九校戦はそのあり方上、軍の施設を使っている。
十師族や師補十八家のような例外を除けば魔法師と言う性質上、殆どの生徒が軍人の道を進んでおり、軍としても将来優秀な魔法師が軍に進んでもらうために九校戦には全面的な協力をしている。
そのため、ホテルなども高官や外国の官僚が止まる様な高級なホテルを九校戦の期間限り貸し切ってくれている。
「ではやはり先ほどのは事故ではなかったと?」
「跳び方が不自然だったからね。ただ、時限式の爆発物が積まれていたから詳しくは調べさせてもらえなかったんだ。すまないな深雪、危険な相手がお前を狙っているかもしれないのに」
「いいえ、お兄様。お兄様が謝る必要はありません。それに何かあったらお兄様が守ってくれるではありませんか」
「そうだな。たとえどんなことがあろうと深雪だけは守って見せる」
「お兄様!!」
深雪が感激の視線を達也に向ける中、例え相手が誰であろうとも、そう達也は改めて決意を固めた。
しかしその決意が役立つことは今後永遠にないと本人はその時まで知ることはなかった。
「ただ、一つ分からないことがある」
「お兄様に分からないことですか?」
「分からないと言うよりも疑問と言うのが正しいかな。何故あの人がただの警備に駆り出されているのか」
「氷川さんですね」
「あの人が直接来たと言うことは、それだけの何かがあると言うことだ」
「伯父様も来られますから、きっと香波さんもご一緒になるはずです」
「矛と盾が揃うと言うことは、それだけこちらも注意しないといけない。深雪、何かあったらすぐに知らせるんだ」
「はい、お兄様」
そんな会話をしながら、達也と深雪は手荷物を持ってホテルの中に入って行った。
一校メンバーがホテルに着いた頃――
「思ったよりもありましたね」
「はい、一校の主力となる人物の部屋に死角なく隠しカメラと盗聴器を設置するとは思いもよりませんでした」
「特に深姫様と真姫様の部屋の数は異常でしたね」
「まさか、一部屋にあれだけの数を設置するとは、相手は隠す気があるのでしょうか?」
「どうでしょう。私では判断しかねますが、それだけ警戒していると言うことになりますね」
「そう考えたとしても数が異常だと思います。仮にも軍の施設ですからこれ出しかければ、ばれる可能性が高く為りますから」
「そこなんですよ、分からない所は。軍の施設に仕掛けるのもそうですが、仕掛けられているのにも関わらず、軍が未だに気付いていない、もしくは気づいていても取り除いていないことがおかしいのです」
「確かにそうですね。今が九校戦の時期ですからまだ被害が少なくて済みますが、これが平時ならば国際問題に発展しますから」
氷川を始めとした先行してホテル入りしたメンバーは、最初に一校生徒が入る各部屋を捜索した。
その結果、出るわ出るわと探した方が引いてしまう量の盗聴器に隠しカメラが出て来たのだ。
ただ解せないのが、これだけの量の物がありながら、軍が気が付いていないと言うところだ。
各国の要人も利用するホテルでこれだ、下手をしたら国際問題になるのが分かっているはずだ。
原因が軍の施設だからそのような物を設置する者がいないだろうと言う慢心からか、もしくは取り付けたのが軍なのか。
どちらが相手なのか、それとも両方なのかをはっきりする必要がある。
「そろそろ終夜様がお越しになる時間ですね」
仙志は徐に腕時計で時間を確認すると、終夜が付く予定時間を示していた。
「そうですね。この件も含めて報告しておく必要がありますね」
「報告は私がしておきますので、皆さんはその間に危険が起こり得るであろう競技の会場の確認を後続の者達と確認して来てください」
「分かりました」
会話をしながら仙志たちは、終夜が降りるホテル前へと向かった。
仙志たちがホテルの入り口で待つこと数分、黒塗りの一目で高級車と分かる車が入って来た。
その車がホテル前に停車すると、その扉を黒服の男が開けた。
最初に下りて来たのはスーツ姿の香波であった。
降りた瞬間狙撃などの危険性を考え、最初に香波が降りると、周囲を見回し安全確認をすると、念の為にと魔法で対物障壁を発動した。
「大丈夫です」
香波が、車の中に座っている和服姿の男に伝えると、その男、終夜も車から降りて来た。
「お待ちしておりました」
黒服の男たちが一斉に頭を下げている光景は、何も知らない人たちが見たら一昔のヤクザな人たちと勘違いするだろう。
「それで、何かあったか?」
「ここでは誰に聞かれるか分かりませんので詳しい話はお部屋で」
仙志がそう言うと、終夜のためにとってある部屋まで先導した。
他の黒服たちは、事前の打ち合わせ通り選手に危険が及ぶ競技の会場を確認をしに行った。
終夜に用意された部屋はVIP専用に用意された部屋で、用意されている椅子一つ見ても、一般的サラリーマンの年収を超える価値をしている。
普通の人ならば気後れして座れないであろう椅子に、終夜は臆面もなく座ると、足を組み仙志を見据えた。
「では、改めて報告を聞こう」
「はい。初めに護衛の員の報告からさせていただきます」
仙志はいつもと変わらない張り付いた笑みで、報告を始めた。
「まず初めに、一校のバスが襲撃にあいました」
「何!!下手人はどうした」
「自爆特攻であったこと、一校生徒が無差別に魔法を発動したため、私が車諸共氷漬けにしてしまいました。爆発物も搭載していたことを考えますと失敗した場合のことも考えていたようです」
「学生が無差別に発動して出来た想子の嵐程度ならば達也がどうにかしたのではないか?バスには深雪も乗っていたであろう」
「ここで達也殿の能力が露見するべきでないと愚考し、私が処理いたしました」
「いや、それは適切な判断だ。未だ次期当主が決まっていない段階で深雪と達也の正体が露見するのはあまり良い展開ではない。寧ろよくやった」
「ありがとうございます」
仙志は、張り付かせた笑みのまま礼を言うと頭を下げた。
「次に安全確認ですが競技施設は現在確認中ですが、ホテル内にて一校生との部屋全てに隠しカメラと盗聴器が仕掛けられていました」
「すべて取り除いたか?」
「はい、ひとつ残らず回収済みです」
「分かった、その件に関しては俺が直接軍に苦情をいれておこう。報告は以上か?」
「はい、ただ一つ私的に考えたことが」
「言ってみろ」
終夜が、足を組み直して言った。
「今回の隠しカメラや盗聴器は、襲撃したものとは別の組織であると考えられるのです」
「ほう、何故そう思う」
「九校に出場する選手しか利用しないとはいえ、ここは軍の施設。それも外国の官僚などが使用する場所です。そのような所に侵入された挙句何かを仕掛けられているのです。もしこれが外部の組織によるものならば怠慢が過ぎますが、これが内部の犯行ならば」
「氷川はこれらを設置したのが国防軍であると?」
終夜は、仙志たちが見つけ出し取り外した盗聴器や隠しカメラを掴み上げて訊いた。
「恐れながら、私はそうだと思います」
国防軍とて一枚岩ではない。
十師族の権力を軍から排斥しようとする派閥も有れば、大亜連合に強硬的姿勢を見せている派閥もある。
七草はどちらかというと、公安と懇意にしていたりする。
仙志が考えた通り国防軍が設置したとするならば、十師族が同時に多数在籍している一校を監視、または弱みに繋がる情報を集めようとするのも肯けることだ。
「この事は黙っていろ。何れ向こうから尻尾を出すだろうからな。これだけの量を設置したのだ部屋だけとは考えにくい。氷川他の場所も念のために探させておけ」
「分かりました。では、私はこれで」
そう言うと氷川は部屋から出て行った。
「ふぅ、疲れた。やっぱり俺のキャラじゃないわ」
「お疲れ様です終夜様。ですが、日頃の終夜様を見慣れていると失笑を禁じ得ませんでした」
香波が口元を抑えながら答えた。
本来ならばそのような不敬な態度を取ること自体許されないが、二人の間にあるある種の信頼関係がそれを許していた。
「しかし氷川の報告が事実ならば、忌々しき事態だな」
「四葉に対する敵対、または諜報行為なのか、それとも十師族の存在に危機感を覚えている派閥の諜報行為のかをはっきりさせる必要があります」
「どちらにしろ四葉に害が及ぶのは確かだ。ここいらで一度釘をさす必要があるな」
「そうですね。九島閣下との面会はどうなさいますか?」
「懇親会の後なら十分時間を取れる。今急ぐ必要はない」
「分かりました。では、お部屋だけ準備しておきますね」
香波はそう言うと部屋から出て行った。
香波が出て行くのを確認した終夜は椅子から立ち上がると、大きくのびした。
そして窓から外を見た終夜は、大きくため息を吐いた。
何も考えていなかったのだ、懇親会でのスピーチの内容を。
今年も九島烈が無駄に肩の凝るような内容を言って、学生から多くの尊敬の情を受けるのは目に見えている。
どうせ、偉そうに「私は諸君の工夫を楽しみにしている」とか何とか言うのだろうと終夜は予想している。
何だかんだで、古い付き合いである。
僅かな時期だけではあるが、師弟でもあったのだ。
大よそ何かを教わった記憶はないのだが。
だからこそ、終夜は九島烈の人となりをそれなりにではあるが理解しているのだ。
そして、魔法師を兵器ではなく人であり続けさせたい理由も――
だが、それは終夜に引いては四葉には関係のないことだ。
「しかたない、今から考えるか」
面倒だと思いつつも終夜は、椅子に座るとタブレット型携帯情報端末を取り出すと内容を考え出した。
その日の夕方のことであった。
なぜ九校戦開催前々日に各校が集まり終わっているかとと言うと、懇親会と称した立食式のパーティがあるのだ。
実際にはパーティとしてよりも、プレ開会式としての意味合いが強いため和やかな雰囲気で行われることはなく、むしろ緊張感で空気が張り詰めている。
選手だけで三百六十名裏方を合わせたならば四百名を超えるが、その中でも一際目立つ存在が居た。
一校では、十文字克人、七草真由美、四葉深姫と真姫。
この面々が目立つのは仕方がない。
魔法師社会の象徴とも言える十師族の直系だからだ。
見た目も女性陣は華があるため尚のこと目立つ。
克人の場合は、その厳格さが人の形を取った巌のような男なため別な意味で目立っていた。
そう言った意味では正反対に目立つ存在が三校の一条将輝だ。
こちらも十師族の直系ではあり、その凛々しい顔立ちから同級生やお姉様方から熱いまなざしを受けている。
そして当の将輝はと言うと、表面上、個精気上では十師族ではない。
しかし、その容姿ゆえに目立つ深雪に只ならぬ視線を他の男どもと一緒に向けていた。
ついでに言うと、深姫や真姫に熱い視線が送られていないのは純粋に
来賓の挨拶では、順調に祝辞や訓辞が述べられて行き、老子と多くの魔法師から尊敬の念を一手に集めている
そして、やはりと言うべきか案の定と言うべきは、終夜の予想は的中し、九島烈は(終夜視点で)ドヤ顔で「私は諸君の工夫を楽しみにしている」と言ったのだ。
「相変わらず魔法師を人間として扱いたいようですね、クソジジイ」
「君たちは、無知な子供たちに兵器としての選択肢以外を与えないつもりかい?」
「これは手強い。ああ、それとこの後お暇で?出来れば直接お話ししたい事があるのですが」
「ふむ、君から直接話をしたいとは珍しい。だが、まあいいだろう。私もこの後は特にこれと言った用事はないのでな」
「そうですか、それは良かった。ではこの後、部屋はこちらで用意しているので迎えを寄こしますね」
すれ違い様に烈と終夜は、笑顔で話し合った。
しかしお互いの主義主張が正反対なためか、目が一切笑ってはいなかったが。
『続きまして、同じく魔法協会理事四葉終夜様より激励の言葉を賜りたいと存じます』
名前を呼ばれた終夜は、烈が出て来た場所から壇上へと向かった。
四葉終夜。
九島烈と並んで、魔法師社会においてその名を轟かせている既に歴史に名を遺した偉人が出て来ると言うことで学生の間で緊張感が高まっている。
「さて、クソジジイじゃなかった、九島烈の後と言うこともあり君たちがそれなりに俺に期待していることは分かった。ならば一つ九島烈が言った魔法の扱いを披露してやろう」
終夜が放った第一声はこれだった。
次の瞬間、生徒たちの目の前から終夜の姿が消えた。
「さて、今俺がどこにいるか分かる奴はいるか?」
声だけが聞こえる。
しかし肝心の姿が見当たらないため、生徒たちがざわめき立つ。
「どうやら誰も見つけられないようだな。一人位は見つけきれるかと期待していたのだが、流石に
終夜がそう言うと、マイクを持った終夜が会場のど真ん中に立っていたのだ。
僅かなうちに移動していたのも驚きだが、会場のど真ん中人目に付きやすい格好をした終夜に誰一人として気づいていなかったのだ。
「これは一切工夫も何もしていない魔法だ。種明かしをするならば君たちの脳に直接魔法を働きかけ俺を文字通り認識できなくしたのだ」
終夜から発せられた言葉で更に会場がざわめき立つ。
人の認識を本人から逸らせたり、意識させる対象をずらすことは思っている以上に魔法で簡単に実現する。
ただし、それにはいくつもの条件が付きまとう物であり一度違和感に気付かれたらバレてしまう様なものであり、決して完全に認識できなくするものではない。
「つまりこの一瞬のうちに君たちの殺傷与奪の権利は俺に有ったわけだが、本当に今君たちが認識している俺が本物であるかどうかだが……ふむ、流石にこの魔法に気付けと言うのは経験が浅い学生には酷だったようだな。先ほどの言葉は撤回しよう」
終夜がそう言うとパチンと指を鳴らした。
すると先ほどまで皆が注目していた、会場の中央にいたはずの終夜はその姿諸共霧散し、最初の時と変わらない壇上の位置にいた。
「この魔法だが、これは俺が君たちよりもまだ若い十四歳の頃によく使っていた魔法だ。この魔法は応用性が高く、先ほどの視覚や聴覚だけではなく触覚や臭覚にもその効果を及ぼし、大漢の命令系統をズタズタにしたものだ。無論これは序の口、本当に恐ろしい使い方は、今君たちの横にいる仲の良い友や仲間を、敵として認識させることで同士討ちさせた」
実体験からくる内容だけに、終夜の放つ言葉には凄味があった。
特に近代史においては、大漢の崩壊の原因でもある終夜の事は詳しく乗っている。
流石にどのようにして実行したのかまでは分かっていないため、詳しく乗っていたとしてもその内容は大亜連合からもたらされたものであり、細部まで補完するには至っていない。
それを今学生たちは身を持って体験したのだ。
得難いものではあるが、一生得たくない経験でもあった。
「さて、今ので俺が何を言いたいか理解できたものはいるかな?」
端から端までを一通り見回した終夜は、誰も理解できていないことに僅かながら残念に思った。
せめて、娘たちだけは気づいてほしかったなどと思っていたりもしている。
「ようは、常日頃から慢心や油断を持ってはならないと言うことだ。格下だからと侮れば足元をすくわれるのが戦場だ。そしてこれから始まる九校戦も見かたを変えたら学校の名誉を背負った代表戦役、詰まる所人数が制限された戦争だ。特に君たちは一般人にはない魔法と言う稀有な才能を有している。その分魔法師がどのようなものか知らない者達にとっては時として恐怖の対象ともなりえるのだ」
終夜の言っていることは、現在日本を含め世界中で問題になっている。
魔法師は人間にあらずと言う考えを持つ者達もおり、差別的な見方をされることもある。
どの時代どの国にも、教育などからその国に対する反社会性の人間を作ろうとする国は必ず存在する。
「噛砕いて言うならば、常に銃口を向けている者と誰も仲良くしがたいと言うことだ。銃を持つ者が信頼に値すると知っている者ならば良いだろう。しかし君たちの周りにいる者達が初対面でどのような人物か分からない。そして相手がいつ魔法を発動するか分からないと来た。さて、君たちらはそのような相手と仲良くできるか?出来ないであろう。それが反魔法師社会の考え方の一面だ」
もっと詳しく話をすると終夜に僅かばかり原因が有ったりするが、自分の弱みを自らばらす程終夜はマゾヒストではない。
「この話だけでは君らが街行く人々に疑心を持ってしまう可能性が出て来るな。警戒するに越した事はないが、それで疑心暗鬼に囚われてしまうようではだめだ。ならば如何するか、信頼できる人間を作ることだ。幸いにして今この場にいる者達は、各校の代表であり、将来名をはせる者達が出て来るかもしれない場だ。それを活かさない手はないと思わないか?俺の場合は既に前歴があるために友と言える人間がほとんどいない。君たちには俺の様になってほしくはない。君たちにはこの大会の優勝こそ目指すべきだろうが、俺としては大会は二の次三の次、信頼できる友を見つけ友情こそを深めてほしい。以上だ」
終夜は自身の言葉をらしくないな、と僅かばかりに自己嫌悪感を抱きながら壇上から降りて行った。
しかし終夜にとって真に問題なのはこの後のことだ――