主なネタバレ誓女:アスタル、アスタル(お正月Ver)、ピノ
主なネタバレ巨神:魔術の巨神、無限の巨神、不滅の巨神
——本当に、自由に生きても……いいのですか……?
その言葉に人形は作り物の身体を軋ませながら「モチのロンです!」と笑ってみせた。
小さく息をのむ音とともに、琥珀の少女は顔を覆って涙を流した。
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彼女は悪夢の中にいた。
胸の中から羽根でくすぐられるような感覚とともに目を覚まし、目覚めても覚めぬ悪夢にうなされ続けていた。
彼女には今まで自由というものはなかった。
求められるがままに、ただ人の願いを叶えるために生きてきた。
どれだけの年月をノイアと共に生きているのかもわからないし、どれだけの時間を編んできたかもわからない。
とうに親兄弟は死に絶えて、この方舟の元でやってきた者の願いを叶えてただ揺蕩っていた。
長い長い時の中で、時にはどこかの国の王族が訪ねてくることも、迷い込んだ孤児が現れることもあった。
皆が幸せになる中、白識の聖女であるアスタルだけはなにかを願うことを、幸せになることを許されることはなかった。
彼女には女神ノイアが宿されていたからだ。
幼い彼女をこの地に封印したのは実の父だ。
『留めることでしかなんとかすることができなかった。すまない……アスタル……』
そう顔を覆って涙を流していた父の顔はもうぼんやりとしていて、記憶から消えかけていた。
それもそうだ。わたくしが『ここにいること』を望まれたという結果と父の別れの言葉しか今では想い出すことができないほど昔の話だ。
役に立つことが父から受けた愛情への答えだと思い、涙を流す父の言う通りアスタルはここにいた。
封じられたアスタルを訪ね、最初にこの地にやってきたのは新天地へ消えたはずの王族だった。
おそらく方舟の中から父とアスタルのやりとりを見ていたのだろう、彼女に女神ノイアが宿っているのを知って現れたのだ。
「我らに死のない人生を、永遠を勝手に授けたのは貴方ではないか! なぜ、なぜ奪うのだ……!」
幼いアスタルには頭を垂れるべきだということしかわからなかった。
ただ、この方々が激情していて、それが自分の中にいる羽根のようななにかに関係するのはわかったが、なにをすべきかはなにもわからなかった。
王族はアスタルに暴力をふるい、そしてまた方舟へと戻っていった。
——それが、最初の願い。
しばらくするとまた王族は現れた。
アスタルの中に宿る女神ノイアを利用して今度こそ病に侵されない不死を得るのだと奮起していた。
王族が現れたことで幼いアスタルは、また暴力をふるわれるのではないかと小さな怯えと共にまた頭を垂れた。
身体中を弄くり回され、魔術にかけられ、すべてを詳らかに調べ上げられた。
ノイアが宿るとはいえ、ただの人の子。魔力がない以外はなにもなくただ無為に時間が流れていった。時間は無限に存在したので誰も気にする者はいなかった。
ある時、王族の一人が、小さく『神の知識があればな』と呟いた。
——それが、二つ目の願い。
その王族の頭の中に突如、神の知識——咒歌が出現した。
咒歌がどのようなもので、どうすれば使えるのか、咒歌について、すべての知識がただそこにあった。
創世の神秘から魔術の深奥まで、世界のすべてがそこにあることに気付いた王族は小さく慟哭し、"アスタル"を正しく利用する方法を得た。
一つ、"アスタル"は願望器であり、その者の口にした強い願望を叶えずにはいられないこと。
一つ、望みはどんなものでも叶い、『世界を夜にする』などという途方もないものですら叶うこと。
一つ、"アスタル"が心の底から拒絶すれば叶うことはないということ。
その三つが願望器"アスタル"を形作った。
"アスタル"が拒絶をするということはなかった。王族からの命令として『願望を叶えることを役目とする』願いが叶えさせられたからだった。
——それが、三つ目の願い。
それからアスタルはただの願望器として過ごした。
"アスタル"本人の望みは誰にも聞かれず、訪れた者の言葉を叶え、それ以外は眠り、悪夢の中を生き続けた。
ある時は王族の願いを叶えた。——贅沢に慣れた身には新しい世界は足りないものばかりだったらしい。
ある時は外から来た王子の願いを叶えた。——いつか王位を継ぐであろう妹の前途に光を与えたかったらしい。
ある時は孤児の願いを叶えた。ある時は老婆の願いを叶えた。ある時は、ある時は、ある時は。
時折、願いのお礼にとアスタルへ花を渡してくる者や、小さな少女がここにいることを気にかけてくる者もいた。
この時が彼女にとって、小さな救いだった。親から離され封じられた少女が少女としていられる瞬間だった。
ある日、以前願いを叶えた王子がまた現れた。
どうやら何度も何度も願いを叶えていることで、外では女神や白識の聖女と呼ばれているらしい。そして、『国の威信を揺らがしては困る』と。
魔力がないただの娘、アスタルは気付かないうちに信仰の対象にまでなっていた。
王子の願いは当然のように叶えられ、方舟の周囲に遺跡が生まれ、外から遺跡へと続く道に扉が生まれた。
方舟にいる王族と、王子の国の王族以外はアスタルの元へと入ることができなくなり、アスタルを人として認識する存在はやってこなくなった。
アスタルは『国の権威』と『永遠の贅沢』の為にただただ願いを叶える道具でしかなくなったのだ。
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ある時、いつものように王族から『願い』を聞いた。
曰く、我らは永遠に飽いてしまった。我らの人としての生に終わりを与えてくれ。
アスタルはそれを叶えた。
王族は物言わぬ琥珀色の糸になった。
王子の国は二度国の名を変えた。
そのうちに"アスタル"の名は伝説の中に忘れ去られ、国を守護する女神だという程度になったようで、人の人生一回分ほどの時間で一度願いを叶えるか叶えないかという程度になった。
誰にも願われず、誰にも話しかけられない長い長い時間は孤独だった。
しかし、ノイアの器であるアスタルは王族のように終わりを選ぶことすら許されない。アスタルが終われば世界が終わるのだと長い時の中で理解してしまっていた。
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長い長い時を編んでいた。
琥珀の糸はどこまでも続いていて、終わりがなかった。糸を編むことを望まれたのは何代か前の願いの時だ。
美しい琥珀の糸を見た人が永遠の織物を望んだのだ。その後やってこないということは彼は死んだのだろうか。
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久々に王子の国から人が来た。
願いを叶えた。春が、魔力が戻った。
そして、龍が空を泳いだ。
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花に満ちた場所で座り込み、永遠を編み続ける。
人が訪れない、一生ほどの時間がまたやってきたのだから、アスタルは望まれたとおり編み続ける。
「なんで、真龍があらわれたんだろ?」
言葉が聞こえた。
どうやらまた願いを叶える時がやってきたらしい。
彼女の呟きに答えを返すと、小さな人形は驚いたように瞼をぱちくりさせ、アスタルの方へと歩いて「あなたは誰ですか?」と口にした。
——わたくしを、人のように扱ってくれるのですね。
——わたくしは白識の聖女。あらゆる願いを叶える存在です。
人形は聖女と出会い、そして自身の役目を悟った。
少女は人形と出会い、そして自身の望みを識った。
——わたくしは、自分の願いは誰かの役に立つことだと思っていました。
——でも、違ったのです。あの子が願ってくれたから。わたくしの願いが叶うようにと、祈ってくれたから。わたくしは、自分の本当の願いを識ることができたのです。
——ありがとう、プロセルピナ。
——次の宇宙では、あなた方の前途に幸いあれ。