のび太と鋼鉄の乙女【アイアンガールフレンド】   作:毛根タフネス

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 読者の皆さん、2009年6月26日に放送されたドラえもん「のび太を愛した美少女」をご存じでしょうか?

 ゲストキャラのインパクトが強くて自分にとって特に印象が強い回だったと思っています。

 今回の短編は、あのエピソードから4年、ドラえもんがいなくなってから3年経った時期を舞台にしています。

 未視聴の方でも楽しんで読んでいただけるように精進いたします。

※ サブタイ変更しました


滞滞泥泥

 人目のない薄暗い山。小さな崖から幹がせり出した木に、PPロープを括り付ける。ロープの直径は6mm。耐荷重量は380kgと申し分ない。

 

 幹から垂れるロープは二度折り曲げたのち、三本重なり重なった部分にロープの先端をくるくると巻き付け束ねた。…俗に言う「hangman knot(首吊り結び)」という奴だ。

 

 ロープの輪っかをボーっと見つめる。横で羽虫が飛んでいる。鬱陶しい。

 この暑さと湿気では、死体がグズグズに腐乱するまでにそう時間はかからないだろう。

 

(…なんで僕が死なないといけないんだ)

 足場用に拾ってきた清酒コンテナを放り捨て、少年は心の中で独り()ちた。

 

「…」

 吊られたロープを見て、気の迷いで他人が首にかけないように、ロープも足場も撤去した。

 

 

 行く道で不法投棄されたゴミを見かけた。足場用に拾った清酒コンテナもその一つだ。空きビン・空き缶から旧式のパソコンや自転車の残骸まで選り取り見取り。手持ちの工具で分解。CPU、メモリー、HDD、状態の良い基盤、ダイナモ、トランス(変圧器)etc。使えそうなものを取る。買うと高くつく。

 …次いでだ。使えなさそうな残骸はごみ処理場に持っていこう。一回じゃ無理だけど。

 裏山は好きだ。きれいにしておくに越したことはない。

 僕の死体で汚くしていたかもしれないけれど。

 

 処理場まで歩いて行ったら、すっかり遅くなってしまった。

 しかしまだ日は落ちてない。つい先日夏至だったか。

 

(…嫌なこと思い出した。あの時(・・・)もこんな時分だったな)

 甘酸っぱく苦い思い出。あの頃の無力感と絶望は思い出したくもない。

 

 図書館。今日死ぬからと、借りていた本は全て返却していた。

 本は不思議だ。小説の無機質な文字の羅列や図鑑の情緒豊かな写真群が、ぽっかりと開いた日常の虚ろを埋めてくれる。昔は大して読みもしなかったのに、最近ではかかりきりだ。

 前回は、「野山の薬草図鑑」とか、「役に立つロープの結び方」やら、推理小説一山いくらを借りた。今度は何を読もうか?閉館時間が迫っている。急かされるように僕は本を選んだ。

 

 河川敷の下。日は既に暮れかけているが、小さな人影が見える。

「探し物?」

「野球をやっていたらボールを取り損ねちゃって…川の中に。友達のニューボールだったから」

「…その友達は?」

「先に帰っちゃった。見つけられなかったら弁償しろって…」

 男の子の顔には痣。ひざ下まで泥につかり、葦やら何やらが生い茂る川辺を探っていたせいか、肌は切り傷だらけで、たくさん蚊に刺されていた。

 

「それはきっと友達じゃないよ」

 

 男の子と一緒にボールを探した。20分ほどして、ガマの群生地の根元にボールが引っ掛かっているのを見つけた。ボールは泥だらけであった。

 

 男の子を家まで送った後、暗い夜道をとぼとぼ歩く。

 リュックに入れたジャンクと借りた本が重い。足がドロドロで気持ち悪い。スーパーで惣菜を買う予定であったが、これでは買いに行けない。

 父は単身赴任、母は親戚の葬式で実家に戻っている。ご飯も炊いていないから、今日は買い置きのカップラーメンでも食べよう。

 

 自宅の門をくぐる。横のポストに紙がぐしゃぐしゃに詰め込まれている。

 

『死ね!殺人予備軍』

『野比のび太は危険人物、即刻拘束すべき』

 

 正義屋気取りめ。

 

「…疲れた」

 

(もう、疲れたよ。ドラえもん)

 

 幸せって何だろう?ドラえもんは静香ちゃん(普通の女の子)とのありふれた結婚生活を是とした。

 自分もその時はそれが幸せだと信じて疑わなかった。

 

 でも君が居なくなってから3年経って、自分のような標準から外れた人間は普通に生き辛い事に気づいた。静香ちゃんもこんなバランスの悪い人間より、出木杉の様な信頼のおける器用万能な人間に惹かれるに決まっている、いや既に惹かれている。

 

 正直、5代先の子孫(セワシ君)の幸福を憂う余裕なんてない。普通の中で自分が生きていこうとするだけで精一杯だ。

 

 むしろ、子孫(セワシ君)親友(ドラえもん)が望む未来を見せつけられて僕は…

 今の僕は、本心ではドラえもん達を…

 

(…止めよう)

 

 寝れば、その間忘れられる。最も安価な向精神薬だ。

 

 扉に貼り付けられた不快な落書きを剥がし、鍵を開ける。泥だらけの靴と靴下をぬいで玄関を上が…

 

(灯り?)

 先も述べたが、家に両親は不在。玄関の鍵は掛かっている。しかし、2階の自室から明かりが漏れている。

 

(消し忘れていた?いや、外から見た時はついていなかった。誰だ?…まさか)

 

 泥棒かもしれない。でも帰ってきたこのタイミングで?

 衝動は抑えられなかった。まさか…まさか…

 

「ドラえも…ッ⁉」

「ひゃっ⁉」

 

 靡く空色の長髪。翡翠色のどんぐり眼。鈴を転がすような声音。

 違った。親友(ドラえもん)ではなかった。

 でも知っている。僕は彼女を知っている。否、より正確に言えば彼女の同型機の事を。

 

「メイドロボ実地研修で参りました、個体番号B-800-M510:ルリィと申します!!

 きょ、今日からお世話になります!よろしくお願いします!」

 




…いきなりひでぇや

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