悪ノ華 2021年版   作:ギュスターヴ

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第三話:呪われた島③

「はあッ…はあッ…頂上は、まだか…?」

 

 いったい階段を何段上がったのだろうか。喪服を着込んだ青年は一旦立ち止まって、乱れた呼吸を整える。

 ジル・ギルティ──S級魔導士のエルザからも信頼されるほどの実力を持つこの男にはいくつか弱点があった。その一つが、非常に乏しい基礎体力だった。

 彼は運動の類が大の苦手だ。身体を動かすことで唯一好きなのは散歩くらいだ。元々ジルの戦闘スタイルは肉弾戦ではないため人一倍体力をつける必要はない。と、ジルは思っている。

 では、全く体力がいらないかというとそういうわけではない。持久力がないため戦闘が長引けば長引くほどジルはどんどん不利になる。これが、ジル・ギルティがS級魔導士になれない理由の一つだ。彼はこの弱点を何年も放置してきた。しかも、喫煙者だ。

 そんな彼を救うため、エルザ・スカーレットがいい加減煙草をやめろと注意をしたり、体力をつけろと何度も訓練を誘ってはいるが、ジルはことごとく無視した。

 ミラジェーンからも「今は細いから良いけど、ちゃんと運動しないと将来絶対太っちゃうよ」と言われたりしたが、それも無視してきた。

 その結果──『喪服の悪魔(メフィスト)』と恐れられている男が階段を上っただけで、ぜいぜい言っている。

 『エルの書』の中に瞬間移動の魔法や飛行魔法はあることにはあるが、生憎条件が整っていない(・・・・・・・・・)

 ザルティという男を相手するよりも、長い階段の方が厄介かもしれない。そんなことを思いながら、ジルは再び歩き出した。

 

 

 やっとの思いで遺跡の頂上まで上り切ったジルは息を荒げつつ、煙草をくわえて火をつけた。まるで酸素ボンベのような扱いだ。

 一服しながら周りを見渡すと、グレイが言っていた通り『月の雫(ムーンドリップ)』を行うための大穴と魔法陣があった。そして、その魔法陣の前ですでに儀式を行っている者がいた。

 

「おおーん。おおーん」

 

 それは、犬のような顔をした男だった。男の名はトビー・オルオルタ、リオンの部下の一人だ。

 

──…あれで儀式になっているのか…?

 

 ジルは不思議に思った。ただ「おおーん」と言いながらひたすら上半身を上下させているようにしか見えない。だが、『月の雫(ムーンドリップ)』は一応発動しているようで、一人だけで行っているため効果は弱まってはいるが、確実に月の光が大穴に吸い込まれていっている。

 

《『エルの書』ページ23──パルズの指》

 

 ジル・ギルティは背後から不意打ちすることに何の躊躇いもなかった。魔力が圧縮された光球を飛ばし、儀式に集中しているトビーの背中に魔力弾が触れた瞬間、大きく爆発した。

 

「ぬぅあぁああああぁああ~~~~!!!」

 

 吹き飛ばされた犬男はオーバーリアクションで悲鳴をあげながら地面に転がる。

 

「何しやがんだよ!!?」

 

 トビーは髪の毛をアフロにさせながら怒声を発した。だが、呑気に会話している時間も惜しいのでジルは続けて魔力弾を発射する。

 

「自己紹介くらいしろってんだよ!!」

 

 トビーはそうツッコみながら魔力弾を次々と回避する。ふざけたなりをしているが、一応身体能力は高いようだ。

 

「くそう…こうなったらこの麻痺爪メガクラゲを使って、お前を麻痺させてやるぜ!!」

 

 ご丁寧な説明を口にしたトビーは指先に力を込めた。すると短く切り揃えられた爪が伸びながら、鋭利になっていく。麻痺効果を持つ爪が完全に伸び切ると、トビーは不敵な笑みを浮かべた。

 

「麻痺爪メガクラゲ! この爪にはある秘密が隠されている!!」

「…麻痺のことですか?」

「何故わかった!!?」

 

 二人連続で自分の隠し技を看破され、トビーはショックを受けた。昨日のツンツン頭といい、この男といい、世界にはどれだけ頭の良い魔導士がいるというのだ!?

 

「とんでもない奴だぜ…」

 

 戦慄するトビーを見ながら、喪服の男は無表情のまま困惑した。

 

──これは素なのか…? こちらを油断させるための演技か…? もしかしたらあの爪には、麻痺の他に何か効果があるのか? いや、そもそも麻痺などないのかもしれない。爪に注意を引き付けて別の手を打ってくる可能性もある。

 

 ジル・ギルティはいついかなるときも頭で考え、敵の思考・手段を読もうとする男だ。故に、馬鹿過ぎる相手は大の苦手だった。

 ナツ・ドラグニルは単純で短絡的なため思考を読むのに一番苦労しない。だが、このトビー・オルオルタは馬鹿過ぎるため逆に思考が読めずにいた。

 

「この爪に触れたら最後、ビリビリに痺れて死を待つだけだ!!」

 

 だが、考えている暇はなかった。犬顔の男が一気に間合いを詰めてきた。魔力弾は撃てない。

 ジルは魔導書を盾にする。『エルの書』が自動で障壁を発生させ、肉薄する麻痺爪を防御する。トビーの爪と魔導書の障壁がぶつかり合うたびに魔力のスパークがバチバチと閃く。

 

──やれやれ…接近戦は苦手なんだ…。

 

 ジルは心の中で嘆息する。

 「だから鍛錬しろと言っただろ!」とこの場にいない紅髪の鬼教官の小言を脳裏で聞きながら、魔導書のページに触れる。

 『エルの書』のページ数は数百にも及ぶ。つまり、それだけの数の魔法が彼の手にあるということだ。ただし、全て自由に使えるわけではなく、中には発動条件付きの魔法も多く存在している。

 だが、苦手な接近戦に対応する魔法は何種類かある。ジルはその内の一つを発動しようとした瞬間、『エルの書』を持っている手首に衝撃が走った。トビーに蹴り上げられたのだ。

 逆五芒星が刻まれた魔導書が空に舞い上がる。

 

「キレんじゃねぇよ!!!」

 

 訳のわからないことを言いながら、トビーが麻痺爪を振るう。彼のこの手段は所有(ホルダー)系魔導士に対するセオリーだ。

 所有(ホルダー)系魔導士は、道具を身につけていなければ魔法を行使できない。そして、そのほとんどの者が道具に頼り切って、魔導士自身はさほど強くない。

 だが、

 

「──あなただけ能力を知られているのはフェアではないから、私の能力について少し(・・)教えよう」

 

 迫りくる爪撃を眺めながら、喪服の男は何故か冷静に言葉を紡いでいた。

 

『エルの書』は所有系じゃない(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 上空にある魔導書が独りでにページを開いた。

 

《『エルの書』ページ7──ダ・ヴィルスの神経》

 

 黒い糸が伸びた。正確には魔力でできた光の糸だ。五本の魔糸がトビーに迫り、四肢と首に絡みつく。

 そして、ジルが指を弾き鳴らした瞬間、魔導書が妖しく発光し、標的の体内に魔力を流し込んだ。

 

「はばばばばばばばばばばばばば!!!!」

 

 奇妙な断末魔をあげるトビー。強烈な痛みが高圧電流のように全身を駆け巡る。異物の液体のようなものが皮膚、血管、神経など──肉体のありとあらゆるものが侵食され、すり潰され、踏み荒らされる。

 

「『エルの書』の魔力は、私の魔力と直結しています。いや、正確には私の脳に。手で触れなくても行使できますし、開きたいページに開かせることもできる。何百もあるから全て暗記するのに苦労しましたがね…って聞いていないか」

 

 トビーはすでに地面に倒れていて、動かなくなっている。

 ジルが微調整しなければ、ショック死していただろう。だが、殺人を犯さないことがマスター・マカロフたちとの約束だし、無闇に殺すことに何のメリットもない。

 ジルは犬顔の男から視線を外し、大穴に近付こうとしたその時だった。

 大地が震え、遺跡中に響くほどの重低音が木霊した。

 

「もう、おせぇんだよ…!」

 

 地面に倒れているトビーが絞りだすように言った。

 

「儀式は終わったんだよ…!!」

 

 再び重低音が鳴り響く。

 いや、それは咆哮だった。全長数十メートルにも及ぶ巨大な異形から発せられる雄叫びだった。声だけで圧倒され、普通の人間であれば腰が抜けてしまうだろう。

 だが、喪服の男は表情を変えぬままスタスタと歩き、大穴を覗き込むと、巨大な悪魔──デリオラが復活の歓喜に震えるように叫びをあげている。

 すると、因縁のある異形を前にグレイ・フルバスターが立ちはだかり、『絶対氷結(アイスドシェル)』を発動しようと腕を交差させていた。

 

「──仕方ない。やるか」

 

 喪服の男の無感情な表情、淡々とした口調──だが、そこには濃密な殺意が凝縮されていた。

 相手は破壊しかもたらさない巨悪。手加減する必要はない。

 冷静に、合理的に、抹殺する。

 ジル・ギルティは、できれば殺意を以て(・・・・・)で魔法を行使したくはなかった。そうするたびに、奇妙な感覚(・・・・・)に陥ってしまう。

 自分の中にある、何か(・・)が嗤うのだ。

 もう一人の自分。

 諸悪の根源。

 擬人化した悪意。

 単一にして複数形の何か(・・)が暗闇の奥底からこちらを見ながら嘲笑ってくる。肺腑を抉られるような不快感が襲う。

 

《八つに切り分けられた、聖なる(はらわた)…》

 

 ジル・ギルティは魔導書を開き、地獄の門を叩く。

 

《賛美歌を歌う生首の群れ…二十面相の首無し死体…》

 

 詠唱しながら、乱れ始める己の感情を抑え込む。文字を消していくように。事務的に、淡々と。

 

《錆びついた審判…玲瓏(れいろう)たるギロチン…狂悖暴戻(きょうぼつぼうれい)の刃を以て、冤罪の民を切断する》

 

 上空に、銀色の線が煌めいた。光の糸のようなものが時に弧を描き、時に直進し、時に鋭角に曲がり、一つの巨大な魔法陣を描く。

 遥か彼方の上空──紫色の満月を背景に、逆五芒星の図形が燦然(さんぜん)と禍々しく輝いた。

 

《『エルの書』ページ111──グランゴイルの牙》

 

 刹那、魔法陣という断頭台から漆黒の刃が振り下ろされた。ガラスが割れるような甲高い音が響く。

 広く、されど薄く高圧縮された魔力の奔流が空を割り、大気を裂き、遺跡の頂上に喰らいついた。

 黒い刃が滑らかに遺跡を斬り裂いていき、その先にいる巨大な悪魔を悪魔のギロチンを以て断罪した。

 デリオラの巨躯が真っ二つに切断される。だが、不思議なことに一切の血が流れない。しかも、二つに分かれた悪魔の身体が石像のようにボロボロと崩れていくではないか。

 

「…ああ、なるほど。そういうことか」

 

 眼下に広がる不思議な光景を見ながら、ジルは納得した。

 悪魔デリオラは、すでに死んでいたのだ。『絶対氷結(アイスドシェル)』はただ敵を封じ込める魔法ではなく、封じながら徐々に命を奪っていく魔法だったのだ。

 十年という長い歳月をかけて、氷魔導士ウルは災厄の悪魔を打ち滅ぼしたのだ。

 『月の雫(ムーンドリップ)』によって溶かされた氷は、多量の水となって大地に流れ、海へと渡っていく。

 ウルは、初めて永遠となった。海が干上がることがない限り、彼女は生き続ける。

 崩れるデリオラの死骸と、水へと姿を変えたウルを見ながら二人の弟子たちは涙した。師の尊大、母なる抱擁───ウルは悪魔だけでなく、グレイとリオンの心の闇まで払ったのだ。

 

 二人の姿を見ながら、ジル・ギルティはふと自分の母について無意識に記憶の糸を辿っていた。

 だが、何も思い出すことができなかった。

 彼が15歳のとき──あること(・・・・)をきっかけに妖精の尻尾(フェアリーテイル)に入ったのだが、それ以前の記憶が全く無いのだ。

 親のことも思い出せない。友人、知人のことも思い出せない。

 ただ、自分のせいで全員死んだ(・・・・・)ことだけはわかっていた。

 自分自身が引き起こしてしまった血の惨劇(・・・・)によって、故郷にいる人間が全て死に絶え、その心理的ショックで記憶を失ってしまったのだ。

 そして、気が付いたときには、自分は悪魔の書を持っていた。

 『エルの書』──ゼレフ書の模造品(イミテーション)、悪魔封じの門、人間を効率良く殺戮するための呪いの箱。この魔典がどこから現れ、何故自分の手に持っていたのだろうかと、ジル・ギルティはいつも思う。

 だが、『エルの書』は何も答えてくれない。まるで宿主を嘲笑うかのように沈黙していた。

 

 

 

「いあーーーーー!!! 終わった終わったーーーーーー!!! これで俺たちもS級クエスト達成だーーーーーーーー!!!!」

「あいさーーーーーー!!!!」

「もしかしてあたしたち『2階』へ行けるのかな!!?」

 

 零帝リオンと悪魔デリオラを撃退したことで、ナツたちは喜びに打ち震えた。

 S級魔導士でなくてもS級クエストを達成できることに自信がつき、もしかしたらこれを機にS級魔導士への昇格は間違いはないと夢想した。

 だが、それも束の間、憤怒の形相で睨みつける鎧の鬼と、笑顔を浮かべている喪服の悪魔の姿を見て、一気に彼らを絶望の淵へ立たされた。

 

「そうだ! お仕置きが待ってたんだ!!」

「その前にやることがあるだろう」

 

 恐怖に震えるルーシィを制し、エルザは冷静に口を開く。

 

「村人を救うことが今回の仕事の本当の目的ではないのか。S級クエストはまだ終わっていない」

「だ、だってデリオラは死んじゃったし…村の呪いだって…」

「いや、あの呪いとかいう現象はデリオラの影響ではない。『月の雫(ムーンドリップ)』の膨大な魔力が害を及ぼしたのだ。デリオラが崩壊したからといって事態が改善するわけがないだろう」

「そんなぁ…」

 

 あれだけ苦労したのにまだクエストを達成できていないことに、ルーシィは涙目になる。その横で、能天気で考え無しのナツが「んじゃ、とっとと治してやっかー!」と声を張り上げている。方法もわからずにだ。

 と、そこで紫煙をくゆらせていたジルが思いも寄らぬ発言をした。

 

「いや、すでに達成できているかもしれない」

「ええ!?」

「本当か、ジル?」

 

 ルーシィとエルザが驚きの声をあげると、喪服の男は説明を付け加えた。

 

「まだ確定できてないがね。とりあえずエルザが言ったように村のことに関してはデリオラは全くの無関係だ。…月を見てくれ」

 

 ジルが上空に指差し、エルザたちは月を見上げた。

 すると、今まで紫色に輝いていた月が元の色に戻っていた。

 

「おい、どうなってんだ!? いつの間に元に戻ったんだよ!?」

「まぁ、それについては追々説明する。とにかく村人たちがどうなっているか気になる、資材置き場に行こう」

 

 ナツの疑問にすぐに答えず、ジルは村人たちに会うことを促した。ジルたちが遺跡から立ち去っていく中、一人だけまだ動けずにいた男がいた。

 グレイ・フルバスター──彼の視線の先には、(ウル)に敵わないと悟り、岩壁に寄りかかりながら地面に座り込む兄弟子(リオン)の姿があった。

 

「…何見てやがる」

 

 リオンが睨む。

 すると、グレイは小さく笑った。兄弟子に対する嘲りの笑みではない。

 そして、次に彼の口から出た言葉は慰めでも非難でもなかった。

 

「お前もどっかのギルドに入れよ。仲間がいて、ライバルがいて、きっと新しい目標が見つかる」

「下らん、さっさと行け…!」

 

 リオンは顔を背け、吐き捨てるように言った。

 ウルを超える──ただそれだけのために生きてきた。ギルドに入るなど考えもしなかった。

 だが、下に見ていた弟弟子に敗北し、ウルの偉大さを見せつけられたことで自分がいかに小さい人間であったかを痛感した。

 だが、それでもまだグレイの言葉を素直に受け止めることができなかった。

 

 

 村の資材置き場に来たジルたちであったが、村人たちの姿がどこにも見当たらなかった。

 村が跡形もなく無くなり、ここを仮の住居地にしていたはず。村人が一人もいないとはどういうことだろうか?

 

「ふむ。悪魔ではなく、幽霊だったというオチかな?」

「ジ、ジルさん怖いこと言わないでください…!!」

 

 ルーシィが顔面を蒼白させていると、

 

「み、皆さん戻りましたか!?」

 

 資材置き場の外から、村人の一人が慌てた様子で駆け寄ってきた。

 

「大変です、とにかく村まで急いでください!!」

 

 

 ジルたちが村へ訪れると、消滅されてしまったはずの建物などが全て元通りになっていた。

 村が更地と化す瞬間を実際に目の前で見ていたナツたちは唖然とした。

 

「どうなってんだこりゃ!? まるで時間が戻ったみてえだ!!」

 

 不審に思いながら他人様の家の壁をガツガツ殴るナツ。

 そこへ、

 

「皆さま、戻りましたかな。ほがぁ」

 

 ジルたちの前に、長いもみあげが特徴的な老人が現れた。この村の村長だ。後ろに多くの村人たちを引き連れている。

 

「村長さん! いつの間に村が元通りになったんですか!?」

 

 ルーシィが驚きながら尋ねると、村長は目を丸くした。

 

「む? あなた方が村を元に戻してくれたのではないのですかな? ほがぁ」

「い、いえ…! おかしいなぁ…。じゃあ、誰が…?」

 

 ルーシィはふと、ジルの顔を見た。

 闇色のスーツを着ている、見るからに怪しいこの男ならやりかねないと思ってしまった。

 だが、当の本人は煙草をくわえたまま肩を竦めた。「そんな便利な魔法使えるわけがない」と言いたげだ。

 

──まさか…。

 

 ナツだけは、心当たりがあった。仮面の男(ザルティ)だ。

 時のアークという、物質の時間を操る『失われた魔法(ロストマジック)』の使い手だ。こんなことができるのはあの男しかいない。だが、デリオラの復活を目論んでいた男がそんなことをするだろうか? では、いったい何の目的があって?

 

「ん~…ま、いっか!」

 

 考えても答えが出るわけでもないし、何より考えること自体が嫌になったためナツは一人で自己完結した。

 

「それで…非常に言いにくいことなのですが…ほが」

 

 村長が冷や汗を垂らしながら、口をもごもごさせた。

 

「悪魔の姿になってしまう呪いをどうにかして欲しいという依頼だったのですが…その…信じられないかと思いますが…ワシらはどうやら人間ではなく、悪魔…みたいです、ほが…」

 

 しばしの沈黙が流れた。

 村長の言葉を、ナツたちは頭の中で何度も反芻した。

 そして、

 

「えぇえええーーーーーーーー!!!?」

 

 ナツとグレイだけが絶叫した。

 

「ああ。そういえば、ナツ君たちには話してなかったな」

 

 村人全員が悪魔であることを見抜いていたジルは、エルザとルーシィとハッピーには伝えたが、それ以外の人間には言っていなかった。

 エルザたちも予め伝えられていたため声をあげるほどではなかったが、村長本人から改めて言われるとやはり驚愕してしまう。

 だが、一つ気になる点がある。

 

「村長。察するに、後から気付いたような口ぶりだ。 いったいどういう経緯で?」

「そ、それが…ワシらにもよくわからんのですが…」

 

 エルザからの質問を、村長は戸惑いながらも答えていく。

 まず事の発端は、突然夜空からガラスが割れるような大きな音が響いたことから始まった。村長たちは何事かと思い、空を見上げると紫色だった月がいつの間にか元の色に戻っていたのだ。

 そして、そこから異変が始まった。まるで催眠術が解かれたかのように、自分たちの意識がはっきりし始めた。さらに、気付いてしまったのだ──自分たちは悪魔に変身してしまう人間ではなく、人間の姿に変身できる悪魔であることに。

 

「そのガラスが割れるような音というのは、私の魔法によるものだ」

 

 村長の話を聞いた後、ジルが説明し始める。

 

私にしては運が良い(・・・・・・・・・)。遺跡の頂上まで登った甲斐があった。デリオラを滅ぼすために魔法を発動させたのだが、頭上で展開したことで島を覆う膜を破壊した」

「膜?」

 

 ハッピーが首を傾げると、ジルはさらに詳しく説明する。

 

「『月の雫(ムーンドリップ)』によって発生した排気ガスと思えばいい。それが結晶化して、空に膜を張っていた。月が紫色に見えたのはそのためだ。そして、村長の言葉から察するに『月の雫(ムーンドリップ)』の膜のせいでどうやら記憶障害が起きてしまったようだ」

「ちょっと待ってくれ。じゃあ、何で俺たちやリオンには何も起きてなかったんだ?」

 

 今度はグレイが質問すると、ジルは憶測を口にする。

 

「恐らく悪魔にしか影響しないのだろう」

 

 そう言ってから『喪服の悪魔(メフィスト)』は、一応自分は人間なんだな(・・・・・・・・・・・)と心の中で自己認識した。

 

「さすがだ。君たちに任せて良かった」

 

 ジルたちの前に、口髭をたくわえた悪魔が姿を現した。ジルとエルザは面識がないが、他の者は知っている。

 

「ボ、ボボ…」

「船乗りのおっさん!!」

 

 男の名はボボ。村長の息子で、ナツたちをガルナ島まで案内した船乗りだ。だが、彼はすでに死んでいるはずだ。

 すると、ボボは大きく口を開けて笑った。

 

「胸を刺されたくれぇじゃ、悪魔(おれたち)は死なねぇだろうがよ!」

 

 背中から生やした翼を羽搏かせ、ボボは夜空へ舞い上がった。

 

「俺は一人だけ記憶が戻っちまってこの島を離れてたんだ。自分たちを人間だと思い込んでる村の皆が怖くて怖くて!」

 

 生きている息子の姿を見上げながら、村長は涙した。

 記憶障害に陥っている間、心まで悪魔と化したボボを泣く泣く手をかけてしまった。だが、本来の記憶を取り戻し、息子も生きていた。

 全てが元通りになった幸せを噛みしめながら、村長も空へ上がる。他の村人も、夜空へ飛翔してボボの生還を祝福した。

 

「ふふ…悪魔の島、か」

 

 涙を流し、歓喜する悪魔たちを見上げながらエルザは小さく微笑んだ。

 

「でもよ、皆の顔を見てっと…悪魔ってより天使みてーだな!」

 

 ナツが邪気の無い笑顔でそう言うと、他の者たちも同意するように微笑んだ。

 だが、ただ一人──少し離れた所で、喪服の男が無表情に紫煙を吐き出していた。

 

──では、人の姿(・・・)をした『俺』は…何なのだろう(・・・・・・)な。

 

 その疑問に答えられる者は誰もいなかった。ジル・ギルティ自身でさえ、大して明確な答えを欲しているわけでもなかった。

 

 

 

「な、何と…! 報酬は受け取れないと…!!?」

 

 悪魔の宴(と称したただの宴)が終わり、朝日が昇り始めたときのことだった。

 村を代表して、村長が報酬を支払おうとしたのだが、エルザがそれを断ったのだ。

 

「ああ、気持ちだけで結構だ。後から正式に受理したとはいえ、元々は一部の馬鹿共が先走って遂行した仕事だ」

「何でだよエルザ!!」

「700万(ジュエル)だぞ!!?」

「およしなさい」

 

 ナツとグレイが生真面目な鎧女に食って掛かると、ジルが冷静に制した。

 

「そもそも事の発端は君たちがルール違反を犯したことから始まった。本来予定でなかったこのクエストをエルザの名で急遽受けることになったんだ。彼女に全ての決定権がある」

 

 マスター・マカロフにエルザの名義で正式に受理しようと進言したのはジル自身なのだが、それをわざわざ口に出す必要はない。

 

「ほがぁ…それでも我々が救われたことには変わりません。これはギルドへの報酬ではなく、友人へのお礼という形で受け取ってくれませぬか?」

 

 村長の言葉に、エルザは困ったように苦笑した。

 

「そう言われると拒みづらいな。では、追加報酬の鍵だけありがたくいただくことにしよう」

「いらねーッ!!!」

「いるいる!!!!」

 

 追加報酬の鍵というのは、世界に12本しかない『王道十二門の鍵』だ。ナツとグレイはいらないと言ったが、星霊魔導士であるルーシィにとっては喉から手が出るほどに欲しい逸品だ。

 

「改めまして、今回のことで村を救っていただき本当にありがとうございました」

 

 村長が深々と頭を下げた。

 

「もし、今後他に困ったことがあったら『妖精の尻尾(あなた方)』にお仕事を頼もうと思います」

 

 村長からのありがたい言葉を受け、エルザはジルに言われたことを思い出した。

 『ギルドにとって一番優先するべきは相手方との信用度──次のビジネスへの布石だ』と。

 今回の件でこのS級クエストを完遂したことでガルナ島の村人たちから信用度を獲得し、ギルドにとって顧客となったわけだ。

 もし、掟を優先し、仕事を破棄していたらどうなっていたかは想像に難くない。理由を話せば、村人たちは一応(・・)了承したかもしれない。だが、お互いの関係はそこで終わりだ。

 ジル・ギルティに思いやりや、親切心といった『熱』は全く無い。それは間違いない。だが、彼の進言がなければ、妖精の尻尾(フェアリーテイル)とガルナ島との縁は結ばれていなかっただろう。たかが一つの村だが、その一つ一つの積み重ねがギルドの利益に大きく関わる。

 掟がなければギルド内の秩序は保たれない。だが、そればかりに拘って、感情だけが先走っていたエルザ・スカーレットは己の不明を恥じた。

 

「…ジル。その、先日のギルドでのことなんだが…」

 

 エルザはジルの前に立ち、言い淀みながらも意見が合わなくて噛みついてしまったことについて謝罪しようとしたのだが、

 

「何の話だ? それより早く街へ戻ろう。数日分の煙草が切れてしまった」

 

 空になった銀のシガレットケースを見せ、喪服の男は突き放すような口調で言った。

 エルザを気遣ってのものか。それとも、本当に覚えていないのか。彼の無感情な表情と口調からは何も読み取ることができなかった。ジルのことだから、後者の可能性が大きい。

 だが、

 

「…ああ、そうだな。…ありがとう」

 

 エルザは小さく微笑み、聞こえるか聞こえないかの声の大きさでお礼を言った。

 ジル・ギルティとは四年ぐらいの付き合いになる。彼とは何度か一緒に仕事をこなし、考え方が合わなくて言い争ったことも一度や二度ではない。だが、何故か心の底から嫌いになることができなかった。

 『喪服の悪魔(メフィスト)』『機械仕掛けの亜人』『絶対零度の脳(ドライアイス・ブレイン)』──常に感情が無く、冷徹に頭を働かせる男だが、そんな彼にも人間らしい感情があるんじゃなかろうか──エルザ・スカーレットはそう思っている。

 そして、そう思いたかった。

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