続・プレイボール ーちばあきお「プレイボール」続編ー   作:物語の記憶

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第14話 墨高ナインの決断!の巻

1.恐るべき谷原打線

 

 

 日曜日、正午過ぎ。

 

 神宮球場は、内野だけでなく外野スタンドまで、ほぼ客席は埋まっている。都内隋一の強豪・谷原と、広島の伝統校・広陽(こうよう)。ともに春の甲子園で活躍した両校が対戦するとあって、公式戦でないにもかかわらず、大勢の観客が詰めかけていた。

 

 もちろん一般の客だけではない。翌月にせまる夏の大会において、打倒・谷原をもくろむ多くの都内有力校も、主力メンバーを伴い偵察に訪れていた。

 

 当然、墨谷もその一角である。

 

 この日、墨高ナインは午前中軽めの練習をこなした後、電車で球場へと移動した。早めに到着したからか、係員にバックネット裏の見晴らしが良い席をあてがわれる。

 

 ナイン達にとっては、大敗した練習試合以来の、谷原との再会。緊張感が漂う中での試合観戦、となるはずだったのだが……

 

 

 

「ふぅ……食った、食った」

 

 鈴木がのんびりとした声を発し、三度目のげっぷをした。球場という喧騒の中にいながら、妙に響き渡る。周囲のナイン達は「あーあー」とずっこけた。

 

「おいしかったぁ。トンカツに鶏肉、シュウマイ、ご飯も大盛り。おまけにスープつき。こんな豪勢な弁当、初めてです」

 

 傍らで、OBの田所が「だろう?」と相槌を打つ。露骨なほど得意げだ。

 

「おまえらが招待野球観戦に行くと聞いたもんで、すぐダチが勤めてる弁当屋に連絡して、手配してもらったんだ。しかも、こいつは通常なら売ってねぇ、特製メニューだかんな」

 

「た、高くなかったんですか?」

 

 戸室が、先輩の懐を心配して尋ねる。

 

「へへっ。交渉して、マケてもらったんだ。なんと一個あたり、たったの二百五十円だ」

 

 一つ前方の席で、倉橋が溜息をつく。

 

「あーあ……また知り合いの方に、ムリ言っちゃって」

 

「なに、悪く思うこたぁねえよ」

 

 田所は、ドンと自分の胸を叩いた。

 

「ダチの弁当屋、この春に開業したばかりでな。早くお得意先を作りたいんだと。いい宣伝になるからって、快く聞いてくれたぞ。その代わり、こういう機会があったら、ぜひ利用してくれ。あ……半田、メモしといてくれ。〇〇弁当だ。連絡先は、ええと」

 

「は、はぁ」

 

 倉橋の隣で、半田が戸惑う声を発した。それでも告げたられた店名と電話番号を、メモ帳に小さく書き込む。

 

「まったく……電器屋のはずが、どこの営業してんだか」

 

 横井の皮肉に、田所は「んだとこらっ」と言い返す。

 

「これは町内会のオヤジからの受け売りだが、何ごとも共存共栄ってやつが大事なんだ。商売でも人づき合いでもよ。いいか横井、てめーも近く社会に出るんだ。いまのうちに、そこんとこをだな」

 

「あのねぇセンパイ。そんな先の話より、ぼくらはいま目の前のことに必死なんです。OBなら、それくらい……おっ、余った弁当ひとつもらいますね」

 

「ありゃっ」

 

 真面目な反論かと思いきや、食い気を優先させる横井に、今度は田所がずっこける。

 

 一連の光景を、キャプテン谷口は穏やかな気持ちで見守っていた。右隣で「あいつら置いてくるんだった」と呆れる倉橋を、「まぁまぁ」となだめる。

 

「いいのかよ。ったく……大事な偵察だってのに、緊張感のないやつらめ」

 

「ははっ、いまぐらい大目に見てやれよ。始まったら、みんなちゃんと集中するさ」

 

「……ま、そうだな」

 

 納得したらしく、倉橋は座り直す。

 

「呑気にメシ食っていられるような試合、あの谷原がするわけねーか」

 

 谷口の左隣には、丸井とイガラシが座っている。さすがに二人は、真剣モードだ。

 

「ふむふむ……ほぉ、けっこう来てるな」

 

 丸井は周囲を見回し、感心げに言った。

 

「専修館、明善、川北、聖稜、そして東実。ひょえぇ……こうして見ると、圧巻だな。都内の有力校が、まさに一堂に会すってワケか」

 

「ちょっと丸井さん。そんなにキョロキョロしたら、目立っちゃいますよ」

 

 そう言うと、イガラシはこちらに顔を向ける。

 

「にしても、ありがたいですね。両チームともレギュラーを先発させてくるとは」

 

「む。とくにエースピッチャーを出してくれたのは、好都合だ。谷原の投打の力がよく分かる」

 

 バックネットの向こう側。グラウンドにて、谷原ナインが試合前ノックを行っている。やはり、動きは俊敏だ。マウンド上では、ちょうど投球練習が終わるところだった。捕球したキャッチャーが、二塁へ送球する。

 

 谷原の先発マウンドには、あのエース村井が立つ。

 

 ほどなく、広陽のトップバッターが、ゆっくりと右打席へ入っていく。そして、アンパイアの「プレイボール!」のコールと同時に、試合開始を告げるサイレンが鳴った。

 

 初球。速いゴロが、一・二塁間を襲う。束の間スタンドが沸きかけるも、あらかじめ深めに守っていた谷原の二塁手が回り込んで捕球した。軽快なフィールディングで、一塁へ送球する。まずワンアウト。

 

「むう、惜しい」

 

 腕組みをして、丸井が渋い顔をする。

 

「なんだ丸井。相手を応援してるのか?」

 

 谷口が尋ねると、「まさか」と苦笑いした。

 

「向こうが簡単にやられちゃったら、谷原の弱点が探しにくくなるじゃないですか」

 

「なるほど。それは言えてるな」

 

 バシッと音が鳴る。広陽の二番打者が、今度は三遊間に打ち返した。

 

 一瞬抜けるかと思いきや、こちらも深めに守っていた谷原のショートが、思いのほか余裕を持って捕球する。すかさず一塁へ投じ、ツーアウト。矢のような送球に、スタンドが「おおっ」とどよめいた。

 

「ははっ、さすがの守備だ」

 

 谷口は苦笑いを浮かべ、「それにしても……」とつぶやいた。

 

「谷原の内野、やはり深いな。あれじゃ簡単には抜けないぞ」

 

 たしかに、とうなずいたのは、イガラシだった。

 

「それに……右打者の時はライト寄り、左打者の時はレフト寄りにシフトを変えてます」

 

「うむ。あれだけの球威だし、そうそう引っ張った打球はこないと踏んでるんだろう」

 

 二人の間で、丸井が「けっ」と毒づく。

 

「あんまり余裕こいてちゃ、そのうちイタイ目に……おおっ」

 

 快音が鳴る。ライナー性の打球が、ライト頭上を襲った。

 

 越えるか……と思いきや、しかし、谷原の右翼手が一直線にダッシュし、くるっと向き直り捕球する。スリーアウト。

 

「あ、あのライト。なんて足の速さだっ」

 

 丸井はさすがに、驚嘆の声を発した。

 

「しかし……広陽も、あの速球とカーブを難なく打ち返してるぞ」

 

 谷口が感心げに言うと、丸井も「ええ」と同意する。

 

「こちとら、なんとか合わせるのが、精一杯だったっていうのに。やはり甲子園で四強に残ったチームはちがいますね」

 

 その時、イガラシが「キャプテン」と割って入る。

 

「いまの回、広陽のバッターが打ったのは、すべてアウトコースでしたよね」

 

「ああ。打った球種のちがいはあったが」

 

「これって、半田さんの分析と同じじゃないですか。インコースは避けて、アウトコースをねらうっていう」

 

「む。てことは……半田の話は正しかった、ということになるな」

 

 谷口がそう言うと、イガラシは目を見上げる。

 

「キャプテン。なにか、気になることが?」

 

「え……ま、まあな」

 

 不意を突かれ、谷口は口ごもる。端的に答えられるほど、整理が付いていない。

 

 グラウンドでは、広陽ナインがボール回しを行っている。その中央、マウンド上では投球練習が始められていた。谷原と同様、こちらも主戦投手を立ててきている。

 

「広陽のピッチャー、コントロール良さそうですね」

 

 丸井が吐息混じりに言った。谷口は「ああ」と首肯する。

 

「片瀬の話だと、球はそんなに速くないが、丁寧にコーナーを投げ分けるタイプだそうだ。おまけに変化球も多彩らしい」

 

「むう……あちらさんも、ダテに全国優勝を争ってないってことスね」

 

 キャッチャーが二塁へ送球し、谷原のトップバッターが打席に入った。ほどなく、アンパイアが「プレイ!」とコールする。

 

 広陽バッテリーは、初球、二球目とインコースを続けた。いずれもボールとなる速球。

 

「……ふむ。インコースを見せ球にして、バッターの苦手なアウトコースでストライクを取りにいこうっていう組み立てだな」

 

 イガラシの予見通り、広陽のキャッチャーは三球目のサインを出した後、今度はアウトコース低めにミットを構える。

 

「まあ定石だろう」

 

 丸井が言った。

 

「このバッター、インコースが得意って話じゃないか」

 

「はい……それがちょっと、分かりやすすぎます」

 

 どことなく浮かない顔で、イガラシは答える。

 

「む。分かりやすいって、どういう……」

 

 丸井が訝しげに問い返した、次の瞬間だった。

 

 乾いた打球音とともに、鋭いライナーがライト線を襲う。ボールは白線の内側ぎりぎりでバウンドし、フェンス際まで転がった。一塁塁審が「フェア!」と叫ぶ。

 

 スタンドは一瞬の静寂の後、どよめいた。

 

 

 

 プレイボール直後こそ、和やかな雰囲気だったナイン達。

 

 しかし、ほどなく彼らは言葉を失う。それは墨高だけでなく、他の有力校の面々も同様だった。あまりにも信じがたい光景が、目の前で繰り広げられたからだ。

 

 プレイボールが掛かって、約十分後……

 

 

 

 スコアボードの一回表の枠には、谷原の得点を示す「4」の数字が刻まれていた。

 

 

 

 タイムが解け、内野陣がポジションへと戻っていく。残されたマウンド上、広陽の先発投手は、早くも肩で息をし始めていた。

 

「……う、ウソだろ」

 

 傍らで、丸井が震え声になる。

 

 一回表。五本の長短打と犠牲フライにより、四点を先取した谷原は、なおランナーを一塁と二塁に残す。アウトカウントは、まだ一つのみである。

 

 谷口自身、そこで繰り広げられる凄惨な光景に、血の気が引いていく思いがした。

 

「……ば、ばかなっ」

 

 その時だった。ふいに半田が、大声を発した。

 

「どうした?」

 

「き、キャプテン……信じられません」

 

 半田は青ざめた顔で、グラウンド上を指差した。

 

「広陽は、ちゃんと谷原のバッターの苦手な所を突いてるんです。な、なのに……こんな」

 

 複数の部員が、同時に「なんだとっ」と声を上げる。

 

「向こうのバッテリーも、コースを散らしたり緩急をつけてたりして、的を絞らせないようにしてはいるんだがな」

 

 倉橋がそう言って、頭を抱える。

 

「谷原のやつら、広陽の意図を見透かして、それを逆手に取ってやがる」

 

「……なるほどね」

 

 呆れ笑いを浮かべて言ったのは、イガラシだった。

 

「分かりましたよ。どうして谷原のやつらが、偵察されることを承知で、この招待野球への参加を引き受けたのか」

 

「なんだと。それは、どういう……」

 

 イガラシは、端的に答えた。

 

「見せつけるためです」

 

「み、見せつけるって……他のチームにってことか?」

 

「ええ。いまどこの有力校も、なんとか谷原の攻略法を探そうと、必死でしょうからね。ぼくらと同じように。そんなことをしてもムダだぞっていう、これはやつらからのメッセージってワケです」

 

 効果はてき面だったらしい。墨高ナインと同じく、偵察に訪れている有力校の面々が、一様に呆然とした表情を浮かべている。

 

「ははっ。な、なんてやつらだ……」

 

 丸井が力なく笑う。

 

 カチャカチャとスパイクを鳴らし、谷原の七番打者が右打席へと入った。

 

 広陽のキャッチャーは、外角低めにミットを構える。肩を上下させながら、ピッチャーがうなずく。初球、ほぼキャッチャーの構え通りに、カーブが投じられた。

 

 直後、ボールを芯で捉えた快音が響く。大飛球が、センター頭上を襲った。広陽の中堅手は、懸命に背走するも、途中で立ち止まった。その眼前で、ボールはフェンスを越える。

 

 スリーランホームラン。二人のランナーに続き、七番打者もホームを踏んでいく。この回、一挙七点。

 

「お、俺らがヘボかったわけじゃ、なかったんだな……」

 

 後列で、横井が呻くように言った。

 

「甲子園で勝ったピッチャーまで、あんなメッタ打ちにされるんだから」

 

 さすがに広陽は、先発の主戦投手を降板させた。リリーフとして、背番号「11」のピッチャーが送られる。すぐにマウンド上で、慌ただしく投球練習を始めた。

 

 

 

 初回に七点を奪った谷原は、その後も全国四強の広陽を圧倒。

 

 谷原の誇る強力打線は、登板した相手投手をことごとく粉砕。コールド規定となる七回まで、なんと毎回得点を挙げた。

 

 守っては、エース村井がさすがの力量を見せ付ける。味方の大量援護もあり、余裕のピッチングで五回を零封した。終盤、ようやく広陽も意地を見せ、谷原の二人のリリーフ投手から二点を返すも、焼け石に水。

 

 結局、七回を終了した時点で、コールドゲームが成立。十六対二という大差で、谷原が広陽を下したのだった。

 

 

 

「倉橋、ちょっといいか」

 

 球場から出て、谷口は隣にいた倉橋を呼び止める。

 

「なんだい?」

 

「今後のことで、少し相談したい」

 

 重要な話だと察したらしく、相手は深くうなずいた。

 

「……む。分かった」

 

 すでに他のメンバーは、指定していた並木のベンチ近くに集合している。谷口はそこへ駆けていき、短く告げた。

 

「みんな。申し訳ないが、先に帰っててくれ」

 

 ナイン達は「はいっ」と返事すると、連れ立って歩き出す。特に訝しがる者はいなかったが、丸井がふと、こちらに振り向いて言った。

 

「キャプテン、あまり思いつめちゃダメですよ」

 

「うむ、分かってるさ。ありがとう丸井」

 

 気のいい後輩の背中を見送りながら、谷口は唇を結んだ。

 

 

 

2.まず自分達で……

 

 

 学校の部室に戻ると、ナイン達はユニフォームに着替え始めた。この後、午後の練習が組まれている。

 

「……み、みなさん。ごめんなさい」

 

 制服のワイシャツ姿のまま、半田が泣きそうな顔で言った。

 

「ぼくのデータ、ぜんぜん使いモノにならなくて」

 

 気のいい戸室が、「そう落ち込むなよ」と励ます。

 

「おまえが悪いんじゃない。ありゃ……谷原がちと、想像以上だったんだ」

 

「戸室さんの言うとおりだよ」

 

 近くで着替えながら、加藤も同調する。

 

「じっさい広陽も、昨日おまえが言ってた苦手コースに投げてたんだし。それを、ああもカンタンに打ち返されちゃあ、お手上げってもんだ」

 

「やめろよ加藤」

 

 同学年の島田が、険しい声を発した。

 

「お手上げなんて言ったら、もうなんの希望もなくなっちまうじゃないか」

 

「うるせーな。俺は、現実の話をしてんだ。この期に及んで、カッコつけてる場合か」

 

「な、なんだとっ」

 

 丸井が「よさんか二人とも」と、慌てて止めに入る。

 

「キャプテンがいない時に、ケンカなんかおっぱじめてどうすんだ。落ち着けって」

 

「……おっ、そういやぁ」

 

 のんびりとした声を発したのは、鈴木だった。

 

「どうしてキャプテンと倉橋さん、俺達と一緒に帰ってこなかったんだろ」

 

「こら鈴木。おまえ、そんなことも分からんのか」

 

 暢気な鈴木を、丸井は叱り付ける。

 

「さっきの試合を受けて、谷原対策をどうするか。その相談するために決まってんだろ」

 

「け、けどよ……」

 

 矛を収めた加藤が、椅子に腰かけて言った。

 

「対策つったって、どうすんだろう。さっきの広陽のピッチャーだって、かなりのレベルだったんだぞ」

 

「……まてよ」

 

 その時、ふいに割って入ったのは、横井だった。こちらは制服姿のまま、向かいの壁側で椅子に座っている。

 

「加藤、みんなも。その、どうすんだってトコを……いまちょっと考えてみないか」

 

「えっ」

 

 不意を突かれ、加藤は束の間口をつぐんだ。他のナイン達も、横井の発した思わぬ一言に、黙り込んでいる。室内を、しばし静寂が包む。

 

「丸井が言ったようにだ。谷口のやつ、いまごろ倉橋と一緒に、どうすりゃいいか必死に考えてくれているだろう。けど……俺達だって、ずっとあの二人と一緒に戦ってきたんだ」

 

 横井は、静かに話を続けた。

 

「あいつらに頼らずとも、そろそろ自分達でどうすべきか考えられるように、ならなきゃいけねぇんじゃないのか」

 

「……横井。おまえの意気込みは、買うんだけどよ」

 

 そう言って、戸室が肩を竦める。

 

「こりゃ、かなりの難題だぞ。さっき見た通り、甲子園で勝ったチームだって、谷原をどう抑えるべきか分からなかったんだ。やはりここは、野球をよく知ってるあの二人の決断を、信じてたくした方が」

 

「いいんだよ、まちがってても」

 

 横井は、ふっと穏やかに笑う。

 

「俺が言いてぇのは……決断を下すって、すごく難しいし、覚悟のいることだろ。それをいつまでも、谷口と倉橋だけに背負わせて、いいのかって話よ」

 

 ふいに半開きのドアの向こうから、パチパチパチ……と手を叩く音が聴こえた。鈴木が駆け寄って開けると、田所が紙袋を抱えて立っている。

 

「た、田所さん……どうしてここへ」

 

 横井が呆れ顔で尋ねると、田所は「バーロイ」と苦笑いした。

 

「おめえら、すぐに練習を始めると聞いてたから、ずっと外で待ってたってのに。いっこうに出て来ねぇから、心配してのぞきに来たのよ」

 

 まだナイン達がきょとんとしていると、OBは少しバツの悪そうな顔になる。

 

「そ、それで……来てみたら、なんだかいい話してたもんでよ。つい聞き入っちまった」

 

「……あ、荷物持ちます」

 

 鈴木が両手を差し出すと、田所は「おう」と手渡した。

 

「ついでに配ってくれ。木のさじも、中に入ってる」

 

「おっ、アイスクリーム!」

 

 食いしん坊の鈴木は、舌なめずりをした。紙袋の中には、パックのバニラアイスが数十個も入っている。

 

「こういう時は甘いモンだ。これ食って、少し元気出せ。ま……あんな試合を見ちまった後じゃ、無理もないがよ。みんなで煮つまってても、しょうがねーだろ」

 

 ナイン達は、一旦練習に行くのをやめ、アイスクリームを食べ始めた。

 

「む……なんかおぼえのある味だと思ったら、これ昨年も、田所さんが買ってきてくれたやつじゃないですか」

 

 木の匙を掲げながら、戸室が言った。

 

「よくおぼえてたな。そうなんだよ、ここの店のアイスは特別うまいからな」

 

 戸室の傍らで、横井が「これはいくらマケてもらったんです?」と突っ込む。

 

「てめ……人をケチんぼみたいに言うんじゃねぇ。こっちはちゃんと金払ったよ」

 

 言い返してから、田所は目を細めた。

 

「それはそうと、イイコト言うじゃねぇか。まず自分らで考えよう……うむ、そりゃ大事なことだ。後輩の成長が見られて、俺もうれしいぜ」

 

「か、からかわないでくださいよ」

 

 横井が頬を赤らめる。

 

「そんで……おまえとしては、現時点でなんか考えがあるのか?」

 

 田所のまさしく直球の質問に、横井は「うっ」と声を詰まらせた。

 

「遠慮すんなよ。まちがっててもいいって、さっきてめぇが言ったろ」

 

「……あ、あはっ。そうスね」

 

 半ばヤケクソになったのか、苦笑い混じりに答える。

 

「たとえばですけど。苦手なところに投げても通じねぇなら……いっそ思い切って、得意なコースに投げ込んでみる、とか」

 

「はぁ? そりゃ、いくらなんでも」

 

 横井の返答に、田所が呆れ顔になる。多くの部員達が、ぷぷっと吹き出した。

 

「……へぇ」

 

 その時だった。意外な者の発言に、また周囲が静まり返る。

 

「おもしろいですね、横井さん」

 

 声の主は、イガラシだった。

 

「ちぇっイガラシ。おまえまで人のこと、からかいやがって」

 

 先輩の拗ねた口調に、イガラシはにやっとして、首を横に振った。

 

「からかうつもりなんか、ありませんよ」

 

 そう言って立ち上がると、まだ体育座りでしょげている半田の肩を、ぽんと叩く。

 

「だってぼくも、横井さんと同じ意見ですから」

 

 イガラシの一言に、室内がざわめいた。

 

 

 

 校舎の玄関前で、谷口は腰に手を当てた。

 

「はて……どこに行ったんだろう、田所さん」

 

 他のメンバーに遅れること四十分、谷口と倉橋も学校に帰ってきた。先に戻ったはずの田所に用事があったのだが、当人の姿が見当たらない。さらに、もう練習を始めているはずのナイン達も、まだグラウンドに出てきていなかった。

 

 ふと顔を上げると、倉橋が部室の前で、こっちに手を振っている。先に戻っておくように、さっき頼んでいたのだ。

 

「おーい倉橋、みんなと田所さんは……」

 

 そう言いかけると、倉橋は人差し指を立て「シーッ」というジェスチャーをした。谷口は、黙って駆け寄る。

 

「どうした?」

 

 囁き声で尋ねると、倉橋は部室をちょんちょんと指差す。

 

「田所さんは、いまみんなと部室にいる。それより……なんかおもしろそうな話してっから、ここで聴いてようぜ」

 

「あ、ああ……」

 

 谷口は戸惑いながらも、部室へと耳を澄ませた。

 

 

 

「お、おい……本気かよ」

 

 田所は、溜息混じりに言った。口元がひくつく。

 

「広陽は苦手なところを突いて、あれだけ打たれたんだぞ。得意コースに投げ込んだら……そらもう、打ってくださいって言ってるようなもんじゃねぇか」

 

 口ではそう言いながらも、内心では興味を惹かれていた。田所の知る限り、このイガラシという少年は、どこまでも現実的に考える質だ。単なる思い付きのはずがない。

 

「……そのまえに」

 

 イガラシはこちらの目を見上げ、淡々と答えた。

 

「どうして広陽が、あんなに打たれたのか、少し整理しておきましょうか……高橋、鳥嶋」

 

 唐突に、同じ一年生の二人を呼ぶ。

 

「お、おうっ」

 

「なんだよ」

 

 高橋と鳥嶋は、地区の有力校・金成中の出身だ。

 

「わりぃ。思い出したくもないだろうが……昨年の地区予選で、俺ら墨二と当たったろう。どんな対策をしたか教えてくれ」

 

 二人は一瞬、気まずそうに目を見合わせる。

 

「……そ、それはもう」

 

 重そうに口を開いたのは、高橋だった。

 

「半田さんと一緒さ。墨二打線の上位から下位まで、徹底的に調べた。知ってのとおり、うちはデータ収集に力を入れているからな。もっとも、結果は……」

 

「あ、もういい。それ以上言うな」

 

 イガラシは珍しく、すまなそうに言った。そして「久保」と、今度は同じ中学出身の同級生に声を掛ける。

 

「そういう攻め方をされて、おまえどう感じた?」

 

「うむ。正直ちょっと嫌だな、くらいは思ったよ。ただ二人には悪いが、苦手コースを突いてくると分かったら……かえって、ねらい打ちしやすかったな」

 

 かつてのライバルの言葉に、高橋と鳥嶋はいっそう赤面した。同時に、他のメンバーは一様に、口をあんぐり開ける。

 

「……な、なるほど」

 

 ぽん、と丸井が手を打つ。

 

「谷原の連中にとっちゃ、相手が苦手コースを突いてくるのなんざ、お見通しだったっつうことか。それで、あんなカンタンに……」

 

「ま、待てよ」

 

 戸室が割って入る。

 

「いぜん川北や他の強豪と戦った時は、このやり方がそれなりに効果あったんだぞ。どうして谷原には、まるで通じないんだ」

 

「そこが……谷原の、怖いところです」

 

 声を潜めて、イガラシは言った。

 

「谷原のように、全国優勝をねらうチームともなれば、相手に研究されるのは慣れっこなんですよ。分かった上で、やつらはそれを逆手に取った。さらに招待野球という舞台を使って、地区を争う他校の面々に、思い知らせたってわけです。いくら調べてもムダだぞってね」

 

 横井が「ははっ」と苦笑いを浮かべる。

 

「俺……なんだか寒気がしてきた」

 

 俺も、と戸室が同意した。二人だけでなく、その場にいる誰もが、あらためて谷原という壁の高さを痛感させられる。

 

「なぁに、そう心配いりませんって」

 

 イガラシは場違いなほど、声を明るくして告げた。

 

「向こうのねらいさえ分かれば、あとはその対策を練るだけです。だから……半田さん、ショゲてる場合じゃないんですよ」

 

「えっ」

 

 半田が意外そうに、目を見上げる。

 

「使えないどころか、あのデータは大きな武器になります。ただ方法がちがってただけで」

 

「そ、そうなの?」

 

「……おいイガラシ」

 

 田所は、口を挟んだ。

 

「そ、その正しい方法ってのが……さっき横井の言ってた、あえて得意コースに投げるっていうやつか」

 

「ええ。そういうことです」

 

 あっさりとした返答に、ますます戸惑ってしまう。

 

「相手が気づいたら、一転して苦手を攻めるとか、駆け引きは必要でしょうけど」

 

 こちらの不安を察したらしく、イガラシは「だいじょうぶですよ」と笑った。

 

「もしねらわれたって、井口のボールはそう簡単に打てやしませんよ。いくら相手が谷原でも。スカウトした田所さんなら、よく知ってるはずでしょう」

 

「し、しかしだな」

 

「もちろん打たれる危険はありますけどね」

 

「なぬっ」

 

 またも思わぬ一言に、あやうくずっこけそうになった。

 

「き、危険だと承知してんなら……なんで」

 

「それでも引いちゃダメです」

 

 ふいにイガラシが、鋭い眼差しになる。その迫力に、田所は一瞬たじろいだ。

 

「さっきの試合で、じゅうぶん分かったはずですよ。どんなに工夫してボールを散らしたとしても、やつらの土俵で戦っているうちは、まず太刀打ちできないってことが」

 

 イガラシはそう言うと、隅っこで椅子に腰掛けている、幼馴染に顔を向けた。

 

「井口。まえにも話したが、一番大事なのは……おまえの気持ちだぞ」

 

 相手は無言で、目を見上げる。

 

「いま言ったのは、あくまでも俺の考えだ。おまえが納得できないのなら、ここで撤回したっていい。田所さんの言うように、打ち込まれる危険も少なくないからな」

 

「こらイガラシ。さっきから聞いてりゃ……俺が打たれる前提で、話すんじゃねぇっ」

 

 井口が唇を尖らせる。

 

「昨日も言ったろ。チマチマ投げんのは、俺の性に合わないからな。ふふん、あの谷原を力でねじ伏せるたぁ、こんな痛快なことはねぇって」

 

「口ではなんとでも言えるぜ。一発たたき込まれてから、後悔すんじゃねぇぞ」

 

「てめぇ、俺を見くびってんのか」

 

 二人の喧嘩のようなやり取りに、しかし田所は感心していた。

 

 昨日話したってことは……イガラシのやつ、今日のこの展開を読んでたのか。井口は井口で、谷原のあんな試合を見せられても、まだ強気を保ってやがる。まったく、大したヤロウどもだぜ。

 

「……あっ」

 

 ふとイガラシが、はっとしたように全員を見回す。

 

「こ、これはあくまで、ぼくの考えを言ったまでです。やるかどうかは……みなさん全員の心意気と、覚悟しだいかと」

 

 丸井が「ふん」と鼻を鳴らす。

 

「あいかわらず、すぱすぱ耳の痛いこと、言ってくれるでねぇの」

 

「ど、どうも」

 

 イガラシは苦笑いした。丸井は一つ咳払いして、返答する。

 

「俺はのるぜ」

 

「丸井さん……」

 

「なにもしねぇでムザムザと、向こうさんの餌食になるのはゴメンだからな。これしかないって言うのなら」

 

「ありがとうございます。丸井さんがその気なら、心強いですよ」

 

「けっ、似合わないお世辞言うんじゃねぇ」

 

 丸井のすました返答に、イガラシは「あっ」とずっこける。

 

「おい、三人とも」

 

 不服そうに割り込んだのは、横井だった。

 

「先輩を抜きにして、勝手に話を進めるんじゃねぇ。言い出したのは俺だかんな」

 

「こら横井。おまえの場合、苦し紛れの思いつきだったろ」

 

 田所が突っ込むと、横井はにやっとした。

 

「な、なんだよ」

 

「あまり見くびらないでくださいよ。俺にだって、ちゃんと考えがあるんですから」

 

 そう言うと、後輩の三人に顔を向ける。

 

「イガラシの話を聞いて、思ったんだけどよ。強気で攻めるってのは……ひょっとしてバッティングでも、同じことが言えねぇか」

 

 へぇ……と、イガラシは興味深げに目を見上げた。

 

「おもしろいですね。たとえば、どんな具合です?」

 

「む、そうだな。たとえば……村井の勝負球、インコースをねらう、とかはどうだ」

 

 周囲の溜息をよそに、横井は勢い込んで言った。

 

「半田の話では、いままで打たれたことがないんだろ。そのボールを捉えられたら、向こうのバッテリー、かなり動揺すんじゃねぇか」

 

 イガラシは、微笑んで答える。

 

「た、たしかに。それはぼくも考えましたけど」

 

「おっ。さすがイガラシ、分かってる」

 

「ただ、打てなかった場合……相手バッテリーを助けることになっちゃうので」

 

「なんだよ、イガラシらしくもねぇ。そりゃ、いますぐ打てるとは言わねぇが、大会までにしっかり練習すりゃ」

 

 戸室が「よく言うぜ」と、呆れ顔で突っ込んだ。

 

「そもそも練習したって、おまえに打てるのかよ」

 

「むっ。やるまえから、そんな弱気でどうすんだよ。打ってやろうっていう意気込みは、大事じゃねぇか」

 

「イガラシならともかく、おまえの力量じゃな」

 

「んだとっ」

 

 丸井が「まぁまぁ」と、二人をとりなした。そして後輩に尋ねる。

 

「おまえとしてはどうなんだよ。村井さんのインコース、打てる自信あるのか?」

 

「もちろんです」

 

 イガラシは即答した。

 

「というより、打たなきゃいけないと思ってます。戸室さんの言うように、全員はムリだとしても。何人か打てたら、それだけで相手にダメージを与えられます」

 

「……たしかに、そうだと思う」

 

 ふいに口を開いたのは、松川だった。

 

「横井さんとイガラシの言うように、勝負球を打たれるのは、ピッチャーにとってショックが大きい。まして、ほとんど打たれたことがないタマであれば、なおさらです」

 

 朴訥とした口調ながら、同じ投手である松川の発言には、かなり説得力があった。

 

「ち、ちょっと……いいですか」

 

 その時、半田がおずおずと挙手する。

 

「二人の意見も良いと思うんですけど、ほかにも……昨年の専修館戦で、百瀬さんを攻略した方法は、どうですか?」

 

 おおっ、と島田が声を発した。

 

「わざとキャッチャー寄りに立って、カーブを封じたやつだな」

 

「うむ。このやり方なら、村井さんのインコースを打てる打てないに関係なく、誰にでもやれるから」

 

「打てなくてもいいって言うのなら、まだあるぜ」

 

 加藤が口を挟む。

 

「あの箕輪がやったように、バントの構えをしたりファールで粘ったりして、揺さぶるんだ。それをしつこく続ければ、あの村井さんもコントロールを乱すかも」

 

「よ、よしっ」

 

 横井が、声色を明るくして言った。

 

「ひとまず……ここまでの意見、まとめてみるか」

 

 そう言ってチョークを手に取り、小黒板に箇条書きする。

 

 

 

「谷原の攻りゃく法」

 

・わざと相手バッターの得意コースに投げ、配球を読まれないようにする

 

・エース村井の勝負球・インコースの真っすぐとカーブをあえてねらう

 

・キャッチャーの近くに立ち、インコースへ投げにくくする

 

・バントの構えで揺さぶったり、ファールで粘ったりする

 

 

 

 書き終えると、横井は短く吐息をついた。

 

「……ふむ。こうして話し合うと、あんがい出てくるもんだな」

 

 戸室が「ああ」とうなずく。

 

「それにインコース打ちはともかく、ほかのは誰にでもできることだからな。少し気が楽になってきたぜ」

 

 一連の議論を、田所は半ば呆然と眺めていた。おまえらなぁ……と、独り言が漏れる。

 

「なんでしょう?」

 

 横井が振り向いて言った。

 

「ああ、いや……よくもこんなに考えついたなと思ってよ。しかし、言うは易く行うは難しだ。これらの戦法を、あの谷原相手に実行するには、それなりに鍛錬ってもんが必要だぞ」

 

 後輩達を頼もしく思いながらも、田所は案じてしまう。意気込みは買うが、ただの向こう見ずではいけない。

 

「先輩。いまさら、なにをおっしゃるんです」

 

 胸を張って、横井は答える。

 

「いままでも、俺達ずっと谷口にシゴかれながら、いくつも強敵を倒してきたんスよ。ムチャをやるのは、もう慣れっこです」

 

 加藤が「それは言えてる」と、笑ってつぶやいた。真向かいで、島田もうなずく。

 

「そうやって、あの東実も専修館もやっつけたんだ。やって、やれないことはない」

 

 戸室が「あちゃぁ」と、腰に手を当てて苦笑いする。

 

「うちの野球部、なんでいつもこうなるんだか。しゃーない。どうせおかしいなら、みんなでってか」

 

「ふふ、まったくだ」

 

 返事した後、横井は首を傾げる。

 

「あとは……こうして話し合ったことを、ちゃんと谷口と倉橋に伝えなきゃいけないが。はて、どう説明したものか」

 

「その必要はねーよ」

 

 ふいにカチャリと音がして、ドアが開けられた。全員がそこに視線を向けると、谷口と倉橋が姿を現した。

 

「き、キャプテンっ。それに倉橋さんも」

 

 丸井が口をあんぐり開ける。

 

「みんなの話、聞かせてもらったよ」

 

 倉橋の傍らで、谷口はややバツが悪そうに言った。

 

「な、なんでぇ。帰ってきてんのなら、そう言ってくれりゃいいのに」

 

 横井が唇を尖らせる。

 

「スマン。みんなの話が、おもしろくてな。つい……聞き入ってしまったんだ」

 

 そ、それで……と尋ねたのは、丸井だった。

 

「キャプテンは、どう思います? ぼくらの意見」

 

「うむ。それなんだが」

 

 谷口は、表情を引き締めて答える。

 

「じつは……俺も、同じことを考えてた」

 

 途端、ナイン達から「ええっ」と驚く声が上がる。

 

「谷原の試合の後、倉橋とその話をしてたんだ。どうも定石通りの配球が、通用する相手じゃない。それより打たれるのを覚悟で、思い切った攻め方をすべきなんじゃないかって」

 

「ま、こっちも似たようなことは思ってたし。いいんじゃないかって答えたんだが」

 

 ぽりぽりと頬を掻きながら、倉橋が吐息混じりに言った。

 

「しかし……正直、驚かされたぜ。こっちと同じ結論を出した上に、その発想をバッティングにまで応用させるとは」

 

「そ、そうだろう?」

 

 横井が胸を反らせる。

 

「どうだ倉橋。俺らもけっこう、やるだろう」

 

「なに気取ってやがる。ほとんどイガラシの入れ知恵だったくせに」

 

 倉橋の突っ込みに、横井は「あらっ」とずっこける。

 

 谷口は、部屋の中央へと移動し、周囲の部員達を見回す。

 

「……よし。ここまでの話を、結論としていいか」

 

 キャプテンの問いかけに、全員がうなずく。

 

「なぁみんな」

 

 さらに畳み掛けて、谷口は言った。

 

「さっきイガラシも言ってたが、つぎ谷原と戦う時は、絶対に引いちゃダメだ。この試合は、われわれの勇気が試される一戦になる。どんな展開になっても、あきらめずに喰らいついていく。そういうチームを、ともに作り上げていこう!」

 

 キャプテンの言葉に、ナイン達は力強く応える。

 

「よしきたっ」

 

「おうよ、やってやろうぜ」

 

「俺もついていきます」

 

 田所は、不覚にも涙腺が緩んだ。ハンカチを取り出し、目元を拭う。

 

「お、おまえら……すっかりたくましくなりやがって。ううっ」

 

「……あ、あの。田所さん」

 

 ふと顔を上げると、鈴木が立っていた。なにやら顔が引きつっている。

 

「な、なんだよ鈴木。人がせっかく感動に浸ってる時に」

 

「すみません、ちょっと言いにくいんスけど……」

 

 一つ吐息をつき、鈴木は言った。

 

「アイス溶けちゃってます」

 

「え……ああっ、いけねぇ!」

 

 田所は慌てて、部室の隅で置きっぱなしになっている、アイスクリームの紙袋に手を伸ばした。

 

 

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