銀河英雄伝説異伝~ジークフリード・キルヒアイスの辺境戦記~   作:ほうこうおんち

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最終回:悲劇の再会へ

「何度でも言う。

 ローエングラム侯はヴェスターラント核攻撃を知っていた。

 知っていて見過ごした」

 この男はバーンシュタイン男爵、軍事上の階級は准将で、ガイエスブルク要塞の守備隊長の一人だった。

 第四宇宙港とその周囲の砲台、監視塔を管轄していた。

 こういう立場の者が目を瞑れば、要塞からの脱走は可能である。

 

「私がヴェスターラント核攻撃を知って以降、密かに脱出してローエングラム侯陣営に逃げ込むのを見逃したのは、一人や二人ではない。

 ローエングラム侯が知らなかった等と言わせないぞ」

「だがそれは、欺瞞情報だと思って信じなかったのではないか?」

 キルヒアイスは反論する。

 彼はラインハルトを信じたい。

「ではあの映像は何か?

 予め知っていないと撮影出来ない映像だぞ」

「それは…………」

「卿がローエングラム侯に会ったら聞いてみるが良い。

 もし『ヴェスターラント核攻撃を密告して来た敵兵』が居なかったら疑え。

 口封じされたのだろう」

「口封じですか……。

 ところで、准将は何故私のところに逃げて来たのですか?

 私はローエングラム侯の忠実な配下。

 ローエングラム侯同様口封じするかもしれないし、実際私は卿に他言無用を命じようと思っているのだが?」

 答えは意外だった。

「私は卿が保護しているハーゼ子爵家とは付き合いがある。

 卿がローエングラム侯の腹心なのは先刻承知。

 緘口令にも従うし、財産没収も応じよう。

 ただ私は、もう疲れたのだ。

 ハーゼ家に免じて、身一つで隠居させてくれんか」

 図々しい言い分だったが、身分も財産も諦めたという降将をこれ以上追い詰めるのも忍びない。

 許可を出す前にキルヒアイスは質問した。

「卿は、ローエングラム体制は弱者切り捨てだとか、戦争が絶えないという宣伝をして回った男ではないのか?」

 答えは

「なんだ、それは?

 私では無いぞ」

 であった。

 

 

 

 キルヒアイスを軍人や貴族以上に手こずらせた煽動家が誰かは、すぐに分かる。

 その者は自ら出頭して来た。

 ベルンハイム男爵と名乗るその男は、あれだけの事を触れて回った男らしからぬ、おどおどした人物だった。

「卿が様々な風説を流布して回ったと?」

「さ、さささ……左様」

「……誰かの罪を被っているなら仰って下さい。

 私は真犯人の方に興味があるのです」

「うう、う、嘘ではない。

 やったのは私だァ」

 声が上ずっている。

 汗も止まらず、見るからに小人物なのが分かる。

「では卿が真犯人だとして、何故あのような事をしたのですか?」

「私はローエングラム侯に何の恨みも無いし、ブラウンシュヴァイク公やリッテンハイム侯への恩義も無い!」

「はぁ……」

「私がローエングラム侯の敵に回ったのは、本気で、民や社会が心配だったからだ。

 社会改革は良いが、卿たちは若い、若過ぎる、失敗を知らない。

 そういう者がやる改革は、時に性急に過ぎて、多くの落ちこぼれを作る。

 それくらいなら貴族社会のぬるま湯の方が良いのだ」

「大した信念です。

 では、何故こうして私に膝を屈しているのですか?

 信念を貫けば良いでしょう」

「膝を屈してなどいない! ……です、違います、はい。

 あ、あの、ヴェスターラント……、あれを見たら私の信念も揺らぎます。

 あれでは貴族社会が良いなどと、言えない……」

「なるほど」

 キルヒアイスは頷く。

 この男はおどおどしているが、思考は明瞭なようだ。

 ラインハルトの改革が性急過ぎれば発生する社会の歪みについて、警告しているのだ。

 1割の勝者と、9割の本格的な社会的敗者を作って没落させるより、皆が平等に貧しい今の方がまだマシという考えなのだ。

 そしてそれは、今の門閥貴族では出来ない、帝国初期の貴族や、辺境にはまだ残っていた統治が出来る貴族と違い、今生きている門閥貴族たちは単に社会を食い潰し、気に食わねば破壊するだけの存在だ。

 薄々気づいてはいたが、ヴェスターラントの件で完全に心が折れた。

 この点、先に中央の門閥貴族の体たらくを知って、失望をした後に辺境に来て、まだ多少なりとも気骨ある、称賛出来る貴族が残っていると新発見したキルヒアイスと逆であった。

 

「それで、投降した後卿はどうしたい?」

「特に有りません。

 犯罪者として投獄されようが恨みません。

 ただ、私が唱えた改革の裏面を気にして、弱者を作らないやり方さえして貰えれば、私の生きた意味は有ったというものです」

 

 未来を先に言うと、このベルンハイム男爵はラインハルトに許される。

 この後に起こる悲劇の後、ラインハルトの心に変化が生まれ、自分の改革に真っ向から疑問を唱え、まずい部分を主張する者を受け容れる度量が出来たのも幸いする。

 これまでラインハルトやアンネローゼに対し、一切口汚い事を言っていなかった事も、新たな権力者陣営の心象を悪くしなかった。

 彼は後に宮内尚書に抜擢され、廃止される典礼省の機能も吸収し、没落する貴族について芸術的才能や学術的才能がある者は補助金で救済し、改革派閣僚に対するアンチテーゼの提唱役として生きる事になる。

 小心者で、あがり症な所は生涯治らなかったが。

 

 

 

 ヴェスターラントの惨劇は、キルヒアイスにも分かる程ローエングラム陣営に恩恵をもたらしている。

 ヴェスターラント以前は、「ローエングラム侯の世は戦乱の世」という風評により、辺境の制圧作業は停滞しかかっていた。

 アストゥリア伯、シュレスヴィヒ侯爵、そしてリッテンハイム侯の艦隊を破った後、まとまった兵力は消滅したが、その分各惑星に籠って孤立した戦いに転じていた。

 それがヴェスターラントの惨劇以降、雪崩を打って各惑星が投降する。

 貴族が投降する場合もあれば、その地の領主や荘園の代官を領民が捕縛したり殺害してローエングラム陣営への参加を求める場合もある。

 そうした地に代理人を派遣し、自陣営の勢力として組み込む手間は発生したが、3~4ヶ月はかかると思われた残る辺境宙域の制圧作業が2週間程度に短縮されたのは事実だ。

 

(確かに効果的だ。

 だが私はこんな策は認めたくない)

 キルヒアイスはラインハルトがこんな策を使ったと信じたくない。

 会って聞いてみよう、会って否定して貰おう。

 だが、もしラインハルトが否定しなかったなら?

 

(確かめてどうするのだ、ジークフリード。

 虚報であれば良し。

 だが、もし真実であった時、お前自身の正義と、ラインハルト様の正義とが同じもので無くなった時、お前はどうするのだ?

 ジークフリード・キルヒアイスよ……)

 

 

 

 合流するキルヒアイスが悩んでいる時、合流される主力艦隊では参謀長オーベルシュタイン中将がキルヒアイスを危険視していた。

 キルヒアイスの功績が大き過ぎるのだ。

 キルヒアイスが単なる軍人であったなら、難しい事は無い。

 功績の機会均等を理由に、ミッターマイヤー、ロイエンタールといった同程度の軍才を持つ提督を使えば、自ずとキルヒアイスだけが突出した状態は無くなる。

 更にケンプやメックリンガーといった提督にも功を積ませれば、同格の提督が5人程並び立つ状態を作れる。

 

 だが、キルヒアイスの今度の功は政治的な判断や、経済的な洞察、情報戦への対応等、他の提督では追いつけないようなものだ。

 そのセンスは、ベクトルがやや違うが、ローエングラム侯に匹敵する。

 同じように政治的な、謀略戦的な活動が出来るのはローエングラム侯の諸提督の中では他にオスカー・フォン・ロイエンタールがいるが

「あの男は猛禽だ。

 籠の中で平和の歌をさえずり暮らせる男ではない」

 そう評価している。

 軍事以外の実績を積ませるのは、猛禽の翼をたくましくし、爪を鋭く磨き上げるようなものである。

 

 

(キルヒアイス提督の個人的な人柄は問題無い。

 だが、立場が彼をしてローエングラム侯の敵とする事も有り得る。

 軍より退いて貰うか、政治的な事をしないナンバー3に退いてもらうか。

 いずれにせよ、今の立場を改めなければなるまい)

 

 オーベルシュタインは暗い考えを巡らし始めた。

 

 

 

 辺境宙域では、艦隊が集結していた。

 カール・ロベルト・シュタインメッツ少将率いる艦隊は、貴族連合軍の格上のフォーゲル中将の艦隊に苦しめられつつも、最終的には撃破して彼の居る周辺の辺境宙域を手土産にキルヒアイス艦隊に合流する。

「お久しぶりです、シュタインメッツ提督。

 卿の働きにローエングラム侯もお喜びです。

 中将に昇進という報が入っています」

「恐縮です。

 ところで、ローエングラム侯と言えば閣下のお耳に入れたい話が有るのですが……」

 恐らく「あの話」であろう。

 キルヒアイスの脳裏に「私が落ち延びさせたのは一人や二人ではない」という言葉が反響する。

「お聞きします。

 どうぞこちらへ」

 

 シュタインメッツと話し、彼も緘口令には同意してくれた。

 そして、口封じに殺される可能性を伝えると、シュタインメッツはその情報源を匿うと約束する。

 後日談だが、シュタインメッツにこの一件を知らせたヴェスターラント出身の男は、恩義あるシュタインメッツ戦死後に最早思い残す事も無いと、ラインハルトに報復を試み、直接弾劾する事になる。

 

 続いてヘルムート・レンネンカンプ中将とエルンスト・フォン・アイゼナッハ中将の艦隊が到着した。

 レンネンカンプの担当宙域は、帝都オーディンとガイエスブルク要塞の在る宙域の反対側で、担当体積は大きかった。

 苦戦が予想されたが、レンネンカンプという人物は部下からの信頼が厚く、彼も部下を慈しんだ。

 ラインハルトが「金髪の孺子」と侮蔑され、一方で「グリューネワルト伯爵夫人の弟御」の扱いに困って転属させたがる上官も多い中、極めて公平に扱い、ラインハルトの能力を発揮出来るよう取り計らった。

 やや視野が狭いという評もあるが、軍人として極めて有能で、それ故彼を慕う部下が集まり、担当宙域の制圧に協力したと聞く。

 アイゼナッハは少将として、補給部隊を任されていた。

 だが、オーベルシュタインの推薦で中将に昇進し、補給関連の権限が大幅に強化される。

 広域化した戦線で物資不足を起こさなかった彼の補給部隊運用能力をオーベルシュタインは「我が軍の蕭何」と評したという。

 蕭何とは、古代中国で主君の大軍を補給面で補佐した「歴史上最高の兵站運用者」であり、実戦部隊のアイゼナッハは厳密には宰相である蕭何とは比較出来ないが、それでも辛口のオーベルシュタインにそう言わしめる程評価が高い。

(そのオーベルシュタインこそ、ヴェスターラントの件の黒幕だろう)

 キルヒアイスはそう見ている。

 冷徹で、多くの民を救う為に少数の民なら平気で犠牲にするあの男がラインハルトに余計な事を吹き込んだのだろう、そうであって欲しい、キルヒアイスはそのように思っている。

 そして、極端に無口で愛想の悪いアイゼナッハを正当に評価し、昇進させるよう進言した事に意外さも感じていた。

 

 この両提督は、ヴェスターラントの虐殺について、ラインハルトがあえて見逃したという噂を全く知らないようだった。

 バーンシュタイン男爵が逃がした密告者たちは、どうやら自分たちの居る宙域より先には行っていないようだ。

 レンネンカンプと、彼に援軍するよう命じられたアイゼナッハも、ヴェスターラント虐殺の宣伝で恩恵を受けていた。

 とても間に合わないと思っていた広大な宙域の制圧作業が、相手の方から投降して来るようになって一気に進捗したのである。

 

(効率的なのは認める。

 だが、それでも……)

 

 キルヒアイスがラインハルトの傍を、こんなに長期間離れたのは、幼年学校以降初めてである。

 ラインハルトがどのように悩んだのが、その姿を見ていないし、相談出来る距離にもいなかった。

 代わりにキルヒアイスは、貴族の中にも称賛出来る者もいれば、民の弱さ、強さ、したたかさを見て来たし、銀河帝国という社会をより深く知った。

 5ヶ月の別離とそれぞれの経験は、2人の価値観を微妙に異なるものに書き換えていた。

 それでもキルヒアイスは、ラインハルトが自分と同じであると信じ、彼の元に向かおうとしている。

 

 シュタインメッツ、レンネンカンプ、アイゼナッハも併せて艦隊数約6万隻。

 5人の中将を引き連れるナンバー2。

 その彼が告げた。

「では、ガイエスブルク要塞に向かいましょう。

 ローエングラム侯がお待ちかねです」

 

 

 

 そしてリップシュタット戦役は終わり、銀河の半分を、いやもしかしたら銀河系の人類社会全てに影響を与える悲劇の幕が、これより上がろうとしていた。




あとは原作に合流させます。
キルヒアイスが有能なのは分かっています。
オーベルシュタインが警戒するのは、軍事以外の能力も高かった、そういう事にしました。
軍事面だけなら、キルヒアイスが如何に有能でも全然問題無いのです。
政治面で代わる者がいないなら、ローエングラム体制は盤石ですから。
政治面でも交代出来る人材故に、ナンバー2不要論から見て警戒したのでしょう。

あと、5ヶ月の間キルヒアイスはラインハルトとは違う世界を見て来た。
ラインハルトが相変わらず艦隊と腐った貴族ばかり見ている間に、
キルヒアイスはより深く貴族社会も、支配されている民衆も見て来た。
微妙に司令部にしかいない人と現場の人間の差みたいなものが出来てしまった。
それをもう少しきちんと描写出来たらなあ、と反省はしてます。

銀英伝二次は書きたかったので、書きたい話を2つ消化出来たので、一旦中断し、オリジナル作品の方に戻りたいと思います。

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