悪ノ華 2021年版   作:ギュスターヴ

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ガルナ島編
第一話:呪われた島①


 時刻は20時を回ろうとしていた。マグノリアの薄暗い夜の街に、スーツケースを持った一人の男が静かに歩いていた。

 漆黒の髪を腰まで伸ばし、腰から黒い魔導書をぶら下げた美しい喪服の青年──ジル・ギルティ。

 彼は、物静かな夜が好きだ。煌々たる月を眺めながら煙草を吸いたい気分だ。しかし、彼は喫煙管理をされていて煙草は一日三本までしか吸えない決まりを定められている。もうすで三本吸い切ってしまったので我慢する他無い。

 もちろん隠れて吸うこともできるのだが、そんなことをすれば恐ろしい目(・・・・・)に遭ってしまう。

 

──もう何週間も帰ってなかったな…。

 

 たどり着いた場所は彼の自宅であるアパートだ。いや、正確には彼と彼の恋人の自宅だ。

 ジルは自分の部屋の呼び鈴を押す。すると、ドアの向こうからパタパタとスリッパで床を小走りする音が聞こえてくる。

 ガチャリと鍵が外されると、開いたドアから銀色の髪が覗いた。

 

「おかえりなさい、ジル!」

 

 笑顔で出迎えてくれたのは、美しい女性だった。彼女の名はミラジェーン・ストラウス──ジルが所属する魔導士ギルド『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』の看板娘だ。

 

「ああ。ただいま」

 

 ジルがいつもの笑顔で玄関に入ると、少女の手が顔を優しく包み込まれた。

 

「ほら。また作り笑いしてる」

「………」

 

 ミラジェーンに指摘されると、ジルは意識して笑顔を崩し始めた。作り物の笑みが徐々に消え、素の顔に戻っていく。

 彼の顔立ちは非常に整ってはいるが、あまり人相が良い方ではない。そのせいで冷たい印象を与えてしまい、仕事で何かと不都合が出てしまう。そうならないように採った対応策が作り笑いだ。

 おかげで笑顔一つでがらりと人間関係が円滑になった。その一方で、笑顔より素の顔が良いと言っているギルドの仲間も少なからずいる。ミラジェーンもその一人だ。

 

「ん。やっぱりジルは作り笑いより、こっちの方が素敵」

 

 ミラジェーンが満足げに微笑む。

 彼女はジル・ギルティの無表情が好きだ。彼女自身、おかしな感覚であると自覚しているのだが、彼の美しくも冷たい顔を見るたびにドキドキと胸を高鳴らせてしまう。

 この顔に見つめらながら殺されても(・・・・・)良い──そんな歪んだ恋心が今でも、胸の中を甘く切なく疼かせてくれる。

 

「…そろそろ中に入りたいんだが」

「…えっ…? あ、ご、ごめんなさいっ」

 

 恋人の美貌に見惚れてしまっていたことに気付き、意識を現実に引き戻されたミラは顔を真っ赤にした。

 そして、照れ隠しするようにジルの腕を引っ張りながらリビングへ向かう。部屋には本や雑誌、ギターなどが置いてあるが決して散らかっているわけではない。ほぼ毎日、二人で作業分担して整理整頓や掃除している。

 

「ご飯はもう食べた?」

「ああ。風呂の準備してくれ」

「了解っ」

 

 ミラジェーンが風呂場に行ってお湯を沸かし始めている間、ジルはホルスターに収められている黒い魔導書──『エルの書』をテーブルの上に重々しく置き、ソファーに腰掛けた。

 

「…解呪できる人、見つかった?」

 

 戻ってきたミラは心配そうな顔で、ジルの隣に座る。

 

「いや…何人か当たってみたがダメだった」

 

 いつものようにジルは淡々と返す。彼は自身が所有する魔導書の呪いを解くために、仕事と同時進行で様々な場所へ巡っている。そのために、今回のように何週間も帰らないときもある。だが、何十人もの魔導士に訪ねても未だに解呪できずにいた。

 ほとんど諦めている顔をしている恋人に、ミラジェーンはどう言えば良いかわからなかった。無責任にきっと大丈夫と軽々しく言えるわけがない。

 故に、呪いのことを一旦忘れさせるために別の話題を振ることにした。

 

「そういえばね、ジルがいない間に新しい子が入ったのよ。星霊魔導士のルーシィっていうんだけど、とっても良い子よ」

「ほう…明日ギルドにいたら挨拶しなければな」

「…全然興味ないでしょ」

 

 全く感情が動いていない男の横顔を見ながら、ミラは苦笑いする。ジル・ギルティは、仲間であろうとあまり他人に興味が無いところがある。ましてや、顔もわからない新人であるならば尚更だ。

 

「あっ、間違ってもルーシィの前で煙草吸っちゃダメだからね? 煙草の匂いが好きな女の子ほとんどいないんだから。相手が新人だからこそ、ジルの方が気を使わなくちゃ。そもそも主流煙より、副流煙の方が──」

「善処しよう」

 

 何百回も聞いた小言を無表情で遮ると、ミラジェーンは頬を膨らませた。

 

「もうっ、善処しようじゃなくて吸わないでね!」

 

 そう言うと突然、銀髪の少女は愛する彼の首に腕を回した。胸に顔を埋め、喪服に染み込む煙草の微かな香りを嗅ぐ。

 

「ずっと…寂しかった…」

 

 胸に顔を埋めたまま、小さく呟く。

 彼がいない数週間もの間、ギルドの仲間たちに笑顔を振りまきながらも、心の片隅ではじくじくと寂しさで胸を痛ませていた。怪我や命の心配までしていた。

 

「………」

 

 ジルは、こういうときにどんな言葉をかけたら良いかわからなかった。謝るのは違うと思うし、気の利いた愛の囁きも思い浮かばない。

 故に、ただ黙って、美しい銀色の髪を撫でることにした。しっかりと手入れされた毛髪はきめ細かくて、柔らかい。簡単に指が通り抜けてしまう。

 すると、ミラジェーンは顔を上げ、潤んだ瞳で虚無感が溢れる美貌を見上げた。

 

「キスして…ジル…」

 

 男に断る理由などなく、ただただ求められたことを言われた通りに実行する。形の良い顎に手を添え、鼻が触れ合い、ゆっくりと唇を重ねた。

 

 〝喪服の悪魔(メフィスト)〟ジル・ギルティと〝魔人〟ミラジェーン・ストラウス──仲睦まじいこの二人の愛が、後に悲劇的な結末を迎えることになるのはしばらく先の話である。

 

 

 ジルが目を覚ましたときには、横で眠っていた少女の姿はすでになかった。

 看板娘であるミラジェーンは早めに起床しないといけないため、朝に弱いジルが眠っている間に家を出ている。

 ジルが寝台から降りると、テーブルの上に軽めの朝食とシガレットケースが置いてあった。ミラジェーンが責任を以てジルの喫煙管理をしているため、朝になるとケースの中に指定している『ジョーカー・カオス』という銘柄の煙草が三本補充される。

 早く煙草やめれると良いね、そんな優しい幻聴を聞きながらジルは服を着替え始めた。

 

 ジル・ギルティが所属している魔導士ギルド『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』は、良くも悪くも噂に名高い。メンバー一人一人の魔導士としての実力は折り紙付き。されど、評判の悪さも折り紙付き。

 器物破損は当たり前。ある者は公然わいせつ、ある者は要人警護の任務で何故かその要人に暴行、またある者は経費と偽って酒場で浴びるほどに飲んだりと、とにかく数え上げたらキリがない。

 もちろん、ジルを初め、問題を全く起こさない魔導士も少なからずいるのだが、ギルドを統括する評議院から目の敵にされている。

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)の三代目マスターであるマカロフ・ドレアーも「評議院などクソくらえじゃー」「自分の信じた道を進めー」「まぁ、でもあんまり酷いとおじいちゃん泣いちゃうから程々になー」と言っている始末なため、今日もどこかで妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士が問題を起こし続けている。

 

 ジルがギルドの中に足を踏み入れると、普段なら昼間から馬鹿騒ぎしている仲間たちが今日だけはやけに物静かだった。

 気にせず奥へ進んでいくと、一際重たい空気を醸し出している一団があった。一人はミラジェーン、もう一人は小柄な老人──マスター・マカロフ。そして、もう一人が鮮やかな緋色の髪が印象的な鎧の美女。

 

──…そういえばエルザとは久しぶりだったな。

 

 エルザ・スカーレット──妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強候補の一人であるS級魔導士だ。様々な武器や鎧を換装することができ、その実力の高さからついたあだ名が『妖精女王(ティターニア)』。

 だが、生真面目な性格なため、やれ煙草を吸うな、やれ髪を切れ、やれ体力をつけろと何百回も小言を言われている。ジルは決してエルザのことを嫌いではないが、少々苦手だ。

 だが、苦手だからといって挨拶しないわけにはいかない。挨拶に始まり、挨拶に終わる。挨拶は人間関係の基本だ。

 ジルは、足を組んで椅子に座っているエルザの前に立つと、

 

「やぁ、エルザ。久しぶり」

 

 爽やかな笑顔で挨拶した。作り笑いとはいえ、大抵の女性を一発で惚れさせるほどの完璧な笑顔だった。

 すると、それに対してエルザは、

 

 

「あ ぁ ん … ?」

 

 

 親の仇を見るような目で睨んできた。

 

「…申し訳ございません」

 

 アナーキーな態度を取られてしまったが、とりあえずジルは謝ることにした。

 エルザが今、たまたま機嫌が悪かった。そして、その場に居合わせた自分が不運だった。ただ、それだけのこと。

 そう自分で納得させると、ミラジェーンに耳打ちした。

 

(彼女、何かあったのか…?)

「それが聞いてよ、ジル!」

 

 ミラジェーンも機嫌悪くしながらも、事情を説明し始めた。

 まず事の発端は、二階の依頼板(クエストボード)から依頼書が一枚なくなっていることに気付いたのが始まりだった。

 二階の依頼板(クエストボード)にはS級魔導士しか受けられない難易度の高いクエストがあり、報酬は高いがその代わりに命の危険が伴う。そのS級クエストをS級魔導士でもないナツ・ドラグニルと、新人のルーシィが勝手に受けてしまったのだ。

 ちなみに、ジル・ギルティもS級魔導士ではない。その気になればS級魔導士になれると周りから言われているが、彼の魔導書──『エルの書』に色々と制約(・・)があることと、何より彼自身が興味がない。

 

「ハッピーが勝手に持ち出しちゃったみたいなんだけど、ラクサスったら止めないんだから…!」

「だから言ってんだろー!」

 

 ミラジェーンが睨んだ先──二階から大柄な男が、人を食ったような顔を見せていた。

 名前はラクサス・ドレアー。マスター・マカロフの実の孫で、S級魔導士の一人だ。ふてぶてしい態度を取っているが、その実力は妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強と噂されている。

 

「俺には泥棒猫が紙切れくわえて逃げてった風にしか見えなかったんだよ。…しっかし、これは重大なルール違反だよなぁ。帰り次第破門だぜ」

「あなたって人は…!!」

「よせ、ミラ。…それでナツ君たちは、何のクエストを?」

 

 真面目に言い返そうとするミラジェーンを制し、ジルはあくまでも冷静に問いかけると、マカロフが重々しく口を開いた。

 

「呪われた島──ガルナじゃよ」

「…悪魔の島、ですか」

 

 ガルナ島に関しては、ジルも一応知識としては知っている。人間が悪魔と化してしまう呪いの島と噂されており、船乗りたちも近寄ることも憚られる場所だ。

 

「ナツたちを連れ戻すよう、グレイを向かわせたんじゃがまだ帰って来ん」

 

──…グレイ君も無鉄砲で熱くなるところもあるからな。感化されて一緒に行ったのか…。

 

 脱ぎ癖がある氷の魔導士──グレイ・フルバスターとは短い付き合いではないため、彼の人となりは何となく理解している。

 彼は物事を冷静に見る目はあるが、その反面ナツに対してやたら張り合おうとする姿を何度も見ている。S級クエストを抜け駆けされるのが嫌で、共にガルナ島へ向かったかもしれない。

 

「マスター、私に行かせてください」

 

 それまでずっと沈黙を守っていたエルザが椅子から立ち上がった。

 

「掟を破った者たちを、私が責任を以て連れ戻してきます」

 

 鎧を着込んだエルザの身から静かで、それでいて激しい怒りが滲み出ていた。彼女は誰よりも規律に厳しいため、身勝手な行動を取ったナツたちは確実に八つ裂きにされるだろうと喪服のジルは無言でご冥福を祈った。

 エルザの言葉に、マカロフは大きく頷いた。

 

「そうじゃな。エルザ、お前に任せる。…ジル、お前もエルザと共に向かってくれ」

「…私も、ですか?」

「うむ。ナツたちはもうガルナ島に着いたかもしれん。あの危険な島でエルザ一人だけガキ共のおもりをさせるのは荷が重いじゃろ」

「お言葉ですが、マスター!」

 

 エルザが異議を唱える。

 

「私は一人でも平気です! こんな鬱陶しいくらいに髪の長い、一流詐欺師喫煙者など不要です!」

「エルザ。一流をつければ、他人様を詐欺師呼ばわりしても良い理由にはならないと思うんだがね?」

 

 鎧女の皮肉を冷静にツッコんでから、ジルはマカロフに顔を向けた。

 

「マスター。一つよろしいでしょうか?」

「ん? なんじゃ?」

「私はもう、ガルナ島のS級クエストを受けるべきだと思います。S級のエルザ一人いれば、今から正式に受理しても問題ないかと思います」

「ちょっと待て、ジル!!」

 

 勝手にS級クエストを受ける方向へ話を進めるジルに、エルザは怒りを露わにする。だが、それを無視して理由を説明し始める。

 

「恐らくナツ君たちは、今から追いかける私たちが着いた頃にはもう依頼者に話をつけているかと思います。後から来た私たちが出てきて、正式に受理してないので仕事を放棄しますと言ったんじゃ相手方に失礼だ」

「今回は仕方なかろう」

 

 エルザが反論する。刀剣のような鋭い眼差しを、喪服の男に向ける。

 

「そもそも事の発端はルール違反した者が正式な手続きを踏まえなかったことだ。それに依頼書は各ギルドに発行されている、私たちがやらなければならない理由はない。一番に優先するべきは掟を破った者を連れ戻すことだ」

「違うな」

 

 無表情の男はぴしゃりと言い放った。

 

「こちらの事情など向こうは知ったことじゃない。高い報酬を用意した連中が、そうですかと快く(・・)納得するものか。ギルドにとって一番に優先するべきは相手方との信用度──次のビジネスへの布石だ。ただでさえ、このギルドは評判悪いんだ。悪化させる要因を自ら作ってどうする? 規律に基づいた感情論は結構だが、ギルドにとって何の利益にもならない」

 

 ミシリ…ッ!!と、空気が軋む音が鳴った。

 片や苛立ちの目、片や無感情な目が交差する。規律の鎧を纏った赤い鬼と、正論の喪服を着た黒い悪魔が無言で睨み合う。

 エルザ・スカーレットは、ジル・ギルティのこういうところ(・・・・・・・)が嫌いだった。非常に合理的で、損得勘定を何よりも優先する。

 『相手方との信用度』とは言っているが、その根本に思いやりや親切心といった『熱』は全く無い。ナツたちを連れ戻すことだけに留めたらギルドにとって大きく損をすると、この機械仕掛けの亜人は冷徹に判断したに過ぎない。

 

「ええい、やめんか二人共ッ!!!」

 

 仲裁したのはマカロフだった。ジルに「このギルドは評判悪い」とはっきりと言われてしまったため、若干涙目になっている。

 

「確かに、ジルの言う通りじゃ。…エルザ。すまんが、お前の名義で正式に受理する。ジルたちと協力して仕事を果たしてくれ。本来ならS級じゃない魔導士は参加させられんが、状況が状況じゃ」

「………」

 

 納得のいかない顔をしていたエルザだったが、マスターからの命令であることと、ジルの言葉にも一理あると思い始めたため「…わかりました」と渋々了承した。

 

「決まりじゃな。…ミラ、すぐに手続きを済ませてくれ」

「はい、わかりました」

 

 話がまとまったことで、横でハラハラしながら見ていたミラジェーンはほっと一安心した。一方、ジルは特に勝ち誇る顔などせず、ただ淡々とくわえた煙草に火をつけるのであった。

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