銀河英雄伝説異伝~ジークフリード・キルヒアイスの辺境戦記~ 作:ほうこうおんち
ガルミッシュ要塞に逃げ込んだリッテンハイム侯の兵力は3000隻余に減っていた。
減ったが故に、収容能力の低いガルミッシュ要塞に全艦入港出来た。
全艦収容出来たが故に、要塞も籠城戦が可能となった。
だが、外部の味方と連携出来ない孤立した城は脆い。
ガルミッシュ要塞司令官は、ガイエスブルク要塞のブラウンシュヴァイク公なり、軍事部門の責任者メルカッツ提督なりに救援を求めるべくリッテンハイム侯に進言する。
「やめろ!」
リッテンハイム侯はそう怒鳴りつけた。
そしてそれ以上の指示も出さず、かつて辺境開拓を請け負った貴族たちが過ごし、今は憩いの場として使われている一角に篭り、酒を飲み始めた。
「キルヒアイス提督、面会を求めている者がいます。
リッテンハイムに攻撃された輸送艦の生き残りです。
閣下のお役に立てると申しておりますが……」
「通して下さい。
会いましょう」
キルヒアイスはそう言って、その者を艦橋に通す。
その男は右腕の肘から下を失っていた。
「コンラート・リンザー大尉であります。
義手が間に合いませんので、左手で失礼します」
左手で敬礼するその男は、包帯姿で顔色も悪いが、意識ははっきりしているし、思った以上に体力があるようだった。
「私の役に立つとの事ですが?」
無駄な世間話が嫌いそうなリンザー大尉に、キルヒアイスはいきなり用件を聞く。
「私はリッテンハイム侯が味方を攻撃した事の生き証人です。
この腕がそれを物語っています。
この事実を要塞内の連中に知らせれば、労せずして要塞を落とせましょう」
キルヒアイスは頷き、そして問う。
「では、もうリッテンハイム侯への忠誠心は無い訳ですね?」
「忠誠心ですか……」
リンザー大尉は苦笑いする。
「美しい言葉です。
ですが、都合良く使われていると思います。
今度の内戦は、忠誠心というものの価値について、皆が考える良い機会を与えたと思いますよ。
ある種の人間は、部下に忠誠心を要求する資格が無いのだ、という実例を、何万人もの人間が目撃した訳ですからね」
キルヒアイスは黙って聞くと
「それではよろしくお願いします」
と頭を下げた。
『私はリッテンハイム侯率いる艦隊の、輸送艦デューレン8号の副長を務めていたコンラート・リンザー大尉であります。
デューレン8号は大破し、ローエングラム侯陣営のキルヒアイス艦隊に投降しました。
経緯はご存知でしょう?
私たち補給艦隊は、敵ではなくリッテンハイム侯から攻撃を受け、多くの者が死んだのです』
このような放送がガルミッシュ要塞に流される。
リンザー大尉は、同じようにリッテンハイム侯に撃たれ、傷つき、それでも生き残った者を連れて来て放送する。
「返せ! 俺の足を返せ!!」
「リッテンハイム、出て来い!
仲間の恨みを晴らしてやる!」
「侯爵、同じ貴族なのに、どうしてこのような無体な事をするのですか?」
リッテンハイム侯は要塞内で放送を見る事を禁じるが、兵士たちは隠れて視聴し続ける。
怨嗟の視線が増えているのを感じたリッテンハイム侯は、貴族用の宿舎から逃げるように出て行き、
「籠城戦を指揮する」
と言って指令室に籠ってしまった、多量の酒瓶たちを供として。
そんなリッテンハイム侯にも最期の時が迫る。
「ウェーゼル狙撃兵大隊のラウディッツ中佐!
リッテンハイム侯にお目にかかりたい!」
「そのような、その汚い恰好では!」
衛兵と何者かの怒鳴り合う声がする。
「汚い? 汚いだと!?
これはリッテンハイム侯の為に命懸けで戦い、侯爵が逃げ出した為に死んだ俺の部下だ!」
包帯をした男が、死体を担いでやって来る。
その死体は腰から下が無かった。
「何をしに来た、無礼な奴め……」
叱りつけるも、声に力が無い。
「お前が命を捨ててお守り申し上げたリッテンハイム侯はこの方だ。
忠誠の褒美を頂け!」
そう言うと男は死体をリッテンハイム侯に投げつける。
リッテンハイム侯は逃げようと身を翻したが、逆にその死体を抱き留め、受け止めるような姿勢になってしまった。
椅子から転げ落ちる侯爵を嘲笑うそのラウディッツ中佐。
「殺せ! この無礼者を殺せ!」
叫ぶリッテンハイム侯。
衛兵がブラスターをラウディッツ中佐に放つ。
その時既に死を覚悟していたラウディッツ中佐は、ゼッフル粒子を狭い指令室に充満させていた。
旗艦バルバロッサに要塞から降伏勧告受諾の通信が入る。
「投降します。
リッテンハイム侯も要塞司令官ももうこの世に居ません」
そう通信で伝える男の背後には、崩れ、火災を起こしている部屋が見える。
「あれは指令室です」
リンザー大尉が言う。
「この機を逃してはならない。
ベルゲングリューンとビューローに連絡。
直ちに揚陸艦を出して、要塞を占拠せよ、と」
両少将は揚陸艦を発進させ、要塞に陸戦隊を送り込む。
だが、熱や酸による開口処理も、接舷しての装甲擲弾兵突入も不要だった。
港湾がゲートを開けて迎え入れる。
既に要塞内では、兵士による貴族襲撃が始まっていて、様々なブロックで同士討ちが起こっていた。
ベルゲングリューンとビューローは、自軍についた側に援軍を送り、各地を制圧していく。
そしてガルミッシュ要塞全域の占領をキルヒアイスに報告した。
旗艦バルバロッサが入港する。
キルヒアイスが戦後処理にあたる。
要塞内の道案内はリンザー大尉が行う。
ガルミッシュ要塞に逃げ込んでいた辺境貴族は178家約1000人。
占領時に兵士に殺されたりして、200人が命を落とした。
扱いを見れば、その貴族の人となりが見えて来る。
ある貴族は、家族や付き人たちとともに縛られていた。
別の貴族は、手錠はされているが、元部下と思われる兵士が礼をもって接している。
更に別の貴族は、部屋に家族や執事たちとともに軟禁されているが、手錠も縄もかけられず、出入りする時は見張りの兵士が敬礼し、監視と護衛を兼ねて数人付き従っていた。
身内しか味方が居ない者、領民出身の兵士がまだ礼をもって接してくれる者、おそらくは領民ではなく他家の出身か一般の兵士であっても敬意を示す者と多様である。
キルヒアイスは捕虜としたゴトラント伯を連れて来るよう、ルッツに依頼をした。
ゴトラント伯はリッテンハイム侯の一門である。
連れて来られたゴトラント伯に、キルヒアイスは
「この死体はリッテンハイム侯のだな」
と聞く。
「黒焦げの死体でよく分からん。
だが、この指輪に見覚えはある。
確かに伯父上だ。
……わざわざ私に聞かずとも、科学検査で伯父上の死体と分かっていたのだろう?」
そう言うゴトラント伯に、キルヒアイスは是と言うのではなく、別の事を依頼する。
「では卿に特に頼む。
この者の葬式を出してやって欲しい。
ローエングラム侯や私にとって不俱戴天の敵、帝国人民の敵だが、
このようになった身に対し鞭打つ気にはなれない。
血族の卿が責任者となって、丁重に葬ってやって欲しい」
「偽善者が……、と言いたい所だが、素直に礼を言おう。
感謝する。
伯父上の御遺体、預かっても良いのだな」
キルヒアイスは頷く。
キルヒアイスは、確かに屍に鞭打つメンタリティの持ち主ではない。
だが、無条件に葬儀を許した訳でもない。
帝国ナンバー2の大貴族の死を、親族による葬儀という形で全帝国に示したのだ。
それ以前にはキフォイザー星域会戦での味方殺しも宣伝している為、帝国全土はリッテンハイム一門の消滅、再起不能を知る。
葬儀を終えたゴトラント伯に、キルヒアイスは一門への投降呼びかけを命じる。
「ふん、それが狙いか。
相変わらず金髪の孺子も、貴様も知性が無いな」
この貴族は、捕虜となってからも言葉遣いを改めない。
「捕虜となり、命の危機が有るからあいつをローエングラム侯と呼ぶのか?
そちらの方がみっともないだろう。
あいつが金髪で、孺子な事に変わりはない。
俺のあいつに対する感情にも変わりはない。
卑屈になって生き延びるより、節を曲げずに処刑される方が貴族の誉れだ」
と堂々と言い放ち、ラインハルトを崇拝する一般兵の憎悪を買っている。
金髪の孺子呼ばわりをキルヒアイスも嫌っているが、確かに今更卑屈になられても気持ち悪いだけで、相変わらず敵意剥き出しで変わらずに接して来る方が気持ち良い。
許せない感情は有るが、キルヒアイスはこの貴族の舌を止めはしなかった。
「リッテンハイム一門、血縁14家、姻戚6家、主従関係71家。
これら全てに即刻降伏するよう、卿が説得して下さい」
言葉は綺麗だが、明らかに命令である。
ゴトラント伯は笑い、
「やってやるが、期待するなよ、赤毛の子分」
と言い返した。
そして、ゴトラント伯は確かにリッテンハイム一門に投降を呼びかける。
だが、それに応じたのは血縁8家、姻戚4家、主従関係5家だけであった。
意外そうな表情のキルヒアイスに、ゴトラント伯はまた大笑いする。
「ほら見ろ、言わん事じゃない」
「どういう事ですか?
そんなに、卿の目から見てもリッテンハイム侯は慕われていない、
ただ権勢だけで支配していた男だったのですか?」
やや声を荒げてキルヒアイスが問う。
「貴様は貴族というものを分かっていない」
ゴトラント伯は言う。
「帝国四百年の歴史で、リッテンハイム家も主流でない時期があった。
その時代の強者は異なるものだ。
だから貴族は、その時代の強者に平気で寝返るのだ。
キフォイザーの味方殺しと当主の死、リッテンハイムはもうお終いだ。
親族の私が保証してやるよ。
だから、血縁として遠い者たち程、ブラウンシュヴァイク家か、多分リヒテンラーデの爺の所に鞍替えしたのだ」
「……そういうものなのですか?
では、何故ローエングラム侯に降らないのです?
絶対的強者はローエングラム侯でしょう?」
「そんな事は分かっているが、金髪の孺子は投降したって許す気は無かろう?
金髪の孺子は我々の富も誇りも奪い取る敵なのだ。
だからブラウンシュヴァイクの奴に縋るのだ。
敵をやっつけて、我が身を安堵して下さい、とね。
皮肉なものだ。
貴様が伯父上を倒した事で、ブラウンシュヴァイクは帝国最後の希望となったのだ」
キルヒアイスには、貴族とはそこまで卑屈なものと思いも寄らなかった。
偉そうにふんぞり返っている以上、誇りも相当に高いものと思っていた。
実際、辺境で戦って来た相手には、程度の差こそあれ、誇り高く生き、誇り高く死ぬ貴族が多い。
目の前のゴトラント伯にしても、決して卑屈では無い。
この先、敵対を止めない貴族たちはブラウンシュヴァイク公を頼って抵抗を続けるだろう。
リッテンハイム侯を討っても、貴族連合軍の全体の兵力比と同様、辺境の制圧作業もおよそ3分の1を終えたに過ぎない。
まだこれから先も抵抗が予想される。
辺境貴族は領地をしっかり統治し、民の忠誠心を得ている者も多い為、彼等を潰す作業は気が進まない。
覚悟は決めている。
全て潰していこう。
そう思うキルヒアイスだったが、ブラウンシュヴァイク公の自殺手によって事態は一気に変わる事になる。
OVAのガルミッシュ要塞の爆発シーンですが、
あんな外壁に面して敵の攻撃を受けやすい場所に指令室が在るとは思えず、
ゼッフル粒子爆発は外からは見えない、
敵兵の投降によってはじめて指令室が爆発してリッテンハイム侯死亡が分かった、
としました。