終夜は今現在空を飛んでいた。
飛行魔法――加重系魔法の技術的三大難問といわれている代物だ。
それをなぜ終夜が使えるかというと終夜が論理で魔法式を組み立てる人間ではなく感覚で組み立てる人間だからだ。
だから、本人自身どんな魔法式が組み立ててあるか詳細まではきちんと理解できていない魔法も多々ある。
そんな魔法が何故きちんと機能しているのかは、終夜自身未だ分かっていないのだから他の人間に分かるはずもなく。
まあ、周りからはこれだから天才は、と嫉妬や妬みを通り超え呆れの域に入っていた。
かといってヘリを一気に追い越すだけの速度を出せるかというとそうでもない。
出せたとしてもどの道今追い越すだけのメリットがないから精霊の眼で常に認識しながら追いかけていた。
相手もまさかこんな形で尾行されているとは思わないだろう。
そう思っている内に相手側に変化がおきた。
ヘリがやっと降下しだしたのだ。
終夜も海を渡り切り相手に悟られないギリギリの距離で尚且つ相手が直接見渡せる建物の上に降り立った。
そこから見えた光景は、ヘリから意識の無い真夜が米俵みたいに担がれて建物内に連れていかれる光景だった。
「まさか、こことは」
真夜が連れていかれた建物は、大漢の魔法師開発機関『崑崙方院』だった。
今は詳しい情報が少しでも欲しい。
そう思い、終夜は振動系魔法『集音器』を使った。
名前こそそのままだが、軍事諜報用に開発されたものを終夜がアレンジしたものだ。
音は空気の振動によって伝えられるのは常識として知っているだろう。
これはその空気振動を単一方向からのみ増幅して聞き取るためのものだ。
この魔法を応用した魔法も存在し、それは単一方向へと指向性を持たせた振動を相手に当てることで、遠距離から共振破壊を狙う魔法がある。
そこから聞こえて来たのは、
『予定よりも遅かったな』
『はっ、本来でしたら移動中を失踪に見せかけて誘拐する予定でしたが、思った以上に警備が硬く、プランBの強硬作戦へと移ることになりました』
『それで今回、司令官をやっていた彼は?』
『殉職成されました』
『そうか、まあいい。良い素体が手に入ったんだ直ぐに研究室の方へと運んでくれ』
『分かりました』
聞き取れたのはこれ位で、あとは建物の奥に入って行ったためかこれ以上聞き取ることが出来なかった。
しかし外に残っている連中が聞き捨てならないことを発した。
『おい、訊いたか?』
『何を?』
『あの攫ってきたガキ、身体を弄繰り回した後好きに楽しんでいいんだとよ』
『はっ!!あんなガキの何が良いんだか』
『あれはあれでいいじゃねえか。見てくれも十二分に良いし下手な風俗よりも上玉だぞ』
『俺はガキには興味ないからパスだな』
『もったいないな』
それを聞いた瞬間、終夜の中で何かがキレた。
建物から飛び降り、地面に激突する寸前に減速し、一切の衝撃の無いように着地した。
崑崙方院は、大漢でも最先端の魔法師開発機関だ。
その警備も生半可なものではなく、例え大漢の国民でも敷地内に入ったら無警告で射殺される、そんな場所へと終夜は向かった。
終夜は、崑崙方院の敷地に入るための門の前にいた。
そこにも重装備とまでは行かずとも、暴徒程度なら制圧できる装備の警備員が四人もいた。
魔法師への対策のためか、アンティナイトの指をも全員が嵌めている徹底ぶりからして、支部でこれだから本部はどんなものか興味が湧いた。
その警備員内の一人が、門の前にいる終夜に声を掛けて来た。
「どうした、ここに何か用か?」
「いえいえ、最先端の魔法師開発機関ということで興味がありまして」
「ああ、そういうことか。だがここは一般人は入れないんだ。大人しく帰りなさい」
「ええ、そうします。大人しく連れて帰りますから」
終夜がそう言うと、終夜に話しかけていた警備員がいきなり、爆散した。
血飛沫が肉片とともに舞い散り、赤く汚い花火が出来た。
むろん終夜は、そんな汚いもので汚れたままで居たくないので発散系魔法で直ぐに汚れを落としたが。
「貴様何をした!?」
話を聞いた限りでは、問答無用で撃って来るということだったが警備員だからか直ぐには撃ってこなかった。
内部なら話は変わるのだろうか?まあ、そんなこと関係ないのだが。
「何ってただ液体が気化して爆散しただけだよ?」
「貴様!!」
激怒した警備員が発砲してきた。
だが、発砲された弾丸は一発たりとも終夜を貫かず、むしろ発砲した警備員とその銃を貫いた。
「なに……を…した」
痛みに呻きながら警備員が訊いて来た。
「お前、バカか?敵に手の内を見せるアホがどこにいる」
終夜は、呻いている警備員に鼻で笑いながらそう言うと、加重系魔法で押しつぶした。
後二人はと、見渡すと一人がどこかへ連絡しており、一人が連絡している奴を守るようにしておりアンティナイトにサイオンを流しキャストジャミングを発動させていた。
「は、これでお前も終わりだ!!」
キャストジャミングを発動させている警備員が勝った気で言った。
「仲間の仇だ。楽には殺さねえぞ」
「へー、それで勝った心算なんだ」
キャストジャミング効いた中終夜は、魔法を発動させた。
発散・移動魔法で、警備員たちの周囲の酸素にのみ作用し、警備員の周囲には酸素が一切ない状態にした。
警備員たちは急に呼吸が出来なくなり、慌てふためきだした。
こういった状況下では仕方ないことだと思うが、不測の事態に陥った時、本当にしないといけないのは、冷静になることなのだ。
警備員たちもそう言った訓練を受けているはずだが、不測の事態の中に急に呼吸が出来なくなるは含まれていなかったのだろう。
「死ね」
終夜は、苦しみのた打ち回っている警備員二人を爆散させると門の支柱を分解・消失させた。
支柱を失った門を蹴飛ばすことで、後は勝手に倒れてくれた。
その衝撃で裏でアサルトライフルを構えていた軍人たちの何人かは巻き込まれてしまった。
「見えていないと思ったか?ここは俺にとって仮にも敵地だぞ」
助かった軍人たちは、数人が救助活動をしており残りは全員が全員終夜へと銃口を向けていた。
「ここへ何をしに来た」
「はっ?何をしに来たかだと。人の妹を攫っておいて、何をしに来たと」
「こいつまさか、撃て撃ち殺せ」
やっと危機感を感じたのか一斉に射撃してきた。
だが、やはり弾丸は終夜には届かず撃った本人達へと戻って行った。
だが、軍人の中に混じっていた魔法師が守ったため一気に殲滅とまでは行かなかった。
「このガキ、ベクトルに干渉してやがる!!」
「あれ?気が付いたんだ。まあ、こんな簡単な事誰でも気が付くよね」
軍人たちはただのガキに虚仮にされていることだけは、理解できた。
「ガキが嘗めた様な口を!!」
銃が無理なら近接戦、全く単調なものだと終夜は呆れていた。
コンバットナイフを構え斬りかかって来た軍人に対し、終夜は加重系魔法で上から高圧力で押さえつけ、襲い掛かって来た軍人は地面に叩きつけられた。
「おいおい、あまり嘗めんなよゴミどもが。人の妹攫っておいてさ」
全く感情の籠っていない抑制の効いた声で言い放った。
この時だろう、この場にいた者達が初めて化け物を敵に回したと自覚したのは。
「あ、アンティナイトだ。キャストジャミングを使えば、いくら強力な魔法師だとはいえガキはガキだ、それで殺せるはずだ!!」
「おいおい、ガキ相手に殺すとか酷いな……まあ、そんなことできないんだけどね」
そう狂気的な笑みを浮かべて言うと、先ほどまで終夜に銃口を向けていた奴らの眼から光が消えた、まるで意識を失い人形になったかのように。
「さあ、劇の幕開けだ――」
ここは、未だ意識がおぼろげだからか、未だ状況を正しく認識できていない。
覚えていることといえば、交流会の場で軍人みたいな人に襲われ、無理矢理ヘリに押し込められ、暴れまわったせいで口に布のような物を当てられて――
そこでやっと真夜は、意識が覚醒した。
そうだ、私は誘拐されて。
周りを見渡そうとしたら首が何かで拘束されていて頭が持ち上がらない。
外そうとしても両手共が関節単位で拘束されていて文字通りビクともせず、感覚で何も来ていないことに気が付いた。
脚は大きく股を広げる形で拘束されていることに気づき更に羞恥で顔が熱くなった。
隠さないといけない部分が全て曝されている状態だ。
性と言うものを意識しだす年ごろには耐えがたい苦痛だろう。
「ああ、目が覚めたのか。もう少しで済むからね」
固定されているため今何をしているのか分からないが、足元の方から低い声が聞こえた。
声で男だということが分かり、そして中を弄繰り回されている不快感。
「な、なにしてるの」
「なに、ただ卵子を採取しているだけだよ」
その答えだけで自分が今何をされているか真夜は自覚してしまった。
「これが終わったらきちんと気持ち良くしてあげるからね」
そう言って、自分の身に何かをしている男は、生理的嫌悪を誘う下劣な笑い声をあげた。
「辞めて、やめて!!」
必至に逃げようと暴れるが、枷が強すぎてビクともしない。
「暴れない方がいいよ。子供が産めなくなるからね。といっても全く動けないだろうけどね。とそうこういってるうちに終わったよ、次は採血だよ」
男がそう言った時だった。
建物全体にサイレンが鳴り響き、備え付けられているのであろう電話が鳴りだした。
「せっかくこれからだというのに。ちょっと待っててね」
採血用に取り出した注射器を台に置き、男は電話に出た。
「全く何の用かな?せっかく楽しんでいたのに」
真夜からは電話の相手が何を言っているのか聞き取ることが出来なかったが、自分の中を弄繰り回し、身体を弄繰り回そうとした男の雰囲気が変わったことだけは感じ取れた。
「さっさと始末しろ。それは君たちの仕事だろ。何?裏切り、それがどうした!!ならば、そいつらも処分すればいいだろう!!」
男は受話器を叩きつけるようにすると、すぐさまこちらへと戻って来た。
「ごめんね。さあ、続きを始めよう」
真夜は嫌だと首は横に振りたいが、それさえも固定されていてできない。
必然的に残されたのは、涙を流すことだけしか出来なかった。
「助けて、兄さん」
「助けに来たよ真夜」
声のした方を見ることは叶わなかったが、優しげな声音は間違いなく私たちが大好きな兄の声だった。
門で自分を囲っていた軍人たちを五感を洗脳し、軍人たちの記憶の中に在る上官の立ち位置に終夜を置き換えることで手駒を増やした。
さしあたって、名称を付けるなら系統外魔法『
いくら近代兵器が自動化しようと、必ず人の手が入る場所がある。
この魔法が有れば、最後のICBM発射シーケンスや社会基盤を制御している制御基板、そしてあらゆる施設を簡単に則ることも破壊することも可能な、最も信頼しているものが裏切っているかもしれないといった疑心暗鬼にさえ陥れ、内部崩壊さえ可能とする集団でこそ力を発揮できる人間社会にとっての最凶の武器だろう。
「行け」
そう命じると、光を失った眼をしている軍人たちはアサルトライフルを構え直し支部へと突入していった。
その直後、途絶えることなく発砲される音が鳴り響き、人々の悲鳴が聞こえた。
支部のエントランスに入るとそこには職員たちの息絶えた姿や虫の息状態の職員がいた。
終夜に操られている軍人たちは、命令に忠実に奥へ奥へと勝手に突き進んでいった。
「さて、こういった場合大抵地下だよね……どこにあるかな」
無闇矢鱈に歩き回って探しても時間の無駄だと終夜は理解できているので、直ぐに精霊の眼を使った。
イデアにアクセスすることで、終夜を中心にどこに何があるのかが視えてきた。
そして誰かが拘束され、いかがわしいことをされていることが分かった。
若しかしたらと思うと終夜は、居てもたってもいられず最短コースで移動した。
即ち床を分解することだ。
終夜の足元の床を地下三階まで魔法により分解・消失したことでそのまま垂直落下した。
着地直前に減速し、衝撃を分散そのまま、真夜が拘束されている可能性のある部屋まで走り出した。
「C-2ブロックにて侵入者確認。すぐさま応援を頼む!!」
終夜の姿を確認した軍人は、すぐさま捜索している他の仲間へと救援を要請した。
こういった奴らは、Gのようにぞろぞろと湧き出て来るから嫌だ。
『一匹見かけたら、百匹はいると思え』と同じで『一人見かけたら、百人増えて一万発飛んでくると思え』だ。
まあ、どんなに弾丸が跳んできても、当らなければ話にならないが。
「邪魔だ」
そう言うと、連絡していた軍人は壁に叩きつけられ、壁に真っ赤な大輪を咲かせた。
終夜は文字通り邪魔な壁はぶち壊し、道を阻む軍人たちは天上、床、壁のいずれかに真っ赤な大輪を咲かせた。
そして目的の部屋の前画とたどり着くと。
「助けて、兄さん」
そう聞こえた。
訊き間違えるはずがない。
間違いなく真夜の声だ。
ならばやることは一つしかない。
壁を分解し、通気性を良くした。
「助けに来たよ真夜」
そう言うと、真夜に近づいていた男が壁に叩きつけられ、その衝撃だけで男は昏睡した。
どうやら完全に研究畑出身で、軍事訓練を受けたことがなかったのだろう。
ただの加重系魔法で男に掛かる重力をなくし、地球の自転によって吹き飛ばされただけでやられるとは、意気地の無い奴だ。
それと同時に真夜の枷を粉々に粉砕した。
「ごめんな真夜。直ぐに助けてやれずに」
終夜は、真夜の頭を撫でなから言った。
「ぐすっ……兄さん、恐かった。怖かったよ」
真夜は直ぐに立ち上がり、終夜の胸に抱きつき泣き出した。
終夜は抱きついている真夜が落ち着くまで優しく撫で続けた。
五分もすると真夜は泣き疲れて寝てしまった。
元々誘拐され、身体を弄繰り回され、強姦される予定だったのだ。
そんな状態で十二の子供の精神が耐えられるはずもなく、心身ともに限界だった。
そこを助けられた真夜は、緊張の糸も切れるのも致し方ないことだ。
寝てしまった真夜を御姫様抱っこしながら来た道を辿りだした。
この時ばかりは、真夜が寝てくれてよかったと常々思う。
こんな、肉片と血で彩られたものを真夜に魅せる訳にはいかないからだ。
その道を何の感情もなく悠々と歩ける終夜が異常だともいえるが。
そして外に出た終夜は、未だ中から疎らながらも銃声が聞こえる崑崙方院支部を睨んだ。
その時終夜の心情には、こんな組織があるから真夜がこんな目に、もしこの組織が存続し続けたら次は深夜が。
そう思うと、終夜の中に黒い何かが蠢きだした。
このままでいいのか?
駄目だ、このままでは何れ深夜に魔の手が迫る可能性がある。
壊せよ、そのための力はあるだろ?
ああ、そうだな壊そう、真夜をこんな目に合わせた崑崙方院を大漢を。
そんなことを考えている終夜は、無意識下に魔法を発動していた。
収束・発散・吸収・放出複合魔法『
頭上に大気を圧縮に圧縮を重ねた、青白く光り輝く球体はとても綺麗でありながら、その実何人も触れることの出来ないものだ。
その球体が、崑崙方院支部に落ちた。
摂氏一万℃もの熱量を受けた崑崙方院支部は文字通り消滅した。
支部内にいた生き残りは、何も感じることなく死ねたのだ。
ある意味で一番幸せだっただろう。
大量殺戮をした終夜はそれで尚、憤りを感じていた。
あと少し遅れていたら真夜は下手をしなくても壊れていた、そう思うと未だ背筋が凍りつく思いだ。
そんな中終夜は、決意を新たにした。
真夜をこんな目に合わせた奴らの仲間も同罪だ。
そしてこの事を計画した奴は生き地獄を味あわせてやると。
真夜を御姫様抱っこしたままの終夜はそのまま帰路についた。
終夜の子供を作ろうと思う、主に真夜と深夜の卵子を使って……性交渉ないから近親相姦にならないよね?っと思っている作者でした。
次回予告
大漢崩壊させます
以上