銀河英雄伝説異伝~ジークフリード・キルヒアイスの辺境戦記~ 作:ほうこうおんち
「臭え、臭え、下級貴族の帝国騎士が、なんでこの幼年学校に居るんだよ」
ラインハルト・フォン・ミューゼルは、上級性8人に囲まれていた。
鋭いアイスブルーの瞳で彼等を睨みつける。
上級生は一瞬怯むも、続けて
「そりゃ姉が皇帝陛下を色仕掛けで誑かしたからな」
と言おうとした。
色仕掛け……の辺りで言葉は止まる。
金髪の頭突きがその上級生の口に決まり、歯が折れ、鮮血が噴き出した。
それを合図に1対残り7の喧嘩が始まる。
だがすぐにラインハルトには援軍が到着する。
用事で教務課に行っていた赤毛の相棒が駆け付けたのだ。
「なんだお前は」
という短い言葉もまた、最後まで発せられなかった。
キルヒアイスの右アッパーが、相手の下顎の骨を砕いていた。
と同時に別の上級生の鳩尾を、キルヒアイスの肘が下から突き上げる形で貫く。
2人が瞬時に倒され、驚愕した別の上級生の顔面を掴むと、キルヒアイスは足払いもかけてレンガ造りの校舎の壁に叩きつけた。
殴りかかって来た別の上級生の拳を紙一重でかわすと、自分の頭を支点にし、その伸びた腕に自分の手を絡めると、迷わずに折る。
ラインハルトが股間を蹴り上げて2人目を倒し、3人目に取り掛かった時、キルヒアイスの足元には5人の上級生が転がっていた。
最後の一人は、ラインハルトが唖然とした隙に、泣きながら逃げ出してしまった。
「キルヒアイス……お前、凶暴だな」
「ラインハルトには言われたくないよ」
この時期、まだ彼は「様」を付けていない。
「決めた。
俺はキルヒアイスとは喧嘩しない。
お前の喧嘩は凶悪過ぎる」
「……その持ってる石を捨ててから言ってくれないか」
キルヒアイスは温和で優しい人柄だと周囲から言われる。
だが、一旦戦うとなったら容赦は無い。
その本領は素早い動きと、大打撃を与える攻撃に有った。
帝国暦488年6月末、ガイエスブルク要塞に籠る貴族連合軍の行動が活発になって来た。
幾つかの艦隊が出撃している。
シャンタウ星域に向かった艦隊には、メルカッツ上級大将の旗艦が確認された。
また別方面では、ラインハルトに味方を申し出た2人の少将の艦隊が、貴族連合軍ファーレンハイト中将の艦隊によって相次いで撃破され、戦死したという報が入る。
そしてラインハルトの参謀長オーベルシュタイン中将がガイエスブルク要塞に潜入させていた情報員からの報告で、副盟主リッテンハイム侯が5万隻の艦隊を率いて辺境に向かった事を知る。
「大方、もう皇帝の父親になった気分でふんぞり返るブラウンシュヴァイクに、リッテンハイムが気分を害し、口論の末、手柄を立てて立場逆転を図ったというところだろう」
「御意」
オーベルシュタインが無感情に答える。
「それでキルヒアイスを狙いに行ったか」
「御意。
リッテンハイム侯は『辺境で鳥無き島の蝙蝠を気取る赤毛の孺子を退治して来る』と豪語していたとの事」
ラインハルトは笑う。
「キルヒアイスは鳥無き島の蝙蝠ではない。
鳥を食い殺す有翼竜だ。
あいつは一旦容赦しないと決めたら、オフレッサ―並みに凶暴だぞ」
「…………」
「まあ良い。
キルヒアイスにリッテンハイム出撃の情報を送っておけ。
『盟主との確執の挙句、副盟主が家出した』とな」
「御意」
ラインハルトは相変わらず口が悪い。
「敵、キルヒアイス艦隊発見。
第六惑星の衛星軌道上に布陣しています。
戦力、6000から12000隻程度」
「もっと正しく報告しろ」
ヴァルテンベルク上級大将がオペレーターに怒鳴る。
ヤルンヴィド星系に突入したヴァルテンベルク艦隊は長距離レーダーや光学索敵を駆使し、キルヒアイス艦隊を探す。
恒星ヤルンヴィドは、人類の故郷地球が公転する太陽と似たG2V型星(太陽よりやや重い)で、3つのスーパーアース、3つのスーパージュピター、2つのスーパーネプチューンを持つ恒星系である。
第五惑星と第六惑星は輪を持ち、その内第六惑星には土星の百倍という巨大な輪があった。
その輪の近辺に布陣しているキルヒアイス艦隊は、光学探知が難しい。
レーダーも妨害されている為、概算でしか分からない。
「まあ良い。
惑星の輪を地の利として戦う事は分かった。
素早く接近し、艦載機戦を仕掛ける。
輪が氷の欠片から出来ている為、砲火、ミサイル戦は困難だ。
敵もそのつもりで輪を盾にしているから、裏をかくぞ」
ヴァルテンベルクは第六惑星軌道に進入すると、自分たちも輪に隠れながらキルヒアイス艦隊の想定位置まで移動する。
僅かに透けて見える輪の向こう側には、確かにキルヒアイス艦隊がいた。
「よし、母艦機能を持つ全艦、ワルキューレを発艦させよ」
宇宙母艦は接近戦をするように戦術が変わって以降、高い防御力を持つようになった。
だが、世界で初めて運用された大規模空母機動部隊以来、弱点は変わらずそこにある。
艦載機発艦のタイミングが最も弱いという、構造上の弱点が。
弾薬を満載した艦載機を発進させるべく、発進場所に並べ、進路が固定された母艦は、艦載機を格納し、かつ退避行動を取っている時に比べて格段に弱い。
まさにそのタイミングでヴァルテンベルクは、第六惑星のガスの中から出現した艦隊から砲撃を食らい、艦載機とともに母艦機能を持つ艦が爆散する。
「索敵、どうした!
何故発見出来なかった?」
「レーダー波の届かぬ深さに潜んでいたようです」
「では何故、奴等は上手いタイミングで我々に攻撃をかけられたのだ?
中から外も見えない筈だろう?」
そう言ってヴァルテンベルクは、敵の目に気づいた。
自分たちと同じように、輪の向こう側から自分たちの位置が見えていたのだ。
恐らく輪の向こうの敵艦隊は、タイミングを計って、ガス惑星に潜む伏兵に合図を送ったのだろう。
そしてヴァルテンベルク艦隊が攻撃位置につく頃に浮上し、艦載機発艦のタイミングを狙ったのだろう。
「敵艦隊浮上。
数、多数」
「もっと正確に報告せよ」
「五個の集団が浮上しました。
それぞれ、およそ2000隻」
「では、1万隻が伏兵として潜んでいたというのか?
輪の向こうにいる敵艦隊は何だ?」
ロルフ・オットー・ブラウヒッチ少将は2000隻の艦隊で隕石を牽引したり、ダミーバルーンを使ったりして数を偽装していた。
そして敵を第六惑星に引き付ける役割を任された。
もしも敵艦隊が輪の反対側に回り込まず、直接攻撃をかけて来たならば?
彼は戦わずに第六惑星を離れる。
それを敵が追撃し、惑星を離れた後に、彼は輪に仕掛けていたゼッフル粒子発生装置を起動させ、起爆する。
短時間だが輪には大きな穴が開き、そこからキルヒアイスの本隊が出て敵艦隊の背後を襲う。
彼は元々勇敢さで鳴らした軍人だったが、キルヒアイス艦隊に配属され、偽装工作や機雷原敷設、索敵網構築等の緻密な仕事を任されて来た。
「私は卿の勇敢さを知っています。
だからそれを教える必要は有りません。
卿の仕事の幅を増やせば、きっと卿は色々な場面で使われる将に成長するでしょう。
その時、機会が来たら思う存分勇敢さを発揮し、武勲を立てて下さい。
用意周到さ、緻密さと勇猛果敢さは共存可能なのです」
キルヒアイスによってそう訓示され、これまでに既に八度、主将として敵迎撃部隊との艦隊戦や惑星占領時の陸上戦を経験して来た。
ブラウヒッチのみならず、キルヒアイスの部下で少将級の他五人も同じように作戦を任されて来た。
少将でありながら、二ヶ月で八度ずつの戦闘指揮、それも勝つお膳立ては整えられた上でである。
勝ちは経験に繋がり、自信を持たせる。
准将、少将は普通、艦隊指揮官の下で手足となって働く為、活躍の機会に恵まれない。
キルヒアイスはお膳立てこそするが、基本的に派遣軍の将とし、指揮統率を任せる為、彼等の成長速度も速い。
「ベルゲングリューン少将は大胆さと蛮勇を、
ビューロー少将は攻撃における積極さを、
ジンツァー少将は逆に攻撃時でも防御や後退を心掛ける事を、
ザウケン少将は慎重さ、用心深さを、
ブラウヒッチ少将は緻密さと用意周到さを磨けば、一軍の司令官として活躍出来ます」
こうして鍛えられた少将たちは、キルヒアイス本隊とともに、五指が物を握り潰すかの如くヴァルテンベルク艦隊を包囲する。
「何故だ、何故ここまで複数の小規模艦隊を手足のように自在に動かせる?
2000隻程度の艦隊など、少将級の指揮官だろう?
帝国に、こんなに手練れな少将が揃っているとは思わなかった。
居る筈が無いのだ。
居たらあの金髪の孺子が既に中将に引き上げ、己の派閥の一員としただろう」
解釈は誤っていない。
五人の少将はリップシュタット戦役が始まってから急成長したのである。
彼等だけではない。
自由裁量で担当方面を任されたワーレンとルッツの2人の中将も、相手がより大規模な伯爵級の貴族で回数はそう多くないが、2人で二十度の戦闘を経験していた。
キルヒアイスのように部下の少将級を分艦隊指揮官としたり、あるいは自ら赴く等様々な形であったが、この両艦隊も急速に戦争慣れした精鋭部隊となる。
自分一人では手が回らない事を知るキルヒアイスが、部下をフルに使うとともに、彼等に経験を積ませ、手柄を立てさせていた。
こうして自由自在に動くキルヒアイス艦隊と惑星の輪に挟まれて包囲下に落ちたヴァルテンベルクは、初期の母艦機能付艦艇の爆発からも立て直す余裕を与えられず、ボロボロにされて降伏した。
アストゥリア少将の部隊は、ここでもまた逃げ出す事に成功する。
「提督、敵艦より交信を求めてきています」
「繋いで下さい」
キルヒアイスはヴァルテンベルクの呼びかけに応じる。
「キルヒアイス上級……大将……、貴官に投降する。
この艦隊はシュレスヴィヒ侯から借りた艦隊。
私の失敗の巻き添えにするには忍び難い。
降伏した部下には寛大な処遇をお願いする」
「分かりました」
「キルヒアイス提督!」
「何でしょう?」
「卿の艦隊に、ルッツ中将、ワーレン中将は居たのか?
彼等はこの戦場に戻っていたのか?」
キルヒアイスは首を横に振り
「私の信頼する部下たちだけで戦いました」
と答えた。
「そうか、何から何まで私の分析は間違っていたようだ……」
ヴァルテンベルクはそう呟くと
「私にとって、最期の戦いの相手が卿であった事を誇りに思いたい。
これからも負ける事なく、伝説の名将と成られん事を」
そう言い遺して通信を切った。
そしてヴァルテンベルク上級大将自決の報が旗艦バルバロッサに届いた。
「閣下、閣下を甘く見た報いをくれてやれましたな」
合流早々にビューロー少将が語り掛ける。
「??」
と首を傾げたキルヒアイスにビューローは
「この戦いの前、小官は閣下が小声で呟いていたのを聞きましたよ」
と笑う。
「いやあ、聞かれていたのですか、人が悪い」
キルヒアイスも苦笑いする。
「ですが、あれは私の誇りの為に憤慨していたのではないのです」
キルヒアイスは語る。
「私はローエングラム侯の代理人です。
私を甘く見ているという事は、それはローエングラム侯を甘く見ている事と同じなのです。
ローエングラム侯を侮辱した者を、私は容赦しませんから」
ビューローは
(きっとそうなのだろう)
と思い、
(この先、キルヒアイス閣下のみならず、ローエングラム侯を侮辱した者たちは、ただでは済まないだろうな)
と予感した。
その「金髪の孺子」嫌いの最高峰の1人、リッテンハイム侯の艦隊がこちらに向かっているという報が届けられたのは、それからすぐの事であった。