部活連本部において、九校戦準備会合が行われていた。
去年に続き九校戦に参加することになった二人はそれぞれ去年と同じ協議に出ることになった。
深姫は『ミラージ・バット』と『アイス・ピラーズ・ブレイク』に真姫は『クラウド・ボール』と『バトル・ボード』だ。
そんな二人だが、今年は一段と刺々しい雰囲気である事に気が付いていた。
原因は、二人と同じ内定メンバー用に用意されているオブザーバー席に座る一人の生徒。
その生徒には、一校の校章がない二科生、それも悪目立ちが過ぎると言って良い司波達也がいたのだ。
案の定と言うべきか、何故この場に一年のそれも二科生がいるのかと所から、会議がもつれて行った。
感情的理由から来た反論であるために、会議がダラダラと長続きしていった。
好意的または、達也を擁護する意見が出無かった訳では無い。
むしろそちらの方が多かったとさえ言える。
「要するに、司波の技能がどの程度のレベルであるか不明なのが問題であると理解した。それならば実際に確かめるのが一番だろう」
誰もが分かっていながら口に出来なかった解決策を十文字はあっさりと言ってのけた。
少なくないリスクが伴うのもあるが、それ以上に達也の実力を知らないからこそ言い出せなかった。
下手に擁護した結果、誰もが認めるだけの実力を持っていなかったのならば、擁護した者が批判を浴びることになる。
一年それも達也と仲がいい女子たちならばある程度の実力を知っているから擁護しやすかっただろうが、三連覇がかかっている今の一校の空気の中切っ掛けもなしに言い出せるほど図太い神経の持ち主はいなかった。
そんな中誰もが思っていた解決策を発言したのが、達也と日頃から仲がいい真由美や摩利ではなく十文字であったと言うこともあり、皆が押し黙る結果となった。
「……もっともな意見だが、具体的にはどうする」
「今から実際に調整させて見ればいい。何なら俺が実験台になるが」
CADのチューニングは同じ起動式であったとしても十人いれば十人とも変わってくる。
起動式の読み込みの円滑化、高速化するためのチューニング機能を近年のCADは備えており、それぞれ使用者の精神に対する影響が強くなっている。
下手なチューニングをされたならば、魔法効率の低下から始まり、目眩や吐き気、不快感などに陥り、酷い時は幻覚症状さえあると言われている。
それ程までに使用者に影響を及ぼすからこそ、魔工師もライセンス制になっているのだ。
「いえ、彼を推薦したのは私ですから、その役目は私がやります」
「いえ、その役目俺にやらせてください」
予想だにしなかった人物が立候補した。
深姫と真姫の二人とはクラスが違うが、二科生の壬生と付き合いだしたことで二年生の中では有名な桐原だった。
「良かったの深姫あなたが立候補しなくて?」
真姫が小声で深姫に聞いた。
「いいのよ。それにあまり関わり過ぎるのをお父様もお母様も嫌がられるから」
「そう、ね……仲のいい先輩後輩程度に止めておくのがお互いのためね」
「その分お父様には我儘を聞いてもらってるから」
「それもそうね」
二人がお願いした家は、家主の買収から始まり、土地の買い取り、既存の家を取り壊し建て直す必要がある。
そのため家が建つのはもう少し先になる予定だ。
「皆移動するみたいだから私達も移動しましょ」
二人は、他の人達に着いて行く様にCADの調整施設のある実験棟に向った。
調整するCADやCADを調整する設備は大会基準に基づいてい準備された物を使用する様だ。
「課題は、競技用CADに桐原先輩のCADの設定をコピーして、即時使用可能な状態に調整する。ただし起動式そのものには手を加えない、で間違いありませんね」
「ええ、それでお願い」
真由美が頷くのを確認すると、達也は首を小さな素振りで横に振った。
「……どうしたの?」
「スペックの違うCADの設定をコピーするのはお勧めしないのですが……仕方ありませんね、安全第一で行いましょう」
「?」
首を傾げたのは真由美だけではなかった。
エンジニア以外の者達の殆どが達也が何を言っているのか理解できていなかった。
CADの設定をコピーするのは、機種変更したりする際当たり前にされていることなので、何を問題視してるのか分かっていない。
達也の発言の意味を察することができたのは、エンジニアチームのメンバー位であった。
「ねえ、あずさ。達也君は何が言いたいの?」
「設定をコピーするのって、機種変更したりするとき普通にやっているみたいだけど」
「それはですね、昔みたいにCADが起動式の元データを記録するためだけのストレージ機器だったのならば然程問題ないと思うのですが、昨今のCADは魔法発動の高速化に力点が置かれています。CADには感応石が使われているのは知っていると思いますが、もしも今桐原君が使っているハイスペックなCADの設定を競技用のロースペックのCADにそのままコピーしたのならば、感応石によってサイオン信号と電気信号を相互間する際――――」
「ストップ、ストップ」
「ほら、あずさ達也君が何か凄いことをしているよ」
あずさがデバイスオタクである事を二人は知っているが、このまま説明させていたら間違いなく永遠と話し続ける。
それを察した深姫が無理矢理止め、真姫が話題を逸らした。
「ほへっ?」
あずさが一瞬呆けた様な声を上げた。
真姫に言われた通り達也の作業様子を覗き込んだ状態で固まっているあずさに、どうしたの?と声を掛けるのか悩んだ末、あずさの横で達也の作業様子を覗き込んだ真由美と摩利は、漏れかけた声を何とか呑み込むことができた。
高速で流れゆく膨大な数字の羅列を凝視した状態で固まっている達也は、数字が流れ終ると一気にキーボードを操作し始めた。
次々とウィンドウが開かれては閉じ、開かれては閉じていく。
傍から見たら何をしているのかさっぱりだが、デバイスオタクと名高い?あずさやある一定以上の技能を持つエンジニアメンバーは達也がやっているのが如何に一般的高校生が持つ技能から逸脱しているのかが分かった。
ハッキリ言って、この場にいる者達には不可能な技能だ。
特にあずさが凄いと思ったのは、
達也の正体を知っている者にとって、もしかして達也って割と自己顕示欲が強いのでは?と思ってしまうところがあった。
「桐原、感触はどうだ」
「問題ありませんね。自分のと比べて全く違和感がありません」
起動式に手を出さないと言う条件もあり、設定は直ぐに終わった。
速度自体は平均的なものであったが、達也の持つ技能が一般的エンジニアのそれを越えていたので、あずさはどうにか味方を増やして達也のエンジニア入りを果たそうと思った。
「深姫さん、真姫さん」
「どうしたのあずさ?」
「なに?なにかあった?」
「えっと、お二人にも司波君をエンジニア入りさせるの手伝ってもらえませんか?」
「何をしてたのかよく分からなかったから、明確に援護しづらいんけど」
「あれは、
CADに関しては、いつもの引っ込み思案な性格とは違い自分の意見をはっきり言えるんだよなぁ、と深姫や真姫を始めあずさとそれなりに親しい真由美や摩利は思っていた。
「私は別にかまわないけど?」
「本当ですか」
「真姫が賛成するなら私もいいよ」
「ありがとうございます」
桐原が実際に達也が設定したCADを使い、動作を確認している中であずさは着々と達也をエンジニアにすべく仲間を増やしていった。
この場に深雪が居たのならば、さらなる化学反応が起きていたであろうことは目に見えているが、運が良い事に深雪は現在生徒会室で、別の作業をしている。
「……一応の技術力はあるようだが、仕上がりが平凡であるならば当校の代表となるレベルとは思えません」
「仕上がるタイムも平均的ですし、むしろあまり良い手際であるとは言えない」
「やり方があまりにも変則的過ぎますね。意味があるのでしょうが、それでは判断がし辛いですね」
思っていたよりも地味な結果なためか、否定的な評価が出て来た。
生徒会長である真由美の推薦と言うこともあり、皆無意識下に高い技能を持っているのであろうと思い込んでいたのだ。
その結果が、目に見え辛いものでは、誰も肯定的な評価を出し辛いのだ。
しかし予備知識が豊富にあるあずさは違った。
「私は司波君のチーム入りを支持します!!」
いつも弱気でクラスメイトから守ってあげたいランキング常に一位のあずさが猛反発して見せた。
そのことにこの場にいる誰もが驚いていた。
「彼が今見せてくれた技術は、高校生では考えられないほど高度なレベルのものです。オートアジャストを使わず全てマニュアル調整など少なくとも私にはできません」
「それは、高度な技術なのだろうけど出来上がりが平凡ではあまり意味がないのでは?」
「見かけは平凡かもしれませんが、中身は違います。あれだけ大きく安全マージンを取りながら効率を低下させないのは凄いことです」
「中条さん落ち着いて。不必要に安全マージンを取るより、その分効率アップに向けた方が僕はいいと思うけど?」
「それは、きっと、いきなりだったから……」
「貴方達は彼に与えられた課題を忘れたの?」
元々人前で話慣れている方ではないあずさのために深姫が、あずさの援護に入った。
「桐原のCADの設定をコピーして、即時使用可能な状態に調整する。ただし起動式そのものには手を加えない、だろ?」
「今あなたが言ったとおり、今回の課題はあくまでもCADの設定をコピーして即時可能な状態にすること。それに彼に調整させた理由も彼の持つ技能が分からなかったから。なら、彼の技能も確認でき、課題もクリアしたから問題ないのでは?」
「しかし、見た目が平凡ではないか?」
「はぁ、設定をコピーして即時可能な状態って言っているでしょう?なら今回不必要なまでに効率を上げるのをあなたはコピーしたとでも言うきなの?それに桐原君のCADは競技用に比べてハイスペックな物。なら違和感を感じさせなかったと桐原君が言ったことも評価するべきでは?」
「それは、そうだが……」
「会長、私達もあずさと同じで彼のエンジニア入りを支持します」
「みーちゃん!!それに私達もってことはまーちゃんも!!」
「みーちゃんはやめてくださいと言っているでしょう」
「まーちゃんもです」
真由美の顔は、”四葉”の二人が賛成派になったことに喜んでいた。
確固たる
その二人が太鼓判を押すのだ、達也の技能を疑う余地はない。
「私も司波のエンジニア入りを支持します」
「はんぞーくん!?」
あまり達也のことを好意的に思っていない服部が、達也のエンジニア入りを支持したことに真由美は意外感を感じていた。
まゆみとしては、また風紀委員入りする時と同じで反対すると思っていたのだ。
「九校戦は当校の威信をかけた大会です。肩書に拘らず、能力的にベストなメンバーを選ぶべきでしょう。エンジニアの仕事は選手が戦いやすいようにサポートすることです。桐原に『全く違和感がない』と言わせた技術は、中条が言う様に非常に高いレベルのものと判断せざるを得ない。候補者を上げる事に現段階ですら苦労するほどエンジニアが不足している現状では、一年生とか前例がないとか、そんなことに拘っている場合でも余裕も我々にはありません」
棘を感じる言葉だが、それは服部の本音であることを証明している。
しかし一科生と二科生に関する拘りが強いと自他共に認めている服部が、”拘らずに”と言うフレーズを使い達也のチーム入りを支持したのが場の雰囲気を変えた。
「服部の意見は俺も尤もだと思う。司波は当校を代償するに値する技量を皆の前で示した。ならば俺も司波のチーム入りを支持しよう」
未だ否定的な意見を抱える者達がいるが、克人が支持を表明したことで対局は決した。
十師族であり生徒会長でもある七草真由美が推薦し、
この状態でなお反論できる者がいたのであれば、むしろこの場にいる皆が