ルーシィ・ハートフィリアは今、感激に震えていた。
ついこの間まで〝楽園の塔〟にてジェラール・フェルナンデスの悪事に巻き込まれ、絶体絶命の危機に瀕していたのだが、辛くもジェラールの野望を打ち砕き、我が家である
その間、
ちなみにS級魔導士しか足を踏み入れることが許されなかった〝2階〟に関してはS級魔導士でなくても上がれることが許された。ナツたちが掟を破ったことをきっかけにS級クエストの参加条件が再考され、S級魔導士が同行していれば誰でも参加可能となったのだ。
そして、特にルーシィを喜ばせたのは元
ただ何故だか〝グレイを取り合う恋敵〟として敵視されているが、そこだけは迷惑以外の何ものでもなかった。そもそもグレイに対して恋愛感情は抱いていないため、どうぞ勝手にどぅえきてぇ(巻き舌)くださいといった感じだ。
だが、一つだけ納得いかないことがあった。
それはジュビアと同じ元
ギルドを破壊しただけでなく、レビィたちを手にかけた張本人だ。ルーシィだけでなく、ナツたちも納得できないのは当然であった。
ガジルの入団を許可したマスター・マカロフはいつもの飄々とした様子で「あのときはジョゼの命令で仕方なくやったこと。昨日の敵は今日の友」と言ってはいるが、それであっさりと過去のことを水に流すことは到底できなかった。だが、妖精の
そうこうしていると、何やら催し物があるらしく、カナに着席を促された。
大広間の明かりがぱっと消え、ステージにスポットライトが当てられる。
そこにいたのは美しい女と麗しい男──ミラジェーン・ストラウスとジル・ギルティの姿であった。
ミラジェーンは椅子に腰掛けながらギターを抱え、その傍らに立っているジルはヴァイオリンを手に持っている。
「…ん? あの野郎…」
それまで、所在なげに席に着いていたガジルが鼻をひくつかせながら喪服の男を不審な目で見据えた。いったい何を思ったのか。明らかに様子が変わってはいたが、それに気付く者は誰もいなかった。
一方、ルーシィは対照的な一組の男女の登場に目を丸くさせた。
「ミラさんとジルさん…珍しい組み合わせだね」
「お前、ミラちゃんとジルが付き合ってんの知らねぇのかよ」
「え、ウソ…!? あの二人が…!?」
ルーシィは声を抑えつつ、驚きの声をあげた。ミラジェーンに恋人がいることは本人の口から聞かされてはいたが、相手が誰かまでは知らなかった。そのときはまだジルと知り合う前であったからだ。
二人が会話している姿は何度か目にしていたし、仲は良さげに見えた。だが、どうしても恋人同士だとは思えなかった。
何故なら、あの無感情でドライなジルが、まさか恋人を作るなどと──、
次の瞬間、ルーシィの思考を遮ったのは超絶技巧の旋律であった。音の正体は喪服を着込んだ麗人が奏でるヴァイオリンの音色。
ひそやかな麗音が一瞬にして、大広間にいる全ての人間の心を鷲掴みにし、先程まで新しくなったギルドの居心地の悪さにそわそわしていたナツでさえ、ジルを食い入るように見つめている。
「うまっ…!」
ルーシィは感嘆の声をあげた。
ハートフィリア家の令嬢として10年ほどヴァイオリンを習わされていたが、彼女自身才能がないのと、そもそも好きでもない習い事に対するモチベーションがなかったため、人並み程度の腕しかない。だが、そんな彼女から見ても、ジルのヴァイオリンテクニックは明らかに
「ジルさん、ヴァイオリン弾けたんだ…何年ぐらいやってるの?」
ルーシィがグレイに尋ねると、驚きの回答が返ってきた。
「確か一年ちょい。ほぼ独学だってよ」
「一年…!? 独学…!?」
「いや、まぁさすがにイチから独学ってのは無理だぜ? 音楽の先生にわからないこと聞いたりしてたらしいけど」
「いや、それでもすごいから…!」
たかだか一年、しかもほぼ独学でハイレベルな技術を習得できるものなのだろうか? 次元がかけ離れ過ぎて、疑わしく思ってしまう。
だが、ジルの楽器奏者としての
「プロの音楽団のヘルプだったり、曲の提供だったりであちこち飛び回って結構稼いでるらしいぜ? 本人は目立つことはしたくないからって言って、名前と顔を変えてるみてぇだけど。あとピアノも独学で、この前遊び感覚でコンテストに応募したら入賞──」
「ごめん、グレイ…。凄すぎて、ミラさんの歌が全然入ってこない…」
先程からミラジェーンの歌声が心地よく耳をくすぐられているが、ジルの悪魔じみた才能話のせいで感動が半減されてしまっていた。
「前世は音楽家だったんかね。何故かギターとかドラムとかは全然上達しなかったけどな。…って、ナツ!! 暴れんじゃねぇッ!!!」
突然、何故かナツが怒号を発しながらテーブルをひっくり返してきたためグレイは当然の如く怒りの形相で掴みかかった。
すると今度はエルフマンが姉の歌を邪魔する不届き者たちに鉄拳制裁した。その拍子に、エルザが今まさに食べようとしていたイチゴのショートケーキが床に落ち、見るも無惨な姿に変えられた。
食べ物の恨みは恐ろしいとはよくいったもので、ケーキ一つで修羅と化した
それが波及効果となり、ある者は怒り、ある者は楽しんで暴れ回った。自由を謳歌することをモットーとしている
「バラードなんか歌ってる場合じゃないわね」
目の前で繰り広げられる解放的な饗宴を見て、ミラジェーンはくすりと笑った後、ジルの方に顔を向けた。
「ジル! ロックで行きましょ?」
「む? いや…ロックは──」
「変身ーーー!!!」
恋人の返答を待たずして、ミラジェーンは変身魔法で衣装を変えた。黒革のロックコスチュームにドレスアップした彼女はギターの音色を歪ませ、仲間たちの喧騒に合わせてハードロックのフレーズを奏で始めた。
一人取り残された喪服の青年は大きく肩を竦め、ロックは苦手だと言わんばかりにそのまま静かにステージから立ち去っていった。
◇
「ミラさんって、ジルさんと付き合ってるって本当ですか?」
場にようやく落ち着きを取り戻した頃、ルーシィはカウンター席に座りながら早速ミラジェーンにジルとの関係を尋ねた。
「あら、言ってなかったかしら?」
「いえ、全くの初耳です!」
恋人がいることは知ってはいたが、相手が誰かまでは知らず、てっきりナツかグレイだと思っていた。
しかし、改めて本人から聞かされても、やはり違和感が拭えない。
「ミラさんって、ジルさんのどこが好きなんですか? 正直、周りから良い噂聞かないですよ?」
「ルーシィ? あんまり他人の噂だけで人を判断しちゃダメよ?」
「あ、いや…ごめんなさいっ」
優しい口調で言われたが、どこか棘を感じ、ルーシィは迂闊なことを言ってしまった自分に自嘲しながら謝罪した。
しかし、良い噂は聞かないのはまぎれもない事実であった。
特にエルザ・スカーレットの、ジル・ギルティへの誹謗中傷は容赦なかった。「騙されるなよ、ルーシィ。奴は顔だけの男だ。卑怯で姑息で、正論を口にするが倫理観が全くない。おまけに喫煙者で嘘つきで他人がどうなろうとどうでもいいと思っている人間だ。顔だけだ。顔だけが唯一の取り柄なんだ。もう少しモラルあれば、良い男なんだがな。あの顔は本当に宝の持ち腐れだ」とりあえず性格は嫌いだが、顔だけは物凄く好きだってことがわかった。
話を聞かされたミラジェーンは大きく笑った。
「あははっ! エルザはああ言うけど、なんだかんだジルのことが好きなのよ。ジルもジルで、エルザみたいなタイプの方がやり易いんだと思うわ。すっごく仲良しよ。ナツとグレイみたいな関係だと思ってくれればいいわ」
「…それ、仲良しなんですか?」
ナツたちで例えられると余計に仲の悪い関係に思えてしまう。ミラジェーンにしかわからない感覚なのだろう。
それはさて置き、ルーシィは改めてジルのどこに惚れたのかと尋ねると、ミラジェーンは神妙な顔つきになった。
「今思えば…一目惚れ、だったかな。顔──というより、雰囲気がね」
「…別れたいなぁとか思わなかったですか?」
「もちろん、あるわよ。あの人の考え方ものすごく独特だから未だに何回も喧嘩するし、別れてやる!って思ったこともあったけど…」
「何かね…ほっとけないのよ。皆が思うほど、あの人は強い人間じゃない。誰かがそばにいないとあの人一人ぼっちになっちゃうから…あ、もちろん、義務感とか同情とかじゃないのよ? 上手く言えないんだけど」
「はい」
「男ってさ、女のことでバカになるけど、女も女で好きな男のことでバカになるときあるじゃない? その人のためだったら、自分から貧乏くじ引いてそれが逆に幸せに思えるのよ。…ルーシィもわかるでしょ?」
「は、はい、まぁ…」
ルーシィは曖昧な表情で相槌を打った。
生憎17年間お嬢様暮らしでまともな恋愛はしてこなかったため、ミラジェーンの言っていることがいまいちピンと来なかった。
だが、彼女のその献身的な愛情深さがどこか危ういと、ルーシィは直感的に感じてしまった。しかし、恋愛経験ゼロの女の勘など当てになるはずないと、すぐに頭の隅に追いやった。
「それにね。ジルってば、ああ見えて意外と可愛いところがあるんだから」
「ミラさん、もしかして洗脳されてます?」
喪服を着た無感情な喫煙者のどこに可愛いと思えるのだろうか? 精神操作をされているとしか思えない。そして、ジルならばやりかねないと思ってしまった。
「…でも、ジルさんってミラさんのどこに惚れたんですかね?」
ルーシィが一番引っかかっている部分はそこであった。ミラジェーンがジルに惚れているのはわかるとして、ジルの方はまず恋愛に興味なさそうな勝手なイメージがあった。
ルーシィが疑問を呈したその瞬間、
「さぁ…」
男女ともに魅了する絶世の美貌に翳りが差した。
「私の…どこを好きになったのかしらね、あの人は」
ルーシィはこれ以上追及することができなかった。ジルとミラジェーンの関係はごく普通の恋愛関係などではなく、想像していた以上に複雑なようだ。
別れた方が良いのではないかと思ったが、結局それは本人たちの問題であって、赤の他人が口を出すことではないためルーシィは口を噤んだ。
そんな彼女の心情を察したのか、重くなった雰囲気を払拭するためミラジェーンはいつもの笑顔で話題を振った。
「そういえばルーシィはどうなの? ここにもすっかり馴染んできたから、気になる人とかいないの?」
「えッ? い、いやぁ…どうなんですかねー」
急に自分への話を振られたため、ルーシィは動揺した。思えば、ギルド内での恋愛など全く意識していなかった。整った顔立ちの男は何人かいるし、メンバーのほとんどがとてもフランクで良くしてもらっている。だが、恋愛に結び付けるかどうかは別の話である。
「ナツとかは? きっとルーシィのこと、好きだと思うけどな~」
「な、何を言ってるんですか!?」
ミラジェーンの悪戯っぽい笑顔をルーシィは直視することができなかった。
いったい何を根拠にそんなことを言い出すのか。正直ミラジェーンは天然な所があるため迂闊に真に受けるのは危険だ。
だが、いざそんなことを言われると意識してしまう。顔は良いし、メチャクチャな性格だが、天真爛漫と思えば好感が持てる。ミラジェーンの言う通り、ナツは本当に自分のことを──
「ね、ジルもそう思うでしょ?」
「…え、ジルさん?」
何故、今この場にいない男の話をするのか。ミラジェーンの天然っぷりに呆れつつ、ルーシィはふと隣の方に顔を向けると、
「って、おぅわッ!!?」
「人の顔を見るなり失礼ではないかね?」
いつの間にか隣の席に喪服の麗人が座っていたため、ルーシィは元財閥の令嬢らしからぬ声で驚愕した。
彼女の反応にくすりと笑いつつ、ミラジェーンはジルに話を振る。
「ジルから見て、ナツってルーシィのこと好きだと思う?」
「さぁ? 彼は誰にでも、ああいう感じだとは思うが」
喪服の男は相変わらず興味のなさそうな表情で煙草をくわえ、マッチを擦った。紫煙をたっぷりと吐き出してから、生気のない瞳をルーシィに向けた。
「まぁ、余計なお世話だと思うがねルーシィ。早いうちに男を知っておくといい。女を騙すことを専門とする詐欺師からすれば、君のようなタイプは一番引っかけやすい。それに君はちょくちょく色仕掛けをしているが、正直生娘のくせに〝こうすれば男はオチるだろう〟という考えが毎回透けて見えて
「いや、本当に余計なお世話ッ!!!!」
自分の身体を腕で隠しながらルーシィは顔を真っ赤にした。セクハラ発言とも取れるが、何もかも見抜かれてて言っていることは的確である。デリカシーがあるかどうかは別として。
「もう~、ジルったら。そんなんだから人から嫌われるんじゃない」
「嫌われるのは構わんよ」
ミラジェーンが困ったような表情で注意するが、ジルは全く悪びれた様子がない。
──やっぱり違和感あるなぁ、この二人…。
仲睦まじく会話する美しい男女を見ながら、ルーシィは改めてそんなことを思った。決して仲が悪いようには見えないし、表面上だけの関係にも見えなかった。
だが、どこか刹那的で。ちょっとしたことで崩れ去るような危うさが垣間見えた。
──でも…幸せになってほしいな…。
心の中でそう願ったルーシィであったが、一抹の不安のようなものを覚えていた。
だが、それが形となるも、彼女の前に現れなかったことだけが唯一の救いだったのかもしれない。
◇
「クソがッ!!!!」
ラクサス・ドレアーは今、かつて無いほどに怒りに震えていた。
彼がもっとも忌避することは、自身が所属するギルド──
噂が横行し、
しかも、ギルドを建て直したことで週刊ソーサラーの取材が入った。当然あの荒くれ者集団が大人しくしてるはずもなく、多くの者が目にする人気雑誌に
そして、ラクサスにとって決定打となったのは事の発端である
誰人も侮辱することができないほどの、圧倒的な力を誇示しなければならない。
祖父はすでに
ならば、引きずり下ろせばいい。
──もう我慢の限界だ…!!!
ついに怒髪天を衝いたラクサスは、燻っていた反逆の意思を雷鳴の如く轟かせたのであった。
その様子を、木の枝に留まっている一羽のカラスがじっと眺めていた。
◇
「ふむ、ようやく重い腰を上げたかな」
喪服の男──ジル・ギルティは抑揚のない声で呟いた。場所は自宅。彼は今、〝エルの書〟のページを広げながら、カラスと視界を共有してラクサスを監視していた。
──まさかとは思ったが、あなたがそこまでギルド想いだったとはね、ラクサス。
ラクサスが
ラクサスの行く先々で
全てはラクサスの鬱憤を爆発させ、反逆を起こさせるために。
いつ反逆を起こすかわからない者をいつまでも監視して待っていては魔力と労力の浪費だ。
であれば、お膳立てをすれば良いだけのこと。
──しかし…周りの目を気にし過ぎではないかね、ラクサス。私には全く理解の外だ。
周囲に侮辱されたからといって、
ラクサスの目指す形ではなかったかもしれないが、侮辱されないことばかりに気を取られて、仲間たちを蔑ろにすることもないだろうに。
まぁ、何にせよ。雑草は刈らねばならぬ。
ジル・ギルティはラクサス排除のための準備に取り掛かった。
目標としていたお気に入り登録666人突破することができました。
本当にありがとうございます。皆、物好きだねーw いっぱい死んじゃうよ?
これからも読者さん全員を後悔させてやる気持ちで頑張りたいなと思います。