ドールズフロントライン ~プレイヤーズフロントライン~ 作:弱音御前
プレイヤーズフロントライン、今週で4話ということですが、相変わらずこんな調子で進んでいく今作になります。
どうか、温かい眼で読んでもらえたら嬉しいです
ここまでのプレイヤーズフロントラインは・・・
「ハイスコアを出した娘には何か景品を出すっていうのはどうかしら?」
「また恥をかく事になりかねないんだから、余計な事は言わない方が良いわよ。ネゲヴちゃん」
「そのまま伏せてろ、41!」
「ご主人様は戦うのがすごく上手なんですね。私、ビックリしちゃいました」
「戦闘準備といきましょうか、タボール」
「私達の冒険はまだまだこれからですわ!」
右手のスロットルを一杯に捻り、エンジン回転計の針をレッドゾーンに放り込む。
雄叫びをあげて浮き上がろうとする前輪を加重移動で無理やり押さえこみ、車体は一直線に伸びるアスファルト上で狂ったように加速していく。
「41、これくらい近づけばいけるか?」
「はい! ご主人様の期待にお応えします!」
タンデムシートに座っていた41が彼の肩を台座代わりにして銃を構える。
狙うは、バイクに先行して走る一台の車。その運転席に座る巨漢のスキンヘッドだ。
〝ジャッカル〟と呼ばれるならず者集団のボスであるその男を倒す事が、このステージの
クリア条件。今、2人は分厚い鉄板で四方を固めた改造車で逃走中のボスを追いかけている
真っ最中である。
車に近づき過ぎれば火炎放射で火炙り、離れすぎればボスを取り逃がしてしまうという条件下、食堂のトレー程度しかない大きさの窓から頭を撃ち抜くしか攻撃の術は無い。
路面の悪さで左右に振れるバイク上、という最悪の条件であるが、戦術人形アサルトライフル
部門でトップクラスの実力者である41にとっては、さほど気にかけるような事態でもなかったようだ。
風切り音とエンジンの咆哮に3発の発砲音が混じる。それに数瞬遅れ、斜め前方を走る車両が
コントロールを失うやいなや、路肩に乗り上げて盛大に宙を舞った。
スピードが出ていた事が災いし、高速で回転しながら地面に激突。轟音と部品を撒き散らしながら道路を転がっていく。
41の狙撃成功を確信した指揮官がブレーキをかけ、車体を停車させた。
「さすがだね、41」
「えへへ、褒めて褒めて~」
笑顔で甘えてくる41の頭を撫でまくっていると、突然、眼の前にウィンドウが現れた。投影型のヘッドアップディスプレイのようなウィンドウである。
「これ、模擬訓練終了の時に出るリザルト画面ですよ」
「そうなんだ? じゃあ、これでステージクリアって事か」
ウィンドウにはステージリザルトと共に、元になったゲームのリザルトランキングも表示されていた。
ランキングトップのクリアタイムは15分。
ここまでくるのに80分かかったというのに、一体どうやればそんなタイムが叩き出せるのか? RFBを問い詰めてやりたいところだが、それはまた別の時である。
クリアの喜びを味わうのも束の間、2人はまだ未クリアのステージへと送り込まれる。
Dive C ブロウニング邸外縁
ほんの僅かの浮遊感の後、目を開くとそこには、ついさっきまでのステージとは正反対の光景が広がっていた。
「ここは・・・現代に近いステージなのか?」
サングラスを外し、まずは周囲の様子を観察する。
スタート地点はどうやら町の中のようである。
建物の様式や石畳、街灯の造りからすると、指揮官が生きている時代よりも少し前。西洋のどこかの住宅街といったところか。
空は今にも泣き出しそうな一面の灰色で、風はコートの上からでも感じられるくらいの冷たさ。雨どころか、雪が降ってもおかしくない気温である。
「あぅ~・・・寒いですぅ」
声に気づいて視線を落すと、すぐ足元で41が身体を震わせていた。
どうやら、ステージをクリアした組は揃って別ステージに送られるというルールであるらしい。
「その恰好じゃあ寒いよね。ほら、これ着て」
自分のコートを脱いで41の小さな身体に掛けてあげる。
背丈が違いすぎるので裾を引きずっているが、41はいつも裾を引きずっているような装いなので、大して変わらないのである。
「ご主人様は寒くないのですか?」
「大丈夫だよ。このシャツ見た目よりも厚手だから」
本当はちょっと寒いのだが、ここは指揮官として良いところを見せる方向でひとつ。
「ありがとうございます。えへへ、ご主人様の香りがしますぅ」
「・・・さて、このステージでは何が目的なのかな?」
嬉しそうにコートに顔を埋める41を見ていると気恥しくて仕方がないので、無理やり話題を変える。
まずはこのステージの情報を集めたいところだが、周囲には人の気配は無い。
目につくところといえば、すぐ傍の柵の向こうに佇む巨大な屋敷なのだが・・・
「ご主人様、声が聞こえませんか?」
「声? ・・・確かに、誰かの・・・・・・っていうか、この声は」
身に覚えのあり過ぎる2つの声が遠くから聞こえてくる。
すでに声の出所にアタリがついたのか、耳をパタつかせながら進む41に指揮官も続く。
柵沿いに歩いていくとそれに伴い、喚きあう2人の声も段々と大きくなってくる。
どうやら、声は柵が左に折れたその先から聞こえてくるようだ。
「ご主人様、この声ってもしかして」
「ああ、たぶんキミの予想は正解だよ」
かくして、石畳の曲がり角に沿って折れる柵の向こう、お話の中でしか見た事の無いような豪奢な正門の前では予想通りの2人がケンカの真っ最中であった。
「らふぁらアンファのふぉとヒライらのよ、UMP45!」
頬を摘ままれて上手く喋れてないのもお構いなしに、45の髪をグイグイと引っ張るネゲヴ。
「それで結構! アンタに嫌われたって私は痛くもかゆくもないんだから!」
結わいた髪を引っ張り回されながらも、ネゲヴの頬を摘まんで反撃を試みる45。
大方、口論で済む2人であるが、今日は手まで出ていつもよりもエキサイトしている様子だ。
シュミレーターの中でまで展開される馴染みの光景を前に、溜息と共に頭を抱える指揮官。
「あ! 指揮官にG41。増援に来て頂いたのですね。助かりました」
そんな白熱している2人の傍らで腰を降ろしていたモスバーグM590は、2人の姿を見つけると、まるで神様でも見つけたかのように安心しきった顔で駆け寄ってきた。
「お疲れ様です、モスバーグさん」
「3人とも無事な様子でなによりだが、アレは一体なんの騒ぎなんだ?」
笑顔でG41の頭を撫でまわすモスバーグに問いかけると、彼女は再び曇った表情を浮かべて
状況を説明してくれた。
このステージが始まって、屋敷に入らざるを得ないと分かった3人は正門を開けるための暗号
解読に取り掛かる。だが、なかなか意見が合わず、暗号が一向に解けない45とネゲヴはいよいよもってケンカに突入し、この有様。だそうだ。
「って事は、ステージが始まってから90分くらいかけて少しも進んでないの?」
「90分? いいえ、まだ20分ほどしか経過していませんが」
指揮官と41が前のステージで経過した時間とは明らかに流れがズレている。
恐らくは、管理者であるペルシカがここの状況を見かねて指揮官と41のステージ到着時間を
調整してくれたのだろう。
「そうか。すまなかった、モスバーグ。本当にすまない!」
「ど、どうしたのですか、指揮官!? そんなに深々と頭を下げなくとも」
副官であり、それ以上の存在でもある45が迷惑をかけた事に対して、指揮官はモスバーグに
深く深く謝罪する。
「弾を避けるしか能が無いくせに偉そうに! マンティコアくらい1人で倒せるようになってから出直してきなさい!」
「何よ、アンタなんかドンくさいだけのただの置き物でしょう! 置き物は大人しく宿舎にでも飾られてればいいのよ!」
「っ~~~! スペシャリストの私に向かってよくも! 今日この場で叩きのめしてやるわ、
UMP45!」
「やれるもんならやってみなさいよ、桃色マシンガン!」
当の45とネゲヴは指揮官が居るとも知らず、ついに取っ組み合いに発展。
ここまでくると、もう泣きたくなってくる指揮官である。
「ここは俺が責任をもって治めよう。モスバーグ、悪いが41の事を見ててくれないか?」
頭を上げると同時に思考を切り替える。
彼女達に対して腰を低くするのはここまでである。
「一体、何が始まるんですか?」
「指揮官は2人と大事なお話をするようですよ。少し離れていましょうか」
そんな彼の意図を目敏く拾ってくれたモスバーグは41を連れて、今しがた彼と41が曲がってきた角まで離れてくれた。
本当に気の利くモスバーグは、やっぱり優秀な部下だなと痛感させられる。
ヒステリックな声をあげ、組み合いながら床をゴロゴロと転がる2人の傍に歩み寄る。
ここで気付いて矛を収めるのなら、まだ情状酌量の余地も認められようというものだが、もう
遠慮の必要は無いと判決を下す。
すぅ~、と大きく息を吸い込み・・・
「なにやってんだお前らぁぁぁあぁぁ!!」
普段は絶対に出さない、腹の底からの怒号が氷のように冷たい空気を容赦なくシェイクする。
指揮官自身、何年ぶりかの全力大声だったので、ちょっとだけ耳がキンキンしてしまう。
「あら? もう増援に来てくれたのね。嬉しいわ、しきか~ん」
「御機嫌よう、指揮官。スペシャリストの私に増援など必要ないはずだけど?」
その怒号を聞くや否や、何事もなかったかのように直立不動で挨拶を返す2人。
それを見て、また指揮官の怒りのボルテージが上がる。
この時点で、さっきまでのケンカの事を謝るのならば、まだ可愛げがあろうというものだ。
「まったく、お前らはシミュレーターの中でまでケンカしやがって。一体どういう了見だ!」
「でも、ネゲヴが」
「だって、UMP45が」
「でももだってもない!!」
再び響き渡る怒号。真っ向からのこれはさすがに効いたのか、2人揃って身を竦める。
今しがたのしれっとした態度も身を潜め、反省の様子が垣間見えたところで一息、指揮官自身も心を落ちつける。
「どうしても気の合わない相手、気に入らない相手がいるのは俺達人間だって同じだ。無理にお互いの仲を取り持つような事まではしない。ただ、そうやっていがみ合って、他の誰かを困らせるような事をしてはいけないよ」
「・・・ネゲヴの事はどうでも良いけど、指揮官に迷惑かけたのは悪かったわ」
「スペシャリストとして至らない点があったのは認めるわ。UMP45の事は置いといて」
「はぁ・・・俺の事はいいよ。それよりも、まずはあの娘に謝ること」
背後、柵の角から41と一緒に3人の様子を覗きこんでいるモスバーグを指差す。
「お前達がケンカしてる間、モスバーグは傍で困り果てていたんだぞ? さっきまでの事を謝って、一緒にこっちに戻ってきなさい」
はい、と素直に返事をすると45とネゲヴは肩を落としながらモスバーグのもとへと向かう。
ちゃんとモスバーグに謝っているような様子を遠目に確認。4人で指揮官のところへと引き返してきた。
「2人からちゃんと謝罪があったかな?」
「はい! しっかりと謝っていただきました! ありがとうございます、指揮官!」
普段から礼儀正しいモスバーグであるが、いつも以上に姿勢が正しすぎて逆に不自然な様子にも見えてしまう。
「あ、ああ、それならいいんだ。? どうしたんだ、41?」
そんな彼女の脚にしがみつき、見上げている41に気がつく。
頭を撫でようと手を伸ばすが、なんと、41はそんな指揮官の手から逃れるようにモスバーグの背後に完全に隠れてしまう。
「ご主人様・・・怖いですぅ」
「っ!!?」
それは例えるならば、清々しい秋風がそよぐ朝。ブレックファーストのパンケーキセットを堪能している最中、こめかみにダネルの大口径弾をお見舞いされたかのような突然の衝撃。
いつも嬉しそうに撫で撫でされてくれる41に怖がられた事で、指揮官はショックのあまり、その場に崩れ落ちてしまう。
「そりゃあねぇ。怒ってる指揮官、すっごく怖かったもの」
「ええ、それはもう、スペシャリストの私もシビれるほどにね」
へたり込む指揮官の頭上で45とネゲヴが揃って頷き合う。
「お前ら、こんな時だけ仲良いのな」
まだダメージは残っているが、いつまでもこうしているわけにはいかない。
立ち上がり、ステージ攻略に取り掛かる事とする。
「それで、正門のセキュリティ解除ってのはどういうものなんだ?」
45とネゲヴに案内され、正門に向かう。
艶の無い、見るからに堅牢な金属製フレームで組まれた門の脇に、タッチ式の電子パネルが設置されている。
パネルの下には数字やアルファベットが書かれたボードが貼り付けてあり、一見、ランダムに羅列されている文字群にも見えるが、ある法則を用いて解読すれば、それが門を開く解除コードになる仕組みだ。
「もうちょっとで解除出来そうだったんだけどね。横でネゲヴが口を挟むから」
「はぁ? これっぽっちも解読できてなかったくせに。指揮官の前だからって良い恰好するのは
やめてくれないかしら?」
また再燃しそうになる2人を視線だけで収めると、指揮官は再び暗号ボードに視線を戻す。
「私はこういう解読作業には疎くて。お役に立てず申し訳ございません、指揮官」
「いや、気にしなくていいよ、モスバーグ。というか、これは・・・」
「とても簡単な暗号文ですね」
あれだけ悩みまくっていた3人を気遣って言わなかった事をサラっと言ってしまったのは41である。
途端に45、ネゲヴ、モスバーグがバツの悪そうな表情を浮かべるが、あえて見なかった事にしておく。
「やってみるかい?」
「はい!」
すでにコードを解いていた41は、ササッとパネルを操作する。
ブザーの音と共に門が開いた事が、解除コードが正しかった証である。
「こ、これくらい、スペシャリストの私なら1人でも解けたんだから!」
「本当にもうちょっとで解けたもの! 本当よ!?」
途端、表向きで強がる2人の心象を現すかのように、ぽつりぽつりと雨が降ってきた。
「降ってきたか。みんな、早いところ屋敷に入ろう」
大粒の冷たい雨は瞬く間に勢いを強め、ほんの数秒の後にはバケツをひっくり返したかのような豪雨へと変貌する。
正門から屋敷までの石畳はかなり長く、全力疾走してもまだ半分くらいしか走破していないくらいだ。
「ふわぁ~! 走りづらいです~!」
「失礼しますよ、41」
ずぶ濡れのコートを引きずり、辛そうにしている41をモスバーグがひょいと抱き上げる。
「しきか~ん、私も抱っこして~」
「身軽なUMP45は放っておいて、重装備な私を助けなさい!」
「お前ら、バカなこと言ってる暇があったら脚を動かせ!」
モスバーグと41の様子を見て便乗しようという魂胆か、甘えてくる2人をスルーして全力疾走を続ける。
ようやく屋敷の玄関屋根下に到着した頃には、外は数メートル先も見えないほどの集中豪雨に
見舞われていた。
風も一段と強さを増し、嵐といってもいいくらいの様相を呈してきている。
「このまま屋敷内に入りますか? 差し支えなければ私が開けますが」
「ああ、頼むよ、モスバーグ」
まるで、板チョコの様な装いの玄関扉にモスバーグが手をかける。
ガコン、と重厚な音を響かせて扉が開く。
その先に広がる光景を目の当たりにして、指揮官は警戒すらも忘れて見入ってしまう。
広大なエントランスは見るからに高級そうな赤色の絨毯が一面に敷かれ、絵画や胸像で豪奢に飾り立てられている。
エントランス中央に鎮座する、2階へと伸びる中央階段の煌びやかな装飾が、それら周囲の装いを更に引き立てているように見える。
現代においては少ないながらも、まだ祭事の会場として使用されるものが残ってはいるが、
指揮官はこれほど絢爛豪華な邸宅に足を踏み入れた事は無い。
いくらシミュレーター内での事とはいえ、あまりのリアリティに圧倒されてしまっていた。
「ずぶ濡れになっちゃったけど、払えばすぐに乾くんだからシミュレーターって本当に便利よね」
「コートは私がやってあげるから、脱いで自分の身体を払いなさい」
「はい、ありがとうございます、45さん」
「指揮官、どうなさったのですか? 早く入っていただかないと、扉を閉められないのですが」
・・・などと、この空間に対して小さくも感動を覚えてしまうが、戦術人形4人はさっさと中に入って身体をぽんぽんと払っている。
慣れた空間だから、という事で特に感慨を抱く事もないのだろうが、なんだか、1人だけで驚いている自分が恥ずかしくなってしまう指揮官なのであった。
「すまない、モスバーグ。閉めてくれ」
言って、指揮官がエントランスに踏み入れたのを確認すると、モスバーグが扉を閉めてくれる。
急激に強まった雨風が打ち付ける音が、まるで獣の唸り声のようにエントランス内に響き渡る。それを聞いているだけで、この屋敷から出るという考えは完全に失せてしまった。
「ごめんくださ~い。誰かいらっしゃいますか~?」
勝手にお邪魔してしまった手前、家主に向かって言葉を投げかけてみるが、その声は、煌びやかで冷たい空間に溶け込んでいくだけだった。
これだけ豪華な装いにも関わらず、人の姿も気配も全く感じられないというのは気味の悪いものである。
「誰も出てこないわね。外には出られないのだし、このまま屋敷内を捜索しろって事なんじゃない?」
「そうだな。まずはこのエントランスから見て周ろうか。何があるか分からないから、全員、警戒は怠らないように」
了解、と4人揃って返事をすると、エントランスを上手く散開して捜索にあたってくれる。
エントランスの間取りは、玄関扉を南において、西と東に扉が3つずつ。北に扉が1つ。
4人のやりとりを聞いたところ、東西の扉1つはそれぞれ応接間と食堂に繋がっており、2つは廊下が伸びているようである。
まずはエントランスの捜索が目的なので、廊下の先がどこに繋がっているのかは後回し。
最後に、中央階段の裏に隠れるように設けられた北側の扉を調べてみる。
「ご主人さま、この扉だけ他のと違いますね」
「重要な扉です! って言ってるようなもんだよな、コレ」
エントランス内、他の扉と違って両開きというだけならまだそれほど気にならないのだが、扉には鍵がかかり、解錠する為の鍵穴の様なものは見当たらない。その代わりという事なのだろう、
左右のドアノブの傍に何かを嵌め込むような窪みがついている。
どこかでキーアイテムを見つけてきて鍵を開ける、というゲームらしさ満点なギミックだ。
「鍵がかかっているのですか? でしたら、私にお任せ下さい」
背後からは、聞くからに自信満々なモスバーグの声。
鍵になりそうな物でも見つけたのだろうか、と振り返ると、彼女は大きな〝カギ〟を両手で構えて歩み寄ってきていた。
「ちょ、何する気だ!?」
「鍵開けは私の最も得意とするところですよ」
その言葉でモスバーグが何をしようとしているのか分かった指揮官は、きょとんとしている41の手を引いて扉から離れた。
「41、耳を塞げ!」
2人が耳を塞いだ、その直後だった。
内臓にまで響くような、ショットガンの重い発砲音が3回、エントランスに響き渡った。
至近弾で扉の蝶番を吹き飛ばし、ドアをぶち破る。お手本の様なショットガンの運用方法である。
「なになに!? 敵? 敵がいたの!?」
「殲滅ならスペシャリストの私に任せなさい!」
騒ぎを聞きつけて彼のもとに走り寄ってくる45とネゲヴに問題ない、とサインを送る。
「あれ? 傷一つ付かないとは」
散弾を撃ち込まれたというのに蝶番も壁も無傷。これは、ステージを1つクリアしてきた指揮官には予期出来た結果である。
「無駄だよ、モスバーグ。ステージには決められた進行手順っていうのがあるみたいで、その手順を飛ばして先に進む事はできないんだ」
この場合は専用の鍵を用いて扉を開けること、というのが正式な手順なのだろう。モスバーグがやったように扉をぶち破って先に進む、という〝ズル〟はこの世界では不可能である。
「そうなのですね。先走ってしまい、申し訳ありませんでした」
「気にする事はないよ。これは遊びの様なものなんだから、気楽にやろう」
しゅん、とした様子のモスバーグを慰めてあげたところで全員が扉の前に集合する。
「この扉の先に進む必要があるんだろうが、見ての通り鍵がかかっている。みんな、周囲を捜索している最中に鍵は見つからなかったかな? もしくは、ここの窪みに嵌りそうなモノとか」
4人ともに首を横に振る。家具類はもちろん、調度品まで調べるように言っておいたので、
エントランス内に必要なモノは無いだろう。
そうなると、いよいよこの広大な屋敷の中を捜索しなくてはならない。
前ステージでは色々と大変な目に場面も多かったので、今回は慎重に事を進めたいところだ。
「それじゃあ、お屋敷内の大捜索ね。2チームで東西に分けて捜索するのがベストだと
思うんだけど、どうかな、指揮官?」
「それで構わないよ。チーム分けはどうする?」
「グーパーで決めよう!」
握り拳を高らかに掲げ、45が宣言する。
各々じゃんけんのグーとパーを出し、同じ手を出した者同士で分ける、というのが45の言うグーパー分けである。
てっきり、いつものように戦力を考えて的確なチーム分けを行うのかと思いきや、かなり手抜きな分け方だったものだからガクリと力が抜けてしまう。
だが、今さっきモスバーグに遊びだからと言った手前、口出しする気もない指揮官である。
「それで良いのかしら? 大好きな指揮官と別になって泣きベソかいても知らないわよ?」
「あら、心配してくれてありがとう。でも、私と指揮官は特別な縁で結ばれてるから、離れるなんて有り得ないのよね~」
さっき怒鳴られてしんみりしていたのもどこへやら。再びバチバチし始める2人だが、もう疲れたのでスルーを決め込む。
「一緒のチームになれると良いですね、41」
「はい! モスバーグさんとご主人さまも一緒だととても心強いです!」
「俺も心強いよ。キミ達2人がいてくれて本当に良かったと心から思っている」
指揮官にとって、このチームの癒しである41かモスバーグのどちらかは同じチームにしなければならない。
45とネゲヴに挟まれでもしたら、それはもう目も当てられない状況になる事請け合いなのだ。
「じゃあ、いっくよ~。ぐぅ~ぱっ!」
45の掛け声に合わせ、円になった5人が中央に向かって同時に手を出す。
指揮官と同じパーを出したのは、45、モスバーグ、41。
グーはネゲヴだけ。
悲惨な結果であるが、こういう結果になる可能性が十分にあるグーパー分けは、任意の人数で別れるまで繰り返し行われるのが基本だ。
・・・しかし
「はい、ネゲヴぼっち~」
超ドヤ顔で45が言ったが最後。もう、この先の展開が読めてしまって、指揮官の頭痛も数割増しである。
「い、いいもん、1人だって! むしろ1人の方が戦いやすくて楽だし! ぜんっぜん、どうってことないし!」
「いやいや、1人じゃあさすがに危険だろう。2対3になるまで継続だ」
顔を赤らめ、無理してるのみえみえで言うネゲヴをフォローしてみるが、効果はかなり望み薄だ。プライドが高いという事もあって、一度ムキになったネゲヴは、もう動かざることなんとやらなのである。
「いいの! 私1人で鍵みたいなの全部見つけてやるんだから、首洗って待ってなさいよ、
指揮官!」
いつのまにか指揮官に矛先を向けるや、ネゲヴは踵を返し、1人でずんずんとエントランス西側に向かって突き進んで行ってしまう。
逆効果になりかねないとは分かっていても、本当に1人で行かせてしまうのは躊躇われる。
ネゲヴを追いかけようと踏み出す指揮官だったが・・・
「私が行きますよ。指揮官が行ってはおそらく逆効果ですから」
それを制止したのはモスバーグだった。
本当にもう、モスバーグには頭が上がらないどころか、脚を向けて眠れない立場である。
「すまない。頼んでもいいかな?」
「ええ、マシンガンの彼女とは相性の良い私ですから」
そう柔らかく微笑むと、すでにエントランスから出て行ってしまったネゲヴを追いかけていく。
「やっぱり頼りになる娘だな」
感心するその視線の先、モスバーグは扉を開け、エントランスから出て行くが・・・それは、
ネゲヴが出ていった扉の横の扉であった。
まさか、そんな面白い事をするとは夢にも思わなかった指揮官には、それを注意してあげる暇すらもなかった。
「・・・ま、まぁ、ちょっと抜けてるとこもあるけど。頼りになるのは変わらないよな、うん」
自分を無理に納得させるように一つ頷いておく。
「さぁ、一緒のチームで楽しく探検しましょ~」
両腕を広げ、体いっぱいで嬉しさを表現する45。ネゲヴを追い払った事に対しての罪悪感など微塵も感じてないご様子だ。
「お前、少しは罪悪感とか無いのかい?」
「1人でも平気だって言ったのはネゲヴだもの。私は何も悪い事してませ~ん」
やっぱり45は予想通りの罪悪感ゼロで、見ていていっそのこと清々しく感じるくらいである。
「はぁ~・・・っていうか、41はどこに行ったんだ?」
「モスバーグに感化されたのか、私達の為に先行して様子を見てくるってさ。だから~、今は
2人っきり!」
言って、腕に抱きつこうと飛びかかってくる45をヒラリと避けてみせる。
もう、45の行動は初動で大体見抜ける指揮官なのだ。
「な、何で避けるのよぅ?」
「今はダメ。41を追いかけるのが先だから」
「え~? きっと、41は私達に気を遣って2人っきりにしてくれたんだよ? ご厚意には甘えるべきだと私は思うけどな~」
「俺は思わん。何があるか分からない場所なんだから、できれば目の届く範囲に居てもらいたい」
「む~~」
頬を膨らませ、拗ねてみせる45が可愛くて仕方ないところだが、今はそれよりも重要なことがあるので我慢。指揮官としての威厳を見せる為に、歯を食いしばって超我慢である。
エントランス東に設けられた3つの扉のうちの1つ、41が入っていった扉を開くと、2人が並んで通れるほどの広さの廊下が真っ直ぐに伸びていた。
その先、右に折れた角で銃を構える41の姿が確認出来る。
「41、先に何かあるのか?」
接敵している可能性も考え、銃を抜いて41に確認を行う。
「いえ、廊下の先に扉があるだけです。ご主人さまと45さんはゆっくり付いてきて下さい」
そう答え、41はまた先に進んでいってしまう。
45の言うとおり、なんとなく指揮官達の事を気遣っているような雰囲気を感じられる。
「扉の先には進むな! 俺達が付くまで待機してろ!」
分かりました~、という返事が先から響いてくるのを聞きながら廊下を進む。
相変わらず床の絨毯はフカフカだし、真っ白な壁紙には染み一つ無い。これだけ手入れが行き届いているのに、この屋敷内には指揮官と戦術人形達以外の生気というものは微塵も感じられない。
いよいよもって、指揮官の本能が警鐘を鳴らしはじめている。
「指揮官、その服装カッコイイね」
「そりゃあどうも」
「・・・サングラス掛けないの? もっとカッコ良くなると思うよ」
「眩しくないから必要ないよ。前のステージからの流れで持ってるだけだし」
背後に付いてきている45の様子が、ちょっと変だとここで気が付く。
こういった、リアクションに困る内容を振ってくるのは稀なことなのである。
「もしかして、さっき俺が怒鳴った事を気にしてる?」
「・・・・・・うん」
背後を見やると、45は浮かない表情のまま後ろで手を組んでいた。
45がこれだけヘコんだ様子を見せるのは、ボロボロにやられて任務失敗した時くらいのものである。
指揮官の素っ気ない返答を聞き、さっきの事を怒っていると思ってしまったようである。
どうやら、お説教による45の精神的ダメージは予想以上に大きかったらしい。
「さっきネゲヴとケンカした事、本当に反省してるわ。だから、私の事を嫌いにならないで
ほしい」
まさか、これほど直球な台詞を投げかけてくるとは思わなかったので、つい笑いが零れて
しまう。
真面目に怒ってやればこんなにしおらしくて可愛い45を見られるんだな、と心の隅で悪い事を思ってしまったのは内緒の話しである。
「何だよそれ。もう、そのくらいでどうこうなる程度の仲じゃないだろう?」
「・・・本当に?」
「少なくとも、俺はそう思ってる。45は俺がちょっと悪い事したらすぐに嫌いになったり
する?」
静かに首を横に振る45の様子を見て安心する指揮官。後ろに振り返り、45の頭をそっと抱き寄せる。
突然の事に少し驚いた様子の45だったが、すぐに自分から指揮官の胸に身体を預けてくる。
「分かってくれたなら良し。服装を褒めるとか、そんなご機嫌伺いみたいな真似するんじゃないの。お前らしくないから」
「そんなつもりじゃないよ。指揮官のロングコート姿、すごく似合ってる。たぶん、他の娘もそう思うんじゃないかな?」
45の言うとおり、この恰好を見た41も随分と褒めてくれていた。しかし、鉄血のエリート
人形みたいな格好にも見えかねないので、万が一、誤射されたらたまったものではない。
褒めてくれたという事だけありがたく受け取っておいて、でも、現実では着る事の無い服装として封印されるのが運命であろう。
「・・・でも、〝ソレ〟はちょっと気に入らないかなぁ」
「何だよ、ソレって?」
今までのしおらしい様子から一変、45の声色が氷の様な冷たさを帯びる。
普段通りを装っているが、指揮官の背筋に嫌な予感が迸った。
「何、その銃?」
〝銃〟が〝女〟に空耳してしまいそうなフレーズと共に45が指差したのは、指揮官が手にしている拳銃だった。
「これ? これは、前のステージ開始時から持ってた銃で」
「そういう事を言ってるんじゃないの! それ、カスタムされてるけどベースはガバメント
でしょ!」
つまり、お姫様は自分とお揃いの銃を持っていない事がお気に召さないご様子。それも、
グリフィン内の別の戦術人形と同じ銃だったものだから尚更だ。
「俺がガバメント使ってるからって妬く事ないだろう? 大口径でパワーあるしグリップは握りやすくて使いやすいし」
「や、妬いてなんかないし! 私の前で他の銃を褒めるなぁ! バカ!」
ぼすん、と指揮官の胸を叩いて捲し立てると、45は乱暴な足取りで先に進んで行ってしまう。
「しょんぼりしたり怒ったり忙しいな」
ぼやきつつ、でも、いつものような彼女に戻ってくれた事に安心して、指揮官も45の後を
追って歩き出す。
「45さん、ご主人さまと仲直りできましたか?」
「もちろんよ。さあ、一緒に先に進みましょう」
「ふぇ? ご主人様を待たないと・・・」
「いいからいいから、あんなの放っておけばいいの」
まだ指揮官は廊下の角を曲がったところだというのに、先に41と合流した45は指揮官を置いて2人で先に進もうとしている。
「お~い。俺を置いて行かないでくれ~」
そんな、45なりの意趣返しを甘んじて受け止める指揮官は、言いつつも、急いで2人のもとに駆けつけるようなことはしなかった。
41に見えないよう、指揮官に向って舌を出す45の姿が扉の先に消える。
「まったく、可愛いヤツめ」
言葉と共に、つい笑顔まで零してしまった事に気恥しさを感じてしまうが、この廊下には他に誰もいやしないのでセーフとしておく。
少し早足に廊下を進み、突き当たりの扉に手が届くまであと数歩。
・・・別段、何が聞こえたわけでも、違和感を感じたわけでもない。ふと、何気なく背後に視線を移した時だった。
「・・・?」
今しがた歩いてきたばかりの長い廊下。その先、左に折れる角から、こちらを覗き見る人影が目についた。
ネゲヴでもモスバーグでもないのは一目瞭然。でも、指揮官が警戒態勢に移行しなかったのは、その人物が年端もいかない少女だったからだ。
「えっと・・・こんにちは。キミは、このお屋敷に住んでいるのかな?」
笑顔で語りかけてみると、少女は廊下の角から進みでてくれた。
背の中ほどまで伸びた金糸のように煌びやかなブロンド。蒼天を思わせる澄んだ青色の瞳。
指揮官が屈んで、ようやく目線が合うくらいの身長の少女は、ドレスの様な装丁が施された黒い
ワンピースの裾を揺らしながら、とてとてと歩み進んでくる。
あまりにも出来過ぎた愛らしさを纏う少女に、既視感を抱いてしまう。
「1人なのかな? お父さんかお母さんはどこにいるの?」
屈みこみ、少女と目線を合わせて会話を試みる。
ステージ内に存在する人物との会話は、あるキーワードを含めた会話でなければ成立しない。
今の状況を考え、相手が反応してくれるまで会話を投げかけ続けるという、少々めんどくさい方法になってしまうのだ。
思いついた会話を投げかけ続けるが、少女は一向に反応を見せる事なく、じっと指揮官の事を見つめ続けている。
生気の薄い、透き通った瞳を間近で目の当たりにして、ついさっきの既視感の原因に心当たりが浮かんだ。
この少女の纏う雰囲気は、共に過ごしている仲間達、戦術人形達にとても似ているのだ。
「一緒に来るかい?」
そんな彼女達に合わせたら何かリアクションがあるかもしれない。そう思って聞いたこの言葉が大当たり。少女はコクリと頷いて、小さな手を差し出してくれた。
「よし、じゃあ、行こうか」
立ち上がり、少女の手を優しく握る。
その最、少女の首にかけられているネックレスに目が止まった。
革紐に繋がれたトップには、血のように濃い赤色の宝石。その大きさ、形ともにエントランスの扉の窪みにピッタリと嵌りそうである。
(この子がカギを握ってるってところか? さて、ここからどうやって話しを進めたものか・・・)
さしあたり、この子を45と41に合わせて反応を見るのが先決。
ピッタリと寄り添う少女を連れて、指揮官は扉の先へと進んで行く。
~NEXT プレイヤーズフロントライン~
「このっ! すぐにスクラップにしてあげるわ!」
バトったり
「一部の人間はね、こうして犠牲になった仲間へ祈りを捧げるんだ」
しんみりしたり
「ネゲヴと指揮官の子供かと」
でもやっぱり
「ああ、あのオッパイお化けね」
いつものクオリティです。はい
プレイヤーズフロントライン 5話 Coming Soon
やっぱり確執のある45とネゲヴですね。
前作からの続きということもあるのですが、個人的にはこの2人がギスギスする様子が非常に良い感じなので、これからも2人はこんなきっと感じです。
それでは、来週もどうかお楽しみに。