金で愛が買えぬというのならば、愛などいらぬ! 作:リーグロード
拝啓、お父様お母様。お元気にしておられるでしょうか? 私は体元気ですが、精神は死にかけです。
え? 何故かって? それは、勿論──
「ジュリア・カイニス・アリア! お前との婚約を破棄する! そして、俺は新たにこのメアリーと婚約することをここに宣言する!!!」
「そんな!? ドラグール様。こんな伯爵家の私とご婚約など!?」
「そんな悲しいことを言わないでくれメアリーよ。身分など私たちの間にはあってないようなものだ。それに君はこの国を守護する龍の寵愛を受けし愛し子なのだから、こちらからお願いさせて欲しい。メアリー、君と結ばれたい。こんな私でよければこの手を取って欲しい」
「──っ!!! はい、不束者ですがよろしくお願いします」
うおおおおおおぉぉぉぉ!!! っと周りが拍手喝采で喜んでいるが、目の前にいる俺のこと忘れてない?
あっ、言い忘れてたけど、俺の名前はジュリア・カイニス・アリア。
そう、今さっき婚約破棄された哀れな女。すなわち、悪役令嬢ってやつだ。
さて、このまま事態をただ黙って見ているだけで済むような立場なら、テンプレ乙! と言ってその場を去るのだが、生憎とこの事件の当事者であるからそうもいかない。
このまま黙っていれば、場の空気に流されてどんどん立場を悪くしていくだろう。少々面倒だが、そろそろ動くとするか。
「まったく。お騒がしいこと……。人が婚約破棄された直後だというのに、その後すぐに新たな女に乗り換えて周りも大声で祝福だなんて、品性を疑ってしまいますわ!」
先程まで王子との婚約に喜んでいたメアリーも、婚約破棄されたアリアの声を聞いた瞬間に顔を青ざめる。
「アリア様……」
「耳を貸すなメアリー! 貴様! よくもまあその様な口が叩けるものだ。私のメアリーに嫉妬か!」
「あらいやだ。私は別にメアリーに嫉妬したわけではなく、人の不幸の直後に祝うようなことがあるとはいえ、その不幸な人間を置いてきぼりにして拍手喝采を行う人間の気が知れないと言ったまでですわ……」
手に持った扇で口元を隠しながら、この場にいる者を見渡す。こちらと視線があうと皆視線を下にズラして目を合わせないようにする。
誰も好き好んで虫の居所の悪い猛獣と目を合わせようとする物好きはいない。今の彼女はまさに怒り狂うトラと表現したとしても否定する者は誰もいないだろう。
誰もが何も言えずにいるこの雰囲気の中で、無鉄砲にも突っかかってくるのは、今では元がつく婚約者であるこの国の第一継承権を持つ王子のガリア・フォート・バン・ドラグールだ。
「ふん、不幸だと。何を言っている。貴様が今までメアリーにしてきたことを思えばこの程度は不幸のうちに入らん!」
「へぇ~、そうなんですか? メアリーさん?」
「そ、それは……」
「だから耳を貸すなメアリー! この女の戯言でどれだけの者が傷ついたことか!?」
「あら、それは酷い誤解ですわね? あれは私は至極真っ当な発言で、勝手に怒った挙句に失言した人が悪いんじゃありませんの? あの程度の言葉遊びで泣いてしまうようならば
女狐のような目と声で巧みに男女をそそのかし、あげくに感情的になって失言するように誘導して陥れた。言葉にすると完全な悪女だが、ここに国の未来を左右する立場の者とつければ、この場にいる人間の誰もが感情的になった者の負けであり悪であると言うだろう。
なにせ、ここにいる大抵の人間は大なり小なり同じ様な手管でその地位に着いた者がほとんどなのだから。例外がいるとすれば、目の前にいる王子とそこのメアリーという女のみ。
この王子は生まれたその瞬間にその地位が確定しており、王妃も病で早々に亡くなった為に兄弟はおらず、漫画やアニメなんかでよくある王位争奪戦といったものを経験したことがない。
それに、この王子の周りの者は王妃に仕えていた者たちばかりで、亡くなった王妃の忘れ形見ともいえる王子を甘やかした結果このような典型的な正義バカ王子となってしまっている。
もう一方の彼女は元は平民の者だったのだが、この国に仕えている伯爵の妾の子であり、その存在を知った伯爵によって貴族の子が通うこの学園に転入した。
……つまるところ、典型的な王道乙女ゲームの設定を忠実に守っている主人公的な立ち位置なのだ。そんな彼女が王子と出会うのは必然的と言っても過言ではなく、結果今のこの状況に至ったというわけだ。
後はもうお分かりだろう。そのまま私が婚約者である王子に馴れ馴れしく近づいてきた彼女をいつも通りに蹴落とそうとしたら、運命ともいえるべき強運で様々な男性から守ってもらいながら、こちらの策を次々に潰していった。
とはいえ、それはそう問題ではなかった。策が潰されたことも犯人が私だと特定されたことも。
結局は伯爵と公爵という絶対に超えられない身分の差があったから。さらに言えば、罪を犯したのはメアリーの方だ。いかに平民から貴族になったばかりとはいえ無知が過ぎる。
婚約者がいる殿方を相手に距離や言葉遣いが近すぎる。それに相手は王子だ。
一介の伯爵風情が気安く声をかけていい相手ではない。そんなことを知っている筈なのに、彼女を庇い立てする男共に辟易する。
大人たちにも既にメアリーの所業は話しており、それに対する私の行動は全て無視するという遠回しな了承は得ている。
この学院は乙女ゲームらしく『ここでは身分の差は一切関係ない。全てが平等である』とのたまっている。
だが、この学院でこれを勘違いしているものは少ない。ここに書かれている身分の差は一切関係ないとは勉学に置いて学ぶ姿勢のことを指しており、全てが平等とは王族から男爵までの身分のものが受ける授業の内容が平等というだけのもの。
平民からは身分関係無しに実力だけで勝ち上がれる本当のエリートを排出する場所と認識し、貴族からは上の爵位に立つ者に媚びながら名前を覚えてもらい、最低限の知識と貴族の常識や暗黙のルールを学ぶ場所という認識だ。
それが理解できていないメアリーは、貴族と平民との認識の誤差に気が付かずに学院生活を送っている。
だからこそ、普通の貴族の子ならばあえてしない行動をしたり、しなくてはいけない所作も無視したりと破天荒な行動ばかりする。それも本人は無自覚でするので、尚のこと始末が悪い。
そんな行動が彼女を囲う男子共の目に止まり、お決まりの『お前みたいのは初めてだ。本当に面白れぇ奴だな』を口走る。
そりゃ初めてでしょうとも、そもそもメアリーは貴族の頂点に立つ王族や公爵なんかの位に立つ者の目に触れるような立場の人間では元々無かったんですからね。
そうやって骨抜きにされた男子共を味方につけながら乙女無双を繰り返してここまでやって来た。
本来ならば、例えいかに爵位の高い貴族が味方をしようとも、彼女は決して王子と婚約などできはしない。
なにせ王子の婚約者が公爵令嬢という立場に立つ俺に加えて、何よりも貴族はルールを守り品位を遵守する生き物だ。それを己の自分勝手で婚約破棄したり、ましてや最もルールを守るべき立場の者が、ルールを知らないからと言って破る者を保護すればどうなるか結果は目に見えている。
そう思って安心している俺の背後を刺し貫くように、メアリーはとっておきの切り札を土壇場で手に入れてきやがった。
最初に王子もメアリーに告白する際に言った言葉を覚えているだろうか? 『君はこの国を守護する龍の寵愛を受けし愛し子』と言ったのだ。
そう、この世界はただの中世ヨーロッパを舞台にした乙女ゲームのようなものではなく、異世界の剣や魔法やモンスターが存在する乙女ゲームだったのだ。
この国は世界の五大元素を司る『木』・『火』・『土』・『金』・『水』の内の水を司る龍が守護している。名を水龍メギア・ドライス。
世界には他に木龍ギガナ・ドライア、火龍ボエナ・ドラブス、土龍アーズ・ドラグナ、金龍ゴルド・ドラキンの4体の龍が存在する。人々はそれら全ての龍をひっくるめて五大龍と呼んでいる。
そんな五大龍が何故人間の国を守っているのかと言えば、簡単な理由だ。ようは、惚れたのだ。龍という生物の次元を超越した存在が吐いて捨てるほどいる人間という種族にだ。
国家が出来る前の人類の歴史は侵略と逃走の日々だったと歴史書に載っている。弱いモンスターが巣くう住処を奪い取り、強いモンスターが近づくと荷物を纏めて逃げるというのが当時の人類の常識だった。
そんな明日をも知れない生活に終止符を打ったのは後に五大聖女と称される5人の少女たちであった。
彼女たちは生まれついての魔力が凄まじく高く、戦場では大の大人も顔負けの戦果を挙げ続けた。今まで敵わないと諦め逃げ出してきたモンスターの討伐や、立地が良く大型モンスターも寝床にする縄張りの征服など数々の偉業を成し遂げてきた。
人類はその勢いに乗って様々な地を侵略していき、人類の活動拠点を次々に増やしていった。やがて、少女たちは歳を重ね大人になっていき、絶世の美女と謳われるまでに育った。
だが、増長し過ぎた者には罰が下る。それは、人もモンスターも同じ事だ。
やがて自らの生活圏を広げ過ぎていった人類は手を出してはいけない領域に手を出してしまった。
それが五大龍の一匹である木龍ギガナ・ドライアが眠る地であった。そこは木が鬱蒼と茂っており、食べられる果実が大量に実っていたと記されており、人類はこぞってそこに押し寄せたという。
しかし、そんな無粋な足音に目を覚ましたのは生物が決して敵わない生き物だった。
自らの縄張りに土足で踏み込んできた人類にギガナは怒り狂って大地をひっくり返したという。
そんなギガナの怒りを鎮めたのもまた人類だった。
人類の旗印ともいえる5人の聖女は3日3晩戦い抜き、やがて龍と聖女は互いに認め合ったとされる。そこからギガナはボエナ、アーズ、ゴルド、メギアの4体の龍に自分が戦った聖女の事を話した。偶然にも、5人の聖女の髪の色はそれぞれが木を表す『緑』火を表す『赤』土を表す『茶』金を表す『黄』水を表す『青』に染まっていた。
それから、5人の聖女と5体の龍は種族を超えた愛によって5つの国が出来た。
それから年月が経ち龍は生き長らえ、聖女は老いさらばえて死に絶えた。だが、その後の国を守る為に5人の聖女は子をなした。
父はおらず、龍と聖女の奇跡の御業によって生まれた子は親である聖女とは違ってただの一般人と同じ程度の魔力しか持たなかった。
国の誰もが当初はこれでは龍に守護してもらえなくなるのではないか? と不安と恐怖に怯えていた。それを憂いた聖女と龍は国民に一つの約束を成した。
「我らの血を濃く受け継ぐ者がいる限り、この国の守護をし続けるだろう」
それから幾年もの時が流れ、龍と聖女の血を最も濃く受け継ぐ者を人は龍の寵愛を受けし愛し子と呼んだ。その愛し子はそれぞれの国を象徴する髪の色と強大な魔力を宿す肉体と守護龍に似たアザが証であった。
その愛し子はかならずどの時代にもいるというものではなく、先程述べた3つの条件が合わさって初めて愛し子になる為、なかには200年以上も愛し子が現れなかったという国もあったそうだ。
愛し子がいる時代とそうでない時代では災害での被害や作物の収穫量等の結果が明らかに違っている。
さらに、国が強大なモンスターに襲われることは稀にあり、愛し子がいる時はその者の祈りによって国にたどり着く前に龍がモンスターを退治してくれるが、愛し子がいない時にはモンスターが国で暴れるまで龍が動かなかったとされる。
だからこそ、この世界の国では愛し子は貴重な存在であり、国を繁栄に導く大切な御方なのだ。
メアリーは確かに髪の色はこの国を象徴する青色ではあるが、それはこの国の半分くらいの人間はそうである。魔力も確かにそこいらの魔法使いと比べると10倍以上もの差があるが、この俺はそれよりも更に高い魔力を有していたので話題にされなかった。
なら最後の証である守護龍に似たアザがあるのに何故この土壇場で気づいたかというと、彼女のアザは背中についており、今まで彼女は自らの背中を確認したことはないという。着替えの際も入浴の際も一人だった為に誰かに気づかれることはなかった。
それが偶々街中で事件に会ってしまい、それを視察で街に来ていた王子に見つかり、汚れた服や体を綺麗にする為に城に招待されて着替えの際に城仕えのメイドにアザを発見されたというわけだ。
いや、何回も言うけど何処の乙女ゲーのイベントだ! 当然その情報は城中に渡ったが、すぐさま緘口令を敷かれて知っている者は極わずかだ。そんな情報を何故この俺が知っているかというと、王子と結婚した後を考えて城の人間との人脈を作ろうと自らの手の者を紛れ込ませていたのだが、それがまさかこんな結果になろうとは……。この賢者であるアリアの目を持ってしても見抜けぬとは!!
そこからは王の権力を使って盛大にパーティーの準備を済まし、近隣の貴族達に招待状を送る等の王子と愛し子の婚約と俺との婚約破棄の外堀を秒で終わらせた。
くっ、あともう少しメアリーが愛し子だという情報を掴んでいれば……。
いや、この世界が乙女ゲームのようなものであんな如何にもな歴史がある時点でこの結末を予想できた筈だ。
俺も長年の公爵家という地位にあぐらをかいていたばかりに慢心していたというわけか!
これ以上思い返しても仕方がない。ここはもう無駄な抵抗はやめて大人しく引き下がるとしよう。
「さて、これ以上口論を繰り広げても無意味だということはよく分かりましたわ。確かに、いくら私が公爵家の人間としてマナーのなっていない者を叱ったという事実があったとしても、たかだか公爵令嬢如きが愛し子様に無礼な真似をしてしまい申し訳ございませんでした」
「そ、そんな……。私はただ……」
「くっ、この悪女めが! とっととこの場を去るがいい!」
これ以上はもう後の祭り、最後に嫌味と皮肉を込めた謝罪で多少の意趣返しはできた。今回はこの辺で終わりとしよう。
「では皆様方。私がこれ以上この場にいれば折角のパーティーが台無しになってしまうでしょう。それではごきげんよう」
優雅に礼をして去っていくさまはまさにお嬢様で、先ほど婚約破棄されたばかりの者とはとても思えなかった。
逆に婚約破棄した筈の王子たちの方が婚約破棄されたかのようなザマだった。
おしとやかに去っていった悪女は……ブチ切れた!!!
「ザッケンナコラァァァ!!!」
既に馬車に乗って周りにいる人間は執事のセバスと馬を操る従者以外はいないため、思いっ切り胸の中に詰まった鬱憤を叫び散らす。
馬車のガラスが壊れてしまうかと思うほどの声が自分の口から出たのは驚きだ。
とはいえ、それでおさまりがつくほどこのイライラは小さくない。これ以上叫ぶと喉を痛めるから叫びはしないが、腕組みしながらトントンと怒りの意を示す。
このまま家に着くまでにある程度はこの感情を鎮めておかねば両親に醜態を晒してしまう。
そうなってしまえば、完全に取り返しがつかなくなってしまう。
俺が好きなのは金だ。ただ金があればいいというわけではない。自分が自由に使える金が好きなのだ。誰にも文句は言われず、その後の余裕も考えなくてもいい大量の金が好きなのだ。
俺が元男の転生者だっていうのはもう分かっているだろう。別に最近の異世界転生モノと変わらないようなごくありふれた死に方だった。
前世の俺は平凡な毎日を送っていたが、大人になるにつれて金に関する問題を抱えていった。働いて働いて借金に消えていく俺の給料を見ながら欲しいゲームや漫画を見て見ぬふりをしていく生活に嫌気が一周して諦めがついた頃にトラックに潰されて死んだ。
その時に俺の胸中にあったのはまだ死にたくないという思いと、ようやくこの地獄を終えられるという矛盾した2つの思いだった。
そうして次に気が付いたのは病院のベッドの上ではなく、赤ん坊が眠るベビーベッドの上だった。
生まれて間もない頃は盛大に困惑したが、次第に状況を飲み込めてからは落ち着いていった。幸運だったのは俺が生まれたのは金銭トラブルなどに全く縁もゆかりもない公爵家だったということだろう。
もう二度とあんな金に悩まされるクソみたいな生活を送りたくはない。
だからこそ、公爵令嬢として様々な知識を得た。魔力があるからと死ぬ気で鍛え上げた。モンスターがいるからと魔法と戦闘スキルを学び続けた。
幸いにして、俺の容姿は輝くような青髪に誰もが振り向く美貌を持ち合わせていた。
その成果が王子との婚約だったというのに……。それがたった1人のヒロインの登場で全てが白紙になった。それも愛し子を迫害したといレッテル付きで……。
これが悪意によって起こされたものなのだったら事前に動きをある程度はキャッチ出来ていたというのに、まったくの悪意無しでこちらを貶めてくるのだからタチが悪い。
それも最後の最後まであんな『私そんなつもりでしたわけじゃないの?!』みたいな舞台上のアイドルみたいな態度を取られたら完全にコチラが悪者ではないか。
まあ、王族の財産目当てで王子との婚約を結んだし、ライバルとなる令嬢なんかも裏で手を引いて蹴落としたりなんかと悪どいことなんかはしたが。
そうやってここまでの道筋を思い出していると、我が家が見えてきた。もう既にパーティーでの一件は両親の耳に入っているだろう。
この世界には魔法による電話モドキが存在する。だからこそ、これからが俺の今後の道を決める話し合いとなるだろう。
俺は公爵家の令嬢といっても、それは祖先や父の力であって、私自身の力ではない。漫画などでは何もしていない坊ちゃん野郎が家名で偉そうにふんぞり返っているのを見てムカついてはいたが、いざ自分がその立場に立てばこれほどまでに便利な武器はないと実感している。
だからこそ、この武器を手放した時、俺はただのどこにでもいる小娘に成り下がると確信している。
「だからこそ、ここが本当の決戦だ!」
門をくぐった先に待ち受ける両親との会合に心震わせながら、今まで公爵令嬢として生きてきた経験全てを持ってして挑む!
「このバカ娘がぁ!!!!!」
「そうよ! 愛し子様になんてことをしたの!!! 今すぐに靴でも舐めて許しを乞いに行くべきよ!!!」
あっれぇ~? おかしぞ? 決戦かと思いきや、まさかの負けイベントだった件について……。
「もはや貴様なぞ娘でも何でもない! 勘当する。ここから出ていけぇ!!!」
一方的にこちらの言い分を聞かずに自分の言いたいことのみ言って終わらせてくる。ある意味最強の話術かもしれないな。
ふぅ~、ここまで両親も愛し子にぞっこんだったとは。こりゃ門の前で本当の決戦だ! なんて言ってたのが恥ずかしくなるな。
既に戦う前から勝敗は決していた。どこの軍師が言った言葉かは忘れたけど、『戦いは始まる前に終わっている』とは至言だな。
あの女に出会ってから不幸の螺旋階段をジャンプしながら落ちている気分だ。
あれから両親に一方的に勘当された俺は『その腐った心を水龍様の美しき水を浴びて浄化してくるがいい!』と言い渡され、水龍を祀り聖なる龍水があるとされるこの国唯一の教会で己の罪を償えというらしい。
そのままあれよあれよという間に馬車に乗せられて教会まで護送されているのだ。
「ったく、何故この私がこんな穢れた存在と一緒にいなければいけないのだ!?」
そして今一番の不幸はこのヒステリックに叫びブ男が一緒の馬車の中にいることだ。
どうやらコイツは熱心な水龍信者で、その威光をもってそれなりの地位にいるようだ。
これでも公爵令嬢──まあこれももう元がついてしまうがな。一体俺は1日に何回元をつけるのだ。──だからな。形だけでもそれなりの対応が求められるというわけで、このブ男に白羽の矢が立ったわけだ。
馬車に乗る前は『私がこの背信者に愛し子様の素晴らしさを説いてみせます』みたいなことを言っていたが、最初は確かに愛し子に対しての俺の態度の事を責めていたが、それを遠回しに許可してきた貴族の名や貴族のルールに反したメアリーの行動を挙げてゆくうちに最終的にヒステリックに叫ぶこと以外しなくなっていた。
そもそも、俺のしたことは貴族社会の暗黙のルールや基本的な人付き合いの範疇に収まらないメアリーの言動に少々大袈裟な注意をしただけのこと。事実、メアリーが愛し子だと発覚するまでは俺に誰も何も言わなかった。
それが貴族にとって正しいことだと皆が理解しているからだ。
それを目の前の男も分かっているからこそ、こうやって叫びながらネチネチとした嫌味しか言わないのだろう。
俺としては、もう少し粘っては欲しかったのだがな。久方ぶりに相手を論破出来て楽しかった。
最近は感情論による一方的な子供が多かったからな。大人であるはずの両親もあそこまで感情のみで話にならなかったのが痛かったしな。
とはいえ、そろそろ鬱陶しいな。聞く価値もない猿の戯言ほど頭痛の原因になるものはない。
このまま順調に行けば1時間くらいで教会に辿り着くだろうが、それまでに俺の堪忍袋の緒が切れないだろうか?
それからも目の前に座る男はグチグチとかろうじて聞き取れる音量の声で文句を垂れ流している。
(もうそろそろ殺ってしまうか?)
そう思っていると、不意に馬車が大きく揺れた。
「な、なんだ!? っち、今日はなんて日だ!!!」
まさかこの異世界であの〇峠さんの名言を聞けるとは!? 少し感動したが、まずは外を取り囲んでいる10人組の相手するとしようか。
馬車から出ると矢で射抜かれた従者と、弓や剣で武装した男共が馬車の周りを囲っていた。
どうやら、思っていた通りここらを縄張りにしていた盗賊のようだな。
俺が馬車から出てくるのが見えたからか、囲っていた盗賊共が近づいてきた。
「へっへっへ、こんな治安の悪い道を護衛の騎士も無しに移動するなんて襲ってくれと言ってるようなもんだぜ、貴族様よ!」
「そうだろうな。恐らく襲って欲しかったのだろう。この辺りに盗賊がいるという情報は知っているからな」(まあ、バッドエンドの中ではありふれた結末だしな……)
「へ~、なるほど。オメェさん厄介者って訳か。どうやら身代金は取れなさそうだが、その着ている服や容姿なら高く買ってくれる客もいるだろうよ」
なんだ盗賊とはいえ多少は知恵があるのだな。今の会話で俺が厄介者だと分かるとは……。
「お~い、アニキ! まだ馬車の中に人がいますぜ」
「な、なにをするんだ!? 私は水龍教徒の1人だぞ。こ、こんなことをすれば水龍様の祟りが下されるぞ」
「お~、お~、そいつは怖いな。げっはっはっはっは!!!」
「「「「ゲラゲラゲラゲラ!!!」」」」
あの男の脅しが余程ツボに入ったのか、盗賊共は腹を抱えて笑い転げている。
……少し羨ましいな。俺があんな風に大笑いできたのはいつが最後だったか。
この世界に生まれ変わって十数年。全ては未来の為にと努力してきた。その為に笑うことなく、友を作ることもなく、遊ぶことさえ少しだった。
その結果がこのありさまか……。もう、好きに生きてもいいだろう。
「そういえば、教会に行ってどうするかなんて考えていなかったな……」
「あん。どうした貴族様よ?」
「ふむ、いっそのこと面倒な事は全て暴力で解決出来たら簡単だなと思ってな」
そう言うと目の前の男はキョトンとした顔になったかと思うと、盛大に笑いだした。
「アッハッハッハ!!! そうだな、暴力で解決できたら簡単だ。俺らもそうやって生きてきた。けどよ、甘やかされて育てられたお嬢ちゃんに暴力なんて振るえんのか!?」
確かに、ただの令嬢ならばこの場合は泣きながら親の名で威張り散らすことだけだろう。
だが、お前の目の前に立つ令嬢は普通の令嬢じゃないぞ。
「ならお前に見せてやろう……」
「は? なにぼぉ!!!?」
俺は油断している男の顔をただ力いっぱい殴り飛ばした。
そしたら男の顔に面白いように拳が沈み込み、鼻の骨を折って鼻血を出しながら吹っ飛んだ。
「「「「ア、アニキ!!!!」」」」
「テメェ! アニキに何しやがるんだ」
俺が男を殴り飛ばすと、残りの盗賊共が剣やナイフを抜いて迫ってきたが……。
ボコバキドカッ!!!
「「「「「「ずみばぜんでした!!!!」」」」」」」
俺に無謀にも挑んできた盗賊共は、顔面タコ殴りにされてボコボコになって全員土下座で俺に許しを乞いている。
「ふん。これで分かったか。水龍様はいつでも我らを見ておるのだ」
「何故貴様が偉そうにしてるんだ? こいつらを倒したのはお前でも水龍でもないだろう……」
さて、こいつらをどうするか……。
「さて、お前らの今後は衛兵に引き渡されて牢屋行きだ!」
こいつ……。俺がこの盗賊共をどうするか悩んでいたら、勝手に衛兵に引き渡すことを決めてやがる。
「おい、お前何を勝手に決めてやがる」
「グヘェ!」
このブ男の背中を蹴飛ばして地面にキスさせると、俺は無様に倒れたブ男をイス変わりにして目の前の盗賊共に一つの提案を持ち掛ける。
「おいお前ら、このまま衛兵に引き渡されて一生を牢に繋がれた生活なんて嫌だよな」
「へ、へい。そりゃもちろんですが……」
「なら、俺をお前らのアジトまで案内しろ。そうすりゃ許してやる」
「……そりゃ俺らに仲間を売れってことですかい」
ん? さっきまでヘコヘコと頭を下げて許しを乞いてたのに、いきなり真剣な表情になりやがった。後ろにいる残りの奴らも全員同じ表情だ。
てっきり盗賊だし平気で仲間の元まで案内するかと思ったが、案外コイツら仲間を大切にする系の悪党だったか。
「まあ安心しろ。別にお前らの仲間をひっ捕らえる訳じゃない。ただお前らの頭の立場をよこせと言いに行くだけだ」
「いや、それただ盗賊行為じゃねぇっすか!?」
「いや、盗賊のお前らが言う台詞か?」
盗賊のツッコミをツッコミ返すと突然イス変わりに使っていたブ男が俺を押しのけて立ち上がろうとしてくる。
「ぐうっ、この! どけぇ!」
まあ、鍛えてもいない貧弱なブ男じゃこの俺を押しのけて立ち上がることはできないがな。というかさせない。
「貴様! 愛し子様に危害を加えるどころか、盗賊共の頭になるだと。やはり、王子が懸念していた通り貴様との婚約を破棄して正解だったな。貴様のような奴が国の手綱を操るなど考えられん」
っち、本当にうるさいなこのブ男は。そろそろ自分の立場を教えておくか。
俺は立ち上がりイス変わりになっていたブ男を自由にさせる。
「さっさと立て、もう命乞いや許しを乞うのも許さん。お前は今この俺の逆鱗に触れた。殺しはしないが地獄を見る覚悟はしろよ」
「へっ? な、何を言っている。貴様は分かっているのか!? ここで私に危害を加えるということがいかに愚かなことかを!?」
もう面倒だ。我慢の時間はもうとっくに終わった。この男が死なない程度の魔力を拳に纏わせる。
より痛く、より長く、よりエゲツない攻撃を繰り返す。
「グッ、ブベェ、イギャ、ゴハッ!!!」
まずは歯が折れて血が噴出した。次に右腕の骨が折れて関節が2つに増えた。更に次には顎の骨を砕いてまともに喋ることが出来なくなった。最後に腹を穿つと内蔵のいくつかが逝ったのか、口からかなりの量の血を吐き出した。
もう完全に死に体だったが、まだ辛うじて生きているようでピクピクと虫のように痙攣して動いている。
「ふぅ~、いや~スッキリした。さて、そこのお前らまだ話しの途中で済まなかったな。それじゃあ改めて聞くけどお前らのアジトに案内してくれるか?」
「「「「「あっ、はい。案内しますので命だけは勘弁してください」」」」」
先程までとは打って変わった態度で大人しく自分たちのアジトに案内してくれる気になってくれた。
まあ、あんな凄惨な拷問レベルの痛めつけを目のあたりにすれば普通の人間なら素直になるよな。
さて、ここからだ。もう俺は我慢はしねぇぞ。俺がやりたいようにやる。
まず目的の一つは俺を捨てた国への報復だ。
絶対に後悔させてやるこの俺を怒らせたことをな!
「クフフフッ、アッハッハッハ!!!!」
後に、悪逆非道の魔王と後世の歴史に残る龍殺しのアリアの伝説はここから始まった。