悪ノ華 2021年版   作:ギュスターヴ

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第六話:己を憎む獣

 『魔導砲ジュピター』の第二射を阻止するため、ナツたちは幽鬼の支配者(ファントムロード)(ギルド)へ乗り込んだ。

 ハッピーの俊敏な飛行速度のおかげで真っ先に到着したナツだったが、膨大な魔力を集束するための巨大魔水晶(ラクリマ)を守護する一人の男に苦戦した。

 名は兎兎丸(ととまる)。火を司るエレメント4の一人だ。彼は火を操作する能力を持っており、ナツが魔法を行使するたびに制御下に置かれ、兎兎丸を狙った攻撃があらぬ方向へ反らされてしまう非常に厄介な相手だった。

 しかし、後から到着したエルザ、エルフマン、グレイの三人が参戦することによって形勢は逆転した。

 多勢に無勢──エレメント4といえど妖精の尻尾(フェアリーテイル)の主力メンバー四人相手に勝てるはずもなく、兎兎丸はあっさりと敗北し、ナツたちは『魔導砲ジュピター』の魔水晶(ラクリマ)を10分足らずで破壊することに成功した。

 しかし、喜びも束の間。マスター・ジョゼは新たな一手を投じた。何と(ギルド)が大きく変形し、二足歩行の無機質な巨人へと姿を変えたのだ。しかも、その魔導巨人は魔法を使えるらしく、鋼鉄の指先を使って巨大な魔法陣を描き始めた。巨人が発動しようとしている魔法の名は『煉獄砕破(アビスブレイク)』。禁忌魔法の一つであり、もし発動されれば妖精の尻尾(フェアリーテイル)のギルドどころかマグノリアの街の半分が消滅してしまう。

 もちろん、それだけ強力な魔法をすぐに行使することはできない。しかし、制限時間は10分。

 一難去ってまた一難。魔導巨人の動力源を探るべく、ナツたちは手分けして(ギルド)中を走り回ることになった。

 

「ぬぉおぉおおおぉおおぉッ!!! 漢エルフマン!! 妖精の尻尾(フェアリーテイル)はこの命に代えても守ってみせるぅ!!!」

 

 暑苦しい雄叫びをあげながら廊下を走っているのは、ミラジェーンの弟──エルフマン・ストラウス。己のギルドを守るために自らを奮い立たせている彼の前に、エレメント4の一人が立ちはだかった。

 

やあ(サリュ)

 

 地面から、片眼鏡をかけた紳士が文字通り湧いて出てきた。身体を大きく傾けながら友好的に挨拶してきたが、人を食ったように薄ら笑みを浮かべている。

 

「私はエレメント4の一人──ソル。ムッシュ・ソルとお呼びください」

「…ちょうどいい。この巨人の止め方を吐かせてやる」

 

 若者の巨漢は上着を脱ぎ捨て、右腕に力と魔力を込めた。すると腕全体の皮膚や神経、細胞が一度分解し、黒く太い魔腕へ再構成した。

 

「ビーストアーム『黒牛』!!」

 

 これがエルフマンの魔法──『接収(テイクオーバー)』。倒した魔獣の力を取り込み、我がものとする能力だ。ついたあだ名が、ビーストアームのエルフマン。

 

「おや? 片腕(・・)だけで良いので?」

 

 ムッシュ・ソルがわざとらしく言い放つ。片腕を変身させることからビーストアームと呼ばれているエルフマンだが、ムッシュ・ソルは知っている。片腕しか(・・)変身することができないということ。そして、その原因までも。

 

「あの噂は本当だったのですね? あなたは昔、全身接収(テイクオーバー)に失敗し、暴走した。それを止めるために、あなたの妹様は命を落とした──いや、あなたに殺された」

「──ッ!!?」

 

 エルフマンの表情が引きつった。だが、それも一瞬。すぐさま思考を切り替えた彼は黒牛の腕でムッシュ・ソルに殴りかかった。

 

「ノンノンノン」

 

 しかし、紳士が身軽な動きでひらりと躱す。獲物を捉え損なった魔獣の鉄拳が廊下の石床を粉砕する。

 ムッシュ・ソルは華麗に着地すると、魔法で砂塵を巻き上げた。彼は土を司るエレメント4。土や石などを操作する魔法を扱う。

 視界を奪われ、エルフマンが怯む。その隙にムッシュ・ソルは続けて魔法を発動する。

 

岩の協奏曲(ロッシュコンセルト)!!」

 

 先程エルフマンが砕いた床の残骸を操り、石の砲弾として飛来させた。拳大の石の雨をもろに受けてしまったエルフマンだが、すぐに次の攻撃へ転ずる。打たれ強さが彼の強みの一つだ。

 

「ビーストアーム『鉄牛』!!!」

 

 今度は鋼鉄化した腕を振りかぶった。しかし、紳士の細身が地面へ潜り、鉄拳が空を切る。ムッシュ・ソルが再び地表に浮上すると、全身を不気味なくらいに柔らかくしならせた。土系の魔法を扱えるだけでなく、肉体を変化させることもできるらしい。紐状と化した紳士の身体が、まるで蛇のように巨漢の腕に巻き付く。

 エルフマンは剛腕を以て引き剥がそうとしたが、ムッシュ・ソルが再び肉体を元の状態に戻し、流れるような動きで首筋に蹴りを放った。首筋とはいえ、いったい細すぎる身体のどこに膂力があるのか、エルフマンが堪らず怯む。ムッシュ・ソルは追い打ちをかけ、男の巨体を蹴り飛ばした。

 

──こいつ、見かけによらず強ぇ…!!

 

 エルフマンは口元から血を垂らしながら戦慄した。

 雑兵相手なら片腕接収(テイクオーバー)で十分戦えたが、エレメント4はそうはいかない。

 残された手は──

 

──やるしかねぇ…!!!

 

 エルフマンは片腕ではなく、全身に力を込めながら魔力を行き渡らせた。己の中に眠る魔獣の力を覚醒させ、肉体の隅々まで遺伝子配列を作り替え──

 

「エルフ兄ちゃん!」

 

 突如、少女の声がエルフマンの耳朶を打った。

 

「リ、リサーナ…?」

 

 いつの間にか、目の前に銀色の髪の少女が立っていた。

 その声、その顔、その姿──間違いない。妹のリサーナ・ストラウスだった。

 接収(テイクオーバー)をすることも忘れて、エルフマンは呆然と自分の妹を見下ろした。

 いったい何故、こんな所に…?

 いや、違う。

 リサーナは、すでに──

 

「あなたの記憶の断層を読ませていただきました」

 

 リサーナ──を模した傀儡の後ろで、ムッシュ・ソルが人を食ったような笑みを浮かべた。

 

「よく出来ているでしょう? 私の魔法はこんなこともできるんです。姿形も、仕草も、雰囲気も、亡くなった妹様を完全に再現しております」

「て、てめぇ…!!!」

 

 死者を──それも妹を冒涜するような行為に、エルフマンはこめかみに青筋を立てた。頭の血管が破裂しそうな怒りに身を任せ、全身接収(テイクオーバー)を再開すると──

 

「さぁ、もうお家へ帰ろう。エルフ兄ちゃん」

 

 エルフマンの思考が停止した。

 傀儡(リサーナ)が手を広げて、笑顔を浮かべていた。あの時(・・・)と同じ笑顔で。同じ声で。同じ瞳で。

 魔獣に意識を乗っ取られ、暴走した兄を止めるためにリサーナは全く怖れることなく、最期まで優しく語り掛けてくれた。

 

 そんな妹に何をした?

 

 何の感慨もなく──巨獣の一撃の(もと)に叩き潰した。理由も、感情も、正義もなく、ただただ──殺した。

 手に、感覚が蘇る。骨を砕き、肉を潰し、一つの命を葬った感覚が。

 

──リ…リサー、ナ…。

 

 無理やり掘り起こされた大きなトラウマと罪悪感がエルフマンの戦意を完全に喪失させた。魔力が大幅に消耗し、身体から力が抜けていく。

 

「ん~~~、紳士たるもの(とど)めは最大の魔法で刺してあげましょう!」

 

 勝利を確信したムッシュ・ソルが魔力を練り上げる。周囲にある砂や石などを集束させ、巨大な岩の握り拳を形成する。

 自身の危機を目の前にしても、エルフマンは動けずにいた。いや、もはや抵抗する気がなかった。

 妹を死なせてしまった自分が生きていて良いのだろうか? いっそ償いのためにこのまま死んだ方がマシなのではないか?

 巨漢は両膝をついて項垂れ、断罪を求めるかのように敵の攻撃を無防備に受け入れようとしたその時であった。

 

 火薬が弾ける破裂音が鳴り響いた。

 

(クワ)!?」

 

 紳士が驚きの声をあげた。自身の傍らに佇んでいた、リサーナ・ストラウスの作り物の頭部が爆散したのだ。石で作られているため、当然血や脳漿は飛び散らない。その代わりに石の残骸が弾け飛んだ。

 いったい何が起こった!? ムッシュ・ソルがそう思ったときには、二回目の爆音が響いた。すると、足に力が入らなくなり、茶色のスーツを纏った紳士の身体が地面に倒れ込む。

 そして、右足に走る激痛を自覚した。

 

「ぐッ、ぁああぁああ…!!!」

 

 足を抱えながら、ムッシュ・ソルは優雅さの欠片もなく喚いた。脳に痛みの危険信号を送る右足に小さな穴が開いており、そこから血が溢れ出ていた。

 

「良かった。ちゃんと当たりましたね」

 

 悲鳴をあげる紳士とは対照的に、酷く落ち着いた第三者の低音が響いた。激痛に呻きつつ、ムッシュ・ソルは声のした方向へ血走った目を向けた。

 すると、そこには──長い黒髪を腰まで伸ばした美しい男が立っていた。着用しているのは喪服のような漆黒のスーツ。足元に銀色のアタッシュケースが置いてある。一見地味に見えて、華があるこの男の存在は当然知っている。

 ジル・ギルティ──『喪服の悪魔(メフィスト)』『妖精の黒狐』『絶対零度の脳(ドライアイス・ブレイン)』など、様々な悪名を持っていることで有名な妖精の尻尾(フェアリーテイル)の異物。

 その男を視界に入れたムッシュ・ソルは目を大きく見開いた。

 正確には男の両手に収まった銀色の光──小口径回転式拳銃(リボルバー)だ。その銃口から、硝煙をあげている。これがいったいどういうことか。

 この男は銃弾魔法(ガンズマジック)ではなく、ただ(・・)の拳銃を使ったのだ。魔導士のくせに、鉛玉を吐き出す銃を!

 

「ああ、これ(・・)ですか? 特別に許可してもらったんです。魔法以外で私にできる攻撃手段はこれしかないですから。弾薬もタダじゃないんで使い過ぎると怒られてしまいますがね?」

 

 ムッシュ・ソルの表情を見て、何となく察したジルは簡単に説明した。

 

「やはり、銃は良い。射程もあるし、身体を特別鍛えなくても良いし、小さくても威力は十分。狙撃銃なんか特に最高ですよね。安全な場所から敵を不意打ちできるんですから。石器時代じゃあるまいし、剣や拳を使って敵の間合いで戦うなんて合理的じゃないですよ」

 

 そんな独り言を呟いたジルは床に這いつくばる紳士を無視し、首無しの土人形(リサーナ)を踏み越え、エルフマンの前に立った。

 

「いったいどうしたんだ、エルフマン? 君らしくもない。いつも勇猛果敢な君は、どこに行った?」

「ジ、ジル…」

 

 上から見下ろしてくる、濁った灰色の瞳をエルフマンは直視することができなかった。

 (リサーナ)はジルととても仲が良かった。彼女がジル(にい)と呼んで、よく懐いていた光景を昨日のことのように思い出せる。

 

「ダメだ…。ダメなんだ、ジル…。リサーナを死なせちまった俺は…もう…戦えない…」

「それは君が、自分を憎み切れていないからだ」

 

 返ってきた言葉は慰めでも、批判でもない。ただ事実を突きつける、熱の無いものだった。

 

お前(・・)…まさか、自分が許されるとでも思っていたのか?」

「──ッ!!?」

 

 姉の恋人の低い声が、さらに低くなった。エルフマンは自分の胸に、ずっぷりとナイフが突き刺さるような感覚を覚えた。

 喪服の男はさらに追い打ちをかける。

 

「どこかで思っていたんじゃないのか? ‶あれは事故だ〟と、‶暴走してしまったから自分のせいではない〟と言い訳して、他人に慰めてもらって、罪の意識から逃れたかったのではないか? 辛気臭い顔でアピールしていれば、皆許してくれると思ったのではないか? 自分の気持ちを楽にしたいがために、何かしらで償おうとでも思ったのではないか?」

「ち、違う…! ちがう、そんなことは…!」

 

 口では否定するエルフマンだが、声に力が無い。全身が震え、呼吸が浅くなり、汗が噴き出し、心臓が激しく脈動する。

 精神を追いつめられ、見るからに挙動がおかしくなる男を見ても、ジルはなおも容赦しない。心に突き刺したナイフをぐりぐり抉る。

 

「どんな理由があっても、お前は自分自身の手でリサーナを殺したのだ。彼女から生きる喜びも、生きる苦しみも──お前は無慈悲に叩き潰した。わかるか? お前は一生、その罪から逃れられん」

「あ、ああ…ぁ…ああ…」

「だが、勘違いするな。全員、お前のことをとっくに許している。私もミラも許している。神とやら(・・・・)も、リサーナでさえも棺の中でお前を許しているだろう。だが…」

 

 一旦言葉を切ってから、『罪有リ(ギルティ)』の名を背負う『喪服』の男は淡々と紡ぐ。

 

「自分だけは、決して自分を許していけない」

「────」

 

 それまで、罪悪感に悶えていた巨漢の乱れた呼吸が、何故か治まった。

 ‶お前のせいではない〟とか‶いつまでも悲しむな〟などと言われたが、‶自分を許すな〟と言ってくれる人間が今まで一人もいなかった。厳格な言葉ではあったが、エルフマンの腑を綺麗に落とし込んだ。そこに『思いやり』などという感情は一切無いのだが。

 

「お前は、妹を殺した者を許せるか?」

 

 美しい男が問う。

 

「ゆ、許さねぇ…許せるはずがねぇ…」

 

 エルフマンが怒りに震える。リサーナの死を利用したムッシュ・ソルに対するものとは違う、自分自身への憤怒。

 

「ならば、全てを開放(・・)しろ」

 

 喪服の男の美貌に、虚構の笑みが浮かぶ。邪道へ引きずり込む悪魔の囁きのように、男を巧みに狡猾に誘導する。

 

「自分を殺す気にかかれば、何もかもあっという間に終わる」

「──────ッ!!!!!!」

 

 男は、絶叫にも似た雄叫びをあげた。

 罪悪感という名の檻を殴り壊し、その中に眠っている魔獣を──愛する妹を死に追いやったもう一人の自分(ケダモノ)を食い散らかす。

 そして、全身の細胞が変貌する。強靭化し、増殖し、一度壊しては別のものへと再構築する。

 恋人の弟のメタモルフォーゼを芸術鑑賞のように眺めながら、ジルは穏やかに声をかける。

 

「‶人にとって、人以上に恐怖となる獣は世界に存在しない〟──なに、心配するな。君が獣になったところで世界にとって取るに足らん」

 

 巨獣が吠えた。

 全身接収(テイクオーバー)──『獣王の魂(ビーストソウル)。元々大柄だったエルフマンの体躯がさらに巨大化し、牙と体毛が生え、全身に筋肉の鎧が覆う。人体など一瞬でボロ雑巾に変えられるほど、圧倒的な肉体の頑強さが見て取れる。

 二足歩行の魔獣は、喪服の男を見た。生気の無い瞳でこちらを見上げながら無防備に佇んでいる。すると、何を思ったのか、ジルの方を見ながら巨大な握り拳を作った。

 巨獣が再び咆哮する。一人の人間を一瞬で葬る破壊の一撃を振りかぶった。

 

「──なんだ。やれば、できるじゃないか」

 

 黒髪が風圧でなびいた。

 ジルを狙ったと思われた豪拳は彼にではなく、背後から不意打ちしようとしたムッシュ・ソルに叩き込んだ。

 一瞬骨が数本砕かれる音が響いた後、50キロ台の細身が砲弾のように大きく吹き飛んだ。真っすぐ続く長い廊下に人間の身体がシュールに飛来する。やがて徐々に失速し、床の上に何度か転がった後、ムッシュ・ソルはそのまま動かなくなった。

 

「あ…ぁ、あ…リサーナ…リサー、ナ…」

 

 理性を持った巨獣(エルフマン)は両膝をつき、涙を流しながらうわ言のように妹の名を繰り返した。漢らしい男になることを目標にしている者とは思えないほどの姿ではあったが、彼は本当の意味で妹の死を乗り越えることができた。もう二度と暴走することはないだろう。

 

──私に簡単に不意打ちされ、エルフマン程度に一瞬で倒されるようではエレメント4もたかが知れているな。

 

 エルフマンに興味をなくしたかのように、ジルはムッシュ・ソルに歩み寄る。気絶しているが、命に別状はない。エルフマンの理性が、彼を生かしたのだ。ただ足の銃創から未だに血が溢れている。出血多量で死なれては罪に問われる可能性があるため、簡単な応急処置をする。

 エルフマンのトラウマを荒療治で克服させたジルだが、全身接収(テイクオーバー)を発動したエルフマンがエレメント4とどこまで戦えるかの実験も兼ねていた。

 てっきりエレメント4の一人一人がS級魔導士(エルザ)と同等の実力かと思ったが、足元にも及ばない。もちろん、相性もあるだろうが過大評価していた。

 

『──ジル、聞こえる?』

 

 突然、『エルの書』からミラジェーンの声が響いた。ジルは特に驚かず、ホルスターから黒本を取り出し、特定のページを開いて床に放り投げる。ムッシュ・ソルの応急処置を続けながら、ジルは口を開く。

 

「聞こえる、どうした?」

 

 『エルの書』には通信用の魔法が何種類かある。今発動しているのは媒体を介して、『エルの書』所有者と通信する魔法だ。何か報告したいことがあったときのために、ジルは以前からミラジェーンに媒体を渡していた。距離が空くほど魔力を消費する魔法だが、ジルたちとの距離は1km前後なためその程度であれば長く通信しない限り魔力を大きく消費しない。

 

煉獄砕破(アビスブレイク)のことについてなんだけど…もしかして今エレメント4の一人を倒した?』

「…ああ、つい先程。それが何か?」

 

 ジルが肯定すると、ミラジェーンはやっぱり…と小さく呟いた。

 

『巨人を見てて思ったんだけど、煉獄砕破(アビスブレイク)の魔法陣の書く速度が明らかに遅くなっているの』

 

 それと、エレメント4に何の関係があるというのだ? 疑問に思ったジルだったが、それも一瞬。そもそも煉獄砕破(アビスブレイク)とは四元素から成る禁忌魔法。元素(エレメント)を冠する魔導士が一人倒れたことで、魔法陣の描く速度が遅くなるということは──

 

「エレメント4を全員撃破すれば、煉獄砕破(アビスブレイク)を止められる?」

『ええ。発動まで、まだ10分以上時間がある』

「わかった。報告助かる」

 

 ミラジェーンの勘の鋭さに感謝しつつ、ジルは通信を切る。

 もう煉獄砕破(アビスブレイク)について危険視する必要はないだろう。(ギルド)内部にはS級魔導士のエルザと、ナツ、グレイ、エルフマンがいるため戦力は豊富。煉獄砕破(アビスブレイク)の魔力源がエレメント4の存在だとわかった以上、鉄竜(くろがね)のガジルは内部にはいない。ルーシィを捕らえに街へ向かったはずだ。

 問題なのは煉獄砕破(アビスブレイク)を阻止した後、一番厄介なマスター・ジョゼとの戦いだ。正直S級魔導士(エルザ)一人と、雑兵数人ではとても太刀打ちできない。やはり、同じ聖十大魔道(せいてんだいまどう)──マスター・マカロフが頼りだ。ただ枯渇(ドレイン)から回復したばかりの高齢な老人に果たしてマスター・ジョゼに勝てるだろうかと懸念してしまう。

 ジルは懐から懐中時計を取り出した。上蓋を開け、現在の時刻を確認した後、小さく呟く。

 

時間内に間に合ってくれるかな(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 懐中時計をしまった後、ジルはアタッシュケースを開けた。中には様々な物品が収納されていた。小振りのナイフや、数種類の鉱石、羅針盤、生きた百足が入った小瓶など、全く関連性のない物の数々が並んでいた。

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