悪ノ華 2021年版   作:ギュスターヴ

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第二話:呪われた島②

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)の新人──星霊魔導士のルーシィ・ハートフィリアは今、ピンチに陥っていた。

 巨大な氷に封じられた厄災の悪魔──デリオラの復活を企む、零帝の部下の一人──シェリーを決死の思いで撃破することに成功した。

 だが、シェリーは気を失う寸前に、巨大ネズミのアンジェリカに仇を取れと命令した。願いを聞き届けたアンジェリカは高々く跳躍し、ルーシィにのしかからんと肉薄した。人間の数十倍もの巨体にプレスされれば、圧死されることは明白だ。

 だが、逃げようにも蓄積されたダメージによって彼女の足は一歩も動けずにいた。迫りくる巨大な肉の塊を見ながら、ルーシィが悲鳴をあげたそのときだった。

 

《『エルの書』ページ23──パルズの指》

 

 闇夜に低い声が木霊した。

 どこからか飛来した何かが巨大ネズミに直撃し、炸裂した。大砲の玉かと思った。だが、違う。

 人の頭程度の大きさの魔力の光球だ。一発だけではない。二発、三発と魔力弾が巨体に触れては爆発し、砂浜へ吹き飛ばされた巨大ネズミがそれっきり動かなくなる。

 いったい誰がやったのかとルーシィは疑問に思った。先程の攻撃はナツの炎でも、グレイの氷でもなかった。それ以外の誰か(・・)だ。

 魔力弾が飛んできた方向へ顔を向けると、

 

「初めまして。新人のルーシィ…だね?」

 

 月夜の下で、美しい貌が微笑んでいた。

 艶の無い黒髪を腰まで伸ばし、喪服を着込んだ細い長身。整った唇の間に挟まれているのは、細くて長い煙草。

 あまりの美しさ、あまりの特徴的なヴィジュアルにルーシィは鼻に入り込んでくる紫煙の不快な香りを全く感じることができなかった。

 相手は男性なのに綺麗だと思った。もちろん、ナツもグレイも整った顔立ちをしている。だが、目の前の男は系統がまるで違う。女でも嫉妬してしまう麗しさがそこにあった。

 だが、同時に感受性が豊かなルーシィは男から何か危ういもの(・・・・・)を感じた。笑顔を浮かべているのに、それがどこか作り物めいていて、灰色の瞳が若干妖しく濁っている。何より手に持った漆黒の魔導書が、血塗れの刀剣のような禍々しさを醸し出していた。

 まるで、以前に悪魔ララバイと対峙したときと同じような感覚を覚えてしまい、ルーシィはすぐに返答することができなかった。

 

「あ…え、えっと…は、はい…ルーシィ、です。あの、あなたは、いったい…」

「私はジル・ギルティ。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士だ」

 胸に手を当てながらジルは慇懃に名乗った。くわえていた煙草を指に挟み、舌を出してルーシィに見せつけた。

 舌の上には妖精の尻尾(フェアリーテイル)の黒い紋章が、確かに刻まれている。何故、舌に紋章を入れたんだろうかとルーシィは不思議に思った。

 

「…自己紹介は済んだようだな」

 

 ジルの背後から、ぬっと赤髪の女が顔を出した。

 

守護霊(スタンド)!? い、いや、エルザ!!」

 

 S級の女魔導士の姿を見て、ルーシィは驚くと共に安堵した。彼女がいれば百人力、S級クエストを楽に達成できそうだ!

 だが、自分を睨みつけてくる鎧女の目付きを見て、彼女はようやく思い出すことができた。

 

──そ、そうだ! あたしたち、ギルドの掟破って勝手にS級クエストに来ちゃったんだ!!

 

 エルザとジルという男は助けに来たわけじゃない、連れ戻しに来たんだ。安堵から瞬時に絶望に切り替わり、ルーシィは内臓が凍り付くような感覚を覚えた。

 すると、そこへ──

 

「良かったーーー! ルーシィ、無事だったんだーーーー!!」

 

 空から可愛らしい声が近付いてきた。声の主は、何と人語を解する青い猫。背中から白い翼を羽搏かせた猫の名はハッピー。ナツの相棒だ。

 ルーシィの姿を見て笑顔を浮かべていたハッピーだったが、喪服の男と怒気を帯びた女を見つけた途端(主に後者)、身の危険を感じた。そして、次に彼が行ったのは──逃走だった。ルーシィを置き去りにして、反対方向へ全力で飛翔する。

 だが、剣鬼がそれを許さない。

 紅色の疾風と化し、砂浜の足場などものともせずに駆け抜ける。そして、跳躍。ハッピーの頭を鷲掴みにした彼女はそのまま重力に従って落下し、青猫の顔面を砂浜へ叩きつけた。

 

「ぶべやッ!!」

 

 奇妙な断末魔と共にハッピーは完全に沈黙した。エルザは尻尾を掴み、気絶したハッピーを持ち上げてルーシィに歩み寄る。

 

「ナツはどこだ?」

「ちょっと聞いて! 勝手に来ちゃったのは謝るけど、今この島は大変なことになっているの!」

 

 ルーシィはエルザたちに怯えつつも、ガルナ島での状況をざっくりと説明し始めた。

 

「氷漬けにされた悪魔を復活させようとしてる奴らがいたり、村の人たちはそいつらの魔力で苦しめられていたり、とにかく大変なの!!」

「あー…ルーシィ。私とエルザは、君たちを連れ戻すためにここへ来たわけじゃないんだ」

 

 紫煙をくゆらせながら、ジルは冷静に言葉を紡ぐ。

 

「もう依頼者と話をつけてきたのだろう? ルール違反が前提とはいえ、依頼者と契約が結ばれてしまった以上、後から来た私たちが一方的に破棄してしまうのはどうかという話になり、ここへ来る前にエルザの名義で正式に受理することになった。本来、私や君たちみたいなS級ではない魔導士は参加できないんだが、マスターが特別に許可した」

「じゃ、じゃあ一緒に仕事してくれるんですね!!」

 

 ルーシィの顔がほころぶ。許可してくれたマカロフにも、救援に来たジルたちにも感謝した。

 だが、喜びも束の間、喉元に魔法剣の切っ先が突きつけられた。そして、その剣先よりも鋭い眼光が静かに佇む鎧女の目から発せられた。

 

「だが、掟を破ったことに変わりはない。ギルドに帰ってからちゃんと罰は受けてもらうぞ」

「で、ですよねー…」

 

 とりあえず今だけは首の皮一枚繋がったことに、ルーシィは少しだけ胸をなで下ろすのであった。

 

 

 

 その翌日、ジルたちはガルナ島の資材置き場に来ていた。零帝の一味によって村が襲われ、跡形もなく消されてしまったのだ。

 そこで村人たちはこの資材置き場に避難し、テントを張って生活することになったのだ。ちなみにグレイ・フルバスターもいるのだが、負傷していて未だにテントの中で眠り続けている。

 彼が目を覚ますまで、ジルとエルザは状況確認するべくルーシィとハッピーの話を聞きつつ、村長や村人たちの話も聞いた。

 元々、この島は古代から月の光を蓄積し、島全体が月のように輝く美しい島だった。だが、数年前に突然月の光が紫色に変わってから、村人たちの肉体の一部が異形化し、夜になるとそれが全身に広がっていくのだ。

 この悪魔の姿と化す恐ろしい呪いをどうにかして欲しいというのが、今回のクエストだ。村長は早く月を破壊してくれと訴えてはいるが、そんなことは物理的に不可能だ。

 ルーシィは、『月の雫(ムーンドリップ)』という魔法の影響だと説明した。この島の遺跡の地下にグレイの師匠──ウルが文字通り命をかけて封印したデリオラという悪魔が氷漬けにされている。零帝たちはそのデリオラの封印を解くべく、魔法解除の効果を持つ『月の雫(ムーンドリップ)』を使い、月の光を集めてデリオラを封じる氷に浴びせていたのだ。あまりにも強力な魔法なため、その副作用で村人を悪魔化させてしまったという。

 だが、全ての話を聞いた後、ジルが思いも寄らぬことを口にした。

 

「彼らは元から悪魔だ」

「ええッ!?」

 

 ルーシィとハッピーは声を揃えて驚きの声をあげた。エルザも、ルーシィたちほどではないが僅かに目を見開いた。

 

「ど、どうしてそんなことがわかるんですかっ!?」

 

 ルーシィが問うと、ジルはホルスターに収められた魔導書を指で叩いた。

 

「悪魔とは、普段から触れ合っているからな」

 

 彼の持つ魔導書──『エルの書』は、別名『悪魔封じの門』とも呼ばれている。この魔典のページの一枚一枚に、ゼレフ書の悪魔──デリオラやララバイのような悪魔が封印されている。だが、ゼレフ書と違うのは、『エルの書』に封じられた悪魔は外界に出現することができない。『エルの書』の使い手はその封じられた悪魔の肉体の一部を限定開放し、魔法に変換する能力を持っている。

 『エルの書』を使ってからジル・ギルティは悪魔の気配を感じられるようになり、一目見た瞬間に村人たちが悪魔であることを見抜いたのだ。

 

「では、村人たちは嘘をついていると? 村長が月を破壊してくれと言っていたが、何かの狙いがあってのものか?」

「私もどうもそこが引っかかる」

 

 エルザの疑問を返答しながら喪服の男はマッチを擦る。無表情だが、どこか釈然としていない。

 

「悪魔にとって、月の魔力は必要不可欠だ。それを壊すなど、デメリットしかないと思うがね」

「いや…悪魔の常識を言われても…」

「まぁ、とにかくだ」

 

 苦笑いするルーシィを尻目に、ジルは結論を下す。

 

「色々とカラクリがあるかもしれんが、まだ情報が少ないから何とも言えん。先に零帝とやらを片付けよう」

 

 ◇

 

 小鳥のさえずりと、テント越しに漏れてくる陽光がグレイ・フルバスターを目覚めさせた。

 全身が痛む。昨夜、氷の造形魔法の兄弟子──リオンと思わぬ再会を果たした。だが、彼は師匠のウルが命を賭して封印したデリオラを復活させようと動いていた。全ては、(ウル)を超えるために。

 あの日(・・・)から歪んでしまった兄弟子を止めるべく戦ったグレイだったが、大敗を喫した。迷いもあった、罪悪感もあった。だが、負けたことに変わりはない。

 

「…ッ…ここはどこだ…?」

 

 リオンに負わされた怪我の痛みに顔をしかめながらグレイはテントを出る。周りは様々な資材が置かれていて、他にもテントがいくつもある。

 

「良かった、目が覚めましたか?」

 

 村人の少女が話しかけてきた。何でも、昨夜零帝の一味に村を襲われて、跡形もなく消されてしまったのだ。それで村人たちは、この資材置き場に避難したのだ。

 ルーシィたちもいるということで、グレイは指定されたテントに入った。するとそこにはルーシィとハッピーだけでなく、喪服を着た長髪の男と赤髪の女もいた。

 

「エ、エルザ! ジル! あんたたちも来たのか!」

「だいたいの事情は聞いた」

 

 グレイの顔を見るなり、エルザが真っ先に口を開いた。一夜明けても彼女の機嫌は未だに優れない。

 

「お前はナツたちを止める側ではなかったのか、グレイ? 呆れて物も言えんぞ」

「………」

 

 エルザの痛烈な言葉に、グレイは何も言えなかった。

 次にジルが口を開く。

 

「グレイ君。今回のクエストはエルザの名義で受理され、彼女と私も参加することになった。君たちも特別に許可された。だが、これが片付いたら──」

「ああ、わかっている」

 

 淡々としたジルの言葉を制し、グレイは素直に頷いた。自分も掟を破って、S級クエストに参加してしまった。ナツたちと同罪だ。罰は後でいくらでも受けるつもりでいた。

 

「それで、ナツ君がどこにいるか知らないか?」

「え、ナツ…いねぇのか?」

 

 やけに物静かだと思ったが、ナツ・ドラグニルの姿がどこにも見当たらない。

 

「多分…遺跡に向かったかもしれねぇ。次の月が出たら、今度こそデリオラが復活しそうだからな」

「一人でか? ナツ君も無茶をするものだな」

「それがナツです」

 

 若干呆れながら煙を吐くジルに、ハッピーが相槌を打つ。その後に、エルザが皮肉たっぷりに言う。

 

「お前の場合『囮』になってくれる人間が一人いないと、ろくに能力も発揮できないからな」

「え!? ジルさんって、強キャラ感出しておきながらそんなにクズなんですか!?」

「…エルザ。何も知らないルーシィに余計なことを吹き込まないように」

 

 だが、ジル・ギルティはエルザの言葉を完全に否定することができなかった。

 

 

 

 

「──ウルはまだ生きている」

 

 遺跡に向かうため、森林の道を走りながらグレイは自分の過去についてジルたちに語り始めた。

 10年前、故郷を滅ぼしたデリオラを倒すべく挑んだが、造形魔法を教わったばかりの子供では勝てるはずもなかった。それどころか、後から駆け付けたウルであえも全く歯が立たなかった。

 そこで、彼女が最後の手段として使ったのが『絶対氷結(アイスドシェル)』だ。この魔法は術者の命と引き換えに、相手を永久に凍結させることができる強力な氷魔法だ。

 グレイが、ウルは生きているという言葉は決して嘘ではなく、『絶対氷結(アイスドシェル)』は使った術者の肉体を氷にさせる魔法でもあるのだ。故に、彼女は氷となった今でも生きている。

 だが、リオンはその氷を今、溶かそうとしている。そんなことをすれば、デリオラと復活させるだけでなく、ウルを殺してしまうことになるのだ

 

 グレイが語り終わると共に、ようやく遺跡が見えた。だが、何故か左に大きく傾いていた。ルーシィもハッピーも、身体を傾けながら驚いている。

 

「…ナツだな」

 

 とグレイ。

 

「どうやったか知らねぇが、こんなデタラメするのはアイツしかいねぇ。狙ったのか、偶然か…どちらにせよこれで月の光はデリオラに当たらねぇ」

 

 あまりにも力任せな作戦に、ジルは呆れていいのか感心していいのかわからなかった。

 すると、森の茂みから物音が聞こえた。即座に身構えると、茂みから覆面とローブを纏った奇妙な集団が姿を現した。零帝リオンの部下だ。

 

「行け、ここは私に任せろ」

 

 数十人もの群がりの前に、鎧の女が立ちはだかった。『妖精女王(ティターニア)』の名を冠する女騎士はグレイたちに背を向けながら言葉を紡ぐ。

 

「グレイ、リオンとの決着をつけてこい。…ジル。もし万が一、デリオラが復活してしまったときは頼む(・・)

 

 エルザ・スカーレットは、ジル・ギルティに対して気に入らないと思う所が多々ある。だが、それ以前に『仲間』として信頼している。

 彼女は知っている──相手が人間以外の場合(・・・・・・・・・・)、『喪服の悪魔(メフィスト)』は存分に『力』を発揮できることを。

 

「行こう、グレイ君」

 

 女騎士の背中から溢れ出る『仲間意識』が、果たして冷淡な悪魔に伝わっただろうか。

 何も思っていないのか、煩わしいと思っているのか──無表情な美貌から窺い知れることは誰にもできなかった。

 どちらにせよ、ジル・ギルティのやることは変わらない。自分の務めを果たすだけだ──ただ淡々と、合理的に。

 

 

 

 一方、その頃、遺跡内で『炎の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)』ナツ・ドラグニルと零帝リオンが対峙していた。

 

「もう半分倒されてるようなもんじゃねーか、わざわざ氷から出してあいつと勝負してーのか?」

 

 ナツたちがいる部屋の周りには、分厚い氷の壁で埋め尽くされていた。一対一の勝負で敵味方の邪魔が入らぬよう、リオンが遮断したのだ。とてつもない冷気が肌を刺す。

 

「変わったやつだな、お前」

「全てはウルを超えるため…夢の続きを見るためだ!!」

 

 リオンが片手を突き出すと、氷の鳥たちが飛翔した。氷でできてはいるが、ただ真っすぐには飛ばず、まるで生きているかのように縦横微塵に飛び回ってナツに襲い掛かる。

 これが彼の造形魔法の特徴だ。グレイ・フルバスターが『静』ならば、リオン・バスティアは『動』。生物のように動き回る、生きた氷(・・・)を作り出すのが彼の得意分野だ。

 

「だったらウルと直接戦えばいいんじゃねーの?」

 

 不規則な動きをする氷鳥の体当たりを、ナツは持ち前の運動神経で難なく回避する。目標を捉え損なった氷鳥は床や壁に激突し、破片となって飛び散る。

 

「聞いていないのか? ウルはすでに死んでいる。…グレイのせいでなッ!!」

 

 リオンが片手を振るう。最後の氷鳥が速度を上げ、一直線に火竜の少年に向かう。

 避けられない──そう悟ったナツは防御に徹した。

 鈍い音が鳴る。凄まじい速度が乗った氷の塊がナツの腕に直撃し、血が溢れ出る。

 

「過去に何があったか知らねえが…」

 

 だが、彼は痛がるどころか、獰猛な目付きでリオンを見据えていた。

 

「今、お前がやろうとしてることで迷惑してる奴がたくさんいるんだ」

 

 静かな声だが、その瞳に灼熱が宿っていた。

 少年の手が、激しく燃える。

 『火竜(サラマンダー)』──その二つ名にふさわしい熱と、凶暴さがその身から溢れ出る。

 

「いい加減、目覚ましてもらうぞ…! 熱~いお灸でなッ!!」

 

 ナツとリオンが再び己の技を交えようとした、その時だった。

 突然、彼らを囲む氷の壁にひびが入り始めた。しかも、そのひびが不自然にも深くなりながら広がっていくではないか。

 二人の男は戦いを忘れて、徐々に割れていく氷の壁をじっと見た。

 これは戦いの余波で割れていっているのではない。

 誰かが、いる。この壁の向こうに、誰かがいる(・・・・・)

 ナツもリオンも、氷壁が完全に壊れるまで何もせずにただ黙って見つめていた。

 崩壊。

 分厚かった氷の壁が崩れ去り、二つの影が姿を覗かせた。一人は上半身裸の氷魔導士──グレイ・フルバスター。もう一人は細長い煙草をくわえた喪服の男。

 

「おっ、ジル! ジルじゃねえか!!」

 

 先に反応したのはナツだった。思わぬ場所で再会した男の顔を見て、嬉しそうに顔をほころばせた。

 

「お前も来たのかよ! 何だよ、先に言ってくれれば一緒に連れてってやったのによー!」

「ナツ君、連れ戻しに来たという選択肢は完全に無いのかね?」

 

 君たちに便乗するわけがないだろうと思いながら、ジルは笑顔を浮かべる。

 

「今回だけは特別に許可が下りたが、マスターたちはカンカンだ。エルザもこの島に来ているよ」

「ぎゃーーーーーー!!! 何でエルザが来んだよーーーーー!!?」

 

 鬼の形相が脳裏に浮かび、ナツは頭を抱えながら悲鳴をあげた。

 

「ナツ…こいつとのケジメは俺につけさせてくれ」

 

 グレイが重々しく口を開く。戦いを中断されたあげく、横取りをしようとするグレイにバトルマニアのナツは眉根を寄せた。

 

「てめぇ、一回負けてんじゃねーか!!」

 

 だが、グレイも譲らない。

 

「次はねぇからよ、これで決着だ」

 

 静かな口調だが、確固たる意志が込められていた。それを肌身で感じたナツは、眉間に皺を寄せつつも黙ってしまう。

 

「…大した自信だな」

 

 次にリオンが口を開く。昨夜との戦いでは傷一つ負うことなく、完全に勝利した。何度向かおうが同じこと──弟弟子に対する嘲りが垣間見えた。

 だが、グレイは全く意に介さずにリオンに向かって一歩踏み出す。

 

「10年前…ウルが死んだのは俺のせいだ。だが…仲間を傷付け、村を傷付け…あの氷を溶かそうとするお前だけは許さねえ」

 

 グレイ・フルバスターは、真っすぐ突き出した腕を交差させた。

 

「共に罰を受けるんだ」

 

 その独特な構えは、リオン・バスティアは知っている。幼い頃、倉庫にあった魔導書を勝手に読んでいたときに記載されていた、最強の造形魔法──

 

「『絶対氷結(アイスドシェル)』!!?」

 

 初めて、氷のようなリオンの表情に焦りが見えた。自身の肉体を氷に変えて、相手を永久に凍結させる究極の諸刃の剣──それをしようというのか!?

 

「き、貴様…血迷ったか!?」

「今すぐ仲間を連れて出ていけ、これはお前に与える最後のチャンスだ」

「…なるほど。その魔法は脅しか…下らん」

 

 次の瞬間、強烈な冷風が吹き抜けた。多量の魔力が冷気に変換され、ブリザードとなってリオンたちを吹き飛ばした。

 

「本気だ」

「こいつ…!!」

 

 リオンは魔法を発動しようとしたが、再び冷風が吹き荒れ、無様に床に転がった。

 

「この先、何年経とうが…俺のせいでウルが死んだという事実は変わらねえ。どこかで責任を取らなきゃいけなかったんだ。それをここにした、死ぬ覚悟はできている」

 

 グレイ・フルバスターは、本気だ。ハッタリではなく、本気で自分の命を投げ出そうとしている。自分の罪を、自分の命で清算しようとしていた。

 

「………」

 

 覚悟を決めている少年の姿を、ジル・ギルティは濁った灰色の瞳で見つめる。

 その心は、氷以上に冷めていた(・・・・・・・・・)。普段口には出さないが、彼は自殺肯定者なのだ。一人の人間の生き死になど、個人的にどうでもいい。本人が考え抜いて決めたことならば、他人が止める義務はない。

 

──だが…グレイ君が死ぬのは惜しいな。

 

 それは、決して思いやりから出た言葉ではない。

 将来、S級魔導士に昇格できるほどの実力を秘めた人材がいなくなればギルドにとって損失が大きい──と、この計算機の悪魔はこんなときでも損得勘定でものを考えていた。

 

「どアホッ!!!!!」

 

 悪魔の冷徹な思案は、突如響いた少年の怒号で中断された。『絶対氷結(アイスドシェル)』を発動しようとしたグレイを、ナツが殴って制したのだ。

 

「勝手に出てきて人の獲物取るんじゃねえよ!」

「な…俺にケジメつけさせてくれって言ったじゃねーか!」

「『はい、了解しました』って俺が言ったかよ」

 

 (リオン)を前に、いつもの調子で口喧嘩を始めるナツとグレイ。リオンもジルも、何もせずにただ黙って傍観する。

 

「あいつとの決着は俺がつけなきゃならねぇんだ!!」

 

 グレイがナツの胸ぐらを掴む。

 

「死ぬ覚悟だって、できてんだ!!!」

 

 その瞬間、静か且つ灼熱の怒りがナツ・ドラグニルの表情に現れた。

 

「死ぬことが決着かよ。あ? 逃げてんじゃねえぞ、コラ」

 

 ナツは、本気で怒っていた。いつもグレイと喧嘩しているときの顔ではない。

 『死』というものを、彼は心の底から拒絶していた。

 それは何故か。ジル・ギルティは知っている。

 『彼女』が、亡くなったからだ。

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…

 

 突如、重々しい音が遺跡全体に響き渡った。いったい何の音だ? ナツたちは辺りを見渡す。

 大地が揺れ動くような音は、外で戦っているルーシィたちにも聞こえていた。そして、目にした。

 ナツが傾けたはずの遺跡が、元に戻っていることに。

 

「ど、どうなってんだ!?」

 

 遺跡が元の状態に戻ったのは、中にいるナツたちも気付けた。先程まで傾斜になっていた床が再び平らになり、ナツは床を強く踏んだ。

 

「ほっほっほ。お取込み中失礼」

 

 すると、グレイが壊した氷の壁から仮面をつけた男が姿を現した。

 

「そろそろ夕月が出ますので、元に戻させてもらいましたぞ」

「ザルティ、お前だったのか」

 

 どうやらリオンの部下の一人らしい。

 

「俺があれだけ苦労して傾けさせたのに…どうやって元に戻した!?」

 

 ナツが尋ねると、ザルティと呼ばれた男はほっほっほと笑い声をあげるだけで答えてくれない。

 

「どうやって戻したーーーーーー!!?」

「さて、『月の雫(ムーンドリップ)』の儀式を始めに行きますかな」

 

 結局、何も答えなかったザルティは余裕綽々といった感じでその場から立ち去った。

 離れていく男の背中を見ながら、ジルは紫煙を吐き出した。

 

──明らかに『失われた魔法(ロストマジック)』だな…。物質回帰か…時間の逆転か。

 

 しかも、見たところ飄々としているが一切隙が無いように見えた。一対一(・・・)で戦うのは避けたい相手だ。

 

「ナツ君。あの男は君に任せる」

「ああ!? ジルは行かねえのかよ!?」

 

 ザルティに無視されたこともあり、ナツが機嫌悪く噛みついてくる。ジルは笑みを浮かべたまま、冷静に説明する。

 

「恐らく、奴は自分を囮にしてわざと追わせようとしているかもしれない。二人で行くこともないさ。私はデリオラに月の光が当たらぬよう対処に専念する」

「お前…めんどくさいことを俺に押しつけてねーか?」

「あの男、結構強そうだから君に適任だと思うんだがね?」

「よっしゃーーーーーー!!!! 燃えてきたーーーーーーーーー!!!」

 

 歓喜に震えたナツが全速力でザルティを追いかけていった。彼は強い魔導士との戦いに目がないのだ。ナツの誰よりも扱いやすいところが、ジルはたまらなく好きだった。

 

「上に行け、ジル」

 

 グレイはリオンを見つめたまま声をかけた。

 

「遺跡の頂上に、月の光を当てるための穴と魔法陣がある。そこをどうにかしちまえば復活を阻止できる」

「…わかった」

 

 グレイの表情から、先程まで死ぬことへの覚悟が消え失せていた。きっとナツの言葉が響いたのだろう。彼はもう『絶対氷結(アイスドシェル)』は使わない。

 ギルドの損得として、とりあえず一安心したジルは冷めた心のまま遺跡の頂上へ向かうのであった。

 

 

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