刀鍛冶の刃   作:たぬえもん

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書いたら出るというのでじっちゃま出す為に書きました。素人駄文にて御免。





第1話

 ───それはありし日の記憶。

 

 私がまだ年端もいかない幼子であり、母上が病死し家を飛び出た後のこと。

 

 一昼夜走り続け、いくつかの村を越え山を登り、それでも疲れて足が止まることなく走り続け……ふと気付くとこぢんまりとした田んぼと畑がある場所に出た。

 

 その田んぼには同じ年頃の女の子がぽつんと1人で立っており、桶を持って長い間ぴくりとも動かなかった。

 

 いったい何をしているのだろう。興味を持った私はその女の子に何をしているのか聞いてみた。

 

「じい様が仕事ばかりで構ってくれん。1人きりで寂しいから、田んぼにいるおたまじゃくしを連れて帰ろうと思って」

 

 頬を膨らませて明らかに怒った様子の女の子はそう言ったきりまた動かなくなった。

 

 しかし、日が暮れ始めると女の子は桶の生き物を田んぼに逃がした。

 

「連れて帰らないのか?」

 

 折角取ったのに何故逃がしてしまうのか。思わずそう問いかけると、女の子は悲しそうな笑みを浮かべる。

 

「うん……親兄弟と引き離されるこの子達が可哀想だし、何より勝手に連れ帰ったらきっとじい様に叱られちまう」

 

 そう言って、たははと笑った女の子の表情に私は思わず目を奪われた。

 

 顔立ちも姿も全然違うけれど、その穏やかそうな笑みと黒曜石のような瞳は紛れもなく死んだ母上と似通ったもので───

 

「じゃあ、俺が一緒に───「うた!!」

 

 咄嗟にせり上がってきた言葉を口にしようとした瞬間、遠くから男の人の大きな声が聞こえてきた。

 

「あ、じい様!?」

 

「テメェいつまでほっつき歩いてんだ!!」

 

 女の子が声の聞こえてきた方に振り返ったのに釣られて、私も同じくそちらの方へと顔を向けてみれば、1人の大人の男が大股で歩きながらこっちへと近付いてくるのが見えた。

 

 赤銅色の髪に右肩から白い羽織を背負い、赤色の射籠手と袴だけを身につけたその男は近づいてくるや否や女の子の襟を引っ張って田んぼから引きずり出し、その直後に拳骨を女の子の頭に振り下ろした。

 

「いっっっっったい!!??」

 

「日が暮れたら危険な動物が動き出すから、日が暮れる前には帰ってこいっていつも言ってンだろうが!」

 

「いやだって、それはじい様が……」

 

「言い訳無用! 大体テメェはいつもいつも人の心配ばかりさせやがって───」

 

 そして急に始まった説教劇。突然の出来事に驚いた私は目を丸くしてただ眺めていることしか出来なかった。

 

 じい様と呼ばれた男の説教は日が暮れてからも続き、お月様が顔を出す頃にはうたと呼ばれた女の子は完全に泣きべそをかいていた。

 

「うっ……ひっぐ……ごめん、なさい……!」

 

「おう、分かりゃいいんだ。もう心配かけんじゃねェぞ」

 

「じいざまぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜!!」

 

 そう言って説教を締め括り、最後に頭を優しく撫でられた女の子は堰を切ったかのように泣き出しながら男へ抱きついた。

 

 男も女の子を優しく受け止め、よしよしと頭を撫でて女の子をあやす。

 

 姿形がまるで似ていない2人だが、そこには温かな家族のぬくもりがしっかりと存在していて、私は知らず知らずのうちに頬を緩ませていた。

 

「悪かったな坊主、変なモン見せちまった」

 

 暫くして、泣き止んだ女の子が恥ずかしそうに顔を赤らめて居るのを他所に、男は頭を掻きながら申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

「いえ、別に気にしてません」

 

 むしろ素敵な家族愛を見せて貰えてとても心が温まったのだから、礼を言いたいぐらいであった。

 

「そりゃそうと、お前さんこんな山の中まで何しに来たんだ? もう日はとっくに暮れちまったし、家に帰るってンなら危ねぇから送ってくぜ?」

 

 こちらのことを心配そうに見つめながら親切にもそう言ってくれる男に、私は首を横に振る。

 

 帰りたくとも、もはや帰る家が私には無いからだ。

 

「帰る家は無い。ここにはただ立ち寄っただけです」

 

「あん? するってぇと……お前さんまさか孤児(みなしご)か?」

 

 私の答えに対し、男は気の毒そうな顔を浮かべた。

 

 家族は居るには居るが、私が家に戻れば父上は間違いなく私を次期当主に置き兄上を出家させようとするだろう。

 

 あの家において忌み子は私だ。私が戻ることであの優しい兄上に迷惑をおかけしてしまうのであれば、あの家に戻る訳には断じていかない。

 

 故に私は男の問いに対しただ無言でいるしかなかったのだ。

 

「こいつは弱っちまったな……今から里親探そうってにも、1番近い村でもこっからじゃ二里はありやがる。流石に今の時間から出向いたところで皆寝静まって人っ子一人起きてるはずもねぇしな……かと言ってこのまま野宿なんてさせたら山の動物どもに食われちまうし……」

 

「なら、家に来なよ!」

 

 どうするべきかと悩む男を退け、女の子は私の手を取りそう言った。

 

「家ならまだ1人分ぐらいなら空きはあるし、全然大丈夫!」

 

 目を見開いて固まる私と男を他所に、女の子は妙案と言わんばかりに輝かしい笑顔を浮かべる。

 

「おい、ちょっと待てうた。さすがに氏素性も知らねぇガキを家に上げるってのはさすがに……」

 

「大丈夫大丈夫! この子さっきまで私とずっと一緒に居たけど何もしてこなかったし、なにより優しそうな顔してるもん!」

 

 慌てて止めに入ろうとする男の言葉に対し、女の子はそうバッサリと言い放つ。

 

 何を考えてるかよく分からないと父上の配下や女中達から言われはしたことがあるが、優しそうな顔をしていると言われたのは初めてのことだった。

 

 女の子の言葉に少しだけ胸がポカポカした気がして、そんな自分に思わず驚いてしまった私をしり目に2人の言い合いは激しくなっていく。

 

「だいたい、日が暮れた山の中は危ないって散々言うてきたのはじい様じゃん! それなのにこの子を山の中に置き去りにするつもり!?」

 

「ぬぐっ……それはそうだが……」

 

「それともなに、じい様はこの子が危ない動物達に食べられてもいいって言うの?」

 

「誰もンなことは言ってないだろうが!?」

 

 頭をガシガシと強く掻き毟り、大きくため息を吐いた男は鷹のような鋭い眼差しを私へと向けた。

 

「仕方ねぇ、家がねェって言うなら暫く家に泊まっていきな」

 

「やった────────!!」

 

 女の子は何がそんなに嬉しいのか、ぴょんぴょん跳ねながらしきりに私の手を強くブンブンと振り回す。

 

「いや、あの……」

 

「はぁ、こうなったうたは(オレ)の言うことをちっとも聞きやしねぇンだ……」

 

 自分を放って勝手に決まっていく物事に対し思わず困惑していると、男はため息を吐きながら渋々といった感じの表情を浮かべた。

 

「ささ、早く家に行こ!」

 

「いや、だけど、俺みたいな余所者をそんな簡単に……」

 

 話自体はありがたいが、あくまで私と彼らは今日出会ったばかりの赤の他人。そこまで恩を着ては迷惑になると思い、断ろうとしたのだが。

 

「私うたって言うの! 君の名前は?」

 

「え……?」

 

 唐突に自己紹介をされ、私は一瞬呆けてしまった。

 

「ほら、君の名前はなんて言うの?」

 

「よ、縁壱……」

 

「縁壱ね! とっても格好良い名前だね!」

 

 そう言って満面の笑みを浮かべるうたを見て、私は言葉を失った。

 

 忌み子として生まれたことで周りの人間から腫れ物扱いをされ遠ざけられて育ってきた私にとって、ここまで真正面から向かい合って話しかけてきたのはこれまで母上と兄上の二人だけだった。

 

 家族という訳でも無いのに、何故うたは得体の知れない自分にこうまで好意的に真正面から話しかけることが出来るのか、私には不思議でたまらなかった。

 

「ほら、これでお互いに名前も知ったからもう余所者じゃないでしょ!」

 

「いや、なんでさ」

 

 自信満々でどこか誇らしそうな顔をしていたうたを男は苦笑しながら軽く小突いた。

 

「名を交わしたから余所者じゃないってのはおかしいだろうが」

 

「むっ、そんなことないもん。うたがじい様と初めて会った時もそうだったじゃん」

 

「ありゃ契約を結ぶ為の物であって……あぁもういいや面倒くせぇ」

 

 もう何度目のため息だろうか。心底疲れたように息を吐き出した後、男は私のことをビシッと指さした。

 

「おい、坊主……じゃなかった、縁壱! 確かにお前さんのことはなんもかんも知らねぇが、とりあえず行く宛てがねェのは間違いないな?」

 

 その問いに対し、私は首を頷ける。

 

「なら、一晩でもいいから大人しく家に泊まっていきな。放っといて明日の朝には熊とかに襲われて死んでました、なんてことになれば儂もうたも目覚めが悪くなっちまうからよ。な? 人助けと思ってな?」

 

 男はニッコリと微笑んでいるのに、どういう訳か謎の威圧感を感じ取った私は首を縦に振るしか無かった。

 

「よっし、それじゃ家に帰るぞー」

 

 私の返答に満足したのか、男は指を下ろし踵を返して歩き出したが……うたと私の足は動くことなく止まったままだった。

 

「……おい、何してんだ。さっさと来ねぇと置いてくぞ」

 

 私達が着いてこないことに気付いた男は足を止めて振り返り、私達を見遣るがそれでも私達は動こうとしなかった。

 

 私は単純に何が起きてどうなったのか理解が及ばず呆然としてしまったが故に足が動かなかったが、しかしうたは何故か田んぼで立っていた頃と同じように頬を膨らませて明らかに怒ってる様子で突っ立っていた。

 

「……じ……だけ……し……い」

 

「は? 何だって?」

 

 小さく呟かれたうたの言葉を聞き取ることが出来ず、男が聞き返すとうたは目元に涙さえ浮かべながらキッとした表情を浮かべた。

 

「じい様だけ自己紹介してないッ!!!!」

 

「「〜ッ!?」」

 

 突然の大声に鼓膜が破れるかと素直に思った。間近に居たということもあってそう錯覚してしまうぐらいには大音量のうたの声で暫く耳の中がキーンと鳴り続けた。

 

「つっ、いきなりなんつう声出してやがるんだこのバカ!」

 

「バカはじい様でしょ!? 私と縁壱は自己紹介したのに、じい様はなに1人で家に帰ろうとしてるの!?」

 

「いや、だからってそこまで怒る必要はねぇだろ……」

 

 どうやらうたは男だけ名前を告げなかったことが気に入らなかったらしい。だからと言ってそこまで怒る必要もあるのかと私は少なからず思ったが、それは男も同じだったようだ。

 

「ダメだよ、こういうのはしっかりしないと。じい様だっていつも言ってるじゃん、『どんないけ好かねぇ野郎でも挨拶だけはしっかりしろ』って」

 

「そりゃあくまで仕事とかに関する人間に限って使うことであって……分かった分かった。ちゃんとするからそうむくれんな」

 

 頬を膨らませるだけでなく、唇まで尖らせて不機嫌な様子を表すうたに根負けした男は私へと向き直った。

 

「さて、儂の名乗りが遅れちまったな。本当は家に着いてからでもしようと思ったが、またうたに怒鳴られる訳にもいかねぇからな」

 

 そう言って男は一瞬だけ瞳を閉じる。そして再び目を開けた刹那───男の雰囲気が変貌した。

 

(オレ)の名前は千子(せんじ) 村正(むらまさ)。ちょいと山奥に住んでるただの刀鍛冶だ」

 

 ただそこに居るだけで空気が重くなり、呼吸が張り詰める。

 

 先程までそこに居たのは紛れもなく人間であった。透き通った世界であっても、ちゃんと男の身体は人間の仕組みをしていた。

 しかし、今はどうであろうか。その身姿こそ人の形をしているものの、それ(・・)は決して人に非ず。

 

 例えるなら1本の刀。鋭く、鋭く、とにかく鋭く、この世のありとあらゆる物を一切合切断ち切って行けと言わんばかりの気配を感じる。

 

 対峙して心の底から理解した。この男は正しく化身。刀に取り憑かれ、刀に生きる斬神の現身に他ならぬ、と。

 

 この世に生まれて以来1度も感じたことのなかった死の恐怖。それを私はこの時初めて感じ、そして初めて誰かを警戒するということを覚えた。

 

「まっ、短い間かもしれんが肩肘張らずに仲良くしようや」

 

 そう朗らかに笑う村正の雰囲気は先程までの普通の人間だと感じていたものへと戻ったが、私はそれでもこの男に対して警戒を解くことが出来なかった。

 

「あなたは……いったい……?」

 

 この男はいったい何者なのか。普通の刀鍛冶では断じて非ず、まだ悪鬼羅刹の類と言われた方が素直に信じられる程の気配を持つ村正に対し、私の口からは自然と疑問の言葉が溢れていた。

 

「言ったろ? ただの刀鍛冶さ」

 

 そう言って不敵に笑う村正は、まるで悪戯に成功した悪童のようであった。

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