銀河英雄伝説異伝~ジークフリード・キルヒアイスの辺境戦記~   作:ほうこうおんち

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キルヒアイス別動隊出撃

「それでは頼むぞ」

 銀河帝国を二分する内乱、後に「リップシュタット戦役」と呼ばれる貴族連合軍対リヒテンラーデ・ローエングラム枢軸軍において、ローエングラム侯ラインハルトは赤毛の腹心にそう言った。

 ジークフリード・キルヒアイス上級大将、年齢21歳、190cmを超す長身の青年は、これで宇宙艦隊副司令長官である。

 ローエングラム侯ともども若く、貴族たちからは「孺子(こぞう)」と呼ばれている。

 この若い提督は、40000隻の艦隊と二人の中将を預かって、銀河帝国辺境制圧に赴く。

 

 

 

 ゴールデンバウム朝銀河帝国は、銀河連邦を乗っ取る形で建国された。

 初期の領域は、現在の領域よりも小さい。

 銀河帝国には二度の領域拡大期があり、それに寄与したのが貴族たちで、拡大された領域「辺境」とは首都における権勢と共に貴族を支える重要なものであった。

 

 銀河帝国初代皇帝ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムは、有能と認めた者に爵位と特権を与え、貴族社会を作り上げた。

 もちろん、ただ特権だけを与えたのではない。

 義務として貴族たちは、当時の辺境星域の開発を命じられた。

 

 不便だから辺境である。

 人は便利な惑星に住みたがり、不便な地域には寄り付かない。

 自由に任せればそうなってしまう。

 貴族に任じられた者は、不便な辺境を開拓する事で「不輸不入の権」、即ち「税を収めず、官憲の立ち入りを拒める」荘園を手に出来た。

 荘園といっても中世のような農園ではない。

 資源採掘、航路の通行権、商業上の立ち入り料等近代的ビジネスで得られる利益を独占出来るのだ。

 貴族たちは競って開拓権を求め、荘園を増やしていった。

 そう言うと貴族が汗水流して努力したように聞こえるが、実際にやったのは資金の移動だけである。

 開拓権購入、これは貴族の義務であり、帝国の収入源となる。

 貴族は、元々大資本家や企業家が任じられたりした為、これを支払う。

 支払った以上元は取る。

 自分の手足となる業者を探し、彼等に資金を渡して辺境を開発させる。

 荘園は貴族の自由になる地であり、そこでの独占権も餌にして業者を使う。

 こうして帝国、貴族、特権業者という流れで資金が辺境に投入され、富を産みだす星に改造された。

 ルドルフが見込んだ者たちは、確かに有能だった。

 不便だからと顧みられなかった地域が、今や帝国の経済を押し上げる重要な地へと変わった。

 ブラウンシュヴァイク、リッテンハイム、カストロプ、クロプシュトックと言った大貴族は、この時に優良な荘園と莫大な富と、帝国に貢献した功から更なる特権を与えられた者たちであった。

 

 こうして辺境は辺境で無くなる。

 貴族も代替わりし、生まれながらに特権を持った者が大人になると、やがて銀河連邦時代と同じになった。

「もう十分開発したし、その外になんて行きたくない、リスクの方が高い」

 という気分となった。

 安価な労働力である「共和主義者」の矯正奴隷も得られなくなった。

 大貴族たちに領土拡大をする意思は無くなっていた。

 その時、彼等に代わって開発を受け持つ者たちが現れる。

 貴族の三男、四男たち、または庶子、所謂「冷や飯食い」の子供たちである。

 

 領土は拡大せずとも、経済発展して利用可能な地域が拡大している内は、子供は何人居ようが良かった。

 新領域を預け、帝国の典礼省に頼んで家名と爵位を貰い、自家の派閥(門閥)拡大に使えた。

 だが、新領域拡大が頭打ちとなると、長男と次男くらいは何とかなるが、それ以下の子は親や兄から小遣いを貰って遊び暮らす「厄介者」になる他ない。

 この時期に貴族の子弟出身の芸術家や学者が増えたので、一部の「厄介者」はそちらの分野で家名を高める。

 そのどちらでも無い者が辺境の開発をし、その功をもって新たな爵位を得た。

 この謂わば「辺境伯」とも言える貴族分家は、本家に収益の一部を渡す事で、中央復帰の足掛かりを掴んだ。

 本家は不労所得を増やし、代わりに権力で庇護し、一門の者として中央社交界デビューをさせた。

 

 この「辺境貴族」は宇宙海賊だけでなく、先のその惑星に入植していた叛徒・共和主義者の組織や、時には同じ辺境貴族と戦う事もあり、武力を強化していく。

 余り大きな戦いとなれば帝国政府を刺激し、自らが討伐の対象となりかねない。

 故に問題を大きくする前に、本家の貴族を頼り、政治的決着を図る。

 だが時に、その本家同士が不倶戴天の敵であった場合、代理戦争の道具ともされる。

 こうして戦争と身近な辺境貴族は、中央の貴族本家よりもリアリストが多い。

 本家の伝手を使い、幼年学校から士官学校を経て、軍務に就く事で自領を守れる軍才を磨く者も多い。

 ラインハルトやキルヒアイスの周囲にもそういう貴族の子弟はいた。

 

 こうした貴族の不遇な子弟による領土拡大も一段落する。

 拡大するだけでなく、内実を充実させる時期が来たからである。

 その一方で、どの時代にも冒険主義者は居て、危険宙域を踏破し、未知の惑星を探す行動は続いていた。

 帝国暦331年、冒険的領土拡大は変化を迎える。

 今は断絶した貴族イゼルローン伯爵が、オリオン腕からより銀河中心に近いサジタリウス腕へ行く事が出来る、狭く長大な回廊を発見した。

 彼の家名に因みイゼルローン回廊と名付けられたその先に、もしかしたら未知の文明国家があるかもしれない。

 更にサジタリウス腕は危険宙域が多く、冒険的貴族イゼルローン伯もイゼルローン回廊から6光年の赤色巨星アルトミュールで、不意の恒星爆発の影響を受けて事故死した。

 この先の調査は軍に一任される。

 軍は、イゼルローン回廊の先に叛徒・共和主義者の組織を確認。

 最近聞かなくなったその名前だったが、ある意味「まだ居たのか」と慣れた感じで討伐軍を派遣する。

 これが大敗に終わる。

 これまで辺境に潜んでいた隠れ家的な組織と異なり、国家である事が判明。

 しかし通例に倣い、この自由惑星同盟を自称する組織を帝国では「辺境の共和主義勢力」と呼んだ。

 それでも脅威を実際には認識していた為、同盟軍に大敗したダゴン星域会戦以降の領土拡大は、軍が行った。

 遅れていた開発の梃入れでもなく、門閥貴族の子弟による荘園拡大でもなく、この一帯の領域を知らねば外敵に後れを取るという防衛上の理由からであった。

 そうして拡がった銀河帝国領だが、軍事基地だけで賄える程に帝国の財政は豊かでない。

 この頃、貴族領の多さによって中央政府の税収は伸び悩んでいた。

 その上、「敗軍帝」フリードリヒ2世後の帝位は、皇子たちによる毒殺や陰謀で混乱し、「再建帝」マクシミリアン・ヨーゼフ2世も毒によって視力を失う有り様であった。

 このマクシミリアン・ヨーゼフ2世が、軍事的に重要な拠点以外の新辺境領を門閥貴族たちに開発させる。

 この遠く、いつ戦火に巻き込まれるかも知れず、危険宙域の多い辺境に送られるのは、その貴族の一門の中でも立場が弱い者たちであった。

 自ら自領を開発した「辺境貴族」と違い、この「委任貴族」はやる気が無い。

 そこで、財力だけはそれなりにある商人や銀行家等が「委任貴族」の手足となって働く事で大収入を得る時代が訪れた。

 「門閥」に属さない彼等に爵位は授与されず、「帝国騎士」号が乱発される。

 こうして軍事的重要拠点以外の新辺境で一儲けした者の大なる者は、フェザーン回廊を発見し、その地を自治領とする事を認めさせたレオポルド・ラープから、ラインハルトの祖父にあたるアルブレヒト・フォン・ミューゼル、ロイエンタール大将の父親等が居た。

 

 このように辺境とは、帝国のもう一個の顔であり、様々な種類の貴族権益が入り交ざる場所であり、体積的には基本となった旧銀河連邦領の3倍に及ぶ広大な領域であった。

 この広大な領域の制圧を、ジークフリード・キルヒアイスが任されたのは、それなりの理由も有った。

 

 

 

 ゴールデンバウム朝銀河帝国の貴族は、断絶したものを除いてまだ4000家以上存在する。

 この内、3740家がリップシュタット盟約、即ち門閥貴族連合軍に与した。

 彼等は叩き潰す。

 その他400家を超える貴族の内、帝国宰相リヒテンラーデ公には宮廷の官僚貴族100家程が味方についた。

 ラインハルトに味方したと言えるのは、マリーンドルフ伯爵、キュンメル男爵、シャフハウゼン子爵、ヴェストパーレ男爵、コルヴィッツ子爵といった二十家程で、勢力の内に入らない。

 しかもほとんどがマリーンドルフ家か、ラインハルトの姉アンネローゼの縁者である。

 そして200家以上が中立を守っていた。

 彼等のほとんどは、帝都オーディンにあるブラウンシュヴァイク公の荘園リップシュタットの森に参集も出来ず、それ以上に門閥貴族の力をあてにせずに独立独歩で来た者であった。

 技術が発展し、直接統治出来る領域は大幅に拡大したが、それでも手に余る領域、自治に任せた方が良い領域も存在する。

 

 ラインハルトは共和主義者では無い。

 全貴族を滅亡させ、全ての地を人民に返す、という理想という名の幻想を抱いてはいない。

 民衆は遥か昔に、自分たちで政治をする権利を返上した。

 今も別に返して貰いたい訳ではない。

 彼等は、「名君」に支配される事を望んでいる。

 ラインハルトは名君となる自信は有るが、別に彼以外が名君であるならそれはそれで良い。

 辺境の領主の内、領民が慕う貴族も居るかもしれない。

 リップシュタット盟約に加わり、明確にラインハルトに敵対していながらも、領地の統治では名君も居るかもしれない。

 そういう領主を見極める政治的な役割を、ラインハルトはキルヒアイスに求めた。

 

「俺は採点が辛過ぎる。

 貴族の中で、これはと思ったのは、マリーンドルフ家の令嬢しか会った事がない」

「ヴェストパーレ男爵夫人は如何でしょう?」

「……とにかく俺は、貴族を見る目が厳し過ぎるのを自分で自覚している」

(話を逸らすとは、ラインハルト様、忘れていたようですね)

「その点、お前は見る目が公平だ。

 俺と同じ様に貴族社会を憎む一方で、ごみ溜めの中にも美点を見い出す優しさがある。

 お前の判断で、残して良い貴族が居るか、見定めてくれ」

 

 実際、キルヒアイスの方が貴族を正しく判断している。

 ラインハルトが苦手意識を持ったグリンメルスハウゼン子爵や、「強者による支配を受容している」と酷評したライフアイゼン大佐、「アルレスハイム会戦の敗残者」カイザーリング男爵と言った貴族についても、キルヒアイスは外聞だけで判断せずに内面まで見ている。

 一方で有能ではあってもリューネブルク少将は危険視する等、単に甘いだけではない。

 ラインハルトはキルヒアイスの観察眼を信頼していた。

 速やかに主要領域の3倍の領域を制圧し、かつ人民を救済しつつ、貴族領主の採点もする。

 このような役目はキルヒアイスにしか任せられない。

 

 かくしてキルヒアイスは「もう一人のラインハルト」として、また「辺境の監察官」として主力部隊を離れ、辺境に赴く。

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