刀鍛冶の刃   作:たぬえもん

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更新が遅れてしまい申し訳ありません。
田んぼの勉強をするために農林水産省が攻略wikiのとあるゲームをやっていたらドハマリして執筆が遅れてしまいました。
これからもこんな感じで不定期更新になると思いますので、よろしくお願いします。







第5話

 昨日出会った畑と田んぼの所までやって来た後、私はうたからまず最初に田んぼの世話の仕方を教わっていた。

 

「田んぼは田植えをした後に水の管理をしっかりしないといけないの。うちの場合は田植えした後は普通の田んぼよりも水を少し多く入れるんだけど、これはなんでかって言うと水を多く入れることで植えた稲の苗を水が寒さから守ってくれるようになるの。そのおかげで稲がしっかりと育ちやすくなってその分収穫する時に沢山お米が取れるようになるし、雑草も湧きにくくなるからとっても便利なの! けど、ちゃんと期間や入れる量を気をつけないとすぐに苗がへばっちゃったり収穫した時のお米が不味くなったりするんだよね〜。去年もそれでうたがやらかしちゃってじい様に怒られちゃったんだけど、今年こそはちゃんと美味しいお米が獲れるように頑張るよ!!」

 

「……そ、そうなのか」

 

 人に何かを教えるのがよっぽど好きなのか、それともただ単に田んぼが好きなのかは分からないが、ここに到着してからというものうたはずっとこんな調子だった。

 

 目をキラキラと輝かせて、やる気に満ち溢れた顔をしているのは何よりだが、恥ずかしながら私はうたの話についていけてなかった。

 

 そも、私は忌み子として生まれた身。屋敷から出ることを許されず、あの狭い部屋の中でずっと暮らしてきた私にとって田んぼのことなど門外漢である。

 

 何故水を入れると稲を寒さから守ってくれるようになるのか。何故そのおかげで育ちやすくなるのか。雑草が湧きにくくなるのはどうしてなのか。そもそも普通の田んぼに水を入れるのはどうしてなのか。普通に水やりするとかじゃいけないのか等々……うたの話を聞いてるだけで疑問点はいくらでも出てくる。

 

 まだ刀のことや侍のこと等であれば知識として母上から教わったり屋敷に居た父の輩下達の話を盗み聞きしていたことである程度は分かるが、流石に田んぼや畑のこととなると分からないことばかりだ。

 

 故に、先達でもあるうたの話をしっかり聞いて覚えようと思っていたのだが……先程からうたの口が一切止まろうとしない。

 

 次から次へと言葉が出てくるだけでなく、所々で雑談が挟むものだから覚えておくべき大事な所とそうでない所の見分けが全くつかなかった。

 

「それで次は畑のことなんだけど、こっちはこっちで厄介でね〜。田んぼみたいに水を入れるってことが出来ないから、雑草とか虫とか沢山「うた、うた」ん? なに?」

 

「うたが何を言っているのか分からない」

 

 正直に私がそう言うと、まるで時が止まったかのようにうたは固まった。

 

 あんなに動いていた口は動かなくなり、目を丸くして呆然としている姿はまるで人形のようだ。

 

 一、二、三……ゆっくりと十まで数えた所でうたは再び動き出した。

 

「え、っと……どこが分からなかった?」

 

「全部」

 

「ぜんっ……!?」

 

 分からないことだらけすぎて思わずそう言ってしまうと、うたは自分の説明が全く理解されていないことに衝撃を受けたらしくびっくりした顔をしながら数歩よろけた。

 

「嘘でしょ……私の説明ってそんなに分かりにくかった……?」

 

「うん」

 

「にゅぐっ!?」

 

 人が決して出してはいけないような声を上げ、うたはガクッと肩を落とした。

 

「はぁ……ごめんね縁壱。この田んぼも畑も父様と母様から受け継いで以来、じい様と一緒に世話してるから私が誰かに教えるってことは1度もなかったの。だから、私なりに頑張ってうまく説明しようと思ったんだけど……あはは、教えるのって難しいね」

 

「うた……」

 

 そう言って悲しそうに微笑むうたを見ていると私は胸の中が申し訳なさで一杯になった。

 

 折角うたが頑張って説明してくれたのだ。ならば、その心意気を汲んで私も頑張って聞いて理解する必要があるだろうに。

 

「ごめん、俺もちゃんと分かるように頑張る」

 

「ううん、こっちこそごめんね。もっと父様と母様からちゃんと教わってれば上手く説明することも出来たんだろうけど……もう2人とも居ないから(・・・・・・・・・・・)

 

「居ない……?」

 

 その言い方ではまるで───

 

「うん、2年ぐらい前に2人とも流行り病に罹って死んじゃった」

 

 あっさりとそう告げたものの、うたはもの哀しげな顔をしていた。

 

「父様と母様だけじゃない。2年ぐらい前まではこの近くに村があったんだけど、その流行り病のせいで沢山の人達が死んじゃったの。あきちゃん、花ちゃん、柴田の婆様、石井の姉様……うたと仲良くしてくれた人達も皆……みんな……」

 

 語る内に辛くなってきたのだろう。目尻から涙を零し、唇を強く噛んで嗚咽を漏らさまいと我慢しているうたの姿を見て、私は何も言うことが出来なかった。

 

 薄々と感じてはいたのだ。明らかに血縁者とは思えない程に似ていない村正とうたの2人がこんな山奥に一緒に暮らしているのはどう考えてもおかしいと。

 

 そして、うたの両親が一夜経っても姿を見せることなく、うたと村正がまるで居ないのが当たり前(・・・・・・・・・)として扱っていることから、既にうたの両親は亡くなっているか、それとも何処か遠い所にでも出掛けているかのどちらかだと思っていたが……。

 

「生き残った村人達はどうしたんだ?」

 

 両親を含め大勢の人が死んだとは言え、うたのように生き残った村人達も居たはずだ。

 

 うたを置いてその者達はいったい何処へ消えたのか。不躾だとは思いつつそう問うてみれば、気持ちを落ち着かせるためかうたは1度大きく息をした。

 

「うた以外の皆は川田お爺ちゃんに連れられて違う村に移り住むことにしたの。人が減りすぎて村として生きてはいけないからって」

 

「なるほど……」

 

 それは確かに道理だろう。村とはあくまで個人の集団が1つに纏まった物であり、食べる物や子宝を安定して作り、何かしらの危険が押し寄せても皆で対処できるという利点があるが、あくまでもそれは人が居れば出来ること。ある程度まで人が減ってしまえばもはや村を形成することは出来ず、バラバラになってしまうだろう。

 

 通りでうたと村正以外の人物を見かけない訳だ。ここの近くにはもう住んでいないというのであれば、見かけるはずもない。

 

 うたの話を聞き、私は朝餉の時にされた川田お爺ちゃんの自己紹介をふと思い出した。

 

 確かに『昔はここから近くにあった村の村長をしていた』とは言っていたが、まさかこういうことだったとは。

 

「うたは川田お爺ちゃんに着いて行こうとはしなかったのか?」

 

「うん。だって父様と母様を置いてはいけなかったしね」

 

「置いて……?」

 

 私の言葉にコクリと頷くと、うたは「着いてきて」とだけ私に告げて何処かへと歩き始めた。

 

 言われた通りに私はうたの後に着いて行くと、最初は歩きやすいように整理されていた山道が次第に人の手入れが一切施されていないのがすぐに分かるほどに草木が無造作に生えている荒れた道へとなっていく。

 

 獣道とまではいかずとも、草木が邪魔をして中々に歩きにくい。それでいて周りの風景は木々に囲われているせいでほとんど変わり映えしないので、もしも1人で来たら帰り道が分からなくなって迷子になってしまいそうだ。

 

 ちゃんとうたに置いてかれないように気を付けながら暫く歩き続けると、不意に大きく切り拓かれた場所へと出た。

 

 大きな石が鎮座している広場のような場所を中心として、それを囲むようにして今にも崩れ落ちそうになっている幾つもの廃屋が並び、雑草が生い茂っている畑の跡と水の枯れた田んぼの跡が点々と残されていた。

 

 一目見て理解する。人っ子一人誰も居らず、人の営みが確かにあったのだという痕跡だけが残されているこの場所こそがうたの生まれ育った村であると。

 

「ここが私が住んでた村。もう誰も居ないから昔と比べたら全然景色が違うけどね」

 

 記憶にある村の光景を思い出しているのだろうか。言葉を言い終えるとうたは無言で立ち尽くしたままどこか遠くを見つめている眼差しをしていたが、暫く経つと大きな石が置かれている広場に向かって急に歩き始め、私もその後に続いて行く。

 

 遠目からでも大きく見えた大きな石は近付くことでより大きくなり、実際に間近で見ると少なくとも当時の私の4倍以上の大きさはあった。

 

 この石は何の為に置いてあるのか。疑問に思った私の内心を知ってか知らずか、うたは石の表面を優しく撫でながら口を開く。

 

「これは生き残った村人達で作った……村で死んだ人達のお墓。本当は1人ずつ作ってあげたかったけど、そんな場所も人手も無かったからこうして1箇所にまとめて埋葬してあるの」

 

 父様と母様もこの下で眠っているの───そう語るうたの表情はとても穏やかなものであった。

 

 その表情も然ることながら、優しい手つきで何度も石を撫でる姿からはうたにとってこの場所が如何に大切なのか充分理解することが出来た。

 

「ねぇ、縁壱。さっき私に川田お爺ちゃんに着いて行かなかったのかって聞いたよね」

 

「うん」

 

 他の村人は移住し、うたと村正がこの村の跡地の近くに住んでいる理由。それはもはや明白であった。

 

「この下には皆が居る。うたと一緒に居てくれた大切な人達が眠っているの。だから───私は此処を離れたくない。川田お爺ちゃんの所に行けば沢山の人が居て、寂しい思いもしなくなるかもしれないけれど、川田お爺ちゃんの居る村はここからかなり遠い所にある。そうなるともうここに居る皆とは簡単に会えなくなっちゃう……それだけは絶対に嫌だった。皆に育ててもらった恩を忘れて、遠い場所でただのうのうと生きるなんて私には耐えられない」

 

 だからこそ此処に居る、と。石を撫でるのを止め、真正面から私に面と向かってうたはそう告げた。

 

 向かい合って改めて分かる。いつもの穏やかなうたとは全然違う。凛とした力強い眼差しに、私は思わず呑み込まれそうになった。

 

 そして気付く。私はうたのことを優しい女の子だと思っていたが……しかし、違ったのだ。うたはただ優しいだけの女の子ではない。人として一本の芯が通っている強い女の子だったのだ。

 

 その思いを聞き、その在り方を理解し、そして私はやっと自覚した。何故うたに亡くなられた私の母上の面影が重なるのかを。

 

 私の母上もまた強く優しい人であった。この世から諍い事が無くなるよう毎日毎日祈りを続ける優しさを持っている一方で、生まれた時から痣を持っていたことで気味悪がった父の手によって殺されてもおかしくなかった私を必死に守ってくだされ、父と殺し合い寸前の大喧嘩までしたと自慢気に話されていた母上の姿を今でも覚えている。

 

 普段は温厚であっても、母上は決して譲れないことに関しては絶対に意見を覆さない人であった。

 

 母上にとってはそれが私と兄上であり、うたにとっては亡くなった両親や村人達なのだ。

 

 姿形は違えど、うたも母上も人として芯の通った強く優しい女性。だからここまで似ているのだろう。

 

「凄いな……」

 

 うたの話を聞き、私は自然とその言葉を口にした。

 

 私と同い年だというのに、己の在り方を既に定めているうたの心の強さにただただ感服するしかない。

 

 自分はこれからどう在るべきか。それすらもハッキリとしていない私なんかと比べるのが烏滸がましいぐらいに、うたはしっかりとしていた。

 

「凄いな、うたは」

 

「え? いやいや、別にそんなことないよ。『受けた恩は必ず恩で返す。それが人としての当然であり、仇で返せばもはやそれは人で無し』って父様と母様から言い聞かせられてきたしね」

 

 とても同い年の女の子とは思えないぐらいに人として立派なうたを褒めると、照れくさそうに笑いながら少しだけ頬を赤らめた。

 

「まぁそれに、私がこうしてここに来れるのもじい様が居てくれたおかげだから。じい様が私を引き取ってくれて(・・・・・・・・)、川田お爺ちゃんと沢山お話してくれたから此処に来ることも許してくれたの。此処に居ることでまた流行り病や何かしらの病にでもなったら一大事だから、川田お爺ちゃんとしては本当だったら此処を立ち入り禁止にしたかったみたいだけどね」

 

「そうだったのか……」

 

 うたからの説明を聞き、疑問がどんどん解消されていく。

 

 山奥にたった二人で暮らすうたと村正にそんな事があったとは思いもしなかった。

 

「もう病は大丈夫なのか?」

 

「よっぽど大丈夫だとは思うよ。流行りって言っても2年ぐらい前だし、何回も此処に来てるけど私が病になったことは1度も無いしね!」

 

「……そうか」

 

 確かにうたは病や怪我とは一切無縁そうだ。正直うたが病で床に伏す姿を想像することが出来ないぐらいには元気だ。

 

「あ、そうだ! 折角ここまで来たから前に私の家があった場所教えるね!」

 

「うん」

 

 私の手を引っ張り、うたは前を向いて走り出す。

 

 いつまで経っても……それこそ、大人になっても。うたはこうして誰かの手を引っ張って走り続けることだろう。

 

 確証は無いが、何故だかそんな気がした。

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