魔物王の道   作:すー

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第二話 高みの存在

 三十分前に第八層が攻略された。

 そんな情報が耳に入ったのは、俺が風林火山の薬剤師クエストを手伝って三日が経った昼時ちょっと前の事だった。

 初会合の時から一緒に行動し、周囲からの煩わしい勧誘と質問攻めの盾になってもらう代わりに、こっちは入手したゴブリンエイプの琴線を提供する。

 

 よくよく考えてみれば、筋線ではなく琴線。

 言わば感情の部分を薬の材料にするとか、結構ファンタジーめいた作業の手伝いをしていたんだなと、今更になって軽く実感する。

 一方的に虐殺される展開のどこにゴブリンエイプの琴線に触れるモノがあったのか。

 それはまあ、誰にも分からないし予測出来ない。

 

閑話休題

 

 とにかくギブ&テイクな関係を続け、戦闘でも協力戦を行った結果、俺のレベルも二つ上がって12になった。

 ちなみにクラインは10で他の面子は平均9。

 いくらパーティーを組んでいるとはいえ戦闘期間で一ヵ月半のアドバンテージを持つクラインのレベルを追い抜いた事実は、軽くだが驚愕させるに充分な結果だった。

 ソロプレイでの効率の良さを理解させられる展開だ。

 成長と危険さを天秤に掛けた、まさにハイリスク・ハイリターンなソロプレイ。

 MMOが今回初めての俺でコレだ。

 MMOというものを熟知し、初日からソロで戦い続けて寝る間も惜しんでレベルを上げた場合、いったいどのくらいの数値になるのか。全く想像が付かなかった。

 

「わざわざ見送りなんて良いのに」

「水臭せえこと言うんじゃねえよ。じゃあなシュウ。……生き残れよ」

「そっちも気をつけて」

 

 もう少し第六層でレベル上げを続けるクライン達と、一度最前線を見てから第八層《フリーベン》に狩場を移す俺はここで別れる。

 俺に絡んできたオッサン達とはあの後いざこざも無かったので、楽観的かもしれないが大丈夫と考えての別行動だ。

 顔に似合わず面倒見が良かったクラインと別れるのは後ろ髪を引かれる思いではあるけれど、強くなるまではソロプレイを続けると決めているため、その決心を打ち壊す訳にはいかない。

 別れが名残惜しい。だから半ば吹っ切るかのように大声を出して、俺は新たなフィールドに思いを寄せた。

 

「転移、《カルマ》っ!」

 

 ポチを抱きながら光に包まれる。

 独特の転移感覚を感じて一瞬。第六層主街区の転移門広場から、城下町のような中世風の町並みが拡がる第九層主街区《カルマ》に俺達は降り立った。

 そこは新たな階層ということもあって人で賑わっている。

 多分、人はまだまだ増えるだろう。それこそお祭りが始まる勢いで。

 

「さてと、探検探検」

 

 一応最前線でもレベル上げを行う事を視野に入れているため情報収集は欠かさず行う。

 攻略本の恩恵はもう受けられない。

 これからは自分達で未知の領域に足を踏み入れる事になる。

 それでも俺はなるべくなら情報収集を他人任せにしたくない。

 知識だけ知っているのと、自分の目で確かめて踏破したのでは、情報量に天と地ほどの差があると思うから。

 

「けどまぁ……やっぱり目立つよなぁ……」

 

 街の中央に巨大な城が聳え立つ城下町を歩く度に感じる好奇な視線。

 そして、含まれる羨望と嫉妬の感情。

 この三日間で使い魔の存在は情報屋達の手でアインクラッド中に広まったため、今の俺は一躍時の人状態。

 まさかこの歳でインタビューを受けるとは思わなかった。

 お陰で俺の知名度は鰻登り。

 現に散策を始めて十分以内に四回もパーティー勧誘を受けたので、そろそろ溜まりに溜まったフラストレーションをぶちまけても許される頃合だと思う。

 

「ハァ……お前も大変だな。必要以上に触られたりして」

 

 隣を歩く相棒に話しかけるがコイツはいつもの事ながらガン無視。

 そもそも戦闘や索敵中以外で鳴く姿を見た事が無かった。

 無口すぎて、反応が全く無くて、暖簾に腕押し状態なのが少し悲しい。

 まあ、一緒に居てくれるだけありがたい存在なんだけど、それでもコミュニケーションを取りたいと思ってしまう俺は立派に飼い主をしていると思う。

 

「あれ、よく考えたらクエストを受理したとしても、たった一人でクエストこなせんの?」

 

 自問して直ぐに答えを出す。

 解答は否。

 クエストの殆どは受理した階層内で行われる。

 そのため、もし九層でクエストを受けたら最前線を闊歩する事になってしまう。

 それでは命がいくらっても足りない。

 情報屋である鼠のアルゴにスキルスロットの事を訊ね、その回答を聞いて直ぐに無用な索敵を削除。代わりに入れた《使い魔交信スキル》でより高度な戦闘を行えるようになったとしても、それで最前線を練り歩くほど馬鹿じゃない。

 あと少しだけ探索をして、それから素直に帰ろうと心に決める。

 そしてその矢先、ある騒動をキャッチした。

 

「ん? 何あれ」

 

 石畳の大通りを歩いていると前方に人だかりが見えてくる。

 しかし生憎と気になって近くに寄ってみても、このミニマム身長の所為で騒ぎの中心がお目にかかれない。

 マナーが悪いと思いつつもポチと一緒に野次馬を掻き分け、円を作っている群衆の先頭に出てみる。すると、

 

「おりゃぁあああああああああっ!」

「――っ!」

 

 

 ――一重そうで強固な鎧に包まれた重戦士と地味な服装の片手剣士が戦っていた。

 

 

 

 片手剣士は盾も持たず、黒系で統一された革系防具を着こなした身軽な姿なのに対し、対峙する大柄な男は鉄製の盾と鎧を身に纏う、さながら西洋の騎士を連想させる派手な出で立ち。

 そんな対照的な姿の二人は沢山のギャラリーの視線と歓声に包まれながら互いの武器を打ち付けあっている。

 片手剣が重戦士の盾に阻まれ、お返しとばかりに突き出された片手槍を剣士が身体を捻る事で回避し、再度斬り込む。

 数秒の間に目まぐるしく変わる戦況から目が離せず、打ち合う度に発する火花が戦場を踊る。

 風がうねる事で局地的な暴風を生み出し、二人は互いの全てを用いて勇猛果敢に斬り合い続ける。

 その高レベルなデュエル風景を、俺は息をする事も忘れて見続ける事しか出来なかった。

 その視線に、多大な畏怖と尊敬を込めて。

 

「ねえ、このデュエルってどのくらい続いてる?」

 

 視線を目の前の戦いに固定して、気付けば隣のプレイヤーに話しかけていた。

 周囲の会話を盗み聞きした結果、このデュエルが初撃決着モードという、強攻撃を当てるかHPを半分まで削るかしないと勝負が付かないデュエル方式だということは理解出来た。

 しかし俺が気になったのは、未だにHPが七割も切っていない二人の戦いがどのくらい続いているのかという点だ。

 

「あん? もう五分くらい経つ……っ!?」

 

 俺の質問に律儀に答えてくれたお兄さんがポチの存在に驚いているが、とりあえず無視。

 今の俺は彼らの技術を盗むのに大忙しなのだから。

 重戦士の判断力もそうだけど、それよりも目を引くのは剣士の体捌きと反応速度。

 いったいどんな感覚をしているのか、あの剣士は相手の高い防御の合間を縫って着々とダメージを積み重ねていき、逆にダメージを受けたとしても身体を引くなりずらすなりして、受けるダメージを最小限に留めている。

 どのくらい戦闘経験を積んできたのか分からない。

 剣士の底が知れなかった。

 

「はぁあああっ!」

 

 軽く慄いている間にも事態は急展開を迎えた。

 盾を前方に突き出して剣士の視界を遮った重戦士の右腕が、弓を引くように限界まで引き下がる。

 彼の得物である鉄製の片手槍から迸るライトエフェクトが、間近で見ていた俺の視界を紅く染めた。

 槍スキルに分類される単発重攻撃技《グラファルス》。

 このデュエルに決着をもたらす高速の突きが剣士目掛けて放たれる。

 しかし、

 

「な……っ!?」

 

 

 

 ――しかし、それよりも速く、黒髪の剣士は宙を高く跳んでいた。

 

 

 

 ギャラリーが唖然として見守る中、三メートル程の垂直跳びで必殺の刺突を回避した剣士が盾の上に降り立つ。

 その重さに耐えられず盾が徐々に下がる間、剣士は確かに笑っていた。

 

「はぁあっ!」

 

 気合の入った声と共に重戦士の頭上で回転。

 飛び越える際、オマケとばかりに放たれた容赦無い斬撃が重戦士の後頭部に炸裂。

 スキルを発動した際の技後硬直で動く事の出来なかった彼に、避ける術などある筈が無かった。

 

「ふう……着眼点は悪くなかったけど、近距離で俺の視界を盾で隠すって事は、そっちからも俺の姿が確認出来ないって事だ。次からは気を付けた方がいいぜ」

 

 そう余裕綽々なアドバイスを送って直ぐ、ただでさえ減っていた重戦士のHPが半分まで削られる。

 続いて轟く爆音みたいな歓声。鳴り止まない拍手の応酬。

 そしてデュエル終了と勝利者を告げる紫色の文字列が空中に現れて漸く、俺の刻も動き出した。

 

「すっげぇ! あのラグナードに勝っちまったよ!」

「こんなデュエル初めて見た!」

 

 そんなギャラリーの声も耳には入らない。

 頭の中で今の戦いを記憶に刻み込むのに忙しく、勝利者の名前を目に焼き付けるのに必死だったからだ。

 

(プレイヤー名、キリト。これが――)

 

 

 

 ――これが、トッププレイヤー達の実力。

 

 

 

 鳥肌が立つ程の衝撃が全身を駆け抜け、興奮のあまり身体を震わせながら肩を両手で抱く。

 近いうちに同じ高みまで登ってやるという闘争心と憧憬、そして本当に追いつけるのかという諦念と不安の感情が同時に生まれ、湯水の如く溢れ出す。

 先程の戦いに魅せられ、気付かない内にテンションが高くなっていた。

 多分今のデュエルが印象的だったからこそ、クラインのキリなんとかさん発言も綺麗サッパリ頭から抜け落ちてしまったんだと思う。

 

「くそっ! おら、見せもんじゃねえんだよ! 散れ野次馬共っ!」

 

 敗者ラグナードの苛立ちに当てられ、そそくさと退散する野次馬達に混じってこの場を離れる。

 但し、その方向はさっさと町並みに消えようとしている剣士の方へ。

 

「すいません! ちょっとお話良いですか!?」

 

 腕を掴み、下から見上げる黒髪黒目の中性的な顔立ちに見えるのは戸惑いの色。

 急な事態に目を丸くし、そして少し面倒臭そうな表情を取った後の英雄――キリト。

 

 

――これから続く俺達の長い付き合い、その最初の一ページが綴られた瞬間だった。

 

◇◇◇

 

 好奇心から人に注目される煩わしさを俺は嫌ってほど理解しているつもりだ。

 だからこそ、こうして喫茶店のテーブル席で対面に座っているキリトさんの考えもよく分かる。

 面倒臭さ七割にちょっとばかりの興味本意三割。

 彼の思考を占める割合はこんなところだろう。

 昼飯奢るしお礼もするから話をしようと無理矢理手を引っ張ってきた訳だが。

 さて、いざ対面してみると、どう話を切り出せば良いのやら。

 

(く、空気が重い)

 

 黙々と目の前に並ぶパスタを食べているのも嫌だし、そろそろ現状を打破したい。

 ちなみにポチは足元に伏せている。

 回復ポーションは飲む癖に、こういった食事は使い魔に必要無いらしい。

 ステータスアップのアイテムなら食べるかもしれないけれど、そんな稀少アイテムを拝んだ事は一度も無いので実験の仕様が無かった。

 

「……で、俺と話したいことって何なんだ。噂の銀狼使いさん?」

 

 沈黙を破り、最初に口を開いたのはキリトさんだった。

 少しだけ人を馬鹿にしたような含みを持たせる口調。しかし不思議と侮蔑といった想いは抱かず、不快とも思わなかった。

 まるで今の状況を受け入れ、面倒という気持ちを無理矢理封殺して、目の前の人物との会話に楽しさを見出そうとしているような。開き直ったような感じ。

 キリトさんの表情から読み取れるのはこの程度。

 

「なにその安直で捻りも何も無い二つ名? というより俺を知ってるの……じゃなかった、ええっと、知ってるんですか?」

 

 クライン達には自然とタメ口だった。

 しかし、あのデュエルを見てからの俺は、キリトさんに対して崇拝に似た強い憧憬を抱いているらしい。

 だからこそ通常の態度で接するのは躊躇われた。

 そんな俺の馴れない敬語に苦笑しつつ「素で構わない」と言ってから、キリトさん――いや、キリトは、俺について知っている事を話してくれた。

 

 曰く、SAOで最初の飼い馴らしに成功したラッキーボーイ。

 曰く、どう見ても年齢制限アウトな場違いチビ助。

 曰く、ソロで短剣振り回す命知らずな経験値中毒者。

 曰く、ニーヴァのショタっ子。などなど。

 

 この容姿で、しかもソロだ。

 更にはポチもいるので目立つのは仕方が無いと思っていたが。

 

(最後の二つ名を言った奴、いつか見つけ出してボコボコにしてやる)

 

 この時、ダンジョン内で一人の赤毛野武士が寒気を覚えた事を俺は知らない。

 

「こういうMMOで有名になるっていうのは名誉な事なんだ。もっと喜んで良いんじゃないか?」

「嫌だよ、恥ずかしいだけだって。それに好意的な視線ばっかりじゃないしさ」

 

 不貞腐れるように呟いて、注文したメロンソーダを一口飲む。

 炭酸のシュワシュワ感は充分あるものの、味としてはただのソーダ水に近い。

 思わず嘆息が漏れてしまう。

 それをどう解釈したのか、キリトは同情交じりの微笑を浮かべた。

 

「それは仕方が無いな。ここにいる人達は皆、大小はあるけど自己顕示欲が強い奴らばっかりなんだ。『有名になって目立ちたい』とか、『強くなって人に注目されたい』とか、色々な」

「……つまり、他には無い唯一無二の自分だけのステータスを欲しているってこと?」

「ああ。それにネットゲーマーは嫉妬深いのが多いんだよ」

 

 だから諦めろとキリトは軽く笑う。

 多分、諦めろという言葉は自分にも言い聞かせているのだろう。

 色々な意味で目立つプレイヤーという点では、キリトも相当な位置付けになっていると思うから。

 それほどの力を彼は有している。

 

「――それで、どうして話しかけたのが俺なんだ?」

 

 キリトから発せられる心の奥底を探るような強い眼光。

 プレイヤーを警戒するのは分かる。が、露骨過ぎだし過剰反応ではないだろうか。

 その鋭い瞳に若干の狼狽を覚えてしまう。

 

「……えっと、あのデュエルに魅せられて気持ちの高ぶりを抑えきれずに思わず?」

「……つまり雑談をしたいだけって事か?」

「おそらく?」

「何故に疑問系」

 

 呆れの視線の後に苦笑して、脱力しながら椅子にもたれ掛かるキリト。

 そして乾いた笑みを貼り付ける俺。

 一気にキリトの放つ威圧感が払拭された瞬間だった。

 少し白けた空気が流れるも、その原因を作ったのは間違いなく俺なので、ここは自分から話題提供をするのが筋ってものだろう。

 

「えっとさ、キリトって攻略組の一人? もしそうなら現場の空気とかどんな感じなん?」

「……俺の事を知らないのか?」

 

 この「知らないのか?」がβテスト出身者だという事を知らないのかという意味だと知ったのは、随分後のことだ。

 この時のキリトは当初、ビーターである豊富な知識のお零れにありつこうとする寄生野郎として俺の事を見ていたらしい。

 βテスターの知識は八層までしか無いけれど、それでも今のように第九層くらいまでなら役立つ情報も幾つかあるかもしれない。

 潜った場数が違うので話を聞くだけでも充分有益な筈だ。

 しかし、気持ちは分かるけど些か心外。そこまで図々しくないのに。

 

「あ、ついでに九層に関する情報交換しない? これでも結構調べたんだから」

 

 無邪気な言葉ほど心が洗われる事は無い、というのは後にキリトが言った言葉である。

 少なくともこの時の俺は、歳相応に子供っぽい笑顔を浮かべ、相手の警戒心を殺ぐ雰囲気を発していたらしい。

 毒気を抜かれたとも言う。

 結果として俺はかなりの情報を得る事になる。

 特に城で受けられる女王様のクエストは中々に貴重なものではないだろうか。

 正直、提供した情報が釣り合わない。

 

「……なんか情報がショボくてキリトに申し訳が立たない」

「別に良いさ。それに、正直に言えば大して期待もしていなかった」

「む」

 

 先程とは違う。からかうつもりで言った、完全に悪戯心満載の発言に思わずしかめっ面を作ってしまう。

 大成功と言いたげな意地の悪い微笑も余計に苛立ちを増長した。

 

「じゃあ文句があるっぽいし、何か素材アイテムあげる。攻略組なら結構必要なんでしょ?」

 

 とはいえ反論出来る部分が何処にも無いので物品提供を試みた。

 SAOでは基本的にギブ&テイクなのが不文律と化している。

 借りなんて作るのは真っ平だ。

 するとキリトは今度こそ呆れた表情を見せながら、残りのパスタを頬張った。

 

「……お前な。そんな単純思考だとこの先食い物にされるぞ。義理堅いのは好印象だけど、何事も程ほどにしないと痛い目見るぜ?」

「良いんだよキリトなら。というよりさ、分かってて挑発するような真似をした時点で、キリトも汚い大人の仲間入り」

「うぐっ……子供に言われるとかなりグサッとくるな……」

 

 胸を押さえるジェスチャーから判断するに結構堪えているらしかった。

 それでもしっかりとアイテム要求をするのだからしっかりしている。

 しかし助け合いならまだしも馴れ合いなんかを望んでいない俺にとって、キリトの対応は好ましく思える。

 

「じゃあ遠慮なくいくぞ。ニーヴァを拠点にしていたんなら《ウアラの羽》を幾つか持ってないか?」

 

 ウアラの羽とは樹海に出現する鳥人ウアラがドロップする素材アイテムの名称だ。

 翼があるのに空を飛ばず、俺と同じくらいの身長で鉤爪と嘴を駆使するモンスター。

 攻撃面よりも異様に堅いカラス羽の防御と、隠蔽スキルによる隠密行動が厄介な奴だったと記憶している。

 ポチが参戦する前は、それなりに手強い相手だった。

 

「確かあった筈。えっと、全部で十個ある」

「なら四個で良い。それで見返りは充分だ」

 

 考えるまでも無く交渉成立。

 直ぐにメニュー画面を開いてアイテム・ウィンドウをクリック。

 その中から要求アイテムをトレード欄に移して相手を選択後、ウアラとの戦闘を思い出して感傷に浸りながらOKボタンを押した。

 

「ソレ、鍛冶関係に必要なアイテム? オーダーメイドとか」

「当たらずとも遠からずってところか。《フリーベン》東区の鍛冶屋でウアラの羽採取のクエストがあるんだ。ウアラの羽六個でフェルザー・コートと交換してもらえる」

「えっ、マジ?」

 

 その鍛冶屋なら防具購入のついでに顔を出したのに、そんなクエストの影は見るも形も無かった。

 鍛冶屋というより鍛冶工房。

 見る限り頑固者っぽい男性NPCを思い出して首を傾げてしまう。

 

「多分、その鍛冶屋を五回以上利用する必要があるんだと思う。βテ……攻略本にも無かったから、俺も最近まで知らなかった。防御力はそこそこ高いらしいし、何より隠蔽ボーナスがあるって話だ」

 

 何でもこの情報はまだそんなに広まっていないらしい。

 もし広まれば、獣人の樹海には更に多くの人が集まる事になるだろう。

 ただでさえポチの事もあり、シルバー・ヴォルクのテイムを目指すプレイヤーが殺到しているというのに。

 リーヴァス・ダガーにフェルザー・コート。

 このままだとゴブリンエイプとウアラは狩り尽されてしまうのではないだろうか。

 

「それは確かに助かる。でも、そっか……そういう条件付きのクエストもあるんだ……奥が深いなMMO」

 

 そういった行程を踏まないと起こらないクエストというのを初めて知った。

 こんな事なら姉ちゃんに誘われた時、他のMMOを試しにやってクエスト慣れしておくべきだったと少しだけ後悔しながら、俺も食事を全て平らげる。

 時間が経つのは早いもので、話し始めて一時間以上が経過していた。

 雰囲気的に、そろそろお開きの時間が迫っている事を察する。

 

「教えてくれてありがとう。最後に一つだけ良い?」

「ああ、いいぜ」

「キリトの今のレベルを教えて欲しいんだ。攻略組に入る目安として」

 

 初対面でレベルを訊ねるのはマナー違反。

 それでも重要な事だから自重する気は毛頭無い。

 キリトが眼を丸くして驚いているのを雰囲気で察しながら、俺はキリトの頭上を見つめる。

 そこに表示されているのは緑色のHPバーのみ。

 レベルを目視するのは不可能だ。

 

「……ハァ……俺が攻略組を目指すって言うと、絶対に皆変な顔するんだよなー。そんなにおかしい?」

「そりゃ、だって……シュウみたいな子供が――」

「関係無い」

 

 言葉を途切れさせたキリトから視線を逸らし、残りのメロンソーダを一気飲みしてから改めて視線を戻す。

 自分自身で再確認するように、考えと決意を口にしながら。

 

「年齢なんて関係無い。大事なのは年齢よりも、強くなりたいって意志と、絶対にこのゲームをクリアしてやるんだっていう決意」

 

 年齢なんて関係無い。

 このデスゲームにいる時点で、俺達はただゲームクリアを目指すプレイヤーに過ぎないのだから。

 

「プレイヤーが攻略を目指して何が悪いってんだ」

「……炭酸で涙目になりながら言われても凄みがなぁ……」

「茶々を入れるな馬鹿キリト! 空気読めっ!」

 

 せっかく俺がカッコイイ事を言ったのに色々と台無しにしやがって。KYキリトめ。

 親の仇と思わんばかりに睨み付ける。

 その凄みに当てられ――ではなく、涙目の子供に睨み付けられる事で罪悪感が沸いてしまい、思わず怯んでしまったというのは、俺にとって知りたくも無い情報の一つである。

 

「わ、悪かったって。……しかしなんだ、随分と情報と違うな。噂だと言動も毒舌でマセてる奴って聞いてたんだけど……」

「子供っぽくないっていうのは自覚ある。でも口が悪くなるのは相手による。ナメられたら終わりだから」

 

 ただでさえ俺は侮られ易い。

 ちょっとでも付け入る隙を見せたら終わりだ。

 どんな事に利用され、罠に陥れるターゲットにされるか分からない。

 「あ、コイツなら行けるかも」と思われるだけでアウトなのだ。

 数の暴力にでもなったら目も当てられない。特に三日前の傲慢な大人達みたいな人種は要注意。

 そう思っていると、その顔色から色々と読み取ったらしいキリトが、納得顔で頷いているのが視界に入った。

 

「……成る程な。だから強さが欲しいのか。一人でも生きて行けるように」

「まあ、そんなとこ」

 

 どこか遠くを見ながら空になったグラスの中の氷をガリガリと噛み砕いている俺と、その姿を見て苦笑し、同情するような視線を見せるキリト。

 その後も俺達は別れるまで、ほんの少しだけ情報を共有し合い……訂正、ほぼ一方的にキリトから情報を貰い、昼食を終える。

 その話で分かった事だが。さっきデュエルをしていた相手は同じ攻略組でソロプレイをしているラグナードという高校生である事が判明した。

 西洋甲冑みたいな第八層ボス討伐で共闘した際にドロップ品であるレアアイテムをキリトが偶然手に入れ、その所有権について難癖を付けてきたからデュエルで決着を付けたという事らしい。

 ドロップ品は拾った人のものという取り決めがあったにも関わらずコレだ。

 キリトが言った嫉妬深いの気持ちがよく分かる。

 

「ふーん。キリトも大変なんだ……って、あれ、いつの間にか混んできた?」

 

 今の時刻が十三時という状況もあって喫茶店も大分混み合ってきた。

 という事は、自然と人の目も多くなるという事で、

 

「なんか周囲の視線が気持ち悪い」

「主にお前一人の所為でな」

 

 やはりポチを連れる俺は目立つらしい。

 どうもこの好奇な視線に慣れる日が来るとは思えなかった。

 

「そろそろ俺は行くよ……その前にシュウ、今のレベルは?」

「12」

「そうか、俺は22だ。レベル上げも良いけど、《狂戦士》みたいにならないよう気を付けろよ」

 

 その圧倒的なレベルに唖然としていると、聞き慣れない単語が耳に飛び込んで来た。

 

「狂戦士?」

「そう言われている女性プレイヤーがいるんだ。異常なまでに経験値稼ぎとボス攻略に執着する攻略組の一人がな。そいつみたいに無理はするなよ。……ご馳走様」

 

 キリトは席を立つと出入り口へと歩いて行く。

 気付いたら俺は席を立ち、その細身ながらもどこか強者の雰囲気を纏う彼の背中に声を掛けていた。

 

「あの、さ……ありがとう、色々と教えてくれて!」

「……アイツを見捨ててソロに走ったから……免罪符のつもり、だったのかもな……」

 

 そう呟き、罪悪感に塗れた目をしながら出て行くキリトがとても印象深かった。

 

 

◇◇◇

 

 

 第九層で新しく発見されたクエストや販売されている武具の情報を集め、活動拠点を第八層主街区《フリーベン》に移してから一週間が経過した。

 あのデュエル風景とキリトの強さが忘れられず、日に日に高まる強さへの欲求を抑える事が出来ずに寝る間も惜しんでレベルアップに精を出していた俺は、確かに経験値中毒者という評価を否定出来なかった。

 

 しかし一日平均睡眠三時間からくる過度な戦闘時間と、樹海よりも強いモンスターがいたため沢山入る経験値のお陰でレベルも16に達する事が出来た。

 実質、あともう少しで攻略組を名乗って良いレベルだと思っている。

 ただ、この猛追も段々と期待出来なくなる筈だ。

 レベルが上がればそれに応じて必要経験値も多くなる。

 あとレベルも1・2上がれば、この八層でのレベル上げも大分きつくなると予測出来た。

 だからこそ、この森林型のフィールド・ダンジョンでの活動は今日で終わりという意気込みで臨んでいる。

 

「そりゃぁああっ!」

 

 曲刀の縮小版みたいな反りの強くて蒼い短剣――リーヴァス・ダガーが、ソードスキルのサポートもあって目の前の《サールプラント》を切り刻む。

 二連撃ソードスキルによって二本ある触手を切り落とされ、主な攻撃手段を失ったラフレシアもどきの絶叫が森林内に木霊した。

 その耳障りな音を聴きながら、身体の大半を占める巨大な花の中心に短剣を突き刺す。

 その一撃は元々弱っていたサールプラントの息の根を止めるには充分過ぎる一撃で、見事HPを消し飛ばした。

 しかし、

 

「やっば!?」

 

 爆散する寸前に置き土産として口から排出された紫色の霧。

 一浴びすれば一定時間HPを削っていく厄介な毒の息から身を逸らすため、後方向かって力強く大地を蹴る。

 時間にしてほんの数秒。その僅かな滞空時間を狙うかのように突進を仕掛けてくるのは、見た目は巨大なスズメバチ型のモンスターだ。

 

「ポチ!」

 

 策敵スキルを廃して新たに得た使い魔交信スキルによる指示に従ったポチが、そのスズメバチに横から体当たりをぶちかます。

 ポチの援護で針の直撃だけは避ける事が出来た俺は、黒色で裾の長いフェルザー・コート越しに掠った攻撃でHPが数%消失するのを自覚しながら、着地すると同時に再び大地を蹴った。

 狙いはもちろん、前方でポチに噛み付かれているスズメバチ。

 単発重突進技《ウィースバルグ》のクリティカルヒットをまともに食らい、追い討ちとばかりに叩き込まれたポチの爪撃を受けて爆砕音と共に砕け散ったのは当然と言えるだろう。

 時間にして僅か一分。

 それが今、二体のモンスターを葬るのに要した時間だ。

 

「やっぱり識別スキルじゃなくて使い魔交信スキルにしたのは正解だったか」

 

 自らのAIプログラムに従って独自に動く使い魔に指示を出せるこのスキルは本当に役立つ。

 お陰で戦闘中は自由気ままに動き回っていたポチの手綱を握る事が出来るのだ。

 まだまだ熟練度が低くて指示を聞かない時もあるけれど、今回はちゃんと動いてくれたポチにはグッジョブという言葉を送っておこう。

 リアルだったら松坂牛を与えてしまう程の働きぶりだ。

 

「お、解毒ポーションゲット」

 

 近くに湖もあるこのダンジョンの特色として、出現するモンスターには毒持ちが多い事が上げられる。

 度重なる戦闘でポーションが切れ欠けていたので、切り株の根元にあったトレジャーボックスで補充出来たのはかなり大きかった。

 ちなみにこの宝箱は時が経てば再びダンジョン内にランダム配置されるため、宝箱が枯渇する心配も無い。

 中身もランダム。

 今装備している装備者の敏捷力を+5してくれるヘイスブーツも宝箱からの獲得品。

 実は俺の所有する唯一のレアアイテムだったりする。

 

「ハァ……またか」

 

 唸り声を上げ、小さく一度だけ吼えたポチの頭を撫でる。

 何故かこのポチはフィールドに出ている間は常時周囲を索敵しており、吼える回数と視線の向きで敵の数と方向を教えてくれる。

 かと言ってコレは指示が出来なかった最初の頃からやっている事なので、俺としては狼の野生本能?に従い常時周囲を警戒していると思いたい。

 宿屋内ではただの愛玩動物と化している分際で何を言っているのかと思わなくは無いけれど。

 

「アイツを倒したら帰ろう。もう夜明けが近いし、流石に疲れた」

 

 ポチの索敵スキルで敵を発見し、数が少なかったから自身の隠蔽スキルを駆使してモンスターに近付き、背後から攻撃。

 その後ポチと一緒に畳み掛ける。

 これがポチと出会ってからの基本戦術であり、ソロで生き残るための知恵。

 無茶無謀は最大級の敵だ。

 

「HPはオーケー。武器と防具の耐久値もオーケー。よし、問題無い」

 

 戦闘は沢山こなすが危険は冒さないというポリシーで戦っている俺は、まだ本当の意味で危険を冒すという意味での冒険をしていないのかもしれない。

 現にHPバーも赤の危険域へ達した事も無ければ、敵からの攻撃を受けて死ぬかもしれないという恐怖を味わったのは、第一層で初めて行った戦闘で受けた初撃に対してのみだ。

 HP満タンの状態で受けるフレンジー・ボアの攻撃など、今考えれば死への恐怖になりえない。そう分かっていても取り乱してしまったのだから俺もまだまだ青かった。

 

 

 

 ――だからこそ、この数日後に待っていたあの出来事は、俺が感じる初めての死への恐怖だった。

 

 

 

 

 




原作だとβテストで到達したのは十層までですが、アニメを参考にしてしまったため、この物語では八層まで到達ということになっています。
ご了承願います。

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