月に照らされた山の夜道を私、うた、村正の3人で歩く。
「ねぇねぇじい様、手繋いでもいい?」
「ん? 別に構いやしねぇが……仕事終わらせてその身そのままで迎えに来たからな、ちぃとばっかし手が汚ぇぞ?」
「いいから、はい!」
「はいはい、仰せのままにお姫様」
うたは力強く掌を差し出し、村正は仕方なくといった様子で差し出された手をまるで壊れ物でも触るかのように優しく握る。
手を握って貰えたこと。そしてこれは恐らく私の憶測になるが、日が暮れたことでうたのことを心配した村正が仕事を終わらせて直ぐに迎えに来てくれたのがとても嬉しかったのだろう。
うたはとても幸せそうな笑みを浮かべて鼻歌交じりに繋いだ手をブンブンと前後に大きく振り、そんなうたを村正は優しい眼差しで見守っている。
私の前を寄り添って歩く2人は本当に仲が良さそうだ。この二人の絆は切っても切れぬだろうと確信できる。
そんなことを感じていた故か、私はふと優しかった母上と兄上のことを思い出した。
私にとって家族と断言出来る唯一無二の存在。生憎と母上は亡くなられてしまわれたが、今この時同じ時間を生きる兄上は果たして元気で居るだろうか。
忌み子であった私に関わってはならぬと父上から厳禁され、殴られて叱られたこともあったというのにそれでも優しい兄上は何度も私に会いに来てくださった。
しかもそれだけではない。兄上は私が喋れぬと思い、自作してまで木の笛を持って来て『助けて欲しいと思ったら吹け。すぐに兄さんが助けに来る』とまで仰ってくれたのだ。
忌み子である私を軽蔑し、嫌悪してもおかしくないというのに、しかし兄上は私のためにそこまでしてくれた。これが優しさでは無いというのであれば果たして何だというのか。
優しい母上と兄上を持ち、この世に生まれた私は本当に恵まれているのだろう。
これ以上を求めるのは忌み子である私にとって高望みであるのは重々承知であったが、しかしそれでもこの時ばかりは思わずにはいられなかったのだ。
───もっと母上と兄上の2人と一緒に居たかった、と。
そう自覚してはもうダメだった。目の前の仲睦まじい2人がとても羨ましく見え、忌み子の身分でありながらもう二度と手に入ることの無い家族の温もりを自分が欲しがっていることに浅ましさを感じ、私は思わず顔を伏せた。
まるで自分が自分で無くなったかのような感覚。誰かを羨むことなど分不相応でしかないというのに、この二人に出会ってからというもの心が掻き乱されて苦しくて仕方がない。
こんな時にどうすればいいのかなんて私には分からず、故にこんな浅ましい自分を見られたくない一心で顔を伏せるしかなかった。
「あっ、じい様じい様ちょっと待って。うたの持ってる桶持ってもらっていい?」
「なんでぇ、急にどうした? 腕でも痛くなったか?」
「ううん、そうじゃないの」
家族のことを恋しく思い己の欲求に対し自己嫌悪していると、突然うたは足を止めて片手に持っていた桶を村正へと渡した。
「縁壱!」
急に自分の名を呼ばれ、つい反射的にうたの方へと視線を向ければ……そこには白くて小さな女の子の掌が差し出されていた。
「え……?」
「ほら、縁壱も一緒に手を繋ご?」
そう言ってニッコリと微笑むうたに、私は目を丸くした。
「なんで……」
「折角一緒に帰るのに、縁壱だけ仲間外れは悲しいでしょ?」
何を当たり前のことを言ってるんだろうと言わんばかりにキョトンと首を傾げるうたに、私は二の句を告げずにいた。
私のような初めて会う者にどうしてここまでうたはしてくれるのか本当に理解が出来ず、されどそうやって手を繋ごうと歩み寄ってくれるうたの行為は今や独りぼっちになった私にとってとてもとても嬉しくて。
つまるところ、理性と感情がごちゃ混ぜになった私はどうすればいいのかさっぱり分からず固まるしか無かったのだ。
手を取るか、取らないか。たったそれだけのことに悩んでしまう……それがうたにとっては気に食わなかったのだろう。
「もう、早く!」
「え、えっ!?」
急にムッとした表情を浮かべたうたは強引に私の手を掴み引っ張った。
その唐突の行動に驚き、私は目を白黒させながらうたのなすがままに引っ張られる。
「よし、しゅっぱーつ!」
「あ、おいコラ!?」
「わ、わっ!?」
私の手を取り満足気に頷いた後、うたは元気いっぱいにそう叫ぶや否や私と村正の手を引っ張りながら突然走り出し、私と村正はつんのめりながらもうたに着いて行く。
「おい待てうた!? 山の中を走ったら危ねぇぞ!!」
「大丈夫、へーきへーき!」
何がいったい大丈夫なのか。村正の忠告など聞く耳持たぬと言わんばかりに走り続けるうたの顔には楽しそうな笑みが浮かんでいた。
「せっかく縁壱が家に泊まるんだもん! 急いで支度しないとね!!」
「いや、そんなに急ぐ必要もねぇだろうが!?」
ワイワイギャイギャイと騒がしく言い合いながら手を取り合って3人で仲良く走っている。
それが何だか無性に面白くて。うたの笑顔を見てるとさっきまで感じていたことが何だか取るに足らないくだらないことのように思えてしまったから。
「あは、ははは!」
気付けば私は笑っていた。思えば人生で大きな声をあげて笑うなんて初めてのことだったが、当時の私はそのことに気付くことは無く、ただただ笑い続けた。
そして先程まで感じていた胸の苦しみは、いつの間にか消えていた。
☆☆☆
「……で、何か言いたいことはあるかこの大バカ娘」
「ござびまぜん……」
その後、無事にうた達の家に着くことは出来たが当然ながらうたは村正に怒られた。それはもうこっぴどく怒られた。
うたが家に着いて走り疲れた足を止めた瞬間にうたの首根っこを引っ捕まえた村正が再び鉄拳制裁を行った結果、涙と鼻水まで垂らしながら地面に正座しているうたの頭の上には大きなタンコブが出来ていた。
「客人を家に泊めるから急いで支度しないといけねぇっていう気持ちは確かに分かる。けどな、
「ないでずごめんなざいぃぃぃ〜〜〜〜!!」
こめかみに青筋を立てて般若の形相で怒りを燃やしている村正に、うたはただただ泣きながら謝ることしか出来なかった。
そして、村正の説教の傍らで私はうた達の家の様相に驚きを隠せないでいた。
確かに家はある。見るからに年季の入っているもののまだまだ強固に建ち続けるであろう立派な木造の家だ。
しかし問題はその周り。家の近くに乱雑に置かれている刀、刀、刀の山々。
抜き身の刃に月光が当たり、怪しくも美しい銀の煌めきを放つ大量の刀が何かを誘っているようで少し気味が悪い。
確かに村正から刀鍛冶だということは聞いてはいたが、果たして世に居る刀鍛冶は皆″こう″なのであろうか。
生憎と屋敷から外に出ることが出来なかった私では知る由もないが、しかしながらそれでも村正のこの刀の量は些か異常に思えた。
「まるで刀の墓場みたいだ」
思わず心で感じたことを言葉に出してみれば、それはこの光景にしっくりきた。
人が死ぬと墓を建てられるのと同じように、この刀達は
ここにある全ての刀が村正の失敗作───しかし、私からしたら何がどう失敗しているのかよく分からなかった。
刀身が半ばから折れてたりするものだったりしたらまだ理解出来た。だが、この場にあるのは全てしっかりとした形の刀ばかりだ。
素人目から見ても、どれもこれも触っただけで呆気なく切れてしまいそうな鋭さを有しているというのに、村正は何がいったい気に食わなかったのだろう。
あれも、これも、それも……と、1つずつの刀に目を向けていると、とある1本の刀に私の目は留まった。
その刀は地面に突き刺さっており、他の刀同様に刃をさらけ出して置かれていたが、しかし他の刀とは明らかに『何か』が違っていた。
見た目は他の刀と完全に一緒。されど、感じる物はただの刀に非ず。
例えるならば、先程の自己紹介の時の村正に似ている。鋭く、より鋭く、全てを断ち切ってしまえと告げてくるような感覚をこの刀から感じられた。
他の刀からは何も感じられないというのに、なぜこの刀だけがそんな奇妙な感覚を有しているのか。不思議に思った私はその刀へと近付き、手に取ろうとして柄へと手を伸ばし───
「人の仕事に触るんじゃあねぇ!!」
村正の怒声を耳にし、私は咄嗟に刀から離れた。
見れば、うたの説教をしていた村正は視線をこちらへと向けていて、私のことを鋭く睨んでいた。
「縁壱、
低い声でそう告げてきた村正の言葉に私は大人しく従い、刀から離れて村正の方へと近寄った。
「縁壱。テメェを家に泊まらせるにあたって条件が3つある。ここに居る間はそれを絶対に守れ。守れねぇってンなら今すぐにでも出て行ってもらう」
言外に拒否は許さないと村正の目はそう伝えてきており、私は無言で頷く。
「まず1つ目の条件として、
ほかってある物とは、恐らく家の周りにあるこの大量の刀のことを言っているのだろう。
「刀鍛冶にとって打った刀っていうのは自分の子供みてぇなモンだ。失敗作であったとしてもテメェの魂込めて打った作品を勝手にベタベタと触られるのは我慢ならねぇ。だから、
お前も大切なモンを他人に汚されるのは許せねぇだろう? と、そう紡いだ村正に私は同意の意味を込めて頷いた。
兄上から貰った大切な笛を見ず知らずの他人にベタベタと触られ汚されるのは確かに嫌だと思えた。村正にとってはそれが自分の打った刀ということなのだろう。
「2つ目の条件として、家で泊まってる間は家事を手伝ってもらう。働かざる者食うべからず、いくらテメェがまだ子供だとはいえタダで泊まらせられる程の余裕は家にはねェ。泊まらせてやる代わりにキッチリその分だけ働いてもらう」
2つ目の条件に関しても特に異論は無い。食べる物は無限にある訳じゃない。限りはあるというのに私が居ることで食料が1人分さらに減るようになるのだから。
世話になる者としてそれぐらいはして当たり前。むしろこちらからお願いするぐらいである。
「そして最後の3つ目。いいか、これが1番重要な条件だ」
1番重要ということを表す為か、指を1本伸ばしこちらへと指し示してくる村正からは先程よりも真剣味を感じた。
いったいどのような条件なのか……緊張で少し心臓をドキドキさせてしまう。
「1番重要な条件……それは、うたを悲しませねぇことだ!」
「……え?」
そして告げられた1番重要な条件を聞き、私は呆然とした。
「え……え?」
「何ボケっとしてんだ。男なら女を悲しませねぇのは当たり前のことだろ?」
1番重要な条件と言うから何かと思えば、まさかそんなことを告げられるとは思ってもみなかった。
確かに重要と言えば重要ではあるが、私としてはもっと違う条件が来ると思っていた。
「じい様ー、わたし今日だけで2回もじい様に泣かされて悲しかったんですけどー」
「バーカ、親は子を泣かすのが仕事なンだよ。ガキの内に泣き方覚えねぇと大人になってから泣けなくなっちまうからな」
「えーうっそだぁ〜」
「嘘じゃねぇよ。というか茶々入れてくんな」
真剣味を帯びた様子は何処へやら。うたと話している村正はただの普通の人のようであり、口では鬱陶しそうにしているがどうにもうたとの会話を楽しんでいるように見えた。
「とにかくだ、家に泊まるならこの3つの条件は必ず守ってもらう。どうだ、ちゃんと出来そうか?」
「はい」
うたから私へと向き直り、ニヤニヤと意地の悪そうな村正に私は迷うことなく頷いた。
「よし、なら家に泊まることを許可してやる。いい加減腹も減ってきたし、さっさと入ろうぜ」
「さんせー! うたもお腹空いた!」
話も一段落ついたことで身体もようやく今の時間を認識したらしく、私のお腹も空腹を訴えるかのようにギュルルルと鳴った。
「ぷっ、どうやらお前さんの腹の虫はお前さんよりも口達者のようだな!」
「あはは! 縁壱のお腹は正直だね!」
「うっ、違……」
2人に笑われたことで恥ずかしさを感じ、咄嗟に否定しようとするがまたお腹がギュルルルと鳴ったことで私は完全に何も言えなくなってしまった。
「とりあえず、我が家にようこそ縁壱」
「これからよろしくね!」
そう言った2人からは歓迎の意を感じられ、ここに居てもいいんだという安心感と嬉しさを実感しながら私は頭を下げた。
「っ……お世話になります」
こうして、私の新しい日々が始まったのだ。