銀河英雄伝説異伝~ジークフリード・キルヒアイスの辺境戦記~ 作:ほうこうおんち
派遣した艦隊が敗北し、ヴァルテンベルク提督も死亡したと知ったシュレスヴィヒ侯爵は、残った数隻の艦で所領を逃げ出した。
アストゥリア少将もシュレスヴィヒ侯と同じ場所を目指して落ち延びる。
それはガルミッシュ要塞。
辺境開拓において、かつて貴族たちの駐屯地として活躍した古い軍事施設である。
辺境の惑星を開拓する際、最初に生命維持装置無しで人類が活動出来る環境を作る事になる。
居住出来なければ開拓も出来ない。
惑星改造が完了するまで、貴族や開拓関係者は仮の拠点として使う施設を求めた。
そして、資源採掘用小惑星を幾つか連結し、坑道を居住区に改造したガルミッシュ要塞が建設された。
要塞を構成する小惑星にはまだ鉱物が残っている為、ここで船を造ったり、必要な機材を製作したりして開拓に用いる。
こうして掘り進んだ空間は居住区に改装され、次第にガルミッシュ要塞は多くの人口を一時収容可能な大要塞に変わる。
やがて辺境開拓も一段落し、ガルミッシュ要塞の鉱物資源も使い果たされた。
質実剛健な辺境貴族が多いのは、この地は贅沢する余裕が無いからでもある。
中央の官僚貴族や宮廷貴族に比べ、人格的にも能力的にもまともな人が多いのは、暴君だと生きていけない事情もあった。
そんな辺境貴族にとって、ガルミッシュ要塞は高級リゾートホテルのようなものであり、また自分たちの歴史を物語るモニュメントでもあり、古風な宮殿や城郭に宿泊するような感覚で利用されていた。
一応、辺境はまだ宇宙海賊も跋扈する地域である為、警備艦隊が駐留しているが、前線からは遠く、重要度も低い為、ガルミッシュ要塞司令官というのは「上がり」の職となっていた。
貴族出身で、出自は良いが能力的に元帥や上級大将にはなれない者が、老齢で退役間際に名誉職としてガルミッシュ要塞司令官を任じられ、保養に訪れる辺境貴族を出迎える名誉だけはある仕事をしながら軍歴の最後を締め括るのだ。
大将相当職ではあるが、最前線のイゼルローン要塞司令官や、内乱鎮圧の拠点だったガイエスブルク要塞司令官に比べ、有能な軍人が任命される事もなかった。
そんな「ガルミッシュホテル支配人」が、俄かに重要な職に変わって来た。
「リッテンハイム侯は何時頃ご入城されるのか?」
ガルミッシュ要塞司令官リッチェンス大将は慌てている。
シュレスヴィヒ侯等、キルヒアイスに領地を追われた貴族たちが、僅かな艦艇と、数多くの身内と共に逃げて来ている。
元々が大量の人員を収容可能な開拓拠点なだけに、それには対応出来ている。
しかし、5万隻もの大艦隊をガルミッシュでは収容出来ない。
軍事上重要度が低く、駐留艦隊は3000隻程度、軍港も1万隻は収容出来ない。
よって要塞外部に停泊させねばならない。
しかし、問題は相手が大貴族ばかりの軍な事だ。
リッテンハイム侯の旗艦オストマルクは要塞内に入港して貰うにしても、要塞から遠く、敵の攻撃に晒されやすい場所を停泊地に指定された貴族がゴネる事は予想出来る。
それが身分は男爵でも、リッテンハイム侯の血縁なら大変な事になる。
また、貴族たちはシャトルで要塞内に移動し、そこに宿泊するにせよ、その部屋割、パーティの席次、食事の手配で忙しく動き回る。
部下たちは
「ガルミッシュホテル支配人が、ピーク期間に入って働いてますな。
掻き入れ時だから、しっかり稼がないと貰える年金が減るな」
と陰口を叩いている。
士気も低く、余り良い職場では無いようだ。
「お呼びでしょうか、司令官」
キルヒアイスは分散して各地の制圧をさせていた、ワーレン、ルッツ両提督を呼び戻した。
キルヒアイスは勝ち易きに勝つ。
如何に軍事的には素人のリッテンハイム侯とはいえ、5万隻の大艦隊に対して手持ちの1万隻で当たるような楽観論者では無い。
味方の犠牲を減らす意味でも、全軍4万隻を集結させる。
「貴族連合軍副盟主リッテンハイム侯が、ブラウンシュヴァイク公との確執の挙げ句、こちらに兵を進めて来ました。
その数、およそ5万隻」
「おお、いよいよですか!」
剛毅なワーレンは落ち着いている。
だが、大軍と戦える事で気分が高揚しているのが感じられた。
これまで、辺境貴族としては高位の伯爵級を相手に10度程戦って勝利を積み重ねて来たが、多くても3000隻を超える程度、そして貴族の私兵用のスペック落ち艦艇相手に14000隻の正規軍を率いて戦ったのだ。
勝って当然だった。
歯応えがあったのは、往年の名将アストゥリア伯くらいである。
それだけに大軍相手の戦いは気持ちが躍る。
「リッテンハイム軍は今、ガルミッシュ要塞で最後の補給をしています。
我々がすぐに出発するとして、会敵はおそらく此処、
130光年先のキフォイザー星域と予想されます」
強行偵察の結果を踏まえ、ジンツァー少将が説明する。
キルヒアイス別働隊は、三個艦隊の集結を終え、陣形を再編すると整然と進軍を開始した。
ガルミッシュ要塞に入城したリッテンハイム侯は、その傲慢な姿を晒していた。
敗れて逃げ込んだアストゥリア伯やシュレスヴィヒ少将を、貴族の面汚し、恥知らずと公衆の面前で罵る。
そして
「孺子を相手にするなら、金髪の方が良かった。
赤毛の子分では不足だが、まあ良い」
と豪語する、貴族たちのパーティで……。
そのパーティでは、敗れた辺境貴族たちには「食事を与えるな」と命じた上で出席させ、何も運ばれて来ないテーブルに立ち寄っては
「見ているが良い、私が帝国貴族の何たるかを、とくと教えて進ぜよう」
と説教する。
特に、自分と同じ家格のシュレスヴィヒ侯を見下すのは気分が良いようで、高価なワインを彼の頭にかけながら
「どうかね?
少しは脳細胞が活性化したかね?」
と嘲笑った。
敗れた辺境貴族たちは、何も言い返せず、屈辱に耐えている。
名門貴族たちはこうして、楽しい宴を堪能した。
翌日、リッテンハイム軍はキルヒアイス軍を迎え撃つべく出撃した。
場所はガルミッシュ要塞から13.5光年離れたキフォイザー星域。
要塞から離れた場所に停泊していた艦隊から順次出撃。
そこには陣形は無く、家格が低い貴族の艦隊から進発したに過ぎなかった。
リッテンハイム侯はシュレスヴィヒ侯と真逆をやった。
シュレスヴィヒ侯は専門家の軍人の大言壮語によって艦隊を失った。
リッテンハイム侯は、軍人の実質的な指揮で勝ったと言われたくなかった為、中将以上の軍人を連れて来なかった。
彼は上級大将の軍服を纏っている。
先年のクロプシュトック侯の反乱鎮圧を指揮したブラウンシュヴァイク公が上級大将から元帥に階級を進めた為、バランスから部下を派遣しただけのリッテンハイム侯も予備役大将から予備役上級大将に進んだ。
直接指揮を執ったブラウンシュヴァイク公より昇進の理由が意味不明なのだが、貴族社会では全く問題視されていない。
「ブラウンシュヴァイク公が元帥なら、リッテンハイム侯は上級大将で良いのではないか。
帝国の実力者第二位が大将では座りが悪い」
と思うのが貴族社会なのである。
銀河帝国には自由惑星同盟のようなナンバリング艦隊は無いが、18個艦隊相当の正規軍を持っている。
ラインハルトが宇宙艦隊司令長官となり、ミュッケンベルガー元帥が退役した。
ラインハルトはウルリッヒ・ケスラー、ナイトハルト・ミュラーの2人を中将に昇進させ、艦隊司令官に任命した。
だが、彼が司令長官になり、キルヒアイスを副司令長官とした時点では、貴族派の軍務尚書エーレンベルク元帥、統帥本部総長シュタインホフ元帥が健在で、人事の全てはまだ思うようにならない。
11個艦隊は元帥府付と出来たが、残る7人の艦隊司令官はバランス的に貴族派とされた。
即ちメルカッツ、シュターデン、ファーレンハイト、フォーゲル、フレーゲルが艦隊司令官となる。
(フレーゲル男爵はミュッケンベルガー元帥の艦隊を引き継ぎ、旗艦ヴィルヘルミナも譲り受けた)
残り2人はブラウンシュヴァイク公、リッテンハイム侯縁者の貴族軍官僚で、これまで軍務省でデスクワークや参謀業務しかしていない人物だったが、急遽司令官に抜擢した。
事実上、ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯が指揮する正規艦隊という事になる。
エーレンベルク元帥もシュタインホフ元帥も、「生意気な金髪の孺子」嫌いではあったが、軍官僚だけにラインハルトの軍才は認めていた。
このままではブラウンシュヴァイク公、リッテンハイム侯は勝てない。
そこで、なるべく勢力均衡となるよう、人事上の配慮をした。
内戦を長引かせる為ではなく、勢力均衡により内戦を防ぐ為に。
ブラウンシュヴァイク公はまだ、そうして付けられた専門家たる軍人の意見を聞く度量が有ったが、リッテンハイム侯は無視をする。
ひとつには、同志の意見を取り入れれば自分の功となる盟主と、盟主を上回る実績を上げないといつまでも盟主を上回れない副盟主の立場の違いもあった。
リッテンハイム侯は、自派閥の貴族に手柄を独占させるべく、高級軍人を一人も連れずに戦場に来たのである。
キルヒアイスはリッテンハイム軍が整然とした陣形ではなく、大小様々な集団の混成部隊となっているのに気づく。
とある男爵家の艦隊は戦艦20、巡航艦40、駆逐艦80、砲艦10なのだが、その隣に正規軍の宇宙母艦10、防空駆逐艦60が配置されているといった具合で戦理に全く適っていない。
キルヒアイスはその場で作戦指示をする。
ルッツ艦隊は先行、続いて自艦隊の少将たちの分艦隊、ワーレン艦隊は時差をつけて適当なタイミングで戦線参加。
斜線陣を命令した。
経験を積み重ねた提督たちは、その場での指示にすぐ対応する。
キルヒアイスは、ベルゲングリューンを参謀長、補佐官として旗艦バルバロッサに同乗させ、高速巡航艦800隻を抽出して戦闘集団を編成した。
彼我の距離が600万kmに達する前に、リッテンハイム軍前衛が砲撃、キフォイザー星域会戦が始まった。
「ふん、遠いわ。間合いも分からんか」
ルッツが呆れる。
そのまま防御シールドを展開しつつ、差を詰める。
リッテンハイム軍の前衛集団が突出した。
「距離、600万kmです」
「よし、撃て!」
撃って来ないルッツ艦隊に対し肉薄しようとしたリッテンハイム軍前衛集団は、有効射程内で砲撃を食らい壊滅する。
それを見た次列集団が怒りに駆られ、有効射程外から砲を乱射しながら突撃して来る。
ルッツは効かない砲撃をいなしながら、相手が撃ち疲れて一息ついた瞬間に濃密な、有効射程内での砲撃を行い、敵集団を一個ずつ潰していく。
貴族社会とは差別構造で成り立っている。
リッテンハイム侯は、外様の貴族を露骨に差別する。
しかし、差別され侮辱された事をエネルギーに仕事をこなし、それを誉める事で、誇り高い貴族たちを操って来たのも事実である。
今回も同じように、ガルミッシュ要塞で危険な外側に停泊させられ、宴席でも席次の悪かった者に
「悔しければ赤毛の孺子の首を持って来い。
そうすれば階位を上げるだけでなく、功績次第では我が娘サビーネの夫君、つまり皇配として迎えよう」
と発破をかけていた。
……軍事以外ならまだ良かった。
軍事でこのような「けしかけ」をすると、個々が功を焦ってしまい、統率が取れなくなる。
ルッツ艦隊とキルヒアイス艦隊の一部、合計20000隻に男爵家や子爵家の数百隻の艦隊が如何に勇敢に突撃しようとも、結果は分かり切っていた。
自分の思う通りに運ばず、イラつき出すリッテンハイム侯。
功を焦り、前衛が崩れる毎に後ろの部隊が連携も無しに前進し、陣形は崩れる。
「今だ」
いつの間にかリッテンハイム軍左翼上方から、キルヒアイス直属艦隊800隻が突撃を掛けて来た。
陣形の穴に入り込み、亀裂を拡大させながら足を止めずに掻き回し、暴れ続ける。
この内に入り込んだ少数の敵を先に撃つべく、艦隊が回頭した時、遅れて進んでいたワーレン艦隊が有効射程に入った。
艦列が乱れた所を、ワーレン、ルッツの39000隻からの砲撃が襲う。
リッテンハイム軍は支離滅裂となった。
そして恐慌状態に陥ったリッテンハイム侯は、味方を捨ててガルミッシュ要塞に向けて逃走する。
だが彼は、進路に邪魔者を見る。
「何だ、あれは?」
「味方の補給部隊です。
長期戦に備えて待機していました」
「撃て」
「は?」
「撃てと言っているのが分からんか?」
「ですが、あれは味方……」
「味方なら何故私が逃げるのを……
(咳払い)転進しようとするのを邪魔するのか?
いいから、撃て!
撃たぬか!」
こうしてキフォイザー星域会戦で最も醜悪な瞬間、リッテンハイム侯の味方殺しが発生した。
「何という事だ……」
自身も下級ながら「フォン」の前置詞を名に持つフォルカー・アクセル・フォン・ビューローは信じられない光景に言葉を失った。
旗艦バルバロッサの艦橋では、キルヒアイスが今までに無い程激怒しているのをベルゲングリューンが感じていた。
表情は無表情に近いのだが、その青い目から、直視し難い怒気と殺気と軽蔑の念が放たれている。
これまで戦って来た貴族たちは、それなりにまともだった。
民に慕われていた者も居た。
部下の命を守って欲しいと訴えて自決した者も居た。
民を戦いに巻き込むのを嫌う者も居た。
領地を捨てて逃げたシュレスヴィヒ侯も、倉庫を封印し
「願わくば我が領民の為にのみ、我が財貨を使われたし」
と置き手紙をしていった。
リッテンハイム侯は彼等の誰よりも権勢を持っている。
それがこのような、吐き気を催す醜態を晒した。
奴に生きる価値無し。
前線でまだ戦っていた者も、副盟主を追おうとした者も、この醜態を見た直後に白旗を掲げて投降の意を示す。
同じ「金髪の孺子」嫌いの貴族でも、リッテンハイムの一門ですらも、あそこまでは腐っていなかったようだ。
リッテンハイム軍は戦闘で18000隻を失い、5000隻はガルミッシュ要塞では無い方へ逃走し、24000隻余が降伏、武装解除された。
この大量投降が、リッテンハイム侯逃走の時間稼ぎになってしまったのは皮肉であろう。
戦場の始末を終えたキルヒアイスは、全軍に通信を出す。
「騒乱の元凶、リッテンハイムを逃すな。
これよりガルミッシュ要塞を攻める」
言葉遣いの良いキルヒアイスの口から「侯爵」の称号が外れ、リッテンハイムと呼び捨てされていた。
正規軍と貴族私兵について:
軍閥化を嫌う中央政府が、全く同じ装備の艦を貴族に所有許可するとは考えられません。
駆逐艦と言いながら、武装と防御と機関出力を低くしたフリゲート級だったり、
巡航艦も正規軍の艦艇が20センチ口径なのに対し、駆逐艦並みの12センチ砲だったり、
反乱を起こしても正規軍には勝てない配慮はしてあるかと考えます。
ブラウンシュヴァイク公、リッテンハイム侯の旗艦も、サイズは前の帝国宇宙艦隊総旗艦ヴィルヘルミナと同じでも、防御と内装にリソースを割り振り、攻撃力は低くなっています(公式設定が確か)。
なので、まかりなりにも正規軍とある程度互角に戦えたのは、かなりの数の正規軍艦艇が貴族連合に加わっていたからと考えました。