クリスマスイブと大晦日の、ある三人のお話

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彼女のために鐘は鳴る

「ぎゃあああああああああ!!!!」

 

 ぼーん、ぼーん。厳かな鐘の音が響き渡る中、それに負けじと大声を張り上げ、俺は走っていた。ザクザクザクと新雪を踏み鳴らし、参道を一段飛ばしで駆け下りていく。滑りそうで怖いけれど、捕まった時のことを考えるともっと怖いので、そんなことは気にしちゃいられない。

 

 長い階段を終えようやく着地すると、その拍子に滑って転倒した。背中から大きく体を打ち付けて、かひゅ、と肺が潰れたような、掠れた声が出た。呼吸が苦しい。辛うじて漏れた息は、冬空に白く昇っていった。

 

「………………」

 

 その先に、ヤツがいた。百合のように白い肌、氷の如く冷たい美貌。白装束が憎らしいほど似合っていて、それが正装なのではないか、そう思わず疑ってしまう。地面を強く踏み締め、緩やかににじり寄ってくる彼女の姿に、俺はゆっくりと目を閉じた。

 

 

 *

 

 

「えー、それでは冬休みを有意義に過ごすように。以上、解散!」

 

 担任の無駄話が終わり、解放の喜びから生徒たちが各々駆け出すのを眺めて、ガキかよなんて苦笑する。実際そうしたいのは俺も同じだが、そこは思春期特有のプライドが、そんな大人気ない真似はするまいと顰め面をした。

 

「おーい東輝(トウキ)、早く帰ろうよ」

 

「うむ」

 

「何でそんなに難しい顔してるの? 冬休み嫌なの?」

 

「いや、溢れ出る喜びを人知れず噛み締めてる」

 

「ええ……?」

 

 困り顔をしたのは幼なじみの小町(コマチ)。家が近所でお互い陸上部なので、登下校はいつも一緒である。今日は練習もないので、さっさと帰りたいらしい。

 

「そんなんだから彼女できないんだよ? カッコイイのに」

 

「うるせえ、お互い様だろ」

 

 小町は成績優秀運動抜群容姿端麗と絵に書いたような美少女である。しかし、そのド天然っぷりを御しきれる相手が現れず、一向に彼氏ができない。つまり残念美人なのだ。不満そうに茶気味のポニーテールを揺らして、「本当に置いていくよ?」と怒るものだから、素直に謝って廊下に出た。

 

「お待たせ、汐梨(シオリ)

 

「……いえ、大丈夫です先輩」

 

 読んでいた本を静かに閉じて、汐梨は顔を上げた。腰までかかる流麗な長髪をかきあげる姿は酷く様になっていて、まあ綺麗という他ない。その美貌に引き寄せられた羽虫が数十匹、思いを告げてはたき落とされたとか何とか。

 

「んじゃ帰ろ帰ろ! ようやく冬休みだよー!」

 

 元気よく駆け出した小町に続いて、俺たちも足早に階段を下りていく。が、その距離は絶妙に開いている。一年年下のコイツは、小町に()()懐いていて、俺とはほとんどロクに口を聞いたことがない。部内の業務連絡すら必ず小町を経由して伝え合っている程である。別に嫌いだからとかじゃなくて、多分お互いに受動的なタイプだから、近づく切欠を得ることがないままズルズルとここまで来てしまったのだろう。まだ友達の友達、他人に過ぎない段階なのだ──と、最近までは思っていた。

 

「高二にもなって冬休み程度であんなにはしゃげるなんて子供だよなあ──なあ?」

 

「………………」

 

 横目でちらりとこちらを見た後、汐梨の足は先程よりも早くなった。その一瞬の、冷めた様子が心に残ってしまって、小さく息を吐く。

 これなのだ。流石にそろそろ仲良くなりたいと思って、最近はちょくちょく話しかけるようにしているのだけれど、毎回塩対応。どころか明らかに嫌われている。悲しいがしょうがない、と気持ちを切り替えて小町に追いついた。

 

「待てって、小町。そんなに急ぐ必要ないぞ」

 

「えー!? 東輝は早く帰りたくないの!?」

 

「そりゃ帰りたいけど、だってもうバス行くし」

 

「あーっ!」

 

 丁度目の前をバスが通り過ぎていった。バス停まではまだそこそこある、どう急いでも間に合うまい。つまり次が来るまでの約三十分、座して待つしかないのである。

 

「うう……急いだ意味があ……ごめん二人とも、無駄に焦らせちゃって……」

 

「お気になさらないでください」

 

「ああ、気にすんなよ。いつものことだから」

 

「え、私もしかしていつもこんな感じ?」

 

 田舎のこじんまりとしたバス停は、三人で入るには少し狭くって息が詰まる。が、寒い冬にはそのくらいで丁度いい。夏場なら御免だが。

 

「はー、あったかいココア飲みたい〜」

 

「一番あったかいところにいるくせに何言ってんだ」

 

 白い息を吐きながら漏らされた呟きに、とりあえずツッコんだ。狭い長椅子に小町を挟んで三人で座っているのだから、やつが一番ぬくいに決まっている。

 

「……………………」

 

 温もりを欲していることを知ったからか、汐梨は蛇のようにしなやかに小町の腕にまとわりついて、ギューッと抱きしめた。「やーんあったかい、ありがとー!」と抱き返すアホを見て、このバカップルがと吐き捨てる。

 

 とはいえまあ、今日でしばらくこの時間がなくなると思うと、少しだけ名残惜しい気もした。

 

「そういや東輝、クリスマス予定あるの?」

 

 クリスマス。そういえば明日に迫ったイベントである。街が浮かれた高校生で溢れかえるイベントのひとつ。このタイミングでそれを出すということは、『お前ごときには大した予定はないだろ!』という偏見の意思表示だな。

 

「は? 馬鹿にすんなよ、あるよ。チキン食って聖書読んで十字架に磔られることになってるよ」

 

「なんで処刑される感じになってるの? 聖人なの? 最後の晩餐だったの?」

 

「そういうお前はあるのかよ」

 

「ないよ。ないから誘ってるんだよ」

 

 誘ってたのかよ。そうならそうとハッキリ言え。

 

「イルミ見に行かない?」

 

「いや、今年はダメだ」

 

「え、何か予定あるの?」

 

 誤魔化そうかとも思ったが、しょうがない。ちゃんとした理由を伝えることにするか。

 

「……俺ら毎年クリスマス一緒じゃん? そろそろよくないと思うんだよな、ソレ。さっきも言ったけどお前可愛いんだからさ、ちゃんと彼氏探せよな」

 

「────うん……そうだね」

 

 そういって頷いた小町の頬は、寒さのせいか、少し赤く染まっていた。

 

 *

 

 そこから一週間、変哲のない日々は過ぎて大晦日となった。年の瀬に殊勝な気持ちになった俺は、つまらない特番を早々に切り上げ、折角なので初詣に行くことにした。向かうは近所の小さな神社である。

 

 近所といっても田舎なので、結構かかる。積もり始めた新雪を踏み鳴らし、歩くこと数十分。ようやく神社に着いた。夜の雪景色の中、荘厳と直立する鳥居は何とも迫力がある。階段を上がり、鳥居をもう一つ抜ければお待ちかねの境内だった。

 

 お寺が近いため、除夜の鐘が聞こえてくるのが神仏習合って感じで面白い。鐘が終わるその時まで、手持ち無沙汰だなと辺りを見回すと、本殿の裏手、御神木の影で何かが動いている。続けてこく、こく、と啄木鳥(キツツキ)がノッキングするような音が聞こえてきて、何が起きているのか察した。

 

「丑の刻参り……!」

 

 深夜に神社に来て藁人形を釘で打って、相手を呪うとかいうアレ。見られたら叶わないとかいうアレ。追われてトイレに逃げ込んだら天井に女が張り付いているとかいうアレだ。

 つまり、知らぬが仏、言わずが花ということである(ここ神社だけど)。そそくさと逃げることにする。が。

 

「あっ」

 

 お賽銭用にと持ってきた小銭入れを落とした。中身が溢れ、ジャラジャラと、静かな境内にその音が響き渡る。慌てて集めて振り返ると、御神木の裏にはもう誰もおらず、かわりに本殿の脇に女が立っていた。

 

「ひっ……!」

 

 白装束。長い前髪を垂らし、猫背でこちらに近づいてくる。怖いのに目が離せない、この場から離れられない。

 

 女はしゃがみ込むと、何かを俺に差し出した。見るとそれは、先程落とした小銭だった。

 

「……これ……落としましたよね……」

 

「あ、ああ…………ありがとうございます」

 

 受け取る時にわずかに触れた手が冷たくて、そりゃその薄着じゃ寒いよな、と独りごちる。彼女の長い髪の隙間から見えた瞳に覚えがあり、思わず言ってしまった。

 

「汐梨…………?」

 

「──先輩……!?」

 

 瞳は驚愕に染まっていて、頬は赤く染まり始めてて、あ、これまずいな、と気づいて、緊張と恐怖のあまり俺は逃げ出し──

 

 

 *

 

 

 ──そして今に至る。冷めた目でこちらを見下ろす汐梨は「最低ですね」と吐き捨てるように言った。

 

「……ごめん」

 

「何が最低か、それさえ分かっていないでしょう」

 

「丑の刻参りを見ちゃったからじゃ……」

 

「は?」

 

 は? 違うのか? 

 

「……クリスマス、先輩の誘いを断ってたからですよ」

 

「それはだって、お互いのためにならないから──」

 

「どうしてそんなことが言えるんですか!」

 

 どうして。その意味の先を考えてしまって、俺は何も言えなくなる。

 

「先輩は……あなたと過ごす時間を大切にしていたのに。──好きだったのに」

 

「……そうだったのか」

 

「私はね、先輩のことが好きなんです」

 

「……そうだったの!?」

 

「だから、先輩があなたみたいな人を好きなことが許せないんです」

 

 今日も先輩の幸せと、あなたの不幸を願いにきました。彼女はそう語る。

 

「なので東輝さん。私と付き合ってください」

 

「…………ハイ?」

 

「聞こえませんでしたか? 付き合ってください、って言ってるんです」

 

「いや待て待て、今の話の流れでなんでそうなる!? 好きなら告ればいいだろ!?」

 

「──私と付き合っても、先輩は不幸になるだけなので。それにあの人は私を受け入れてはくれない、先輩が見てるのは貴方だけなんです」

 

 そんなことないだろ、なんて慰めは言えなかった。

 

「それに、あなたと私が付き合えば、先輩はあなたを諦めて幸せになれるし、あなたは私と付き合って不幸になる。一石三鳥じゃないですか」

 

「三鳥追って一鳥も得られなさそうなんだけど」

 

「うるさいですね」

 

「!?!?」

 

 無理矢理口を塞がれる。ロマンもムードもへったくれもない数十秒のあとに、「……初めてなんですから、ちゃんと責任は取らせますよ」と理不尽な要求がきた。最後にひとつ、どこかで大きく鐘の音が鳴った。

 

 

 


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