パイロット試験に合格してから約1ヶ月ほどして、俺はIMC植民地海軍第3艦隊への転属を言い渡された。
今、俺はその旗艦である『コロンビア』級フリゲート艦に搭乗している。意図的な人事なのかはわからないが、士官学校時代に見た顔たちがぞろぞろいる。皆歩兵で、パイロットは見当たらない。まあ、顔見知りが誰もいないよりかはいい。
心なしか、皆浮足立っているようにも見える。恐らく、これから向かう先がどこか分からない不安……それに、もしも戦闘が始まった場合、新兵ばかりの自分達で戦えるのか、という不安もあるだろう。……正直、俺もそんな不安を抱えている。だが、きっと大丈夫だと信じたい。いざとなれば艦隊の支援もあるのだから。
ふと外を見やれば、真っ暗で何も見えない。この惑星は夜なのだろうか。
「……おい、そこのパイロット! 」
不意に後ろから声をかけられた。この声は聞き覚えがある。……あいつに違いない。幼馴染の声を忘れるか。振り返ると、そこには俺と同じライフルマンパイロットスーツを着た茶髪の男が立っていた。
「その声……シリルだろう? 」
「やっぱりお前かァ、ノア」
「……つまり、俺と同期で試験に合格したもう一人ってのは」
「そう、まさしくこの俺様さ」
「……ほう、お前がか……随分と立派になったもんじゃないか」
「ヘッ、お前に言われるまでもないさ」
シリルはそう言って喉を鳴らすように笑う。
「ま、死なない程度に頑張れよ、ノア」
「互いにな」
「しかしノア、艦内の歩兵やら乗組員たち、やけに見た顔ばかりだな」
「ああ、どうも士官学校の同期の連中ばかりが乗ってるらしい。他の船でもそうなのかもしれないな」
そんな会話を交わしていると、突然艦内で警報が鳴り響いた。
『総員に告ぐ。緊急作戦発令。戦闘要員は至急艦橋へ集まれ。繰り返す――』
「……始まったようだなァ」
「いよいよか……急ぐぞ」
俺はシリルと共に、急いで艦橋へと向かう。 同室の歩兵たちも慌てた様子で艦橋へ向かっていった。
「……全員集まったか」
この艦の艦長であり、司令長官でもあるルイ・ダビッドソン中将が一瞥する。もうかなり年を食っているが、優秀な将官だそうだ。
「集まったようだな。宜しい。では作戦を説明する。ここ惑星アテ地上部にて中規模なミリシア部隊を発見した。彼らは陣地構築に夢中でこちらに気づいていない。諸君らを分散させる。全方位から囲み殲滅せよ。つい先月士官学校を卒業したての諸君らに実戦を経験させるという事は我々としても非常に心苦しい。しかし、心配はいらない。我々のほうが数で上回っているし、いざとなれば艦隊の支援もある。さらにはパイロット達も居る。問題はない。作戦内容は了解したな? 」
「はっ」
「ただしこちらからの指示があるまで発砲はするな。また、彼らの回収可能な物資があれば奪い返してこい。誰か質問がある者は? 」
俺はシリルと顔を見合わせ、頷く。どうも質問のある奴はいないようだ。
「では、ここに『オペレーション・クリーンアップ』の実施を宣言する。総員戦闘準備。戦闘準備ができ次第歩兵はドロップポッドに乗れ。パイロットはタイタンに乗れ。幸運を祈っている。」
中将が敬礼しその場を去ると、俺達は急ぎ自室へと向かう。シリルは自信があるんだろうか、やけに余裕そうな表情をしている。
「……いよいよ実戦か。シリル、自信は? 」
「あるに決まってんだろ?お前はどうなんだ? 」
「お前ならそう言うと思ったよ。……ないわけ無いだろう」
「ヘッ、似た者同士だな」
「くれぐれも初陣で死んでくれるなよ」
「テメェもな。ノア」
そう言って別れた。
……どうも問題はないようだ。しかし、初陣だと言うのに余裕綽々なのはこいつくらいなものだろう。
……正直、俺は怖い。だが、俺がやらねば誰がやるというんだ? 俺の代わりはいないんだ。そんなことを考えながらパイロットヘルメットをしっかりと被り、プライマリのR-101C、セカンダリのRE-45、対タイタン武器のアーチャーの最終点検を行う。各武器の動作を確認した。普段からこまめに点検整備している甲斐もあってか、全く動作に問題はない。完璧だ。俺はそれらを装備し、タイタン格納庫へと急ぎ足で向かう。
整備はもう終わっているようで、
「必ず生きて帰ってこいよ」
と整備兵から言われた。苦笑いしつつ
「もちろんだ」
とだけ答え、ストライダー級タイタンに搭乗する。……俺だけかは分からんが、俺はこの機体に独自に愛称をつけている。ペットネームの様なものだ。名前はゲニウス。コアシステムのとある場所にいるとされる守護霊の名前だ。
「お帰りなさい、パイロット」
と、タイタンに搭載されたAIであるリサが英語で挨拶してきた。と言っても双方向での会話機能は持たないため、一方通行だが。
「ああ、ただいま」
と返し、司令部に
「出撃準備完了。いつでも出撃可能です」
とメッセージを送る。さあ、もうすぐ始まる。胸の高鳴りが抑えられない。深呼吸をし、少しでもこれを抑える努力をする。……よし、収まってきた。
『全艦隊のユニット、出撃準備完了。現在時刻0100。『オペレーション・クリーンアップ』開始』
と通信があった。
刹那、ハッチが開き強烈なマイナスGに襲われ、視界が赤く染まる。タイタンを保護するタイタン用の巨大なドロップポッドが切り離され、超音速に近いような速度で地面に降下。景色が目まぐるしく移り変わっていく。
高度1000……500……100……0。地上に着地した途端、強烈な下からの突き上げと吐き気が俺を襲う。脚部のショックアブソーバーをもっと強化できればいいのだが……。まあいい。着いたことには変わりない。
歩兵部隊も到着したようだ。後は旗艦からの指示を待つだけ。俺は茂みにしゃがんで隠れ、少しでも被発見率を減らし、周囲を警戒する。シリルもそれほど遠くない場所に降りてきたようだが、まだ命令が出ない以上動けない。バレたら歩兵部隊は終いだ。命令はまだか……。歩兵部隊が展開したと秘匿通信が入った。焦りからか、つい必要のないレバーに手を伸ばしゲニウスを多少動かしてしまった。気づかれてはいないようだ。
『こちらHQ。戦闘を許可する。一人も残すな』
……よし、やっと出たな。途端に通信が入ってきた。大体察しはつくが回線を開いた。
「あー、あー、こちらシリル。ノア、俺は歩兵部隊の支援に行く。お前はそこから撹乱しててくれ。俺が撃ったら撃てよ。オーバー」
「了解、アウト」
……やはりシリルからか。彼のタイタンはオーガ級で耐久力が高いから盾になれる。武装はXO-16と呼ばれる20mmチェーンガンで対歩兵、対タイタン性能とも十分な代物だ。確かにその方が良いだろう。シリルのタイタンはミリシア部隊に見つからないように味方歩兵部隊の方へ向かっていった。
……合流したか。まだ敵は気づいていないようだ。寝てるのかも知らんが。
「発砲開始ィ! 撃ちまくれェ! 」
威勢の良いシリルの声が無線越しに響くと同時に、全方位からの発砲が始まった。暗い夜が俄に橙色に染まる。
ミリシアは完全に不意をつかれたようで、交戦たる交戦もできずバタバタと倒れていくのが見える。タイタンやパイロットもいないのか、歩兵しか姿が見えない。
俺は少し移動し、ミリシアが潜んでいると思われる仮設の建物に向けクラスターミサイルを放った。一瞬の炸裂の後、長時間に渡り爆発が続く。何人かの歩兵が死んだようだ。建物は爆発に耐えられず倒壊した。
……倒壊した建物からなにかが姿を現した。あれは……アトラス級タイタンか。鹵獲でもしたのか?
しかし1機だけであれば……容易い。俺はそいつにフルチャージしたプラズマレールガンを一発放った。被弾し、大きく敵タイタンが仰け反るのが見える。
俺はシリルに通信を繋いだ。
「シリル。敵タイタンは俺に任せて、お前は歩兵部隊の護衛、敵歩兵部隊への対処に専念してくれ。オーバー。」
「あいよォ!シリル、アウト! 」
シリルの部隊がさらに前進し、歩兵を殲滅していく。敵タイタンがそちらに向け機首を向けようとしたが、お前の相手は俺だ。逃さない。
クラスターミサイルを奴の足元に撃ち、スラスターを吹かし俺の姿を見せた。寄ってくるか来ないか……どちらにしろ、俺が勝つ。
こちらに向かい4連ロケットを撃ってきた。
しかし、そんなものは当たらない。スラスターを吹かし躱すと、奴はこっちをミサイルでロックオンしてきた。敵パイロットは中々出来る奴か……だが。
俺はミサイルが当たる瞬間にパーティクルウォールを展開。ミサイルをすべて受け止め、奴にまたプラズマレールガンを放つ。
今度のはコックピットに当たり、動きが止まった。……しかし、また油断はできない。仮に今のでパイロットが死んだとしても、オートタイタン状態で動くことも有り得るからだ。フルチャージしたプラズマレールガンをもう一発撃ち込んだ。奴は火を吹くと同時にパイロットを上空に射出させ、項垂れ動かなくなった。……逃がすか。脱出した奴を照準器で追い、捉えている。奴が脱出機動の頂点に達するのが見えた。よし、今だ。プラズマレールガンが下降するパイロットを撃ち抜き、標的が蒸発するのが見えた。プラズマレールガンをリロードし、辺りを見回す。他の部隊は射撃を止めている。ということは終わったのか。俺は周辺に展開する全部隊に無線チャンネルを切り替えた。
「こちらノア・アーデン少尉。敵タイタン、パイロットを無力化した。全部隊へ。情報を乞う。」
「こちら第3艦隊。上空より熱源反応は確認できず。」
「こちら第3艦隊所属歩兵第2大隊。敵歩兵はすべて射殺したものと思われる。我が方の損害皆無。」
「了解。アウト。」
……どうも終わったようだ。しかし、損害皆無だと……? 信じられん。俺はミリシアの陣地に『なる予定だったもの』に向かい、ゲニウスから降りる。辺りは味方でごった返していた。各々が死んだ歩兵から武器を奪い取ったり、装備を見ていたりする中、俺は先程無力化したアトラス級タイタンへと向かった。
プラズマレールガンの弾痕がいくつも貫通していて、改めてあの武装の強さを思い知った。上部ハッチが空いていたので見れば、パイロットのものかそれともタイタンのかは分からないが、中は赤い物塗れだった。オイルか血かはわからんが……人を殺したという実感が今更になって生まれてきた。罪の意識はなかった。……ただ、酷く虚しい。こんなものなのだろうか。
後ろから俺の名を呼ぶ声が聞こえる。振り返るとそこにはシリルがいた。
「お手柄だったじゃねェか」
「ありがとう、お前もだ。歩兵を守ってくれて感謝するよ」
「なに、同期の死に顔なんて見たくねェからな。当然のことをやったまでよ」
「……俺も同じさ」
「ハッ、カッコつけやがって。まあいいさ、こんな活躍見せたんなら昇進間違いなしだぜ? 」
「お前はそうだろうが……俺はどうかな」
「自信持てって、大丈夫さ。さ、帰るぞ」
シリルが自分のタイタンに戻り、待機しているタイタンを回収する用途のドロップシップ『ウィドウ』に搭乗した。俺もゲニウスに戻り、追従する。
ウィドウが発進し、第3艦隊旗艦『コロンビア』に戻ってきた。やっと一息つけるかと思ったがすぐに艦内放送が入った。
『諸君、『オペレーション・クリーンアップ』は大成功に終わった。地上で戦闘していた者は至急艦橋に集まるように。以上』
……どうもまだ休めなさそうだ。俺はゲニウスから降りると、シリルもほぼ同タイミングで降機するのが見えた。俺たちは合流するとタイタン格納庫を後にし、急ぎ艦橋へ向かった。着いた先には、ダビッドソン中将が満面の笑みをたたえて待っていた。
「……諸君! 本当によくやってくれた! 敵の拠点を完全に破壊したこと、物資を奪回したこともそうだが、何より私が喜んでいるのは初陣であるのに死者も、負傷者すらも一人も出さなかったことだ! 私は諸君らを誇りに思う。本来であれば勲章のみだが……特別だ! 全員に一階級昇進措置を取らせるし、勲章も与える。祝賀会と行きたい所だが……皆疲れただろう。自室に帰ってゆっくり休むといい。幸い、我々にはまだ時間、それに物資にも十分余裕があるからな。しかし、本当によくやってくれた……。ありがとう……」
中将は歓喜のあまり涙し、後半は涙声になりつつも訓示を述べた。
補佐官から解散が告げられ、自室に戻る最中、シリルが俺の肩を叩き、
「ほら、言ったろ? 」
と言ってきた。振り返り、彼の顔を見る。傷一つない。本当に完璧な勝利だったんだな。
「ああ、そうだな……しかし……本当に昇進するとは、思っても見なかったよ」
「しっかし、俺達まだ20だろ? それでも中尉になれるなんてなァ。将来は大将かもしれねェぜ。」
「夢は見過ぎないほうがいいぞ。だが……そうだな。これからもお互い、気を抜くなよ。」
「あったりめェよ。これからもよろしく頼むぜ。ノア・アーデン中尉殿」
シリルが茶化すようにそう言ってきた。俺は苦笑しつつ
「こちらこそ。シリル・アーネット中尉」
と返した。程なくして自室に到着し、俺達は別れた。
ふと家族に手紙でも書こうと思い立った。ペンと手紙を出し、文を書き連ねていく。
「……親愛なる家族へ。本日俺は少尉から中尉に昇進し、フロンティアの安定に一歩貢献しました。反対を押し切り家を飛び出してしまいすみません。俺は元気にやっています。いつか戦争が終わったら、俺は家に戻ります。その時には、戦争があった事など忘れて、ただ平和に暮らしましょう……」
と書いて、手紙を自室にあるポストに入れた。届いてくれるといいのだが。
……しかし、本当に疲れた。今日は、ゆっくり休もう。
俺は床に入り、目を瞑る。体も睡眠を求めているようで、すんなりと意識が遠くなっていった……。