グリット・スクワッド! 〜超人ヒーロー達が、元社長令嬢の私を異世界ごと救いに来ました〜   作:オリーブドラブ

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番外編 はしたないのは、君の方。

 彩瀬弥恵(あやせやえ)は、窮地に陥っていた。夜のジョギングコースを走っている最中、近所の不良達に絡まれたことではない。

 

「や、やっ、待って……! 私はっ……!」

「君の言う通りに待ってたら、僕は爺さんになっちゃうなぁ。……誤解(・・)した相手は、そんな話聞いてくれないよ?」

 

 その不良達をあっという間に撃退してしまった絶世の美男子(クラスメート)に、襲われているのだ。煌々と光を放つ公園灯に背を預け、逃げ場を失った彼女の汗ばんだ肌を、人工の輝きが照らし出している。

 

「こんなに涼しい夜なのに、よっぽど走り込んでたんだなぁ。……身体は汗だく、顔は真っ赤」

「やっ……! さ、坂本(さかもと)君、そんなこと言わないでっ!」

 

 その光によって。不良達に絡まれる原因となった彼女の美貌がより鮮明に、クラスメートの目に映し出された。

 薄地のスポーツウェアに、ポニーテールに纏められた長髪。そして、透き通るような白い柔肌を伝う汗と、桃色に上気した貌。

 そんな姿を静かに見遣り、距離を寄せて来るクラスメート――坂本竜也(さかもとたつや)の艶やかな眼差しに、弥恵は翻弄される一方となっていた。

 

「やめて、坂本君っ……! どうして、どうしてこんなっ……!」

「僕の忠告も聞かないで、夜にこの道を走るからさ。……今回みたいに、僕の助けをアテにされても困るんでね」

 

 やがて2人の距離は、互いの吐息が触れ合うところにまで詰められ、僅かに鼻先が触れてしまう。あとほんの数センチで、()が――。

 それ(・・)を想像してしまった瞬間、すでに赤くなっていた彼女の顔はさらに熱を帯び、つぶらな瞳を潤ませていた。その一方で、全てを見透かすように彼女を射抜く青年の眼には、まるで躊躇いがない。

 

「それとも。聞いた上で(・・・・・)、ここに来た……ということなのかな」

「……っ!」

 

 その眼と視線を交わすことができず、弥恵は思わず顔を背けてしまう。

 

 本能で理解していながらも、理性で否定していたのだ。今感じている胸の高鳴りが、恐怖によるものではないのだということを。

 彩瀬弥恵にとって、坂本竜也という男は。生まれて初めて、「一目惚れ」した相手だったのだから――。

 

 ◇

 

 良家の令嬢であり、品行方正にして容姿端麗、文武両道。通っている進学校では生徒会長を務める、全校生徒憧れの美少女。

 ――そんな盛り過ぎ(・・・・)な看板を背負って今日まで生きてきた彩瀬弥恵には、ごく普通の少女として「恋」を経験する機会などなく。両親をはじめとする周囲の期待に応えることだけに、心を砕く日々を過ごしていた。

 

 だからこそ。高校入学時に出会って以来、その怜悧な美貌と佇まいで自身の心を奪ってしまった、坂本竜也という男を――およそ1年間に渡り、目で追い続けていたのである。

 周囲からの敬愛を集める生徒会長としての己を保つには、その程度に抑えておかなければならなかったからだ。他の女子達に混じって、彼の横顔に黄色い歓声を上げることなど、自分に許されるわけがないと。

 

 一方、竜也の方はといえば。仮にも生徒会長にして、全校生徒憧れの的である弥恵に対して、興味を示す素振りも見せず。他の女子達と同様に、「分け隔てなく」接していた。

 弥恵が初めての「恋心」に翻弄され、一喜一憂している中。竜也はそんな彼女の胸中など、まるで意に介さず平然と日々を過ごしていたのである。

 

 まともな恋愛経験もないまま人生初の「一目惚れ」に直面してしまった弥恵には、円満に距離を縮める心得などなく。自身の気持ちに確信が得られなかったこともあって、一向に進展がないというのに。

 

「全く、あなた達はまた学校にこんなもの持ち込んで! これは没収ですっ!」

「えぇー……メンズファッション誌くらい別にいいじゃねーか」

「まるでエロ本見つけたみたいなテンションで持って行くじゃん」

「エッ……!? は、はしたないっ! と、とにかく、2度とこんなもの持ち込まないでっ! あんまり繰り返してると、内申に響くわよっ!」

「へーい」

 

 そんな「相変わらず」過ぎる彼に対する、「なんで自分だけがこんなに」という苛立ち。それに由来する周囲への厳しさは、時として無用な衝突も招いていた。

 全校生徒の憧れを集める人気者として通っている弥恵でも、ごく一部のアウトローな男子達にとっては「目の上のタンコブ」だったのである。この日も彼女は、両手を腰に当てた仁王立ちで、彼らにきつい説教を浴びせていた。

 

 だが、それは結局のところ「口実」でしかない。

 弥恵以上の成績でありながら、素行の悪い男子達といつもつるんでいる青年――坂本竜也。彼の近くに寄る理由欲しさに、彼女はいつも「雑誌の没収」という名目を掲げていたのである。

 

「そうそう、会長さんさぁ。……さっき、君のファンの子達から聞いたんだけど」

「……っ!? な、何よ」

 

 まさにその竜也本人から声が掛かり、弥恵は思わず一瞬だけ声を上擦らせながらも――懸命に平静を装い、眉を吊り上げていた。その胸中がとうに看破されていることなど、知る由もなく。

 

「最近夜に、近所の公園でジョギングしてるんだって? 僕も(・・)よくあの辺を走ってるんだけど、あそこはたまに他校の不良がたむろしてるから、止めた方が良い。会長さんみたいな美人なら、特にね」

「えっ……?」

 

 それ自体には一切の他意などなく、純粋な忠告だったのだろう。だが、生まれて初めての恋に踊らされている最中に、その原因である青年にそれを言われてしまったのが、不味かった。

 他校の不良がたむろしている、という情報が。竜也もそこを走っている、という情報に、塗り潰されてしまったのである。

 

「……そんなこと、あなたには関係ないでしょ」

「そうかい? それは悪かったね」

 

 だが、その気持ちを認めてしまうことへの恥じらいと僅かな怖さから、「相変わらず」のつっけんどんな態度を取ってしまう。竜也自身もその反応は想定内だったのか、特に怒ることもなく穏やかに受け流していた。

 

(……私、なんてこと……)

 

 一方。好き……かも知れない相手からの親切な言葉に、きつく言い返してしまったことへの後悔を抱えていた弥恵は。

 公園で彼に会えれば、謝る機会が得られるかも知れない。そんな自分に都合の良い口実を、無意識のうちに付け足していた――。

 

 ◇

 

 ――そして結局、弥恵は竜也の忠告を聞いた上で(・・・・)、公園に来てしまったのである。

 案の定、だったのだろう。類稀な美貌の持ち主である彼女を、不良達が放っておくはずもなく、弥恵はあっという間に彼らに囲まれてしまったのだ。

 

「それとも。聞いた上で(・・・・・)、ここに来た……ということなのかな」

「……っ!」

 

 彼女の考えを見抜いていた自分が現れなければ、今頃どうなっていたか。あり得たかも知れないその「未来」を、竜也は今まさに再現しようとしている。

 公園灯の柱に追い詰めた彼女の顎を手で持ち上げ、淡い桃色の唇を照らし出すと。彼女はきつく瞼を閉じ、「覚悟」を決める。

 

 不良の話を忘れていたわけではない。ただただ、「学校の外でも彼に会える」という逸る気持ちが、抑えられなかった。

 まるで、その本心を白状するかのように――弥恵は僅かに、ほんの僅かに、唇を自分から(・・・・)突き出してしまう。

 

「……っ!?」

「全く。……はしたないのは、君の方だね」

「……〜っ! こ、これはっ……!」

 

 そんな彼女の姿に、苦笑を浮かべて。竜也は弥恵の顎から手を離し、軽く額を指先で小突いて見せる。

 その衝撃と、自分の思考が見抜かれていたという事実に直面して。弥恵は一気に、茹で蛸のように真っ赤になってしまった。

 

 どうしよう、バレる、全部バレてしまう。何か言い訳しなくては、一体なんて言えば。

 

 昼間の失言を謝ることすら忘れ、取り繕う暇もなくしどろもどろになっている。

 彼女のそんな姿を、竜也は暫し静かに見守り。やがて、再び距離を詰めると――

 

「……まぁ、いいかな。期待(・・)していたのは僕も同じだし」

「えっ――」

「だから今日のところは、これでおあいこ(・・・・)にしようか……弥恵(・・)

 

 ――忠告を聞かなかったことを、責めない代わりに。

 耳元に唇を寄せ、名前で呼び捨てにした上に。その白い頬へと、僅か一瞬の口付けを落とすのだった。

 

「あ、あぁっ……!?」

「あははっ……やっぱりちょっと、しょっぱい(・・・・・)ね」

 

 よりによって、汗だくになっているジョギング中に、こんなこと。そんな思考で一杯になり、パニック状態に陥る弥恵の前で。

 彼女の反応を愉しんでいるかのように。灯りの下で、竜也は妖艶に微笑んでいた――。

 

 ◇

 

 その翌日も、弥恵はいつものように説教するべく、竜也達の前に現れたのだが――昨夜のこともあり、彼とは全く目を合わせられずにいた。

 

 彼女の気持ちを知りながら、敢えて口出しすることなく、その恋路を見守ってきたファンの女子達は。竜也狙いであることを承知で、何も言わずに静観してきた彼の悪友達は。

 そんな弥恵の「変化」から、「何か」があったのだと即座に気付いた上で――彼女のために、素知らぬ振りを通している。

 

 そう。弥恵本人だけが、未だに知らずにいるのだ。

 

 自分の気持ちを受け入れていないのは、自分独りなのだということを――。

 




 「魔人ヴァイガイオン編」、完。
 「機甲電人六戦鬼編」に続く。

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