銀河英雄伝説異伝~ジークフリード・キルヒアイスの辺境戦記~   作:ほうこうおんち

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ヴェスターラント

 帝国暦488年2月、リップシュタット戦役開戦前、帝都オーディンにて。

 捕虜交換式から戻ったキルヒアイスにラインハルトが尋ねる。

「ところで、どんな男であった?ヤン・ウェンリーとは?」

「はい。

 正直掴みかねております。

 恐ろしいほどに自然体で、懐深く、恐らくは今回の作戦も見抜いているかと……」

 

 今回の作戦というのは、貴族連合軍との戦いの間、自由惑星同盟に、ひいてはヤン・ウェンリーに介入させないよう、同盟においても内乱を起こさせるものである。

 既に工作員を、捕虜交換式の派手な式典を煙幕に、同盟内に紛れ込ませている。

 

「なに?

 では、なぜこちらの策に乗るのか?」

 ラインハルトが訝る。

「分かりません。

 何か手を考えているのか、それとも如何なる状況からでも逆転できる自信が有るのか……。

 しかし、その辺りがヤン提督の人となりの深さかと…」

 

 キルヒアイスが続ける。

「いずれにせよ、敵としてこれほど恐ろしい相手を知りません。

 しかし……」

「しかし?」

「友とできれば、これに勝るものはないかと……」

「……ヤン・ウェンリーか……。

 会ってみたいものだ」

 

 

 

 帝国暦488年8月、ガイエスブルク要塞を包囲する宙域にて。

 ラインハルトの元に、ブラウンシュヴァイク公が自領・惑星ヴェスターラントに核攻撃を加えるという情報が入る。

 

 ヴェスターラントはキルヒアイスが攻略を担当しているのとは別な領域に存在する。

 辺境貴族よりも、門閥貴族の荘園が多いこの領域では、貴族連合軍の旗色の悪さが、機会有らば支配者に牙を剥く良民ならざる領民にも知られるようになっていた。

 ガイエスブルク要塞外会戦でミッターマイヤーの誘引作戦に嵌まり、「宇宙釣り野伏せり」を食らった貴族連合軍は、既に7割の参加貴族の当主か後継者が戦死し、艦隊もほぼ壊滅していた。

 最早方針を見失った盟主ブラウンシュヴァイク公を他所に、軍事責任者メルカッツ上級大将は、ガイエスブルク要塞での籠城戦を選択する。

 それしか道は無い。

 難攻不落の要塞に籠り、1年でも2年でも粘れば、遠征軍であるローエングラム軍はどこかで講和を求めざるを得ないだろう。

 その希望、願望、妄想を抱いてひたすら要塞に籠る。

 

 長期戦に備え、各貴族は自領に物資供出を命じる。

 これに領民が反発する。

 ブラウンシュヴァイク公の甥で自身は荘官として地方在住であったシャイド男爵が、弾圧を加えながら物資を徴発する。

 そして、前年の帝国領侵攻作戦を行った同盟軍と同じ目に遭う。

 暴動が発生したのだ。

 伯父の為に物資を集めまくったシャイド男爵は、逃げ遅れて暴徒に襲われ、何とか救出されたが瀕死の重傷を負った。

 彼が必死で集めた物資を積んだ200隻の輸送艦がガイエスブルク要塞に向かう。

 これを察知したラインハルトは拿捕を命じるが、ガイエスブルクからメルカッツ、ファーレンハイト両提督が救出に向かう。

 ローエングラム軍の5人の提督率いる艦隊は、名将と言って良い2人の提督率いる艦隊と交戦し、4割を超す被害を与え、しばらく戦闘不能とするも、輸送艦隊は要塞に無事入港させてしまった。

 戦力喪失をブラウンシュヴァイク公は詰るが、戦略的にこの場合、艦隊よりも補給物資であり、両提督は目的を果たした。

 

 そうして迎え入れた輸送艦から、瀕死の甥が運ばれて来てブラウンシュヴァイク公は驚いた。

 そして事の顛末を告げると、シャイド男爵は息絶える。

 ブラウンシュヴァイク公は身内を大事にする。

 例え顔を知らない程の遠い親戚であっても、ブラウンシュヴァイクの門閥に属する貴族ならば大切に扱う。

 名将ウォルフガング・ミッターマイヤーがラインハルト麾下に入る事になった理由も、規律違反を犯し、ミッターマイヤーに射殺された遠縁の一族の仇を討とうとして彼を幽閉した事であり、ミッターマイヤーを助けようとしたオスカー・フォン・ロイエンタールが当時のミューゼル大将に助力を求めたからであった。

 どんな悪人だろうと、ブラウンシュヴァイク一門ならば問題無い。

 ましてシャイド男爵が何をした?

 ただ必要な物資を供出させただけではないか!

 

 そのように怒ったブラウンシュヴァイク公は、多くの者の反対を押し切ってヴェスターラントへの核攻撃を命じた。

 

 

 

 

「そう聞いては捨て置けぬな。

 直ちに阻止の為の艦隊を出動させよ」

「お待ち下さい、閣下。

 いっそ血迷ったブラウンシュヴァイク奴に攻撃をさせる事です」

 オーベルシュタインの言わんとする事をラインハルトは理解した。

 門閥貴族の暴虐さを帝国中に示すのだ。

 領民の犠牲と引き換えに。

「この内戦が長引けば、もっと多くの犠牲者が出ます。

 それを防ぐ為にも、閣下、どうか御決断を」

「ならん」

 ラインハルトは怒鳴る。

「長期戦になって、民間人の犠牲者を増やすような作戦を取るとでも思うのか?

 奴等はガイエスブルク要塞の中で死ぬ。

 要塞など、私には何の脅しにもならん」

「ですが閣下。

 力で落とす事は無いにせよ、要塞攻略には時間がかかります。

 艦隊を守る母港としての機能を重視したレンテンベルク要塞と違い、

 ガイエスブルクは対艦隊戦を意識した設計です。

 中世の城郭と近代要塞程の差があります。

 無駄な血が流れましょう」

「くどいぞ、オーベルシュタイン。

 決めた事だ。

 高速艦を抽出し、ヴェスターラントに向かわせろ。

 指揮はミッターマイヤーの部下の誰かに任せれば良い。

 3時間後までに準備を済ませておくように」

 

 ラインハルトはヴェスターラントを見捨てる気は無かった。

 この時は……。

 

 

 

 帝国暦488年、宇宙暦797年、自由惑星同盟で発生した内戦「救国軍事会議」によるクーデターは終わりの時を迎えていた。

 3月30日、統合作戦本部長クブルスリー大将襲撃事件発生。

 4月3日、惑星ネプティスにて軍の一部による武力蜂起発生。

 4月5日、惑星カッファーで武力叛乱が発生。

 4月8日、叛乱勢力が惑星パルメレンドを占拠。

 4月10日、武装勢力が惑星シャンプールを占領。

 そして4月13日、同盟首都ハイネセンでクーデター派、主要部を制圧する。

 ここまではラインハルトの思惑通りであった。

 しかし、ラインハルトが最も警戒していたヤン・ウェンリーが出撃すると一転する。

 4月26日、ヤン艦隊が惑星シャンプールを解放。

 5月中旬、ドーリア星域会戦でクーデター派の第11艦隊をヤン艦隊が撃破。

 6月22日、「スタジアムの虐殺」と呼ばれる事件が起こり、クーデター派が孤立。

 8月にはハイネセンの位置するバーラト星系外縁部に到達。

 そして首都星を守る防空衛星を破壊し、首都を解放したのだ。

 

 ラインハルトはこの報を受けて愕然とした。

 予想を遥かに上回る早さなのだ。

 現在ラインハルトはまだガイエスブルク要塞を攻略出来ていない。

 しかしヤンは、もうクーデターを鎮圧してしまったのだ。

 

 ヤンは、同盟を二分するクーデターが誰の発案か、やはり知っていた。

 首都を解放する直前に、全土に向けた放送で暴露した。

 恐るべき男だ。

 次に予想されるのは報復である。

 自国に争乱の火種を撒いた相手に、遠慮するとは考えられない。

 確かに同盟の国力を削ぐ事は出来た。

 だが、ヤンが陰謀を仕掛けて来たら、防ぎ切れる自信も無い。

 ヤンは自分と同等か、より上の戦略家の可能性がある。

 

 ラインハルトは自分を基準にヤンを測る愚を犯している。

 現実のヤンは、陰謀を考える頭脳はあるが、実行する手足は短く、何より手足を動かす意欲に欠ける。

 同盟政府にやれと言われたら分からないが、少なくとも勝手に報復等はしない。

 だが、ラインハルトは想像上のヤンに踊らされる。

 間抜けな貴族どもに、奇策を吹き込むかもしれない。

 あるいはイゼルローン回廊から艦隊を帝国内に入れ、後方を攪乱するかもしれない。

 キルヒアイスから報告が上がっているラインハルトの政治を堂々と否定する論、あれはもしかしたら既にヤンが、艦隊運用の隙を見て帝国内に流した流言かもしれない。

 ヤンの狙いは、帝国の内戦を長期化させて、同盟以上に疲弊させる事だろう。

 その為に、政治信条の合わない貴族連合と手を組むマキャベリズムをやって来るだろう。

 

 ラインハルトは長期戦という選択肢を捨てた。

(こんな決断をしないとならんとは……)

 唇を噛んで悔しさを表す。

 だが、ひと通り逡巡を終えると、冷静な表情で言った。

「オーベルシュタインに通達。

 卿の策を良しとする。

 以降の処置は卿に一任する」

 

 

 

 

 その映像は凄まじいものだった。

 人間の悪意を形にしたらこうなる、というものだった。

 辺境制圧中のキルヒアイス艦隊でも、その映像を見て、多くの者が怒りを表す。

 

 リッテンハイム侯を討ち取った後も、抵抗はやまなかった。

 ローエングラム侯の政策を真っ向から否定し、ネガティブな面を強調する流言は収まったが、代わりに

「人民が五百年近く、平和に暮らして来たのは貴族領主の徳の賜物だ」

「ローエングラム侯は戦争を好む。

 血を嫌う貴族とは大違いだ」

「ローエングラム侯は今まさに戦争を仕掛けている。

 受けて立っただけの貴族が滅ぼされる理由があろうか?」

 というラインハルトの好戦性を訴える流言が飛んでいた。

 こうなると、武力制圧は逆効果である。

 キルヒアイス、ワーレン、ルッツは慎重に各惑星を説得していた。

 それでも、惑星の主権者である貴族領主が

「好戦的な下賤の者たちよ。

 そんなに我が領土が欲しいか?

 ならば巷で噂されているように力ずくで奪え。

 我々はその浅ましさをヴァルハラで嘲笑う事にしよう」

 等と言ってくると、迂闊には攻撃しづらくなる。

 領民が領主の正しさを信じ、領主の為に働くだろう。

 

 そんな状況が一変した。

 如何に貴族を庇う論をばら撒こうと、弁解しようが無い残忍さが露わになったのだ。

 それは、辺境貴族の心すら折った。

 

「降伏する。

 もう民は私の事を、貴族の情を信じてくれない。

 せめて民を戦火に巻き込まぬ為に、卿にこの身を委ねる」

 

「ブラウンシュヴァイク公の世は有り得ない。

 彼に従って地獄の炎に焼かれるつもりは無い。

 きっと領土も何も奪われるだろうが、不名誉を被るよりマシだ。

 降伏勧告を受諾する」

 

「何故ブラウンシュヴァイク公はあのような悪しき事をしたのか。

 自ら滅びの坂を駆け下る如き所業ではないか。

 いや、卿に言っても詮無き事だな。

 もう戦いは終わった、戦いは負けだ。

 降るゆえ、この身は好きにするが良い」

 

「もう駄目だ。

 降伏する。

 人民裁判にかけられ、民に首を取られて晒されるより、捕虜となる事を選ぶ」

 

 様々な理由で貴族領主が降伏する。

 それを上回る勢いで

 

「こちら惑星ケルムトの人民蜂起部隊です。

 ローエングラム侯の艦隊、応答されたし。

 領主を捕らえた。

 我々はローエングラム侯に味方したい」

 

「我々は惑星グリトニル農業協同組合です。

 ここを統治するブラウンシュヴァイク公の代官を討ち取りました。

 どうか我等の判断をローエングラム侯に伝え、よしなに取り次いで頂きたい」

 

「ワァたち、惑星ミーミル農協だけんど、ブラウンシュヴァイク公の手下を鍬で打ち殺しちまったけな。

 この後どじゃしたらいいか分がんねはんで、教えてけろ」

 

「惑星ウルズ農協だっぺ。

 殿様ふん縛って納屋にぶっこんでおいたべさ。

 オラほの惑星さ降りて来て連れてってぇな」

 

 このように領民蜂起が相次いだ。

 貴族の支配体制は瞬く間に崩壊していく。

 

「…………農協って、強いですね」

 キルヒアイスは、蘭の栽培で園芸系の農協に所属している父親を思い出していた。

「何か思われているところ恐縮ですが、

 とある貴族が投降し、閣下への面談を求めています。

 ガイエスブルク要塞から脱走して来たと申しており、

 それがその……聞き捨てならない事を口にしておりまして……」

「聞き捨てならない事?」

「はい、それが……閣下には言いにくいのですが……」

「ビューロー少将、どうぞ、仰って下さい」

「ローエングラム侯はヴェスターラントに核攻撃が加えられる事を知っていた。

 知っていて宣伝の為に見過ごした、そう言っています」

 

 キルヒアイスは、愕然とした。

 キルヒアイスは、信じたくなかった。

 だが彼は、その貴族と会ってみる事にした。




自分のヴェスターラントの解釈がこの通りです。
ラインハルトはオーベルシュタインの正論に押し切られたのでも、OVAの偽りの時刻を告げられ阻止できなかったのでもなく、自分で積極的に決断した。
ただ、他動的に決められた面もあり、自分の弱み見せる部分もある為、触れられたくない。
正攻法でも落とせたし、犠牲少なく出来たと思うんですよね。
ただ長期戦を捨て、短期解決を望まざるを得ない事態が発生した。
それはヤンがもう同盟の混乱を鎮めてしまった事。
ラインハルトはヤンにフリーハンドを与える事を嫌がる。
一方、ヤンにそれ程わだかまりの無いキルヒアイスはそうは思わない。
あるいは直接会っているから「ヤンは何となくだが、内乱示唆とかしないだろう」と思う。
この辺が食い違いになりそうです。
(オーベルシュタインにヤンがさっさと内戦鎮圧したから、こちらも早期決戦をとか言ったら「恐れながら」と否定されそうですが)

次回で最終回です。
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