グリット・スクワッド! 〜超人ヒーロー達が、元社長令嬢の私を異世界ごと救いに来ました〜 作:オリーブドラブ
紅い雷光が轟くと、その光は薄暗い寝室を強く照らしてしまう。
大きなベッドに横たわる1人の少年は、その眩さと――先程まで自分を追い詰めていた「悪夢」に、激しく怯えていた。
「う、うぅっ……! 『魔人』が、『魔人』が……『ヴァイガイオン』が、余を……!」
「兄上……また、いつもの悪夢を見られたのですね。しかし案ずることはありません、このテルスレイドが付いております!」
「……ッ!」
今にも折れてしまいそうな、そのか細い掌を握り――傍らに控えていたもう1人の少年が、懸命に励ましているのだが。
汗だくになり震えている銀髪の少年は、弟の呼び掛けに反応すると――畏怖と憎悪に満ちた、
「……うるさいッ! なぜお前なのだ! なぜ余はこうなのだ、全部お前のせいだッ!」
「兄上! どうか落ち着いてください、お体に障ります!」
「うるさいッ! お前など……お前など、生まれて来なければ良かったのにッ!」
「……!」
刹那。少年の罵声を搔き消すかのように、再び雷雨の夜に稲妻が走る。その強烈な音に怯え始めた「兄」は、布団に潜り込んでしまったが――彼と同じ白銀の髪を持つ「弟」は、掛ける言葉を見つけられずにいた。
――否。ショックの余り、そのことすら考えられなくなっていたのだ。
生まれた時からそばにいて、何をするにも一緒だった双子の兄。そんな彼からぶつけられた、怨恨の言葉が――弟の表情を、凍り付かせていた。
「……兄、上」
彼らが住まう、この王宮の外に広がっている城下町には――今もなお、紅い電光が轟いている。
◇
――そんな世界からは遠く離れた、2121年6月の日本。その首都である東京は今、AIの発達に伴い多くの都市機能が人工知能に依存するようになっていた。
「よっ……と。これで全部かな」
「こっちは終わったよ。
「あ、うん。
の、だが。それらはまだ、全ての層に普及しているわけではなく――ロボットに清掃活動を一任している人々が多数を占める一方で、未だに人力でゴミ拾いを行っている者達もいる。
小さな孤児院で暮らしている、2人の男女も、その数少ないケースに含まれていた。前髪を切り揃えた黒のロングヘアを靡かせる、華奢な女性から大量のゴミが詰まった袋を受け取った黒髪の美青年は、自前の碧いオートバイにそれを次々と積んで行く。
「じゃあ、業者さんのところまで持って行くから。花奈は先に帰っててくれ」
「うん! お夕飯の支度して、待ってるね」
「あぁ。……行ってくる」
やがて長身の青年は緑のパーカーを翻すと、バイクのエンジンを噴かせて、ゴミ処理場を目指して走り去って行った。その後ろ姿が見えなくなるまで、女性は手を振り続けている。
「……私も、頑張らなくちゃ」
そして、青年の姿が完全に消えた後。女性は踵を返し、近場のスーパーを目指して歩き始めた。
の、だが。
「えっ……?」
ふと、空を仰いだ瞬間。先程まで青く澄み渡っていた世界は――暗雲に覆われ。この地上を目指して走る、紅い稲妻の群れが――轟音と共に顕れていた。
◇
『原因不明の暗雲と落雷に対し、現在専門家が調査を――』
『この現象による被害は――』
真昼の青空が突如暗闇に一変し、紅い落雷が何度も発生するという、不可思議な現象。その白昼夢のようなニュースは瞬く間に全国を駆け巡り、今日の話題を独占していた。
「なんだったんだろうね、昼のアレ! ちょっとしたらすぐに元通りになったけど」
「あちこち停電にもなったんだよね。でも、誰も怪我とかした人はいないんだってさ」
「よかったぁ……凄く怖かったよ。なんかヤな感じだったもん、あのカミナリ。いくら梅雨の季節だからってさ」
「こーらみんな、ご飯中に遊ぶの禁止!」
それは東京郊外の孤児院においても、例外ではなく。夕食の席ではしゃぐ子供達の間でも、この一件で持ちきりとなっていた。
そんな彼らを優しげに窘めつつ、今日の夕食を用意した女性――
「愛しの輝矢にーちゃんみたいにー?」
「……っ!? ん、んなっ、何言い出すのこの子ったらもう!」
「みんなそう思ってるよ! なぁ!」
「ヒューッ!」
「ちょっ……もぉお! え、えと、気にしないでね輝矢君! この子達が勝手に言ってるだけで……輝矢君?」
「……」
だが、子供達の冷やかしに赤くなる花奈を他所に。最年長の輝矢は1人、神妙な面持ちでシチューを口に運んでいる。
普段なら柔らかな笑みを浮かべているところだが、今日の彼はどこか物憂げな表情を見せていた。
「輝矢君……?」
「……ん、あぁ、ごめん。何の話だって?」
「輝矢にーちゃん、花奈ねーちゃんがねー!」
「わー! 輝矢君、わー!」
「……?」
そんな彼に異変を感じた花奈が、声を掛けようとする――のだが。子供達に茶々を入れられ、それどころではななくなってしまうのだった。
「……」
だが。彼には、分かっていたのだ。
一見すれば平和そのもののようにも見える、この団欒の陰に――その安寧を脅かす者達が、潜んでいることが。
◇
――その日の夜。子供達を寝かし付けた花奈は1人、自室で机に向かっていた。真剣そのものな眼差しで、教科書と睨み合っていた彼女は――ノックの音を耳にして、ふと顔を上げる。
「はぁい、どうぞ」
「……花奈、まだ起きてたのか?」
「輝矢君……うん、ちょっとね」
「無理するなよ、昨日も遅くまで勉強してたじゃないか」
「……でも、今の成績だとちょっと厳しいからさ」
自室に足を運んできたのは、意中の彼であった。こんな夜更けに彼が訪れて来たことに緊張を覚えつつ、花奈は机に広げられた教科書を一瞥する。
――彼女は本来、とある航空会社の社長令嬢として生を受ける、はずだったのだが。
彼女が生まれた約20年前に、会社の旅客機が墜落事故を起こし――その責任を問われた父が失脚したことで、大きく運命が変わってしまったのだ。
父は多額の賠償金を抱え、母はマスコミのバッシングで精神を病み。生後間もない花奈を残して、家族はバラバラになってしまった。最初に引き取られた親戚の家でも、学校でもイジメに遭った彼女が、ようやく落ち延びた先が、
だが、いつまでもここで暮らしていけるわけではない。比較的安価な清掃用ロボットさえ買えないほどに経営が困窮している、この孤児院を救うためには――何としても大学に入り、稼げる職にありつくしかないのだ。バイトを掛け持ちするだけでは、限界がある。
「それはそうかも知れないが……最近、ちょっと頑張り過ぎじゃないか? 花奈と一緒にバイトしてる子からも言われたぞ、ここのところちょっと辛そうだってさ」
「そ、そっかな……ごめん、
「……あぁ」
そんな彼女の「後輩」として、この孤児院で働いている輝矢は、その苦しみをよく理解している。そして理解しているからこそ、放っては置けないのだ。
「……それにしても、輝矢君がここに来てから、もう5年になるのかぁ。私達、いつの間にか
「最初は右も左も分からなくて、散々迷惑かけちゃったな」
「あはは、ほんとだよもー。記憶もない身寄りもない、車もテレビも携帯も知らない。ナイナイ尽くしの子だったよね」
「うん、正直スマンかった」
ふと、出会ったばかりの頃を思い出し笑い合う2人だったが……花奈の表情は次第に、寂しげな色を帯びていく。
「でも……嬉しかったよ。他の身寄りのない子供達はみんな小さくて、面倒見れるのは私1人だったから。輝矢君って凄く力持ちだし、最初から頼もしいって思ってたんだよ」
「そうなのか? 最初の1年は怒られた記憶しかないんだけど」
「だって輝矢君が非常識極まりないんだもん、そこは許してよー」
「はは、そりゃしょうがないなぁ」
「うん、しょうがない!」
その貌に、気付かない上で。輝矢は知らないフリを通して、快活な笑顔を浮かべる。
生まれながらにして孤独だった花奈を救った、その笑みを前にして――彼女は、今にも泣きそうな表情で、無理に笑っていた。
「……でもま、今無理したら余計しんどくなるぞ。しょうがないのは分かったから、今日はもう寝とけ。明日も早いんだから」
「……うん。お休み、輝矢君」
「お休み、花奈」
それが、見ていられなくなったからか。輝矢は踵を返し、部屋を後にする。
その背中を見送った花奈が――教科書の下に隠していた、1冊の本を取り出したのは、それから僅か数秒のことであった。
「……っ」
分かりきっていたことだった。仮に大学に入れたとしても、ただでさえ生活が苦しい今では学費など捻出できるはずもない。
自分が立派な大人として子供達を食わせていくには、愛する輝矢を守るには、「夜の仕事」も視野に入れねばならないのだ。
その中には、先月に起きた新宿の事件で壊滅したという犯罪組織――「
如何わしい求人誌を握り締め、花奈は己の臆病さを呪う。今の心地良い関係が壊れてしまうことを、恐れる余り――この期に及んで告白すら出来ずにいる自分の、弱さを。
「……せめて。せめて初めてくらいは……輝矢君に……」
そんな願望を口にしながら、ベッドに身を投げ打つ彼女は。夢の中だけでも、理想の恋がしたいと――微睡みの彼方へ沈んで行く。
◇
――その頃。当の輝矢自身は、剣呑な面持ちで孤児院の外へと繰り出していた。愛用の碧いオートバイに跨り、彼は独り闇夜の東京を駆け抜けている。
夜の帳が下りた今となっては、不自然とも言い切れない「暗雲の空」を仰ぎながら。
「昼間の落雷騒ぎは、お前の仕業だろう。出て来い、ジークロルフ」
やがて東京から遠く離れた山中にある、採石場に辿り着いた彼が――そう呟いた瞬間。突如その眼前に、紅い稲妻が墜ちて来た。
轟音と共に煙が立ち登り、輝矢の視界が覆い隠されていく。だが彼には見るまでもなく、その落雷の原因が分かっていた。
――やがて、煙が晴れる時。彼の眼前に白銀の甲冑を纏う、屈強な色黒の男が現れる。
この世界で言うところの西洋の騎士、のような風貌を持つ彼は、その表情に静かな殺意を宿していた。身長230cmはあろうかという、大男である。
「……あれから5年になりますか。大きくなられましたな、テルスレイド殿下」
「久しいな、ジークロルフ。兄上……ルクファード殿下はお元気か?」
「すでに皇帝の座を継承され、今は陛下です」
「それは何よりだ。……して、今更俺に何の用だ。あんな真似までして、俺を誘き寄せるとは」
「……聡明なるテルスレイド殿下ならば、すでにお気付きでしょう」
強面な顔付きの彼が、重々しく口を開くと同時に――次々と稲妻が降り注ぎ、彼と同じ白銀の鎧を着た男達が現れる。筋骨逞しい肉体を甲冑で覆う彼らは、鋭利な輝きを放つ剣を抜き放っていた。
その身長はおよそ、平均215cm。195cmという長身であるはずの輝矢ですら、小さく見えてしまうほどの体躯である。
「あなたの御命を、頂戴に参りました」
「……いちいち俺を殺さねばならん理由があるというのか。何のために俺がこの世界に来たと思ってる」
「無論、存じ上げております。……しかしこれは、現皇帝陛下の厳命。帝国に仕えし騎士として、背くわけには行かぬのです」
「そうか。……帝国を出てもなお、兄上は俺の存在をお許しにならないと。俺を殺すためなら、この世界にまでも踏み込むと。そういうことなのだな」
「……」
バイクから降り、口調を変えた輝矢に対して。ジークロルフと呼ばれた色黒の男も、その後方に並び立つ剣士達も、言葉では答えない。
彼に向けた切っ先だけが、「返答」であった。
「……分かった。兄上がそう言っているということならば。これが、兄上の答えだというならば。俺も、動かざるを得まい」
そして、彼らの様子から「全て」を悟った青年は――羽織っていた緑のパーカーを脱ぎ捨てると。
「――ハァッ!」
天から迸る紅い雷光を浴び――腰まで届く白銀の長髪を靡かせる、赤眼の「異世界人」に
それが、結城輝矢という仮の姿への「変身」を解いた、彼自身が生まれ持っている本来の姿なのだ。
「……逞しく成長されましたな。その聖鎧が良く似合う、
「……この5年間。俺がただ遊んでいるだけだと思っていたのなら、残念だったな」
その「正体」を前にして、息を飲む彼らの前で。銀髪の騎士となった輝矢は、背に手を回すと――外套の裏に隠し持っていた、棘付きの鉄球を取り出した。
「この世界に、ちょっかいを掛けた代償は――高くつくぞ」
そして。彼が勢いよく、鎖に繋がれたその鉄球を回し始めた時。
この採石場を舞台とする、聖騎士同士の戦いが幕を開ける――。