銀河英雄伝説異伝~ジークフリード・キルヒアイスの辺境戦記~ 作:ほうこうおんち
比較の対象として「知のヤン・ウェンリー、勇のラインハルト」というものがある。
似たようなものに「動のラインハルト、静のヤン・ウェンリー」もある。
用兵についての比較で、銀河帝国のエルネスト・メックリンガー提督は
「知勇のバランスはロイエンタール元帥が最も取れている」
と評した。
キルヒアイスはどうか?
評価が難しい。
紛れもない名将ではあるが、直接指揮を執った回数は驚く程少ない。
用兵ではないが、主君ラインハルト、敵将ヤンとキルヒアイスを比較したもので
「ワーカホリックなラインハルト、怠惰なヤン・ウェンリー、中庸はキルヒアイス」
というものはある。
ラインハルトは戦略・戦術を超え、上流工程としては政治的状況作りや経済の再建、下流工程としては白兵戦まで自分でやりたがる。
経歴に無いのは戦闘艇の操縦くらいであろう。
「宇宙を手にするなら手袋越しにではなく、直接この手で掴みたい」
という言葉を残している。
一方ヤン・ウェンリーは、補給も事務も艦隊航法も陸戦指揮も戦闘艇指揮も、専門家に全て任せている。
自ら専門家を見い出すが、後は何もしない。
「エル・ファシルの時に一生分の勤勉さを使い果たした」
という珍言を残している。
ジークフリード・キルヒアイスの場合、その中間である。
彼は実行者を抜擢すると、彼が仕事をしやすい環境をお膳立てし、その後に一任する。
今回の辺境制圧においても、敵の情報を分析し、優位な数を整え、補給を万全にし、必要なスタッフを付けた上で最終局面を任せる。
「実際に行ってみないと、状況がどう変わっているのか分からない。
細かい所まで決めず、実行者の手腕に任せたいと思う。
私は、それが出来ると見込んで任せるのだ」
こう言われ、やる気にならない将も少ない。
短期間で占領宙域を拡大するキルヒアイス別動隊には、責任を与えられ、自らの才幹で作戦を行い、それによって成長する佐官以上の軍人が多数生まれていた。
最初の寄港地・惑星ブラオハーゼから動いていない事にも、同様の理由が有った。
帝国軍辺境地域は広い。
ローエングラム侯が押さえる首都と、貴族連合軍の拠点となったガイエスブルク要塞、この二点の間にあり、上下左右に膨らんだ領域をキルヒアイス別動隊は攻略している。
だが、首都からガイエスブルク要塞に行くのとは逆の方向だったり、ガイエスブルク要塞より更に先の宙域にも辺境は広がる。
ここをたった4万隻で制圧するのは困難だ。
そこでキルヒアイスは、帝国軍正規兵で、内戦を嫌って中立を守る各地の警備隊や駐留軍司令官を説得し、味方につけていた。
既に多数の将兵を説得し、味方にしている。
現在、その中では大物と交渉中である。
「私のお願い、お聞き入れ下さいますでしょうか?
レンネンカンプ提督。
法秩序上、ローエングラム侯に大義が有るのは明白です。
ですが、かつての侯や私の上官であり、その時公正に接してくれた閣下に、
命令だ、法秩序上従うべきだ、と上から迫るのを快しとしません。
礼を尽くそうと思います。
どうか、我々にお味方下さい」
超高速通信で、帝都を挟んで反対側にいる辺境軍司令官ヘルムート・レンネンカンプ中将にキルヒアイスは頭を下げていた。
こういう役目はラインハルトにはさせられない。
レンネンカンプが快くラインハルトに頭を下げ、忠誠を誓うようにするには、自分が礼を尽くして接すれば良い、そう考えていた。
「心遣いありがたい。
だが、もっと高圧的に出て良かったのですよ、キルヒアイス上級大将。
貴官が私の下で働いていたのは、もう昔の事だ。
今は貴官が上官、どうぞ命令を出して頂きたい」
レンネンカンプは既に意思を固めていた。
「ありがとうございます、提督。
では早速ですが命令させて頂きます」
「何なりと」
「レンネンカンプ中将は現在駐屯している管区のみならず、隣接する管区全てを降伏もしくは占拠し、賊軍を撃滅、もって帝国への忠誠を示すよう」
「は?
小官の部隊だけでですか?」
「私は、レンネンカンプ提督なら出来ると思っていますが、間違いでしょうか?」
「いや、間違いではありません。
謹んで拝命致します」
「よろしい。
では、詳しく説明します。
中将には追討使の称号と、隣接管区も含めた担当地域の全指揮権を授けます」
「なんと……。
あ、失礼しました」
「いえ、大丈夫です。
指揮下には何個かの部隊を入れます。
それらの兵力を再編成し、臨時レンネンカンプ軍と呼ぶべき部隊を作ります。
これをもって、賊軍を降して下さい。
既に閣下に指揮権はあります。
采配は卿に一任します」
「承知しました」
「補給については、アイゼナッハ少将に連絡して下さい。
既に話はついています。
必要な物は足りなくなる前に申し出て下さい」
「おお、アイゼナッハ少将なら知っています。
イゼルローン要塞赴任時に、補給部隊を指揮していましたな。
委細了解致しました。
信頼に応えるべく、粉骨砕身、任務に精励致します」
軍人気質で「良き上官であれ、優れた部下であれ」をモットーとするレンネンカンプの人格的に、礼を尽くせば意気に感じ、かつ過度な礼儀は「部下に阿る」と嫌う為、程良い時期に上下関係をはっきりさせた命令を下すやり方をした。
基本的には穏やかで「優し過ぎる」とまで言われるキルヒアイスだが、計算出来ないような無能ではないし、軍隊育ちとして上下関係のあるべき形式もわきまえていた。
これでレンネンカンプは、全力で別方面の辺境制圧をするだろう。
キルヒアイスは、主君のようにワーカホリックで無いから仕事を他人に任せる、そういう理由では無い。
彼自身、他に仕事が有る。
占領地の統治を調査し、領主を査定する仕事も有った。
当然、こういう数字を調べるのを得意とするスタッフもいるし、聞き取り調査をする情報部員もいる。
だが、最終判断はキルヒアイスが行わねばならない。
こういう政治向きな役回りまで任せられる故に、彼はローエングラム陣営の「ナンバー2」なのだ。
ナンバー2というと、ローエングラム陣営参謀長オーベルシュタイン中将が危惧を示している。
キルヒアイスも実は
(自分がこういう役目までするのは危険だし、政治向きの補佐役がラインハルト様には必要だ)
そう思っているのだが、現時点ではまだ居ない。
オーベルシュタイン参謀長なら政治向きの判断も可能だが、キルヒアイスはオーベルシュタインの冷酷さを知るが故に、全面的に任せるのは危険だと見ている。
さて、そうやって貴族の統治を査定していて、明らかに暴虐な統治をしていた惑星も存在した。
元は共和主義者だったという奴隷階級を持ち、それも段階的に「破産奴隷」(借金返済で解放可能)、「思想犯奴隷」(共和主義者の子孫で今後も矯正が必要)、「害悪的奴隷」(精神病や遺伝病等の社会的害悪の為、死ぬまで使役する)として「被差別者が更に下を差別する」構造を作り、搾取の多重連鎖をしていた。
「難問ですね」
ここの惑星から、貴族の代理人を追放しても、その次に位置する特権階級が支配体制を継続するだろう。
「私では解決不可能です」
そういうキルヒアイスをビューロー少将が意地悪い笑顔で見る。
「小官には、閣下の手での解決は不可能でも、誰かやれる者が居れば解決可能だ、
そう言っているように聞こえましたが」
そう言われ、キルヒアイスも苦笑いする。
「当たりです。
先回りされてしまいましたね。
これは武断的にどうこう出来る話では有りません。
少将、フェザーン商人に伝手は有りませんか?」
「小官には有りませんが、ここは貴族領、伝手を持つ者も多いでしょう」
「そうですね。
モーリッツ君、御父上のハーゼ子爵を呼んでくれませんか」
ハーゼ家は、帝国宰相リヒテンラーデ公の計らいで男爵から子爵に復帰していた。
キルヒアイスは子爵家に出入りする商人と連絡を取った。
キルヒアイスの策は即効性のあるものではない。
その貴族を追い払った後、ここだけは武断的な処置だが、御用商人枠を撤廃させて参入障壁を除いた。
やがてフェザーン商人が開発権や農地を購入。
彼等との競争により、奴隷制の生産性の悪さを思い知らせるとともに、今まで比較する相手が無く「こんなものだ」と諦めていた奴隷階級に別の選択肢を見せた。
反乱する奴隷もいれば、フェザーン商人に借金をして奴隷身分の自身を買い自由民に戻る者も出た。
奴隷身分のまま戦わない者もいたが、流石にキルヒアイスも
「そういう者を救う手を私は持っていません。
居たいのならそこに居れば良いのです。
自ら戦わない者に、敢えて援軍等は出しません」
と突き放す。
別の貴族領では、苛斂誅求、酷い租税がされていた。
しかし、そんな惑星で生き抜く民は、狡くしたたかで強欲だった。
あの貴族にしてこの民あり。
解放軍的位置づけのローエングラム侯軍に対し
「食糧と様々な物資をいただきたい。
もしいただけないのであれば、民衆反乱も辞さない」
と脅し、交渉を仕掛けて来た。
キルヒアイスはこれにも他人の手を借りる。
「ルッツ提督に連絡を取って下さい」
キルヒアイスは自分に付けられた副将を呼ぶ。
「ルッツ提督。
提督の義弟は内務官僚と聞きました。
有能な方ですか?」
「エルスハイマーは私の妹の夫で、私の目から見て有能だと思います。
贔屓目は有るかもしれませんが、私がまだ佐官の時に知り合い、今も私と同じペースで昇進しています。
数年もすれば尚書官房長(次官の下の序列3位)になるでしょう」
「それは有能ですね。
そのエルスハイマー氏に頼みたいのですが」
「呼び出しますか?」
「いえ、帝都からで結構です」
キルヒアイスは、この強欲な惑星の他に、同様の要求をして来た民たちへ、敢えて要求の3倍に及ぶ物資・食糧・貴金属を渡した。
会計担当士官が眉をひそめたが、キルヒアイスは
(大丈夫です。
この先同じ事は起こらないでしょう。
その為の先行投資です)
と耳打ちし、さらに裏にある策謀を語った。
ちょろい赤毛の若造を騙し、脅し、物資を得た民衆は大喜びをする。
だがすぐに一個の問題に直面した。
この莫大な物資をどう配分するのか?
自分たちが税で奪われていた分(ちょろまかして隠し財産を作ってはいたが)を奪い返す。
元々多めに見積もっていたので、その分までは平等に分配した。
それを超えてまだ物資が残る。
やがて、誰がこの物資を管理するのか、もっと本音を言えば誰が自分の財産にするのかで揉め始める。
次第に力がある豪農たちに集約され、彼等が武器を持って対立し合う。
惑星内で衝突が起こる直前、内務省のユリウス・エルスハイマーが惑星に現れる。
彼は物資が有り過ぎ、欲を出して争う民衆を叱りつけた。
そして余分な物資を没収し、一ヶ所に集める。
有力者を集めて、その物資の管理組合を作らせ、一般市民からは監査委員を作る。
利用に関し組合の一致した要望を必要とし、利用について監査委員が用途をチェックする。
この物資の鍵自体は内務省の官僚が持つ事で、組合も監査委員も内務省管理下に組み込まれた。
やがて民衆は理解した。
大量の物資を渡した甘ちゃんは、実はしたたかな人物で、自分たちが持て余すのを見越していた。
そしてお互い殺し合う内戦が起きる前に、有能な調停者が居れば困らないと分からせる。
強欲な貴族こそ不要だが、やはり彼等は管理する誰かが必要であった、そう気づかされた。
自分たちの弱さ、下手をしたら自滅する様を見せつけられ、彼等は強欲さを引っ込める。
このように貴族支配下で生き抜くしたたかさを持った民も、公明正大であるなら管理者・調停者が居た方が便利であると悟り、「善意の解放者にして民衆の調整者」ローエングラム侯の統治を受け入れる事にした。
エルスハイマーは、部下も使って多くの解放惑星に管理組合や内務省調停所を作り、自治なり中央からの派遣なりで解放後の混乱を収拾する。
この功で彼は、翌年には内務省尚書官房長を飛び越え、内務次官に抜擢される。
キルヒアイスは一月半程ハーゼ子爵領に留まり、様々な問題に対し、大枠での解決策を示して、後は適任者に任せ、占領地を安定させていった。
そしてついに旗艦バルバロッサを次の目的地に向けて出発させる。
「モーリッツ君、卿はこのまま旗艦に残りますか?
御父上の元に帰りますか?」
モーリッツ・フォン・ハーゼは迷わずに答える。
「お邪魔でなければ、このままご一緒させて下さい」
キルヒアイスは頷いた。
キルヒアイス艦隊は辺境を更に奥に進む。
貴族連合軍も反撃を始めた。