死神と呼ばれた男   作:Aria angeli

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2話

――あれから3年が経った。時が経つのは早いもので、俺ももう23になった。と言っても階級は変わらず中尉のままだが。

俺はあの戦いの後もIMC植民地海軍第3艦隊に所属しシリルと共に3年ほど戦っていたが、戦争が一段落したのか俺のみ突然異動を命じられIMC海兵隊第9師団第5連隊第3大隊第4中隊第8パイロット分遣隊というやけに長ったらしい分遣隊の隊員となった。一応ゲニウスも同部隊所属となったようだ。流石に正式名称では長いのでフォネティックコードから名前を取り、通称『ホテル分遣隊』と呼ばれている。

驚いたのは、その分遣隊の隊員は俺含め僅か4名。しかも、2人が士官学校時代の先輩方、1人が顔見知りの後輩だったという事だ。これも気を利かせての人事なのか?

俺にはわからないが、それでも配属された以上は戦うしかない。

隊長の話に拠れば、どうもこの分遣隊は元から4人編成だったらしい。以前行われた戦闘で1人がMIA(戦闘中行方不明)になって、IMC植民地海軍第3艦隊にパイロットの増援を要求したようだ。となると俺とシリル位しかいない。シリルは士官学校時代、後輩受けは良かったが先輩受けはあまり良くなく、消去法で俺が選ばれたのだそうだ。

戦闘経験自体は俺も3年間積んできた。しかし、この分遣隊の隊員らは格が違った。

先輩方は5年、後輩は士官学校を飛び級で上がり4年。3人とも俺を迎えるためか正装姿だった。それを見るに、胸に多数の勲章が付いていて、皆顔には傷を負っていた。まさに歴戦の勇士、というのが相応しい風格だった。

俺にも一応勲章はある。同じく正装姿の自分の胸を見下ろすが、彼らのように左胸を覆い尽くすほどの量ではないし、俺の顔にはまだ傷は付いていない。

……俺がこんな歴戦の精鋭部隊に配属されていいものなのか? と暫しこの『ホテル分遣隊』が入る隊舎の前で考え込む。辺りをふと見れば、もう暗く月が出ていた。

そんな俺を見てか、隊長が声をかけてきた。

 

「唐突にこの部隊に配属されたら、そんな険しい顔にもなるさ。気負わずに行こうぜ、アーデン中尉」

 

「……すみません、ありがとう御座います」

 

「いいってことよ。そういえば、俺達の自己紹介がまだだったな。全員集まれ」

 

そう声をかけられると、隊員らは俺の目の前に一瞬で整列した。

 

「俺はマックス・リー大尉だ。この分遣隊の隊長でもある。改めて宜しくな、アーデン中尉」

 

「俺はレオ・エヴァンス中尉。副隊長だ。宜しく頼むぞ。君の噂は聞いてる。初陣を一切の死傷者を出さず成功させ、それ以降も戦功を挙げてるのか。やるじゃないか。期待してるぞ」

 

「僕はアーサー・ベネット少尉です。アーデン中尉、お久しぶりです」

 

「……こちらこそ宜しくお願いします。改めまして、ノア・アーデン中尉です。ベネット少尉、お久しぶりです。士官学校以来ですね。自分の戦績が皆さんにまで伝わっているとは、恐縮です。やるからには精一杯やらせて頂きます」

 

「よし、その意気だ。まずは隊員同士の親睦を深めよう……と行きたいところだが、もうすぐ次の作戦が始まるんだ。まあ……まだ時間はある。景気付けに肉でも食っとくか。俺おすすめの店がある。行くぞお前ら! ついてこい! 」

 

「「了解! 」」

 

というわけで、俺達はまず店へ向かった。

店に着くと看板に大きく『IMC歓迎! 』と書かれていた。俺はリー大尉たちに続き店へと入った。肉と脂の匂いがとても強く、肉を焼く音も聞こえる。少しして気の良さそうな男の店主が出てきた。

 

「リー大尉じゃないですか! いつもお世話になっております! ……1人、いつもは見ない方がいますね? 」

 

「こいつは新入りだ。アーデン、とでも呼んでやってくれ。『いつもの』を頼む」

 

「わかりました! その……以前までいたデイビーズさんは? 」

 

「……戦闘中、行方不明になった」

 

「……すみません、すぐに仕事に取り掛かりますね。席はどこでもお好きな席をどうぞ」

 

「助かる、全員ついてこい」

 

俺たちはリー大尉に続き、窓側のテラス席に座った。

デイビーズ……MIAになった人物だろうが、彼がどんな人物なのか気になる。聞いてみようか。

 

「一つ質問宜しいでしょうか? 」

 

「おう、どうしたアーデン中尉? 」

 

「デイビーズ氏は、どのような人物だったのですか? 」

 

「……レオ、頼む」

 

「アルバート・デイビーズ大尉はかつてホテル4……今のお前と同じ立ち位置の人物だった。お前と同じ新入りだったが、実戦経験豊富だった。デイビーズ大尉は……この部隊では一番の年長でもあった。俺も含め、皆が彼を頼りにしていた。いろいろな意味でな。だが、先の戦いでMIAになってしまった。……アーデン中尉、いや、全員。これから俺が話すことをよく聞いていろ」

 

「……はい」

 

俺は背筋を正し、エヴァンス中尉の話に耳を傾ける。

 

「この部隊で戦死、負傷、或いは行方不明になった者が出た場合、その書類を書くのは俺だ。もう慣れたと言っても過言ではない。マックスやアーサーはよく見てきただろう? だが、書くのはやはり辛いものがある。いいか?どんな過酷な作戦でも傷を負わず、必ず生還しろ。これは次の作戦に向けての訓示でもあるし、これは命令だ」

 

「……命令了解しました」

 

「それでいい。マックス、湿った空気にさせてすまんな。」

 

「いや、いいんだ。さあ、肉が来たぞ。無礼講と行こうじゃないか。まあ、酒はないが……腹一杯食って、次に備えよう」

 

店主が肉を運んできた。香ばしい匂いが鼻を突く。皿に盛られた肉が見えた。なんて量だ。これを4人で……?

 

「さあ、『いつもの』です! どうぞ召し上がれ! 」

 

「ありがとう。早いもの勝ちだ、さあ食うぞ! 」

 

店主はそそくさと俺たちの場から去っていき、リー大尉の号令とともに皆が一斉に食い始めた。分け合いの概念などないかのようだ。俺も肉に手を付け一口食べてみた。……美味い。味付けは塩胡椒だけとシンプルなものだが、それ故に肉の風味がよく出ている。こんな肉、一体どこで手に入れたんだ……? 幸いと言っていいのかはわからないが、俺はあまり腹が減っていないので少しでいい。俺の隣にベネット少尉が座っていたので彼を見ると、肉を噛まずに飲み込んだのか咽せていて慌てて水を飲んでいる。隊長らを見れば、あっという間に食事を終えていた。あれだけあったのにもう食べ終わるとは……何という早食いだろう。

 

「……皆さん、食事早いですね」

 

「それほどでもないですよ。アーデン中尉、あまり食べてませんが大丈夫ですか?」

 

「自分はこれくらいで大丈夫です、あまり腹が減っていないもので」

 

「そうですか、ならいいのですけど……僕は少し食べすぎてしまいました」

 

ベネット少尉がはにかみながら自分の腹を撫でる。

 

「戦闘に支障がないようにしとけよ、アーサー」

 

「は、はいっ」

 

「……これでワインがあれば最高なんだがなぁ、レオ? 」

 

「作戦がもうすぐあるんだろう? なら仕方ないじゃないか。……俺は肉にはウイスキー派だ。ストレートのな。お前らはどうだ? 」

 

「僕は……酒は下戸なので……」

 

「……自分もウイスキー派です」

 

「どうだマックス、アーデン中尉も同じ意見だそうだ」

 

「ははは、一対二か……。よしわかった。俺も今度肉とウイスキーの組み合わせやってみよう。その時はレオ、アーデン中尉も付き合えよ? アーサーは……下戸か。じゃあ酔っ払った俺達を隊舎まで介抱してくれ! 」

 

「「「了解! 」」」

 

「冗談さ、冗談……はは、おっと」

 

リー大尉が自分の端末を見やると、彼の顔から笑みが消え、真剣な表情になるのが見えた。

 

「……総員、仕事の時間だ。作戦は向こうで説明が行われる。行くぞ」

 

「了解……肉御馳走様。また来るから今度は飛びきりのウイスキーを用意してくれよ? 」

 

「はい、喜んで! 」

 

エヴァンス中尉が店主に金を渡すのを見届け、俺たちはリー大尉に続き店を出た。

 

「……次の作戦、大丈夫でしょうか」

 

「まだ分からんな……新入りもいることだし、少しは楽な作戦が下されればいいんだが」

 

「……もう戦死や行方不明者は出したくないんだ。頼むぞ司令部……」

 

エヴァンス中尉が祈るかのようにそう呟いた。暫く重い沈黙が続く。それは隊舎に入ってから、リー大尉の張り詰めた声で掻き消された。

 

「……総員、作戦を説明する。作戦名は『オペレーション・デザートレイド』だ。今回の目標は……拠点奪取だ。奇襲となる。成功の秘訣を教えとこう。よく聞いてくれ。道中は完全な静寂、そして隠密を保たねばならない。武器全てにサプレッサーを付けておけ。ジャンプキットは使用禁止。それと、無線封止だ。正直パイロット向きではないが、与えられた命令に文句は言えない」

 

拠点奪取……これは大変な任務になりそうだ。エヴァンス中尉とベネット少尉が顔を見合わせている。信じられない、と言った表情だ。

 

「詳細を説明しよう。ここホテル分遣隊隊舎より西に200km弱行った所に、ミリシアの小規模な拠点がある。そこが戦略的に非常に重要らしい。まだこの惑星ではミリシアの完全な排除は済んでいないから、恐らく、この作戦を足掛かりにミリシアから支配地を奪還したいんだろうな。つまり……非常に危険な作戦となることが予想される。それに、最悪なことに支援もないが、作戦地域までの移動にはドロップシップが使える。一応作戦が終わり次第付近のIMC第5艦隊が回収に来てくれるらしいんだが、今は丁度長く続いていた別の作戦が終わったところで身動きが取れないそうだ。ミリシアの拠点も小規模としか伝えられていない。防備は不明だ。だが、俺たちならやれる。アーデン中尉も新入りとはいえ幾多の激戦をくぐり抜けてきたんだ。きっと大丈夫。……さあ、準備をしよう。作戦開始時刻は0200。現在時刻は0100だ。あまり時間がない。急ぐぞ」

 

俺は作戦室を後にし、自分に与えられた個室に入り、正装から戦闘服に着替える。……ああ、久しぶりの戦闘服の重みだ。装備を手に取り、ざっと点検をする。よし、動作に問題はないな。アーチャー以外の武装にサプレッサーを付け、もう一度。空撃ちもしてみたが、大丈夫そうだ。兵士の武器にとって信頼性は自らの命をも左右すると言っても過言ではないだろう。……信頼性が高い武器を持っていると、何故か安心する。きっと俺だけではないはずだ。

念には念を入れ、点検を何度も繰り返す。パイロット装備にも問題はないようだ。戦闘準備ができた事を隊長に知らせるため、俺は自室を出て作戦室に戻った。時刻は……1時40分か。もう作戦開始も近い。

ライフルマンパイロットスーツを着たパイロットが2名、アサシンパイロットスーツを着たパイロットが1名いた。もう皆準備は終わったようだが、正直誰が誰だか区別が付かない。

背格好から見てアサシンパイロットスーツを着ている彼はベネット少尉だと分かったが、他の二人は……どちらがどちらなのだろう。

 

「……アーデン中尉か、待ち侘びたぞ」

 

「遅れてすみません。点検をしていたらいつの間にかこんな時間に……」

 

「いや、いいんだ。俺も昔はそうだったからな……。……ああ、コールサインを説明しておく。マックスはホテル1、俺がホテル2、アーサーがホテル3。アーデン、お前はホテル4だ。いいな? さあ、マックス。全員揃ったぞ」

 

「了解」

 

「……よし。集まったな。……司令部へ。こちらホテル分遣隊。これより『オペレーション・デザートレイド』の開始を宣言する。総員、隊舎前にドロップシップが到着した。ついて来い」

 

「……全員。生きて帰ってまた肉を喰うぞ」

 

「「「了解」」」

 

「よし、それでいい」

 

リー大尉に続き、ドロップシップに乗る。全員が着席したのを見計らった所で、ドアが閉まり、ドロップシップがゆっくりと空へ浮き上がった。

 

「ホテル分遣隊の人員か。目標地点まで5kmの地点で降ろす。残念ながら俺たちは支援ができない。また別の任務が入ってるんだ。すまないな。……ささやかながら幸運を祈ってるよ」

 

「……ありがとう。俺も君たちの幸運を祈る。」

 

「助かるよ。頑張らなくちゃな……。ジャンプドライブ起動。衝撃に備えろ」

 

一瞬強い衝撃につんのめりそうになりつつも、何とか座席にしがみつくようにして席から落ちることなく無事に終えられた。隊員たちはもう慣れてるようで、特にどうということもなさそうだ。窓を見ると一面の砂漠で、砂塵が立ち込めている。夜ということもあり視界が効かない。ドロップシップが着陸し、俺達は音を立てないように静かに降り立った。同時に、ドロップシップはどこか彼方へ飛んでいった。

リー大尉が岩陰に隠れ、「こっちだ」とハンドサインをするのが目に映った。俺達は砂塵に紛れるようにリー大尉に続く。

まだ目標地域からは遠いから、声を出したり少しはパルクールなどしても良いのではないか、と思うがどうやら彼らにとっては違うようだ。

……それもそうか。ここはもうミリシアの勢力圏内だ。発見された場合、いつどこから撃たれてもおかしくはない。こんな思考に至った自分を恥じた。

作戦地域まで10分ほどで着く。……進行方向にミリシアの歩哨がいる。二人組か。こちらに気づく気配はない。

リー大尉がエヴァンス中尉にハンドサインで「同時に撃て」と命じた。3。2。1。カウントを合わせると同時に銃が放たれ、歩哨はその場に崩れ落ちた。

リー大尉が辺りを見回し、敵がいないことを確認すると「行くぞ」とまたハンドサインが飛んだ。頷き、縦列になって進む。ミリシアの拠点が徐々に見えてきた。高度に要塞化されている。

屈んでゆっくり、砂塵に紛れ、自らの存在を消すように移動する。

リー大尉が「突入準備」のハンドサインを送った。

直後、ライトタレットの銃声が響くと同時に警報が鳴った。気付かれてしまったようだ。……何故だ? いや、考えている時間はない。

 

「ホテル4、アーチャーを撃て! 」

 

タレットに視線を向け、放った。命中し、タレットとそれを操作していた歩兵が消炭になるのが見えた。暗い砂漠に一点の火柱が上がっている。

しかし、直後。施設内の歩兵による猛烈な反撃により前方にいたリー大尉が倒れた。

エヴァンス中尉がリー大尉に駆け寄り、腕を掴んで引きずり、持ち上げ、後退するのが見えた。どこを撃たれたのかはわからない。

俺はすぐにエヴァンス中尉らの前に行き、彼らの盾となりつつR-101Cで応戦する。俺の隣でベネット少尉が敵の射撃に対しスピットファイアMk1による制圧射撃を行い、援護している。施設にフラググレネードを2発ほど投げ込むと、敵の射撃が一瞬沈黙した。

こんな時ゲニウスがいれば……。

 

「司令部……こちらホテル分遣隊。多大な損害有り。撤退する……。パルクール使用許可。いいか、お前ら……生きろ、生きて帰るんだ」

 

「ホテル1……」

 

「ホテル2、俺をここに置いて逃げろ。生き残れ」

 

「……嫌だ、約束しただろ? 」

 

「スナイパーです! 」

 

ベネット少尉の悲鳴にも似た叫び声が木霊する。刹那、俺の直ぐ側を銃弾が掠めた。当たらなかった……? いや、すぐ後ろで倒れる音がした。背筋に冷たい汗が流れるのを感じつつ、後ろを振り向いた。

エヴァンス中尉が倒れていた。ヘルメットを貫通されている。おそらく即死だろう。……あの彼が……?

 

「……ホテル2、ロスト。ホテル3、4、逃げるんだ。」

 

「……エヴァンス中尉が、死んだ……? 」

 

「……ああ。……約束果たせなくてすまないな、レオ……ホテル3、スナイパーだ! 伏せろ! 」

 

「ぐ……ッ……足を撃たれましたけど、僕は……まだ、大丈夫です」

 

「ホテル3、援護します。伏せてください」

 

スナイパーがまた顔を出した。R-101Cを一発放つ。頭には当たらなかったようだが、胴体に当たったのか倒れるのが見えた。暫く射撃が止み、静寂が訪れる。ベネット少尉を見れば、足から血が流れている。それも、大量の血が。急いでベネット少尉に駆け寄り止血処置をしながら、施設を見やり警戒する。

 

「……ホテル3、ホテル4。早く逃げろ」

 

「貴方を置いてなんて……」

 

「……早く逃げろ、命令だ」

 

怒気を孕んだ今まで聞いたことのない口調で静かにリー大尉がそう言った。

 

「……指揮権はホテル3に移譲した……生きて帰れ。振り返るな」

 

「ホテル3……命令、了解……」

 

「ホテル4、了解……ッ! 」

 

左腕が熱い。撃たれたのか? 少しして焼けるような痛みが襲ってきた。意識が一瞬遠くなる。こんな所で死んでたまるか。俺はまだ、死ねないんだ……。

 

「ホテル4! 腕が………」

 

「俺の事は放っておいてください。歩けますか? 」

 

「……いえ、ダメそうです」

 

「了解……止血処置をお願いします」

 

「……はい」

 

ベネット少尉を残った右腕でなんとか担ぎ上げ、ジャンプキットの推力を最大にし、飛び上がる。施設から少しは離れられただろうか?

腕が焼けるように痛い。ベネット少尉がなんとか止血処置をしてくれているが……。意識が何度か遠くなっている。まだ、俺は死ぬわけには……。

 

「……こちらホテル1。お前らと共に戦えて、とても楽しかったよ。……ありがとう」

 

「そんな、今生の別れみたいな事……言わないで下さいよ」

 

「……また会うことができるのを楽しみにしているよ。俺は地獄で待ってるから、もしかしたら出会えないかもしれないけどな……」

 

サッチェルを貼り付ける音が無線機から聞こえる。……まさか。

 

「ホテル1……死ぬつもりですか」

 

「悪いな。……アーサー、ノア。絶対に生き残れ。ホテル1、アウト」

 

「……アーデン中尉! ……リー大尉が……」

 

背中から強い熱、それに衝撃波を感じる。振り返ると、施設が炎を噴き上げているのが見えた。……リー大尉。そんな……彼までも……。

 

「……ホテル1、ロスト……」

 

「彼も……ですか……。でも、俺達だけでも帰りましょう。それが彼の――」

 

俺の言葉を遮り、ベネット少尉が苦しそうに呟いた。

 

「……ごめんなさい。アーデン中尉。僕も、もう長くはないかもしれません」

 

「……どういう事ですか? 」

 

「……傷口が拡がって、また血が溢れ出してます。ああ、一発で人間って死んじゃうんだな……」

 

「……そんな、貴方は、まだ死ぬべき人間じゃ……」

 

「……ぅ……ッ」

 

ベネット少尉が歩みを止め、倒れ込んだ。すぐに駆け寄る。

 

「………死ぬのって、なかなか……楽じゃないですね。とっても、痛くて……くるしくて……怖いです。中尉、手を握っていてもらえませんか? 」

 

差し出された彼の左手を握る。まだ握り返せるほどの力はあるようだ。……しかし、呼吸が段々と弱ってきて、非常に苦しそうだ。無線越しに、掠れるような息遣いが聞こえる。

 

「ああ、少し、楽になれた気がします……。指揮権を……委譲します。中尉……あなたは、生き残ってください。絶対に」

 

「……言われずとも、俺は生き残ります……。だから、ベネット少尉。貴方も……」

 

言葉が途切れ途切れで、もう死期も近いように思える。彼の手を思わず強く握るが、彼の腕から力が段々と抜けていく。

 

「僕は……もう、だめです……。だから、貴方はこんなところで……いえ、どんなところでも……生きてください。もしあなたが死んだら、僕らが皆で怒りに行きますから……ね。あはは………」

 

「……少尉! 」

 

全身の力が抜け、少尉の手が俺の手をすり抜け、砂漠に力なく倒れた。……少尉までも、死んでしまった。俺の目の前で。生存者は俺一人になってしまった。

少尉の遺体から離れ、回収ポイントを目指す。時刻は3時を回っていた。なんだ……? HUDが突然ノイズ塗れになった。 砂塵のせいだろうか。視界がノイズによって塞がれる。大丈夫だ。きっと、帰れる。先程まで表示されていた回収ポイントに向かい歩く。だが、腕の傷がまた開いてきたのか意識がまた一瞬遠のいた。強い風が吹いてきた。駄目だ、何も見えない。HUDがシャットダウンし、俺は情報を失った。眼の前は暗闇。音は吹き荒れる暴風の音だけ。俺は暫く彷徨い歩いた。酷い疲労に酷い天候、傷まで疼き、もう限界だった。

 

突然、ヘルメット越しに聞こえていた風の音が消えた。だが風は止んでいない。耳がおかしくなったのか? 一体どうなってるんだ。

傷が疼く。駄目だ、歩けない。どうすれば……。ゆっくりと意識が遠くなっていく。体がまるで俺のものではないかのような錯覚を覚える。いくら動かそうとしても、体が言うことを聞かない。また風が強くなってきた。強い追い風が音を立て、急かすかのように吹き荒れる。いつもであれば足が動くのだが、今回は……だめだ。手をつく暇もなく俺は勢いよく地面に叩きつけられた。だが、痛みすら感じない。感覚がおかしくなったか……? 視界が暗くなり、何も見えなくなった。

このまま死ぬのか……? 嫌だ。まだ、俺は死ねないんだ……。こんなところで……俺は……。最後に見えた景色は、何もかもを吸い込むような暗闇だった。

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