魔物王の道   作:すー

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一部スマフォで書いた部分があり、文最初の一文字空けがうまくいっていない部分があります。

余裕が出来たら直しますのでご了承願います。


第十九話 魔物王Ⅴ

 その声を忘れた事は無かった。

 あの悪夢を思い出さない事は無かった。

 何度も何度も夢に出て、思い出して、その度に不安定になる心を必死に押さえつけた。

 最大級のトラウマ。俺がソロプレイを続ける一番の原因。

 あれから表立っての目撃情報が無くて油断していた。

 プレイヤーの生死を示す《生命の碑》で斜線が引かれていないから生きているのは知っていた。またの遭遇を危惧しなかった事は無い。

 なのに、何故、

 

「クックック、アーハッハッハッ!? 待ってた、待ってたぜぇ、この時をよぉ!」

 

 何故、こんなタイミングでグルガと遭遇してしまうのだろうか。

 

 髪色は以前の黒とは似ても似つかない金。おそらく変装のために変えたのだろう。趣味の悪いロングの髪が死ぬほど似合わず、貴公子とは程遠い姿は下品の一言。

 しかし獰猛さを見せ付ける肉食獣染みた雰囲気は健在。

 その不愉快な切れ目や口調は侮蔑以外の感情を向けるに些かの躊躇も無かった。

 六層の農村《ニーヴァ》で見た時とは似ても似つかない髪形。十層の《地底街区》で攻撃された時と同じ下卑た声。

 

 笑い声が近付いてくる。足音は三人分。

 俺の《耐毒》を貫通する高レベルの毒とポチの索敵を逃れたスキルと装備。

 アイツ等の実力は十ヶ月前とは比べ物にならない。

 まごうことなく、相手は強敵だ。未だ嘗て無いほど最悪な。

 

「よぉ、久しぶりだなぁ、クソガキ」

「……グ……ガ……」

 

 砂利を踏んでいた足音が止む。

 その声に生理的な嫌悪感を抱くからか、グルガの声は渓流の音に負けず意識の中に入り込む。顔側にしゃがんだグルガは俺の髪を掴み上げ、顔を覗き込んできた。

 下衆な表情を更に歪めたグルガの目に宿るのは、狂喜。

 瞬時に悪寒が全身を駆け巡り、硬直させた。

 

「お、覚えていてくれたのか? でもな、名前はハッキリ言おうぜッ!」

「――ッ!?」

 

 麻痺しているにも関わらず衝撃はしっかりと伝わるらしい。

 つま先が腹に突き刺さる。

 身体が宙に浮き、視界がグルガから憎いほど蒼い空へと切り替わる。

 一割未満の、ほんの僅かに減少したHPバーが視界に入った。

 それだけで俺の心は凍り付いた。

 

 ゴツゴツした地面に打ち付けられ、自分でも分かるほど顔が苦痛で歪んだ。

 肉体的な痛みは無い。ただ無力な自分と暴漢達が狂いそうになるほど腹立たしい。

 嗤いながら近寄ってくるグルガを睨み付ける事しか出来なかった。

 

「まったく、辛かったぜぇ。いつの間にか指名手配だからな。テメェだろ、リークしたのは。お陰ですっかり日陰モンだ」

「……じご……じと、くだ……」

 

  挑発の笑みを浮かべた途端、今度は爪先蹴りが頬に突き刺さる。

 

 グルガ達オレンジプレイヤーの情報は広まるのが早い。

 可能なら記録結晶で写真を、ダメでも人相書が世間に流布される。

 そのお陰で表立った行動が出来なくなったグルガ達は悲惨な生活を送ってきたらしい。

 本当、心の底から思う。ふざけるな、と。

 そしてまだ悪魔の所業は始まったばかりだった。

 

「おーい、グルガ。このサンリーフ・フェアリーはどうするよ?」

 

 それは、俺にとって人質を取られたのと同義。

 グルガに意識を取られて気付かなかった。

 いつの間にか近くに寄っていた取り巻き二人。

 その内の一人がマチ針みたいなピックの突き刺さったスーちゃんの襟首を掴み、眼前に掲げてゆらゆらと揺らしている。

 身体に刺さったピックが痛々しかった。その青ざめて痙攣している表情に不安がこみ上げてくる。

 

 握っている片手剣。卑しい目。嗤う口許。

 その全てが不吉な未来予想を押し付けてくる。

 

「は……な、せ……ッ!」

 

 意気込んでも手足は動かない。視線だけで相手は倒れてくれない。

 どこまでも無力。どこまでも理不尽。

 しかし諦められるはずが無い。彼女はもう俺の大事な仲間だ。守るのは主人たる俺の役目。そんな俺の努力を、希望を、

 

「あン? ……チッ、確かそいつ、麻痺毒使うんだったな。ンなもんさっさと始末しろ」

「あいよ」

 

 そんな俺の気持ちを、大事な者の命を、こうして奴等は嘲笑うのだ。

 

「待……っ」

 

 うつ伏せに転がされ、再度髪を掴まれて強制的に見上げる形になる。

 俺は、その小さな身体が宙に放り出されるのを見ている事しか出来なかった。

 絶望に染まる表情を血の様に赤いライトエフェクトが染め上げる。

 単純な袈裟斬り。しかし威力は中級に恥じない破壊力を持つ。

 片手剣単発技《レイジング・エア》が妖精の身体を強襲した。

 

 小さな身体に刻まれる紅の軌跡。

 切られた挙句地面に叩きつけられ、その身体が跳ね上がる。

 防御姿勢も取れずクリティカルヒットした彼女のHPは赤の危険域に達していた。

 

「お、一発じゃ無理か、なら――」

「や……やめ……スーちゃ……」

 

 感心した声を出したのは片手剣の金髪男ではなく、その横で岩に背中を預けながらふざけたショーを見物していた斧使いの男。

 その筋骨隆々の巨漢をのっさりと上げ、背負っていたバトルアックスをゆっくりと持ち上げる。

 その所作は、まるで薪割りをする樵の様でいて、

 

「――これなら、どうよ!?」

 

 そして罪人の首を切り落とす処刑人の様であった。

 

「……あ……あぁッ……が、あぁああッ!?」

 

 それは、まるで声ならない獣の慟哭。

 自分でも何を言っているのか分からない。

 ただ、喉を潰す勢いで叫びながら、淡いポリゴン片と化して砕け散るスーちゃんからは、いつまでも目が離せなかった。

 仲間になって一日も経っていない。ポチ以外は対面すらまだだ。

 僅かな期間しか一緒にいなかった小さな妖精。

 

 その妖精と肩を並べて歩く時は――もう二度と訪れない。

 

 その事に気付き、悲嘆の叫びはより高く崖下に響き渡った。

 一点を見詰めて涙を流す俺の耳元にグルガの囁きが届くのは、それから直ぐの事だった。

 

「なーにショック受けてんだか。たかがゲームの駒だろ、アレ」

 

 気付いた時、俺はがむしゃらに右手を振り回していた。

 今はその愉悦に溢れたクソッタレの顔をぶん殴りたくて仕方が無い。

 そして幸いにも裏拳気味に振り回した右手はグルガの顔に吸い込まれ――否、寸前で顔を逸らして回避された。

 

「くっ!」

「おっと、麻痺が解けんのが早ぇな。もしかしてテメェ、あの時のがトラウマで《耐毒》スキルを上げてんのか?」

 

 グルガの左手が俺の後頭部に伸びる。

 背中に片膝を乗っけられて身動きを封じられる。

 それでも起き上がろうとした俺は、無様にも横面を地面に叩きつけられた。

 こめかみを捕まれ、頬を地面に押しつけられているため半分しか視界が利かない。

 スーちゃんを失った悲しみと怒りで込み上げた涙が視界をぼやけさせる。

 その時、短剣の刃が少し見えた。

 黒羽よりも小さい、刃渡りは十センチ程度の小さな短剣。

 波の様にウェーブを描く刀身からは毒々しい色の液体が零れ落ちている。

 背中に刺さり、今はもう消えている麻痺効果付きのピックと同じ、麻痺効果のある高レベルの短剣である事を瞬時に把握した。

 

「……して……や……る……っ!」

「出来たら良いな。頑張れよ」

 

 首の辺りに不快な衝撃を感じた途端、また俺の身体は錆び付いた人形みたいに動かなくなる。

 恨みの言葉を平然と受け流すグルガは取り巻き二人を手招きした。

 殺人者三人が俺を取り囲む。

 

「さて、まずは身包みを剥がないとな。流石に攻略組をそのまんまってのは怖くていけねぇ」

 

 そう言うや、グルガは俺の外套を捲るとベルトに着けていたポーチを強奪する。これで中に仕舞っていた結晶アイテムと回復ポーションは失われた。

 その間残りの二人は、俺の右手を使って俺のメニューウィンドウを出現させている。

 他人のウィンドウは開けないが、俺の手を使う分には問題無い。

 

「おい、どこだ?」

「えーっと、《可視モード》は多分そこら辺だ」

 

 自分のウィンドウ画面は自分にしか見えない。そう保護フィルターが設定されている。

 そしてウィンドウに表示されているアイコン位置は全プレイヤー共有。

 だから自分のウィンドウと照らし合わせて他人にも視認出来る《可視モード》を探し当てた二人は、自由の利かない俺の手を操り、そのモードをオンにするのだ。

 

 俺のウィンドウが暴かれる。

 プライバシーも何もあったもんじゃない。

 身の内を曝け出すに等しい行為を強要されるのは遺憾であり、屈辱。

 

「おお、持ってる持ってる! すっげぇ!」

「全部でいくらだよコレ!?」

 

 俺の力無き罵倒はそれ以上の歓喜の言葉に掻き消される。

 アイテムストレージを眺める三人の目は醜悪な光を発し、爛々と輝いていた。

 

「ふざ……っ!?」

「おいガキ。やっかましいからちょっと黙ってろ」

 

 罵倒しようと口を開けば殴られ、蹴られ、三人そろってカーソルをオレンジに変えた面々は、そのアイテムを奪い取るべく、装備品以外の全てをオブジェクト化するボタンを押させようとする。その時、

 

「――まったく、何をしているんだか」

 

 呆れた口調のバリトンボイスが耳に届いた。

 

 ゆっくりとこちらへ歩み寄って来るのはカソックに身を包む似非修道士。

 知的な風貌。優しくて、爽やかな笑み。

 そして、ロープを攻撃し、俺を突き落とした男。

 

「ク……ロノ……ス……」

 

 彼の姿を確認したグルガ達が気さくに手を上げるので、やはりクロノスはコイツ等とグルなのだろう。

 

 何故、今になって。

 どうしてこのタイミングで。

 

 漸く信じられた矢先に裏切りに遭った俺は、どうしたら良いのか分からなかった。

 

 グルガは麻痺が切れるのを恐れたのか、三度俺の肌をナイフで傷付けると、立ち上がってクロノスと対峙する。

 

 その際、クロノスの眉根が不機嫌そうに寄ったのを、確かに見た。

 彼の表情には明らかな侮蔑が宿っていた。

 

「シュウくんを無駄に痛めつけるのは感心しない。アンタの目的はシュウくんへの復讐のはずだ。この子を殺せればそれで良いと言ったのは誰だった?」

「ク……ロノス……」

 

 俺を殺す。

 クロノスは俺を売ったと自ら認めた。

 今まで認めていたクロノスが。今後も積み上げていく筈の信頼の絆が。

 それが修復不可能なほど崩れていった。

 目元から、いつのまにか涙が零れていた。

 

「おいおい。こちとら色々とやんねぇと腹の虫が治まんねぇんだよ」

「そんな事は知らない。依頼された身ならそのぐらい守ったらどうだい? それにアンタ達には大金を払っているんだ。それ以上欲張るな」

 

 そしてクロノスは語る。

 俺のアイテムは全て換金して教会に寄付する。だからグルガ達に分配する余裕は無いと。

 一瞬、クロノスが何を言っているのか理解出来なかった。

 俺を殺す理由なんて物盗りくらいしか思い浮かばない。

 それが何故教会への寄付に繋がる。

 

 その時、俺の脳裏にある考えが思い浮かんだ。

 もしかしたら俺は勘違いしていたのかもしれない。

 騙されたと思っていた。コイツも教会の皆を、サーシャ先生を騙して近づいたのだと思っていた。

 

 しかし、もしそれが嘘じゃなかったとしたら。

 

「ク、ロ……な……んで……」

「ゴメンね、シュウくん。でも君が生きているとサーシャさんの悩みは消えないんだ」

 

 クロノスはいつもの笑みを浮かべていた。

 それは愛を知った者だけが作れる笑み。

 本当に守りたい人がいるからこそ、作る事の出来る覚悟の眼差し。

 先生の事を語るクロノスに嘘は無い。先生を第一に考え、本当に愛している。

 

 だからこうして、先生の抱く最大の不安材料を消しにきた。

 

「ずっと君の事を心配している。それはもう、本当にずっとね。見ていて痛々しいよ」

 

 先生を愛するクロノスだからこそ、その笑顔が仮面である事を見抜けないはずが無かった。

 空元気。不安を押し殺し、気丈に振舞う優しい教育者の笑み。

 そう、先生はそういう人だ。不安は絶対に隠そうとして、俺たちに心配を掛けないように努めている。

 

「だからね。彼女の不安は排除しなくてはいけない。君なら分かってくれるだろう? 君も僕と同じで、サーシャさんが大好きなんだから」

 

 だからクロノスは俺を排除したくてこの凶行に及んだ。

 全ては先生の心の安寧を図りたいがために。

 

「攻略組を諦めてくれたら話は簡単だったけど、君の決意は固かった。あんなに何度も説得したのに……理解してもらえなくて残念だよ、本当に」

 

 そうか、だからクロノスは執拗に俺の説得に掛かっていたのだ。

 今更ながら理解する。そして、もう遅い。遅すぎた。

 

 この一年で到達した階層は四十六層まで。

 今後も強敵が立ちはだかり、最初の頃に比べて徐々に攻略ペースが落ちている事を考えたら、まだクリアするには二・三年掛かる。

 

 そんな長い期間、ずっと先生に不安を強いるのか。

 張り詰めた心で生活させるのか。

 数年も不安に駆られる彼女を見たくない。

 ゴールの見えない道を歩かせる訳にはいかない。

 ならばいっそのこと、その原因を早い段階で摘んでおこう。

 

 俺が死んだら先生は悲しむ。

 きっと、俺が戦う事を容認し、止めさせられなかった自分を責める。

 もしかしたら心が壊れ、自殺を図るかもしれない。

 

 しかしクロノスはそうならない確信が、またはそうさせない自信があった。

 

「君が死んだと知ったら確かにサーシャさんは悲しむ。けど大丈夫だ。僕や教会の皆がしっかりフォローするから。君もサーシャさんの強さは知っているだろ?」

 

 

 ――君の死を乗り越えて生きていける。なら、早く君を排除するのは最終的にプラスになる。

 

 

 そう笑顔で言ってのけるクロノスは、傍から見ても狂気に支配されていた。

 愛は盲目とはいうが、その所為でここまで倫理観の外れた者は見た事が無い。

 あのグルガ達ですら平然と先生への愛を語る姿におぞましいものを感じたのか、ゆっくりと距離を取り始めている。

 悲しみは時間と愛する人達が癒してくれると結論付ける先生至上主義者は俺に笑いかけた。

 まるで安心させる様に。

 それは志を同じくする理解者に向けられる、信頼の証だった。

 

「だからね、シュウくん。心配しなくて良いよ。約束どおり男同士の誓いは守る。僕が彼女を幸せにしてみせる。期待には応えるさ。君に認めてもらった事だしね」

 

 

 

 

 

 おそらくクロノスには俺を騙していたつもりは無かったのだろう。

 

 

 

 

 

 平常通りの思考能力で俺を排除する結論を導き出し、道端の小石を退ける感覚で実行したに過ぎない。

 彼に狂っている自覚は無い。殺される俺がクロノスを恨むとは一片たりとも思っていない。

 先生のためなら命を投げ出すのは当然で、志を同じくする俺ならきっと同意してくれる。

 多分立場が逆なら、クロノスは自ら命を絶っていたかもしれない。

 

 俺は、先生達は、この男の異常性を丸っきり理解していなかったのだ。

 

 愕然とした面持ちで、信じられないものを見るような目でクロノスを見る俺に、彼は小さく安堵の息を溢した。

 

「ああ、しかし計画通りに事が進んで一安心だ。まったく、昨日彼等と打ち合わせをした直後に君と出会ったのは冷や汗ものだったよ。もし話を少しでも聞かれていたら失敗は確実だったからね」

 

 つまり昨日用事があるから先に帰った一団とは、このグルガ達だったのだろう。

 街中で殺しの計画を立てるよりもフィールド・ダンジョン内の方が人目に付き難い。もしかしたら彼らと会っている所を他のプレイヤーに見られたくないからクロノスが提案したのかもしれない。

 そして、本人にとって密会はソフトバードを狩るついでの些細な出来事に過ぎなかった。

 

 オレンジになりたくないからグルガに依頼した卑怯者は、俺と最後の別れを告げた気でいるのか、納得顔で立ち上がった。

 

「相談に乗ってくれてグルガさん達を紹介してくれた《彼》には改めて礼を言うとして。――さあ、後は苦しまないように一撃で……ッ!?」

 

 ――そして背後からグルガに斬り付けられ、その長身を地面に横たえさせる。

 信じられない。何故、自分は身動き取れず地面とキスする羽目になったのだろう。

 そう驚愕に目を見開き、クロノスは下手人を見上げた。

 

「わりぃな、クロノスさんよ。こっちにも事情ってのがあるんだよ」

 

 今まで俺達のやり取りを傍観していたグルガは、その下卑た嗤いをクロノスにも見せ、ついでと言わんばかりに俺も毒ナイフで傷付け、更に麻痺状態に陥れた。

 同種の笑みを貼り付ける取り巻きもクロノスを囲い、明らかに彼は狼狽姿を露見させ、初めて恐怖の眼差しを向けた。

 

「……なに、を……」

「アンタには感謝してるぜ。フィールドでは常にシルバー・ヴォルクがいるから不意打ちが効かねぇ。こうでもして使い魔を収納させ、更には人気の無いフィールドに誘き寄せてくんなきゃ、コイツを麻痺らせるなんて無理だからな」

 

 そして何度か暴行を加えられて分かったが、少なくともグルガのレベルは俺と比べてそう高くない。

 おそらくクロノスよりも低いだろう。多分取り巻き達も似たようなレベル。あの武器が持つ毒だけが実力に不釣り合いなほど強いのだ。

 そんな実力しか無い自分達では、強力な使い魔を侍らせる俺を、例え不意打ちといえど討ち取れる気にはなれなかった。

 多人数で攻めておきながら頻繁に麻痺させるのも、俺の実力を恐れている証拠。

 街中でも警戒を怠らなかった俺を殺すには、こうでもしなきゃ達成出来ないに違いない。

 

「だからよ。これは手伝ってくれた礼だ」

 

 そこからは見るに耐えない暴力の応酬だった。

 感謝を込めて苦しまないよう最大攻撃を何度も何度も浴びせられ、恐怖に錯乱するクロノスが弾け飛ぶのに十秒も掛からなかった。

 断末魔が響く中、最後に声無く呟いた人名が、誰を指していたのか。

 それを一生知る事は叶わない。そもそも二度と合う事も無い。

 愛に狂った一人の男は、実に呆気なく命もろとも身体を散らした。

 

「さあ、邪魔者はいなくなった。あとは楽しい楽しいショーの始まりだぜ」

 

 幻想的なまでに綺麗な《人だったモノ》を浴びながら、こちらを振り返るグルガ。

 クロノスの次は、当然俺の番。

 しかしグルガ達の行動は分からないことだらけだ。

 

「なに、が……ねらい、だ……ッ! ころ、すなら……さっさと……できる、だろッ!」

「そうしたいのは山々だけどよ。言ったろ、こっちにも事情ってのがあるんだよ。――おい」

「オーケー」

 

 斧使いが《完全オブジェクト化》をクリックし、膨大なアイテムがオブジェクト化され、辺りに散らばる。予備の武具。大量の食料。野外道具。多種多様なアイテムが砂利の上に散乱する。

 続いてグルガ達は俺の装備も外しに掛かった。

 

 愛剣の《黒羽》。

 黒いローブ《ブラック・オブ・ウィザード》。

 ボス戦で入手したユニーク品《ブーツ・オブ・サイレント》

 防寒性に富んだ《ホットウェア》と《ホットズボン》

 手を保護する《ファントム・グローブ》

 手編みのマフラー。

  どんどんアイテムが収納される。

  そして、四角い三つのボックスにも手が掛けられた。

 

「ポ、チ……みん……な……」

 

 装備は全て剥がされ、今身に付けているのは質素な黒シャツと短パン。宿で過ごす普段着。

 流石に《衣服全解除》までされる事は無かったが、屈辱的なことに変わりはない。

 例の如く手を勝手に動かされ、無理やりモンスターボックスを開放。

 そして現れる毎にグルガのナイフがポチ達を切り裂き、その身体を地面に横たえさせる。

 ポチも、タマも、その力を発揮する前に無力化された。

 ただ、一つの例外を除いて。

 

「うん? おい、グルガ! こいつ麻痺が効かねえ!?」

「チッ、ならいい、始末しろ! 二匹いりゃ充分だ!」

 

 もともと防御性能に優れるクロマルは耐毒性能に富んだモンスターの一体。

 幸運にもクロマルは毒牙から逃れ、しかもその高い防御力から大したダメージも負っていない。

 これは、チャンスだ。

 反射的にクロマルの近くにいた取り巻きその一、その軽薄な笑みを浮かべる金髪男に憎悪の眼差しを向ける事でターゲットカーソルを合わせる。

 

(食ら……っ)

 

 魔物王上位突進技《ブル・パレード》を顔面に叩き付け様として、しかし寸での所で踏み止まった。

 攻撃性能が皆無のクロマルでは突進させても致命傷を負わせる事は出来ない。

 幾分か怯ませる事が出来ても直ぐに捕獲される。

 クロマルの足は遅いのだ。

 その際、怒りを買えば惨たらしく殺されるかもしれない。

 なら、例え僅かな望みであっても、クロマルには逃げ切ってほしい。生きてほしかった。

 

「にげ……にげ、ろ……ッ!」

 

 しかし、

 

「はっ、馬鹿かよ、こいつ! 自分から殺られに来たぜ!」

 

 何故あれほど忠実だったクロマルは、《意思伝達》を無視して俺の方に近寄ろうとするのか。

 《魔物王》を完全習得した俺の命令に逆らうクロマル。

 執拗に剣で斬り付けられ、戦斧で叩かれながらも、クロマルは必死に俺へと近付こうと頑張っている。

 それはまるで、主人たる俺を助けようとしている様に見えた。

 

「い、いい、から……ッ! お、れは……いい……からッ!」

 

 俺の事は放っといて逃げて欲しい。

 助けようとしてくれるのは本当に嬉しい。嬉しくて涙が流れてくる。

 様々な光に彩られるソードスキルの嵐に遭い、その命を刻々と削っていても、一向に逃げる気配は見せなかった。

 緑の安全域から黄色の注意域、そしてHPは赤の危険域に到達する。

 

「クロ、マ――ッ!」

 

 俺の言葉はクロマルには届かなかった。

 クロマルの前を阻み、死に体だったクロマルに容赦無く振り下ろされたのは、不気味なほど赤黒い細身の刃。

 いつの間に装備をチェンジしたのか。切るだけでなく突き刺す事にも特化していそうな両刃の剣はクロマルの防御力を突破し、その固いボディを刺し貫く。

 身体が停止。一瞬後には四散する身体。

 何度も見てきた死亡プロセス。

 それが仲間のものになると、幻想的なポリゴン片がこうも不気味で歪んだものに見えてしまう。

 

「たくっ、手間取らせやがって」

 

 クロマルを刺し殺したグルガは舌舐めずりをしながらこちらを振り向く。

 再び装備を毒ナイフに切り替え、歯が砕けるほど強く噛み締める俺の前に、再びしゃがみこんだ。

 

「さーってと。おいガキ――やっぱり、生きたいか?」

 

 最初、その言葉が理解出来なかった。

 生きたいか。そんなの生きたいに決まっている。

 俺は自殺志願者ではないのだ。

 

「お前の態度次第じゃ、もうしばらく生かしてやっても良いぜ」

 

 グルガの言葉が深く耳に浸透する。

 不意に沸いて出た希望に心が揺れるも、同時に疑問と不安が重く圧し掛かった。

 俺を生かすメリットなどない。

 現にクロノスは、俺に復讐するのがグルガの目的だと言っていた。

 なら、これは上げて落とす作戦に違いない。

 

 しかし実態は、俺の予想を超えて更に酷い悪魔の提案だった。

 

「テメェの手で、残りの二匹を始末しな。そうすりゃ助けてやる」

 

 頭が真っ白になった。そして直ぐ、血管が切れて憤死するほどの激情に支配される。

 俺がポチとタマを殺す。何の冗談だ。笑い話にもならない。

 

「へっへ、まあ、そうすりゃ見逃してやっても良いぜ」

「………………」

「さあ、どうす――」

 

 だから俺は、気付けば必死に頭を動かし、その近づけた汚い面に唾を吐き掛けていた。

  最大の侮辱を与えるために。

 

「バ、カが……あたま……わる……いな……」

 

 どうせ自ら殺しても、コイツ等が約束を守るはずがない。

 ならせめて、コイツ等の手に掛かるより俺自らの手で介錯した方が、ポチとタマは幸せかもしれない。

 しかし、俺はその方法を取ろうとは思わなかった。

 

「――お、っさん」

 

 

 何故なら、俺がコイツ等の言いなりになるのはポチ達も我慢ならないと思うから。

 

 

 おそらく、俺はここで死ぬ。

 ポチ達も死ぬ。

 身体が言う事を効かなくて一矢報えないのなら、せめて心だけでも抵抗する。

 奴等を楽しませる様な事はしない。

 盛大に侮辱し、嘲笑い、死んでやる。

 

 改めて俺は、コイツ等に屈しない決意を抱く。

 

 そして狂った様に笑い声を上げるグルガに蹴られ、その身を強く大岩に打ち付ける事となった。

 

「ハハ、アーッハッハ! ――おい、その二匹を始末しろッ!」

「おうッ!」

「待ってましたぁッ!」

 

 大岩を背に崩れ落ちながら前方を見ると、そこには剣と斧の刃に切り刻まれる仲間の姿があった。

 しかし、よくやったと言っていそうな強い眼光を二人分受け、ふと笑みが浮かび上がる。

 そんな俺が袈裟懸けに切り裂かれたのは、直ぐの事だった。

 

「直ぐには殺さねぇッ! 通常攻撃でたっぷり甚振ってから殺してやるよ、このクソガキがぁあああああああああッ!」

 

 その宣言通り攻撃は長く続いた。

 防具は装備していないので元々のレベル差だけで持ちこたえる。

 手加減している嬲り殺しの一撃はゆっくりとHPを削り取った。

 

 おそらくこのままでは後一分程で俺は死ぬ、

 死ぬのは怖い。気丈に振舞っているが直ぐにでも身体が震えそうになる。

 

 しかし、実は希望がまったく無い訳でもなかった。

 それは殆ど奇跡に近い確率だ。俺も確信は持てない。

 けど、生き残れるのなら当然生きたい。

 生きて――ポチ達の仇を取りたい。

 

 最後まで諦めない。

 

「あ、おい、グルガ。甚振る前にもう一度麻痺らせた方が良いぞ!」

「そうだな。速く《インフェクサー》に持ち替えろ!」

 

 

 もう、ポチ達の姿はどこにも無かった。

 

 

 岩に腰掛ける取り巻き達は今までの麻痺時間を参考にして、頭に血が昇って冷静な判断が出来ていないグルガにアドバイスをしてくる。

 しかしここで誤算だったのは――俺にとっては幸運だが――《耐毒》の熟練度。

 全てのスキルに該当するが新技や新たな効果を発現するのは大体がキリの良い数字だ。

 暇を見つけては宿屋でわざと麻痺系統の効果を及ぼす飲料物を飲み続けた結果、《耐毒》の熟練度は五九九。

 そして《耐毒》の効果は毒系統の異常状態の無効化と通常時に比べて速い段階での症状回復。

 幸いな事に高レベルの毒を受けて俺の《耐毒》スキル熟練度は六〇〇の大台に乗っていた。

 

 つまり――、

 

「な……ッ!?」

 

 

 ――つまり、麻痺が解けるのが今までより少し早いということだ。

 

 HPは残り45。

 殴られ、蹴られ、切られ、地面に叩き付けられた身体。

 倒れた状態から瞬時に起き上がり、ウィンドウを開いたまま驚愕するグルガの懐に素早く潜り込む。

 今手元に武器は無い。防具らしい装備も無い。

 それでもこの身があればグルガを吹き飛ばす事ぐらいは容易だった。

 

「こ、の、クソ野郎ぉおおおおおおおおおッ!」

 

 瞬間、グルガの腹部から眩い閃光が迸る。体術スキル《ヘビー・ボム》の輝き。

 懇親のボディブローはグルガの身体をくの字に曲げ、殴り飛ばす。

 それに追走しながら右手を下に一閃。

 出現したウィンドウの《クイックチェンジ》をタップして予備の《黒羽》を装備。

 まだ全てのアイテムを収納しきれておらず、登録してある武器が敵の懐に入っていないのが幸いだった。

 《疾走》スキル全開。素足のままで地を駆ける。グルガが落ちる寸前で短剣三連撃技《トリプル・エッジ》を叩き込んだ。

 

 とにかく今はコイツ等を倒し……いや、殺したくて仕方が無い。

 ポチ達と同じ目に合わせなくては俺の気持ちは治まらない。

 怒りで視界が真っ赤に染まり、しかし頭の中は異様なほど静かで、冷たい。

 

 

 ――反逆の狼煙はグルガの悲鳴で幕を開けた。

 

 

「クソッ! おい、速く援護しろお前等!」

「あ、ああッ!」

「このガキがッ!」

 

 ギリギリ生き残ったグルガが俺から奪った回復結晶で全快する間、取り巻き達が時間を稼ぐ。

 脳天を叩き切る降り下ろしの片手剣と、時間差で右側から襲い掛かる斧の一撃。共に青と黄色のライトエフェクトを纏う技を受けたら死は免れない。今の俺はたった一発でも受けたら即死する。

 

  (関係ない!)

 

 けれども今は死への恐怖よりも怒りが勝った。

 半身になって攻撃に備える。鼻先一センチの部分を刃が通り過ぎ、屈んだ瞬間に頭上を斧が通過する。

 相手の隙を逃さず、屈んだまま片足を軸に一回転。

 半径一メートルに円状の衝撃波が迸る。

 二人まとめて足払いをかける右足が黄色の光を帯びていた。

 体術中級技《旋回脚》。

 堪らず仰向けに倒 れこむ取り巻き達。当然、彼等が体勢を立て直す隙は与えない。

 

 短剣五連撃技《ラピッド・スレイヤー》

 短剣熟練度が八〇〇を超えた時に覚えた高速の五連撃のうち、最初の降り下ろしと切り返しの二連撃を倒れている片手剣使いに。繰り返し行われる同じ動作とトドメの突きを斧使いに叩き込む。

 圧倒的なレベル差。上級スキルに加えクリティカルヒット。

 二人のライトアーマーが砕ける時、それは彼等の戦意が砕けるのと同義だった。

   

「ひゃわっ!?」

「あ、うわぁああああッ!?」

 

 回復する手間を惜しんで二人は逃げ出す。

 一つは上級とはいえたった二発で彼等のHPは半分削れた。

 更にメイン防具は破壊され、新たな防具を装備する時間は得られないと判断したのだろう。

 逃げるのは賢明と言えた。

 

「あ、テメッ、この待ちやがれ! おい、戻れ!」

 

 転移結晶を使う余裕が無いほど恐慌状態に陥った二人に叫ぶグルガ。

 しかし、それが決定的な隙を作った。

 グルガが正面を向く頃にはもう接近を終えている。

 ソードスキルは使わない。自らの力のみで、グルガの腹を再度殴り付けた。

 

「ーーガハッ!?」

 

 衝撃でグルガの目が見開かれる。

 あの二人は逃したがコイツだけは逃がさない。

 簡単には殺さず徹底的に恐怖と後悔を刻み込み、八つ裂きにする。

 そうしないと、俺はもう自分を保てない。

 

「こい、卑怯者」

「くそっ、くそくそくそくそくそぉおおぉおッ!」

 

 追撃は仕掛けずグルガが立ち上がるまで待ち、空かさず挑発。

 俺の殺気と何時でも距離を詰められる体勢から逃げ切れないと悟ったグルガは両手剣を手に斬りかかってくる。

 上段からの切り下ろしを半身になって避ける。刺突は下から打ち払い、横薙ぎの一閃を短剣の腹で止める。

 決して俺からは攻撃せずにグルガの攻撃を全て防御。精神的に追い詰める。

 そうして幾合かの打ち合いを経て、堪え性のないグルガに限界が来るのは早かった。

 

  「ナメんじゃねぇぞクソガキぃいいぃいっッ!」

 

 距離を取ったグルガの身体が沈む。スタートダッシュを図るような体勢から瞬時に攻めに転換。限界まで引き絞った剣を、踏み込んだ体重に乗せ一気に突き出す。

 両手剣突進技《ソニック・ブレイズ》。

 

(それを待ってた)

 

 極限まで高まった集中力のせいか、知覚のバグか。この時俺は凄まじいスピードで接近してくるグルガの行動が手を取るように分かっていた。

 突き出された剣が攻撃判定を発生させる前に紅いライトエフェクトを撒き散らす黒羽を剣の腹に真横から打ち付ける。

 耳をつんざく金属の破壊音は、思いの外周囲に響いた。

 システム外スキル《武器破壊》。

 一度だけキリトが戯れに見せてくれた超高等技。

 耐久値の下がった武器の構造上脆い部分に強攻撃を加えることで、任意に武器を破壊する技。

 グルガの武器は見た目からして細い。加えて耐久力に優れたクロマルや、ランクの高い黒羽と何度も打ち付けあった。

 耐久値が著しく下がっていた武器の末路としては当然の結果だ。

 

 武器を失って呆然自失しているグルガの足を払い、仰向けに倒れる奴の腹に踵を落とす。

 地面で跳ね返るグルガの頭を蹴り飛ばし、奴のHPを確認。

 細心の注意を払ったのでまだ二割程度しか削れておらず、もっといたぶれると知って口角が吊り上がった。

 

「ひぃっ!? わ、悪かった! 悪ガァッ!?」

 

 上体を起こし、尻餅を着いたまま後退るグルガの顔に飛び膝蹴りが突き刺さる。

 

 

「お前だけは絶対に許さないッ!」

 

 簡単に殺さないよう痛め付ける俺を見たら、きっと色んな人が悲しむに違いない。

 

「待っ、待ってくれ! もう手を出さねぇからっ!? お前の前に二度と現れねぇよ!だ 、だから……だから!」

 

 殴り、蹴り、投げ飛ばし、切って、突き刺す。

 死の恐怖で泣きわめくグルガを大岩に追い詰める。

 この時、グルガのHPはもう残り一割を切っていた。

 背後の岩が邪魔で後退る事も叶わない。

 これで最後。弓の様に引き絞った黒羽から紅のライトエフェクトが迸る。 

 グルガの悲鳴が耳障りだった。

 今さら命乞いをしても許してやらない。ポチ達は命乞いをする暇も無く不条理な暴力に散っていった。

 だから同じことをする。因果応報。

 

「ひぃっ、死……死にたくねぇええぇえぇえッ!?」

 

 そして俺は刃を突き刺した。

 

 

 

 

 

 ――グルガの頬から僅か一センチ横を。

 

 

 

 

 容赦は、しないつもりだった。

 それなのに、

 

「――――もう、うんざりだ」

 

 何もかもが嫌だった。

 こんな空しい敵討ちも、こんなクズと関わるのも。

 

 何より、直前になってこんなクズの命乞いに躊躇ってしまい、殺せなくなってしまった弱い心が嫌だった。あんな事をしたのに、死にたくないという気持ちが分かってしまったから。

 

 誓ったはずなのに、ポチ達の仇を討つと。

 誓ったはずなのに、少なくともグルガはこの手で殺すと。

 

 それなのに、俺の手は殺意に反して動いてくれなかった。

 

「命乞いするなら……謝るくらいならこんなことすんなよッ!? 何で俺に逆恨みすんだよッ!? 何でそんなにクズなんだよッ!? 何でポチ達を殺したんだよッ!? 何で俺達がこんな目に遭わなきゃなんないんだよッ!?」

 

 犬歯を剥き出しに怒鳴り散らす。

 行き場の無い怒りを抑える事が出来なかった。

 一度弱音を吐いたら、あとはもう吐き出すだけ。心の堰はとっくに切れている。

 湯水の如く溢れ出るドロドロの気持ちを、ぐちゃぐちゃになった心を、どう保てば良いのだろう。

 

 短剣を引っ込め、代わりに怯えるグルガの横を左手で殴りつける。

 先程の一撃のダメージも、蓄積していたのか。どうやら破壊可能オブジェクトだった大岩は体術スキルの一撃に耐え切れずガラガラと崩れ落ちた。

 

「ひ、ひぃいっ!?」

 

 これで完全に戦意を失ったグルガは一目散に逃走する。

 先に逃げた二人の後を追うようにフラフラの足取りで懸命に走る背中に、俺は一瞥もくれず、その場で憤怒と悲嘆を叫ぶ事しか出来なかった。

 

「もう、嫌だッ! うんざりだッ! ふざけんなッ! 邪魔すんなッ! 消えろ、消えろッ! 二度と俺の前に現れるなッ! もうッ……もう……消えてよ……頼むから……」

 

 感情に身を任せた怒声が勢いを無くす頃には、グルガの姿は既に離れていた。

 転げそうになりながらも無様に逃げる背中が遠ざかる。

 今はもうグルガの事よりも大事な仲間達を失った喪失感が。

 激情が萎んでいく虚しさだけが、心中で渦巻いていた。

 

「ポチ、クロマル、タマ、スーちゃん……何で……何で、こんなっ」

 

 手から黒羽が零れ落ちる。

 膝から崩れ、両手を着きながら涙を流す。

 今までの思い出が脳裏にフラッシュバックし、嗚咽が込み上げてくる。

 そして、俺は、

 

 

 

 

 

「――Suck、白けさせやがって」

 

 

 

 

 

 その声に、死を予感した。

 

 

 

 

 そして直ぐにこの世のものとは思えない絶叫が迸り、何かが――人間を構成する全てのモノが砕ける音が木霊する。

 俺が視線を左に、グルガの逃げた方に向けた時、ソレはもう終わっていた。

 

「わざわざ俺自ら面接してやったってのに、この体たらく。完全に無駄足だった」

 

 たった今、霞む勢いで大型のダガーを煌かせた男の声からは徒労の色が窺える。

 全身から不気味な気配と共に滲み出るのは落胆の色。

 人を切り刻み命を奪っておきながら、あろうことか漆黒のポンチョに身を包む男からは、まるで積み上げていた積み木を無造作に壊された様な苛立ちの声が上がる。

 人を殺めた事に関して欠片も罪悪感を覚えず、まるで面倒な作業だったと言いたげな雰囲気は、言い様の無い絶望を抱かせるには充分過ぎた。

 

 

 ――アレは、本当に俺と同じ人間なのだろうか。

 

 

 どこまでも冷たく、どこまでも不吉。

 平然と命を刈り取る死神。

 張りのある艶やかな美声に背筋が凍る。

 たった一声。それだけで俺の身体は、心は、恐慌状態に陥ってしまう。

 お陰で俺はゆっくりと歩み寄る長身痩躯の殺人者に反応出来ないでいた。

 その目深くフードを被るポンチョの男が砂利を踏む度に、俺の心は震え上がる。

 グルガの発した死の気配、殺人者の香り。それが児戯に見えてしまうほど桁違いの恐怖、悪寒。

 

 その恐怖の体現者の後ろから――偶然にも先の二人の逃げた先から――影が増え、最凶の短剣使いに追歩した。

 

「『相手を、殺す、だけじゃない。俺達を、楽しませろ。そうすれば、合格』。……くだらない、余興、だった」

「まったくだ。あそこは相手の手を掴んででも、無理やりガキ自身の手で使い魔を始末させるべきだってのによ。……少しは見込みがあると思ったんだがな」

 

 血の通った人間とは思えないおぞましい会話を続ける二人。

 ポンチョ男が不気味なら、新たに現れた人物もまた異質。

 襤褸切れみたいな布を纏い、髑髏を模したマスクの目は赤く発光している。

 短剣使いよりも死神みたいな黒色の男は、いちいち言葉を区切る特徴的な口調で喋りながら、血の色をした不気味な針剣を無造作に揺らす。

 刺突に特化したあの剣は、人を切り刻んだ大型ダガーとは別の恐怖を植え付けた。

 俺の心境を知ってか知らずか、二人は世間話をする様な気楽さで歩み寄ってくる。

 

「さっき逃げた馬鹿共はどうした?」

「始末、した。不備は、ない」

 

 ああ、その髑髏マスクの言が正しいのなら、あの逃げた二人も既にこの世にいないのだろう。

 余計、焦燥を味わう事になる。

 早く逃げなくちゃいけない。あの二人は危険だ。

 生存と防衛本能が何度も警鐘を掻き鳴らす。

 それでも俺の身体は、動いてくれなかった。

 

「アレは、どうする」

「ああ、アイツ等が執着していた奴は……Wow、これはこれは。世に名高い《魔物王》様じゃないか――」

 

 吐き気がするほど白々しい台詞を死神は口にする。

 脳を蕩けさせ、容易く人の意識に侵入し、犯す声は、その美しさ/不気味さを持って俺の心を更に縛り付け、見えない杭で体を地面に縫いとめる。

 俺を王族として扱う様な恭しい口調とは裏腹に、その内にはゾッとするほどの恐怖が込められている。

 死神の反応は、新たな玩具を発見した無邪気な子供。

 平然と残酷な事をやってのける死の使者。

 ヒュー、という、その心境を物語る口笛には薄ら寒いものを感じた。

 

 そして、その大仰な仕草はまるで喜劇の主人公。

 または観客に応える様に、ショーを披露するマジシャンの様に。

 悪のカリスマは一人のエンターテイナーとして呟いた。

 

「――イッツ・ショウ・タイム」

 

 

 

 

 

 

 

 




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