転生したら、敬愛する上官の部下にまたなった件について。PS.上官は精神的に参ってヘラってるんだけど、相変わらず可愛い。   作:元ジャミトフの狗

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最終話

 共依存を自覚したところで何かが劇的に変わるという訳でもなく。俺たちの時間はただ緩やかに進んでいった。

 

 とはいえ中佐が戦場で活躍する中、俺だけが家に籠っているのはバツが悪い。何なら中佐が仕事をしてる間は、大抵研究所でこの体の性能試験ばかりしているので普通にしんどい。共にいる時間を増やすためにも、俺は彼女にこう進言したのである。

 

 「一緒に戦いたいです」

 

 「ダメだ」

 

 俺の言葉は即時両断された。無論、ほかならぬ中佐にである。訳を聞くと―――

 

 「お前がいると私が鈍る」

 

 と、割と普通に正論を返された。実際、俺と中佐の関係は外に口外できるほど健全ではない。公私混同に起因した油断のせいで、目の前で部下(アルファ)を失った彼女としては当然の主張であると言える。

 

 「それに、私も歳だよ」

 

 どこか遠い目でそんなことを宣う中佐。よく見れば彼女の若々しくも傷だらけの右手は小さく震えていた。

 

 「もうですか?」

 

 「ああ。戦場にいられるのも、あと1,2年が良いところらしい」

 

 この世界の戦争の花形は歩兵である。だが良く考えてみてほしい。人体に多大な負荷をかける強化外骨格(パワードスーツ)や自然治癒力と免疫力を異常に高めるナノマシンの装備を義務付けられた兵士が、果たして長命になり得るのか。

 

 答えは否である。

 

 前線で常に戦い続ける兵士の健康寿命は、戦死を除いて三十代中盤と言われている*1。そして恐れながら、中佐の年齢は三十路も手前である。覚悟していた事だが、いざ本人の口から聞くと些か堪えた。

 

 「何、別に今すぐ死ぬという訳ではない。だからそんな可愛い顔をしてくれるな」

 

 優しい手つきで俺の顎に触れる中佐。彼女は「何てことはない」と言わんばかりに振る舞うが、それでも寿命に差し掛かった兵士がどうなるのかは俺も知っている。

 

 「来年からは士官学校の教官として後方勤務になる。一緒に過ごせる時間も増えるぞ」

 

 「……そう、ですね」

 

 兵士として戦えなくなった人間の晩年は基本的に寝たきりになる。そして静かに、眠るような衰弱死を迎えるのだ。

 

 遺憾ながら、この世紀末な世界ではある意味恵まれた死と言えるだろう。しかしソレをどこか物悲しく感じてしまうのは、平和だった日本という国を知っているからか。

 

 「嬉しいな。大切に想われてるのが分かるよ」

 

 未だに憂鬱な気分を切り替える事が出来ない俺。対する中佐は穏やかな笑み湛えながら告げた。

 

 立場が入れ替わったような心持になる。肉体に精神が引きずられているのか、少しばかり俺の心には余裕がなかった。ちょっと油断すると俺の方がヘラりそうだ。

 

 「私は幼少の頃から戦場で死ぬつもりだった。でもね、そんな私を心から慕ってくれる人間が三人もいた。その事実だけで本当に十分なんだよ」

 

 何か悟ったような語り口調だった。その横顔からも彼女が満ち足りている事を理解できてしまうから、俺はもう何も言えなかった。卑怯だと、そう思ってしまう。

 

 「ありがとう、イータ。君のお陰で私は幸せだ」

 

 心の底から述べられた感謝の言葉。でもどうしてだろうか。この胸の内に燻るどす黒い感情は一向に収まる気配がない。

 

 「その言葉はまだ早いですよ。幸せに上限なんかないんですから」

 

 何故か悔しいと感じる。自分でも良く分からない感情から目を逸らしながら、生意気にも俺はそう宣うのだった。

 

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 

 中佐の宣言通り、俺たちは共にいる時間が増えた。

 

 歴戦の将兵たる彼女は指導員としても大変優秀だったため、平日は特に忙しそうにしていた。それでも日帰りは当たり前で、夕飯は一緒に食べる機会も多かった。

 

 また国境が無くなって数多の文化が衰退したこの世界でも、富裕層向けに娯楽施設は残されている。それはストレス発散のためでもあるのだろうが、やはり娯楽産業は儲かるのだろう。映画館や水族館、遊園地などの施設は少数ながら運営されている。

 

 中佐と俺は暇を見つけてはそうした娯楽施設に足を運んだり、或いは美味しいご飯食べたりして、思いつく限り()()()()()過ごし方をした。たまに色欲に逆らえなくなって惰性な一日を送りもしたが、それを含めてもあまりに幸せで、目が眩むくらい充足した日々だった。

 

 

 

 だが時間は残酷である。

 

 

 

 中佐が教導官として後方勤務を務めるようになってから、既に4年の月日が経過していた。

 

 「イータ、そこにいるか?」

 

 まず初めに中佐の足が動かなくなった。車椅子生活を余儀なくされたと思ったら、今度は視力を徐々に失っていった。そして症状が悪化した今では、呼吸も独力で出来なくなりつつある。

 

 あっという間に、中佐は要介護者となった。現在の彼女は病院のベッドで寝たきりになっている。故に俺も病院に住み込みで彼女の介護を行っていたが、多分その生活も長くないだろう。

 

 「はい。俺はここにいます」

 

 手を握る。もう感覚さえ希薄になった彼女の手を、強く、握りしめる。

 

 「……あっという間だったなぁ」

 

 何も見えていないだろうに、彼女はこちらを向きながら告げる。その声音が文句のつけようがないくらい満ち足りていた。だから俺も「そうですね」と、とびっきりの笑顔で言葉を返す。

 

 「先生から言われたよ。私の命日は明日でもおかしくないらしい。この様だ、言われるまでもないがね」

 

 くすりと笑みを零す。何がオカシイのだろう。俺には分からなかった。

 

 「こうしていると、奴の気持ちが分かる気がする。誰かに看取られるのは、とても幸せな事なんだって」

 

 呵々と愉快そうにする中佐。とても分かる。同意に値する。ソレは前世で噛み締めた俺の幸福だ。しかし同時に―――

 

 「分かるよ。残される者にとっては苦痛でしかないし、ただただ寂しい」

 

 彼女は俺の心の内を代弁すると同時に、手を握り返してくれた。

 

 信じ難いことに彼女はこんな思いを二度も経験しているのだ。本当に信じられない。そりゃあ心だって腐ってしまうだろう。正直に白状すると俺は将来のことを考えたくない。その程度には、堪えている。

 

 「浅ましい私を許してくれ。君が苦しんでいてくれることに至福の念を覚えている」

 

 俺は即座に「構いません」と返答した。

 

 だってそれならお互い様である。彼女の心を玩んだのは俺が先で、だから謝罪をする必要はない。そうだ、中佐が謝る理由なんてどこにもないのだ。むしろ俺の方がよほど―――

 

 「……なぁ。そろそろ聞かせてくれないか」

 

 唐突に、何の脈絡なく告げる。何を言っているのか全く分からないのに、なぜか雷にでも打たれた心持になる。それは俺が彼女に対して多大な後ろめたさを感じているからに他ならない。

 

 「聞かせてくれって、一体何を―――」

 

 「違う。違うんだイータ。そうだな、そんな玉虫色の答えを聞きたい訳じゃないんだよ」

 

 いつしか彼女と共に鑑賞したドラマか映画のセリフだ。彼女もふと思い出したように言ったから、きっとそうなのだろう。中佐は「ちょっと違ったかな」と悪戯っぽく笑ってみせた。

 

 「でも君は私に何かを隠してる。そうだろう?」

 

 確信を持った声色。俺は何と言えばいいか分からず、口を閉ざしてしまった。

 

 「もし言いたくないのなら良いんだ。別に話さなくても構わない。少なくとも私は気にしない。だが後悔だけは、どうかしないでくれ」

 

 言外に「これが最後だ」と言われた気がした。もし俺がこの場をほんの一瞬でも離れたら、彼女はいなくなる。そんな気がする。だから多分、()()()()なのだ。

 

 瀬戸際に立っている。俺は自らの『転生者』という特異性を、そしてソレに乗じた罪を打ち明けるべきか。

 

 言えばいい。全部吐露してしまえばいい。彼女のいなくなった世界で生きるのは辛い。だから後先を考える必要なんてないのだ。だがもし全てを告白した末に、彼女に嫌われたらどうしようと、この期に及んでそんな女々しい思考が脳裏をよぎる。

 

 「―――君が私を失望しなかったように。私も君を嫌うことは無いよ」

 

 まるで全てを見据えたかのような発言だった。全く本当に。俺はこの人に一生かなわないのだと自覚させられる。

 

 

 

 

 

 「中佐。いえ、大尉。俺は―――」

 

 

 

 

 

 意を決した。そして全てを伝える。

 

 彼女は驚きの表情を見せてくれたが、それだけだった。ただ「好きな人の人生を、三度も独り占めしたんだなぁ」と呟き、穏やかな面持ちで逝った。

 

 「……おやすみなさい」

 

 これ以上無いほど端的に別れを告げる。筆舌に尽くし難いほどの喪失感。だが最後の最後で、義理やしがらみを全部清算したように思う。だから、これで良かったのだ。

 

 そう言い聞かせなければ、押しつぶされそうだった。

 

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 

 ラウラレンティア・ゲッテンハイムが死んだ。

 

 その一大ニュースは世界で瞬く間に広まった。彼女は『KO.bioscience』の最大級の戦力として多くの勢力に認知されており、また同企業が衰退したと判断した敵対組織は迅速な侵攻を推し進めた。しかしながら、新たに実戦投入されたLシリーズのクローンがこれを撃退する。

 

 Lシリーズ。即ちラウラレンティアのクローンである。フタジ・ミドウのクローン*2と比べ、些か兵器の慣熟訓練に時間を要するものの、その性能は遥かに優れている()()()

 

 情報が不確かな理由は、単に俺が『KO』の人間ではなくなったからである。転生が云々と誰が聞いてるかもわからない病室で告白したツケである。まして元々は実験体だった身の上だ、中佐の庇護がなくなった俺が狙われない理由がなかった。

 

 企業から追われることと引き換えに俺は自由の身になった。だがソレに違和感を覚えるのは、隣に彼女がいないからだろう。2年が経過した今でもそこに変わりはない。

 

 不安は自由の眩暈だと述べたのは、確かプロイセンだったか。それとも別の哲学者だったか。なんにせよ、正にその通りだと思う。

 

 

 

 「目標を捕捉」

 

 

 

 かつては肥沃な土地として知られた荒野にて。感情をそのままくりぬいたような声が響く。

 

 何となくいつかは相見える気がしていた。しかしこうも想像通りだと笑えてくる。俺の目の前には、彼女と瓜二つの顔の女兵士が立っていたのだ。

 

 「―――本当に、業が深い」

 

 鹵獲した刀剣を抜く。最低限の整備しか出来ていないから、武器も義手も義眼も何もかもガタが来ている。だからこそ、正直に言えば勝機は薄い。

 

 だがこの命は彼女に与えられたものである。だからそう容易くくたばっては面目が立たないし、死んでも死にきれない。死の間際でさえ、全力で暴れて見せる。

 

 「投降しろ。悪いようにはしない」

 

 彼女の声で彼女の様な事を宣う。それが何だか面白く思えて「冗談」と苦笑い混じりに答えた。

 

 「こういうご時世だ。我を通したいのなら、アンタは武器を取るべきじゃないのか?」

 

 「ふむ、それもそうか。だが後悔してくれるなよ」

 

 ハルバードを構えた女兵士は不敵に微笑んだ。それにしても不思議な気分だ。顔も声も全部同じなだけで、決して()()ではない女にこうも懐かしさを覚えるのは。

 

 「―――っ!!」

 

 戦いに言葉は不要だ。ただこの一時だけは、俺も彼女も正真正銘の()である。故に通じる物があって、感じ入る物がある。そんな奇跡もあるのだと、否が応でも思い知らされるのだ。

 

 

 

 

 

 「……また会えて嬉しいよ、フタジ」

 

 

 

 

 

 

*1
因みに平均寿命は四十代前半とされる。

*2
通称、Fシリーズと呼ばれている。




賛否両論あるかとは思いますが、バッドエンドフラグをへし折って問答無用にハッピーエンドにしたいという願望があったのです。許してくだせぇ。

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