悪ノ華 2021年版   作:ギュスターヴ

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第十一話:魔人

 ミラジェーン・ストラウスが弟のエルフマンを見つけるまでそう長くはかからなかった。

 エバーグリーンに敗北した彼は負傷しているが、命に別状はない。だが、歩くのがやっとでビーストソウルの発動はおろか戦うことすら不可能だろう。

 

「いいって、姉ちゃん…一人で歩けるって…」

 

 漢らしい男を志す彼にとって、姉に肩を貸してもらいながら歩くのはこの上なく情けないのであろう。

 エルフマンは強がりを言うが、ミラジェーンは頑なに首を振った。男だとか言う以前に怪我人なのだ。

 

「私、何もできないから。せめて、このくらいは…」

 

 何もしないの間違いではなくて…?、とミラジェーンは心の中で自嘲した。

 だが、彼女もまた妹のリサーナの死がトラウマになっており、どうしても戦う意志を固められずにいた。

 仮に戦おうとしても、長いブランクがある。元S級魔導士とはいえ、ラクサスどころか雷神衆にすら敵わないかもしれない。いや、それ以前に接収(テイクオーバー)した悪魔の力に飲み込まれて暴走する危険性だってある。

 

 頭に浮かんでくるものがことごとく言い訳に思え、ミラジェーンは苛立つ気持ちを抑えながら怪我人を労わってゆっくりと歩を進める。

 

 そのときであった。数十メートル先にある石橋の一部が突然轟音とともに崩れ、そこから一つの人影が落下してきた。

 

「カ、カナ!!?」

 

 瓦礫と一緒に地面に叩きつけられたのは友人のカナ・アルベローナであった。長く抵抗していたのか、軽傷だが全身に打撲や切り傷を負っていた。

 

「──探す手間が省けたぞ、ミラジェーン」

 

 頭上──半壊した石橋から、男の声が聞こえてきた。

 ミラジェーンとエルフマンは身の危険を感じながら、声がした方向を仰ぎ見た。

 そこに立っていたのは秀麗な顔立ちの男であった。腰まで伸ばした鮮緑色の髪と目の下にある泣きぼくろが特徴的で、ジル・ギルティと比べれば見劣りしてしまうがその男もまた中性的で美しい顔をしていた。

 フリード・ジャスティーン──ラクサス親衛隊・雷神衆の一人にして、自他ともに認めるラクサス崇拝者であった。

 

 

 それは数十分前まで遡る。

 カルディア大聖堂にて、フリードは戸惑いの色を隠せなかった。それもそのはず、彼の崇拝するラクサス・ドレアーがバトル・オブ・フェアリーテイルを続行するために〝神鳴殿(かみなりでん)〟を起動させ、街の住民を人質としたからだ。

 ラクサスが反逆を起こすことに特に反対する気持ちはなかった。妖精の尻尾(フェアリーテイル)のマスターの座も、ラクサス以外に相応しい者はいないとも思っていた。

 だが、無関係の住民たちを危険に晒すことを是として良いものか。数年前のラクサスであれば、こんなことは絶対にしなかったはずだ…。

 

「何をしているフリード。ビックスローとエバーグリーンは妖精狩りを続けているぞ」

 

 部下に背を向けたまま、ラクサスは低く呟いた。

 状況はあまり芳しくない。

 〝妖精女王(ティターニア)〟が動いたとあれば、いかに雷神衆といえど苦戦は必至。最悪、全員撃破される可能性がある。さらにもう一人の最強候補──ミストガンも参戦してきた。(じき)に、ここへ攻め込んでくるだろう。

 

「エルザもミストガンも、俺がやるとして──問題はジルだ(・・・・・・)

 

 ラクサスは本能的に〝喪服の悪魔(メフィスト)〟を危険視していた。ある意味S級魔導士(エルザたち)と同等か、それ以上に。

 ジルと同じ位置に妖精の黒い紋章を刻んでいるビックスローも「あいつは他の人間とどこかおかしい」と警戒していた。人の魂を視認できるセイズマズルの言である。

 上級悪魔魔法の火力は厄介だが、基本的な戦闘能力が低いのは間違いない。しかし、どんな卑怯な手段や奇術を使ってくるか、わかったものではない。

 それに石化解除の魔法を使ってから全く音沙汰がないのが妙である。あの詐欺師に時間を与えるのは危険だ。

 

「…俺の術式にも一切引っかからない。恐らく一ヶ所に留まって、身を潜めている。奴が隠れそうな場所をしらみ潰しに──」

「そんな時間はねぇ。第一、あの狐野郎がわかりやすい場所に巣穴作るかよ」

 

 部下からの提案をラクサスは冷静な口調で撥ねつけた。だが、手がないわけではない。

 

「わざわざ探すまでもねぇ。撒き餌をチラつかせていぶり出せばいい」

「…どうやって…?」

 

 あの黒狐を餌で釣るには飛びっきり美味なものでなければならない。

 フリードは、相手の言葉を待たずに質問したのは自分の脳裏に浮かんだものを否定してもらいたかったからだ。

 だが、無情にもフリードの予想とラクサスの言葉が一致してしまった。

 

「わかってんだろ、ミラだよ(・・・・)。あいつを痛めつけろ」

 

 ミラジェーン・ストラウス──ジルと親密な関係にある彼女に拷問まがいのことをし、悪魔を招き寄せるための生贄にしろ言うのだ。

 

「昔は〝魔人〟とも言われたが、使い物にならないんじゃ俺のギルドにはいらねぇよ。殺すつもりでやれ。そうじゃねぇと、奴は飛びつかねぇ」

「こ、殺す…!?」

 

 さすがの崇拝者も狼狽した。

 ラクサスに妖精の尻尾(フェアリーテイル)の四代目マスターに就任させるため──ひいてはギルドの改革のために同胞を手にかけるなど、あまりにも度を越しているのではないか。

 もし仮に殺したとして、その先はどうなる? 妖精の尻尾(フェアリーテイル)を闇ギルドに堕とすつもりか!?

 

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)のため──何より敬愛するラクサスのため、一線を越えぬようフリードは諫言する。

 

「今は敵でも同じギルドの──」

 

「俺の命令が聞けねぇのかッ!!!!?」

 

 

 雷鳴の如き怒号が響き渡り、フリードは口を噤んだ。

 鬼の形相と、熾烈な眼光が、ラクサスの怒りを物語っていた。それが狂気じみていることはフリードから見ても明らかであった。

 だが、諫めようにも、まずその立場にない。所詮、自分はラクサスの駒である。そして、駒であることに誇りに思っている。

 主に忠誠を尽くす──そう自分に言い聞かせたフリードの美貌が冷たく、硬質化する。迷いや懸念で揺れ動いていた男の姿はどこにもいなかった。少なくとも表面上は。

 

「──ここまでやってしまった以上、どの道戻れる道はない。俺はあんたについて行くよ。たとえ、それが地獄だとしても…」

 

 〝暗黒のフリード〟のあだ名を持つ男は踵を返した。

 

「本気で()る。後悔するなよ」

 

 それは果たして、ラクサスへの宣言なのか、自分への戒めなのかはフリード自身もわからなかった。或いは、はっきりとした答えをあえて出さずに己を守ろうとしていたのかもしれない。

 だが、これから実行することに何ら変更はない。

 悪には悪──悪行を敢行する者には悪行を以て制する。(ジル)を葬るために、自分も悪となろう。

 全ては、主への忠誠のために…。

 

 

 それから程なくして、バトル・オブ・フェアリーテイルの結果速報がエバーグリーンとビックスローの脱落が発表された。

 〝妖精女王(ティターニア)〟ことエルザ・スカーレットがエバーグリーンに難なく勝利し、ビックスローを打ち負かしたのは意外にも新人の星霊魔導士──ルーシィ・ハートフィリアであった。

 

「さすが、ルーちゃん! 私も負けてらんない!」

 

 速報を見て触発されたのはルーシィと特に親しい友人──レビィ・マクガーデン。本人は少しコンプレックスに思っているが、他の女性メンバーと比べて小柄で細身の肢体が特徴的だった。

 顔は整ってはいるが、エルザのような凛とした雰囲気もなければ、ミラジェーンほどの可憐さはない。だが、非凡なのは彼女の頭蓋骨の外側ではなく、中身のほうだった。

 

 読書を趣味としている彼女は様々なジャンルの書物を読み漁り、非常に博識だ。

 特に語学に関する知識は広いうえに深く──フィオーレ王国内外だけでなく、現代では全く使われない古代文字でさえ彼女の領域であった。

 努力と探究心で築きあげられたそれはレビィ本人からしたら単なる趣味。他の者もそう思うだろう。

 

 だが、ジル・ギルティだけは一種の武器(・・・・・)として捉えていた。普段は役に立たないかもしれないが、状況によってはこれ以上にない切り札となる。

 故に、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバー構成を戦闘能力のみ重きに置き、固有能力を持つメンバーを切り捨てることはあってはならないのだ。

 彼のその考え方はメンバーに対する思いやりなのか、メンバーをもの(・・)として捉えている事務的なものなのかはわからない。少なくとも、彼を知るほとんどの人間は後者と考えるだろう。

 だが、その答えは当の本人にしかわからないし、これから先明らかにされることはないであろう…。

 

「二人とも、もうちょっと待っててね! もう少しで解けるから」

 

 未だ術式に捕らわれているナツとガジルを解放するため、レビィは床一面に広げた数十冊もの辞書を見つつ筆を走らせる。

 術式の能力は確かに厄介だが、文字魔法というカテゴリーである以上彼女の得意分野である。術式を書き換えるための能力も知識も勘も備わっている。

 

「…すげぇな、お前」

 

 ガジルから見て、目の前の少女が何をやっているかも、一人言で何を言っているかもわからなかったが、素直に感心してしまう。

 

「この前もジルに語学教えたからね」

 

 紙に文字を書き込みつつ、レビィは頭と口を同時に動かす。

 

「突然教えてくれって言ってきたから何事かと思ったけど、今まで誰かに教えたことなかったから教える側に立つと色々気付くことがあるのよ。ジルも良い質問するから余計にね」

「…ジルって、この前ギター持って歌ってた姉ちゃんか?」

 

 ガジルは妖精の尻尾(フェアリーテイル)に入ってから他のメンバーと特に関わろうとしないため、未だに顔と名前が一致していない。

 彼の言葉に、レビィは声に出して笑った。

 

「あははっ! それ、ミラだよ! まぁ、〝ジル〟って女の子の名前だからまぎわらしいよね。ほら、いっつも真っ黒なスーツ着てる髪の長い男の子だよ」

「…あいつが?」

 

 ガジルはそこでようやく合点がいった。

 銀髪の女の横でヴァイオリンを弾いてきた喪服の美青年──あの男の匂いは以前から(・・・・)嗅覚で記憶していた。

 ガジルが不快そうに顔をしかめたが、紙面と睨めっこしているレビィは全く気付かずに話を続ける。

 

「彼のことは嫌いにならないであげて。まぁ、ちょっと前まで私も苦手だったけど、多分ジルは表面上で判断されちゃうだけで本当は優しい人だと思うから」

「………」

 

 彼女の言葉に、ガジルは何か言いかけたが、結局声をのんだ。自分にはその資格がないと判断したからだ。

 

「よし、解けたぁ!!」

 

 そんな彼の心情など露知らず、レビィは満ち足りた表情で立ち上がった。

 

「じゃあ、術式を書き換えてくるね!」

「よっしゃあ! これでようやくラクサスと戦える!!」

 

 戦意を漲らせる火竜の少年の横で、ガジルは心優しき少女の後ろ姿を何とも言えぬ表情で眺めていた。

 

──お前…気付いてねぇのか…?

 

 レビィたちを襲った日の晩のこと──そのときに香った煙草の匂いをガジルは決して忘れないであろう。

 

──あいつは…お前らを見捨てたんだぞ?

 

 

「何故だ…何故、奴は来ない!!!?」

 

 フリード・ジャスティーンは絶叫した。自ら傷だらけにさせた少女を見下ろしながら。

 あれから長い時間をかけて同胞を嬲った。まずはエルフマンをさっさと昏倒させから、ミラジェーンを気絶しない程度の痛みと苦しみを与え続けた。

 闇の文字(エクリテュール)と呼ばれる、書いた文字を現実にさせる能力を使って、悪魔(メフィスト)の女に〝痛み〟〝苦しみ〟〝恐怖〟などを刻み込んだ。レイピアの剣先で白い柔肌も切りつけた。端正な美貌に拳も叩きつけた。

 

 だが、どういうことだ?

 ジルが一向に姿を現さない。

 どこかの術式に引っかかった様子もない。

 それはつまり、ジルは自分の女が傷付けられてもなお、一切動いていないということだ。

 

「ジル・ギルティはどこかでこの様子を見ているはずだ!! なのに何故姿を現さない!!?」

 

 フリードには到底理解できなかった。

 

 ジル・ギルティが、あの妖精の黒狐が他人に無関心なのは知っている。仲間でさえも必要とあらば切り捨てることも知っている。

 だが、自分の愛した女すらもそれに該当させているとでも言うのか!? そんなことは人として(・・・・)あってはならない! 狂気の沙汰ではないか!

 

「…ふっ…」

 

 その瞬間、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の看板娘の口からひどく渇き切った冷笑がこぼれた。

 

「あなたたち…彼のことについて何もわかってないのね」

「…なんだと?」

「〝何で来ない?〟ですって? はっ、おかしなことを聞くのね。そんなの…私を見捨てたからに決まっているじゃない」

 

 さも当たり前のように言い放ったミラジェーンは手の甲で鼻血を拭った。

 

「あなたたちはどうせ、ミラジェーンをいたぶればジルが必ず助けに来ると思ったんでしょうけど、とんだ過小評価だわ。甘いわよ(・・・・)。彼はそんな人じゃない。あなたたちのそんな短絡的な考えを、あの人が予測していないとでも思って?」

 

 フリードは不気味に思った。

 自分の愛する男に見捨てられたんだぞ。それなのに、何故笑顔を浮かべることができる? 恋人の悪徳を惚気るように。

 そんなフリードの心情を察したのか、ミラジェーンは冷笑しながら理由を口にした。

 

「私はね…身体の先から魂の底に至るまで、あの人に捧げたのよ。だから私への仕打ちなんて、いくらでも受け入れられる。彼が心から(・・・)私の死を望んだのなら、私は喜んで死ぬことだってできる──これがあの人に対する私からの〝愛〟よ」

 

──この女も狂っている…。

 

 フリードはそう断じられずにはいられなかった。

 そんなもの(・・・・・)を〝愛〟などと呼んでたまるものか。そんなものは神への狂信、悪魔への崇拝と同義ではないか。

 思えば、ジルという男を愛するなどそもそも正気の沙汰じゃない。そうでなければ、あの男の全てを受け入れられるはずもない。

 

「彼が私を見捨てた時点で、あなたたちの負けよ。今すぐに手を引きなさい。彼は徹底的にやるわよ(・・・・・・・・)。あなたが私にやったことが可愛いと思えるくらいに、彼はラクサスを半殺しにするわ」

 

 笑みを消してから、ミラジェーンは忠告した。たとえ反逆者であろうと同じギルドの仲間が傷付くのは彼女の本意ではない。

 だが、ミラジェーンからの言葉をフリードは全く聞いてはいなかった。

 

──ジル・ギルティ…! 貴様は…貴様という奴は…!

 

 このとき、彼の胸中に渦巻いたのは途轍もないほどの劣等感であった。

 

──俺が、ラクサスの命令で…! 一同胞を嬲っているだけでもこんなにも心を痛めているというのに…! 貴様は恋人を見捨てておきながら、何一つ心を痛めないとでも言うのか…!?

 

 これではまるで自分の忠誠心が、目の前にいる悪魔共の歪んだ愛に劣っているようではないか。

 冗談ではない。そんなことはあってはならない。

 命をも捨てる覚悟があるのはこちらとて同じことだ。主人に捧げた忠誠は究極にして完全。悪魔であろうと、神であろうと誰人にも敗北しない。

 それを今から証明してやる!

 

「ならば、もう手加減なしだ!!」

 

 フリードはそこでようやく仲間殺しの覚悟を決めた。ラクサス・ドレアーへの忠誠心を絶対的なものとするために。

 少女の血で染まったレイピアの切っ先をミラジェーンに突きつけた。

 

「闇の文字(エクリテュール)──〝死滅〟!! よく見ているがいい、ジル・ギルティ!! 貴様の女が文字通り、死滅する様を──」

「ああ…それは無理(・・・・・)

 

 返ってきた言葉は無感情なほどに冷めきっていた。

 悪魔を宿した少女は前髪を縛ったヘアゴムを外した。血と砂埃で汚れた銀色がはらりと落ちる。

 

「もう…嘆くのは飽きたわ」

 

 蒼氷色(アイスブルー)の瞳が真紅に発光した次の瞬間、極寒と灼熱の魔風が吹き荒んだ。あまりにも強烈で禍々しい突風にフリードは堪え切れずに目がくらんだ。

 やがて風が止み、次に彼の目に飛び込んできたのは──醜くも、美しい圧倒的な〝魔〟であった。

 白皙の肌が非人間的に青白く、唇には血の色のルージュが引かれ、銀色の美髪が獅子のたてがみのように逆立っていた。何よりも異様なのは尖った耳と、臀部から突き出た長太い尾と、鎧のような堅い鱗が生え揃った異形の腕だった。

 サタンソウル──〝魔人〟と呼ばれていたミラジェーン・ストラウスのもう一つの姿であった。

 

「────」

 

 フリードは〝危機〟を感じ取った。先程まで無抵抗に痛めつけられていた女の面影はどこにもない。比喩表現なのではなく、正真正銘の魔人なのだ。

 フリードは即座にレイピアを振りかざし、文字を書く──前に、鋭い金属音が鳴った。レイピアを叩き折られたのだ。

 そのことに気付いたときにはフリードの両手は封じられた。左手に尻尾が巻きつき、右手は異形の左手に掴まれる。一瞬にして攻撃手段を封殺された。

 

「フリード、あなたには感謝の言葉しかないわ。本当よ」

 

 〝魔人〟は低い声で、穏やかに言葉を紡いだ。

 

「久しく忘れていたわ。〝痛み〟〝苦しみ〟〝恐怖〟──皆、これを全て味わっていたのね。それなのに私ときたら無力だと思いながら泣いていたなんて…情けなくって、殴りたくなるわ」

 

 〝魔人〟は右手を掲げた。掌いっぱいに不吉の輝きが集束される。

 

「フリード。お互い、好きな人のために骨身を削るなんて大変よね。あなたの気持ちはよくわかるわ。でも、ごめんなさい。私、殺されるんだったら、あの人の手で殺されたいのよ。他の男なんて真っ平御免」

「な、何を言って──」

「安心しなさい、一撃で何もかも終わらせてやる。あなたが次に目を覚ましたとき、全てに決着が着いているわ。…来年の収穫祭は皆で楽しみましょう?」

 

 フリードは悟った。

 罠にかけたつもりが、逆に狐に化かされたのだと。

 そして、自分の〝悪〟など、ジル・ギルティのそれに遠く及ばないのだと。

 

 魔の閃光がフリードの視界を埋め尽くした。

 

 

 フリードがミラジェーンに敗北した報はジル・ギルティにも直接伝えられた。場所はフェアリーヒルズと呼ばれる女子寮──エルザ・スカーレットの部屋である。

 犬猿の仲である女の部屋に不法侵入した彼はここに身を潜めていたのだ。物の置く場所に困ったからと言ってエルザが極端に部屋を大きくしているため、隠れる場所はいくらでもある。

 ちなみに小腹が空いてしまったため、冷蔵庫に大切そうに保管してあったケーキをジルは即座に盗み食いした。甘い物は苦手であったが、思いのほか甘さが控えめで悪くはない味だった。

 

「ふん、〝刻印〟を使うまでもなかったな」

 

 ジルは口直しに煙草をくわえ、マッチで火をつけた。

 

 ミラジェーン・ストラウスの身体には付加術(エンチャント)の刻印をいくつか仕込んでいる。魔力の増強や、サタンソウルの制御などの効果を持つそれらはジルの意思でいつでもどこでも発動できる。

 それは果たしてミラジェーンの身を案じてのものか、それとも彼女に外敵を排除させるための事務的な処置なのかは定かではない。

 どちらにせよ、ジルがミラジェーンを見捨てたことに変わりはない。

 彼は決して囚われの姫君を助け出すような、勇敢な白馬の貴公子などではない。そのための力も、正義感もない。

 彼もまた人の形をした〝魔人〟なのだ。

 

──さて、フリードが脱落したからようやく自由に動けるな。

 

 暴君役のラクサスには十分踊ってもらった。後は速やかに退場してもらうのみ。

 

 嫌煙家の部屋に紫煙の香りを残してから、ジルは荷物をまとめ始めた。

 

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