悪ノ華 2021年版   作:ギュスターヴ

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第五話:ルーシィ・ハートフィリア

 ジル・ギルティがマスター・マカロフに自宅での一週間謹慎を言い渡されてから数時間が経過した。彼は自宅でも喪服を着ており、換気扇の前で煙草を吸っていた。

 時折り、ミラジェーンがすぐ近くとはいえギルドからわざわざ様子を見に来たりしているが幽鬼の支配者(ファントムロード)のことで下手な真似をしないようマカロフに命じられたのことだ。彼女からしてみても、これ以上ジルの立場が悪くなってほしくないため、命じられなくともそうしただろう。

 だが、そんな彼女の心配をよそに、紫煙をくゆらせながら喪服の青年は思慮を巡らせていた。

 言わずもがな、妖精の尻尾(フェアリーテイル)幽鬼の支配者(ファントムロード)の抗争のことだ。

 マカロフたちはすでに怪我を負わされたレビィたちの報復をするために相手のギルドに乗り込んでいることだろう。だが、幽鬼の支配者(ファントムロード)が何の勝算も無しにあのような形で妖精の尻尾(フェアリーテイル)に宣戦布告をするはずがない。恐らく、わざと攻め込ませて何かを仕掛けてくるはずだ。

 

──…それにしても、何故幽鬼の支配者(ファントム)はこのタイミングで…?

 

 戦いを始めた理由としては、長年いがみ合ってきたことによる私怨だろう。これまでのやり方を見ていて、嫌でも感情が垣間見える。

 ただ、何故この時期を選んだのか。幽鬼の支配者(ファントムロード)の戦力は何年も前から豊富だ。いつでも仕掛けられる状態のはず。何となくと言ってしまえばそれまでだが、何かきっかけがあるはずだ。

 そのきっかけが妖精の尻尾(フェアリーテイル)の中にあるのだとすれば、

 

──…ルーシィ?

 

 ここ最近で妖精の尻尾(フェアリーテイル)の中で特に変わったことと言ったら、ルーシィという星霊魔導士が加入されたことだ。もしかしたら、彼女は幽鬼の支配者(ファントムロード)の間者なのではないか?

 

──いや、ありえんか。

 

 ジル・ギルティは他人に興味が無い。仲間であろうと例外ではない。

 ただ全く言動を見ていないかと言えば、そうではない。冷めた目で無意識に他人を見ている。故に、色眼鏡をかけずに客観視することができる。

 知り合ってから数日しか経っていないが、ジルの見解としてはルーシィの言動に特に怪しい所はなかった。何か探りを入れてくる様子もなかったし、何より間者ならばギルドの掟を破るという無茶な行動はしない。

 気になることと言ったら、時々立ち振る舞いが優雅(・・)に見えるときがあることくらいだ。まるで、身分の高い令嬢のような。

 

──そういえば彼女の名字はなんだ…?

 

 ミラジェーンからルーシィのことを聞かされたが、下の名前しか聞いていない。

 初めて本人に会ったときも、ルーシィはフルネームを名乗らなかった。他の人間は知っているのだろうか? わざと隠しているのか? フルネームを名乗ったら、自分が何者かであることをすぐにバレてしまうから?

 

──繋がる、か…?

 

 幽鬼の支配者(ファントムロード)の今回の件で何か関係があるのかはわからない。ただ、ルーシィの身元についてはっきりさせるべきだ。

 嫌な予感が拭えない。幽鬼の支配者(ファントムロード)へ乗り込んでいったマカロフたちのことも気になる。

 

──…仕方ない、行くか。

 

 ジルは吸い終わった煙草を灰皿に押しつけた。

 命令通りに素直に謹慎してたが、ミラジェーンが帰って来る前に思念体とすり替わろう。

 ただ、彼女は妙に鋭い所がある。恐らくすぐに見破ってくるはずだ。だが、時間稼ぎにはなる。

 謹慎期間が長引くことを承知で喪服の男が家から出る準備をしようとした、その時であった。

 コン、コン、コン。

 玄関のドアが三回ノックされた。いったい誰だ? 少なくともミラジェーンではない。

 ジルが不審に思っていると、閉じられたドアから聞こえてきたのは予想だにしない人物の声だった。

 

『ジル、私だ。ミストガンだ』

「…ミストガン?」

 

 思わぬ人物の訪問に、ジルは無表情のまま驚愕した。

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)の最強候補の一人、S級魔導士・ミストガン──顔も名前も、全てが謎に包まれている男。

 どのような理由かはわからないが、やたら正体を隠したがり、ギルドの出入りをする際仲間たちにわざわざ眠りの魔法をかけていくほどだ。

 そんな男が自らコンタクトを取ってきたということは余程のことが起きたのだろう。その時点で、ジルの中で嫌な予感が的中した。

 

『そのままで聞いてくれ。マスターが敵の攻撃で重体になった。枯渇(ドレイン)という風の系譜の魔法だ。今、治癒魔導士のポーリュシカの所で静養している』

 

 枯渇(ドレイン)とは、対象者から魔力を流出させてしまう魔法だ。魔導士にとって魔力は生命の源──魔力が高い者ほど大きな苦痛が伴う。ただでさえ、マカロフは高い魔力を持っている上に、高齢だ──下手したら命にかかわるだろう。

 

「…他の者たちは?」

『皆、軽傷で済んでいるから大事ない。エルザが皆を撤退させ、ギルドの地下に戻っている』

 

 引き際を弁えている『妖精女王(ティターニア)』に感謝した。

 だが、最悪な状況だ。マスター・マカロフが重体で、ギルダーツもラクサスもいない。

 幽鬼の支配者(ファントムロード)の恐ろしさはマスター・ジョゼたちの存在だけではない、魔導士の多さだ。支部がいくつもあり、幽鬼の支配者(ファントムロード)に所属する魔導士が一気になだれ込んで来たら妖精の尻尾(フェアリーテイル)の命運は尽きるだろう。

 だが、ジルの不安はすぐに解消されることになった。

 

『ジル。私はこれから空気中に漂うマスターの魔力を回収しながら、ファントムの支部を全て潰してくる』

「何…?」

 

 一瞬、ミストガンが何を言っているのかわからなかった。幽鬼の支配者(ファントムロード)の支部は何十にも及ぶ。それを全てたった一人で潰して回るというのか? マカロフの失われた魔力を回収することと同時進行で?

 正直、ミストガンの実力がどの程度かはわからない。だが、最強候補と言われているほどだ。もしかしたら可能なのかもしれない。

 何より、ドアの向こうから聞こえてくる声音に自信と覇気が伝わってくる。

 

『こんな大変なときでも、私にできる(・・・)のはここまでだ。君たちには本当に申し訳ない』

「いえ、そんなに畏まらないでください。感謝します、ミストガン」

 

 これから幽鬼の支配者(ファントムロード)の主力と戦う自分たちも決して楽な状況ではない。だが、ミストガンの助力に心から感謝した。

 

『では、私はこれで』

 

 そう言い残し、ドアの向こうから人の気配が消えた。

 自宅に一人残されたジルは改めて家から出る準備をする。謹慎中の身だが、状況も状況だ。マカロフも寝込んでいる。勝手に出ても問題は無い。

 シガレットケースとマッチを懐に入れ、黒き魔導書──『エルの書』をホルスターに収めた。

 すると、ドアの向こうからまた声が聞こえてきた。ミストガンではない。

 二つの女の声──ミラジェーンとエルザだ。何やら言い合っているように聞こえる。

 ドアの鍵が外れる。勢いよくドアが開くと、最初に踏み込んできたのは緋色の髪の鎧女──エルザ・スカーレットだった。綺麗な顔立ちに、鬼の形相を浮かばせている。この時点で、ジル・ギルティは全てを察した。

 

「やめて、エルザ!!」

 

 ミラジェーンの制止の声は間に合わず、エルザの振りかぶった拳が男の頬に叩き込まれた。喪服に包まれた長身が吹き飛び、床の上に無様に転がった。

 

「ミラを恨むな。お前がいなかった理由、謹慎している理由を私が無理やり聞いた」

 

 剣よりも鋭い眼光で睨みながら鎧女は重々しく口を開く。

 

「痛いか、ジル? だが、レビィたちが受けた痛みはこんなものではない」

 

 ジル・ギルティは何も答えない。謝罪も弁明もする気がないからだ。

 自ら『罪有リ(ギルティ)』を名乗り、喪服を着始めたときから彼は許される(・・・・)ことを拒絶している。

 無言を貫くジルを無視し、エルザは話を続ける。

 

「これからファントムが攻め込んでくる──マスターは重体で、怪我人も多く、ギルダーツたちもいない…不本意だが、お前の力がどうしても欲しい」

 

 エルザ・スカーレットは、ジル・ギルティが気に入らない。だが、憎んでもいなければ、信頼していないわけでもない。

 猫の手ならぬ、悪魔の手も借りたい。後でマカロフから罰を受けることを覚悟して、エルザは禁じ手(・・・)を使う。

 

「マスターに代わって、今だけ謹慎を解く。『喪服の悪魔(メフィスト)』、お前の悪徳で奴らを祟れ…!!」

 

 喪服の男がゆらりと立ち上がった。

 

「──状況を詳しく話せ」

 

 

 ジルが危惧していた通り、事の発端はルーシィによるものだった。いや、正確には間接的で、資産家として有名な彼女の父──ジュード・ハートフィリアが娘を連れ戻すために幽鬼の支配者(ファントムロード)に依頼したことから始まったのだ。

 ルーシィは父親と折り合いが悪く、一年前から家出してからハートフィリア家の娘であることを口に出さなかったのだ。

 

「本当にごめん…あたしが家に戻れば済む話だよね…」

 

 ギルドの地下一階で、幽鬼の支配者(ファントムロード)の再戦の準備をしている仲間たちを横目で見ながらルーシィは謝罪した。

 何を思ったのか、急に父親が娘を連れ戻そうとした。そのせいで友人(レビィ)や、マカロフたちが傷付き、ギルドも破壊された。(もと)を正せば、自分が家出をしたことが始まりだとルーシィは自責の念に苛まれた。

 

「いや、君が戻っても何も変わらない」

 

 彼女の言葉を否定したのは、意外にもジル・ギルティだった。

 

「ただ連れ戻すだけなら、ファントムはもう少し穏便なやり方ができたはず。君のことはついで(・・・)で、奴らはこちらを徹底的に潰すことを第一目標にしている」

 

 ルーシィを差し出して戦いを止められるならば、ジルは何の感慨もなく差し出しただろう。だが、そうでないのであればする必要はない。父親の元へ戻りたくないのであれば、勝手にすればいい。

 

「ここにいたいって言ったよな、戻りたくねぇ場所に戻って何があんの?」

 

 次に口を開いたのは、一度攫われたルーシィを救ったナツ・ドラグニルだった。

 

「どっかの家のお嬢様じゃなくて、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のルーシィだろ。ここがお前の帰る場所だ」

「…ッ…」

 

 ナツの温かい言葉に、ルーシィは大きな瞳に涙を浮かばせた。

 女の涙に弱いグレイとエルフマンが勝手にあたふたしている横で、エルザがジルに話しかける。

 

「ミストガンがマスターの魔力を回収し終われば、まだ私たちに勝機はあるか?」

「それでもマスターにあまり期待しない方がいい。聖十(せいてん)とはいえ、枯渇(ドレイン)から回復したばかりの老人に聖十(ジョゼ)とまともに戦えるかどうか」

「私もそうは思うが…向こうにはエレメント4、鉄竜(くろがね)のガジルまでいる。せめて、ラクサスがいれば…」

 

 そのラクサスに戻ってくるよう、今通信の魔水晶(ラクリマ)を使ってミラジェーンとカナが話し込んでいる。

 すると、水晶の向こうで彼が何を言ったのか、話の途中で突然ミラジェーンが魔水晶(ラクリマ)を殴り壊した。

 

「…やはりダメか」

「…ジル。ミラを慰めに行ったらどうだ?」

 

 石英の残骸の前で少女が涙を流している。それを一瞥した青年の美貌はいつも通り冷めきっていた。

 

浅薄(せんぱく)な言葉をかけるくらいなら、放っておいた方がマシだ」

「そうではなくてだな…」

 

 エルザは怒りを通り越して呆れてしまう。

 自分の女くらい優しくできないものか(彼なりの優しさかもしれないが)。この男は良くも悪くも、他人に対して非常に平等(・・・・・)なのだ。

 ジルらしいといえばジルらしいが、何故こんなドライな男をミラジェーンは想い続けているのか不思議でならなかった。自分だったら五万回殺している。

 その時であった。大地を揺るがすほどの重々しい音が響き渡った。一回だけではなく、何度もだ。しかも、その音が徐々に近付いてくるではないか。

 

「外だーーーーー!!!」

 

 誰かが叫んだ。

 ジルたちは急いで階段を駆け上がり、外に出て轟音の正体を確認した。

 そこには異様な光景が広がっていた。妖精の尻尾(フェアリーテイル)のギルド前には大きな川がある。その大河を渡ってきたのは船ではなく、何と(ギルド)だった。

 どうやって? ギルドの底に鋼鉄の巨大な脚部が六本あり、それが重々しく駆動しながら歩行してきたのだ。

 まさかギルドそのものが移動してくるなど想像もしていなかったエルザたちは息を吞んだ。

 

「想定外だ…こんな方法で攻めてくるとは…!!」

 

 だが、驚いている暇はなかった。

 ギルドの外壁がゆっくりと開き、そこから巨大な砲口が顔を出した。金属の擦れる音を響かせながら砲身が伸びる。すると砲口に多量の魔力が集束しながら圧縮し、禍々しい光が膨らんでいく。

 『魔導集束砲ジュピター』──魔力を用いた大量破壊兵器だ。妖精の尻尾(フェアリーテイル)のギルドを完全に吹き飛ばす気だ。

 

「全員、伏せろーーーーーーー!!!」

 

 大音声(だいおんじょう)で命令しながらエルザは駆け出した。何としてでも防がなければならない!

 彼女の数ある鎧の中で、最高の防御力を誇る『金剛の鎧』というものがある。それを纏ってジュピターの砲撃を受け止めようというのだ。ただ、ギルドや仲間たちを守ることはできてもエルザ自身がただではすまない。命の危険すらある。

 だが、迷っている時間はない。魔導砲は今にも発射寸前だ。瞬時に換装し、死を覚悟して防御に徹しようとしたその時であった。

 

 

「魔導集束砲〝ジュピター〟発射」

《〝エルの書〟ページ390──イシュテリアスの胎盤》

 

 

 幽鬼の主と、喪服の悪魔の声が同時に重なった。

 刹那、混濁の奔流が迸った。圧倒的な破壊をもたらす魔導砲の閃光が鎧女どころか、その先にいる他の魔導士たちや半壊した妖精のギルドまで焼き切らんと肉薄する。

 だが、それが届くことはなかった。

 『金剛の鎧』で身を固めたエルザの前に、魔の領域が広がった。まるで胎児を守る肉壁のような漆黒の光膜が魔力の荒波を受け止め、強大なエネルギー同士のぶつかり合いから起きる乱流が辺りをかき乱した。

 時間的に言えば、10秒にも満たない短い時の間。だが、周囲の人間には何十倍も長く感じられた。

 最後まで光膜を破ることができなかった魔導砲の光は露と消え、エルザたちを守り切った光膜も徐々に消失していった。

 

『上級悪魔』を無詠唱(・・・・・・・・・・)で発動した。二度目はない」

 

 額に汗をにじませながら、ジルは疲れた様子で魔本を閉じた。

 『エルの書』の中にある何百もの魔法は『下級悪魔魔法』と『上級悪魔魔法』の二つのカテゴリーに分けられている。『下級悪魔魔法』は指定のページさえ開けば、すぐに発動できる。

 だが、『上級悪魔魔法』は『下級悪魔魔法』より遥かに強力だが発動するためには本来(・・)詠唱しなければならない。だが、ジル・ギルティは先程詠唱無しで発動した。

 発動できることにはできるが、その代わり魔力の消費量が三倍以上に膨れ上がり、たった一回の無詠唱発動だけでジルの魔力は半分以下になってしまった。たとえ詠唱付きでも、『上級悪魔魔法』の使用回数は後一回か二回だろう。

 

「すまない、ジル…!」

「唯一のS級魔導士が使い物にならなかったら困る。それに比べたら安いものだ」

 

 エルザの謝罪を冷静に返すジルだが、内心では自分の不運を嘆いていた。

 先程の魔法で魔力を大きく消費したため、これまで考えていたプランが台無しになった。

 いつぞやエルザに、魔法がなければ何の取柄もないただの肉の塊と皮肉られたが、まさしくそれ(・・)だ。

 ジル・ギルティは基礎体力が無い上に、肉弾戦に関しては妖精の尻尾(フェアリーテイル)最弱だ。もしかしたらルーシィよりも弱いのかもしれない。

 魔力が半分以下になってしまっては、『下級悪魔魔法』の使用も慎重にならなければならない。

 

『ルーシィ・ハートフィリアを渡せ。今すぐだ』

 

 幽鬼の支配者(ファントムロード)のギルドの拡声器から、ジョゼの低い声が響き渡った。静かだが、濃密な殺気と燃え滾る怒りが滲み出ていた。元々、彼らはルーシィを連れ去るために動いてもいたのだ。それを邪魔されたのであれば、腸が煮えくり返るのも無理はない。

 

「あたし…」

 

 ルーシィは再び自責の念に心を痛めた。周りの仲間たちがルーシィの差し出しを拒否する姿を見て、逆に申し訳なく思ってしまった。

 このままだとさらに傷付く者が増えていく。自分が家出さえしなければ、こんなことにはならなかったのに。

 今自分が父の元へ戻りさえすれば、皆は──

 

 

「仲間を売るくらいなら、死んだ方がマシだ!!!」

 

 

 『妖精女王(ティターニア)』の、鉄剣よりも強固な意志の言霊が周囲に、ルーシィの心に響かせた。

 

 

「俺たちの答えは何があっても変わらねぇ!! お前らをぶっ潰してやる!!!」

 

 

 『火竜(サラマンダー)』も負けじと咆哮する。それが波及効果となり、他の仲間たちも呼応するように雄叫びを上げた。

 ルーシィ・ハートフィリアは大粒の涙を堪えることができなかった。

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)に入ってまだ日が浅く、自分がそもそもの元凶であるはずなのに何故仲間たちは恨むどころか、この危機的な状況でも必死になって守ってくれるのだろうか?

 血の繋がった父親ですら、一抹の愛情も向けられたことがなかったのに──何故彼らは、ギルドの仲間とはいえ赤の他人に対してこんなにも温かく接してくれるのだろうか?

 (とき)の声に囲まれながら涙を流すルーシィから少し離れた所で、唯一(・・)冷静に佇む男が一人いた。

 

──これ(・・)妖精の尻尾(フェアリーテイル)の最大の強みだな。士気は上々。

 

 ジル・ギルティ──妖精の異端児。この男だけが周りに感応せずに淡々としていた。

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)の最大の強み──それは異常なまでの集団的仲間意識だ。合理的に考えず、たった一人の同胞のために命を懸けることができる。実際、ジュピターの砲撃を目の当たりにしても全く戦意を喪失していない。

 ただ、勝利のために仲間を犠牲にする意識が全く無いため、時としてそれが弱点にもなると典型的な合理主義者のジルは密かに思っている。

 

『ならば、さらに特大のジュピターをくらわせてやる!! 装填までの15分──恐怖の中であがけ!!』

 

 死刑を宣告するように、ジョゼの叫びが拡声器を通して木霊する。それと同時に、幽鬼の支配者(ファントムロード)のギルドからローブを纏った兵士が何十人も地表に下り立った。

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)の面々にどよめきが走る。

 

「ま、また、ジュピターを撃つのか…!?」

「仲間ごと撃つはずねぇ、脅しだ…!」

「いや、撃つよ…!」

 

 希望的観測をきっぱりと否定したのはカナ・アルベローナだった。こちらに疾走してくる兵士の群れを睨みながら、その理由を説明する。

 

「あれはジョゼの魔法、幽兵(シェイド)…! 人間じゃないのさ、ジョゼの造り出した幽鬼の兵士」

 

 人の形をした魔法ならば、ジュピターで諸共撃ち払ってもジョゼたちにとって何の痛手もない。どちらにせよ、一刻も早く魔導砲を制圧しなければならない。

 

「もう一度言うが、二度目はない。向こうが撃つたびに防いでいたのでは手段がいくらあっても足りん」

 

 喪服の青年が無表情に言い放つ。

 魔力の半分以上を消費してまでS級魔導士(エルザ)を守ったのだ。二度撃たせることはあってはならない。

 

「俺が壊してやる!!」

 

 ナツ・ドラグニルが拳を握りながら名乗りを上げた。破壊と果断速攻は彼の専売特許だ。

 

「15分だろ!? やってやる!!」

「ナツ君。あまり敵の言葉を素直に受け取るな。15分と言って、本当は10分かもしれない。私がジョゼの立場だったらそうする」

「お前、本当に性格(わり)ぃな!!」

 

 喪服の男にそうツッコみながら火竜の少年は駆け出した。ジルの言葉を鵜呑みにするわけではないが一秒でも早く魔導砲を破壊する!──そう思わせることが、ジル・ギルティのちょっとした悪知恵であることをナツは全く気付いていない。

 

「行くぞ、ハッピー!」

「あいさー!」

 

 背中から白い翼を生やしたハッピーがナツの身体を持ち上げ、猛禽類並みの飛行速度で砲口に向けて飛び立った。

 

「私も行く…! 換装…!!」

 

 エルザ・スカーレットが鎧を変える。『飛翔の鎧』──自身のスピードを上げるために、豹柄の軽装鎧に換装した彼女は剣の風と化し、幽兵(シェイド)を斬り捨てつつ幽鬼の支配者(ファントムロード)のギルドへ乗り込んでいった。

 

「エルフマン、俺たちも続くぞ!」

「おっしゃーーーーーーーーー!!!」

 

 グレイとエルフマンもエルザを追うように駆け出した。

 

──まずいな…。ボディガード役(・・・・・・・)がいなくなった。

 

 ジルもギルドへ乗り込もうとしたのだが、自分を守ってくれそうな主力メンバーがあっという間にいなくなってしまい早くも窮地に立たされた。走る体力がなく、魔力が少ない状態で幽兵(シェイド)の群れを()(くぐ)るのは些か面倒だ。

 頼れるんだか、頼れないんだかよくわからない──それがジル・ギルティという男だ。

 

「──ルーシィ、こっちに来て!」

 

 ジルがギルドへどう向かおうか思案していると、ミラジェーンがルーシィの手を引っ張って、どこか別の場所へ移動した。

 いったいどうするつもりだと気になったジルはその後をついていくと、大きな腹が特徴的な男──リーダスもいた。彼は自身の腹に素早く絵を書き、馬車を出現させた。絵画魔法(ピクトマジック)──持ち前の画力を生かして、書いた絵を物体として自由に動かすことができる魔法だ。

 ミラジェーンは眠らせたルーシィを馬車に乗せ、リーダスに隠れ家へ行くよう指示した。

 

──あれでどうにかなるつもりか…。

 

 見えなくなっていく馬車を見ながら、ジルは冷徹に頭を働かせた。

 幽鬼の支配者(ファントムロード)は二の次とはいえルーシィを確保するという目的がある。下手に隠すより、彼女の存在をチラつかせて魔導砲の抑止力に使った方がまだマシではないか?

 だが、これはこれで悪くない(・・・・・・・・・・)。ルーシィのことでジョゼは必死になっている。彼女を探し出すために恐らく雑兵は送らない。エレメント4の誰かか、鉄竜(くろがね)のガジルか。耳と鼻が利く分、後者の可能性が大きい。戦力を分散させている間に、魔導砲の制圧が楽になるだろう。

 星霊の鍵を紛失したからといってルーシィを童話の姫君にしておくほど、妖精の尻尾(フェアリーテイル)に余裕はない。戦えなくとも少しでも何かの役に立ってもらいたい。

 そんな黒色の思考を巡らせていたジルだったが、ミラジェーンの『姿』を見た瞬間、眉間に皺を寄せた。

 

──何をしている…?

 

 馬車を見送った後、ミラジェーンが得意の変身魔法を使ってルーシィに化けたのだ。顔も体型も、本人と見分けがつかないほどにそっくりだ。身代わりになるつもりなのだろう。

 だが──、

 

「どういうつもりだ、ミラ?」

 

 ジルは物陰から出て、ルーシィの姿をしたミラジェーンの前に立つ。

 

「ジル…」

 

 喪服の麗人の姿を見た瞬間、少女は顔を強ばらせた。合理性と効率性を追求したこの男のことだ。きっと否定してくるに違いない。

 だが、戦えない自分でもギルドのために何かできることがしたい。そんな想いを込めて、ミラジェーンは言葉を紡ぐ。

 

「私…少しでも皆の力になりたいの。せめて、時間稼ぎくらいは──」

「やめておけ」

 

 少女の健気な言葉を、美しい青年は無情に切り捨てた。本日最後(三本目)の煙草を口にくわえる。

 

聖十(せいてん)眼力(がんりき)を甘く見るな。お前が変身魔法のエキスパートでもジョゼの目は誤魔化せん」

「…ッ…」

 

 もっともな意見を言われて、ミラジェーンは口を(つぐ)むしかなかった。実際、過去にトカゲ(ナツ)に化けたマカオの変身魔法を自分や他の仲間たちは見破ることができなかったが、聖十(せいてん)のマカロフだけはあっさりと看破したことがある。

 囮になれないならば、

 

「だったら…私も戦うわ」

 

 僅かに逡巡した後、声を震わせながら戦いに参加することを口にした。

 ミラジェーン・ストラウス──妖精の尻尾(フェアリーテイル)の看板娘である彼女の笑顔の裏には、もう一つの顔があった。

 元・S級魔導士『魔人ミラジェーン』。柔和な彼女からは想像もできないが、文字通り悪魔じみた(・・・・・)強さを内包しており、その実力はエルザと互角とまで言われている。

 

「それこそ、無理だ」

 

 しかしあくまで、にべもないジルは紫煙を深く吐き出した。

 

あれから(・・・・)何年のブランクがあると思っている? 接収(テイクオーバー)したところで、長くは戦えん」

 

 刹那、

 

「じゃあ、どうしろって言うのよッ!!?」

 

 度重なる心労がミラジェーンをヒステリックに喚かせた。

 変身魔法が解けてしまい、銀髪の少女は己の無力さに身体を震わせた。

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)が今日滅ぼされるかもしれない。

 ギルダーツもラクサスもいない。枯渇(ドレイン)に苦しむマスター・マカロフが戻ってくるかはわからない。そんな中で多くの仲間たちが傷付き、戦っている。

 自分もできることをしたいのだ。そのためだったら自分が傷付くことも、戦いに身を投じることも厭わない。

 だが、ジルは──それすら許してくれないのか? どうして、そこで‶囮になれ〟とか‶嫌でも戦え〟と言ってくれないのか?

 

──せめて、あなたの口から言ってくれたら…私は…。

 

 もちろん、命の危険が付き纏う故に、それを許さないのは優しさ(・・・)とも取れる。

 だが、ジル・ギルティは合理性を究極値まで追求する男だ。自分が何か行動を起こしたとしても、合理的でないから許可できない──そういう風に解釈することもできる。

 

──この人は…誰にも優しくない(・・・・・・・・)…。

 

 恐らく後者だろう。合理主義者(ジル)がそう判断したから、余計に自分は役立たずなんだと痛感させられた。

 怒りの感情を爆発させたら、今度は涙腺が緩み始めた。今日は泣いてばかりだ。泣いてはいけない。

 だが、堪えることができない。瞳から涙がこぼれ出すと、

 

「お前が『魔人』になる必要はない」

 

 煙草の香りと共に、細長い指先が濡れた頬を拭った。

 

「この戦いに『魔人』は一人で十分だ」

 

 女の涙を拭いながら、悪魔の言葉はどこまでも淡々としていた。口調にも表情にも、些かの『熱』もない。

 愛の言葉も言えない喪服の男は少女に背を向け、不快の香りを纏いながら歩き出す。

 この危機的状況で、魔力が半分以下になっているにも関わらず、この男から敗北の匂いが全く感じられなかった。

 悪魔が幽鬼を祟る──それがどのような形で顕現されるかは、悪魔本人にしかわからなかった。

 

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