銀河英雄伝説異伝~ジークフリード・キルヒアイスの辺境戦記~ 作:ほうこうおんち
ゴールデンバウム朝において貴族といっても複数の種類が存在する。
分かりやすいのはリヒテンラーデ公やゲルラッハ子爵のような官僚貴族である。
領地は少なく、帝都オーディンや帝国内の惑星の一部を荘園として持つくらいで、固有の武力を持たない。
帝国の行政を担当し、その業務における専門家となり、辣腕を振るう者も多い。
軍事専門の貴族であるミュッケンベルガー家やオフレッサ―家も官僚貴族と言える。
実務家の彼等だが、非常にラインハルトの敵が多い。
家によって分野がほぼ決まっており、法務畑の家柄が財務畑に行く事は可能だが、出世は難しい。
決めれらた枠の中で、同僚を蹴落とし合い、上役に気を使って昇進していく。
そんな彼等には、誰に気を配るでもなく昇進し続けるラインハルトは、才能ではなく「姉に対する皇帝陛下の寵愛のお零れを受けた」者として見てしまい、不公平だと逆恨みをするものが多いのだ。
続いて地方貴族という種類がある。
ゴールデンバウム朝は辺境の開発を貴族に任せた。
貴族社会というカルテルの中で、共同事業をしたり、利害衝突を回避したりするには首都に居て社交界に出入りしておく方が良い。
そういう訳で地方貴族といっても、多くは帝都に邸宅を構え、そこで地方領からの収入を使って生活している。
だが、中には変わり者もいる。
地方の領地に下向し、土着してしまう者である。
ゴールデンバウム朝は過去の独裁政権について研究していた。
土着貴族は分国化したり軍閥を作ってしまう事を知っている。
そこで彼等は、白人至上国家としては有り得ないように思える、黄色人種の政権のやり方を模倣した。
250年近く地方領主による反乱を起こさず、平和な時代を築いたトクガワという一族。
そのやり方を模倣し、地方領土着を許可する代わりに留学という形式で妻子は帝都に住まわせ、数年に一度は帝都への出仕を命じ、典礼省を介さない貴族同士の婚姻や養子縁組を禁じた。
マリーンドルフ伯爵家が良い例で、本拠地は地方にある惑星で、自領を守る軍隊も持っているが、妻女は帝都に住まい、伯爵自身も数年おきに新無憂宮に出仕して、特に何かする訳ではないが、皇帝の声のかかる部屋に詰めたりする。
それでも時に地方領主による内乱が発生する辺り、オリジナルの凄さをゴールデンバウム朝の白人至上主義者ですら感じている。
(先年のカストロプ動乱が良い例であろう)
そして宮廷貴族という、一番質の悪い貴族である。
権臣とも呼ばれる。
一応役職は与えられるが、それは肩書の為でしかない。
例えばブラウンシュヴァイク公は、ブラウンシュヴァイク公である事に意味がある。
彼等は皇族と並ぶ帝国の共同統治者であり、国政における意思決定を行う。
彼等が
「今回の戦いは、犠牲者が随分少なかったようだな」
と言えば、それが次の遠征を行う発議に繋がるのだ。
そんな彼等は、意外な事に皇帝の座を狙わない。
既に地球時代に皇帝と呼ばれた君主を上回る広大な領土と富と軍事力を持ち、銀河帝国という巨大国家の国政に口を出せるのだ。
余計な事をして、その特権を剥奪されても意味が無い。
彼等は皇帝になるより、皇帝の後ろ盾になりたがった。
初代皇帝ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムも、数多の初代皇帝のように凄まじい功臣粛清をしている。
今に伝わっていないのは、史家がそれを記す事を許されていないからだが、生き残った権臣の家史には抹消された歴史が門外不出の情報として伝えられている。
帝国貴族は建国当初7千家近く立てられたが、現在は4千家を超える程度に減っている。
後継者不在で断絶した家も有るが、多くは余計な事をして取り潰されている。
ルドルフは約1千家を潰したとも言われる。
ここ数年でクロプシュトック侯爵家、ベーネミュンデ侯爵家、カストロプ公爵家が廃絶させられ、領地は帝国政府管理として回収された。
好き放題に生きるには分を弁える事を覚える事も重要である。
官僚貴族(帝国政府派)と宮廷貴族(内廷派)はしばし対立するが、地方貴族は自身の立場を守る為に宮廷貴族、つまり国政に口を出せる名門貴族と積極的に繋がる。
不輸不入の権を持つとは言え、隙を見つけては徴税しようとする官僚貴族から富を守る為に、虎の威を借りるのである。
今までキルヒアイスが接収して来た辺境貴族領は、そういう権門と繋がった貴族の領土であった。
だが、次に立ちはだかったのは権門の当主家であり、これまでよりも強力であった。
過去に地球上の名門貴族として存在した貴族の家名を貰ったシュレスヴィヒ侯爵家は、帝国で五指に入る名門貴族である。
地球時代のシュレスヴィヒ公であるオルデンブルク家、ゴットルプ家及びハダスレウ家との血縁関係は無い。
ルドルフが銀河連邦の軍人であった時に副官を務め、ルドルフが政界に転じた後は第一秘書として従ったヘンドリクセンを祖先とする。
帝都において宮廷貴族として権勢を振るっていたが、先帝フリードリヒ4世即位前に運命が暗転する。
先帝フリードリヒ4世は、そもそも即位するものとは思われていなかった。
皇太子リヒャルトが至尊の冠を戴くものと思われていたが、彼は弑逆の容疑をかけられ謀殺される。
リヒャルト派であったシュレスヴィヒ侯爵家も財産を没収され、地方領での謹慎を命じられる。
だがこれは次に皇太子となったフリードリヒの弟、クレメンツ大公による冤罪であった。
それが分かり、クレメンツ大公の失脚とともにシュレスヴィヒ侯爵家も復活する。
財産を返還され、領地も元に戻り帝都に復帰出来たが、皇帝の後ろ盾の地位は失われた。
それでも当時のシュレスヴィヒ侯は、一方的に冤罪を着せられた被害者であっただけでなく、穏やかな性質ゆえに放蕩者のフリードリヒの悪口や侮辱をしていなかった為、フリードリヒの廷臣たちからは同情されていた。
積極的に陰謀に加担し、フリードリヒ大公を「無能」「放蕩者」と嘲笑し軽蔑していたクロプシュトック侯が廷臣たちに憎まれ、以後30年以上社交界から追放され冷遇された事と対照的であった。
長い銀河帝国の歴史で、ブラウンシュヴァイク家やリッテンハイム家も主流派を外れていた時期もある。
彼等は幸運なのか、ジギスムント痴愚帝やアウグスト流血帝の時代に政争に敗れて逼塞していた為、勢力を温存出来ていた。
シュレスヴィヒ家も、歴史上の政争敗者に倣う。
地方の自領に逼塞し、中央の社交界から距離を置く。
一方で妻子は帝都に置き、分を弁えた交流をさせていた。
その甲斐あって、帝国五指の名門貴族の地位を失わずに済む。
リップシュタットの森で、反リヒテンラーデ・ローエングラム連合の盟約が結ばれた時、シュレスヴィヒ侯の世子が当主代行として署名をした。
だがシュレスヴィヒ侯はガイエスブルク要塞への参陣をやんわりと断られる。
シュレスヴィヒ侯も盟主、副盟主と同格の家格であり、どちらかと手を組むとパワーバランスが崩れてしまう。
ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯の妥協で、シュレスヴィヒ侯爵家は辺境の防衛を依頼という形で排除されてしまった。
これに腹を立てたシュレスヴィヒ侯は、領土に引き籠り、一切の行動をしなかった。
だが、その間にキルヒアイス別動隊が辺境宙域を攻め始め、二ヶ月でシュレスヴィヒ侯領に迫って来た。
流石に焦りを覚えたシュレスヴィヒ侯は、自身の門閥に属する者を集め、戦力を糾合する。
侯爵家の私兵約5000隻と分家である2つ伯爵家の私兵4000隻、そしてプロの軍人であるヴァルテンベルク予備役上級大将が周辺の帝国軍警備艦隊2000隻を引き連れて参集した。
ヴァルテンベルク上級大将は、第五次イゼルローン要塞攻防戦の時、大将としてイゼルローン要塞駐留艦隊司令官を務めた。
自由惑星同盟軍の名将シトレ提督の作戦、並行追撃によって乱戦に持ち込まれ、敵味方混在状態による要塞主砲封じをされてしまう。
この時、要塞司令官クライスト大将が、味方もろとも敵を撃つ蛮行を行い、帝国軍は勝利を収めるも、両者の間に確執が生じる。
ヴァルテンベルク大将は、下手をしたら自分も要塞主砲「雷神の鎚」でヴァルハラ行きとなっていたかもしれず、クライスト大将の命を狙うまでの恨みを抱いた。
これを問題視した軍務省は、両者を昇進、上級大将とするとともにイゼルローン要塞から離任させ実戦部隊を動かす事の無い閑職に回した。
それでも軍務省要塞管理部名誉部門長クライスト上級大将が怪死した事で、統帥本部総長顧問ヴァルテンベルク上級大将が疑われた。
証拠不十分で処罰はされなかったが、ヴァルテンベルクはガルミッシュ要塞司令官に転任させられる。
軍務省の意図を察したヴァルテンベルクは、病気療養の為の休養を申し出て予備役入りした。
だが彼は、いつか軍の主流に復帰したいと執念を抱いている。
ヴァルテンベルクがラインハルトに味方する事は無い。
軍事系官僚貴族である彼は、自分が苦労をし、命を脅かされながらやっと上った上級大将の地位を、二十歳にして追い抜き元帥となったラインハルトに好意等抱ける筈も無い。
「あの生意気な金髪の孺子を戦場で倒し、奴が単に皇帝陛下の贔屓で昇進しただけだと証明してやる」
そう思い、内戦勃発後に引退先を脱して、地方の帝国軍を独自に集めていた。
そしてプロの高級軍人、指揮官級が不在のシュレスヴィヒ侯に売り込んだのだ。
シュレスヴィヒ侯に謁見したヴァルテンブルクは進言する。
「この辺境宙域には、金髪の孺子の子分の赤毛の孺子が攻め寄せています。
奴の戦力は4万隻という大軍で、この星系で戦っても不利です。
しかし、今なら奴は2人の副司令官を切り離して、別方面の制圧に向かわせている為、手元には1万隻程度しか残っていません。
ここは出撃し、少数の内に赤毛の孺子を討ち果たしましょう」
父のシュレスヴィヒ侯が当時の「放蕩者」フリードリヒ大公の悪口を決して言わなかったように、当代のシュレスヴィヒ侯も礼儀正しい男だった。
「ローエングラム侯は戦争の天才、その腹心たるキルヒアイス提督も決して侮れない手腕の持ち主だ。
そのような甘い計算で、果たして勝てるであろうか?」
「これは異な事を申されますな。
赤毛の孺子の功績は、いずれも4万隻もの大軍を率いてのもの。
4万隻もあれば、あの程度の若造でも負けずにおれましょう。
それに赤毛の孺子にはワーレンとルッツという副将が付けられており、これまでの手際はその2人の中将によるものです。
その2人の中将が不在で、我が軍と同数ならば、決して負けるものではありません」
シュレスヴィヒ侯は大貴族らしく誇り高い、というより傲慢に近い部分も有ったが、こと軍事においては自信が無かった。
その為、自信満々のこの職業軍人に説得され、全軍を預ける。
シュレスヴィヒ侯の艦隊11000隻はキルヒアイスの駐留するヤルンヴィド星系に向けて進発する。
途中、ワーレンに敗北したアストゥリア伯の敗残部隊、孫のヨハン・オットーや他の貴族の艦隊も合流し、13000隻に膨れ上がった。
キルヒアイスは既に、配置していた偵察部隊によって、シュレスヴィヒ侯領から進発した大艦隊を捕捉していた。
更に通信の傍受から、シュレスヴィヒ侯ではなく職業軍人であるヴァルテンベルク上級大将が指揮している事も知る。
「おそらく、ワーレン提督、ルッツ提督が離れている隙を狙ったものでしょう」
キルヒアイスの分析に、幕僚たちも頷く。
「それで、どうされます?
両提督を呼び戻しますか?」
「ベルゲングリューン少将、相変わらず卿は敢えて反対の事を言いますね。
今の戦力だけで戦います。
ベルゲングリューン少将、ビューロー少将、ジンツァー少将、ザウケン少将、ブラウヒッチ少将、私には卿たちがいれば十分戦えます。
我々だけでヴァルテンベルク艦隊を撃破しましょう」
おおーという歓声に紛れて聞き取りにくかったが、ビューローは確かに
「私を甘く見た報いをくれてやろう……」
とキルヒアイスが呟いていたのを聞いた。
その青い瞳には、普段との穏やかさとは違う光があった。