銀河英雄伝説異伝~ジークフリード・キルヒアイスの辺境戦記~   作:ほうこうおんち

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見えない敵

 コルネリアス・ルッツ中将麾下の艦隊14000隻は、ゴトラント伯領上空に達した。

「卿ら、降伏せよ。

 降伏すればローエングラム侯は寛大な措置を約束するであろう」

 この勧告に対し、ゴトラント伯は

「断る、俺には貴族の誇りが有る。

 金髪の孺子に膝を屈する気はさらさら無い」

「繰り返し勧告する。

 卿ら、無駄な抵抗を止めて降伏せよ。

 兵力の差は歴然。

 命を無駄に捨てる事も無いだろう」

「だから言っただろう、俺には貴族の誇りが有る、と。

 不利だからと言って命を惜しみ、これまで罵って来た金髪の孺子に降れるものではない。

 奴の軍門に降るような腰抜けが、リッテンハイムの一門を名乗れようか!」

「では、せめて平民を巻き込むな。

 戦うのなら、卿ら貴族のみで戦え」

「……既に領民には投降の許可を出した。

 町にも無防備宣言を出させた。

 俺は鉱山跡に居る。

 そこで正々堂々と戦おうぞ」

 

 通信は切れた。

「伯爵は個人としては中々の人物のようだ。

 貴族の誇りとやらも、一本筋が通っているように見える」

 ルッツはそう評する。

「ですが、彼はああ言いましたが、結局民衆が銃を取って戦おうとしています。

 領民を巻き込まず戦おう等、口だけでは有りませんか」

「いや、おそらく伯爵は本当に領民を巻き込む気は無いのだろう。

 それだからこそ、領民は自ら領主を守ろうと駆け付けるのだ。

 キルヒアイス提督が『厄介』と言われるわけだ」

「では仕方ありませんね。

 領民も敵性勢力として駆逐する事になります」

「キルヒアイス提督も、自分が責任を負うからやって良いと言われた。

 だがそれに甘え、力押しで民衆もろとも敵を倒すのも芸が無い。

 俺に任せてくれた提督の意気に感じてみたいと思わんか?」

 ルッツは一計を講じた。

 

 攻撃予告日、軌道上からミサイルが撃ち込まれる。

 標的は軍用宇宙港、超光速通信基地、防空ミサイル基地、戦闘衛星管制基地、地上軍司令部、水上艦用軍港、造船所、整備基地といった軍事関連施設である。

 軌道上でも戦闘衛星、偵察衛星、通信中継衛星、着弾観測衛星を次々と破壊する。

 そして戦艦が大気圏突入。

 大気圏内用攻撃機を発艦させ、ゴトラント伯の籠る鉱山を精密爆撃する。

 平民、民間人義勇兵への被害は出ていないが、こんな生温い攻撃ではゴトラント伯の居場所まで届かない。

 攻撃機は、軌道上からのミサイル攻撃で破壊された惑星上の軍事施設に対しても再攻撃をかけ、残った部分も徹底的に叩く。

 

 そして揚陸艇を発進。

 鉱山の入り口に攻め寄せる。

 そこでゴトラント伯の私兵集団と地上戦になる。

 装甲擲弾兵の分厚い鎧ゆえに、被害は出ない。

 そこにゴトラント伯の領民義勇軍が駆け付ける。

「出て行け、侵略者!」

「領主様を守れ!」

 そこには動員された嫌々さは無い。

 故郷防衛と、慕う領主を守りたい忠誠心に満ち溢れていた。

 

「もう良い、平民には手を出すな。

 重要拠点は潰した。

 こいつらは宇宙に出て来られない。

 捨てて次に行くぞ!」

 破壊は徹底的だったが、人的被害を敢えて出さない攻撃であった。

 そして予定の行動とばかり撤退する。

 大気圏内に突入していた戦艦や揚陸艇部隊が軌道上に引き揚げる。

 そのまま隊列を整えると、この惑星から離脱して行った。

 

「敵は出て行ったぞ!」

「我々の勝利だ!」

 沸き立つ義勇兵とゴトラント伯の私兵。

「浮かれるな!」

 ゴトラント伯が一喝する。

「敵の主力は後退したが、おそらく抑えの駆逐艦部隊くらいは残って、こちらの様子を見ている筈だ。

 油断してはならん」

「はっ」

「卿ら、これは我等リッテンハイム一族の意地だと申した筈だ。

 領民は避難せよと命じたのに、銃など持って駆け付けるとはどういう事だ!」

「…………」

「だが、礼を言うぞ。

 一命を顧みる事無く、我が家の為に戦おうとしたその志、感動した。

 この通りだ」

 頭を下げて礼をし、農民たちの無骨な手を取って握手する伯に、

「ゴトラント伯万歳!」

「領主様に大神オーディンの恩寵あれ!」

 あちこちで歓声が上がる。

「気を引き締める必要はあるが、今日はもう攻めて来るまい。

 待っておれ。

 我が家秘蔵のワインを皆に振舞おうぞ。

 何人かついて参れ」

 

 領主様万歳の声を背に、ゴトラント伯は僅かな供を連れて邸宅に戻る。

 先祖が建てた豪壮な宮殿で、これだけ見れば民を搾取しているように見える。

 だが何代か前の先祖から、広大な邸宅の一翼は病院として領民に開放し、庭園も領民の憩いの場として利用を許している。

 美術品も、安い入場費を払えば鑑賞する事が出来る。

 そういう情報を知っていたのか、敷地内の警備兵詰所、通信アンテナ、装甲車駐車場が攻撃されただけで、ほとんどが無事な姿で残っている。

 ゴトラント伯は自邸のカーヴに入り、何本かワインを選び持ち出す。

 

「それがゴトラント家秘蔵のワインですか。

 小官はワインの良し悪しは分かりませんが、それらを領民に振舞うとは豪儀ですな」

「誰だ、お前は!」

 目の前には装甲擲弾兵が多数並び、伯の私兵は制圧されている。

「小官は帝国軍中将コルネリアス・ルッツです。

 伯爵ともあろう身分の方を捕らえるのです。

 敬意を持って、小官自らお迎えに参りました」

「ルッツ? 中将?

 艦隊司令官ではないか!

 では、あの艦隊が引き揚げたのは偽装か?」

「偽装、というより計略です。

 激しい攻撃が終わった今日は、もう攻撃は無いと思ったのでしょう?」

「なるほどな……。

 あの激しい攻撃と、領民に手を出さずに引き揚げたのは、卿らがここに潜む為の陽動であったか。

 金髪の孺子の部下らしい、狡い作戦だな」

「お褒めいただき、光栄」

「俺の負けだ。

 どこなりとも連れて行け。

 その前に言っておく事がある」

「何でしょう?」

「領民に手を出す事はならん」

「言われるまでもありません」

「ならば良い」

 この男は、最後まで誇り高い貴族であった。

 

 

 

「ルッツ提督、ご苦労様でした」

 キルヒアイスが出迎える。

「聞けば、提督自らゴトラント伯捕縛作戦実行部隊に加わったとか」

「軽率だったかもしれませんが、ああいう気位の高い男には、自分が出向くくらいでないと拗れると考えました」

「そうですね。

 艦隊司令官の卿が出向いたから、伯も無駄な抵抗をせず、大人しく捕縛されたのでしょう。

 ところで、伯は自身の為に駆け付けた民に、秘蔵のワインを振舞おうとしたとか。

 私はそんな大したワインを持っていませんが、実行部隊を労うワインを用意しましたので、どうぞお持ち帰り下さい」

「有難く頂きます。

 部下たちも喜ぶでしょうから」

 

 そしてキルヒアイスとルッツは雑談する。

「実は、おかしな事をゴトラント伯領の民が言っていました」

「おかしな事?」

「ええ、『これでローエングラム侯による弱者切り捨ての世になる』とか、

 『帝国から優しさが失われる』とか

 『弱い農民は淘汰されてしまう』とかです」

「それは……嘘とは言えないのが残念ですね。

 そういう側面は確かに有ります。

 ただ、弱者や敗者は見捨てるのではなく、ちゃんと救済する制度を用意したいと思っています。

 しかし、不思議ですね。

 実は全く同じ事を言っている敵がいたのです」

 

 キルヒアイス艦隊も、多数の分艦隊を派遣し、多くの惑星を占領している。

 4月、5月は無抵抗で降伏する惑星が多かったが、6月に入ると貴族の留守領だったり帝国軍の辺境基地で、平民や下級兵士が抵抗をし始める。

 その者たちは一概に

「ローエングラム侯の支配する世は、貴族の治める世より過酷である」

「ローエングラム侯のやり方は、一部の強い者だけがより強くなるだけだ」

「弱肉強食の世がやって来て、弱い者は生きる価値も無いとされる」

 と新体制への不安を口にする。

 

「没落しても貴族の世なら、農奴や小作人として生きる道がある。

 だが弱肉強食の世では、農奴や小作人にもなれず、野垂れ死ぬだけだ」

 

「貴族領主には苛斂誅求を行う者も確かに居る。

 しかし貴族は領民が全て死んだら生きていけない。

 それに名君と呼ばれる領主もいるし、領地経営のプロである代官を雇う場合もある。

 だがローエングラム侯の世では全てが競争となる。

 競争社会は安定を生まない。

 全ての民が没落し、利益第一のフェザーン商人に帝国の富を献上する羽目に陥る」

 

「曖昧さや、ぬるま湯をローエングラム侯は許さない。

 我々は常に全力を出し続けなければならないのか?

 何故ローエングラム侯の命で、効率だけを求めなければならないのか」

 

 ローエングラム侯の政策を徹底的にネガティブに分析したものだ。

 故に一面正解である。

 これをもしローエングラム侯ラインハルトに言ってみたなら、彼は

「その通りだ、全力を出さぬ者がこれまでのように安穏と生きられると思うか?」

 等と言いかねない。

 万人がローエングラム侯の覇気を浴びて刺激される訳ではない。

 中には怖気づいてしまう者もいる。

 能力が無いのに貴族だからと言って特権を貪る社会をラインハルトは許さない。

 能力の有る者は身分を問わず抜擢するのもラインハルトである。

 では平民、貧民で能力が無い者はどうなるのか?

 身分で差別されるが、代わりに責任の伴わない今の世は言い訳に困らない。

 自分は貴族じゃないから、何もさせて貰えないと酒を飲んで愚痴を零していれば、自分の無能を直視しないで済む。

 平等に機会が与えられたなら、没落するのは自分のせいで、どこにも責任転嫁出来ない。

 

 支配される側の全ての者が、不満を抱えているとは限らない。

 自分で考えて何かをするよりも、命令されている方が幸せな者は存在する。

 成功も失敗も命令した側の責任で、命令する側が愚痴を聞き流す器量さえあれば、この関係は長続きする。

 帝国貴族四千家以上、この中で苛政の貴族というのは、少ない故に目立つのだ。

 多くの貴族は自分の猟官活動の時は増税をするが、高官になると祭りをして還元したりと、常に過酷な支配という訳では無い。

 ハズレの貴族領に生まれる不運さえなければ、平民は怠けていても最低限の生活は保障されるのだ。

 故に帝国の領民は民主共和主義に憧れない。

 あんなのにかぶれるのは、要領の悪い者だと思っている。

 

 銀河連邦末期から今に至る490年余り、こういう意識の人間が銀河帝国を支持している。

 こういう層がルドルフ・フォン・ゴールデンバウムを帝位に就け、拍手をして支配を受け入れたのだ。

 

 

 

 リップシュタット戦役が始まり一月半、急にこういう層にネガティブな意見が流れ始めた。

 これを偶然と思うキルヒアイスではない。

「貴族連合に、帝国を支持する民衆を使ってローエングラム侯を否定する、そういう攻撃を仕掛けて来る者がいるようですね。

 この声が大きくなれば、私たちの辺境占領行動は遅延します。

 兵を指揮して戦う相手以上に、姿無きこの敵の方が恐ろしいかもしれません」

 キルヒアイスは幕僚たちに語る。

 

「それで、閣下にはどのような対抗策が有りますか?

 黙って受け容れる訳ではないでしょう?」

 ベルゲングリューンの質問にキルヒアイスは答える。

「百の言葉は、一の行動で否定します。

 百の否定は、一個の事実をもって真であると証明します。

 迂遠かもしれませんが、皆さん、どうか私に協力して下さい」

 

 見えない敵との戦いが始まる。

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