悪ノ華 2021年版   作:ギュスターヴ

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第十話:妖精の共食い

 ラクサス・ドレアーが反逆の意思を固めてから数週間の時が経った。

 本日はマグノリアの収穫祭なため、街全体がお祭りムード一色だった。この収穫祭で特に目玉となるのが〝ファンタジア〟と呼ばれる夜間に行われるイベントである。

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士による魔法の饗宴は、まさに幻想曲(ファンタジア)と呼ぶにふさわしいものであり、大パレードを見るために他の街からも多くの人間が集まっていた。

 

 〝ファンタジア〟の準備が進められている中、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のギルドで大きなイベントが開かれていた。

 その名も、ミス・フェアリーテイルコンテスト。妖精の尻尾(フェアリーテイル)に所属する才色兼備の女性魔導士たちが自身の容姿と魔法を使って、それぞれアピールタイムを行った。

 そこには週刊ソーサラーでグラビアを務める妖精の尻尾(フェアリーテイル)の看板娘──ミラジェーン・ストラウスの姿もあった。

 観客の多くは当然のように彼女の水着姿を期待していたのだが、どういう訳かミラジェーンは得意の変身魔法で顔だけをハッピーに変えたのだ。首から下はそのままである。

 さらに彼女は最近妖精の尻尾(フェアリーテイル)に入ったばかりのガジルの顔に変身するという暴挙に出た。顔だけを変身させては女装をしているガジルにしか見えない。

 それを見て笑っている者は極一部であり、大半の者は絶句することしかできなかった。

 

 会場中の落胆と戸惑いの空気を感じ取りながら、ミラジェーンはステージを下りた。

 彼女があのような行動を取ったのは、会場にジルの姿がなかったからだ。優勝賞金にも、肩書きにも興味が無い。

 ただ愛する人に自分の姿を見てもらいたかっただけだ。もし恋人が観客席にいたならばもう少し気の利いた衣装を身につけていたかもしれないが、いないのであればその価値は無い。

 

 ジルは仕事だと言って数日前から自宅から出ている。だが、何となくそれが嘘であることを察した。普通だったら浮気を疑うところだが、浮気するほどあの男は他人に興味が無い。

 

 ミラジェーンはひどく嫌な予感がした。それを払拭するために会場で恋人の姿を確認したかった。だが、姿形も見当たらず、不安は大きくなる一方だった。

 何か(・・)が起ころうとしている。幽鬼の支配者(ファントムロード)のときのような、大きな何か(・・)が。

 もし、それが起きた場合、自分はどうする? また自分は無力だと嘆きながら涙するつもりか?

 

 思案に耽ったミラジェーンは床を見ながら歩いたため、誰かと肩がぶつかった。

 

「あっ、ご、ごめんなさいっ」

 

 ミラジェーンは反射的に頭を深々と下げて謝罪した。

 

「あら、良いのよ。こちらこそ、ごめんなさいね」

 

 返ってきたのは妙齢な女性の声だった。

 色香を感じさせる、その口調はどこかで聞いたことのあるものであったが、コンテスト参加者の誰にも当てはまらない声だ。

 ミラジェーンはばっと顔を上げると、一人の美女が眼鏡を上げながらこちらをじっと見据えていた。

 

「エ、エバ──」

 

 そこでミラジェーンの声が途切れた。

 石化の魔眼と目を合わせられた彼女の身体が硬直し、一つの美しい石像へと姿を変えた。

 

 

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバーが多く集まる収穫祭を狙って、ラクサス・ドレアーはついに反逆を起こした。

 エバーグリーンの能力で石化させたミス・フェアリーテイルコンテストの参加者を人質にしたうえで、マグノリアにいるメンバー全員を〝祭りの余興〟に強制参加させた。

 バトル・オブ・フェアリーテイル──マグノリアの街全体をバトルフィールドとし、妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強はいったい誰なのかを競うための、妖精の共食いである。

 相手はラクサスと、ラクサス親衛隊・雷神衆──フリード・ジャスティーン、ビックスロー、エバーグリーン、計四名。それに対し、彼らを相手取るメンバーは百名近く。

 数だけ見れば考えるまでもなく、後者の方が断然有利である。そして、メンバーの大多数が思った「相手がラクサスたちでも、総力をあげれば勝てるのではないか」と。

 

 だが、それは彼らを過小評価したことによる大きな間違いであった。

 

 バトル・オブ・フェアリーテイルが開始させる以前からフリードの〝罠〟が仕掛けられていた。それは術式と呼ばれる、結界魔法の一種である。

 術者が定めたルールを書き込むことで設置され、踏み込んだ者に絶体的に且つ強制的にルールを課すことができる。書き込むのに時間がかかるという弱点を持っているが、先手としてこれ以上にないほどに厄介な魔法だ。

 その術式がすでにギルド内に設置されており、『80歳を越える者と石像の出入りを禁止する』という制約が設けられていた。80歳を越える聖十大魔道(マカロフ・ドレアー)と人質を閉じ込めるためだ。年齢制限と物質制限──この二つの制約によって、何故かどちらにも当てはまらないであろうナツ・ドラグニルとガジル・レッドフォックスまで閉じ込められることになったのだが、その理由はラクサスたちはおろか、ナツたち本人ですらわからなかった。

 

 さらに術式は街中の至る所にも仕掛けられており、そのほとんどのルールは以下の通りである──『この中で一番強い魔導士のみ術式の外へ出ることを許可する』

 敵味方関わらず術式に踏み込んだ者同士で潰し合えというのだ。本来であれば、そんなことできるはずがないと拒むところだ。しかし、三時間以内にラクサスたちを撃破しなければ、石化された人質が砂塵となって命が失われてしまうとなれば話は別である。

 

 彼らの迷いと戸惑いはそう長くは続かなかった。苦渋の選択の末、街中のあちこちで味方同士の潰し合いが始まった。

 フリードの術式の使い方はまことに的確で、数の上で圧倒的に不利であったはずなのに百名以上いたメンバーが瞬く間に半数にまで激減した。

 もちろん、潰し合いだけが要因ではない。もう一つの大きな理由は、雷神衆の存在だ。彼らは三人ともS級魔導士ではないが、それに近しい戦闘能力を有している。しかも、三人それぞれ特殊な魔法を持っているため、エルフマン・ストラウスやグレイ・フルバスターなど幽鬼の支配者(ファントムロード)戦で活躍した妖精の尻尾(フェアリーテイル)の主力メンバーまでことごとく撃破された。

 そして、最終的には──

 

「こ、この三人(・・)だけじゃとーーーーーー!!!?」

 

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)のギルドの中で老人の絶叫が木霊した。

 

 バトル・オブ・フェアリーテイルが開始されてから、途中経過速報がマグノリア内にいる魔導士たちに伝えられる。誰と誰が戦い、誰が勝利し、残り人数は何人かなどを逐一報告される。

 一時間半以上が経過したとき、マカロフたちの前に『残り三人』という絶望的な報告が淡々と表示された。

 その三人というのはナツ、ガジル、そして自分であるとマカロフは思ったが、どこか釈然としなかった。

 術式を使って閉じ込めた人間を果たして頭数に入れているだろうか? ラクサスの言動からしてナツたちが閉じ込められたのは誤算だろう。ナツとガジルは間違いなく入っている。

 では、三人目はいったい誰だ? 戦闘能力がないハッピーか? 彼には申し訳ないが、それだと余計に腑に落ちない。

 どちらにせよ、術式という籠に捕らわれている限り、鳥のように(さえず)ることしかできない。

 このまま時間が過ぎるのを待つだけなのか? 人質の命を救うため、ラクサスにマスターの座を明け渡すしかないのか!?

 

 マカロフが諦めかけた、そのときであった。ギルド全体に寒気のようなものが走った。

 グレイの扱う氷魔法特有の冷気ではなく、邪悪さを感じさせる陰鬱な悪寒。

 床が漆黒に発光すると、そこから浮かび上がってきたのは銀色の逆五芒星の魔法陣であった。それが粒子となって砕け散り、空気中に漂うと、美女たちの石像に変化が起きた。

 表面にひびが入り、卵の殻のように割れると、人の柔肌が露わになる。石化の魔法を解除され、ミス・フェアリーテイルコンテストの参加者たちがようやく解放された。

 

 

「──いやがるのか(・・・・・・)、ジル」

 

 場所はマグノリア中心部にあるカルディア大聖堂。フィオーレ三大教会と謳われるだけあって建物の規模は大きく、荘厳である。その聖域に身を潜めているラクサスは額に青筋を浮かばせた。

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)の中で逆五芒星(ブラック・ペンタグラム)を扱う人間は一人しかいない。いや、魔法陣を見なくとも、姿を見せずに魔法を遠隔発動できるのはあの黒狐しかいない。

 

「上等だよ、詐欺魔(メフィスト)。どんな卑怯な手でも使ってみやがれ、返り討ちにしてやるよ」

 

 他のメンバーと同様に、ラクサスもまたジル・ギルティという男が気に食わなかった。直接会話したことなど一回や二回しかない。だが、本能(・・)とでも言うべきか、一目会った瞬間から粘りつくような不気味さと危機感を覚え、今日(こんにち)にまで至っている。

 だが、それに対して当の本人はラクサスに対して全く関心がないように見えた。嫌悪しているわけでも、見下しているわけでもない。

 ただただ、無関心。その辺に転がっている小石程度にしか思っていない──あの生気のない、濁った灰色の瞳がそれを物語っていた。

 どこまでも気に入らない。マスターの座を奪い取った後、真っ先に排除してやる! ラクサスは怒気を漲らせながら、次の一手を投じることにした。

 

 

 石化の魔法を解除されたミラジェーンはマカロフたちに事の顛末を聞かされた。

 ラクサスのあまりの横暴さに怒りを通り越して、もの悲しい。

 ここのところ、やたらモラルに欠ける言動が顕著になっていたが、まさか彼がここまでの暴挙を起こすとは思わなかった。

 恐らくジルは事前に察知していたのであろう。数日も前から姿を暗ましたのはラクサスたちの目から逃れるため。さらに、石化解除の魔法を予めギルドに仕込んでいたのだ──ラクサスたちの作戦を前もって知っていなければこんなことはやらない。

 

 ちなみに同じく石化されたエルザだけは右目の義眼のおかげで魔眼の効果を半減していたため、身動きが取れていなくても聴覚だけは生きていた。またジルに借りを作ってしまったと憤慨している。

 何はともあれ、バトル・オブ・フェアリーテイルはこれにて終了だ。人質が解放された今、ラクサスたちの〝余興〟に付き合う必要はない。早く怪我を負った仲間たちを治療しなければ。

 

 だが、本当にこれで終わったのだろうか? と、ミラジェーンは今朝から抱えている大きな不安を払拭できずにいた。

 その理由はただ一つ──ジルが未だ姿を見せず、通信魔法の連絡すらしてこないからだ。彼は用心深い、と言ったらそれまでだが、どうもそうとは思えない。彼は、何か(・・)を待っている?

 

 その瞬間、ミラジェーンたちの前に髑髏と雷が組み合わさった紋章が浮かび上がった。

 

『聞こえるか、じじい。そして、ギルドの奴らよ』

 

 術式を介して、反逆者の声が響き渡る。その口調がひどく傲岸であったため、敗北宣言のために連絡したのではないと、ミラジェーンだけでなく他のメンバーも察することができた。

 だが、人質は解放されたのだ。もはや身内同士で戦う理由はない。いったい何をするつもりだ?

 そんな疑問に答えるように、ラクサスは説明する。

 

『ルールが一つ消えちまったからな…今から新しいルールを追加する。バトル・オブ・フェアリーテイルを続行するために、俺は〝神鳴殿(かみなりでん)〟を起動させた』

「〝神鳴殿(かみなりでん)〟じゃと!!?」

 

 顔色を変えたのはマカロフ一人だけだった。それ以外の者は初めて聞く固有名詞に首を傾げるしかない。

 〝神鳴殿(かみなりでん)〟とはいったい何なのか。そこまで親切に説明せずとも今にわかる──そう言わんばかりにラクサスは一方的に告げる。

 

『残り1時間10分。さぁ、俺たちに勝てるかな? それともリタイアするか、マスター(・・・・)?』

 

 反逆者の高笑いが虚空に消えると、妖精の(おさ)は激しい憤怒に身を震わせた。

 

「何を考えておるラクサス!!! 関係のない者たちまで巻き込むつもりか!!!?」

 

 マカロフが怒号をあげたその瞬間、

 

「うぐッ!!!?」

 

 突然、左胸を押さえてうずくまった。急激な血圧の上昇で持病の発作が起きてしまったのだ。

 

「大変! いつものお薬!」

 

 ミラジェーンは血相を変えながら駆け出した。

 〝神鳴殿(かみなりでん)〟とやらが何なのかは見当もつかなかったが、マスターがあそこまで激怒することは余程危険なものなのだろう。

 そんなことを思いながら薬を取りに行ったミラジェーンはふと窓から外の景色を見た。いつも通りの快晴の空に数百もの異物が浮遊していた。

 直視してみると、それは雷の魔水晶(ラクリマ)であった。帯電しながら物々しい雰囲気を醸し出し、マグノリア全体を取り囲むように円状に浮かんでいる。

 そこで、ミラジェーンは全てを察した。ラクサスは街中の人たちを次の人質としたのだ。あの魔水晶(ラクリマ)一度(ひとたび)放電すれば、街が壊滅してしまう。

 もし、そんなことが起きてしまった場合、マスターの座どころではない。間違いなく妖精の尻尾(フェアリーテイル)は解体される。ラクサスはそれをわかっているというのか?

 

──ジル…あなたは、これも予測していたことなの…?

 

 ミラジェーンはマカロフを介抱しながら、今この状況を見ているだろう恋人のことを思った。

 

 ジル・ギルティは他者に対する情というものがない。だが、ギルド(フェアリーテイル)を守るためならば、どんな手段も講じる男だ。神鳴殿(かみなりでん)〟の発動も、ラクサスがマスターの座を奪うのも彼の本意ではない。必ずそれを防ぐための準備を進めている。いや、準備などすでに整っているはずだ。

 

──私に…何かできることはない…?

 

 マカロフが倒れ、多くの仲間が傷付き、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の存続が危ぶまれる中、自分のできることを模索するミラジェーンであったが、未だに戦うことを拒絶していた。

 思い出すのは──自分の腕の中で命が潰えていく(リサーナ)の姿。

 

──卑怯な女ね、魔人(ミラジェーン)…。妹の死を使って、男の気を惹いただけでなく…戦わない言い訳にするだなんて…。

 

 これでは幽鬼の支配者(ファントムロード)のときと同じ繰り返しではないか。また悲劇のヒロインの如く、涙を流しながら嘆くつもりか?

 ミラジェーンはそう自嘲しつつ、それでも尚〝魔人〟に戻ることを躊躇う自分に怒りを覚え始めた。

 

──…とにかく、怪我した皆を助けに行かないと…!

 

 マカロフに薬を飲ませた後、ミラジェーンはギルドから駆け出した。

 

 本当にこれが自分のできる精一杯のことなのだろうかという違和感を抱えながら。

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