銀河英雄伝説異伝~ジークフリード・キルヒアイスの辺境戦記~   作:ほうこうおんち

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辺境貴族の反撃

 帝都オーディンから補給艦船団を護衛して来たエルンスト・フォン・アイゼナッハ少将は、ふと思いついたように右手を伸ばすと、手のひらを返し、クイクイッと煽いだ。

「全艦停止」

 副官が指令を出す。

 アイゼナッハはスクリーンに映る光点を指差し、そこに向かうよう指し示す。

「艦隊は小惑星帯に移動。

 隠れてよろしいでしょうか?」

 アイゼナッハは頷く。

 

 輸送船団と護衛艦隊は小惑星帯で姿を消す。

 アイゼナッハは、味方との距離、帝都からの移動距離、恒星の安定性からこの宙域が危険と感じていた。

 予想は当たる。

 貴族連合軍と思われる艦隊およそ3800隻が侵入して来た。

 その艦隊は氷惑星の軌道上に布陣すると、多数の駆逐艦を索敵に出す。

 

「危険ですね。

 この小惑星帯も探されて、発見されるかもしれません」

 副官の言にアイゼナッハは目的地の更に先、キルヒアイスの司令部を指差す。

 副官は理解し

「超光速通信を送れ。

 我レ、敵ト遭遇セリ。

 救援求ム。

 でよろしいですな?」

 と確認する。

 

 通信を受けたキルヒアイスは、ビューロー少将に命じ、4200隻の艦隊を派遣する。

 ビューロー艦隊は、謎の敵艦隊の背後を衝く形となったが、敵艦隊は即座に陣形を再編して正対する。

 アイゼナッハは左手の指を三本、右手の指を二本立てると、左手を伏せ、右手を突き出す仕草をする。

「護衛艦隊の内、200隻を抽出。

 敵艦隊の背後を襲う。

 残る300隻はこのまま船団を護衛」

 指令が発せられ、小惑星帯から巡航艦80隻、駆逐艦120隻の艦隊がビューロー艦隊と呼応するように動き出す。

 敵艦隊はアイゼナッハの護衛艦隊を発見すると、挟み撃ちを恐れたのかすぐに撤退して行った。

 

「判断が早い。

 貴族にしては優秀な部類だな」

 ビューロー少将はそう評したが、後に判明したところ、その程度の評価では危険な相手であった。

 とりあえず護衛艦隊と合流し、輸送船団を共に目的地に移動させる。

 アイゼナッハは、キルヒアイス別動隊用の船団を切り離すと、そのままラインハルトの本隊へも物資を届けるべく、小休止の後移動を再開した。

 そのアイゼナッハは、未知の敵艦隊の正体を明かす資料を置いていった。

 

「帝国軍の双頭鷲紋の隣に、帆船?」

「ガレー船の紋ですね」

「資料によるとアストゥリア伯の紋章です」

「アストゥリア伯か!」

 

 

 

 ロルフ・オットー・フォン・アストゥリア伯爵は既に79歳。

 以前、ラインハルトとキルヒアイスが配属されたリヒャルト・フォン・グリンメルスハウゼン大将(故人)と士官学校の同期である。

 55歳の時、上級大将に昇進し、次期宇宙艦隊司令長官と評されていたが、病を得て長期入院生活を余儀なくされる。

 そのまま予備役編入、そして退役となった。

 退院後、領地に引き籠り余生を過ごす……つもりだったが、ここから健康を回復する。

 故郷の綺麗な空気が身体に良かったようで、数年に一度「新無憂宮」に出仕し、皇帝フリードリヒ4世に謁見したりしていた。

 

 ロルフ・オットー・フォン・アストゥリアは、帝国軍の名将シュタイエルマルク提督の副将として自由惑星同盟軍の730年マフィアと戦って来た。

 シュタイエルマルク大将退役後に艦隊司令官となり、同盟軍「行進曲」ジャスパー提督と戦い、一番最後に彼に土をつけた(ジャスパーの負けの順であったのは言うまでもない)。

 イゼルローン要塞完成後は、要塞主砲「雷神の鎚」射程内に敵軍を誘いこんで一掃する、今に伝わるワンパターンの、つまりそれだけ実用性のある戦法を編み出してもいる。

 

 アストゥリア伯の子の内、長男と次男は父に先んじて他界した。

 三男のヘルマンが分家を立て、軍人としても中将まで昇進して退役した。

 孫のヨハン・オットー・フォン・アストゥリアは現役の少将だが、単に年少だからではなく、祖父の軍才を受け継いでいないようで昇進が遅い。

 それでもこの軍人貴族は、提督と呼ばれる階級が3人居る為、辺境貴族の中では強力である。

 

 ハーゼ子爵家から得た情報では、アストゥリア伯爵家の私兵は艦艇240隻、兵員4万人程で寡兵であった。

 しかも老将退役時に下げ渡された旧式艦ばかりの筈。

 辺境航路に時々現れる犯罪集団に対しては圧倒的に強いが、正規軍相手では話にならない。

 だが、アイゼナッハが記録した映像を見ると、現役艦艇のみである。

「次期当主のアストゥリア少将はどの部隊に属していますか?」

 人事名簿を調べると、辺境警備隊で2200隻の遊撃艦隊司令官として、丁度この宙域に赴任していた。

「となると、孫の艦隊を主軸とし、老齢ながら当主の勇名で周辺の警備隊や貴族の私兵を糾合したのでしょう」

「周辺の帝国軍を糾合したのは理解出来ますが、貴族の私兵もでしょうか?」

「ええ。

 ビューロー少将の部隊への配置転換は見事で、手腕の衰えは見られません。

 しかし、挟み撃ちを避けて撤退した行動が妙です。

 判断が早い、それは良い事ですが、今回は早過ぎる。

 二正面で戦える自信が無かったのでしょう」

「なるほど、練度に差がある混成部隊という事ですか」

「そうです。

 だから正面から攻撃をせず、補給艦隊や、その援軍狙いという少数の孤立した艦隊を叩こうとしているのです。

 極めて合理的な戦法と言えましょう」

 

 キルヒアイスは、副将の一人ワーレン中将と連絡を取った。

 ワーレン艦隊14000隻をもって、ゲリラ戦を仕掛けて来たアストゥリア伯の艦隊を撃破すべし。

「では、小官に一任なさると」

「ワーレン提督になら安心して任せる事が出来ます」

「有り難き幸せ。

 それでは早速ですが、作戦計画を送りますので許可を頂きたい」

 キルヒアイスはワーレンの作戦計画を読み、承認した。

 

 アウグスト・ザムエル・ワーレンは、かつて巡航艦ヘーシュリッヒ・エンチェンで、艦長ラインハルト、副長ワーレン、保安主任キルヒアイスという組み合わせで共に任務に当たった事がある。

 艦長だったラインハルトの判断には舌を巻いたが、そのラインハルトの思考を何も言わずとも理解し、阿吽の呼吸で任務を遂行するキルヒアイスにも一目置いている。

 その際、任務を途中まで共にしたベンドリング少佐という男がいた。

 子爵家の三男坊だというが、能力はともかく清廉な人物で、その任務が抱えていた帝国の闇を見て自由惑星同盟に亡命して行った。

(貴族にも色々な人物がいる)

 ラインハルトのような高みから見下ろせば、どいつもこいつも愚かに見えるかもしれないが、凡庸と自らを見て思いあがる事の無いワーレンは、貴族に足を掬われないよう油断せずにアストゥリア伯対策に取り掛かる。

 

 ワーレンが対策に取り掛かった頃、もう一人の副将ルッツ中将から報告が入った。

 領地である惑星に籠り、降伏せずに抵抗の意思を示している貴族が居る。

 家名辞典を引き、キルヒアイスは厄介な相手だと思った。

 

 

 

 現在の銀河帝国の門閥貴族制を根本から変える、それがラインハルトの意志である。

 一方で彼は、帝政や貴族制そのものを止める気はない。

 民衆に自治能力が無く、衆愚政治は破滅に向かうものとして「民主共和制」は否定しているからだ。

 優れた人物が指導型統治をする、それ自体はルドルフ・フォン・ゴールデンバウムも間違ってはいない。

 だが、その子や孫に無条件に権力を移譲する事と、ある貴族の一門であれば特権を享受出来る門閥制が間違っているのだ。

 

 ローエングラム陣営から見て、貴族への対処は分かれる。

 敵となった門閥貴族は、無条件で叩き潰し、生き残ったら家名だけ残して財産は没収する。

 味方となった門閥貴族は、手出しはしないが、徐々に彼等の横の繋がりを断つべく工作する。

 この点、いち早く「一門同士情報を共有せず、互助を行わない」という旨を伝えたマリーンドルフ家のヒルデガルド令嬢の慧眼は素晴らしい。

 

 地方領主に対する対処は、基本的に「有能ならそのまま使え」「無能な味方なら、上手いこと代官を押し付けて統治権を奪え」「無能な敵なら、時と場合によっては飢えた民衆の手に委ねよ」としている。

 今回抵抗しているゴトラント伯は、有能で民の評判も良い名君であった。

 その一方で、彼はリッテンハイム侯の血脈に連なり、「金髪の孺子」嫌いで知られる門閥貴族である。

 中央にあっては特権を貪り、内務省の高官となっているが、領地においては善政を敷き、私財を投資して養老院や戦傷軍人の為の療養所を建てる。

 同じリッテンハイム侯門閥のヘルクスハイマー伯が失脚した時に、執拗に追いかけたとか、伯の妻を毒殺したとか言われる残忍さと、領内では医師免許を持つ故に時に無償治療もするという優しい面とが共存する。

 おそらくは、身分問わず身内には極めて善良だが、外部の者には排他的で攻撃的になるのだろう。

 

 キルヒアイスは、こういう人物を潰す事に特に痛みは感じない。

 どんなに他の者に対して善良な人物であろうとも、彼にとってラインハルトとアンネローゼを侮辱する者は敵なのだ。

「金髪の孺子」「スカートの中の大将」「姉への寵愛で出世した男」というラインハルトへの侮辱だけでも許せないし、その上「身分卑しき淫婦」「高級娼婦」とアンネローゼに罵詈雑言を浴びせた事には死をもって償わせる事に、何の痛痒も感じない。

 

 だが、彼の領民はどうか?

 おそらく領内において「名君」のゴトラント伯の為に、領民たちが立ち上がるだろう。

 キルヒアイスは、なるべく平民を殺したくない。

 では彼等に戦いを挑んで来るゴトラント伯領の領民に対してどう対したら良いか。

 多少の逡巡の後、覚悟を決めた。

 立ち向かって来る敵領の平民の為に、味方の兵士、味方の平民を犠牲にするのは本末転倒である。

 司令官が揺らいでいては士気に関わる。

 

「ルッツ提督。

 残念ですが地上戦で、民衆が犠牲になるのは避けられないでしょう。

 彼等が戦いを挑んで来る以上、味方の兵士の命を優先させましょう。

 敵の領民に対する責任は、私が負います」

 

 ルッツは意外な事を言われて驚いていた。

 キルヒアイスなら「敵とはいえ同じ平民です、出来る限り殺さないように」と言って来るものと思っていたのだ。

「意外ですか?」

 ルッツの表情を見てキルヒアイスが問う。

「仕方の無い犠牲……等という言葉で片づけたくはありません。

 しかし、現に我々は自由惑星同盟との戦いで敵国の平民を殺しています。

 今更同じ帝国人で平民だからという理由で、抵抗してくる敵兵を殺すなというのは、我が軍の兵士を危険に晒す事になります。

 投降者の処刑や捕虜の虐待、無抵抗の市民の虐殺、我が軍兵士による犯罪行為、これらは問題外です。

 しかし、抵抗して来るならばジークフリード・キルヒアイスの責任において命じます。

 速やかに制圧し、無力化せよ、と」

「了解しました。

 民間人の犠牲を極力減らすべく、速やかに敵抵抗を排除します。

 どうぞ、お任せあれ」

 

 ワーレン、ルッツ共に難敵排除に向かった。

 だが貴族連合の反撃はまだ始まったばかりである。

 キルヒアイスは、次は意外な攻撃を受ける事になる。

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