攻略組トッププレイヤーの隠蔽スキルの熟練度が180くらいと聞いた事があるので、囲まれる前に接近に気付いて逃げられる筈だ。

 あまりにもしつこいようなら軍に依頼して取り締まってもらうのも悪くない。

 得意のマンシンガントークで相手の神経を逆撫でし続けると、ついに援護射撃をする者が現れた。

 

「そのチビっ子の言う通りだな。これ以上評判を落としたくなかったら素直に引くこった。……それによ、こんな子供に当たるなんざお前ェ、死ぬほどカッコ悪いぜ」

 

 顔を真っ赤にして青筋を浮かべていたオッサンと、その仲間と思しき人物二人に囲まれつつあった俺だけど、この野次馬の言葉で状況は一変した。

 「そーだそーだ」という同意者の声が沢山上がったのだ。

 流石に数の暴力には勝てないのか、村八分状態になったオッサン達は苦虫を噛み潰したような表情をしながら、俺に精一杯の憎しみを込めて渋々立ち去っていく。

 次第に野次馬も消え去り、残ったのは俺と、最初に庇ってくれた男だけだ。

 

「ありがとう」

「気にすんな。たくよぉ、ああいう馬鹿を見ると胸糞悪くなるっつーの」

 

 野武士が身に付けるような鎧を身に付け、腰から曲刀を下げたバンダナの男が、そうぼやいて逆立てた髪をガシガシ掻いている。

 

 

 

 ――これが、後に攻略ギルドの一角として名を馳せる《風林火山》リーダー、クラインとのファーストコンタクトだった。

 

 

 

◇◇◇

 

「にしてもシュウの字よ、お前ェ本当にソロで活動してんのかよ?」

「経験値の入りが良いから。俺、早く強くなりたいんだよクライン」

 

 という風に宿屋兼定食屋で風林火山と夕食を共にして大分経つ。

 あのあと情報交換をしようという案に同意した俺達は、クラインの仲間六人と合流してから俺が宿泊している宿屋に移動した。

 クライン達は今さっきニーヴァに到着したばっかりで、手分けして情報収集している最中に俺の騒動を目撃したらしい。

 クライン達の目的は俺と同じで。ギルド全体のレベル上げと、仲間の短剣使いのためのリーヴァス・ダガー入手。

 ちなみに俺はこの宿屋に来る前にクライン達同伴の下、しっかりと薬剤師の家を訪れてダガーを入手していたりする。

 クラインは同時にクエスト受理も行っていたみたいだけど。

 

「君……死ぬのが怖くないのか?」

 

 こう呟いたのは俺と同じ短剣使いのお兄さん。

 メガネを掛けた見る限り温厚そうな人で、クライン達が全員曲刀や片手長剣、槍なんかの武器を使う中で唯一の短剣使いというのも、なんとなく納得してしまう優しそうな雰囲気と風貌をしていた。

 

「……怖いに決まってんじゃん。でもさ、俺は強くなりたい。強くなってボスを倒して、一秒でも早くSAOを攻略してやる」

 

 決意を口にして、ついでに第一層での初戦闘を思い出して苦笑する。

 今だと雑魚でしかない青いイノシシ相手に泣き叫びながらダガーを振るっていた過去を考えると、よくここまで成長したものだと自画自賛してしまった。

 

「お前ェ……攻略組を目指してんのか!?」

「別に悪くないでしょ? クラインだって攻略組入りを狙ってる癖に。差別は良くない」

 

 俺みたいな子供でもフィールドに出て戦闘を行う奴らは小数ながら存在する。

 しかしそれでも最前線に出る奴は早々いない。

 身長が130cmにも届いていない小柄な見た目も驚きと意外性に拍車をかけたのかもしれなかった。

 よって、戸惑いと心配が大半を占めていそうな表情をしている優しい彼等を安心させるため、俺は何でもないように平然とパスタを口に含んだ。

 ちなみに味は珍しく『当たり』の部類。

 

「大丈夫だって。情報収集は欠かしていないし、戦いでも安全第一に考えてる。今はもうポチもいるから生存確率もめっちゃ上がった。ポチの索敵スキルが高くて大助かり」

 

 まさにポチ様々。

 俺の索敵スキルを排除して代わりに識別スキルでも入れようかと思う程、ポチは俺の冒険に欠かせない存在になっている。

 

「そういえばさ、一度スキルを削除して、それをまた再習得って出来るのかな?」

 

 それでも心配そうな顔をしている面々からこの話題を逸らすため、さっき思った事を訊いてみた。

 索敵スキルを排除して別のスキルを入れた後、索敵を覚えたいと思った時に、再習得出来るのかどうか。

 もし出来ないのだとしたら、このままスキルスロットの肥やしにしなければならないだろう。

 考えたくはないが、この先ポチが死亡しないという補償は何処にも無いのだから。

 対してクラインの反応は……正直期待出来ない。

 その証拠にビールっぽい飲み物を片手に苦い表情をしている。

 

「どーだろうな。そんな無駄な事する奴もいねえだろうし、試すほど余裕のある状況じゃねぇからな。もしかしたらキリ……いや、何でもねえ。忘れてくれ」

 

 誰かの事を考え、まるで脳内から掻き消すかのようにビール(酔う事は無い)を一気飲みするクライン。

 悲しげというよりも気まずいというニュアンスが含まれる遠くを見据える目付きは、そのキリ何とかさんとの関係を如実に想像させた。

 仲直り?する事を願っておこう。

 

「ぶっはぁ――で、だ。シュウよ、お前ェは今後どうするつもりだ?」

「うーん……防具も買いたいし、一度最前線に行って装備を新調して回復アイテムを補充してみる。そうしたらここに戻ってもう少しレベル上げって感じ」

 

 この三日間での狩りでお金(コル)も更に貯まった。

 レザーローブとその下に着ているアーマーシャツを初めとした防具の耐久値も下がっているため、そろそろ買い替えか鍛え直し時の筈。

 先生や皆には悪いけど、仕送りはちょっと延期という事で。

 

「じゃあよ、その後で良いから、ここにいるだけでもしばらく一緒に行動しねえか? ああ、パーティーとかじゃなくて、一緒にいるだけで良いからよ」

「……お人好し」

「うるせぇ」

「褒め言葉だって」

 

 本当、クラインは……いや、クラインの行動を咎めもしない風林火山の面々は、全員揃ってお人好しだ。

 一人だとオッサン達に報復を受けるかもしれないから、とりあえずの保護を買って出てくれる。

 勿論情報提供してもらうという打算もあるだろうけど、パーティーを組まず経験値分配を避けさせてくれるだけで、充分コイツらはお人好しの部類だろう。

 

「まあ、シュウ君はリアルラックっぽいですし、一緒に行動するだけでドロップアイテムとかのおこぼれにありつけるかも」

「それに使い魔の力も見れるしな。本当、自分だけのステータスを持ってて羨ましいぜ」

 

 好意的なギルドの人達。

 話していて気持ちの良い連中だからこそ、獣人の樹海捜索の先輩として後輩達の面倒を見るのも吝かじゃないと思ってしまう。

 純粋に先生達以外の人との交流に飢えているという心情もあるのだが。

 俺だって好きでソロをやっている訳ではないのだ。

 信頼出来そうな風林火山との交流を、俺が拒む筈が無い。

 

「りょーかい。それじゃあ買い物終わったらクラインに連絡して樹海内で合流するよ」

「あいよ。これからヨロシクな、シュウの字よ」

 

 クラインだけでなく他の面子ともフレンド登録を交わし、今日のところはポチと連れ立って自分の部屋に引っ込む。

 しっかりと鍵を掛けてから装備を外し、黒のランニングに白の短パンというラフな格好になってから、ポチと一緒にベッドへダイブ。

 うつ伏せになりながら始まりの街にいるサーシャ先生宛のメッセージを打つ俺の手は、どこか軽やかだった。

 

(――ということで、新しい相棒も出来たし、こっちは大丈夫ですよっと。それに――)

 

 

 

 ――それに、信頼出来る知り合いが出来た。

 

 

 

 新しい相棒と信頼出来る友達との出会い。

 それが、俺の機嫌が良い理由だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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