銀河英雄伝説異伝~ジークフリード・キルヒアイスの辺境戦記~   作:ほうこうおんち

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最初の寄港地

 ジークフリード・キルヒアイス上級大将率いる4万隻の艦隊は、ハーゼ男爵の荘園惑星に到達した。

 この地の領主ハーゼ男爵は、ラインハルト・フォン・ローエングラム侯爵の姉グリューネワルト伯爵夫人の関係者であるが、そうなったのはとある事件からである。

 

 

 

 かつて17歳のラインハルト・フォン・ミューゼル大佐とキルヒアイス大尉が憲兵隊に出向していた時、幼年学校で殺人事件が起きた。

 最上級生のカール・フォン・ライフアイゼンという生徒が食糧倉庫で死亡したのだ。

 倉庫は施錠がされ、凶器も発見されない。

 殺人事件と断定され、たまたまラインハルトとキルヒアイスが捜査担当となった。

 捜査が進まぬ内に、学年次席のヨハン・ゴットホルプ・フォン・ベルツが殺害される。

 この時、緑色のタイルに大量の血痕が遺されていた。

 ふとした事から学年首席モーリッツ・フォン・ハーゼが赤緑色盲である事に気づくラインハルトとキルヒアイス。

 

 銀河帝国において、遺伝病は悪とされ、色盲を含む遺伝病は「消滅」させられた。

 幼年学校に遺伝病疾患者が入学したとあれば問題である。

 その事を知られ、脅されたハーゼが秘密を守る為、逆に脅迫者を殺した……

 

……という筋書きにラインハルトとキルヒアイスは納得しなかった。

 不自然に、そう思いつくよう誘導されている感じを覚えたからである。

 そしてラインハルトは、伝説の探偵・服部平次のような推理力で、事件の真相に辿り着く。

 

 最初のライフアイゼンの死亡は事故だった。

 だが、事故と報告すると校長が管理責任を問われる。

 そこで殺人事件に偽装した校長は、これを利用する事を思いつく。

 学年次席のベルツを首席のハーゼが殺した事にし、全ての責任をハーゼにかぶせて追放する。

 そうすると、苗字違いの孫・学年3位のエーリッヒ・フォン・ヴァルブルクが首席に躍り出る。

 そう企んだゲアハルト・フォン・シュテーガー校長は、ハーゼが赤緑色盲である事を知っていて入学させた。

 ハーゼの祖父はシュテーガー校長のかつての上官で、彼は逆らえなかった。

 

「そんな上官の『理不尽』、軍隊の『理不尽』、社会の『理不尽』に耐えて、ようやくここまで来た儂の気持ちが、貴様に分かるか!

 儂は娘の夫に夢を託したが、その婿も戦死させられた。

 儂は彼の夢をも併せて、孫の為に邪魔者を取り除いてやったのだ。

 そのどこが悪いのだ!」

 

 結局シュテーガー校長の犯行が明らかになり、3位のヴァルブルクも退学せざるを得ないだろう。

 学年首席、次席、3位を同時に失うその学年の生徒だったが、彼等はハーゼを

「怪しい奴だと思った」

「図々しい」

「まさか遺伝病だったとはな」

 と罵った。

 その時ラインハルトが吠えた。

 

「やめろ!

 ハーゼが色盲だからといって彼を軽蔑する理由になるのか!

 遺伝による体質や特質はそれを持つ者の責任か!

 そんなことに関わりなく、ハーゼは学年首席だった筈だ!

 それは彼の努力によって得たものだ!

 貴様らは誰もその彼に敵わなかったではないか!

 それでもハーゼを差別し貶めることが出来るというのか!」

 

 

 

 ハーゼ一族はこの一件で全てを失う筈だった。

 だが、ラインハルトの「寛大な処置を願う」という嘆願書が、彼の忌み嫌う皇帝フリードリヒ4世の目に留まる。

 皇帝は、外野から見れば実に甘く事なかれ主義で、不公平な処分を下す。

 

 ハーゼ子爵家は一階級家格を下げられ、男爵とされた。

 そして所領の九割を没収される。

 没収した領地を、皇帝は寵姫グリューネワルト伯爵夫人アンネローゼに与える。

 アンネローゼはその領地の管理をハーゼ男爵家に全権委任した。

 そして幼年学校を退学となったモーリッツ・フォン・ハーゼは、帝都追放と強制施設入所を命じられる。

 その施設は、グリューネワルト伯爵領、つまりハーゼ家の旧領にある山荘とされた。

 

「まったく、皇帝陛下は下賤な女に所領をお与えになるとは」

「遺伝病の家系等は断絶させて然るべきを、生温い」

 このように大貴族たちは批難する。

 

 モーリッツの祖父、シュテーガー校長の上官だったアルブレヒト・フォン・ハーゼ退役大将は、罰せられて退役後に二階級降等という処分を受ける。

 アルブレヒトは

「こんな恥を受けたのも、あの金髪の孺子が孫の赤緑色盲を明らかにしたからだ」

 とラインハルトを憎む。

 ラインハルトは、シュテーガー校長のトリックを明らかにする為と、黙っていても軍法会議でシュテーガーがバラすと予想し、自ら先に触れる事で「寛大な処置を」願い出る事にしたのだ。

 そういう心遣いを理解せず、アルブレヒトは自家の恥を晒したラインハルトを憎む。

 

 モーリッツの父親、軍務省に勤めていたトマス・フォン・ハーゼ准将も、一階級降等の上退官を迫られ、辞表を提出した。

 トマスは現当主のアルブレヒトと違い、この程度の処分で済んだ事を奇跡だと感じていた。

 そしてそれが、グリューネワルト伯爵夫人の計らいであると知り、アンネローゼに深く感謝する。

 ハーゼ家の所領の九割以上は辺境にある惑星ブラオハーゼであり、一割に満たない分が帝都オーディンにある邸宅や農園である。

 ハーゼ家はオーディンに住んでいたが、このような経緯からリップシュタットの森には招待されなかった。

 恥辱に感じたアルブレヒトは、トマスを伴い元所領の惑星ブラオハーゼに下り、そこの守備兵力を伴ってブラウンシュヴァイク公に合流しようとする。

 それを止めたのが、山荘に軟禁されていた筈のモーリッツ・フォン・ハーゼだった。

 

「何をしに来た、我が家の恥さらしめ。

 貴様はその身が恥であると自覚し、引きこもっておれ!」

 祖父の罵倒を無視し、モーリッツは一族を説く。

 彼の脳裏には、かつてラインハルトがシュテーガーを叱責した言葉がこびりついていた。

 

「そもそも色盲など本人に何も責任の無い事で最優等生のハーゼが学校を追われるような、そんな理不尽な法を強いる強者に対してこそ闘争を挑むべきなのに、なぜ強者に挑戦せず、力を弱きに向けるのか!?」

 

 モーリッツは、そもそも世の中をつまらない物と考えていた。

 ただただ相手が望む事を話していれば、余計な事に巻き込まれなくて済む。

 そういうミスを恐れる生き方だったのだが、変わった。

 ここで変わらねば意味がない。

 ここで世を変えねば意味がない。

 劣悪遺伝子排除法により、「処分」されて仕方の無い自分が生かされている。

 これは生きて、世を変える、それは弱者が虐げられない世を作る為だ。

 

「世迷言を。

 金髪の孺子にそのような力が有る訳も無い。

 あれは、ただ皇帝陛下が姉に誑かされ、贔屓したから帝室でも無いのに異例の出世をした、それまでの男よ」

「ではお祖父上にお聞きします。

 同盟を僭称する反乱軍も、ミューゼル、ではなくローエングラム侯に気を使って敗北をしたのですか?」

「それは反乱軍が無能だからじゃ」

「では、その無能な反乱軍にイゼルローン要塞を落とされた帝国軍は如何に?」

「…………黙れ、目上の者に口答えするな、この半端者!

 赤いか緑かまともに物が見える目になってから物を申せ」

「私には見えますよ。

 緑の森(グリューネワルト)の恩寵と、血の赤に染まる貴族社会の末路が。

 お祖父上には見えないのですか?」

「そんなものが見えてたまるか!」

「一族の皆さまも考えて下さい。

 兵力だけで考えたら先年の反乱軍の侵攻に我々は屈していました。

 だが実際にはどうでしょう?

 反乱軍が無能だと言うなら、それはそれで良いです。

 今、問題なのはブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯が、ローエングラム侯より有能か無能かです。

 答えは各自が出して下さい。

 私が一言申すなら、ハーゼ家を無視したブラウンシュヴァイク公にもリッテンハイム侯にも義理立てする必要は無いという事です」

「黙れ、誰かこの半端者をどこかに連れて行け!」

 

「父上こそお黙りなされ!」

 祖父と孫の言い合いに、父親が割って入った。

「お前も儂に逆らうか!」

 そう怒鳴るアルブレヒトを無視し、トマスは息子に聞く。

「モーリッツ、幼年学校で首席だった私の誇りよ、お前はどう思う?

 お前もローエングラム侯ことミューゼル大佐に秘密を暴露された恨みが有るのではないのか?」

「最初は恨みました。

 私が生き永らえた後も、単に偽善かと思っていました。

 ですが、恐らく彼は言った事を実現します。

 私はイゼルローン要塞を無血で落とす策を思いつきません。

 私が反乱軍の、何とか言う男と戦えば敗れるでしょう。

 ですが、ローエングラム侯はその男を退け、帝国領から叩き出した。

 きっとあの人は、世を変えてくれる」

「誰か、この馬鹿を捕まえて処分しろ!

 目だけでなく頭もおかしくなりおった!」

 相変わらずの祖父の喚き声に対し、一族の者は考える。

 彼等も赤緑色盲の事は知らなかった。

 それを知ってからはモーリッツを馬鹿にして、恨んで来たが、ある時期まではモーリッツを一族で一番出世する「希望」と見ていたのだ。

 それ程にモーリッツの頭脳は優れていた。

 その彼が「勝てない」と言う同盟軍の将と互角以上のローエングラム侯。

 確かに「金髪の孺子」という罵倒の裏で「戦争の天才」という評も聞こえる。

 

「なんだ?

 何故誰も儂の言う事を聞かぬ。

 もう良い、儂自ら取り押さえてみせよう」

 杖を振りかざした祖父の懐にモーリッツは潜り込み、足を払うと祖父の身体を掴んで倒す。

 頭を打たないよう気を使いつつ、祖父の身体を抑え込む。

「離せ、この半端者が!」

「最後に暴力に頼るとは……。

 負けを認めて下さい、お祖父上。

 貴方では私に勝てない。

 その私が勝てないローエングラム侯に与すべきです」

「貴様……」

「モーリッツ、お祖父様を離しなさい。

 お前の勝ちです」

「では、父親?」

「勘違いしないように。

 私も一度ローエングラム侯に会ってみます。

 その上で決めます」

 

 トマス・フォン・ハーゼは帝都に戻ると、グリューネワルト伯爵夫人に面会し、ローエングラム侯ラインハルトと面会した。

(なるほど、息子の目はよく見えていたようだ)

 トマスは納得し、ハーゼ家一統はローエングラム侯に味方すると告げたのだった。

 

 

 

 こういう経緯で、ハーゼ男爵領ブラオハーゼはキルヒアイス艦隊の寄港地となる。

「一別以来です。

 覚えていらっしゃいますか?」

 モーリッツ・フォン・ハーゼが別邸にキルヒアイスを出迎える。

「勿論覚えています、モーリッツ・フォン・ハーゼ君。

 生きていてくれただけでも嬉しいのに、聞けば一族を説得したのは貴方と聞きました。

 ローエングラム侯に代わって礼を申させて下さい」

 年下にもキルヒアイスの腰は低い。

「お願いがあります。

 私を戦陣の一角に加えて下さい」

「残念ですが、それは無理です。

 理由は、秀才の君ならよく分かるでしょう?」

 

 地球時代より安全は緑、危険は赤で視覚的に知らせる風習がある。

 また遠ざかる敵のエンジン光は赤方偏移が掛かり、やや赤みを帯びる。

 陸戦において最も隠蔽に使われる地形は緑の森である。

 差異を見分けられないのは前線に出せない。

 書類業務でも朱線や緑色の栞はよく使われる。

 補正装置を使えば何とかなるが、それでも最前線勤務は嫌がられる。

 同僚となる兵士、下士官がいつ判断を間違うか分からない者を嫌うのだ。

 この場合、流れ弾に見せかけて殺される事もある。

 開明的、非差別的と言われるローエングラム侯の軍でもまだ、こういう兵士の気分を払拭は出来ていない。

 

 肩を落とすモーリッツにキルヒアイスは微笑む。

「ですが、階級の無い立場で私の補佐をしてくれるなら有難いです。

 ご存知ですか?

 我が軍の総参謀長は両眼とも義眼なのです。

 数年後であれば、士官学校に入り、ハンデを克服しながら昇進していけば士官、将校として我が軍にお迎えしましょう。

 今すぐ、というのは幾ら貴族でも士官待遇に出来ません。

 私の私的スタッフという立場になります。

 それでよろしければ」

「是非!!」

 以前からは考えられない前のめりの姿勢に苦笑いしつつ、キルヒアイスは少尉待遇の民間スタッフとして彼に居場所を与えた。

 キルヒアイスはハーゼ家から提供された別邸に司令部を置き、作戦会議を開く。

 早期に内戦を終わらせる為には、兵力を分散させ、同時に多数の辺境貴族、門閥貴族の荘園、貴族連合側帝国軍駐屯地等を攻略する必要があった。

 周辺の星系に詳しく、また近隣の貴族の気質や所有兵力を知るハーゼ家の協力が得られたのは幸いであった。

 

(これもアンネローゼ様のお人柄のおかげです。

 ありがとうございます)

 

 そしてキルヒアイスは僅か一週間で20を超える貴族領を降伏させる。

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