銀河英雄伝説異伝~ジークフリード・キルヒアイスの辺境戦記~   作:ほうこうおんち

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老提督の限界

 アウグスト・ザムエル・ワーレン中将率いる艦隊は、アストゥリア伯率いる艦隊を追っている。

 アストゥリア伯は補給艦隊や商船隊を狙っている為、これらへの襲撃を成功させては、ローエングラム侯やキルヒアイス提督の辺境開発構想を「口だけで、実際には航路を守れない」と非難させるきっかけになるだろ。

 ゆえにアストゥリア伯を早急に捕捉、撃滅する必要がある。

 

 人類の地球時代から、こういう通商破壊に出た艦隊は追跡が難しい。

 大海に比べ、艦隊など微小な存在だからだ。

 宇宙に出た後は猶更追跡困難となる。

 宇宙空間の規模は惑星の海の比では無いからだ。

 

 そこでワーレンは無意味な追いかけっこはしない事にする。

 自らの艦隊を分散させて航路警備に充てる。

 そして司令部の艦隊3200隻で勝負を決めようとしていた。

 

 これは古来よりの常套戦術である。

 大軍を前に敵は逃げる。

 逃げに入った敵を大軍で追いかけても捕まえられない。

 籠城する敵に至っては出ても来ない。

 そこで、指揮官の兵力を少なくし、あえて隙だらけとする。

 分かってはいても、司令官を倒せば勝敗は一気に決まる誘惑に勝てず、敵軍は誘い出される。

 そこを味方の兵力が反転、包囲して殲滅する。

 上手くいけば良いが、失敗する場合もある。

 敵の攻撃が苛烈だったり、味方の反転が遅かったりして、餌とした司令官がそのまま食い殺されてしまう危険性が伴う。

 そこで、上手く反転させる方法や、少数の本陣が耐え抜く防御法に将たちは工夫を凝らす。

 

 ワーレンはやや違った。

 この兵力で勝てると考えている。

 無論敵を侮ってはいない。

 アストゥリア伯の経歴は輝かしいものだが、そこに欠点を見い出していた。

 

 ワーレンの分艦隊は航路警備の傍ら、貴族連合に味方する帝国軍基地を襲撃する。

 破壊が目的ではない。

 物資を狙う。

 ゲリラ戦で補給部隊を狙うアストゥリア伯に、貴族連合軍の基地を攻めて補給物資を焼き払う同じ戦法を選択したのだ。

 そしてワーレン本隊は、アストゥリア伯の領地である惑星カーディスに攻めかかる。

 そして敢えて落とさない。

 兵法で言う後詰め決戦である。

 味方を救いに来ない将は見限られる。

 その心理を使った決戦誘引である。

 

 果たしてアストゥリア伯の艦隊は惑星カーディスに駆け付けて来た。

 周囲の補給拠点を潰され、本拠地を攻撃されたとあっては、出て来ざるを得ない。

「アストゥリア伯の艦隊、数およそ5800隻。

 以前よりも増えています」

「また更に貴族の私兵を糾合したようだな」

「どうなさいますか?

 事前に聞いていた4200隻より大幅に増えた以上、一度出直しますか?」

 参謀の問いにワーレンは

「このままで良い」

 と断言した。

 

 戦闘が始まる。

 流石に二十数年前に次期宇宙艦隊司令長官と言われた将だけあり、攻勢において濃密な砲火を浴びせ、部隊後退時は速やかに射程外に逃れる。

「老いたとはいえ、流石に一味違うな。

 この老人がずっと現役を続けていたなら、メルカッツ提督程に恐ろしい敵となっていただろう」

 ワーレンはそう評する。

 そして

(退役して楽隠居していた二十数年が、メルカッツ提督程の脅威では無い要因だ)

 と内心呟いていた。

 

 戦いはアストゥリア伯優勢である。

 彼の艦隊は接近し、ワーレン艦隊を惑星大気圏に圧迫していた。

「よし、この距離だ!

 ワルキューレ発艦、宙雷艇も出せ。

 近接攻撃を仕掛けるぞ」

 

 

 

 地球の歴史では航空母艦、宇宙進出後は宇宙母艦と呼ばれる艦種は、会戦の脇役と主役を行ったり来たりする扱いの難しい軍艦である。

 大型の艦体から多数の小型機を発進させて運用する。

 誕生当初は、艦載機の航続距離も短く、敵洋上艦を攻撃する武器が貧弱で、偵察や弾着観測、更には味方を観測する敵の気球迎撃に使われた。

 やがて艦載機のエンジン出力が向上し、航続距離が伸び、速度が増し、運動性能に優れ、武器搭載量が増えると海戦の主力に躍り出た。

 停泊地への空襲、輸送船団への攻撃、敵戦艦部隊の邀撃、地上の基地を空襲と縦横無尽に暴れ回った。

 この空母の脅威は、近接信管付対空砲に始まり、誘導ミサイル、僚艦とデータ共有しての艦隊防空システムの完成により、絶対的な強者ではなくなって弱まる。

 それでも艦載機による長距離偵察や、遠征軍の先鋒として敵基地壊滅を行う等、艦は使用され続けた。

 宇宙時代になり、妨害電波や偽装バルーン、小型電子機器なら破壊される電磁パルス場の発展で、鈍重な艦船よりも高速で小回りが利く上に強力な武器を持つ艦載機は、再び戦争の主役に戻った。

 時には人型兵器や可変戦闘機として、大型艦を狩る艦載機の時代が続き、宇宙母艦や母艦機能を高めた巡航艦が活躍した。

 

 それが恒星間移動時代になると様変わりする。

 艦船の速度は毎秒数キロメートル単位から、光速の何パーセントかという単位に変わる。

 すると、機関が小型の艦載機は、軍艦に置いていかれてしまう。

 それでも、デブリや小惑星や氷が漂う空間等で艦載機は活躍するし、会戦時には艦船も速度を落とす為、活動の場は残っていた。

 今から八十年程前に、宇宙母艦が没落する軍艦の進化が起こる。

 ビーム砲の出力強化と、恒星間航行時に星間物質やプラズマから船体を守る偏向フィールドが長距離ビームなら弾くまでに強化された事である。

 交戦距離が延びる。

 そうなると艦載機は不利であった。

 長距離ビームを撃ち合い、偏向フィールドで弾き合う距離において、伝統的な艦載機の使用法アウトレンジを使った部隊は、その長距離でも当てて来る進化した火器制御装置と防空ミサイルの前に到着前に壊滅させられ、艦載機の持つ火力では偏向フィールドで守られた軍艦を撃破出来ない。

 こういう事情で、宇宙母艦と艦載機は大会戦の舞台から姿を消す。

 第二次ティアマト会戦の頃、戦場には宇宙母艦は無く、母艦機能のある戦艦や巡航艦から偵察用艦載機が出される程度であった。

 小惑星帯等の戦闘等、低速域、障害物多数という戦場は案外多く、宇宙母艦が完全に消滅する事は無かったが、脇役に追い込まれていた。

 

 アストゥリア伯ロルフ・オットーが名将と呼ばれ、戦い続けていたのはこの時代である。

 

 変化は銀河帝国から起きた。

 伝統的なアウトレンジ戦法、長距離で艦載機を発艦させて敵を叩くという戦法を止めて、小型艦による近接戦闘を考え出した。

 それが宙雷艇とその母艦である。

 宙雷艇は偏向フィールドをものともせずに突き破る実体弾兵器レールガンを大量に搭載した艦で、近距離で発艦すると高速を活かして敵に接近、次々と戦艦を沈めていった。

 これに対し、自らも接近戦、中小艦艇による突撃と近接戦での敵撃破を得意とする同盟軍のファン・チューリン統合作戦本部長は、宇宙母艦の防御力強化とともに、艦載機スパルタニアン開発を命じた。

 スパルタニアンは、帝国軍の宙雷艇を破壊可能な火力を持つ。

 更に開発の過程で、偏向フィールドを中和し、防御の内側に入り込めるようになった。

 つまり、「艦載機程度の火力は偏向フィールドの前に無力」という前提が崩れ、高収束高エネルギーのレーザーを使って、防御の内側から敵艦を攻撃し、撃沈するようになった。

 更にスパルタニアンは第二次イゼルローン要塞攻防戦でも使用され、主砲「雷神の鎚」では撃墜困難な機体の小ささを活かして要塞を肉薄攻撃した。

 この時は火力不足で、要塞に迫れど傷一つ付けられずに終わる。

 だが、帝国軍も艦載機の新しい使い方を、数多の敗戦とイゼルローン要塞肉薄という脅威を糧に学んだ。

 こうして同盟軍が対要塞用魚雷(スクリューもしくは電位差推進によって流体金属層を潜り進んで要塞表面を攻撃する兵器)を開発し、第三次イゼルローン要塞攻防戦に挑んで来た時、イゼルローン要塞からは帝国軍の新型艦載機ワルキューレが出撃し、航空戦が行われた。

 ワルキューレは、本来宙雷艇ハンターとして開発されたスパルタニアン対策で製作され、火力は高収束レーザー砲と小型反応弾2発と軽装だが、機動力において勝る。

 こうして艦載機、単座式戦闘艇は復活した。

 

 

 

 ワーレンは、接近したアストゥリア伯の艦隊に対し、手持ちの全宇宙母艦からワルキューレを発進させる。

 丁度宇宙母艦不遇の時代の戦闘しかしらないアストゥリア伯ロルフ・オットーには、頭で分かってはいても、反射神経的に間に合わない戦法であった。

 対艦攻撃力が戻った単座式戦闘艇に展開されてしまったら、艦艇に勝ち目は無い。

 単座式戦闘艇は、接近前に艦隊防空と呼ばれるデータリンクを駆使しての遠距離迎撃や、対抗出来る自軍戦闘艇の発進をしておかないとならない。

 艦隊の中に入り込まれると、各種ジャミング機能でデータリンクや防御フィールドを無効化され、個々の艦艇の防空兵器で対処せざるを得なくなる。

 個艦防空では、迎撃困難な事が多い。

 レーダーや光学測距儀が生きている内は艦有利だが、レーダー透過装置や乱反射剤(レーザーロックオンを外す)、もっと単純なチャフ(電波攪乱用金属片)やフレア(熱源探知妨害)、煙幕を使われるだけで小型の戦闘艇有利に変わる。

 アストゥリア伯当主ロルフ・オットーの現役時代は、理論は分かっていても戦術が追いつかず、単座式宇宙艇の機関出力の低さもあって「大規模戦闘では役に立たない」という意識が強い。

 時代が変われば戦術も変わる。

 アストゥリア伯はそれを思い知らされていた。

 

 勝敗はほとんど決まった。

 アストゥリア伯は艦艇5800隻の内、2000隻余を損傷または喪失、彼に従っていた貴族の私兵は統制に従わず逃走し、残るは1500隻程であった。

 

「勝敗は決した。

 無駄な抵抗を止めて降伏せよ。

 卿たちはよく戦った。

 今降伏すれば、ローエングラム侯は卿らを、勇戦に相応しい待遇で受け入れるであろう」

 

 ワーレンは呼び掛ける。

 貴族軍人たるアストゥリア伯に向けてというより、同じ帝国軍である残存兵力に向けてのものであった。

 だが意外な事に、期待していなかったアストゥリア伯から返信が来る。

 

『”麒麟も老いては駑馬に劣る”という古代の格言を思い知った。

 最早この老体は、新しい世において必要の無い存在、討ち取って手柄にせよ。

 儂はローエングラム侯に対し他意は無い。

 会った事すら無いので、敵意を抱きようもない。

 だがブラウンシュヴァイク公やリッテンハイム侯とは先代以来の付き合いがある。

 ゴールデンバウム朝にも長年仕えて来た。

 新時代を見る事の出来ない不肖の身なれば、旧来の友誼、忠誠に殉じようと思う。

 降伏勧告は有り難いが受け容れられない。

 感謝の礼砲を放つゆえ、その後に再度砲火を交えん。

 卿の今後に栄光あれ』

 

 そしてアストゥリア伯の残存艦隊は、ワーレン艦隊の居ない方へ主砲を三連斉射した。

 その後、艦隊を凸形陣に再編し、突撃を敢行する。

 ワーレンは凹形陣で迎え撃ち、アストゥリア伯に3倍する数の力で撃滅した。

 アストゥリア伯ロルフ・オットーは旗艦と運命を共にする。

 

「提督、この突撃に加わっていない300隻程の艦隊が離脱していきます」

「行かせてやれ」

「は?」

「おそらく後継のヨハン・オットー・フォン・アストゥリア少将が脱出したのだろう。

 あの老人は、確かに国や古い友誼に殉じたが、一方で孫を逃がす為に踏み止まって犠牲となった。

 見事な老人ではないか」

 

 この余裕の裏には、次期当主ヨハン・オットーが専らデスクワークと社交界でのダンスを得意とする人で、実戦部隊は辛うじて統率が出来るレベルの「敵にしても怖くも何ともない」軍人である事もあった。

 かくしてワーレンは、キルヒアイスが辺境に普及させる流通の自由化を脅かす脅威の排除に成功した。

 

 

 

 航路が安全になった後、1隻のフェザーン商船が安心して航行している。

 その船とキルヒアイスの本隊が遭遇した。

 

「私どもはフェザーンの商人でして、この船はベリョースカ号と言います。

 積み荷は地球までの巡礼者たちで、ご覧の通り女子供老人ばかりです」

「何か不足している物は有りませんか?」

 船長とキルヒアイスの通信に、地球への巡礼者の長老と思われる者が入る。

「赤ん坊用のミルクと毛布が不足しております」

 キルヒアイスは頷くと、軍の物資を分けてやるように命じた。

 

 キルヒアイス艦隊とベリョースカ号は別れた。

 その際に、この先も臨検に合わないよう通行許可証も渡された。

 

「いい人ですな、キルヒアイス提督は」

 ベリョースカ号の船橋で、事務長が感想を述べる。

「気の毒にな……」

 それが船長のボリス・コーネフの言葉であり、事務長は疑問を持つ。

「え、何がですか」

 船長はコーヒーを飲みながら呟いた。

「いい人間は長生きしないよ。

 特にこんなご時勢にはな」

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