刀鍛冶の刃   作:たぬえもん

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第4話

 私にとって食事というのは1つの作業でしかない。

 

 毎食決められた時間に女中達が私の部屋の前に僅かな麦飯と汁物が入ってるお椀を持ってきて、それを受け取り三畳だけの狭い部屋の中で1人無言で食べる。

 

 固い麦飯を冷えた汁物で流し込むだけ。それが私にとっての食事であった。

 

 生まれてからというものそれ以外の物を口にしたことは無く、それ故に何か別の食べる物と比較するということが一切出来なかった私は美味い飯と不味い飯の違いというのを感じることが1度もなかったのだ。

 

 食事とはただの作業。それ以上でもそれ以下でもない。そう思っていた。

 

 しかし、昨日の夜。初めて誰かと共にしながら食べた食事はとても暖かった(・・・・・・・)

 

 誰かと言葉を交わしながら、温められた飯を食べる。たったそれだけのことで、今まで感じたことの無いぐらいに胸がポカポカとした。

 

 これが食事をするということなのだと初めて理解し、また私が今まで行ってきた食事は本当にただの作業でしかなかったことを自覚した。

 

 麦飯と汁物というこれまで食べてきたのと同じ献立でも、誰かと共にしながら温めて食べるだけで格段と味の違いを感じた。

 

 これが皆の言う『美味い飯』という物なのだということを、私はこの世に生まれて7年もの月日を経てようやく知ったのだ。

 

 美味い飯があれば人は生きていけると誰かが口にしていたのを聞いたことがあるが、確かにこの味を知れば生きていく上で重要な糧になることは間違いないだろう。

 

 かくいう私とてもう美味い飯の虜だ。あの温かい味を知ってしまった以上、以前のような固くて冷たくて独りぼっちの飯など食いたい気にはならん。

 

 人は一度でも知ってしまえば中々忘れることの出来ない生物だ。ましてやそれが毎日行われる食事などになれば、余計に忘れることなど出来やしない。

 

 だからこそ、今日も美味い飯を食べれることを密かに期待していたのだが……

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

 静寂。ただひたすらに静寂。村正、うた、私の3人は一言も話さずただ食事をする。

 

 朝餉の支度をほっぽり出して仕事を覗き見していたのを村正にバレた後、私とうたは急いで朝餉の支度をし、そのまま村正を呼んでから食事を始めたのだが……先程から空気が重い。

 

 食事が始まってから誰も一言も発しようとせず、静寂の空間に食事をする音だけが鳴り続けているのだ。

 

 食事を続けながらチラリと2人の様子を見てみれば、うたと村正は何食わぬ顔をしながら食事を続けている。2人はこの空気が気不味く感じないのだろうか。

 

 昨日の夜と同じで村正とうたの2人と一緒に食卓を囲んでいるというのに、この空気間では昨日と比べて味を感じることが中々に難しい。

 

 ただ一緒に食べるだけでは美味い飯足りえないことを知り、せっかく食べるのだから美味い飯の味を沢山感じたいと思った私はどうにかしてこの空気を変える方法を模索する。

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

 ……ダメだ、何も思いつかない。

 

 こんな時、兄上であればきっとあっと驚くような方法を以て直ぐにでもこの空気を変えることが出来るのであろうが、私ではそのような方法を思いつくことすら出来ない。

 

 己の力不足故の不甲斐なさに腹が立つ。こんなことであればもっと人と話せるように努力するべきであった。

 

 私が心の底からそう感じていると、静寂を打ち破るようにして突然家の戸からドンドンドン! と力強く叩かれた音が聞こえてきた。

 

「おーい! 村正ー!! もう起きておるかー!?」

 

「あん? この声、川田(かわた)の爺さんか。何だってこんな朝っぱらから……」

 

 戸の向こうから聞こえてきたしわがれた声に聞き覚えがあったのか、食事をする手を止めて一旦箸を置いた村正は立ち上がって戸の方へ歩いていった。

 

 そして、しばらくすると1人の老人を伴って村正は帰ってきた。

 

「おー、すまんな。朝餉の最中じゃったか。何だったら少し出直した方がいいかの?」

 

「別に構いやしねぇよ。ンなことより、どうせ今日も朝早くから1人で歩いて来たんだろ? アンタもいい歳いってんだからいい加減自分の身体を大事にしねぇとぽっくりおっちんじまうぞ」

 

「抜かせ、ワシはまだまだ長生きするわい。ひ孫どころか玄孫の顔を見るまで死んでたまるか」

 

 そう言ってカカカと笑う老人に村正はやれやれと言わんばかりにため息を吐いた。

 

「川田お爺ちゃんおはよー!」

 

「うむうむ、うたちゃんは朝から元気いっぱいじゃのう〜。ちゃんと毎日飯は食べれておるか? 村正に扱き使われておらんか? もし辛いことがあったらいつでもワシに言うんじゃぞ?」

 

「大丈夫! 毎日ご飯は食べれてるし、じい様はうたがちゃんとお世話してるよ!!」

 

「おいコラ、テメェら何勝手に言ってやがる」

 

「いや、勝手も何も事実じゃろ。お前さんは1人で居たらずっと刀打ってばかりで碌に飯も取らんとせんような仕事大好き人間じゃからな。うたちゃん居らんかったら今頃飢えてぶっ倒れてるのが目に見えるわい」

 

「ぬぐっ……」

 

「ほれ、言い返せないのが証拠じゃ。全く、人の心配をする前に自分の心配をしたらどうだ? 仕事をちゃんとするのは良いことではあるが、お前さんの場合は行き過ぎだ。刀を打つのが好きなのは分かるが、好きなことに集中し出すと周りのことが見えんくなるのがお前さんの悪い癖じゃ。のう、うたちゃんもそう思うじゃろ?」

 

「うん! うたもじい様はお仕事しすぎだと思う!」

 

「いや、しかしだな……」

 

「しかしも何もあるか。大体お前さんはうたちゃんの保護者としての自覚が足りなさすぎる。いいか? そもそもだな───」

 

 村正がバツが悪そうにしながら口を閉ざすと、ここぞとばかりに責め立てる2人。

 

 昨日から今日の間に村正の説教は何度か見たが、村正が誰かに説教されているのを見るのは初めてであり、少し新鮮味を感じた。

 

「まぁそれはそうと、村正や。そこに居る少年は誰じゃ? 初めて見る顔じゃが」

 

「おぉ、そうだそうだ!」

 

 説教も一通り済んだのか、川田と呼ばれた老人は村正から私へと目を向け、村正もこれ幸いと言わんばかりに私の方へと近付いてきた。

 

「コイツの名前は縁壱。昨日の夜に知り合ったばっかでな、家のねェ孤児(みなしご)って言うもんだから里親見つけるまで家に泊まらせることにしたんだ」

 

「なんと……」

 

 私の頭に手を置きながら村正がそう紹介すると、老人は悲しそうな表情を浮かべ、私に向けていた目を憐れんでいるものへと変化させた。

 

「まだ子供だというのに、なんと残酷なことか。戦で親を亡くしでもしたのか……可哀想に、心まで閉ざした表情をしておるのう」

 

「いえ、別に昔からこんな顔ですので……」

 

「なに!? 昔からじゃと!? なんと、なんということじゃ……!!」

 

 何やら私が心を閉ざしているという誤解があったのでそれを訂正しようと思いそう告げてみれば、老人は涙を流しながら私へと近付いてくるや急に抱きしめてきた。

 

「ほんに大変じゃったのう! まだまだ世界を知らぬ内に家族を失うなどと……考えるだけでも悲しゅうて悲しゅうて涙が止まらぬわ!!」

 

「いや、あの……」

 

「大丈夫じゃ安心せい、お前さんが孤児(みなしご)だからというて邪険にするような者はここには居らぬ! そんな者が居たらこのワシが殴り飛ばしてやるわい!!」

 

 私の身体を強く抱きしめ、頭を優しく撫でながら涙を流す老人に私は困り果てた。

 

 悪い人では無さそうなのだが、如何せん想像が激しすぎる。うたと村正に出逢えた今、私は別に自分が悲しいと思ってはいないのだから。

 

 どうにかしてそのことを伝えようにも口下手な私では上手く伝えることが出来ず、助けを求めて村正とうたに目を向けるが……

 

「よし、縁壱が犠牲になってる間にちゃっちゃと飯を食うか」

 

「そうだね。川田お爺ちゃんお話好きだから一度話し出すと止まらなくなっちゃうもんね」

 

 2人は何事も無かったかのようにしながらそそくさと食事を再開してしまった。

 

 まさかの裏切りに稲妻が落ちたかのような衝撃を受け、茫然自失になりながら私は暫く老人に抱きしめ続けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほんっっっっっっとうにすまなんだ!!」

 

 その後、食事を終わらせた村正が老人を私から引っ剥がしたことでようやく我を取り戻したらしく、私が食べ損ねていた朝餉を食べ終わるまで待った後、老人は私の前に座り込むと勢いよく頭を下げて謝ってきた。

 

「大丈夫です。怒ってないので」

 

「すまんな、ついつい感情が昂ってしまったばかりに……」

 

 困りはしたものの誰かに抱きしめてもらえたのは母上が亡くなられて以来であり、むしろ少しだけ懐かしい気持ちを思い出すことが出来た私は

 そう返答し、老人は下げていた頭を上げるや心底申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

「川田の爺さんは相変わらず涙脆いな。うたの時もそうだったが、どんだけ泣いてんだ?」

 

「仕方なかろう! 世の中はどこもかしこも戦だらけ。誰もが生きるために自分のことで手一杯で、碌に泣くことさえ出来やしないんじゃ。だったら、1人ぐらい他人のために泣いてやれる大馬鹿者が居てやらんといかんじゃろ。じゃなきゃ人は簡単に心が死んじまうからのう」

 

「そりゃそうだがな……程々にしとけよ?」

 

「分かっておる。お前さんに心配されるまでも無いわい」

 

 フンっ、と鼻を鳴らして口を真一文字に結ぶ老人の様子から察するに、忠告を聞き入れるつもりは毛頭無いようだ。

 

 村正もそれを察したのだろう。首を横に振りながら肩をすくめた。

 

「とりあえず川田の爺さんよ、いい加減そろそろ縁壱に自己紹介してやったらどうだ?」

 

「おぉ、そうじゃな」

 

 村正に促され、老人はコホンっと咳払いをした。

 

「ワシの名は川田(かわた) 和成(かずなり)。昔はここから近くにあった村の村長をしておったが、今はただのヨボヨボな世話好き爺さんじゃ。気軽に川田お爺ちゃんとでも呼んでおくれ」

 

「はい、川田お爺ちゃん」

 

「おぉ、縁壱くんは素直でいい子じゃのう……どっかのクソ生意気な坊主とは違うわい」

 

「おう、誰がクソ生意気な坊主だって?」

 

 聞き捨てならなかったのか、こめかみをひくつかせながら村正がそう聞くと、川田お爺ちゃんはヤレヤレと言わんばかりにため息を吐いた。

 

「ん〜? 誰もお前さんとは言ってないが〜? 自意識過剰すぎじゃないのかのう〜?」

 

「なんだとこのクソジジイ!!」

 

「なんじゃやる気かクソガキ!!」

 

 川田お爺ちゃんの言葉が余程癇に障ったのだろうか。村正は突如立ち上がるや川田お爺ちゃんへと掴みかかり、川田お爺ちゃんも負けじと村正に掴みかかった。

 

 突如始まった取っ組み合いの喧嘩。状況の変化についていけず、私は呆然と固まるしかなかった。

 

「うたァ!! 縁壱連れて畑と田んぼ見てこい!!」

 

「はーい」

 

 村正がそう叫ぶと、奥で朝餉に使ったお椀や箸を片付けていたうたが顔を覗かせ、パタパタとこちらへ走り近付いてきた。

 

「さ、縁壱行こっか」

 

「しかし、あの二人が……」

 

「あぁ、大丈夫だよ。じい様と川田お爺ちゃんってばあぁやってよく喧嘩するからいつものことだよ。ほっといたらそのうち仲直りしてるから、私達は田んぼと畑の方に行こ!」

 

「わ、わ……!」

 

 そう言ってうたは私の手を掴み、昨日と同じように引っ張って歩き出す。

 

 後ろから聞こえてくる村正と川田お爺ちゃんの怒声を完全に聞こえないフリをしているうたに連れられて私は家を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んで、だ。今日は急にどうしたんだよ。アンタが喧嘩を売ってくるってことは、うた達に聞かせられねぇ余っ程のことが起きたんだろう?」

 

「あぁ……実はな、この辺りに大規模な山賊の一党が出るようになったのじゃ」

 

「山賊だァ……?」

 

「そうじゃ。ワシが移り住んだ村の方でも既に被害に遭ってな。あヤツらはワシらが丹精込めて育てた家畜や食糧を根こそぎ奪いに来たのじゃ。幸いお前さんが打ってくれた刀のおかげでワシらの村は自衛をすることが出来たが、他の村は恐らく……」

 

「……そうか」

 

「今日ここに来たのはそれを報せるためじゃ。ワシらと違ってここにはお前さんしか戦える大人が居らん。いくらお前さんが強かろうと多勢に無勢では話にならぬ。襲われる前に、今すぐ居を移すべきだ」

 

「…………」

 

「うたちゃん達を連れてワシらの村に来い、村正。あの子達のことを考えるならそれ以外に手立ては無いじゃろうて。なに、心配するな。家ならまたワシが用意してやる。食糧とてお前さんに感謝しとる村人達から掻き集めればなんとかなる。じゃから───」

 

「……悪いが、少し考えさせてくれ」

 

「……分かった。ならば、明後日の明朝にまた答えを聞きにくる。その時までに決めておけ」

 

「あぁ……態々すまねぇな」

 

「謝るでない。これもあの二人から託されたが故のことじゃ」

 

「川田の爺さん、アンタまだあの時のことを……」

 

「フン……邪魔したな。次に会う時までに死ぬでないぞ」

 

「…………」

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